第八話「生贄怪人ヒューマン・ポール」
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年の瀬が迫りつつあるこの時期でも世界は激しく混迷し、例年のクリスマス前のような雰囲気はかなり薄らいでいた。まあ、クリスマスに無縁な上に引き籠もりな俺としてはミナミからそうらしいと聞くくらいだが。
主な原因は考察するまでもなく、去年のクリスマスに合わせて実施されたアトランティス出現や誘拐救出イベントだろう。世の中にはそれっぽい理由を並べ立てる有識者も多くいるが、またクリスマスに合わせて何かが起きる事を不安視しているのが大多数のはずだ。
それ以前に混乱に次ぐ混乱で記念日どころではないという話もあるだろうが、国によってはハロウィンの時期に騒いでいたりするので、完全に記念日の類を忘れたわけではないはずだ。彼らの場合は、逆に無理やりでも騒ぐ事で空気を誤魔化しているという面もあるだろうが。
とはいえ、今のところヒーローネット上ではクリスマスに合わせたイベント告知などはない。人類社会へ向けた情報発信の形が出来上がった事で事前告知がなくなったという可能性も考えたが、その他の告知の類は更新されているし、単に同じタイミングでイベントをする気がないんじゃないかなという感じがしている。
大体、爆弾怪人の一件は別に記念日でもなんでもないのだから、クリスマスにだけ焦点を絞る理由はない。
そんな雰囲気の十二月、今日も普通に怪人が出現した。日本に出現するのは生贄扱いされている感がある中で、そのまんま過ぎる名前の怪人である。
『生贄怪人ヒューマン・ポール。出現位置は新潟県ですが……なんですかね、コレ?』
「名前の通りじゃね?」
突如新潟の地に出現したそのシルエットは巨大だった。……巨大だったが、そのほとんどは怪人そのものではなく柱のようなもので、そこに怪人らしき人影が括りつけられているのだ。
『うおおおおーっ! 俺は見るからに怪しいぞーっ!! 殺したら何が起こるか分からねえから、無視するんだーっ!! ほんの二時間ほどでいいんだーっ!』
その怪人らしき存在は何やら叫んでいる。ギャグマンガで尺が足りなくなって秒殺される敵キャラのようなセリフだ。次のページどころか同ページ、下手したら同じコマで死ぬ類のやつ。
『死んだらどうなるか分からないって未知の部分をアピールして、マスカレイドさんの警戒を誘うプランでしょうか』
「その線は濃厚だが、ブラフとも言い切れないから確かに困るな。過去の出現実績は?」
『少なくとも同名の怪人はありません……ただ、似たような怪人が世界中に同時出現してるみたいですね。他のところは戦闘員が被害を出してる部分が日本と違いますが』
新潟の怪人は本人だけである。まさか日本だけ戦闘員を連れて来れないルールなどあるわけないだろうから、これまで通り無駄と判断したのではないだろうか。
俺としては人口密集地に戦闘員を連れて来られると、無傷の勝利が面倒になるので助かる話ではある。もちろん面倒なだけで当然のように全員殺す事になるだろうが、頭数が多いという事はそういう事なのだ。
「まあ、いいか。行ってくる」
『どうするんですか?』
「殺さなきゃいいんだろ?」
未知の危険性を警戒するとしてもやりようはあるのだ。特にあいつは自分で動けないんだから、どうとでもなる。
というわけで転送装置を使ってかみさまのガレージへ転移し、ミラージュを起動。パネルに表示された出撃ボタンを押下して出撃する事になった。
「怪しいっ! 怪し過ぎるっ! こんな怪しい奴に手を出すとか正気じゃないっ! だから、マスカレイドも来る必要ないからっ……て、うわあああああっ!」
「来ちゃった」
「く、来るんじゃねーーーっ!!」
怪しい存在アピールを繰り返している怪人の前に転送された。ミラージュのフライトモードを使い、ちょうど怪人が柱に括り付けられてる高さに。
ん……かなり遠いが、周囲からスマホのバイブらしき音が聞こえてくるのが分かるな。テスト運用だから欠点も多いが、一応は機能している事は確認できたから良し。
「や、やめろっ!! 何する気だっ!? 俺を殺したら何か起きるかもしれないぞっ! ブラフじゃないんだからねっ!!」
「分かった分かった」
普通に考えればブラフ。ブラフでないとすれば、名前からしてありえそうなのは死後になんらかの効果……一定期間殺害者を弱体化するとか、毒を撒き散らすとかそういう呪いのような類だろう。そういった懸念を考慮した上で、自己保身に走っているのがこいつなわけだ。
「大丈夫、お前は殺さない」
「え、マジで? 代わりに時間いっぱい嬲り続けるというのもやめて欲しいんだが」
「お前らは俺をなんだと思っているのか」
念願叶ったと思ったのか、不安そうな中にも歓喜の色が見える怪人。死にたくないのが本音だというのは間違いなさそうだから、その表情も演技ではないのだろう。
「お前の先輩に特殊性癖四天王という奴らがいてな、そいつが現在進行形でいい感じの回答を提示してくれている」
「は?」
「よいしょっと……意外に深いな」
地上に降りて、樹齢数千年級の大木ほどもある柱を根本から引き抜……こうとしたが、想像以上に深く埋まっているようだったので断念。折ってもいいだろうが、最大級に警戒するなら柱へのダメージも避けたいところだ。
仕方ないのでミラージュに装備した特製ロープを括り付けて空中に引っ張り上げる事にした。別にこのために用意したわけではないが、この手の装備は一通り作っているのだ。
「や、やめろっ!? 何するつもりだっ!」
「不法投棄だ。……いや、別に法律で規制されてるわけでもないから合法か?」
目算で十メートル超の埋没部分を本体ごと引き抜き、そのまま浮上を続行。マンドラゴラのように引き抜いたら危険という類ならどの道対策法はなかったのでひと安心だ。
「っ!!!!!!」
宇宙目指して浮上し、もはや人間では生存に適さない環境になったら怪人が静かになった。だが、俺もこいつも死ぬ気配はない。この程度では死なない超生物がヒーローであり、怪人なのだから。
とはいえ、息苦しいのも確かだ。体感的に息ができなくとも死ぬ気はしないが、なんとなく人間の生物的構造に引っ張られているのだろう。
多分、ミラージュのフライトモードもここら辺が限界だ。ヒーローパワーでゴリ押しすれば動けるだろうが、ミラージュ自体が最適化された高度はここら辺までなのだろう。そんなところで停止し、ミラージュからロープを切り離して手に持ち替えた。何やら怪人が暴れているが、何を言っているのかは分からない。
そして、俺はミラージュを土台にしてそのまま巨木を宇宙へ投擲。怪人はそのまま飛んでいった。摩擦熱でダメージはあるだろうが、柱はともかく本体はしばらく生きてるだろう。
「ただいま」
怪人死亡後の強制帰還ではなく、普通に帰還した。多分まだ生きてるだろうし。
「先例で考えれば死ぬとは限らないが、別に生き残ってもいいよな」
『マスカレイドさんがトドメを刺すわけでもなく、宇宙空間での自然死なら土地や殺害者へなんらかの効果があったとしても無視できると。明確な被害は地面に空いた巨大な大穴だけですね』
「完全じゃないしヒーローポイントだって入らないだろうが、大雑把に対策できるならいいと思ってな」
別にポイントに困っているわけじゃないし。奴一人分のポイントなどたかが知れたものだ。
ちょっと考えただけでも今回の対策に抜けがあるのは分かるが、マスカレイドならゴリ押しで無視できると判断した。放置しないと決めたのだから、それくらいが妥協点だろう。
『他のところに出たヤツ……飛んでいったヤツからでもいいが、何か分かったか?』
「無警戒か、警戒しても強行しただけなのかは不明ですが、複数地域ですでに撃破を確認しています。多分、効果としては共通だと思いますが……< 人身御供 >という能力が発動してるみたいです」
撃破した事により登録された怪人情報を確認すると、確かに共通の能力を保有しているようだった。
効果としては撃破された場合、そのエリアの人間支配率とヒーロー支配率が一定期間増加しないようになるらしい。怪人や能力のランクで効果範囲や期間は変わるようだが、面倒臭い能力である。
「なるほど、確かに厄介な能力かもしれない。バージョン2ならではって感じの怪人なんだな」
『あんまりウチには関係なさそうですが、そう言っていられるエリアばかりではないですね』
こういったエリア支配率に関連するような能力を持った怪人も今後増えていくのだろう。
『三十分ほど時間かけていいなら、初見の怪人でも能力を看破できるんですが。一応その手のサービスも導入はしてるので』
「現状、そんな放置するような場面はないだろうな」
余所だったら知らんが、ウチで三十分はかなり微妙な時間だ。大体決着ついてるか放置を決め込んでいる経過時間である。悪臭怪人の時のように時間超過で帰還したとしても、それはそれで登録される。
『今回は生きてるので能力看破の実績は解除できそうですね』
中継画面には苦しみながら宇宙を飛び続ける怪人の姿があったが、ミナミは特に何も感じないらしい。
能力的にはそのまま死んでも問題はないだろうし、出現時間切れで帰還しても怪人界隈であいつが日本から生還した怪人という変な看板を手に入れるくらいで大した事はない。アレを見て、怪人を殺し切れなかったとマスカレイドを侮るヤツもいないだろう。
『あ、死んだ』
そんな事を考えていたら、ちょうど三十分後くらいに怪人が死亡した。ミナミの能力看破とやらの実績解除は間に合わなかったらしい。
爆発というか塵になったという感じの演出だったが、これが物理学的に正しい現象なのか分からない。元々、密着状態で爆発しても善意のサラリーマンが生き残ってるくらいで、演出過剰なところはあるからな。
状況や速度に違いがあるとはいえ、こうして宇宙の環境に耐えられずに死ぬヤツがいるって事は、未だ生きてるっぽいエビゾーリはかなりのスペックだという事なのだろう。特殊性癖四天王という名称のせいで認知され難いが、やはり上澄みという事なのか。
「こうして世界各地で似たような怪人が出現すると例のイベントと関連付ける奴も出てきそうだな」
『まだクリスマスじゃないんですが』
「強引にこじつけて考える奴はいるだろ。古代文明の暦なら一致するとか」
『それで、妙に壮大な陰謀論に発展するんですね。分かります』
尚、この時できた、新潟の地の大穴が観光名所化する事になるのはしばらくあとの話だ。
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「ところで、例の怪人出現アラームは機能してたみたいだぞ。遠くからかすかに聞こえた」
今回の出撃地点の場合、周囲に人影はなかったが完全な無人地帯でもない。俺の出撃した高度から見れば普通に民家も見える場所だ。スマホを持っている人だってそれなりにいただろう。
『ああ、ようやくですか。あの怪人が喧しくて分かりづらかったですが、確かに動画にも音がのっていたような気が』
「マスカレイドの聴覚とはいえ、あの位置で聞こえるって事はやっぱり懸念は残るな」
実は、政府と協力態勢を敷くに当たって俺たちはいくつかの技術供与をしているのだが、今回のアラームもその一つだ。
簡単に言ってしまえば怪人が出現した位置をこちらから提示すると、その付近のスマホで地震警報のようにアラームが鳴るというものである。当然、鳴ったから戦いや見学に行けという話ではなく、避難のためのツールとしての提供だ。同時に避難を担当する現地警察官や消防隊員などにもGPSで居場所が発信され、いざという時の救助にも役立てるようになっているらしい。
ただ、良く考えれば分かるだろうが、この振動音を頼りに怪人が民間人の位置を特定するという事態も有り得る。実際似たようなシステムを導入した国では、それが原因と思われる被害も出ているので、改良が必要だろう。
また、日本限定の仕様ではあるが、この警報を出すかどうかはあくまでオペレーターの判断による。警報を出す事自体が危険と判断した場合は当然スルーだ。
『現在改良型としてメーカーから打診されているのが、腕時計型のツールですね。出現検知時には人体に害がないレベルのショックを流す仕組みです。一応通常の時計機能と救助用のGPS発信機能なども付けたものを売り出す予定らしいですが、すでに普及しているスマホなどと違ってどれくらい受け入れられるかは疑問なんですよね。いっそ、企業に任せずにウチで販売してしまえばお守り代わりにある程度普及もするんでしょうが……基本的に通常の科学技術のみで作れるモノって事でメーカーからの要求も多いらしく』
「まあ、スマホで最低限の警報機能がある以上、普及しなくてもそこまで困るわけじゃないからな」
『私としてはミサンガみたいな感じで本当にお守り代わりの腕輪的なのが理想だと思うんですが』
「それはそれで、なんか囚人っぽいな」
有無によって大きく何かが変わるというわけではないので、こういったものをわざわざウチが販売するメリットは薄い。せっかくできた飯のネタを奪わないでくれというメーカーの意見も呑めなくはない微妙な塩梅だ。俺たちは何も旧来の企業を目の敵にしているわけでもないのだから。
というか、スマホの警報機能だって意味があるのかは不明だ。緊急救助用と割り切ってGPS発信に留めるほうが割り切っていて無難な気もするし。
となると、特に何も考えずにお守りとして着けられるミナミの案は無難なんだろうか。
『怪人出現マップのほうもアクセスは上々。アトランティス・ネットワークの世界マップにも同じような機能は追加されましたが、日本に限定されたこちらを見る人も多いみたいです』
これら警報や出現マップなどのサービスは未だ正式発足前な例の広報機関が担当している。ウチからは情報提供をしているだけで、ヒーローが使えるサービスを使わない一般技術による運用が行われている……という話だ。ぶん投げしているので、技術情報や運用形態など詳しい事は分からない。
「過去の怪人情報を載せてるのも大きいんじゃないか?」
『やっぱりそれが理由なんですかね? 確かに簡易情報や編集した画像や動画を載せて差別化は図りましたが』
マスカレイドのノーカット編集版動画を載せられるはずもないのでかなり手を加えたモノになるが、コレを目的に専用サイトを訪れる者は多いだろう。というか、コレに関しては日本だけでなく世界からもアクセスが多い。下手したらヒーローすら見ているかもしれない。
ちなみに、当然の如くカットされたOPについては非公式版という形で動画サイトにアップロードしてみた。MAD映像のようなものなので、不謹慎だとか、本人から文句を言われるとか言う者も多いが、その本人がアップロードしたものなのだから当然広報機関からも黙認されている。尚、恥ずかしいので歌はカットしたものだ。
ビビっているのか、公式素材を使ったネタ動画一本すら存在しない今の状況はヒーローの神格化を防ぎたい俺の目的と合致しないので、ある程度の砕けたイメージは必要だろうという判断だ。危険視しているのは無理筋の誹謗中傷や誤解の拡散であって、普通にネタにされるくらいなら気にもしないし。ちょっと前から動画サイトで物議を醸し出していている銀タイツを着た連中のダンス動画など、俺の判断を聞くまでもなく黙認状態なのだ。
『併せて各地で避難訓練なども実施しているわけですが、参加義務のある警察などはともかく、民間人も物珍しさからか参加率は高い傾向にあるようです。まあ、一過性のものである可能性は高そうですけど』
「身近かどうかは別にして、明確に脅威はいるわけだからな。おかしな話じゃないのかもな」
災害や事故、病気と違って、形のある存在というのが大きいのかもしれない。はっきりと目に映るから脅威として認識し易い。
避難訓練も、確か妹がそんな話をしていたような気がする。俺が参加するはずないと分かっているのか、母ちゃんは何も言ってこないが。
『でも、海外のほうがこういった訓練の参加率は低いんですよね』
「脅威が身近なのはむしろ海外なんだがな」
まあ、お国柄というヤツなんだろう。治安が悪かろうとロックな行動をしたい連中が多い国は多いわけだし、なんならどちらかというとそちらのほうが主流だ。
あと、地味に今は日本政府が仕事をしているように見えるというのもある。ヒーロー・怪人関連の政策が目立つが、その影響かマスコミまで沈黙しているから尚更だ。重箱の隅を突くような野党のツッコミも今は息を潜めている。
近藤さんからのレポートによれば、的外れなモノが多いのはともかくとして、各省庁でもとりあえず仕事してます的な案件は減ったのだとか。しばらくしたらヒーロー関係を優先し過ぎ、金使い過ぎという声も上がるんだろうが、今はその時じゃない。
『なんか、交通事故などの件数が減って、年間の死亡者数はむしろ減少の傾向にあるのだとか。まあ、怪人被害が極端に少ない日本だけだと思いますが』
「インフルエンザが蔓延すると風邪が減るみたいな話だな」
単に予防意識が向上した結果って事なんだろうが、まあここら辺も一過性のものだろう。ついでに、俺が被害を出したら終了のボーナスステージのようなものだ。
『当然いい事ばかりでなく、マイナス面も大きい状態です。今は特にインフレが目立ちますね、特にエネルギー関連』
「通常の航路が使えないから、真っ先にダメージを受けるのはそこだよな。貿易相手の問題もあるし」
航路や空路もそうだが、相手側の港が破壊されていて使えない状態だったり、生産施設や集積施設が機能していない国も多いらしい。
既存の施設が被害を受けていない分日本はマシなんだが、それでも外部に頼り切った貿易依存の態勢は厳しい。ネット上でもガソリンがめっちゃ高いとは聞く。
「ちゃんと給料も上がるなら多少のインフレはむしろ健全だって聞くが」
『そんなインフレ率じゃないですからね。どこ見ても値上げ値上げ、かつてのサイズ縮小や底上げのサイレント値上げなんてどこにいったのかってくらい堂々と値上げです。私たちにはあまり関係ないんですが、電話越しでも家族から愚痴を聞かされるのはちょっと』
「ウチの妹はあんまり口に出さないが、ここに来る度に食う菓子の量は増えてる気がするな」
『嗜好品の類は特に値上がりの傾向にあるらしいですから』
まあ、それでも買えるだけマシという話ではある。こんな惨状でも、隣の芝生が青く見えないのが今の世界情勢なのだから。逆に、海外から日本がどれくらい嫉妬されているのか不安になる。マスカレイドのバックが効いているのか、国として安定しているように見えるからなのか、今は貿易関係でもかなり融通してもらっている状態らしいが、これがいつ爆発するかという問題もある。一度爆発した例が出てきたら連鎖するのがこういう問題だ。
こういった様々な問題への対策が現在建設中のメガフロートなのだが、さすがにまだ効果が出るような段階ではない。さすがに急ピッチで作った土台だけでは機能するはずもない。むしろ、今段階では首都機能分散計画で地方の雇用が改善している事のほうが大きいだろう。地方でも新幹線の沿線とか結構な好景気だとは聞く。
『あと、私たちに直結する最大の問題としてはコレですよね。……どうしましょう、この大量の円』
「どうしましょうって言われてもな」
現在、使い道のない円がプールされているのは確かに問題だ。多少なら別にそのままもらってもいいし、金の動きが気になるならミナミのプール金からスライドしてもらってもいいわけだが、そんな額ではないのだ。
そもそもの話、俺たちの活動に現金は必要ない。活動の基盤となるのはポイントであり、それを使うカタログであって、日本円をもらっても使い道などほとんどないのが現状である。俺の使用用途もせいぜい家への入金くらいで、通販すら使わない。
あえて言うなら広報機関の運営費や長谷川さんたちの活動費だが、規模から言ってもこれらの費用は大したものではない。近藤さんを通して裏取引を実行するための実弾として使えない事もないが、本当に実弾として必要なのは現金ではなく、カタログ由来のアイテムというのが現実なのである。
この点、政府に円以外の支払い能力がないのが最大の問題だ。支配エリアから徴収できるポイントはあるが、コレは大半がメガフロートの開発に投入されていて誤魔化すまでもなくカツカツである。むしろ、前述の裏取引関連の実弾は俺が用意しているのが現状なのだ。
メガフロートなんて巨大な箱を用意したのだから大量の支払いが発生するのは当然なのだが、ここら辺をなあなあにするのも非常にマズい。一応でも政府として対価を支払いましたという姿勢は必要なのだ。
日本で発行している通貨なのだから当然ではあるが、円はあるのだ。世界的に見て円の重要性は上がっているし、こんな情勢では為替レートも従来の意味合いでは捉えられず、ドルやユーロですら怪しい。だから支払いも円か現物でって事になるわけだ。
良し、ならありあまる資金を使ってグッズ作ろうぜという話にもならない。なんせ、ここで売り出しているグッズの大半は俺のポイントを使った自家製で現金などかかっていないからだ。情報発信のための知名度向上と神格化の予防を目的としたグッズ展開のためにタダで配ってもいいくらいなのだが、同業メーカーの事を考慮するならある程度は適正な値段を付ける必要があるので、むしろ収益すら出てしまっている状況なのだ。外注して外に金と仕事をバラ撒いてもいいんだが、広報機関に専用の部署も人員もいないという問題もある。
ミナミが資金運用するにしても、大々的なものは難しい。裏で動く事もあって結果的にこれまで使っていた規模の投資が最適らしく、下手に規模拡大する理由もない。ここまでの規模の資金となるとミナミを以てしても洗浄も難しいという問題もある。
必要な分以外は政府に渡していいんじゃないかという気もするんだが、あちらさん的にもヒーローに対価を渡しているという事実は欲しいと、八方塞がりである。
『広報機関の設備や環境を整備する事で使ってはいますが、限界はありますね』
「となるとグッズ含めて、メーカーとやり取りする部門も必要になるわけか」
『基盤造りに時間がかかるのが難点ですが、それが現実的ですね。寄付などすると変な影響も出そうですし』
慈善事業に寄付して神格化とか冗談じゃないな。ありがとうという孤児の姿が洗脳に見えてきそうで困る。
「手始めに、コスト度外視でひたすら安全性を重視した社用車とか作ってもらうか? 創業時期の今でも必要なモノだろ?」
『あー、兼任になるでしょうが、担当人員を用意してコンペなど開いてみましょうか』
そうして、大中問わず集められた車両メーカーの盛大なコンペにより、安全性を重視した高級車が一般にも発売されるのはしばらくあとの事だ。
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『というか、気が付いたら私たちの活動ももう三年ですね。オペレーター業ってこんな仕事じゃなかった気がするんですけど、なんで政府案件の調整とかしてるんでしょう?』
「知らん」
振り返ってみればなるようになったというしかないが、やっぱり展開が早過ぎる。俺たちの対応が間に合わないのもそうだが、こんな数十年かけて行うような変化に世界がついていけるはずもない。
ミナミが言うように、俺が引き籠もりつつ戦うヒーローマスカレイドになって早くも三年が経過した。多少就任時期は異なるがミナミとの付き合いも大体それくらいだ。初期はJKだったミナミもそろそろ二十歳で、ウチの妹も大学か就職なんて話が出てくるくらいだ。あいつが高校進学した時はすでに引き籠もっていたので実感はないのだが、時間が経つのも早いものである。
こうやって引き籠もっていると普通なら時間感覚が怪しくなり、今日が何曜日かどころか何月かすら認識が怪しくなってきて、『そろそろ寒くなってきたと思ったら十月か、夏が始まったばっかりだと思ってたわ』ってなくらい世界に取り残されていくわけであるが、何故か俺の場合は世情の変化には詳しかった。引き籠もってない一般人どころか報道関係者よりも詳しいかもしれないというレベルである。
「今日って何曜日だっけ?」
『あー、えーと日曜日ですね』
「十二月って三十一日まであったよな?」
『さすがにそこは忘れないで下さいよ』
でも、曜日感覚は俺とミナミ揃って怪しくなっているようだった。多分だが、これは引き籠もってる事だけが原因ではなく、生活が不規則になっているのが主な理由なんだろうと思う。
「お前、そろそろ週一でも週二でも休み設定したほうがいいんじゃね? もう普通のオペレーター業務ならメイドたちでもこなせるだろ」
『そこを除いてもやる事多いんですよね。こうしてマスカレイドさんと話してるのって業務の傍らなんで、オペレーター業だけを休んでも……』
お前はそうだろうなと思わなくもない。しかも、そういった業務は俺が代わりにやるわけにもいかない。忙しくて時間がないからではなく、俺にはできない業務だからだ。ちなみにメイドにもまだ荷が重い。
『東海岸同盟が多数の専門家を抱えてる理由も分かります。ヒーローとして立ち回るならともかく、国政に関わろうとすると個人のマンパワーじゃ足りません。しかも私、長谷川さん、近藤さんの窓口ラインで分担しての話ですしね』
直接ではなくとも、慣習やお約束事が多い仕事の総本山みたいなところと仕事してるわけだから余計だ。究極的には完全に無駄と割り切って省く部分はあるんだろうが、容易にそうと判断できないし、間接的に連鎖していて問題が発生する業務もある。
複雑に絡み合い過ぎてて容易にやり方を変えられない。それなら多少面倒で無駄が多そうに見えても慣習や先例に従って業務を回すというものだ。それが自分が就任するどころか生まれる前から続いてる慣習とあれば尚更手を加え難い。こういう業務こそ、効率化のために少し手を加えると何故か業務が増える上に混乱するという事態に繋がるのである。そして、改革の責任は当然始めた者にかかってくるものだから、余計にノウハウが停滞化するという負の仕組みだ。
『近藤さんは元々派閥を形成してましたが、長谷川さんも正式にカルロス氏を雇って新たに組織構築するつもりらしいです。ウチと直接関与してるのは本人のみなのは変わりませんが、すでに資金的な問題はありませんしね』
「ウチも拡大するか? 東海岸同盟みたいに人を雇うのは無理かもしれないが、ロイド系を増やす感じで」
『ポイント的に無理はないですし、それが無難ですかね。教育はあの三人に任せるとして……多少、現時点の作業効率が落ちても、今後更に忙しくなるのは目に見えてますし』
シルバーナンバーが増えるな。堂々と名乗ってるが、あいつらどういう気持ちでシルバー何々ですとか言ってるんだろう。
『当初の予定よりも、メイドたちの出番が増えてますからね。空港などで洗脳状態の人間を取り押さえるために出撃してもらうケースも増えてきました』
怪人そのものではないが、人間だけでは不足を感じられるような場面。俺がいちいち出撃するような規模ではない問題。彼女たちをそういう特殊な場面に投入するのは当初から想定していた事だ。
最初はそれこそ漠然と学校がテロリストに襲われた場面で救出に行く妄想じみた事態を想定していたわけだが、やはり戦闘訓練は無駄じゃなかったらしい。
蝶マスクを着けたキレキレの動きをするメイドが現場に現れて犯人を制圧する場面は、絵面も含めて世間の注目と興味を生んだ。もちろん、必要な場面では他の服も着せるが基本はメイド服だ。日本の間違ったオタク文化が現出したような戦闘メイド、見栄えは麗しくビジュアル的には蝶マスクくらいしか否定するところがない、全身ダサい仕様なマスカレイドと比べれば人気を呼び易い存在なのだ。
すでに広報機関を通してヒーローではないが関係者という事、人間でない事は告知されている。政府からもヒーロー扱いで活動を認められた存在という形になったので、極端に批判的な報道もない。誹謗中傷が少ないのは見た目と女の子っていう部分が大きいんじゃないかと思ったりもしたが、マスカレイドはめげない。
『洗脳状態とはいえ、人間相手だと手加減に苦慮します。やはり関節技は最強』
『重火器ブッパしたいのですが』
『サメはまだですか?』
本人たちの感想には疑問を持つ部分も多いが、とりあえず仕事への忌避や不満などは見られないので良しとしよう。彼女たちは今日も戦闘訓練に邁進している。
ヒーローアイテムを支給している事も大きいのだろうが、彼女たちはすでに結構強い。マスカレイド相手は論外、ヒーローや怪人も相手になるレベルではないが、間違っても人間相手に苦戦するような事はない。
非公式ながら自衛隊の選抜チームと模擬戦もやったが、人数差があるにも関わらず完勝してみせた。その後、何度か行われているリベンジマッチではさすがに色々と対策をとられているようだが、それでも未だ負けはない。やはり基本スペックの差は大きいという事なのだろう。
俺は直接話を聞いたわけではないが、いつやるか分からない模擬戦への自薦があとを絶たないくらい人気らしい。妙な人気だと思うが、神格化でなくアイドル扱いならまあいいだろう。
『そういえば、そろそろクリスさんがマスカレイドさんと面談したいと』
「あー、まーしゃーないよな」
すでに広報担当として就任しいくつか仕事をこなしているクリスだが、直接的な面談はまだだったりする。向こうのスケジュールが詰まっていてタイミングが合わない事も大きいが、俺が気乗りしないというのも大きい。
『避難所や広報担当などの仕事もそうですが、一年前のお礼をちゃんと言いたいというのが本音らしいですね』
「向こうのスケジュールが調整できなかっただけで、どの道どこかで面談の予定はあったんだが……なんか変なボロが出そうな気がするんだよな」
『マスカレイドさんなら、油断さえしなければそういうミスはしないと思いますが』
まあ、お前はそう思うよな。基本的には俺もそうだ。……だが、どうしても引っ掛かる。
明日香に聞いた今のクリスの印象。人間的に成長したという今の姿を動画ごしなどで見てみると、確かに別人のように違う。おそらく、救出した当初と比べても別人だろう。
どうしても鼻タレの印象が被る俺としては、どこかで些細なミスを犯し、正体を看破されてしまうような気がする。そんな危機感さえ覚えるほどに気配が違うのだ。アレが人間的な成長だというならちょっと怖いくらいだ。それともまさか、アレが本来のクリスだとでもいうのだろうか。
正直警戒し過ぎな感はある。多分、俺以外の誰が聞いてもそう判断するだろう。しかし、どうしても不安を覚えてしまう。
『最悪、正体バレしてもさほど問題はないと思いますけどね。元々の気質なら失言を懸念してたかもしれませんが、今ならそんな気配もありませんし。極端な話、広報担当降ろすならなんの問題もありません』
「それもそうだ」
基本的に味方陣営なのだ。大きな問題は発生し得ないし、どう悪く想定しても大した被害はなく、それらの問題も容易に対応できるものでしかないのだ。個人的には最大限警戒だけして、無難に面談を済ませてしまおう。
「でも、あいつのスケジュールを考えると年明けにはなるな」
『どうしても外せない予定はほとんどないですけどね、無難なのは年明けでしょう』
クリスが現在行っている仕事はかなり限定的だ。表向きに広報担当として顔出しはしているものの、実際に表に出たのは専用ページに掲載された動画のみ。政府や機関から公布される発表を読み上げるだけの動画でしかない。
彼女が今忙しいのは本格的に活動を始めるための下準備がほとんどである。芸能人のように愛想を振りまく必要はないが、人前に出るため最低限のマナーや技術は必要とされる。特に発声・滑舌に関しては重視しているのか、その手のレッスンが多いのだ。
あとは政府関係者との面談・顔合わせや各省庁の担当者との打ち合わせで、外せない予定というのは主にこちらになる。ミナミや実際に対面している関係者ほどじゃないだろうが、学生時代よりは遥かに忙しい日々だろう。
『広報役としては、しばらく下積みメインですね。一応、テレビ出演の依頼とか歌出しませんかって打診は大量に来てますが』
「一次情報の発信機会を与えなければアイドル活動しようが構わないが、本人次第だな。当面は断る一択だろうが」
『そりゃそうですよね。メイドたちもそうですが、どうもまだアイドルか何かと勘違いされている感じはします』
引き籠もりには分からんが、スター性というやつは放っておいても輝くものらしいからな。立場上、元々厳重に警戒されている身ではあるが、注意はしておこう。
そんな感じで、遅れていたクリスとの面談も決まり、実際に顔を合わせるのはしばらくあとの事……ではなく、年明け早々という事になった。
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そんな感じで色々あった年末も過ぎ、特に大きなイベントもなく……いや、世界規模で頻発している問題は間違っても小さなイベントではないのだが、とにかく年が明けた。
世界が混乱していても除夜の鐘は鳴るし、母ちゃんが作った年越しそばは食べるし、紅白は放映している。さすがに例年よりは人出は少ないようだが、初詣も盛況らしい。むしろ、切実に神頼みしている人も多いだろう。
ちなみに母ちゃんが用意してくれた年越しそばは俺だけかけそばだったので、カタログでエビ天を購入して乗せてみた。無駄に伊勢海老だったので食いづらい事この上なかったが、まさか息子がこんな贅沢をしているとは思うまい。
『無理に乗せないで、別に食べたほうがいいと思いますけど』
「それは言ってはならない」
ミナミからは画面越しに非情なツッコミを受けたがマスカレイドは挫けない。ゴミになったエビの頭部を直接無限ゴミ箱に投げたりもしたが、気にしたりはしないのだ。
そんな感じで比較的平穏に年越しも終わり、翌朝には妹がお年玉を強請りに来たが、未だ確定ではないものの就職しようという奴がお年玉もねーだろとスルー。結果、ミナミから陥落されてお年玉を渡す事になってしまった。あまりにスムーズな展開に既視感を感じるほどだ。
「どうも、年明けおめでとうございます」
『ございまーすっ!』
「人間の、それも地球の暦での区切りで祝われてもね」
流れで、久しぶりにかみさまの六畳間を訪問したりもした。ミナミは相変わらず中継だ。
「まあまあ、できるだけ不自然じゃないほうがいいじゃないですか」
「警戒しても無駄だと思うけどね。運営はともかく、その上は防諜なんてしようもないし」
『まーそれでも一応は。とりあえず、その空間をできる限りの権限で遮断してあります。というわけで、私は一旦席を外しますねー。終わったら連絡下さい』
出席してもらう事も考えたが、ミナミには外部からの干渉に対応してもらう事にした。この場は俺とかみさまの密談の場だ。
杞憂だろうとは思うし、意味も大してないだろうが、やれる事はやっておいたほうがいい。
「それで、わざわざ対策までして密談したいってのはどういう話かな?」
「神々の目的について」
「ほう」
普段、ほとんどの事に興味を示さないかみさまの目の色が変わった……ような気がする。相変わらず何考えているのか分からない神様だ。何も考えてないという可能性が高いのがもっと困るが。
「元々、長いスパンで徐々にその目的は推察しようと思ってしたんですが、さすがにここ最近の展開が早過ぎて呑気に構えてられなくなりまして」
「確かにそうだね。私から見てもこの一年の変革は異常だ。なんか大陸が増えてるし」
人間社会の混乱とか国家規模の政策とかはかみさまには無縁だろうが、さすがに陸地の形が変われば異常だと思うか。
「といっても、私には上の目的とかさっぱりなんだけどね。惰眠を貪る傍ら色々考えてはいるけど、想像も付かない。……というか、君は以前長いモノには巻かれる性格とか言ってなかったかな?」
「実際に行動するかといえば多分しませんが、警戒も対策もしないのもまた性格じゃないんで」
「君はそうだろうね」
かみさまは俺の気質も分かった上で言っているのだろうと思う。そういう性格のはずだから。
「それで、君の意見としては? ちなみに私は意見らしい意見はない」
「ヒーローと怪人、運営を含めたこの態勢に関しては割とはっきりしてます」
「それが目的そのものなのでは?」
「いえ、これはあくまで運営を基盤とした目的でしかない。そして、運営には上がいる。ラインがあって関連性はあってもそれらはあくまで別組織であり、その目的は区別されているはずと考えました」
「なるほど。言われてみればそうかもしれない」
俺が知りたいのは上位の神々の目的だ。運営を使い、こんな舞台を造って何をしたいのかが分からない。
ぶっちゃけた話、運営までの規模であればマスカレイドの超戦闘力には対応できないと考えている。色々策を使い制限を設けて行動を束縛する事はできても、究極的に止める事はできないと。漠然とだが、そう感じている。
運営の中にも娯楽として歓迎している存在はいるだろう。あの悪趣味なランキングのすべてがブラフとも思えない。しかし、一方でマスカレイドという存在は更に上に黙認されている。だからこそ、運営の中にもイレギュラーな存在として放置している勢力があるのではないかと思っている。
「運営の目的は初期に提示された……というか、ウチのような態勢でもなければ見れなかっただろう< 最終回直前に暴露される設定集 >。アレがすべてだと思うんですよね」
「あんなのが? 正直なところ、アレって運営がイレギュラーな行動を起こした者に用意したネタ的なものと思ってたんだけど」
「運営としてはそこまで秘密にするような目的と考えてないんでしょう。要所要所に登場してきた幹部連中の言動を見る限り、本格的に隠す気も見られませんでしたし」
隠す気なら最初から必要最低限の事しか言わないか、もっと大きい嘘で隠すだろう。しかし、彼らの言動は例の資料と大まかに合致しているように見える。
「だから、怪人組織とその首領であるジョン・ドゥが世界征服を目論んで行動し、ヒーローと戦った上で敗れる。このバカバカしい設定は、あくまで運営の目線でなら隠す気もない目的なんでしょう」
「確かにその流れから逸脱はしてないように見えるかな」
正直、規模は見誤っていた。特撮ヒーローモノに限らず、世界征服を掲げた組織が登場する創作モノで、ここまでの規模で混乱が起き、情勢が変動するモノを見た事がないからだ。
創作では基本的には主人公とその周囲に寄った視点で描かれるからというのもあるだろう。だから、年がら年中極東のこの島ばっかりが地球規模の危機に晒されてその度に解決していたりもするわけだが、どうしても視点がミクロに寄る傾向がある。
だから、俺もここまで本格的に、システム的な世界征服を実現するための基盤を用意してくるなんて思わなかったのは否定できない。確かに、このふざけたシステム上であれば世界征服だって実現する。
「……ふむ、なるほど、それは分かった。じゃあ、肝心の上の神々の目的は?」
「分かりません」
「…………」
珍しくかみさまから苛ついた視線を向けられた。ちょっと怖い。
「手段としてなら、超大規模な社会シミュレーション実験とかそういう話なんじゃないかと思うんですが、目的ではないですよね」
「それが正解だとしても、なんのためにそれをするってところじゃないからね。そのシミュレーション云々は何か根拠が?」
「いや、創作的なお約束を考えた場合の一例を挙げただけなんで、根拠はないです。案外正解かもしれませんが」
勘で言うなら、社会実験ってのは有り得るとは思う……が、根拠と呼べるものは状況証拠くらいしかない。
「なんで、分からない事を分からないとはっきりさせたいなと」
「すまないが、英雄君が何を言っているのか分からないんだが」
「おそらく、推測するにも今提示されている情報ではどれだけかき集めても足りない。その確信が欲しい、だから色々かみさまに質問したいなーと思いまして」
「別にわざわざ隠すような事はないからいいけどね。私としても興味はある話だし。でも、あまり神格だった時代の記憶は買い戻したくはないかな」
「今現在分かる範囲でいいです」
かみさまは過去の記憶や権能を取り戻す事で自分が変質するのを恐れている。多分、その恐怖は間違っていないとも思うから強要はできない。大多数の担当神がやっているように買い戻す事を否定する事もできないが。
性格が変わって、今更極端に口を出すようになってきても困るし。
「あともうひとつ。< 最終回直前に暴露される設定集 >ってまだ手元にあります?」
「そりゃ……そこの棚に置いたままだけど?」
「もう一回見てもらってもいいですか? 俺だと読めないでしょうし」
自動翻訳が適用される空間なら地球上の言語はネイティブレベルで翻訳されるだろうが、コレは対象外のはずだ。なんせ、この空間は最初から翻訳機能が適用されている。かみさまは地球の言語で話してない。
「なんか見落としがあるって話かな?」
「いえ、追記があるのではないかなーと」
「……ほう、確かに有り得るね」
あまりに初期の話だったから失念していたのか、かみさまも思い至ったようだった。
カタログなどは紙ベースなのに自動的に更新されたりするのだから、この資料だって状況に合わせて更新されたっておかしくはない。
大体、又聞きだからそこまで感じなかったが、今思えば資料と呼ぶには情報量が少な過ぎた。それは、あんな購入ハードルをクリアして購入したものとしてはかなりお粗末だ。それこそ、運営のネタと判断してもおかしくないほどに。
実際に確認してみればビンゴ。追記された内容は現状の追認のようなものがほとんどだが、より詳細な情報が掲載されている。
つまり、これは状況に合わせて更新されるタイプの資料であり、定期的に見る必要があるという事らしい。
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