フラグ 12 カイン王子の八つ当たり

「くそっ……! なんでこんな事ばっかり続くんだ!」


 あれから三か月ほど経ったある日、カイン王子は荒れていた。

 レイを婚約破棄してから、何もかもことごとく上手くいかないからだ。


───あの女を処刑出来てない事が問題なのか? いや……


 カインは苦しみに顔をしかめ片手で額を押さえている。

 姫であるアリーシャは、そんなカインの事を健気な顔で覗き込んだ。


「陛下、大丈夫ですか……?」

「あぁ、大丈夫だアリーシャ。問題ない……」


 そう零しながら、カインの脳裏には最近の失態が次々とよぎっている。

 

 舞踏会でのアリーシャの失態や会議での失言。

 それによりカインもイラつき、周りにあたった事による好感度の減少。

 

 また、なぜかモンスターからの攻撃が増え、それに対する対応も後手後手。

 魔王軍とは昔から戦っているが、最近の数は以前に比べて遥かに増してきている。


 それにより、民からの不満も日に日に増加していってる事がカインの脳裏に次々とよぎっているのだ。


───くっ……なぜだ。なぜだ、なぜだ、なぜだ! あの女と婚約破棄してから何もかも上手くいかない! こんなバカな!


 王子は端正な顔をギリッと醜く歪め、心で地団駄を踏んでいる。

 けれど、これは当然の結果だ。

 今までレイが嫌われ役を買って出ても、王子であるカインと姫であるアリーシャをサポートしていたからだ。


 舞踏会では恥をかかないように事前に厳しく注意していた。


 また、会議でもカインが言葉に詰まったりした時はレイが上手くサポートしていた。

 みんなの前で、カインに恥をかかせないようにする為に。


 それに加え、カインどころかレイ自身すら気付いていなかった事がある。

 レイの日々祈りが国に結界を張っていた事だ。


 もちろん、その当時レイに聖女の力はまだ目覚めていなかった。

 ホーリィ・アークの力に目醒めたのは、つい最近だから。

 しかし、レイの清らかな祈りが国をモンスターの襲来から遠ざける力を発揮していたのだ。

 誰にも気づかれない所で、レイが日々捧げていた献身的な祈りの力。


 もちろん、カインはそれらについて全く気付いていないし、そんなの考えた事すらない。

 なので、理由が分からずより苛立ちが募る。

 

───くそっ、なぜこんな凶悪なモンスターの襲来が増加したんだ……!


 カインが苛立ちを最高潮に募らせた時、側近が王子に告げてきた。


「カイン様。彼らが到着しました」

「ん? 誰だ、こんな時に」

「Bランクパーティ、紅蓮の翼でございます」

「ああ……そうだったな。通せ」

「ハハッ! かしこまりました」


 カインは自分で呼んでおいて忘れていたのだ。

 けれど、ちょうどよい憂さ晴らしが出来ると思いニヤリと笑みを浮かべた。


 そんなカインの前に姿を現した、イグニス率いるパーティ紅蓮の翼。

 彼らはリュートを追放したメンバー達だ。

 リュートを役立たずと追放してさぞや良くなってるかと思いきや、彼らの顔は憔悴しょうすいしきっている。

 彼らもあれ以来、まったくといっていい程上手くいっていないからだ。


 リーダーのイグニスは、怒りに内心地団駄をふんでいる。


───くそっ! くそが! リュートを追放してから何も上手くかねぇっ! なんでなんだよ!


 そんなイグニス達を、王子は怒りと冷徹に満ちた瞳で玉座から見下ろした。

 紅蓮の翼のメンバー達にとっては、最悪のタイミグとしか言いようがない。


「貴様ら……どう責任を取るつもりだ!」


 王子の怒声が広間に響き渡った。

 それを受け、悔しさに顔を歪めるイグニス達。

 こうなる事は分かってはいたものの、いざ罵声を浴びると厳しい物がある。


 だが王子は自分の溜まったストレスと吐き出すかのように、彼らを追い詰めていく。


「キサマらがあの逆賊クロスフォード・レイを捉え損ねたせいで、私の気が晴れん! なにより奴を処刑しない限り、我が愛しのアリーシャの心も休まらぬというものだ!」


 カインは怒りに体をブルブルと震わせる。


「キサマら、これが……どれだけの重罪か分かっているのか!」


 煌びやかな王の間にカインの怒声が響き渡った。

 その怒声がその場の空気だけではなく、イグニス達の心を恐怖で震わす。


「ぐっ……それは……」


 苦し気な表情を浮かべるイグニス達だが、カインの勢いは止まらない。

 アリーシャが自分の腕にギュッとしがみついているので、よりいいカッコをしたい気持ちが加速する。


「貴様らの失態のせいで、最近まったく調子がはかどらん! しかも、凶悪なモンスターが明らかに増加している! このままでは我が国は、滅んでしまうかもしれないのだぞ!!」


 カインにそう告げられた彼らはイラッとした。


───俺らのせいだけじゃない。貴様が無能なせいだろ!


 けれど、それを今言った所でどうしようも無い事も分かっている。

 が、同時にイグニス達には許せないのだ。

 カインではなく、自分達をこんな目に会わせたリュートの事を。


 もちろん、完全な逆恨みもいいとこなのだが、イグニス達はそういう思考。

 なので跪いたまま、王子に悲壮かつ必死な顔を向けた。


「陛下、恐れながら全てはあのリュート……エデン・リュートのせいでございます……!」

「なんだと?」

「あの男が邪魔をしなければ……」


 イグニスがそこまで言った時、カインは上からギロッと睨みつけた。


「キサマ、この私が間違っているとでも言いたいのか」

「と、とんでもございません! ただあの男、剣も通らなかったどころか、途轍もない跳躍魔法で我々の前から飛び去ったもので……」


 そうは言うものの、言ってるイグニス自身この事実を信じられなかった。

 いや、信じたくもなかったという方が正しい。

 まさか自分が追放したリュートに、あれだけの力がある事を。


 ただ、あの光景を目の前で見た当事者である以上、信じざるをえなかったのだ。


 しかし、王子の瞳の色は変わらない。

 冷徹に見下ろしたままだ。


「それがどうした。その男を追放したのはキサマだろう。その男の力を見抜けなかったばかりか、逆にしてやられた分際で、それを言い訳に使うのか。恥を知れ!」

「うっ……」


───マズい、このままでは……


 イグニス達がそう思った時、王子は片手をバッと前に掲げた。


「よってキサマ達から冒険者の資格を剥奪する!」

「なっ! は、剥奪っ?!」


 イグニス達は一気に顔をサァ―――ッと顔を青ざめさせた。

 カインから、彼らが一番恐れていた事を告げられたからだ。


 冒険者の資格を剥奪されるという事は、もう活動が出来なくなるだけではない。

 剥奪されるという事は重罪とみなされ、他の職に就くのもままならくなるからだ。


 それに加え、今まで勢いのあったBランクパーティからいきなり無職になれば、他の奴らがここぞとばかりにバカにしてくるかは容易に想像がつく。

 今まで蔑んできた奴らからバカにされる事は、イグニス達には我慢がならないのだ。


 イグニス達はカインの前で跪いたまま、恐怖と怒りで身体をブルブルと震わせている。


───イヤだ。イヤだ。それだけはイヤだ……!


 そんなイグニス達を見下ろしながら、カインはニヤッと薄ら笑いを浮かべた。

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