第12話

 ※※※※


 それから三日後。


 雪乃は大学生の食堂で課題をしていると、桃香に声をかけられた。

「やっほ、三日ぶりー」

「やっほー」

「ねね、そういえば前に言ってたイケメンとのデート、どうだった?」

 桃香の問いに、雪乃は渋い顔をした。

「聞かないで」

「なーに?楽しくなかった?」

「初めは楽しかった」

「最後は?」

「イケメンに頭突きして帰ってきた」

「は?」

 桃香は、一瞬ポカンとしたが、すぐに面白そうな顔になった。

「何何?何があったのよー」

「聞かないでってばぁ」

「頭突きは聞きたくなるでしょうが!」


「ふうーん、頭突きって、本当だったんだぁ」


 雪乃の後ろから低い声がして、ビクッと振り向いた。

 そこには、機嫌が悪そうな千草が、目の笑っていない笑顔で立っていた。


「あー、千草さんお久しぶりです……」

「雪乃ちゃん、ちょっと話を聞かせてもらおうか」

 千草の迫力に、桃香は「私はちょっと席外しますー」と空気を読んで立ち去った。


「聞いたよ城崎から。すっごい不機嫌でね」

 千草は雪乃の前の席に座りながら言った。

「頭突きって……なんかの比喩かと思ったらマジの頭突き食らわしたの?」

 責めるような口調の千草に、雪乃は不貞腐れた顔で言い返した。

「だって!他の彼女全員切ってやるって顎クイまでして約束してくれたくせに全然何もしてなかったし」

「ちょっと待っててって城崎も言ってたでしょ。別れ話は時間がかかるんだから」

 呆れたように言う千草に、雪乃は更に不貞腐れた。

「それに!それに!黙って突っ込まれてればいいんだよ、なんて言われたんですよ!?何それ?私はただの穴じゃないんです!」

「突っ込ま……??え……ああ、舌ね」

「舌だろうが男のアレだろうがおんなじです!」

「ちょ、ちょっと雪乃ちゃん!声を抑えて!」

 千草は興奮した雪乃を慌てて落ち着かせた。


「そっかそっか。そういう事ね。

 ごめん、俺てっきり雪乃ちゃんの我の強いとこが出ちゃったのかと思ってて。

 うん、雪乃ちゃんの気持ちわかるよ。たかがキスじゃないよね。うん、それは雪乃ちゃんじゃなくても傷付いて当然だ」

 千草は慰めるように言った。

「うーん、思った以上に城崎はタチが悪そうだね。雪乃ちゃん、無理しなくていいんだよ」

「無理?」

 雪乃は目を丸くして聞き返した。

「私、確かに文句は言いましたが……やっぱり私じゃ力不足……?」

「違うよ。大丈夫大丈夫」

 千草は優しく雪乃に言った。


「別に雪乃ちゃんがだめだとかじゃなくてね。嫌な想いしてまでやることじゃないってこと。元々俺が良くないお願いしちゃったんだよ。性行為なんて無理にやるものじゃない。

 ね、ほら、イケメンなら、他にも紹介してあげるから」

 千草の言葉に、雪乃は口をつぐんて下を向いた。


 そして少し黙って考え込んだあと、小さく言った。

「少し、考えさせて下さい」


 雪乃の言葉を聞いて、千草は優しく頷いた。

「もしやめるなら、俺から城崎にうまく言っておくよ。でも、もし続けるつもりなら、城崎と早めに話し合いなよ。喧嘩は長引くと拗れるからね」


 そう言って、千草は立ち去って行った。


 雪乃は机に俯せて大きなため息をついた。

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