第十二話「知性体共存主義」




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『最近、妙な主張をする人間が増えているらしいです』

「元からじゃね?」


 これだけ世界が変われば人間の主義主張が変わるのなんて当然で、怪しい新興宗教だってかなり初期の段階から大量に跋扈していたはずだ。キャップも言っていたが、既存の宗教が発言力を失いかけているのもそうだろう。

 怪人・ヒーローが周知のモノとなった今では、その存在が政治的な主張に組み込まれる事も多く、公約として掲げる者さえいるほどだ。勝手に主張しているだけでヒーローと繋がりのない者がほとんどだから、大抵は手痛いしっぺ返しを受ける事となるわけだが。

 マスカレイドさんの影響かあるいは元々の気質か、日本ではそういった活動はかなり抑えられているほうだが、それでも皆無ではない。会った事もない政治家候補がマスカレイドの名を掲げて捕まったり、マスカレイド基金なんていう正体不明の投資先が摘発されたりする。

 海外はもっと顕著で、ヒーローが公式に繋がった、あるいは本人が設立した団体が存在し、既存の宗教組織や政治団体、もっと言えば国家規模ですら頭を抱える事態となっている。火のないところに妄想で煙を点てる者だっているのに、超常の存在が明確になればそういった活動が活発化するのは明白なのだ。

 対象がヒーローならまだ健全なほうで、中には明確な敵性存在である怪人を信仰している者すらいるくらいだ。人間よりも強い存在にすがりたい、支配されたいという層は一定数存在する。被支配者層、貧困層、難民など、主義主張が拡散する土壌は元々あるのだから。

 ただ、そんな話は今更始まったわけではない。以前から普通に存在していて、急速に膨張し、表面化している。

 怪人との共存共栄を掲げた知性体共存主義なんて言葉が跋扈し始めたのだって昨日今日の話じゃない。この主義は知性体との共存を謳っているのに、何故か怪人に対してだけ無抵抗になってヒーローは生贄にしようという過激なモノだ。そんな主義にも関わらず一定以上支持者がいるという恐怖。

 最近の世論は混沌とした主義主張が煮詰まり過ぎていて常人には理解し難いモノとなっている。

 尚、ヒーローや怪人が絡まない話なら、変な事を言い出す奴が出るのは今更である。世の中むちゃくちゃ言い出す奴はいくらでもいるし。


「例の超常社会学でも大々的に触れてるが、ここまでヒーローと怪人の存在が周知されれば、変な奴らが増えてるのなんて当然の流れだろ?」


 春が近くなるとおかしいのが増える論調が一年中になったようなものである。なんせ、燃料はいつだって投下されているのだから。


『いえ、その規模の話ではなくて、もっと局所的というかなんというか……』


 なんというか、お仕事関連では珍しく妙に歯切れの悪い発言である。プライベートな事なら割と頻繁に口籠ったりはするが。


『えーとですね、今回の話の発端はヒーローでも怪人でもなく、多分戦闘員なんです』

「は?」


 あまりに意外な発言に、脳が一瞬フリーズした。

 当然の事ながら、戦闘員を知らないわけじゃない。いろんな事情から直接戦闘になる機会は少ないものの、バーチャルやヒーローパワー測定、そしてバージョン2のプレテストの際に戦っている。そして、現在世界でどういう扱いになっているのかも把握しているつもりだ。

 プレテストの時の怪人の木なんて、爆発すると超キレイ、あるいは超キモいって一部では評判である。


「一応聞くが、イーイー言ってるあいつらの事だよな?」

『その戦闘員ですね』


 戦闘員イー、いや、イーじゃなくてシーでもディーでもいいんだが、簡単に言えば奴らは怪人の下っ端だ。間違いなく一般人よりは強いが、ヒーローに太刀打ちできるような戦力は有せず、怪人よりもあきらかに弱い、質よりも数の力で怪人をサポートする存在である。放っておけば人間社会に被害が出るものの、それはせいぜい凶悪な強盗と同レベルの危険性でしかなく、武器を持った人間なら対抗できない事もないだろう。

 怪人にとっては便利、ヒーローにとっては面倒ではあるが、せいぜいそれくらいのアクセント的な存在というのが俺の認識で、主体にはなりえない。なんせ、奴らは基本的に怪人の取り巻きとしてしか出現しないのだから、自律行動できる武器のようなモノでしかないのだ。

 その上、一度に出現できる数にも上限がある。詳細は不明だが、支配権持ちに配られるエリアカタログの中にポイントを使って戦闘員の出現に制限をかける商品があったりするので、上限がエリアの支配率か怪人のランクに直結しているっぽい。俺が支配権を持つエリアでもすでにテスト済だ。

 これがたとえばエリア支配率が偏って大量に出現できるようになりましたとかなら話は別だが、十人にも満たない格下戦力では脅威になりようもない。

 そんな戦闘員がどんな論調を巻き起こしているのかと聞いてみれば……。


『その人たちが言うには、怪人は完全に敵だけど、戦闘員はただ強制されているだけで交渉の余地はあるんじゃないかと』

「バカじゃねーのか」


 そりゃ、そんな世迷い言を吐く馬鹿はいる。なんなら、怪人と融和しようって叫んでいる知性体共存主義の奴らだっている。そんな連中が力を持って、国家崩壊すら引き起こした例だってある。だが、それとは別に主張するようなモノなのか? 今更燃焼するようなモノとは思えない。


『そんなお馬鹿さんが、何故か世界中に出てきたんです。怪人に降伏しようとか言う輩とは別にです』

「んー?」


 どういう事だ? 百歩譲って怪人に対してそういう主張があるのは分からないでもない。ただ、それはヒーローや怪人を信仰したりする中で、極わずかにいるという程度で、単独で主張されるような存在ではない。もっと言えば、これまでの支配者が嫌いだから、それ以外なら誰でもいいって連中ならそういう事もあるだろう。ほとんど破滅願望のようなものだ。

 ただ、それは力のある存在に向けられるモノであって、間違っても戦闘員に向けられるモノではないだろう。昔の極道だって、構成員予備軍が組長や幹部が憧れる事はあっても鉄砲玉に憧れる事はなかったはずだ。いや、知らんけど多分。

 そんな、相当ニッチな思想が世界中に? それも、わざわざミナミが報告をあげてくるくらいには規模が大きいと? あいつら、特撮モノならエキストラみたいなもんだぞ。


「どうしてそんな事になるのか見当もつかん。何か理由でもあるのか?」

『ええ、私も不思議に思って色々調べたんですが……どうも戦闘員の性格が原因じゃないかと』

「性格って言われても……」


 基本的に、あいつらイーイー言ってるだけだぞ。いや、変なコントを始めたり、命乞いのために怪人を裏切るような奴はいたが……。


「まさか、多少でも個性が見られるから、中には話通じる奴がいるかもって願望的な話じゃないだろうな」

『それだけなら怪人も同じですし、話は大きくならないでしょうね』


 自分で言っててなんだが、そりゃそうだ。それなら怪人のほうがよっぽど個体ごとの性格差は大きい。

 戦闘員が出す被害についてはすでにニュースや動画で触れられていて、そこを勘違いするとも思えない。要は会話の通じない強盗犯のようなモノで、無差別に被害を出すのがほとんどなのだ。そんな凶悪な集団の中に話が通じる奴が混ざっているかもなんて楽観的極まる考えが力を持つわけがない。

 ……あるとすれば、明確に行動が見られた場合とか?


「まさか、人間を助ける個体がいたとかじゃないよな?」

『さすがマスカレイドさん。……正解なんです』

「マジかよ」


 そんな馬鹿なと思う。まずあり得ないとも。だいたい、戦闘員が人間に接触する機会なんて、怪人と一緒に出現している時で、それは自身が襲撃をかけている状況だ。そんな状況で人間を助けるなど、ただのマッチポンプだろう。

 だけど、それが本当なら……多少でも積み重ねれば思想が力を持つかもしれない。


「それ、単に怪人から指示されてそう見せかけたとか、アトランティスネットワークを媒体にして広まったプロパガンダ的なやつじゃ……」

『私もそれを疑って色々調べたんですよ。……結果としては白でした』


 それだとどっちの意味が白になるのか分からんが……この言い方だと、本気で人助けした戦闘員がいるって事なのか?


『普通にヒーロー対怪人の動画を見ているだけだと映らないんですよ、コレ。加えて、ヒーロー本人も目にとまり難いと思います。オペーレーターの観戦機能でリアルタイムに俯瞰するくらいしか確認する手段がないので、発覚もし難いかと』

「だから、噂になるほうが早かった?」

『はい』


 ヒーローが相手にするのは基本怪人で、戦闘員と戦うなんて露払いのようなものだ。それも向こうからかかってくるならともかく、現場から離れられたら追跡も困難だろう。おそらく怪人と一定以上離れられない的な制約はあると思うが、単純に潜伏だけして隠れられても対応の優先度は上がらない。

 一応、ヒーローだってその手の俯瞰機能は使えるが、まず見る事はないし、サービス契約をしている奴すら稀かもしれない。オペレーターなら契約しててもおかしくないが、他のオペレーターがどんなスタンスで仕事しているのかなんて知らない。ミナミから発覚するのはある意味必然だったのかも。


『いくつか分かり易い動画を出すので、確認して下さい』


 というわけで、いつもの如く俺のパソコン上で勝手に始まる動画鑑賞会。ご丁寧に、右下にはミナミのリアルタイム映像付きである。

 そして、その動画を見てみればミナミの言っている事はそのままだと理解できた。当然分かり易いモノを選んだのだろうが、それにしてもだ。


 それは都市部で行われた襲撃事件。ヒーローが怪人にかかりっきりな中、戦闘員たちはヒーローを無視して暴れまわり、人間相手に暴力を振るい始める。戦闘員を戦力として組み込みづらいと判断した怪人がとる、最近では珍しくもない戦術だ。

 戦闘員たちに応戦する民間人もいて、ただ一方的にやられているわけではないものの、基本的には蹂躙だ。なんせ、戦闘員としては被害を出すのが目的なわけで、武器を持った相手を狙う必要はまったくないのだから、当然狙われるのは力の弱い者、戦う意思のない者が中心となる。中には好戦的な相手を好んで戦う奴もいるが、それこそ個性だ。

 画面に映るのはパッと見パニック映画の一場面。格好はふざけている癖して、やっている事はリアルな暴行、傷害、器物損壊、殺害だって含まれる。

 そんな中にあって、一人の戦闘員がそこら辺にあった即席の武器を振り上げ、女性に手をかけようとした。

 画面映え的に、多分コレが主題となる個体なのだろう。


「マジかよ……」


 しかし、振り上げられた武器は振り下ろされない。顔は見えないし言葉も発しないものの、あきらかな逡巡さえ見て取れる。そいつはあきらかに殺人を躊躇っていた。果てにはトドメを刺す事を諦めて、そのまま逃げろとジェスチャーまで見せるほどだ。その後、その戦闘員は銃を持った民間人に撃たれ、女性の目の前で死んだところで映像は終了である。

 その状況に至った経緯を無視すれば、被害者の女性は目の前で自分を見逃してくれた相手を味方に射殺された事になる。理性的な事をすっ飛ばして感情的に戦闘員を擁護したくなっておかしくはない……かもしれない。

 対戦記録ではヒーローは怪人を普通に討伐して、それに合わせて戦闘員もすべて爆散消滅としか残っておらず、手を止めて殺された戦闘員は記録に残らない程度の存在でしかない。当事者であるヒーローも自分が戦った裏でこんな出来事があったなんて自覚していないだろう。

 だが、これは……。


「まずいな……」


 この映像にあった、あるいは近しい出来事がもたらす影響を想像して気が遠くなる。

 怪人なら絶対にこんな逡巡はしない。あとで銀タイツを着たヒーローにひどい目に遭わされるからといった別の要因で手が鈍る事はあっても、人間を殺す事を躊躇ったりしない。そういう風に作られた生き物だからだ。

 しかし、この戦闘員は根本からして違い、人間を殺害する事に忌避感を感じていた。怪人勢力の存在としてはあきらかに異常事態だろう。

 一件だけなら別段気にするような事でもない。しかし、コレは複数確認された内の一つだ。

 上手い演技ならまだいいが、リアルに人殺しを忌避する倫理観を持っているとなると、非常にまずい事になる。例の知性体共存主義とはまた別の思想が跋扈する事になるだろう。

 ……ヒーローなら怪人から戦闘員を救い出せとか言われかねないぞ。アホか。


「こういう事態が複数発生してると?」

『決して多いわけではないんですが、こうして見つかる程度には少なくもないかと。正確な件数はちょっと調査できませんね』

「そりゃそうだ」


 いつかの誘拐事件よりも調査が難しい。記録に残るわけでもなく、発覚するとしたら実際にその体験をした者の発言からくらいだろう。

 そりゃこんな体験をすれば、もしかしたらいい戦闘員だっているかもしれないと思ってもおかしくはない。

 だが、なんだコレは。何故こんな事が起きる? 戦闘員がどんな形で生まれるか詳細は知らないが、生産と呼ばれる程度には無機質な経緯で誕生しているはずだ。それは、そこまで性格に差が生じるようなシステムなのか? 一見、怪人側には不利益なようにしか見えないコレを?

 まさか、俺が気付いてなかっただけで最初からそうだった? それとも、プレテストとバージョン2リリース後、徐々に変化していった? ……だめだ、俺の目線からじゃ判断できそうにない。

 いや、そんな事は問題じゃない。コレがもたらす本質的な問題は……。


「対策がねえぞ、コレ」

『マスカレイドさんでも思いつきませんか、やっぱり』

「ミナミは俺をどんなびっくり箱だと思っているのか」

『何やってもおかしくないびっくり箱です』

「そりゃパワーに寄った手段ならそうかもしれんが……」


 俺の場合、ある程度の問題なら対策を思いつくが、多少無理筋でも実行できる力があるから結果的に上手くいってるというだけである。誰にも思いつかないようなブレイクスルーを捻り出しているわけではない。

 分かり易くいうなら、『そうするしかなかったのは分かるが、何故できてしまったんだ』と言われるのがマスカレイドさんなのだ。


 そして、俺にはコレが後々にもたらす影響への対策など思いつかない。正直、そんなモノはないんじゃないかと思ってしまうほどだ。

 実際のところ、直接的な被害はなく、影響力が大きいとはいえない。しかし、ボディーブローのようにジワジワと人類社会を蝕み、燻り続ける事になるだろう。害獣として駆除された熊を可哀想と言ったり、戦争中にも関わらず個人としてはいい人もいると言い出すようなモノだ。前面に立っている者や被害を受けている者としてはたまったもんじゃない。

 ただ、違和感もある。もしコレが運営が元々想定していたなら割とどうしようもないが、大局的な視点が求められる立ち位置で仕込むのはちょっと毛色が違う気がする。どちらかといえば、怪人勢力がルール内で許容される妙手としてやったというほうが自然だ。

 もちろん意図的なモノとは限らないが、たとえば戦闘員を生産している奴らが仕込んだとするなら相当にタチが悪い。悪辣極まる手だ。正直、相手にしたくない輩である。


「こうなると、戦闘員がみんな同じ格好なのが腹立ってくるな」

『体格差はありますけど、共通点が多いと同一視され易いですからね。個人がやった事ではなく、戦闘員って括りでイメージされ易くなります』


 やらかしてるのは少数でも、制服を見てどこどこ高校の生徒は柄が悪いとか言われるようなモノだ。隣の街の住人は、国民は、男は、女は、大人はって感じで勝手に主語を大きくして話す人は多い。ヒーローや怪人を一括りにしてグループ化している奴だって普通にいるだろう。戦闘員は見た目の個性に乏しい分、そういう同一視が起こり易い。

 すべての戦闘員が悪い奴って論調は当然あるにせよ、極少数の戦闘員に美点を見つけただけですべての戦闘員が良い人扱いされる可能性だってあるだろう。そしてそれは情報源から遠い場所にいる者ほど騙され、勘違いし易い。


 こういう時に決まって煽り立てるマスコミの発言力が低下しているのがせめてもの救いか?

 さすがに今の世情で怪人勢力を味方したり擁護したと取られる論調は許されない。分析という形で、少しでも怪人にいいイメージが付く程度の事ですら袋叩きにされるような状態だ。

 それはそれで健全ではないのだが、変に煽られるよりはやり易い。まあ、マスコミとしては怪人の味方なんてしても得なんてないから当然ではあるのだが。

 あとは、根本的に怪人から独立した戦闘員だけの勢力が成立し得ないっていうのも好材料ではある。そんなモノが存在したら面倒ってレベルじゃなく、人間社会がカオスになりかねない……って、なんか本気でどうしようもないから、良かった探しになってるな。


「悪いが、根本的に俺じゃどうしようもない気がする。というか、ここで俺たちがウダウダ言ってるより教授なり近藤さんに話して注意喚起なり対策検討なりしてもらうべきだろうな」

『それはもちろんやりますが……他のヒーロー勢力に対してはどうします?』


 それも判断に困る話だな。ミナミが気付いた経緯からして、すでにオペレーターレベルでは噂になっているはずだし、気付くのも時間の問題だ。

 しかし、なんか妙な方向で加熱しそうな気もする。事の本質が理解できない国や勢力が力任せに弾圧して地下に潜られるとか。

 ……かといって、それもどうしようもないんだよな。この手の話の既定路線にしか思えない。


「またキャップに丸投げするか?」

『そうしたくなるのは分かりますが、そろそろストレスで暴走しませんかね?』

「今のところ代わりができそうな人がいないから、倒れられるとガチで困るんだよな」


 でも、さすがに共有しないって手はないぞ。あの人なら見誤る心配はない分、心労が溜まりそうって問題はあるけど。




-2-




『なるほど、了解した』


 というわけで、相談も兼ねて早速キャップと連絡を繋げてみたら、想像以上に淡白な反応だった。事前に掴んではいたのだろうが、それにしても反応は薄いような気がする。


『少し前からこちらもその話を掴んでいたが、そんな簡単に事例が見つかるほどだったか』

「一応聞くが、何か対策に心当たりは?」

『そんなものはない。というよりも、その手の問題は我々ヒーローが直接扱うべきではないと思う』


 どうやら俺と似たような認識らしい。それでいて、より傍観者よりの視点だ。諦めといってもいい。


『もっとも、おそらく人間社会としても対策などないだろう。個人的な意見だが、この手の問題はステイツの苦手部類と思っているしな。解決方法が見つかっているならテロリストは撲滅しているだろう』

「そりゃごもっとも」


 ある意味、近代で最も主義主張の類に振り回されているのがアメリカだ。最適解が分かっているなら実践しているだろう。

 アメリカ自身も民主主義に縛られているようなものだから当然かもしれない。そう考えればキャップの反応も、なるほどと思う。


『それに、優先度の高い案件は他にいくらでもある。対処方法があったとしても優先度は下げざるを得ない』


 それもごもっとも。優先度は設定し、厳守すべきなのは正論だ。現状、世界のどこにも余剰なリソースなどないのだから。……あえて言うなら、マスカレイドや日本はまだ余裕がある状態か?

 だからそんな些細な事を気にしていると言われればそうかもしれない。しかし、無視できる問題でもないんだよな。難しいところだ。

 このまま放置すれば、水面下でジワジワとダメージを稼ぐRPGの状態異常のようなモノになりかねないのに。たとえるなら、戦闘中最大HPが徐々に減少といった感じだろうか。回復手段はなく、長期戦なら悪夢を見る事になる。


「各勢力への伝達に関してはどうする?」

『それはこちらでやっておこう。といっても主だったヒーロー勢力に共有して、あとはせいぜい大統領や対策本部に伝えるくらいだがな。おそらく君が私に期待しているのもそういう動きなんだろう?』

「押し付けている事は否定はしない。なんなら対価を請求しても構わないぞ」


 受けるかどうかは内容次第だが。いや、負担かけてる認識はあるので多少高くても考慮はするぞ。


『なら、例の予告出撃の回数を増やしてほしい。主に東海岸同盟以外の勢力圏で』

「現地のヒーローと調整付ける必要があるんだが」

『すまないが、そこは私が口を出すわけにもいかないだろう。最悪、要望が来ているところだけでもいい。来ているだろ?』

「そりゃまあ」


 確かに、あまりキャップや東海岸同盟を前面に出すわけにもいかない。意図してやっている面もあるが、やり過ぎると世界のバランスが極端になり過ぎる。俺としては別に東海岸同盟一強になろうがアメリカ一強になろうが構わないが、それで動けなくなるのは本末転倒だ。

 ついでに、予告出撃に関してはある程度数をこなして信憑性を高める必要があるのも確かなのだ。


 というわけで、世界各国における激戦区を対象に予告出撃の調整をする事となった。元々動く予定ではあったが、キャップへの建前として件数としては多少多めに見積もろう。


『北米と欧州、豪州はある程度安定しているので、めぼしい候補としては南米各国とアフリカになりますね。激戦区というだけなら他にもありますが、調整が困難です』


 ちなみにミナミが困難と判断しているのは主に中国とロシア、中東である。ヒーロー個人が依頼を投げてきているところは多いのだが、それだけで出撃するわけにはいかず、超面倒くさい後始末が待っているのが目に見えているからだ。

 なんせ、支配権争奪戦の舞台は極端に国境付近に寄っている。そういう場所を狙ったのか、そういう場所が残ってしまったのかは判断が難しいところだが、外部勢力が手を出していいとも思えない。

 とはいえ、依頼されているのが係争地だった例は他の国でも多数見受けられるので慎重になる必要はあった。中にはそんな因縁聞いた事もねーよって原因で古くから争い続けている土地もあるのだ。アフリカ氏族の関係性とか複雑怪奇過ぎてわけ分からん。


『前から思ってましたが、こうして見るとヒーローの担当エリアが複数国に跨っているのって問題を抱えてる場所ばっかりですよね。やっぱり狙ってるんでしょうか』

「そういう地域は大抵隣接しているからまとめちまえって思惑って可能性もあるにはあるが、邪推は避けられないよな」


 ぶっちゃけ俺もそう思うし。つくづくウチの担当が日本だけで良かったと思うくらいだ。多分基準になってるだろう人口がそこそこ多くて良かったわけだ。


 そしてしばらくの調整期間のあと、世界中で銀の災害が頻発する事となった。


『ば、馬鹿なっ!? このエリアの支配率はまだ30%にも……っ!』


『来るっ! 奴が来てしまうっ!? 来ちゃうのぉーーっ!!』


『あ、ここはもう暖簾仕舞いっスね、お疲れっしたー』

『逃げるんじゃねえっ! ここには俺様が稼いだポイントをほとんど注ぎ込んだんだぞっ!』


『あーダメダメ、予告出ちまったっス』


『ここ三日後までだろ? 次の派遣先どうする?』

『前日までは狙い目じゃね? 手が足りねえって臨時ボーナス出るぞ』

『やめとけ、直前になって拘束されるのがオチだ。俺はもう今日からブッチ予定よ』


『スケジュール調整のため、出撃時期は数日前後する可能性があります?』

『来るのか来ないのかはっきりしろよっ!』

『来たっ!? お前が変な事言うからだ!』


『あ、明日だとっ!? 資材を持ち出す時間すらないではないか!』


『が、ガチの災害じゃねーか……死ぬかと思った。というか、なんで生きてるのか分からん』


『さ、詐欺だ。例の予告が出てる現場じゃねーか……借金のカタにこんなところに放り込むなんて』


『そんな……俺まだ発生してから一週間も経ってないのに』


『面倒になったので予定を変更します……?』


『調整が付きましたので予定を繰り上げますっ!? って、今日じゃねーかっ!』


『へーきへーき、銀の災害とか言われてるけど、台風とかそんなんでしょ?』


『あの気に入らない怪人、例のところに放り込もうぜ』


『社長! 怪人リサイクルの依頼が大量に』

『手が回らんから無理』


『意味分かんねー。支配率が一定超えると災害が飛んでくるとか理不尽ってレベルじゃねーぞ』

『一定どころか基準はバラバラだぞ。なんならこの前のところは支配率10%台だし』


『あれ、このエリア支配率高いのに銀旋風起きてなくね?』


『俺の俺の城がっ!? ずっとこれだけのために生きてきたのにっ!』


『あーだりぃーっ どうせならウチに銀タイツ来てくれよー』


『た、頼むっ! 俺の拠点を助けてくれっ!』


『あいつ、もう終わりだな。下手に拠点なんか構えちまうから。怪人は、やっぱ神出鬼没でしょ』


『おい、中継やってるぞっ!!』


『き、汚え。マスカレイドはどうしようもないとしても、便乗してくる現地ヒーローも、バイト感覚で出張してくる奴らもド汚えっ!』


『残念だったな。俺はただの影武者だ。使い捨てのコマだから倒しても大して美味しくないぞ。だから見逃すんだっ!』


『おい、ノーブック連れてこいっ! あいつがいればマスカレイドの手が鈍るかも』

『あいつプロレス巡業とかいっていつもいねーんだよっ!』


『おい、アレどうにかなんねーのかっ!? 目付けられたら最後じゃねーか!』

『マスカレイドに目ぇ付けられたら最後なんて今更だろうがっ!!』


『に、日本には手出ししてないのに……』

『できないの間違いだろ? 借金持ちへ転落した元上司さんよ』


『こうなったらヤケだ。一人でも多くの人間を道連れにしてやるっ!!』


『中国エリアの連中、マジ勝ち組だよな』

『中東あたりも割と狙い目っぽいぞ。マスカレイドと仲悪いんじゃね?』


『嘘だろっ!? こんな僻地までやってくるのかよっ!』


『やばいっ! 福建省の拠点に予告が出たぞ! 中国だろうがっ!』

『パレスチナもだっ!? くそ、政情的に不安定なところは来ないんじゃ……』


『こ、来ねえっ! 全部避難させたのにっ!!』


『ブラフだっ! 奴ら、マスカレイドの予告を利用して偽装予告出してやがるっ!』


『ちくしょうっ! 防衛施設全部換金しちまったよっ!!』


『てめえら、どんだけ外道なんだっ!! ルール破らなければ何してもいいってわけじゃねーだろ!』

『そうだそうだ! それは悪の特権だーっ!』




-3-




「ふー、もう俺一生分仕事したんじゃね?」

『やってる事考えると、ずっと前に人間一生涯分の労働は果たしてると思いますけど』

「だよなー」

『でも、穴熊英雄として表には出せない功績なので、なかったも同然かと』

「ガッデム!」


 二月頭からちょっと気合入れて世界各地の怪人拠点を駆除してきたわけだが、当然の如く失敗はないし、現地勢力との調整もほとんどは上手くいった。

 結果として、大量に世界中の支配率を稼いでしまったけども、それも思ったよりは少なく済んだといってもいい。それでも大量だが。


「この無駄に膨らんだエリア支配権どうしようかね」

『対策した結果目減りはしましたが、それでもって量ですからね』


 作戦途中から予告出撃に対する方向性と法則をある程度掴んだらしいミナミが工作した結果、多少でもマスカレイドの影響を減らせはしたものの、焼け石に水なのには変わりない。やらないよりは遥かにマシだし、それ自体が怪人に対する罠にもなるので続けてもらっているが、もっと効率的な方法はないものか。

 怪人に明け渡すのは論外だけど、なんとか他人に移譲したい。テスト用と割り切るには過剰に過ぎる。


「支配率に応じてポイントが入るのはいいんだが、アトランティスネットワーク上に掲載されるのがな」

『数字として出てくるとどうしても嫉妬されますよね』


 ぶっちゃけ、俺としてはこんなエリア収入などいらないのだ。メリットとデメリットが釣り合っていない。

 単にポイントだけなら拠点襲撃時に怪人を倒して稼いでいる分だけで十分過ぎるし、それに比べたら定期的とはいえエリアからの収入など雀の涙である。

 しかし、そんな事情はアトランティスネットワークを見ている連中には通用しない。

 そろそろポイントで何が手に入るかの情報は世界中で出回り始めているし、その分のポイントを使えればなんて考える奴はいる。実際のところ、それらの情報は真偽も出処も定かでないモノがほとんどなのだが、生む嫉妬や憎悪には関係ない。

 ポイントで手に入る薬さえあれば娘は助かるんです、とか掲示板で書かれても反応などしようがない。


「そういう負の問題が色々発生するのは分かってたが、いざ発生すると面倒くさいな」


 スルーすればいいのは間違いないのだが、さすがに声が多過ぎて目に入ってしまうのは避けられない。

 精神を病んだりはしなくとも、うざいと思うだけでやる気はなくなる。そうすれば、確実に世界は怪人側に傾くだろう。誰も気付いていないが、ある意味究極のマスカレイド対策ともいえる。


『一応、負の方面だけじゃないですよ。実行に移した事で分かった事も色々あります』

「……まあな。割と世論誘導は上手くいくもんだ。ミナミ様々って感じだ」

『私の手腕っていうより、元々そういう性質のものだったって事だと思いますけど。途中からは私だけじゃないですし』

「それでも功績は確かだぞ。確実に怪人向けのダメージは膨らんだ」


 今回の予告出撃に際して、最も収穫があったといえるのがヒーローを含めた世論誘導のノウハウだ。どうやったら功績を大きく見せるかは困難でも、その逆ならある程度誘導できると証明されてしまったわけだ。

 影響を考慮するとミナミに学習させていいものとは思えないが、そんな事は知ったこっちゃない。

 虚実織り交ぜた偽装工作の山の中で、現地ヒーローや関係者へ口裏を合わせれば功績の分散は可能である。

 それが負のイメージが付きまとうモノなら別だが、この活躍をお膳立てしたのはあなたという事にしてほしいとお願いすれば、受けてくれる人は多い。

 潔癖症で、嘘の功績などいらないという高潔なヒーローでも、それがマスカレイドの望むもので、結果的にプラスに働くとなれば断り難い。なんならその手の相手は交渉から除外してもいい。

 嘘が暴かれる可能性だって高くはない。暴く理由が少ないからだ。本来、それによって被害を被るのは功績を奪われるマスカレイドで、その本人が望んだ結果なのだから。代わりに功績を得た者への嫉妬、不正への嫌悪感で暴露される事はあるかもしれないが、懸念としてはそれくらいである。怪人ならそれを暴露する事はできるが、できたところでなんだという話だ。

 大量に情報を流せば、真実は濁る。そして、濁った真実に価値がなければ、誰も見向きもしないだろう。実害がなければ大衆は誰がヒーローだろうと気にはしない。


『それで、大量に前例ができた事で世界各地から同様の依頼メールが来てますけど』

「しばらくは全部スルーだ。とりあえず種は撒いたから、これで十分だろう」

『偽装予告は続けるんですよね?』

「ある程度はな。ある程度効果が薄くなるのを確認してから本物の登場だ。基本的に、今後はやっても月一くらいかな?」


 面倒だし。ヒーローと社会人の二足の草鞋を履いてる者や、ひたすら活動を続けるキャップのような例に比べれば鼻で笑われるだろうが、出した功績なら勝っている自信がある。

 事実上、これでバージョン2における怪人の、エリア進出のノウハウは崩壊した。ある意味では、これまでで最も大きな影響をもたらしたと言えるだろう。


「気になるのは、これで運営が腰を上げないかどうか。さすがに大々的に動き過ぎた」

『目を付けられるのは今更としても、はっきりと結果が出てる上に目立ちましたからね』


 時間を空けるのはそういう運営の様子を見る意味もあるのだ。ここまで影響の大きい動きをした事がないので予想がつかない。

 普通なら、対策してくるのはルールの改変あたりだが、上手くマスカレイドだけを排除する形にしないと今後への影響がデカ過ぎる。

 さすがに、今後すべてのルールをマスカレイド対策前提のモノにするわけにはいかないだろう。また、あまりに極端な対策も、あくまで一ヒーローでしかないはずのマスカレイドに施すのは無理がある。

 ゲームなら真っ先にナーフ対象。しかし、いくらシステム的でもこれはリアルだ。そうそうそんな事はできないし、そもそも可能かも怪しい。

 実際のところは分からない。対策しない保証もない。しかし、マスカレイドのフルパワーでできる事に比べれば、これだけで済んでいるのは大人しいと分かるはずで、運営はその解答に最も近い位置にいる。下手に突いて盤面すべて壊される事を懸念するなら、これくらいなら構わないと判断するかもしれない。

 顔の見えない相手に対してのチキンレースは難しいものだ。警告でも出てくれれば、むしろ助かるんだが。


「その確認を含めても、しばらくは静観だな。内向きの活動に注力するとしよう」

『内向きの活動って、基本的にマスカレイドさんが直接やる事はないんですけど』

「つまり引き籠もるって事だよ、分かれよ」

『いえ、分かってるし、別にいいんですけどね』


 今月の俺の業績を見て尚働けという奴がいたらビンタしてやりたい。それが過労で死にかけてるキャップでもお門違いで見当違いだ。




-4-




「さて、そんな感じで落ち着いたところで次の話題だ」

『何かありましたっけ? 報告事項は大体片付いたような……』

「話しておきたいのは、次のイベントについて」

『次の? イベントっていうからには、世界同時爆弾テロとアトランティス浮上の二件に相当するモノって事ですよね? なんか兆候でもありました?』


 時間経過で忘れそうになっているが、前回のイベントから少し間が空き過ぎた。


「時期的にはそろそろじゃないかというのが一つ、それと怪しい動きが背後に見えてきたってのが一つ」

『怪しい動きというと?』

「例の戦闘員の件。アレが前回の誘拐事件と重なって見えるんだよな」

『……怪人側の暗躍って点なら確かに。でも、直接結びつけるにしては影響が小さいような』


 確かに誘拐事件でさえ世間への影響って意味じゃ極小で、倫理的な戦闘員は更に表に出難い問題だ。前のようにイベント報酬として扱うのも無理があるだろうし。


「戦闘員の問題が直接絡んでくるって線は、俺も正直薄いと思う。どちらかというと、ルール上見え難いところで何か画策しているって部分だな。そういう点でいうと、以前あった再生怪人の話も同じだ」

『その二つに共通点ってありますかね?』

「ちょっと思いつかないな。どちらもバージョン2が始まってから出てきた問題ってくらいだが」


 あえていうなら、先ほども言ったように裏でコソコソやっているって部分くらいだ。


『バージョン2のリリースがイベントに相当するって線はどうでしょうか?』

「規模としてはあり得なくはないんだが……多分違うと思うんだよな。時期も近過ぎたし、大規模イベントとはちょっと毛色が違い過ぎる。ほら、イベントを謳った時に出てきた幹部も出てきてないし」

『あー、いましたね、そんなの』


 ミナミの中では例のポーランド人は忘れられた存在らしい。

 今のところ、あいつらが表に出てくる兆候は一切ない。理由として第一に考えられるのはまだ舞台が整っていないから。イベントごとで順番に幹部の顔見せをしていく形式なら、それが終わってからが奴らの出番って線もあり得る。

 それが正解かなんて分からないが、次のイベントで違う奴が顔見せしてきたら信憑性も上がるだろう。当たっててもただの演出的なもので、だから何というだけの話でしかないわけだが。


『という事は、イベントとは別にバージョン3が来る可能性も?』

「それは普通にありそうだな」


 ……これ以上、何する気かは知らんが。バージョン2のメジャーアップデート以上にインパクトのあるシステム更新なんてそうそうない気はする。


『そこら辺の真偽は置いておいて、マスカレイドさんは次回大規模イベントの予想と対策をしたいわけですか?』

「ちょっと違う。……予想と対策は別途必須として、もうちょっと踏み込みたい。……大規模イベントがあるのは前提として、その開催をできる限り遅らせたいんだ」

『そりゃまあ、毎回大騒ぎになってる上に後始末も大変ですが、開催前提なら延期させても大差はないような。中止できるなら別ですけど』


 面倒事や嫌な事はさっさと済ませてしまいたいという人がいるのも理解はできる。だが、今回はさすがに意味が変わってくる。


「多分、中止は不可能だと思う。運営が潰れでもしない限り、やる事自体は前提って考えたほうがいいんじゃねーかな」


 もし運営を潰せるとしても、実際に潰すかどうかは別問題だ。それがたとえ俺が乗り込んでいって暴れれば済む話だとしても。

 運営はヒーローと怪人、そして人間社会を舞台にしたこの盤面を造り出し、対立構造を煽っている張本人だが、その裏には神々と呼ばれる強大な存在がいる事がはっきりしている。それが俺たちの知るところの神と同じかどうかは別にしても、一連のすべてが掌の上と言えるほどに巨大な存在なのは確かだ。

 そんな相手を敵に回す気はないし、運営が消えたら消えたで別の問題が生まれる事はほぼ確実だろう。

 たとえば、今運営と怪人が丸々消えたとして、元の世界に戻るはずもない。ヒーローが台頭して世界を牛耳るかもしれないし、対立して争うかもしれない。そのヒーローも含めていなくなったところで、別の問題は絶対に生まれる。アトランティス、ムー、レムリアといった大陸や、静止軌道衛星の存在がなくなったとしてもだ。

 それくらい、この数年で生まれた歪みは大きく、変革は止められない規模になってきている。一番影響が少なく済んでも、第三次世界大戦規模じゃなかろうか。


『中止は不可能なのに、延期ができると思う根拠は?』

「確証はないが、当初の予定からはすでにある程度延期してると思うんだよな。二回目は知らんが、少なくとも一回目は確実に。開催条件は決まっていて、ある程度のロードマップはあっても、その通りにはなっていないはず」

『ああ、確かにウチのかみさまやマスカレイドさんの存在が、その証明のようなものですね』


 そう、かみさまのサボタージュによる偶然の結果でしかないが、俺たちの存在、怪人とヒーローの出現時期、用意されたルールの構造、実際に開催されたイベント内容やタイミングを並べてみると、妙に大きい遊びがあるのが分かる。

 そして、少なくとも第一回のイベントはそこでないといけないわけではない。条件が揃い、準備ができたからやりましたというほうが自然だ。

 同じように第二回のイベントもあの年のクリスマスである必然性は一切存在しない。記念日のようなモノに合わせてはいるが、それ以上ではない。

 だから、次のイベントだって延期はできるんじゃねーかなという話である。


「正直なところ、今のペースはまずい。世界のルールが変わっていく速度に人間が着いていけない。今のままだってほとんど致命傷みたいなもんだが、これで更に爆弾を投下されたら確実にパンクする」

『人間社会としては、延期できるなら延期のほうが助かりますよね。どの国の政府に聞いても同じでしょう』

「ヒーロー側もキツイと思うけどな」

『まあ、マスカレイドさん以外はそうですね。キャップマンを筆頭に』


 キャップが一番分かり易い例なのは確かだな。彼にも余裕を持てるだけの時間が欲しいところだ。

 俺に余力があって、いくらでも対応できるからといって、それ以外が着いてこれるはずもない。むしろ、マスカレイドはバグって認識を改めるべきだろう。そのバグが延期したいと言い、その方法を模索しているのだ。可能性としては他の誰が動くより高いはずである。


『具体的にはどうします? 何か具体的な手段でも思いついてるとか?』

「明確なそれはないが、まずは条件からだな。多分、イベント開催には具体的な条件が決まってると思う。ちなみに怪しいと思うのはバージョン2、もっと言うなら支配率絡み」

『無難なところですね。むしろそれ以外はちょっと思いつかないレベルで』


 ここに例の戦闘員問題や再生怪人問題が絡んでいる可能性はあるが、今のところ予兆程度でしかない。それはそれとして、こんな大規模な変革って時点で次のイベントに関与している可能性は高い。ほとんど機能しなかったものの、第二回にも一部要素が組み込まれていたのだから、次回はそれが主体というケースもあるだろう。案外、バージョン3のプレテストを兼ねてたりするのかもしれないが、それはまた別。


「今のところ思いつく手は一定以上の支配エリアを怪人に渡さない事。人間相手の支配率を見ている可能性もあるから、できれば変動を極小にしたい」

『何か具体的な手段は?』

「これから考える。俺の予告出撃もその一環ではあるが、これはこれで劇薬だし、支配率が俺に集中した結果イベント発生となったら最悪だ」


 それがあり得ないとまでは言えないのが怖い。実際、支配権の移行自体は発生しているし、一個人が所有する支配権の量や割合が条件って可能性もある。

「あとは、バージョン2の裏でコソコソしてる連中を探りたい」

『戦闘員や再生怪人とは別にですか?』

「それも含めて、変な動きが見られたら全部対象って感じだな。ここら辺はお前に任せるしかない……いや、そろそろメイド連中も動かせるか?」

『はい。基本は私主体で本格的に調査してみましょう。非合法手段の可否は?』

「クラッキングしないで見るだけならいくらでもいいよ」

『あきらかに問題な要素を発見したら、ついムラムラしてしまう可能性が……』

「いや、それでもな。他に繋がる手かがりかもしれないだろ」

『善処します』


 そこは善処じゃなくて確約してほしい。まあ、時間を与えられたら逃げられる可能性もあるから、実際は時と場合によるんだけどな。ミナミの手が出る閾値が下がるから言わないが。


「あとは変な主張をする連中を牽制したい」

『裏で非合法な事をしてる連中なら警察に動いてもらうって手はありますが、多少手荒でも?』

「むしろ、警察には目立ってもらったほうがいいな。基準は別途調整する必要はあるが、いざって時に動き易いよう、これまで以上に厳密にはしておきたい」


 非合法ならなんでもかんでも摘発すればいいわけじゃないのは分かる。それをすると完全に合法で望ましくない世論を動かす連中を牽制できない。利権が絡む問題になると政治を動かす必要があるのも面倒だ。

 いっその事、近藤さんの形成しているっていう派閥に飴をばらまくってのもアリかもしれない。問題は問題だろうが、供出元の俺が認める以上は既存の汚職よりはクリーンだ。安易に表に出すわけにはいかないのが厳しいところだな。


「ヒーロー広報機関も、正式発足をズラすのは難しいだろうが、事前の活動はもう少し増やしていくべきだろうな。主に情報発信」

『サーバーをどこに置くかで揉めてるんですよね。既存のデータセンターなどだとどうしてもセキュリティの問題が出てくるので』

「取り扱う情報は表向きのものだから、ある程度は妥協できるが……いっそこっちで造るか?」

『データセンターをですか?』

「避難所の中なら管理者も捻出できるし、なんなら別に造ってもいい。例の人工島って線もアリだな」


 いくら表向きのもので出してもいい情報とはいえ、一次ソースな以上は改竄対策などは必須だ。情報公開が用途な時点でスタンドアローンにするわけにもいかんし。


『ポイントが必要ですが、アトランティスネットワーク上にスペースを借りるという手もありますけど』

「それはナシだ。そもそもアレがこっち陣営と考えていいかすら怪しい」


 中立かどうかすら微妙なところだろう。なんせ、推定所在地は怪人勢力のアトランティス大陸なのだから。


『じゃあ、そんな感じで各方面に向けて色々調整します。どの件に関してもどこかでマスカレイドさんの発言が必要になると思いますが』

「極力表に出る気はないぞ。というか、しばらく引き籠もるって言ってんだろ」

『それはそうなんですが、そうもいかない部分もあるでしょうに』

「そもそもの話、表向きの話に俺が出しゃばる事自体不健全なんだよ」


 過渡期な今はある程度仕方ないにせよ、引き籠もり一人に依存した国家とか駄目に決まってるだろ。

 そういう舵取りができるよう成長してもらうために時間稼ぎしたいって話なのに。


 あーやだやだ。本気で必要な場面でもない限りは呼ばれても出ていかないからな。



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