フラグ 2 ドジな女神の誤転生
「えっ? はいっ? な、な、な、な、なんだよこれ!! 意味分からん!」
俺は目を覚ますと、ワケの分からんとこにいた。
というか、いる。
なんか、ゲームに出てくる武器屋? いや、酒場みたいな所に。
ここが何なのかマジで分からない。
───いや俺、確かに昨日家帰ってからゲームして……
なんでここにいるのかも謎。
けれどそんな俺を、コスプレみたいな格好した奴らがニヤニヤしながら見つめてる。
ただ、ニヤニヤっていってもアレだ。
好意的なそれじゃなくて、明らかにバカにしてる感じのニヤニヤだ。
嫌い。こういうニヤニヤ。
それに、奴らが着てる鎧とか魔法着みたいな服って、コスプレにしちゃよく出来てるんだよなー
てか、なんかコスプレっぽくない。
板についてる。
───んーー? なんだコイツら……
マジでよく分からんって顔で彼らを見てると、その内のリーダーっぽい男が、俺にグイッと身を乗り出してきた。
───なんやねん。
お前や後ろにいるデカい男から顔近づけられても、嬉しくないのよ。
そんなん満員電車の中だけで充分。
近づけるなら、もう一人の可愛い魔法使いみたいな格好の女の子からにしてほしい。
あっ、けどやっぱいいや。
その女の子も、何か俺をバカにした感じでニヤニヤしてるから。
───男にバカにされるのはイヤだけど、女の子からはより辛い……でも可愛い分だけいいか。いやいや、やっぱりより辛いのは……
俺がそんなどーでもいい事を割と真剣に考えてると、目の前の男がさらにバカにした顔をしてきた。
「おいリュート、お前とーとー頭までおかしくなっちまったのかよ」
「はっ? リュート?」
「はあっ? オマエだよオマエ。他にリュートはいねぇだろうが」
そいつがイラッと顔をしかめた瞬間、俺は思い出した。
と、いうよりも記憶が洪水のように頭になだれ込んできたと言った方が正しい。
────そうだ! 俺はこのパーティの支援魔法使い『エデン・リュート』だったわ。あれ? って事はもう一つの記憶は前世か?
二つの記憶がごっちゃになって、まだ頭の整理が追っつかない。
けど、目の前の男『イグニス』は俺から体をスッと反らしてニッと嗤う。
で、そのまま首を親指で掻っ切るポーズを取りやがった。
「リュート、お前は今日でクビだ」
分っかりやすいクビのジェスチャー。
ああ、コレが追放のリアルバージョンか。うんうん……
って、はぁぁぁっ?! クビ? クビもなんも、俺、気持ち的には今来たばっかだよ。
◆◆◆
「『クロスフォード・レイ』! この場でキミとの婚約を破棄させてもらう!」
「は、はい? あ、あのここは……」
私は思わず呆けた顔で、そう尋ねちゃったわ。
だって、昨日会社から家に帰ってベットの上でゲームしてたら、いきなりこんな場所にいるんだもん。
今まで見た事もない綺羅びやかな宮殿に。
───それにこの青くて派手なドレスは何? なんで私こんなドレス着てるの?
しかもこんなドレス、買った覚えなんてない。
いつも行くのは、ユ〇クロとかしま〇ら。
そこにこんな煌びやかなドレスは売ってないわ。
まっ、仮に売ってても薄給な社畜には無縁よ。
というより、ドレスよりも今のこの状態がワケが分からないわ。
───それに、いきなり婚約破棄とか言われても、私貴方と婚約した覚えなんて……
その時、私の頭の中に突然洪水のようにドドッとなだれ込んできた。
今までの記憶が。
───ハッ! そうよ、私はクロスフォード・レイ。あの王子の婚約者で……ん? ちょっと待って……!
まさかとは思いつつも、私は尋かずにはいられなかった。
なので軽く震えながら王子と、その側で私を不安げな顔で見つめてる姫を見つめたわ。
「あの……まさか貴方は『アルベルト・カミュ』?」
「ん? そうだが、何を今さら」
訝しむ顔をしたカミュの前で、私は隣の姫にも尋いてみた。
「ええっと、貴女は『アイリス』よね?」
「えっ? なんですか今さら」
アイリスもカミュと同じように、怪訝な顔を私に向けたの。
でも、一番顔をしかめたいのは私よ。
───ちょちょちょ、ちょっと待ってーーー! この世界、あの乙女ゲームの世界じゃない!
私、心の中で両手で頭を抱えちゃったわ。
だって、昨日仕事から帰ってゲームしてたのに、何の前触れもなく突然の異世界転移よ。
いいえ、違うわ。
異世界転移じゃなくて異世界転生だし、なによりこの世界のクロスフォード・レイっていえば、どのルートでいっても処刑確定の悪役令嬢なの!
───ねぇ、こんな事ある? 私が何をしたの。
確かに思ったわよ。
ゆっくりしたい。スローライフな生活をしたいって。
でも、永遠にゆっくりしてどうするのよ。
これじゃ、スローライフじゃなくてシュウリョーライフじゃない!
なんて上手い事言ってる場合じゃないわ。
だって、あのゲームの通りならこの後……
『悪魔に憑りつかれアイリスに働いた暴言と暴虐の数々、最早婚約破棄だけではすませない! 七日間の幽閉の後、公開処刑を執り行う!』
───ってなるハズ。まったく……冗談じゃないわ! なんで……なんで前世でもあんな思いして、ここに来て処刑されなきゃいけないのよ! だったら……
何やら二人とも初っ端からとんでもない事になっているけど、そもそもなんでこんな事になってしまったのか?
もちろん、女神フローラがやらかしたのがその原因なんだけど……
天上界
「フローラ、貴女とんでも無い事をしてくれましたね!」
「お姉ちゃん、ごめーーーん! でもね、あれは間違えちゃうよ……」
「どういう事?」
レティシアは努めて冷静に尋ねると、フローラは少し口を尖らせた。
自分が100%悪い訳ではないという表情だ。
「だって、同時だったんだもん……」
「同時?」
「うん。あの二人ね、同時に同じ願いを同じレベルで届けてきたの『どっか別の世界で、ゆっくり暮らしたいな~~~』って」
「そう……でも、今の地球の状況ならありえなくもなさそうだけど」
レティシアがそう言うと、フローラはちょっと怒った顔を向けてきた。
「それだけじゃないの!」
「えっ?」
「しかもあの二人、同じタイミングで同じゲームしてたんだよ。しかも全く一緒の姿勢で」
「それはまぁ、確かに凄いわね」
軽くため息を零したレティシアに、フローラはさらに言ってくる。
「後ね、あの二人ってお互い大好きなのに、付き合うか付き合わないかのギリギリの関係だったの」
「だから間違えたと……」
軽く溜息を吐くレティシアに、フローラはサッと身を乗り出した。
「そうだよ! だって、こんなに条件揃う事って滅多にないから、ダブル転生のチャンスだと思って!」
ダブル転生は、その二つが全く同種のエネルギーと願いを放っている事が条件。
確かにレティシアの言う通り、ありそうで中々ない。
何より、ダブル転生は女神側にとってもチャンスなのだ。
それだけ転生タスクをこなして、評価に繋がるからだ。
「で、二人を転生させた後に気付いたのね」
「うん……! でも、もう転生後には寿命尽きるまで無理だし……」
「分かったわ。けど、なんであの世界に?」
レティシアの疑問は最もだった。
さっきの理由で誤転生はまだ分かるが、なぜこの世界に転生させたのかまでは分からないから。
そんな疑問をぶつけられたフローラは、再びすまなさそうにレティシアを見つめた。
「ゲームというか、私の作った世界のバグを直してほしくて……」
「私の作った世界のバグ? ちょっと待って、もしかして……!」
「うん。あのゲーム作ったの……私なんだ」
「嘘でしょ」
レティシアは思わず身体をのけぞらし、片手を額に当てた。
全てが分かったと同時に、フローラのやった事に心底呆れたからだ。
「じゃあなに、貴女が作った世界を救う為にわざわざゲームを作って、それに相応しい人を探してたって事?」
「そ、そうだよ……ごめんなさい。どうしても補助魔法使いと悪役令嬢が必要だったから」
「でも、これじゃ二人とも全然ゆっくり出来ないじゃない!」
「そうだよね……でも、転生させてからお姉ちゃんのだって気付いて……どーーしよう? お姉ちゃん!」
ウルウルした瞳で縋ってくるフローラを見つめながら、レティシアは考えていた。
転生後はそこでの寿命が尽きるまで戻せない。
また何より、転生時にはルールがある。
転生前に色々話したり、希望を聞いててから行かせるものなのだ。
───どうしましょ。完全にコンプラ違反だわ……
フローラの気持も分からなくも無いけど、こんな転生は前代未聞。
昔ならまだよかったが、最近は天上界でもコンプラは厳しいのだ。
───困ったわね……目的もスキルも何も伝えずに転生。こんなのコンプラに特に厳しいアテナお姉様にバレたら、私ワルキューレに降格させられちゃうかも……
レティシアはかなり深刻な顔で悩でいる。
もちろん、アテナからの罰も怖い。
けれどそれ以上に、翔と沙紀が困っているのは分かっているからだ。
そもそも本来、翔に与えたチート能力で光の勇者を手助けさせるハズだった。
翔が行くハズだった世界は今、五大魔王達によって危機に晒されているから。
───まあ、あの勇者ならきっと倒せるとは思うけど、そうとうの苦戦をするのは確実ね。それに……
沙紀の事は今まで頑張ってきたご褒美に、お姫様扱いをされるような世界に転生させたいと考えていたのだ。
「ちなみに、貴女の作った世界って、何がバクってるの?」
「それがね、オカシイの」
「オカシイって、どういう風に?」
「あのね、悪役令嬢になっちゃってるあの子……本当は普通に王子様と結ばれるハズなの。だって、本当はお姫様のハズなんだもん!」
「えっ? ウソでしょ! という事は……」
とてつもなくイヤな予感に目を見開いたレティシアを、フローラはジッと見つめている。
「うん。本当なら処刑なんてありえない。なんか、流れそのものを壊されちゃってるの……!」
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