第十一話「銀の災害」




 特になんの脈絡もなく南極に出現した金タイツの噂は、そのわずかな情報量とは裏腹に、あっという間に拡散した。情報公開されたヒーロー界隈は半ばSNSのトレンドの如く、情報獲得手段が限定された人間社会においても。

 当然、知った者たちは混乱した。意味不明な存在が意味不明な偽装をして意味不明な事をしているのだから、意図など読み切れるはずもない。むしろ欺瞞情報で混乱させる事こそが目的なのだから思惑通りである。

 明確な目的など、この世でマスカレイド本人とオペレーターのミナミしか知らない。担当神のかみさまは一応聞いているが、そこまで興味も持っていない。直接的、間接的問わずに確認を持ちかけてみても、いつもの如く没交渉だ。

 かろうじて最低限の説明と事前確認を受けたキャップマンのみが情報を持っていたものの、彼は周囲の疑問を完全にシャットアウトした。というか、彼に説明する言葉などないというのが本音だった。仮に口を開いて説明した際のシミュレーションもしてみたが、対外的に説明をしたとしても余計に混乱するだけであり、単に労力が増えるだけで益はないと分かってしまう。

 つくづく情報工作し易い立ち位置で、本人もそれを自覚しているのだなと、キャップマンはむしろ感心した。そのキャップマンの認識は別段間違ってはいない。マスカレイドは己の立場を自覚し、利用し、最大限の効果を出すべく動いている。




-1-




「あの……クリスが大混乱してるから説明が欲しいんだけど」

「そういや、そこのフォロー忘れてた」


 あの金タイツの出現からわずかに数日。ちょうど、クリスや長谷川さんなど、極少数の関係者のみに動画を共有した時点でウチの妹が乗り込んできた。本人も動画を見たのか、超困惑顔である。

 どうやら、ようやく熱が引いてきたところでショッキング映像を見せられて混乱してしまったらしい。良く考えればそうなる事は理解できるので、配慮に欠けていたのはこちらのミスだろう。すまんな。


「でも、いきなり金色になっちゃったから恥ずかしくて」

「銀色も金色も大して変わらないでしょ。ひょっとしてコスプレじゃなく、そういう能力なの?」

「いや、塗っただけだぞ」

「そういう脊椎反射で回答してみました的なのはいいんで」


 最近、何をするに色々モノを考えて発言や行動しないといけないから、適当な会話が恋しくなるのだ。ミナミ相手も似たようなものだが、あいつの場合は同じように適当な事の応酬になってしまうからまた違う。どっちもボケ兼ツッコミだから話が終わらないのだ。


「趣味が悪いのは馬鹿兄貴だから仕方ないとして……もうちょっとインパクト抑えられなかったの?」

「インパクト出す事が目的だから仕方なくOKしたんだ。というか、アレは半分以上ミナミの趣味だぞ」

「えぇ……」

『まあ、面白そうかなとは思って提案しましたけど』

「そこは否定して欲しかった……」


 呆れ顔を視線を向けたモニターの先ではミナミが気まずそうな顔をしていた。実際ほとんどミナミの意見だから言い訳しようもない。明日香は知らんかもしれんが、ミナミの趣味がおかしいなど今更な話である。なんせ、最初の履歴書からしてキキールネタから始まっているのだ。

 さすがに俺のセンスはもう少しマシだ。忘れられてる感はあるが、別にいつもの銀タイツだって俺の趣味じゃねーし。


「あまりの衝撃映像にクリスが固まってたんだけど。あの子、色々明かされた直後の事だから、自分が何かやったんじゃないかって怯えてたし」

「いや、ねーよ」


 というか、因果関係すらほとんどない。本当にたまたまタイミングが合っただけである。というか、何がどうなったら唐突にマスカレイドさんが金色になるのか教えてほしい。やってる本人ですら脈絡なんぞ考えてないぞ。


『確かに情報共有は必要でしたね。混乱させる事が目的とはいえ、近しい関係者まで混乱させる意味はないですし』

「混乱させるのが目的って誰を?」

「主に怪人だな。人類の敵である怪人を混乱させ、足を鈍らせるのが目的だ」

「ああ、そういう……って、現場が混乱してるのは悪影響じゃないの?」

『怪人勢力に与える影響に比べれば誤差程度と判断しました。なので、公式発表に詳細が含まれる予定はありませんね』

「ないんだ」

「少なくとも当面はな」


 ある程度まで広まってしまったら、正答を出そうが火種は燻り続ける。その正答がふざけたモノであるならなおさら裏があると考えてしまうモノだ。それくらい経過したあとなら別に発表してもいい。


「今のところ、広報機関から発表する内容は、確かにマスカレイドは出撃しましたが、そこに付帯する情報はありませんって感じだな。動画も出すんでご自分で判断願いますって感じ」

「付帯情報多過ぎでしょって反応になるけど、それも目的?」

「ああ。だって説明責任なんてないしな。まあ、たとえ答えるとしてもそのままなんだが」


 事前のシミュレーションだってばっちりだ。


『なんで金色なんですか?』

「イメチェンです」

『顔まで金色なんですが』

「つい塗っちゃったんだ」

『一部ではこれは強化変身の類ではないかという話が出ているんですが』

「違います」


 尚、全部本当である。全部正直に答えても問題ない。

 だが、あくまで広報が目的の機関なのだ。説明を求められても回答するかはこちらに委ねられている。与えられた情報で色々考察するのは自由だが、その内容に言及する気も訂正する気もない。

 その上で、メディアが自前で色々と考察した記事を出すのを止める気もない。公式発表としての一次ソースが存在していれば、どんだけ妄想が入り混じった記事を出そうがマスコミの勝手な記事ですと言い張れるわけだし、実際公式発表を読まないほうが悪い。文句を言うならそれを発表したマスコミさんにどうぞって感じだ。

 ヒーロー業界についても同じだ。彼らやオペレーターに分かる確定的な情報は、せいぜいマスカレイドが変な格好で南極に出現したという事だけ。あとは出撃履歴などを追っても、動画を解析してもおかしなところなどない。そこから外部に情報が流出しようが、日本のマスコミと大差ない。ただ、こちらについては相手を選べば説明してもいいだろう。


「そんな感じで、正直に答えてもまるで問題がなく混乱する。発表するにしてももうちょっと時間をおいたほうがいいから、今は熟成期間?」

「タチ悪……。じゃあ、なんで今なの? さっきの反応だと、別に狙ったタイミングじゃなくたまたまって感じだったけど」

「セカンドフォーム絡みだ。近いタイミングで二人出たんで便乗しようかなと」

「セカンドフォーム?」


 そういや、セカンドフォームの事共有してなかったわ。


「あー、その前提情報は必要だったな。ミナミ、あとでセカンドフォームについてどの程度公開するか検討しよう」

『分かりました。まー、せいぜいそういうシステムがあるって事くらいしか教えられませんけどね。ぶっちゃけ私たちも良く知りませんし』


 俺も自分のセカンドフォームが解禁される条件とか知りたいのが本音である。特に外見的な部分。本当にあの金色みたいになったら泣くかもしれない。


「良く分かんないけど、そっちは公開してもいいんだ?」

「ヒーロー間ではとっくの昔に共有されてる情報だしな。一般に広めるのは時期尚早だろうが、関係者ならいいだろ」


 存在するというだけなら、むしろ知っておいてほしい前提情報である。

 というわけで、とりあえずは明日香にセカンドフォーム関連の説明を動画付きで解説する事にした。リビングの大画面に映されるのは、例のタイとイタリアの動画だ。


「……なんか、このイタリアのヒーロー、ものすごく見覚えがあるんだけど」

「そこは触れるな」


 ある意味、セカンドフォーム以上にデンジャラスなゾーンなのだ。全世界に向けて発信される可能性すらあるのに、地雷原でタップダンスするマンマミーアさんには脱帽である。本人がどういう認識なのかは知らない。

 ちなみにタイのキングをやめたハヌマーンさんのほうはマイナー過ぎたのか分からなかったらしい。召喚された人型も発光していて見づらかったせいかスルーだ。良く見ると超見慣れたフォルムしてるぞ。


「つまり、マスカレイドがパワーアップした形態があの金色って事?」

「いや、さっきの質疑応答でも答えたように、アレはそう見せかけたフェイクだ」

『ただでさえ文字通り最強無敵で恐怖の権化なマスカレイドさんのパワーアップってどうなっちゃんでしょうねー……って、どうしても気になってしまう事を利用した偽装工作ですね』

「ああ、そういう……超回りくどい」


 そんな事言われても困る。ここら辺の前提情報がある奴らに向けた偽装工作なわけだし。いちいち前提情報がないと意図が掴めないのは同意する。


「というわけで、タイミングが一致しただけで、今回はクリスの件とはまったく関係ないって事だ。あとで説明資料も送るって言っておいてくれ」

「とりあえず問題ないって事は分かった。目を逸したい情報は多かったけど……特にあの赤い服のヒーローとか」


 それはスルーしろ。できればモザイク処理したいくらいなんだ。

 実績的にはあんまり有名なヒーローってわけでもなかったので人目に触れずにいたが、今回の件でそろそろ一般社会にも認知されてしまうかもしれない。そうなった場合にどうなるのかはまったく予想がつかない。案外ノリでコラボしてしまうかもしれないとも思えるのが怖いところだ。


「この件については、お前もクリスも長谷川さんも表面上だけ分かってればいいから。実際関係ないし、今後あの金色が再登場する事もない」

「しないの? 再登場」

「情報ノイズにする事が目的だから、出撃しないほうがいいんだよ。蛇足にしかならないから、登場するとしても目的はまったく別のモノになるだろうし、今のところそんな予定はない」


 金色に染色したスーツやチェーンソーは残っているが、証拠隠滅のためにアレも廃棄したほうがいいんじゃないかって思うほどだ。所有物の確認ができるかどうかなんて知らないが、どうせ使わないなら念のために。

 あと、純粋に面倒くさい。スーツだけでなく髪を染めてフェイスペイントをしてと、未経験者にはハードルが高い作業が多いのだ。一回だけなら罰ゲーム感覚でやってみてもいいが、何回もアレをやるのは勘弁である。


 そんな感じで一応の説明を受けた明日香は、非常に面倒くさそうな顔をして部屋から出ていった。

 多分、今日の夜にでもクリスに伝わるはずだ。この部屋に来たのも、ちょっと抜けてきただけみたいだし。




-2-




 ついでというわけでもないが、そのままリビングで報告会の続きを始める。視界の端でできるメイドアピールしたいらしいインがちょこまかと動いているが、スルーだ。


「それで、結局情報の拡散はどんな感じだ?」

『さすがに怪人周りは分かりませんが、確認できる範囲ではどこも混乱してます。極端に少ない情報から考察するほどに迷走し、妄想が真実かように扱われ、巨大な幻影が構築されている最中です』


 大体、想定通りって事だな。


『少し予定外なのは、ある程度マスカレイドさんについて知っているヒーローの中には、これがブラフだろうと指摘している人もいるって事ですかね。私としてはもっと迷走と願望が入り混じった結果が出てくるのが普通と思うんですけど』

「そろそろ、俺の性格や行動方針も見えてくる頃だろうしな。研究してるなら予測できてもおかしくはないだろう」

『私たち……特ににマスカレイドさんの人格や、ウチの動向についてはかなりの精度で隠蔽してるつもりなんですが』

「わずかな情報しかなくとも正答に辿り着く奴はいる。世界規模で見るなら、そういう天才はゴロゴロしてるって事だろ」


 いくらミナミが人智を超えた天才でも、別の分野の天才が理解できるわけでもない。というか、むしろ別の方向に同じくらい突き抜けているからこそ理解から遠いという可能性もある。

 今回の件に関しては、天才とはまではいわずとも、たとえばキャップあたりなら何も知らない状態で今回の件を報告されてもアタリは付けられるはずだ。似たような奴が複数いてもおかしくはない。

 俺が極力表に出ずにいるのは引き籠もりたいという欲求以外に、そういう洞察力の鬼のような連中に対して性格などを周知させない目的もあるわけだ。俺がそうでない以上、基準も分からないから、限界まで情報を絞る必要がある。


「そういうのが小規模である限りは特に問題ない。多数の意見を覆す発言力を持ち始めたら危険だが」

『ブラフと看破しているのは、どれも個人か小規模勢力ですね。大規模勢力や、辛うじて情報を持ってる各国の研究機関などは虚構と妄想で右往左往してます。これは東海岸同盟も』

「別に口止めはしてないんだが、キャップは話さないだろうからな」


 つまり、研究って名目で調査している奴らはおおむね的外れって事か。一切常識的な行動をとってないのだからそれが普通だ。


「各国の研究機関ってのは人間のだよな? さすがにそっちはもっと限定的な情報しかないだろ? どれだけ人間の上澄みを集めても、それで分析しろってのは無理があると思うんだが」

『先ほどの妹さんのようにセカンドフォームすら知らない人がほとんどで、今回の件にまで踏み込んでいるような人は……まあ、まったくいないというほどではありませんが、極々少数かと。まあ、せいぜい噂レベルですね』


 そりゃ数人から数十人程度なら、ある程度情報を得ているところもあるだろう。綿密にヒーローと情報共有している国や勢力だってあるだろうし、動画程度なら見る手段を保有しててもおかしくはない。

 ただ、そういう連中から正確な情報が拡散するとも思えない。ノリで情報拡散するような立場にはいないはずだ。それに加えて、今回の件はヒーロー間ですら何が真実なのか分からず迷走しているような状態なのだから、真実は虚構に押し潰されるのが関の山だ。

 どの道、他の動画同様に数日後には政府に公開する予定だ。一般公開は更にスケジュール調整の上でとなるが、これまで通りなら翌週には公開する事になるだろう。本格的に人間社会の反応を見るのはそれからだな。


「ちなみに、そういう研究機関のレポートで注目すべきモノはあるか? もしくは面白いやつ」

『的外れなやつも面白みはないんですよねー。ネットワーク上にあるものなら非公式なものを含めて一応目を通してますが、正直時間の無駄かなーって』

「じゃあいいや」

『まとめて小野教授にも渡してるので、興味深いレポートがあったら、そちらの線から上がってくるかもしれません』


 別にあえて読みたいものでもない。率直な意見だけならミナミを通してでいいし、少しでも目を通しておいたほうがいい場合はそう言ってくるだろう。俺も今の段階でまともなレポートが出てくるとは思ってない。


『むしろ、面白いのはどの研究機関もマスカレイドさん専門の部署が独立してるって事実ですかね。別格というか、ヒーローとは別枠扱いですよ』

「分からんでもないが、やっぱりそうなるのか」

『場合によっては、範囲を広くして日本全体の動向研究って感じになってるところはありますけど、大体は』


 重要度を見る限り、マスカレイドを研究しないわけにはいかない。いくら例外とはいえ、実際に存在はしているのだから。そして、その部署の研究結果は完全に的外れだと。

 とはいえ、俺自身もマスカレイドだけは別枠で考えていいとは思うから、その組織構造は多分正解だろう。意味があるかどうかは別としても、意味がない事を調べるのだって必要な研究のはずだ。


『というわけで、今のところ研究機関はスルー推奨。ヒーローも大多数は工作の必要もありません。真理を突いた極少数の意見に関しては……どうします?』

「放置でいいだろ。その割合だと少数意見は圧殺されるし、的外れな推測や妄想は時間を追うごとに増えていくはずだ」


 つまり、予定通りである。元々少数は核心を突いてくる事を想定していたわけだし。


「というか、お前の事だから、どうせ迷彩の偽装情報も拡散してるんだろ? それで十分だ」

『まあ、そこまで必要とも思えないので、多少はですが』


 出処不明な情報に火を着けて拡散するのはミナミの得意とするところだ。はた迷惑な事この上ないが、今の状況……俺やヒーロー界隈のみならず、日本、人類にとって有用なのも間違いないのが困った話である。


「というか、今回に関してはあまり工作も必要ないぞ。別にヒーローや人類を騙したり混乱さぜるのが目的じゃないし、そのまま風化して消えてしまってもいいくらいだ」

『狙いは怪人ですからね。アトランティスネットワークを上手く使えるといいんですが……どうせならメイドたちの勉強に使いましょうか』

「いいんじゃね?」


 どうせ、このブラフに関しては長い目で見るようなものじゃない。風化してしまっても、怪人の奥底に疑念として残ればそれでいいのだから。


『じゃあ、こういうのも必要ないですかね?』


 唐突にミナミがモニターの前に出してきたのは、ゴールドマスカレイドのフィギュアだった。ご丁寧に金マスクまで再現してある。


『正式にじゃなくても、どこかで使う事があるかもって試しに作ってみたんですが……。あと、スーツも』

「いつも忙しいって言ってるのに何作ってるんだよ」

『いや、さすがに手作業じゃなくオペレーターポイントで作ってますって。元になるモデルがあるので、結構お得です』


 それもどうなんだって話なんだが。何ポイント使ったかは知らんが、たかだか数ポイントのために軽く人が死ぬようなモノを……。


「別にお前の趣味で留めるなら構わんが、表に出すのはアウトな」

『ハンドメイドで似たようなものは出てくると思うんですけどね』

「それはそれで別に構わんが、こっちから流すようなもんでもないだろうが」


 すでに魔改造されてネット上でネタになったりもしているマスカレイドフィギュアだが、それはそれでいいのだ。不謹慎だとか言っている人もいるが、変な偶像化が進まないようにする目的ならむしろ推奨したいほどである。


「……まさかお前、自分のポイント使って個人的にそういうの集めてたりするわけ?」

『ええまあ。改造技術とかはないんで、そのまま飾っておくだけですけど』


 マジかよ。……いやまあ、別に駄目じゃないんだが反応に困る趣味である。別に普通のフィギュアならジャンル問わず気にしないのだが、自分のフィギュアとなるとまた別の恥ずかしさがあるな。


『マスカレイドさんだけじゃなく色々フィギュア化してますけどね』

「マスカレイドさんの手にかかった怪人全集とかじゃないだろうな」

『それもありますが、それ以外も色々。たとえば、ヒーローオブジェクトを立体化して3Dスキャンした上で報告用のデータに使ってみたり』

「極めて実用的な例を出されてむしろ困惑だよ」


 やけに精度が高い画像だから、そういうデータが別に売り出されてるのかと思ったんだが、自前なのか。

 そんなわけで、何故かフィギュア談義に発展したところで、この件については大体終息である。当事者たち以外はしばらく話題になる事を含めて、手を離れた。




-3-




『では、ヒーローオブジェクトの話が出ましたし、もう少し重要な問題があるんで、そちらについて』


 ミナミの言うヒーローオブジェクトとは、バージョン2から設置可能になった支配率システム関連の施設の事である。俺が南スーダンに設置している看板などもその一種だ。ちなみに怪人側は怪人オブジェクトと呼ぶらしい。ぶっちゃけそのままだ。


「そう言われりゃ大体想像つくが、自国以外の支配率攻防戦に顔を出した事についてだろ」

『ご明察。ヒーロー側にとっては金色がどうこう以上にこっちのほうが死活問題なので』


 実はといえば今回の出撃前から問題が起きる事は想定していたのだが、どの道影響は避けられないと判断して行動に踏み切ったのだ。

 現在、ヒーロー対怪人の構図は散発的な出現と討伐よりも各地の支配率争いに傾いている。そんなところに究極戦力たるマスカレイドさんが姿を見せれば当然反応はあるだろうとは容易に予測できる。

 キャップマンだってバカじゃない。俺が依頼した事に対して何も考えずに場所を提供したわけではなく、極力自分たちの利益になるよう行動している。俺にデメリットがあるわけはないが、同じ条件ならより自分たちに利益があるほうを選ぶのは当然だろうし、俺もそうするべきだと思う。あの南極エリアの戦いはそうやって演出されたものなのだ。

 東海岸同盟が参戦している中で最大の激戦地というのが理由の一つで、これは事前に提示されたモノ、それに加えて時間指定があったのは組織内の調整以上に、特定の怪人を狙い撃ちにしたのだろうとも思う。どうやら、今回ゴールドマスカレイドさんの餌食になった観測怪人カスプ・オーロラは、東海岸同盟から見れば相当な障害だったらしい。無数のチェーンソーで切り刻まれた姿だけみれば他の怪人と変わらないが、そんなものはマスカレイドから見れば大体一緒というだけである。

 あとから色々調べて分かった事だが、奴の現地における能力は確かに群を抜いている。南極以外ではそこそこの怪人でしかなくとも、局地戦でなら無類の強さを発揮していたらしい。地域制圧型シミュレーションゲームなら真っ先に対策するユニットであり、キャップマンはそんな邪魔な存在を俺に排除させたのだ。

 実際、あの直後から明確に戦況は東海岸同盟側に大きく傾いている。単にマスカレイドが現れたという事実に加えて、ついでに色々破壊してきた事が最大の要因かもしれないが、奴があの現場における主柱であったのは確かなのだ。

 そして、明確にマスカレイドが戦況を動かした現場を見て、周りが反応しないはずもない。


『というわけで、マスカレイドさんへの応援要請が山ほど来てます。元々来てはいましたが、前例ができた事でワンチャンあるかもって考えた人は多いみたいですね』

「実に悩ましいところだな」

『大体、筑波山がチョモランマになったような感じです』

「えらい違いやな」


 いや、人気者はつらいよとか、そういう軽口ではなく、本当に悩ましい問題なのだ。これがまったく受けるつもりがないのなら話は別だが、受ける理由が存在してしまっている事が。

 依頼の内容や数がではなく、もっと根本的な部分で対策が必要な局面に突入しかけている。


『いつも通り現地の責任って事でスルーするには問題がありますよね』

「そうなんだよな。放置するにはちょっと影響がデカ過ぎる現場がチラホラ出てきてる」


 どれだけヒーローや現地の住人に被害が出ようが、基本的にはそのエリアや国の問題であって俺が手を貸す理由にはならない。いくら非人道的と言われようが、短慮に動き出すのは明確な悪手だからだ。

 もちろん面倒という感情はあるが、それはただのおまけであって本質的な理由ではない。この支配率のシステムを考慮した場合、下手に暴れ回るとマスカレイドという名前が勝手に動き出してしまうのだ。

 南スーダンの件がいい例で、あの土地……というか侵攻路は未だにマスカレイドの支配率が残っている。アレはテスト用の土地だからと自分を誤魔化してはいるが、世界中で同じ事をした場合、各地にマスカレイド支配エリアが誕生しかねない。

 単に支配権だけ得て放置すればいいという問題ではない。このシステムによって提示された無数のメリットはそれを許してはくれない。下手をすれば、多くの潜在的敵対勢力を抱える羽目になるはずだ。

 俺が支配者になってすべてを差配したいというなら話は別なんだが、引き籠もりがそんな願望を持っていてるはずがないのである。世界征服などただの罰ゲームだろう。

 ……とはいえだ。


「怪人勢力の支配率が50%を超えそうなところはさすがに問題だ」


 ミナミが表示してくれた支配率が記載された世界地図を見つつ会話を続ける。

 元々怪人勢力圏だったアトランティス大陸、ムー大陸、レムリア大陸、そして完全に飲み込まれた南スーダン。完全ではないにせよほぼ怪人勢力圏となってしまったスーダンは別として、バージョン2導入から半年経った今、各地の支配権争いはある程度の結果が出始めている。

 未だ完全掌握とはいかないスーダンのように、元から人類圏だった土地で支配権を完全確保するのは困難だ。実質的な影響に加えて、そこが誰の支配する土地かの認識を強く受けるシステムでは、どうしても人間の土地という認識は覆し難い。その地の住人に比べれば影響は微少とはいえ、住人以外の認識も影響するシステムでは100%なんてまず有り得ないのは当然だろう。その程度には、人間は歴史を積み重ね続けている。

 だから、どの勢力も100%など目指してはいない。目標のラインとしているのは、支配者のシステム的な権限が大きく変わる50%超えだ。すべてでなくとも大多数のエリアはそうだ。

 人間、怪人、ヒーローの三陣営どれかの支配地として明確に認識されてしまう50%というラインは危険極まりないのである。


「場所によっては厄介な事になる。人間同士の戦闘ならともかく、怪人に飛び地の橋頭堡を渡すのは悪手だ」


 どこだって厄介ではあるが、すでに完全支配エリアが存在する時点ではただの延長上の話でしかないという場所は存在する。代表的なのは南スーダンに隣接しているスーダンだ。

 そういう場所については、現地住人や担当ヒーローの責任としてスルーしたいのだが、橋頭堡にされると世界規模の戦略的に厄介な場所というのは存在するのだ。たとえば人口密集地帯やその付近、移動経路上にあるような要所、怪人の能力を考慮した戦略的なポイントもまずい。そこをとられると詰むなんて場所は当たり前、将来的に大きな影響を受けそうな場所も見逃せない。

 これが人間相手の戦略であるなら、そういう重要な場所には都市があったり、何かしらの施設が建っている事も多いから判断し易いが、怪人にとって橋頭堡にし易い場所というのは一概に判断できるものではないのだ。そして、そういう場所にはほとんど誰も住んでいないような無人地帯さえ存在するから厄介なのである。

 怪人たちもヒーロー側そう認識しているのが分かっているのか、それともただ手当たり次第なのか、陽動のように一見まったく重要性のない場所を侵略していたりもするのが困った話だ。あとから重要性に気付いて手遅れになるのはまずいから、必然的にリソースが割かれる事になる。

 ヒーロー側も実際に対処はしているものの、主にリソース的な問題ですべてに対応し切れてはいないのが実情なのだ。そんな切羽詰まった状況で、マスカレイドなんて特大戦力がいれば、ダメ元で交渉しようとするのは当然だろう。


「俺が出撃しても、それを隠せるならいいんだがな」

『出撃履歴や動画は残りますし、人類勢力に共有するヒーローも普通にいるでしょうね。ついでに、やられた怪人側の認識は更に大きいと』

「怪人ネットみたいなシステムはあるはずだし、あっという間に広がるだろうな」


 つまり、どの勢力にも俺の仕業という情報は拡散する。要求に従ってホイホイ出撃していたら、そこら中にマスカレイドさんの支配エリアができてましたなんて事になってしまいかねない。

 それを許容してくれる勢力相手ならまだしも……いや、それだって駄目だが、歓迎されないパターンなどは最悪だ。中には、最初は許容しても落ち着いた頃になってそれを問題視する奴は出てくるだろうし。

 極めて好意的にマスカレイドに支配してくれという勢力が一定数存在しているのも問題だ。ヒーロー全体でもヒーロー個人でもそういう宗教じみた動きはあるが、マスカレイドを神や救世主に見立てて活動しているのである。当然の如くそんな椅子に座る気はないし、はっきりいって超迷惑なのだが、有効な対処方法は思いつかない。狂信者が何を考えているなんて俺には理解不能だ。

 たとえば、支配率や支配権が放棄できるような権利なら良かったんだが、システム的にはそれもできない。今のところ、それが許されているのは死亡時の保有支配率消失のみである。

 支配エリアは黄金にも代え難いポイントを産む。そんな場所をまったく関係のない傭兵が保有しているなど、我慢できない奴は絶対にいる。下手をすれば同地担当ヒーローですら怪しいのに。歓迎されるのはもっと厄介。

 正直手は出したくない。しかし、そうも言ってられなくなってきたのが今の状況なのだ。本来なら一番の課題になりそうな戦力に関しては一切問題ないから、怪人側に言わせれば贅沢な悩みなんだろうが。


『残る問題は別途対処方法を考えるとして、出撃自体はする前提で考えますか?』

「こんな局面になったら、さすがにそれしかねえよな。現地の情報を調べる限り、お前らが不甲斐ないからとは言い切れん」


 中には本気で何やってんだってくらい不甲斐ないエリアもあるにはあるが、大多数は控えめに表現しても頑張っているのが分かってしまうのだ。特に怪人が力を入れているところは顕著で、なりふり構わない攻防が繰り広げられている。

 バージョン2以前はほとんど見かけなかった専任のヒーローも増えてきていて、今では表社会の立場を捨てる人も結構出てきている。それでも俺のように元から引き籠もりでもない限りは人間社会の柵からは抜け出せないのが辛いところだ。


『これでもマスカレイドさんがヒーローパワーを切り売りしている関係で、かなりマシにはなってるみたいなんですけどね。どの程度かは分かりませんが、ないとあきらかに継戦能力に問題のあるエリアがあります』

「ヒーローパワー売るだけでなんとかなるなら、いくらでも量を増やすんだが」

『供給がおおむね間に合ってる状況でコレですからね』


 劇的ではあっても、それだけでは足りない。

 これで、キャップマンが暴利を貪っていたり相手によって卸す量を制限しているなら改善の余地ありなんだが、そんな様子もなく極めて健全な取引らしい。もちろん、自分たちが十分な利益を得た上ではあるが、おおむね必要なところには出回っているのだ。

 ただ、ミナミが共有したデータを見る限り、あきらかに必要以上に購入しているエリアも見られる。単に予備として保存しているだけならいいんだが、確実に横流しが横行してるよな、コレ。まったく別の問題だが、ずっと放置するわけにもいかない。


 出撃前提で考えると、複数の前例ができた事で更に支援要求が増える事は確実。無視は可能だが、不満は今以上に溜まる。そこは諦めるしかないのか? かといって無制限に増え続ける要求に対処するなど現実的じゃない。

 ……条件設定が重要だな。でも、その条件を明示する事は愚策だろう。わざわざ劣勢になるように工作する勢力すら出てきかねない。なんとなくそれくらいならと判断できるくらいの条件がいい。

 出撃場所にしても、政治的な問題を孕んだ場所は極力避けたい。致命的なモノでなくとも、二国間の国境付近……いや、下手すれば州境ってレベルですら問題になりかねない。要所ってそういう場所が多いから、くそ面倒臭い。

 こちらの意図をどの程度提示するかも問題だ。できれば、俺が支配率を得たくないって情報ですら開示したくないくらいなのだ。可能な限りマスカレイドの本人像はボヤけさせたい。


「ミナミ的に一番問題ありそうなのはどこだと思う?」

『中国ですね。基本的に小規模のヒーロー勢力が独立独歩の体勢で分散してるので、国内でも統率できてません。まあ、ウチとほとんど没交渉なので、そもそも手を出しづらいんですけど』

「さすがに支援依頼がないところに手を出す気はないぞ」


 それはまず国内で協力しろよって話なんだが。……でも、正直大陸のど真ん中に怪人勢力できるのは厳しい。完全にではないが、別問題として考えたほうがよさそうな話である。超好意的に考えるなら、外部勢力の手は借りないというスタンスは立派に見えなくもないんだが。

 実際、地図の支配率だけを見れば一番ヤバいのは中国と言う人は多いだろう。支配率が50%に届きそうな危険はせいぜい数カ所でも、準危険域に達している地域が非常に多い。詳細を知らずとも手が回ってない様子が見てとれる。

 ……いっそ、一箇所くらい陥落したほうが危機感が出て団結できるのだろうか。自分の責任の範疇なら絶対にやりたくない劇薬だが、感情を切り捨てて大局を見るならなくはない手である。爆弾怪人の時も似たような手は使われていたはずだ。


『あとは全体的に人口過疎地域ですね。どうしても担当ヒーローの優先度は下がるみたいで』

「そういうところのほうが俺の支配率が上がる要素は少ないから、候補としてはアリだな。まったく上がらないのは無理だとしても」

『どうしたって、怪人撃破ボーナスやオブジェクト破壊ボーナスによる加点は避けられないでしょうね。怪人が少ない時を狙うのも難しいでしょうし』

「……ん?」

『何か思いつきました?』


 ……うーん、どうだろう。どれくらい効果があるのか分からんが……何回かテストして効果を試すっていうのはアリかもしれない。少なくとも、俺の戦果は減らせる。


「よし、最低限支配率上がるのは諦めるとして、テストがてら何回か強襲を仕掛けてみる方向でいこう」

『事前にやっておく事は?』

「とりあえずは、条件の合う協力的な勢力の選定と合意の取り付け……あとは、宣伝かな」

『……宣伝?』

「アトランティスネットワーク内で、いつ頃強襲かけますよって伝達する」


 強襲予告はヒーローだけではなく、怪人勢力に対してもだ。というか、そちらがメイン。

 野次馬を避けるため人間勢力には極力伝えたくないが、ある程度は仕方ないとする。最悪、それは位置の調整だけでなんとかなるだろう。




-4-




 その日、怪人が作り出した拠点、無数にオブジェクトが積み重ねられ、機能も含めて要塞と化したその場所で地獄が噴出した。


「イーッッッ!!」


 スパイクタイヤというには生温い、どちらかというと暴走怪人が使っていたような威圧感重視のタイヤが、待機していた戦闘員を踏み潰し、粉砕しながら疾走する。別に狙ってやっているわけではなく、通り道にいたから踏み潰しているだけなのだが、戦闘員はそんな事は知らない。直撃はもちろん、撒き散らす飛来物を喰らっただけでもバラバラになるような有様だ。死ねばもちろん爆発して消えるが、その直前のインパクトはすさまじい。

 予告の上で本当にやってきた銀色の災害が走る。本命の構造物、主にこのエリアの支配率を増強している怪人オブジェクトを重点的に破壊しつつ、ついでとばかりに重要施設を破壊して回る。

 縦横無尽に銀のバイクが走り回ったあとには何も残らない。いや、スパイクで踏み荒らされ、露出した地面が残るのみである。


「ま、マジかよっ!! どこの世界に予告して強襲してくるバカがいるんだ!?」


 念のためという言い訳で慌ててローテーションを外れる怪人が続出した中、罰ゲームのように当番を押し付けられた怪人が双眼鏡のようなものでマスカレイドを捕捉する。本人はロクに見えもしないが、撒き散らす被害のせいでおおよその位置は捕捉できてしまうのは不幸中の幸いなのか。

 確かに事前告知らしきものはあったが、誰がそれを信じるというのか。信憑性に関わらず、警戒して現場を離れてしまうのがマスカレイドの恐怖に当てられた怪人なのだが、一定数の怪人は危機感を持っていたように見えた。

 逃げた先輩怪人からは、半ば確信ともいえる予想は聞いていた。マスカレイドというヒーローの恐怖もある程度は知っていた。その上で、現場を放棄するような怪人たちを唾棄し、軽蔑していた。

 何もかもが甘かった。目の前の光景を見せられて尚、逃げた怪人を糾弾する意思など持ち続ける事はできない。言い訳を繰り返した先輩に腰抜けと呼んでモノを投げつけた記憶を侘びたいくらいだ。

 最低限の現場要員として出撃する羽目になった際に、腰抜けに腰抜けと煽られ、強制帰還を制限したのはあまりに愚かであった。今この現場にいる数人の怪人も同じ気持ちだろう。


 奴が走るあとに道ができる。戦闘員が塵のように吹き飛ばされるを見て、自分なら止められる、せめて壁にならなれるとも思えない。要塞化のために設置された防御オブジェクトだって紙のようなモノだ。

 ここ数ヶ月、ヒーロー共と激闘を繰り返し、必死に積み上げてきたモノが、あまりにも簡単に、無慈悲に踏み潰されていく。


「やめろ、やめてくれ……」


 この半年間の濃密な記憶が蘇ってくる。大変でも充実した日々。ヒーローたちの猛攻を耐えつつ、構造設計をして、必要な施設について会議を行い、喧嘩をして、少しずつ大きくしてきたのだ。それが蹂躙という言葉に相応しい勢いで容赦なく破壊されていく。


『だからビリヤードがいいっつってんだろっ!!』

『ダーツのほうがいいんだよっ!!』

『それよりアルコールの種類をだな……』


 なんかロクでもない討論ばかりだった気もするが、大切な思い出なのだ。


 こんな災害の中では何もできない。ただ通り過ぎるのをガタガタと震えて待つ事しかできない。あまりにも無力。あれだけイキっていた自分が恥ずかしくなるほどに惨めだった。

 そうだ、生き残ったらもっと真摯に怪人として活動しよう。もっと真面目に人間を蹂躙し、ヒーローどもを駆逐するのだ。

 あの災害はヒーローの数に含めてはいけない。あくまで怪人としての価値観ではあるが、生き残れば幾周りも成長できるだろう。そんな鮮烈な体験の中に怪人はいた。

 もっとも、そんな結末は許されていないようだったが。


「……は?」


 永遠とも思われた災害の音が遠ざかり、それでも尚生きていた事に現実味を感じられないまま顔を上げると、そこには新たなる悪夢があった。

 粉々に壊された拠点。瓦礫と化した無数の怪人オブジェクト。戦闘員たちは塵となったのか、ほとんどその姿がない。それはいい。……良くはないが、あの銀の災害の前では当然だろうと諦められる。

 問題は更に奥に見えていて、こちらに近付いて来る影。これまでも散々顔を突き合わせ、矛を交えた敵対者ども……部隊規模で編成された現地ヒーローたちの姿だった。

 いや、それだけではない。これまで見た事のないヒーローの姿もある。怪人のわずかな知識から判断するに、アレはおそらく近隣エリアや同盟ヒーローチームのモノだろう。奴らはこの銀の災害に乗じるように、連合を組んでボロボロになった拠点にトドメを刺しに来たのだ。


 ヒーローメカを駆り、先行して強襲してきたヒーローが降り立ったのが見えた。そこは自分以外でわずかに残っている怪人の居場所だ。あきらかにこちらの残存戦力を把握している動きである。

 良く見れば、自分のところにもヒーローが近付いてきているのが分かってしまう。逃げようにも緊急帰還は自分で制限したままで、物理的な逃走経路はヒーローの布陣によって潰されている。当たり前だが、要塞の迎撃システムは機能していない。そもそも跡形もなく崩壊している。


「き、汚え……」


 いくらなんでも多勢に無勢。泣きっ面に蜂。連想して蘇るのは、かつて泣き叫ぶ人間を人質にしてヒーローと立ち回った際の記憶。


『卑怯者がっ!!』

『怪人が卑怯で何が悪い。ヒーロー様にはできねえ所業だよなあっ!! イヒヒヒヒッッ!』


 超因果応報。どの口でそれを言うのかという話である。そんな事は分かっているが、それでも口にせずにはいられない。

 冷静になれば容易に理解できたはずだ。事前にどんな取り決めがあったのなど知らないが、マスカレイドはわざわざヒーローにも怪人にも伝わる方法で告知して強襲してきた。

 実際にそれが行われればこの拠点が壊滅するのは必至。まともに戦略拠点として機能するはずもなく、絶好の攻撃タイミングである事は明白なのだ。おそらく怪人に伝わる事さえも折込み済で、銀の災害から逃げるようにほとんどの怪人が現場を離れる事を想定した上で戦力投入してきている。

 こんな状況で何ができる。頼りがいのある要塞も、迎撃機構も、味方の怪人もロクに機能しない絶望的な防衛戦。肉壁にすべき戦闘員ですら、ほとんど在庫切れという有様。

 時間が経過すれば怪人たちが戻ってくるだろうという期待はある。しかし、転送オブジェクトが壊されている今、そして劇的に支配率が低下した今、どう楽観的に見ても数十分に一体程度しか出撃はできないはず……。あの銀の災害が破壊し尽くしたオブジェクトの中にはご丁寧にも転送装置が含まれてるのは分かってしまう。それでは各個撃破が関の山だ。


「くそ、やってやらあっ!! 来やがれヒーローどもっ!」


 戦力差は絶望的。撤退も許されない。半ば死が決定付けられた戦場で、怪人は吼える。こんな悪夢の状況でも、あの銀の災害と対峙するよりはマシだと。

 そして、最初に彼の前へと現れたのは、この要塞攻防戦で幾度となく拳を合わせた現地のヒーロー。

 お互い取り立てて目立つところのない存在ではあったが、妙に噛み合う、そんな相手だった。


「よう、卑怯者。なりふり構わない卑怯なヒーローが来たぞ」

「チッ!! またテメエかっ!」

「どうした、いつもみたいに笑えよ。卑怯者同士、決着つけようぜ」


 結果としてどうにかなるはずもなく、近隣のヒーロー連合の手により怪人の拠点は壊滅した。

 ヒーローたちの手で拠点を陥落させたという事実は重く、先行して荒らし回ったマスカレイドの活躍は狙い通りに過小評価され、支配率の移行もせいぜい個人としては多いという程度に留まる事となったのだ。

 改善点は多々あるものの、最初期の試験としては上々だろう。




-R-




「なんか、最近のマスカレイドの動向がウチのせいだって見抜いて苦情がきてるんだけど」

「違うからっ!? 見抜いたとか言うんじゃねえよ!」

「でも、心当たりあるよな」

「……リメンバーの奴を生贄に出したら穏便に済まないかな」

「むしろ悪手だと思うけど」


 再生工房カイジン・リサイクラーは今日も平和だった。



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