第10話

 仕事場であるシロサキ事務所のあるビルの一室が、城崎の自宅だった。


「もしかして、楓って、このビルのオーナー的なやつですか?」

「ああ。ま、だから仕事は趣味みたいなもんだ」

「くそー、贅沢者めー」

 雪乃は素直にそう言った。


「ほら、遠慮しねえで入れよ」

 そう案内された部屋は、乱雑な仕事場と違って、とても綺麗に片付いていた。


 これは、と雪乃は察した。

「さてはこの部屋、今まで彼女が全部片付けてくれてましたね?」

「ああ。掃除までしてくれてたな」

「残念なお知らせですが、私、そういうのやらないタイプですけど」

「別に構わねえけど?」

 あっさりと城崎は言った。


 雪乃がキョロキョロ部屋を見まわしているスキに、城崎は別な部屋に行ったようだ。

「仕事の服はきついからな」

 そう言いながら部屋着に着替えてきた城崎はソファに座った。

「雪乃も突っ立ってねえで隣座れよ」

 言われて雪乃は、城崎の隣にちょこんと座った。

「なんか飲み直すか?っつってもあんまり酒強くねえんだったな。冷蔵庫にコーラならあるぞ。飲むか?」

「大丈夫です。楓は?」

「俺も大丈夫」

 そう言うと、城崎は雪乃の手を取った。


 ドキリ、と雪乃の心臓は跳ねた。


 ただ手を握られただけじゃないか、と雪乃は自分に言い聞かせる。


 城崎は指を雪乃の指に絡めてきた。


 その時雪乃は、千草が始めの頃に言っていた事を思いだした。

『ちなみに、アイツ、異性で手を繋ぐのは、恋人のみに許された行為だと思っている』

 つまり、手を繋ぐのは城崎にとって特別な行為。つまり……普通の人にとってのキスみたいなもの?

 そう思った途端に、雪乃は急激に恥ずかしくなった。


「すぐ真っ赤になるよな」

 城崎はそう言って笑う。

「何も飲まねえのか?じゃあもういいな?」

「もういい?」

 雪乃が聞き返すのに答えず、城崎はソファの上で雪乃を押し倒した。


「かっ、楓っ。あの、急に何を」

「可愛い反応だな」

 そう言って雪乃の頭、そして頬を撫でた。

「ずいぶんと顔が熱いぞ」

「これ以上近づいたら、し、心臓爆発するので……ちょっと心の準備をさせてもらいたいんですが」

 顔を近づけられた雪乃は、そう訴えたが、城崎は面白そうに笑うだけだった。

「ねえ、楓、ちょっと、待って」

「待てねえなぁ」

 そう言って、雪乃の耳元に口を近づけ、そのまま耳に噛み付いた。

「うっひゃぁ」

 色気も何もない変な声が雪乃から飛び出した。城崎は楽しそうに笑いながら、耳から首筋にかけて、甘噛したり舐めたりしていく。


 ――何これ何これ。性知識小学生って嘘でしょ?騙された?どう考えてもベテランじゃん。


 ――いや違う。そうだ。私勘違いしてた。彼はベテランなんだ。


 雪乃は気づいた。


 城崎はキスで妊娠すると思っている性知識小学生以下の男。

 しかし、だからといって恋愛経験の無い童貞とは訳が違うのだ。


 常時何人もの彼女がいるチャラ男。


 本番までいかないだけで、こういった行為は手慣れたもの。


 それが城崎楓なのだ。

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