第5話

 ※※※※


 千草から連絡があったのは、それから三日後の事だった。


「いやー楽しみですね」

「俺は不安でいっぱいだけど……。まあ、本人がやる気満々なのはいいことか」

 大通りから少し離れた商店街を、二人は話をしながら歩いていた。千草は大量のピアスをつけてメガネも外し、髪もきっちりオールバックにしてチャラ男スタイルだ。


「雪乃ちゃんって、経験人数は無しだとしても、彼氏はいたことあるの?」

 もはや遠慮なく千草は尋ねる。

「ありますよー。中学生の頃にちょこっと同級生と。高校生の頃に年上の人とちょこっと」

「ちょこっとばっかりじゃん」

「ま、でもご心配なく。でぃーぷきす、までは経験済みなので」

「その情報で心配なくなる訳はないよね」

 千草は小さくため息をついた。


 商店街の外れ、小さなビルについた。

「ここの二階、城崎の自宅兼事務所」

 そう紹介しながら千草は階段を登っていく。雪乃は、千草の後を追いながら、ふとビルの案内板を見て呟いた。

「シロサキ事務所……?え?ヤクザ?」

「こらこら、今から君の彼氏になる人に失礼だって。ちゃんとした堅気だよ」


 そう言いながら、千草はビル二階の、殺風景なドアをノックした。

「城崎いる?俺、千草だけど」

「ああー、勝手に入れよ」

 中から無愛想な声が聞こえてきた。


 中に入ると、乱雑な部屋の中で、眠そうに煙草をふかす城崎がいた。

「お客様いないの?」

 千草はそう言って、城崎に缶ビールを差し出した。

「アホか。うちに客なんて滅多に来ねえだろうが」

 城崎は缶ビールを受け取りながらニヤリと笑った。

 そして、雪乃をチラリと見る。

「あ?テメエは客か?もう営業終了だぞ」

「違うよ。覚えてない?前に会った、キスされちゃってた子。俺と同じ大学の後輩だったみたいでね、城崎に会いたいって言ってたから連れてきたんだ」

 千草に紹介されて、雪乃は慌てて頭を下げた。

「先日はお世話になりました!」

「ああ」

 城崎は立ち上がり、笑顔で雪乃に近づいた。

「あの後ちゃんと病院行ったか?大丈夫だったか?」

「あー……はいっ。おかげさまで」

 雪乃は適当に返事をした。

「今度アイツ見たら、突っ捕まえて締め上げておいてやるよ」

「あ、結果何も無かったんで大丈夫です!」

「そーいう問題じゃねえんだよ。ま、テメエは気にすんな」

 そう言って、城崎はポンポンと雪乃の頭を叩く。


 ――頭ポンポン、ナチュラルにやる人いるんだな。


 イケメン凄い、と、雪乃は謎の感動をした。


「とろこでテメエ、名前は」

「溝端雪乃です」

「俺は城崎楓だ。一応名刺」

 そう言って、乱雑にポケットに入れられていた名刺を差し出した。

「シロサキ事務所 代表 城崎楓。……えーっと、えっと?えっ?行政書士件税理士……って、士業だったんですか?」

 名刺の裏に書かれた資格に、雪乃は目を丸くした。

「てっきり、ホストとかだと思ってた」

「雪乃ちゃん!」

「期待させて悪かったな」

 焦る千草の一方で、城崎は面白そうに笑った。

「この辺の飲食経営してる奴ら、知り合いが多いんだけどよ。金勘定がテキトーだったり、役所に出す書類忘れちまうアホばっかだから、俺が手伝ってやってんだよ」

「えー超いい人!」

「いや、ちゃんと仕事だからね。借金取りばりに手数料取り立ててんの俺見たからね」

 千草はそうツッコむ。城崎は口を尖らせた。

「んだよ。俺の事務所は格安手数料だぜ。この格安手数料を払わねえくせにキャバ通いしてたクソ店主には、ちょっと小突いてやったけどよ」

「だからいつも警察に怒られてんじゃん」

 千草は呆れたように言う。

 ケラケラと笑いながら城崎は雪乃に向き合った。

「ま、よろしくな。ところで、客じゃねえなら、何しに来た」


「あー、えっと」

 雪乃は、千草と打ち合わせた通りに、少しモジモジして見せながら言った。

「以前助けて頂いてから、城崎さんの事が気になってしまって。よかったら友達からでいいのでお付き合いして頂けませんか」


「断る」


 断られた!!


 雪乃は、話が違うじゃないかと千草に目で訴える。

 ――どんな娘でも来るもの拒まずじゃなかったの!?それで拒まれた私って一体……!?

 雪乃は思わずプクッと膨れっ面になった。

「おい、何拗ねてんだよ。友達からなんてまどろっとしい事すんのは時間の無駄だろ。友達じゃなくて彼女からスタートでいいだろ」

「え?」

 雪乃は思わず聞き返した。

「あ、私振られた訳じゃ無い?」

「何で振るんだよ。いいじゃねえか。俺雪乃の事、はじめから可愛いと思ってたぜ」


 ――軽!!チャラい!!とてもじゃないけど童貞とは思えない。

 とは思ったものの、雪乃は作戦の第一段階がクリア出来たので、思わず満面の笑みを浮かべた。


 しかしその笑みも、すぐに城崎の次に発せられたセリフで消えてしまうことになる。

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チェリーガール・ミーツ・チェリーボーイ りりぃこ @ririiko

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