フラグ 3 ゆっくり飲みたいコスモティー

「ハアッ……分かったわ……」


 レティシアは溜息をついた。

 フローラから聞いた話をまとめるとこうなる。

 

 結論はまず、処刑回避をしなければいけない。


 本来、沙紀は姫に転生させるハズだったから。

 けれど悪役令嬢に転生させてしまった以上、処刑回避をして幸せになってもらわないと困るのだ。


───誤転生の上に処刑なんてシャレにならないわ……


 ただ、女神達は人間の世界に直接干渉は出来ない。

 と、いうか転生を除き干渉してはいけないのだ。

 じゃあ五代悪魔王達はどうなんだと言う話だが、彼らは違法に干渉しているに過ぎない。

 まあ、悪魔だから仕方ないのだが。


───問題は処刑回避の方法ね……


 レティシアが一番悩んでいるのはそこだ。


 本来、悪役令嬢は前世やゲームの知識を使って処刑を回避するのが常識。

 けれど、誤転生により処刑後のタイムリープは使えないし、そもそもゲームは全て処刑回避不可ルートなのでゲーム知識も使えない。


 正確に言えば、仮にあっても役に立たないのだ。

 この世界を創ったフローラにでさえ、100%成功するかどうかも分からない領域だから。


───残るはフローラの作った方法だけなのよね……


 極秘の裏ルートにいるチート補助魔法使いに、悪役令嬢を救わせるという方法。

 レティシアいわく、ゲームで敢えてそれを作らなかったのは、それになるに相応しい気持ちを持った人を探す為だったとの事。

 

───翔はそれにピッタリだったのね。それはそうよ。私だって彼には目をつけてたんだから。

 

 レティシアは再びハァッとため息をついた。


「最後に尋くけど、転生体をリュートしたのはどうして? レイの近くの人にした方が良かったんじゃない」


 これもレティシアからしたら当然の疑問だ。

 リュートはレイとは何のゆかりも無い冒険者。

 バグが起こってるぐらいだから、会えるかどうかだって分からない。


 けれど、フローラはレティシアをチラッとチラッと見上げながら顔を軽く火照らせた。

 

「えっとね……彼、私のタイプだったから」


 それを聞いたレティシアは目をパチクリさせ、もうそれ以上質問するのを止めた。

 そして虚空を見上げながら思う。


───神話の時代から私達神は身勝手だったけど、ちょっとやりすぎよね……ごめんなさい、翔、沙紀。けど、転生するのと同時にスキルは持っていけるように設定まではしておいたから、後は貴方達が気付いてくれれば……


 こんな神のワガママにより二人の冒険は幕を開けたのだが、その頃翔は……




「ちょっと待てって、本当に俺をクビにすんの?」

「当たり前だろ。満場一致で決まってんだよ。なっ、お前ら」


 イグニスは俺の眼の前でそう言って、仲間達をチラッと見たんよ。

 したらなんと、デカい戦士も可愛い魔女ちゃんもウンウン頷いてやんの。


 まあいいけどさ。前世? でもこれに近い事あったし慣れてるっちゃ慣れてるから。

 前に勤めてた会社で、プロジェクトから意味不明に外されたんだ。


───確か、あの時はあの後……


 俺がその時の事を思い出してると、イグニスがニヤッと嗤って散々罵声を浴びせ仲間達を引き連れ出て行っちまった。

 ここでの記憶も戻ったけど、アイツら本当に大丈夫か?

 だってアイツらに俺がどれだけ……まっいいや。

 知らん。俺は止めたからな。

 しかも、割とマジで。


「ハァッ……どの世界でも、なんで目立つ奴らって裏方というか支えてる人の事を蔑ろにすんだろ」

 

 俺はため息混じりにそう零すと、とりあえず馴染みの喫茶店『スターダスト・カフェ』に行く事にした。

 こっから身の振り方を考えなきゃさ。


───こーゆー時は、アイツに会って美味い紅茶を飲むに限る。


 ん? やさぐれた性格してるんだから、そこは酒だろと?

 いやいや、そこは紅茶なんよ。

 確かアイツも、エデン・ノ……まっいいや。

 とにかく紅茶なんだ。


 てな訳でお店に辿り着いて扉を開けると、可愛い制服に身を包んだ店員さんが、いらっしゃいませー♪ と、俺に笑顔で挨拶してきてくれた。

 相変わらずいい店だ。

 ただ、この店に来たのは俺のお気に入りの子に会う為だ。

 あっ、もちろん身の振り方を考えにきたよ。


 いやいや、ウソじゃないって。

 けど、こんな時ぐらいゆっくりさせてもらっても、バチは当たらないハズだろ。

 もうすでに意味不明な事が起こってるしさ。


 おっ、そんな事言ってる間にいたいた。


「クロエーー! おひさ♪」

「リュート! って、3日前に来たばっかじゃない」


 そう言って笑うクロエは可愛い。

 なんというか、商売っ気がないんだ。

 こういう笑顔は素直に嬉しくなる。

 けど、今日はちと切なくなる。

 いや、クロエは似てるのさ。


 あの沙紀に。


───ハァッ、沙紀どーしてんのかな……


 俺が斜め上を向いて考えてると、クロエが少し不思議そうな顔をして覗き込んできた。


「どーしたのリュート。ガラにもなく深刻そうな顔しちゃって」

「あ? いや、別に。そんな顔してた?」

「してたよーー。もう、どんだけの付き合いだと思ってんの♪」


 クロエは俺を見ながらニコニコ笑ってる。

 勘弁してくれ。眩しすぎる。

 けどまあ、ここは軽ーくいこう。


「だなーー。かれこれもう200年ぐらいか」

「うん。それの100分の1ぐらいは経つわね」

「早ぇーもんだな」

「だね♪ じゃーもっとウチに通わなきゃだよ」


 俺がクロエを推すのは可愛さだけじゃなく、この会話のテンポの良さだ。

 話してて心地がいい。


 そして心地いいついでに俺は話してみた。

 俺の身に起こったワケの分からない出来事を。


 ちなみに、注文したのは『コスモ・ティー』だ。

 別に変なもんが入ってる訳じゃないんだけど、体の芯から力が湧いてくる不思議な紅茶。

 気分はギャラクシー。

 燃えろ! 俺の……


 てな感じで紅茶を飲んでる俺に、クロエはぶっ飛んだ事を割と真顔で言ってくる。


「リュート。それって多分、転生ってやつだよ」

「て、転生?」


 俺は思わず飲んでた紅茶を吹き出しそうになった。

 マジで吹いたらどーすんだ。

 美味いけど、結構高いんだよコレ。


「いや転生って……」


 俺はんな事あるか! と、思いながらも、前世の記憶を思い返していた。

 翔として日本で暮らしてた時の記憶だ。


───いや、確かにそんなのが流行ってはいたけど、マジで起こりうるもんなのか?


 するとクロエは、俺が今思った事を見透かしたかのように尋ねてくる。


「間違いないって。じゃなきゃ説明つかないし……あっ、そーいえば転生する際って大体なんかスキル貰えるみたいだけど、リュートはどうなの?」

「スキル?」

「そうそう。転生する前に、女神様みたいなのに会わなかった?」


 んなもんには会ってないハズだ。

 そんなファンタジーな体験すれば、いくら抜けてる俺でも嫌でも覚えてるわ。

 でも……


「あっ、会ったわ」

「でしょ♪」

「クロエって女神に」

「ねーーー、そういうのいいから」


 俺がそんなアホな事を言ってると、何やら周りがザワついてきた。

 なんだ、なんだ? と、思ってると近くの席に座ってたパーティの一人が目を丸くしてる。


「おい、これマジかよ!」

「えっ、ヤバくない!」

「行くしかないな……!」


 他の連中も席から急にガタッと立ち上がりササッと会計を済ますと、飛び出すように店から出ていった。


───なに? どしたの?


 ちょっと気になった俺はクロエに尋いてみた。


「なぁクロエ。アイツらどーしたん?」

「んーー、あっ、多分コレじゃない」


 クロエがそう言って差し出して来たのは『魔力ポータル』だ。

 まあ、前世で使ってたスマホみたいな物。

 この世界はいわゆるナーロッパ的なもんだが、魔力で動くこういうアイテムもある。

 で、その画面には魔力で更新された記事が載ってたんだ。


『悪魔に取り憑かれた令嬢『クロスフォード・レイ』を捕らえた者には、報奨金とランクアップを与える』


 何でも、悪逆の限りを尽くした令嬢を王子が婚約破棄したのだ。

 すると、令嬢は王子に手袋を投げつけて、自ら王宮から出ていったらしい。

 それに激怒した王子は、元々処刑するつもりだったのもあり、すぐさま兵士達に追わせた。

 けど、令嬢は捕まらず冒険者達に依頼したらしい。


───元気な令嬢だな、マジで。


 まあ、なんともな話だ。

 婚約破棄された時悪態つけば、より激怒させる事は分かってるハズなのによっぽど腹が立ったのかな?

 それとも、何か別の理由が……

 俺はそこまで考えた時、思わずハッとした。


───ちょっと待て、クロスフォード・レイっていえば、あのラスト・クリスタルの悪役令嬢?!


 いや、無いよな。ナイナイ。

 えっ、でも同じ名前だし婚約破棄。

 ん? これは会うしかないのか? どうしよ?


 なーんて考えても意味は無いか。

 こんだけ他の冒険者が沸き立ってる訳だし、都合よく会えんでしょ。


 それに俺は、自分の身の振り方を考えなきゃいけないしさ。

 どだい、あんな気の強い令嬢なんかと仮に会っても、パチーンと引っ叩かれて終わりだろ。ハァッ……


「クロエ、会計頼むわ」


 急にスッと立ち上がってそう告げた俺に、クロエはちょっと意外そうな顔を向けてきた。


「あら、珍しい。もう帰っちゃうの」

「あぁ、今日はもういいや」

「あっ、分かったー。その令嬢捕まえに行くんでしょ♪」

「んな訳あるか。俺は補助魔法使いだぞ。第一、そんな気力ねーっての」

 

 気だるそうに答えた俺を、クロエはニヤニヤした顔して見つめてる。

 あーー可愛い。俺、また通うんだろうなー


「そんな事言って、私の事は捕まえようと必死じゃない♪」

「ハハッ、それもなくなっちまったら終わりだよ。じゃ、またな」


 俺はそう言ってクロエに背中を向け、片手をヒラヒラさせて店から出た。


「さて、どーするもんかねーー」


 俺がボンヤリそうこぼし、うーーんと伸びをした時だった。


「どいてーーーーーーーーー!!」

「うわっ!!」


 ドンッ!!


 いきなり、女が叫びながらぶつかってきやがった。


「いってーーな、おい」


 俺がしかめた顔を向けると、その女は謝るどころか俺をキッと睨んできやがったんだ。

 

───何でぶつかれた俺が睨まれなきゃアカンのよ。


 悲しそうな顔してる俺に、女はまるで女王様のような眼差しを向けている。


「アナタ、私を守りなさい!」

「は、はあっ??」

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