第七話「既定路線」





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 結論から言ってしまえば、今回の大陸浮上に関して改めて大きな混乱はなかったと言える。

 巨大な変化である事は間違いないが、クリスマスの時のようにイベントがあるわけではない。追加の衝撃を加えるまでもなく世界中はパニック状態なのだから、それを上書きするには前例のある大陸浮上では弱かったという事なのだろう。新大陸に近い地域では相対的に反応が大きかったものの、落ち着いていた日本が一番反応していたようにさえ見えたほどだ。

 ……まあ、ムー大陸はかなり近いので、日本も当事者ではあるのだが。


「なんかネトゲのサイレント修正みたいだよな」

『ナーフとか言っているやつの事ですか? どういう意味かは知りませんけど』

「いや、ナーフに限った話じゃないが、どさくさに紛れて更新するみたいな」


 システム的な部分が露出しているからそう見えるだけで、巨大なインパクトを前面に押し出して陽動にするのはどこでも見られる手法だ。値段交渉の取っ掛かりに極端な金額を出すようなものである。

 今回の件について、運営の意図が読めない。大陸浮上なんて、こんな時期じゃなければ十分過ぎるほどに大ニュースなのに、そのインパクトを利用しようとしていない。逆に衝撃に衝撃を重ねて畳みかけるには弱い。狙いが世界の混乱ならもっと別な時期に、あるいは順番を変えてくるべきだろう。

 あの悪辣な運営にそんな事を理解できないとは思えない。あるいは正反対の理由……世界全体の混乱を調整したとでもいうのなら分からなくもないが、それはそれで意図が見えない。


『今のところ、どちらの大陸も動きはありません。怪人100%のエリアなので中がどうなっているかは分かりませんが、すくなくとも沿岸から覗いた限りでは』

「前みたいに外から見える光景が別物だったりとか?」

『いえ、障壁自体がないようで、ハワイ担当のヒーローハワイダーをはじめ、何人かは境界と思われるエリアに踏み込んでいます。すぐに引き返したようですが』


 くそ、むしろハワイダーのインパクトが強過ぎる。今は一切関係ないのに、一体どういう意図で付けた名前なのか気になって仕方ない。まさか、顔の真ん中で色が分かれてたりするんだろうか。


『つまり、どちらも軌道エレベーターらしきものは存在していないという事になります。巨大建造物はあるようですが』

「位置的には、よっぼどムー大陸のほうが軌道エレベーターには向いてるんだがな」

『アトランティスのアレって仕組み的には軌道エレベーターでもなんでもないですし、気にしてないんじゃないですか?』


 地球の自転がどうとか、衛星軌道までの距離がどうとか、そういう仕組みを無視してただの直立する塔を建てたのがアトランティスにあったバベルの塔だ。中に衛星軌道まで行くエレベーターがあったから軌道エレベーターと言えなくもないが、本来の意味では間違っている。……いや、本来の意味では合っているのか?


『それぞれ役割が違うって事ですかね? 三つの存在が役割を分担って良くある話ですし』

「どうだろうな」


 突然大陸なんて大物を出現させられるんだ。一瞬で軌道エレベーターを建設しましたなんて事があってもおかしくはない。……まあ、すでに謎の建築物がある以上、大方はミナミの言うように役割が違うんじゃないかと思うが。それに、この三つで終わりという保証もない。ここまでの流れを考えるなら、もっと色々増えると考えるほうが無難だろう。


『目視できる限りでは、直上に静止軌道衛星のような構造物もありません。何かあるとすれば地下が怪しいですが』

「地下となると確認は……容易じゃないな」


 ただでさえ、ムー大陸は広い。北大西洋とインド洋に無理やり詰め込みました的な印象を受けるアトランティスやレムリアと違って、巨大な空白地帯に出現したムー大陸は倍くらいあるんじゃないかってくらいでかいのだ。当然オーストラリアよりも遥かにでかいし、ハワイなんか比較にもならない。いつかの南スーダンのように横断するだけなら楽勝でも、そこの調査をするとなると容易ではないだろう。


『偵察に行ったりします? 移動時間や内部での活動時間を考慮しても、特に問題ないと思いますけど』

「…………行かない」


 スケジュール的にはなんの問題もない。障壁がないなら物理的にも問題はない。地球のほぼ反対側のアトランティスだって、太平洋から数秒で移動できるのだから、この際地球上であればどこだって制約はない。

 だが、それで単純に俺が乗り込んでどうこうという話にもならない。この際、戦力的な問題は無視するにしても、即帰還ができない場所へ向かうには調査という行動は時間が取られ過ぎるからだ。南スーダンを縦断した時のようにはいかない。

 俺が調査に行っている間、留守を任せられる奴はいないし、担当外のヒーローに任せていいはずもない。世界のヒーロー勢力のどこに頼んでも留守役は受けてくれるだろうが、それは情報や実績が欲しいのではなく単にマスカレイドとの関係性を重視しているだけだ。すべてをかなぐり捨てれば強行できなくもないが、それをするにはメリットが薄い……というか読めない。

 加えて、イベントの時とは違って、今吶喊すれば確実に支配率の変動が起きる。南スーダンのようにそれだけで何があるというわけでもないだろうが、この局面で変な展開を誘発したくはない。

 これが、調査以外の目的があるならまた別なんだがな。軌道エレベーターが建ってたらとりあえず壊しに行くし。見えているという大型建造物も囮の可能性は高い。今のところは静観が無難だろう。


『色々後手に回ってる感はありますけど、なにか動きますか? 当面は静観するにしても、大雑把でも方針なんかがあれば……』

「うーん……」

『何か気になる事でも?』

「いや……そういうわけじゃないんだが、ちょっと通信切っていいか。一人で整理したい」

『うぇっ? え、ええ、はい……』


 考えがまとまったらこっちから連絡するって形で一旦ミナミとの通信を切る。考えがまとまらないところにミナミの声が混ざってノイズになりそうだったからだ。

 とはいえ、別に複雑な話でもない。資料と照らし合わせて脳内シミュレーションする必要はあるが、せいぜい数分程度でまとまるだろう。大体の答えは出ているのだから。

 ベッドに横になりながら天井を見つめて考えにふける事数分。結論はやはり変わらなかった。


「おーいミナミー、考えまとまったぞー」

『え、ぇえええーーーっ!! ちょ、ちょっと待ってっ! 早過ぎませんっ!?』

「ちょっとって言ったがな」

『そ、そんな事言っても……意味深過ぎて』


 改めて通信を開いたら、その向こうにミナミの姿はなく、バタバタと慌ただしい音だけが聞こえていた。着替えてたのか?


『ど、どうも……』

「なんでスク水やねん」


 しばらくしておずおずと現れたミナミは何故かスク水姿だった。しかも、多分ミナミ・ボディを収めるために作られたという特注品だ。それが存在している事は知っているが、着替えにしてもスク水はおかしいだろ。

 目の保養にはなるが、急展開過ぎて混乱のほうが大きい。シリアスな展開で女キャラクターが不自然にエロいやられポーズで倒れてる場面を見たような感じだ。


『い、いいじゃないですか! 落ち込んでやる気なくなってそうなマスカレイドさんのために一肌脱ごうと画策しようとしてたら、画策する前に戻って来ちゃったというか。DSKBなマスカレイドさんならこういうので元気出るかもとか、と、とにかく色々な思惑が交叉してしまった結果なんですっ!』

「別に落ち込んでないんだが……いや、落ち込んでるから、それならもうちょっとカメラを下に……ええい、机が邪魔だ!」

『も、もー、いいですからっ! なしっ! 着替えてくるんで、ちょっと待ってて下さいっ!』

「色々考えた結果なんだが、実は……」

『強引にこのまま話進めようとしてきやがった……』


 このまま進めたほうが視界的に嬉しいというのは確かなのだ。普通のスク水では有り得ない胸部構造を確認したかったところではあるが、そこは妥協しよう。


「色々考えた結果だが、今のこの状況、ほとんどは既定路線じゃねーかなと思うんだよ」

『……は?』

「運営的には元々この図面が用意されてて、基本的にその展開になっているというか。少なくとも世界規模の戦略面では逸脱していないと思う」

『つまり、マスカレイドさんが色々やった結果は強引に修正されて、元の路線に修正されたと? それだと、何やってもムダって事になりません?』

「いや、そうじゃなくてだな……多少はその面もあるかもしれないが、全体からしてみれば本当に多少だろうな」


 ヒーローが何しても世界秩序は崩壊し、怪人の天国になりますっていうならさすがに大問題だが、多分そうじゃない。ミナミの言うように、マスカレイドの影響は確かにあって、それが今の世界というのも間違いではないだろう。


「マスカレイドとミナミ、ついでにかみさまも含めてもいいと思うが、俺たちはどう考えても本来の構図から見ればイレギュラーな存在だ」

『ま、まあ、バグとか言われてるくらいですしね。じゃないと、日本だけ怪人の人的被害ゼロなんて有り得ませんし』


 文字通り桁が違うからな。RPGの序盤などでお助け役として一時加入するような強キャラとかそんなレベルではない。


「じゃあ、俺たちがいない場合……他の国のように普通のヒーローが任命された場合、どうなるかの展開を想像してみるといい。……ああ、任命時期も普通にして」

『普通のヒーローが十人いた場合って事ですか? となると、私もいない想定ですよね』

「担当神もかみさまじゃない想定でいいぞ」


 言ってみれば、かみさまがサボタージュしなかった場合の展開だ。


「ちょっと考えれば分かるだろうが、たとえ俺たちがいなくとも、大雑把には世界の構造は今の形になるはずだ」

『そ、そうでしょうか? マスカレイドさんがいたからこそ発生したイベントは結構多いような……』

「マスカレイドさんがやる事は派手だから目が曇りがちだが、戦略を覆すほどの動きではないって事だ」


 マスカレイドは強い。異常とはっきり言える強さだ。だから、戦闘では負けない。容易に戦闘で戦術を覆せるし、これまでもそれはやってきた。しかし、さすがに戦闘で戦略を覆せるほどではない。

 まったく影響がないというわけではなく、戦略規模で見てもいくつかは影響が見られる。マスカレイドがいなければ日本にだって被害はあっただろうし、世界が混乱する中、こんなに呑気に過ごす事はできなかっただろう。それは間違いない。……しかし、それは運営の大戦略を覆し、修正させるほどのものではないという事だ。全体を俯瞰してみれば大した差はないという結果が生まれる。

 実際、細かい局面は置いておくにしても、大雑把な方向性としては推測の範疇ではあるのだ。想定外なのは展開速度である。


 現在進行形で担当エリアである日本の被害を抑えている。人的被害に至ってはゼロだ。

 爆弾怪人の被害を着弾含めて完全に防いだ。

 国内限定だが、ヒーローが無条件で人類の味方でない事を周知させた。日本政府や大部分のマスコミ、ネット上の声はおおむねコントロールできている。

 アトランティスのエリア開放をほぼゼロにし、バベルの塔を破壊した。拉致被害者をすべて救出できたのにも関与していると言っていいだろう。

 怪人に根源的な恐怖を与え、行動を制限している。


 俺がやったのは戦略的に見ればこれくらいでしかない。色々やってるように見えるのは、視点がまだミクロだからだ。ほとんどが日本という島国内で行われた事なのだから、当然マクロな視点では大したインパクトはない。むしろ、世界規模の視点で見れば、キャップマンのほうが影響力は強いんじゃないかとさえ思える。


「一応、俺の行動をトリガーとして運営が強引に介入してきたと思われるケースはある。爆弾怪人の時の東京への攻撃は、さすがに不自然だからな。ただ、それくらいだ」


 アレを最初から予定していましたというのは、ちょっと日本への解像度が高過ぎる。


「俺が運営ならマスカレイドは強制的にナーフ対象だ。システム的にそれができないのだとしても、なんらかの形で行動を阻害するのが普通だろう。なのにそれがない」

『マスカレイド安全基準法というモノがありますが』

「意味があるのかないのか分からない、とりあえず表面上は取り繕いました的なルールじゃさすがにな」


 一応、マスカレイドという個が運営を動かしてはいるが、影響なんてないに等しいだろう。やるなら、マスカレイドの出撃回数制限とかそっちの方面じゃないだろうか。


「つまり、運営としてはマスカレイドの行動は既定路線の範疇にあると判断してるんだろうな」

『個として見れば異常であっても、露骨に介入するほどでもないと?』

「ああ。それに、問題のある個って意味じゃお前も相当だと思うぞ。アトランティスでやらかした事は、運営の定めたルールに直接介入しているのに等しい」

『アレは三流の幹部が作ったシステムが穴だらけだったのでつい』


 そんな事が言えるのは、世界広しと言えどお前くらいである。

 MMORPGでたとえるなら、新規イベントとその舞台を追加したら、その舞台を専用ギミックごと乗っ取られたようなものだ。こんなもの、普通ならロールバックされて無期延期でもおかしくはない。だが、実際のところミナミへの直接的な介入はない。


『とはいえ現実として世界はこうも混乱してるわけで、ここら辺も既定路線って事なんですかね?』

「多分な。今現在、世界で炎上している問題のほとんどは元々燻っていたものばかりだ。怪人の影響がないとは言わないし、それが直接的に影響した問題も相当数あるだろうが……」

『主に人間やヒーローが対応を間違った結果がコレと?』

「そういう事だな」


 体制として未熟だったり多く問題を抱えたところもあったろうが、それでも完全にどうしようもなかったケースは少ないと思う。人間だけでは対処不能な問題でも協調できていれば、あるいはヒーローだけでも適切な行動をしていれば被害を防げたケースは山ほどある。完全に防げなくとも、今より被害を抑えられたケースだってあるだろう。

 理想的なケースがマスカレイドという巨大な個が強引に行動した日本であり、遠いながらもその方向性が見えるのがキャップ率いるアメリカだ。今現在、秩序が崩壊しているエリアは、言っちゃなんだが現地政府かヒーロー、あるいはその両方の立ち回りが下手だったという事だ。辛辣だが、なるべくして崩壊したようにしか見えない。


「そして、混乱して大きな被害が出てるのも人間社会だけ。例の三竦みの構造で今の局面を分析してみると、別にヒーローは劣勢でもなんでもない。相変わらず戦力的には優位なままだ」

『まあ、確かに。死亡者がいたり担当が全滅したようなエリアがあっても、全体として見れば誤差みたいなものですしね。エリアが生き残ってればヒーローを補充するシステムも導入されたわけですし』

「怪人を相手にする傍らで、内向けの権力闘争に力を割けるくらいには余裕があるしな。お隣さん見てみろよ、まとまりがないにもほどがあるぞ」

『まあ、元来そういう土地ですし』


 俺が引き籠もりの片手間にヒーローやってるから違和感はあるが、他のヒーローだって全力にはほど遠いだろう。

 現時点でさえ、表社会の基盤をすべて投げ捨ててヒーローやってますなんて奴はほとんどいないのが実状だ。企業に属しながら、家庭に縛られながら、友人と談笑しながら裏でヒーロー活動をしているのが大多数だ。ただ唐突に任命されただけのヒーローにそこまでする責任がないといえばそれまでだが、俺にはもっと責任がない。

 人間もヒーローも、明確な外敵がいるのに内ゲバやれてる時点で全力とは言い難い。苦境だろうが内ゲバするのが人間ってもんだが、それはそれとしてだ。同じエリアの担当ヒーロー同士で争ってたら、そりゃ怪人被害だって増加して当然である。


「なまじ俺たちが最適行動をしているから勘違いしそうになるが、余力があろうが他にそれができるとは限らないし、強要もできないって事だな」

『それにしてはキャップマンはしんどそうですが』

「アメリカのヒーロー勢力だけでなく、アメリカ合衆国全体を背負っているからそうなる。それに加えて国内外のバランス調整までこなそうとするからな」


 彼の立ち回りは、表面上だけ見れば最適解だ。しかし負担が度外視されていて、自分の周囲にもそれを強要してしまっている。完全にキャパオーバーだ。


「放っておいたら自滅まっしぐらだし、そうなる前に干渉する必要はあるだろうが……」

『だろうが?』

「……まあ、多分そろそろ気付く頃じゃねーかな」


 キャップ個人のスペックは非常に高い。周りでサポートしているのも、普通なら規格外といえるような人材ばかりだ。だから、すぐに最適化してくるはずだ。


 そんな俺の予想通り、東海岸同盟からではなく色々吹っ切れてしまったキャップマン本人から直接のコンタクトがあったのは翌日の事だった。




『エネルギーボトルの件だが、購入できる限界まで枠を増やしたい。値引きよりも量を重視で』

『予定してた当初の値引き率でも、そっちのポイント財政がパンクすると思うが』

『…………あまりの事に頭が冷えた。君はどれだけ無茶苦茶なんだ。分かった、きちんと必要な量は精査するから検討を頼む』

『おかのした』




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『インからは苦情が来てるんですが』

「そりゃそうだって感じだが、ちゃんと対策は考えてるから」


 その直接協議の結果、作業量が爆発的に増加した事で、サーバーからボトルへの移し替えと梱包を担当していたメイド三号がパンクした。

 向こうさんの必要量を用意するには今の環境で無理がある事は容易に分かる事で、それ以前の段階から自動化の予定は立てていたのだが、キャップが吹っ切れた事で更にそれが上乗せされたわけだ。

 結局、今の出荷態勢を維持するのは自動化しても非効率という事で、もっとお互い楽な供給態勢を整える事となった。インの梱包・出荷経験は活かされる事なく、一時的な苦行と化した。


「数日中には新環境を用意するし、作業の遅延があっても別段問題はないから適当にやれって言っておいてくれ」

『それはそれとして、プラタとアルジェントにもこの不毛な苦行を味わわせたいと』

「それは知らん」


 というか、内輪の罰ゲームで決めた事なんだから、自分たちで解決しろと言いたい。完全な運ならともかく、格ゲーなら練習すれば勝てる。

 それは知らんが、新しい出荷体制は現時点でもほぼほぼ完成形が見えている。ウチへの負担が最も軽くなるプランで、環境を東海岸同盟側に構築中だ。

 俺がエネルギーサーバーにヒーローパワーを貯め込んで、そこから個別のボトルに入れて出荷するという流れはそのままだが、このサーバーの設置場所を共同で用意し、以降の作業を行う人員や場所はすべて向こうで負担するという形だ。初期費用こそ大きいものの、これならば俺が定期的にサーバーへパワーを注入するだけで済むし、人件費の上乗せも不要だ。ボトルなどへの詰め替えや梱包は人間でもできるのだから、大量に人員を抱えている東海岸同盟でやったほうが遥かに効率的だろう。とはいえ、このエネルギーボトルの大量生産は極秘裏に行われるものだから、作業員はかなり厳選しないといけない。


「サーバーへの注入も、俺がやれば数分で済むしな。楽な環境になったもんだ」


 尚、それができる奴は他にいない。


『向こうが用意したのは最大規模のサーバー数十基なんですけどね』

「大量生産大好きなアメリカらしい現場だな」


 この環境なら、今現在カタログで購入可能な施設では俺の作業量は大して変化しない。サーバーの容量がでかくても注入時間に大差はないし、俺の負担も極小だからだ。

 適宜注入できるようにサーバーの残存量はリアルタイムで監視しているものの、これだけの量を使い切るのは一基分だけでも相当な時間がかかるだろう。それが単なるボトルへの移し替えだけだとしても。

 最終的にはこの部屋にいながらにして直接サーバーへ注入するシステムも作りたいところだが、それは今後の課題だ。


「とはいえ、これでヒーロー周りの問題はかなり解消できるはずだ。東海岸同盟限定でも、パワー不足が解消して強引に行動できるようになったのは大きい」

『ええ、供給開始してから数日なので見える結果は多くないですが、すでに影響は出ているかと。テストなのか東海岸同盟の幹部が多く出撃していて、その戦績のすべてに余裕があるように見えます』

「余力を考えて使用を控えてた必殺技が打ち放題なら、そりゃ楽になるだろうな」


 戦闘中にボトルを使って即回復なんて事はできないが、戦闘後に完全回復できるのなら全力で戦闘ができる。個々のヒーローパワー変換処理を考慮しても、次の出撃まで回復しないって事はまずないはずだ。

 まだ東海岸同盟限定、それも幹部のみの結果に過ぎないが、目聡い奴ならこの結果に注目する。そうして周知されていけばヒーローが対怪人戦で窮地に陥るような事態はかなり減少するだろう。怪人側から悲鳴が聞こえてくるくらい戦況は改善するんじゃないだろうか。

 懸念があるとすればリソース管理の経験が積み難くなる事だが、余力で一回でも多く出撃したほうが結果的に成長すると思う。


「細かい修正は必要としても、ヒーロー側のテコ入れはこれで十分かな」

『個人的には、マスカレイド印のエネルギーボトルが悪用されないかは気になりますが』

「最初から対策はしてるし、キャップ側でも対応はするんだろうが、完全な対策はぶっちゃけ不可能だ。ある程度の悪用は仕方ないと割り切るしかない」


 一番容易に思いつくのは転売だ。東海岸同盟から見て販売するのに相応しくない相手でも、第三者が割高に供給するのはまず避けられない。今のように供給を制限しているならともかく、最終的にはかなり広い範囲でバラ撒かれるのだから。

 もう一つはマテリアル変換。先日、長谷川さんに説明したように、専用の設備さえあればヒーローパワーは異なる物質への変換が可能になる。一応、ボトルへ移し替えする際に直接マテリアル変換できないよう制限はかけているが、一旦別のサーバーに移し替えたりすれば容易に突破できてしまうものでしかない。

 移し替えの度に変換効率が下がって目減りするデメリットがあっても、そもそもヒーローパワーの供給がコレ以外にない状況ではそういった用途で使う者も出てくるだろう。破格で供給する予定だから尚更だ。

 別にマテリアル変換自体が悪いわけではない。それがヒーローとしての活動に必要だったり、個人での使用に留まるなら勝手にしてくれとも思う。だが、物質変換可能という事は人間、あるいは怪人にもメリットが供給される可能性が生まれるのだ。悪用方法なんて山ほど思いつく。


「キャップ側でもこの問題は認識しているわけだから、供給を差配する過程で対策はできるだろうが、限界はあるだろうな」

『権力者がヒーローを拘束して物品を作るタンクにする事だって考えられるわけですからね。それを考慮するなら、ボトルを悪用されるほうがマシって事になるかもしれません』

「難しいだろうが、ないとは言えないからな」


 実際、南スーダンでは人間によってヒーローが殺されて、最終的には全滅まで行き着いている。ヒーローの人間としての面を利用できるなら、決して不可能ではないだろう。

 効率を無視すれば大抵のモノを作れてしまうのも問題だ。カタログにはその手の変換設備が山ほどあるのだから。一部制限があるとはいえ、これはエリアカタログでも例外ではない。

 むしろ、ある程度でも供給がコントロール可能なだけマシと考えるべきか。


『というわけで、問題はマスカレイドさんを切り売りして儲けた金を何に使うかですね』

「言い方はともかく、想定以上の額になっちまったからな。あくまでサーバーに注入した分じゃなく、ボトルに移し替えた量の換算なのに」

『量が多いんで、そりゃそうなるでしょうとしか』


 以前から分かっていた事だが、ヒーローポイントというのは直接のやり取りができない。あくまでポイントは個々で管理されるもので、これは担当神やオペレーターも同様だ。

 チーム名義で購入する施設やサービスはどうするのかといえば、個別にチーム用の口座のようなものがあって、そこにストックするという形になるらしい。この口座はポイントを引き落とす事はできず、チーム用の購入にしか使えない。

 では、今回のようなケースはどうするのかといえば、基本的には物々交換だ。名義を定めない物品をやり取りする事で料金を支払う事となる。契約にあたり一応米ドルや円などの貨幣や電子マネー、その他にも価値の認められるものを対象とする事が可能な条件にはしてあるが、基本的にはカタログで購入したものを受け取る形になるだろう。

 ただ、東海岸同盟やキャップマン名義で良ければランニングコストが発生する施設などを借りてもいいとの事だったので、会議室などは借りるかもしれない。


「元は緊急避難用の施設を造るのが目的だったんだけどな」


 空間的に隔離されたパーフェクト・シェルターだ。現在も部屋単位では確保しているが、これを集落規模で用意して、いざという時に関係者が避難可能な場所にするという目的である。

 最初の構想では、空間は俺が用意した上でボトルの料金は備蓄として各種資源や食料などに使う予定だったのだが、いきなり売上が跳ねたので使い道に困ってしまっている状況なのだ。

 このままだと、シェルターどころか街が作れてしまう。しかも、外部に依存しない完全に自律した居住システムだ。


『とりあえず、居住テストとしてクリスさんを管理人として置く予定です。とうとう高校も休学という名の実質退学になったようなので、身を隠すのにも最適でしょう。この世界情勢なら余計なカバーストーリーも必要ないですし』

「……やっぱり、社会復帰は難しそうか?」

『妹さんたちへの聞き込みだけじゃなくこちらでも裏をとりましたが、かなり厳しいですね。家族丸ごと雇い入れて社会から隔離する方向が無難かと』


 ある意味どうしようもない事とはいえ、完全な被害者だよな。せめてできるだけいい暮らしできるようにしてやろう。


『彼女次第ではありますが、一応管理人以外の構想もあります』

「何かあるのか?」

『ええ、企画段階で詳細はほとんど決まってない話ではあるんですが、実は近藤さんから政府直轄のヒーロー……いえ、マスカレイド広報機関を作ってはどうかという提案が』

「……ほう」


 一瞬、何言ってんだって印象を受けたが、悪くないかもしれない。

 こうして近藤さんから提案が出てくる時点で、ある程度の道筋は構想済、障害はあっても不可能ではないという算段だろう。……思った以上にやるな。


「公式なヒーローの一次情報を発信する場って事か」

『はい。下手に政府の正式発表のみを一次ソースとした場合、メディアやSNSのコントロールが効かないので、ある程度こちらで制御しましょうって話です。完全に表に出ないまでも、ヒーロー公認というお墨付きがあれば牽制になります』


 何も公式な発表がなく、憶測や妄想だけで話を始めてそれを真実であるかのように扱う連中はいる。意図的なものだと最悪だが、無意識でそれをやっている人も多い。文章の行間を読むのではなく作る癖は、それはそれでタチが悪いものだ。

 しかし、最低限公式な一次ソースはそこにあって、それを転載するくらいなら自由にどうぞって話にできれば、そういう動きは起こり難い。それでも編集・改変して都合の良い形にする連中はいるだろうが、それをやった場合の警告はすでにしてあると。


「慎重に進める必要はあるだろうが、構想としては悪くないな」

『そこで将来的に、広報役としてクリスさんを抜擢できないかなーと』

「……クリス次第だが、どうなんだろうな。そういう適性があるのか分からないし、正直メンタル的にしんどいような気もするんだが」


 少なくとも俺にはできる気がしない。


『なので、こちらも意思確認をした上で慎重にという話になります。実際、あのイベントで直接ヒーローに助けられたっていう立場は広報として完璧なんですよね』


 分からない話じゃない。シェルターの管理人だけで家族全員暮らせる程度の保証はするつもりだが、それでもっていうなら検討の余地はあるだろう。その場合、管理人は両親に任せてもいいし。


「ただ、その場合……いや、管理人になってもらう段階でもある程度の情報開示は必要だよな。最低でも長谷川さんくらいの情報レベルでは」

『長谷川さんを広報機関に組み込むなら本当に最低限レベルで済ませる事も可能ですが、場合によっては正体バレするのも検討ですね。あくまで構想段階なので、具体的な組織構造は別途になりますし』

「あいつのポンコツ具合を知ってると、最低限がいいかなって思うんだよな」


 別に意地悪で言っているわけではなく、知れば知るほど危険になるのがヒーロー周りだ。それで未だに長谷川さんは俺の正体どころかミナミと会った事すらない状態が続いているわけだ。これまでだったら極力情報は非公開でも良かったんだが、さじ加減は難しいところだ。




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 裏で色々しても表面上は静かな感じで、年内の活動予定が組み上がる。マスカレイドは引き籠もったまま表舞台に出る事はないが、それが可能な体制作りは進行中だ。

 相変わらず出現する怪人を秒殺するだけで、俺のヒーロー活動自体は特筆する事はない。日々恐怖を煽るための工夫を考えるがマンネリ化が感じられて、何かしらブレイクスルーが必要かなと思うくらいだ。無駄だと判断されているのか、プレリリース以降戦闘員も見かけない。

 ハロウィンやクリスマスなどの記念日に合わせて大規模イベントが発生する事も懸念していたが、特に何もなく年末を迎えようとしている。

 とはいえ、大陸の追加や世界で起きている問題を考えるなら大規模イベントが常に発生しているようなものでもあった。

 激動の時代が始まろうとしている。これまでの歴史から見れば色々あり過ぎてすでに始まってるんじゃないかって言われそうだが、俺の推測ではまだまだ序の口だろう。この動きは来年以降本格化……いや、更に加速すると思われる。


 九月にキャップマンが吹っ切れて以降、東海岸同盟を中心としてヒーロー周りの環境は劇的に改善した。アメリカ国内の一部低人口エリアを侵攻していた怪人勢力も留まるどころか押し返し、とりあえず北米から怪人危機は去った。

 そんな北米ほどではないが、戦績が改善した地域は多い。

 一時期麻薬カルテルなどの犯罪組織が台頭し、最悪は俺が介入する必要さえ感じていた南米だが、バックにいた怪人の排除には成功したらしい。裏では大作映画が何本も作れるくらい激しい戦いがあったようだが、詳細までは把握していない。

 経過についてはせいぜいが表面上の事くらいで、重要なのは結果……いくつか新しい国家が誕生したという事実のほうが重大だろう。大雑把に言ってしまえば、反社会勢力を排除したヒーローを含む新勢力が、改善もできなかった旧体制を信用できないと合流を拒んだ事で新国家が誕生したというのが経緯だ。多くはないが、すでにいくつかの国家は正式に国交まで締結し、むしろ旧国家のほうが斜陽に陥りそうな状況である。

 一応でも解決の形を示した南米とは異なり、海を挟んだ向かいのアフリカはボロボロだ。特にバックボーンからの支援を失ったのが大きいのか、人類、怪人、ヒーロー問わず混乱が続いている。特に内陸部では何が起きているのか正確に把握する事すら困難で、確認されている以上に国家機能を喪失したところも多いだろうと言われているくらいだ。年末時点で完全な怪人支配エリアとなったのは南スーダンから侵攻を受けたスーダン共和国のみだが、支配率を見る限り陥落の危険があるエリアは多数。現地に近付く事すら危険なので、カルロスも情報収集できない有様らしい。

 元々火種だらけで内戦待ったなしだったインド亜大陸は、至近距離にレムリア大陸が出現し、怪人侵攻の最前線に置かれた事で逆に人類側は沈静化した。それなりに規模の大きいヒーローチームがいるので、影で彼らが活躍した結果なのかもしれない。

 一方で、中国は分裂の危機を迎えている。未だ内戦と呼べる規模ではないが、南部に独立の気配があり、実際にその傾向も確認できた。その影で細かく分裂し争っていたヒーローチームの勢力図はある程度定着し、勢力が固まってきたらしい。腕力で従えてるようなものなので、何かあれば反逆されそうな気はするものの、そこら辺も折り込み済だろう。なんせ、歴史的に慣れてる。

 中国は南北どちらも共産勢力だが、ロシアは若い世代を中心として反共産主義が分離独立しようという動きがあるらしい。今のところ大きな動きはないが、近い内にシベリア共和国なんかができたりするのかもしれない。逆方向かもしれんが。

 早々に独立を表明した北アイルランド地域はすでに鎮圧された。ただ、かなり強引な手順で現地の意識を半ば無視したやり方だったために反感を買っている。アイルランドの対英感情は元々悪いので大して変わらないという意見もあるが、悪化したのには変わりない。それと連鎖したのか、あるいは関係ないのか、現地最大のヒーローチームラウンズは崩壊一歩手前だ。ひょっとしたら内輪揉めの結果かもしれないが、外圧の影響という事にしてあげてほしい。

 それ以外の国家も蚊帳の外というわけではない。大国に動きがあれば問答無用で周囲の国家も影響を受けるのが必然で、次第に大きな波に飲まれていく事が懸念される。


 また、ヒーロー補充のシステムを利用して、俺よりも新しいヒーローも誕生したらしい。人間ではなくバイオロイドとアンドロイドがそれぞれ一体で今後の活躍が期待される。実際に活躍するようなら、後追いで補充するエリアも出てくるだろう。ルール上、一枠から変化の可能性すらない日本にはあまり関係ない話だが。


 その日本国内の動向はといえば、こちらも相当に激動だ。

 まず、俺が東海岸同盟から得た売上を使い、空港や港など外部との接続ポイントを中心に< 怪人パターン感知器 >を導入してもらった。これは怪人が一定距離に近付くと遠隔で信号を送信してくれる設備なのだが、機能追加すると怪人パワーによる洗脳などの影響まで感知する事ができるのだ。

 怪人相手なら出現直後に俺が出て秒殺すればいいが、洗脳などで影響を受けた人間相手ではその手はとれない。その穴を埋めるための対策である。

 ただ、怪人パワー由来の影響を感知するものなので、完璧に侵入を防げるわけではない。脅迫されて従っていたり、自発的に行動しているような者は当然感知に引っ掛かるわけはないし、国内での活動も制限できない。現時点ですで複数検知した実績があるものの、やらないよりはマシという程度に考えておくのが無難だろう。むしろ、政府が導入を大々的に宣言した事で予防的な効果が働くほうが大きいかもしれない。一応、支持率も上がったらしいし。

 ちなみに、宣伝としておおっぴらに設置している感知器のほとんどはダミーである。本物は隠して使用しているので、盗まれても安心だ。


 近藤さんから提案されたヒーロー広報機関についてはまだ設立には至っていないものの、発表はされて、一部事前に活動を開始している状態だ。

 人員は官僚や大手マスコミからスライドして来た者がほとんどになるが、さすがにただの天下り先にするわけにはいかないのでチェックは厳しくしてもらっている。ミナミの調査も入るので誤魔化せないのは分かっているし、俺へ悪印象を与えるわけにもいかないので、今のところは正常に立ち上げができそうな雰囲気だ。

 立ち上げ前の準備段階である今は、簡易な情報発信でメディアとの兼ね合いを探るのが主な業務になるだろうか。これまでに公開された事のないマスカレイドの戦闘映像を問題のない程度に編集した動画を発信したり、勝手に販売されていたマスカレイドグッズの差し止めや認可を行ったり、一部公式グッズを販売したりもしている。


「いや、なんでグッズやねん」

『まあまあ、当然コレにも意味はあります。私が欲しいわけでは決して……』


 ふと我に返ってミナミに突っ込んだりもしたが、これも意味のある事だと説明された。いや、お前の需要はこの際どうでもいいんだが。


『最大の目的はマスカレイドさんの神格化の緩和です』

「むしろ偶像化が進むような気がするんだが」


 世の中には主の姿を描く事自体を禁止している宗教すらあるくらいだぞ。フィギュアを神棚に祀る奴が出てきたらどうするつもりだ。


『知名度向上も含めて、そこら辺はある程度飲み込む必要があります。広報機関設立の目的でもありますが、何も情報がない状態では変にイメージが構築されて固定化されるので、能動的に活動して有名な芸能人程度に留めようという話ですね。スターを神と評価する人たちがいても、実際に神格として崇めてる人はまずいませんし』

「……まあ、理解できなくは……ないかな、うん」


 理解できなくもないのが困った話だ。バージョン2が予告された際に、名声値の絡みからグッズ販売の可能性を考えたりもしたが、まさかそれとは違う形で公式グッズ化される事になるとは思わなかった。

 勝手に変なものを売られてイメージ悪化に繋がったりする可能性もあるから、公式で出せるならそのほうがいいのか。採算度外視だから基本的に安価に抑えられるし、一応広報機関の利益にも繋がる。


『今後のラインナップの充実は図りたいところですね』

「ほどほどにな」


 現在、先行して実際に販売されているモノはそれほど多彩ではない。以前から類似品が売られていた銀タイツなどのコスチュームや、アクションフィギュアなどがメインだ。

 ついでに著作権や肖像権などを無視できる怪人のフィギュアも販売しているので、それらを使ってブンドドできたりもする。カタログで導入した設備を使ってウチが直接生産しているものなので出来も悪くない。というか、値段を考慮すれば破格の出来だろう。


「こうして並べてみるとコレクター魂が刺激されるんだよな」


 俺の前にはそのアクションフィギュアが全種類飾られている。販売するつもりはないがテストとして作ったキャップマンや、無関係の怪人のものも含めてだ。

 立体化するとますます著作権的に問題のありそうなキャップマンはともかくとして、こうして並べてみると日本とそれ以外の方向性の違いが際立つな。なんというか、国ごとに特徴が出ているのがはっきり分かってしまう。日本はヒーロー含めて超だせえ。

 そして、それらと並んで異色なフィギュアが一つ。……いや、ドヤ顔で居座ってるABマンではなく、その隣だ。


「それで……あいつ、マジで承諾したの?」

『本人はやる気マンマンみたいですよ。事前調査では、芸能界などにはほとんど興味なかったはずですが、マスカレイドさんの役に立つならって事で』


 そこには立体化されたクリスのフィギュアが飾られている。広告機関の宣伝担当として就任が決まったので、先行して作られたものだ。仮デザインではあるが専用の制服を着用したもので、本人も承諾済のグッズである。本人の意思とはいえ、誘拐から始まり休学、そしてコレと、いよいよ引き返せないところまで来てしまった感があるな。

 書類上では色々情報をもらっているが、正直いちいち知っているクリスとイメージが噛み合っていない気がするのが引っ掛かる。しばらくしたら直接顔合わせくらいはする予定だが、ちょっと不安になるくらい。


『あのやる気も理解できなくはないんですよね。方向性としては私と同じで、マスカレイドさんに救われているわけですし』

「そんなもんだろうか」


 長谷川さんも似たようなもんか。俺としては恩を感じるまでなら分からなくもないが、人生を賭けてまでっていうのはちょっと理解し難い。本人が望んでいて、メリット・デメリットで見れば極端でも一応釣り合っているように見えるから止めるほどではないが。

 一体、どっちが人間として特異なんだろうな。




-4-




「馬鹿兄貴の正体を知ってる妹としては、ちょっと判断に困るかな。他人だったら、ひょっとしたらそういう事もあるかもって感じるけど」


 妹にクリスのフィギュアを見せながら聞いてみたら、そんな回答が返ってきた。やはり身内だと正確な判断はできんか。

 こらこら、パンツ覗くんじゃありません。


「これまでの経緯を含めて、非日常に酔ってるって事は?」

「ないとは言えないけど、誘拐されてから結構経つし、本人的にはもうそれが普通になってるのかも。……ただまあ、友人代表としてはいい傾向かなって思うかも」

「具体的には?」

「精神的に自立した。根本的なところはやっぱりクリスなんだけど、意識が違うというか大人になったというか……うん、高校受験の時みたいな集中した状態が続いてる感じ。目標ができたからかな?」


 人間的に成長したとか、そんな評価を下されたら、それでいいかって気になってしまう。


「たとえばだが、単に例の避難所の管理人として働いてもらうだけだったらどうなると思う?」

「別にどうとも。単純に元のクリスのままじゃないかな? ただ、今みたいな元気は出ないと思う」

「元気なのか?」

「うん」


 ……そうか。じゃあ、まあいいか。特異な仕事とはいえ、別に変な事をやってもらうわけでもないんだから。


「それより、私もその広報機関に就職できないかな?」

「俺としては関わりのある場所にいてくれたほうが気は休まるが、進学はしないのか?」


 明日香が今通っている学校は進学校だ。詳しい割合は知らんが、基本的には大半が大学進学する環境とは聞いている。


「一応まだ視野には入れてるけど、正直四年後に今の世界が原型留めてる気がしなくて。元々、明確な目標がなかったから進学って認識だったし、それならもう就職もアリかなって。それとも、やっぱりハードル高いとか?」

「いや、この際いくらでも捩じ込めるけどな。俺が手を回さなくてもクリスの友人ってだけで下駄は履かせられるし……ああ、母ちゃんたちへの説明もそれでなんとかなるのか」

「多分。政府直轄なら就職先としても真っ当ではあるし、クリスが心配だからって理由で納得すると思う」


 俺の関係者って線を表に出すのはNGだが、それ以外にも理由は付けられるなら問題はない。広報の顔の関係者なら不自然とまではいえないだろう。最悪クリス自身に推薦してもらえばいいわけだし。


「どうせならお前も広報担当やる? コレみたいに」


 そう言いつつ俺が指差すクリスフィギュアは複数体に増えていた。衣装の検討段階なので、候補分作っているらしい。


「それはちょっと……合っている人は他にもいるんじゃないかな」

「クリスに誘われたら?」

「やらない」


 まあ、そうか。真面目過ぎて、性格的にあんまり合っている気はしないし、無理強いする意味もない。


「じゃあ、就職の話は通しておこう。多分問題ないだろうが、決まるまでは進学も視野に残したままで。あと母ちゃんへの説明」

「分かった」


 ふーむ。なんか妙な流れを感じるな。妹が就職となると、急に現実味が出てくるというか。


「実際に決まっても卒業まであと一年あるから、その時はまた環境変わってるかもしれないが。世界情勢も広報機関も」

「その広報機関が正式に活動を始めるのはいつ頃なの?」

「正確な時期は正直分からんが、半年以内? さすがに例のメガフロート都市の計画よりは早いと思う」

「それって四国の南に造るって話でしょ? 普通なら十年単位かかるような気が」

「いや、アレも相当に駆け足になると思う。首都機能分散計画との絡みもあるし、用地買収の調整もいらんし」


 現在、政府主導で四国南の海上に超大規模なメガフロートを建設中だ。一番問題となるインフラ部分はエネルギーボトルの費用から捻出した。その他のほとんどの資材もだ。

 元々、爆弾怪人の件で首都機能の一極集中に懸念を持った政府が対策として掲げた計画に便乗する形をとっているが、実のところはヒーロー含む新技術の実験都市だ。ヒーローカタログやエリアカタログで購入可能な施設など、実地でテストする場を求めた結果という事になる。それだけではなく、バベルの塔で使われていたものを利用した新素材のテストなど、将来的には民間企業向けにも開放する計画らしい。

 今は基本的にメガフロート内で生活を完結させる予定なので、移住者も募っている段階だ。多分、ムー大陸の監視施設なども造る事になると思う。

 あまりに巨大な計画なので国内外含めて文句を言うところは多いが、ここはゴリ押しだ。マスカレイド支援の元、政府主導で実施される計画って事は告知してあるので大した問題もないだろう。

 ……能動的に情報発信ができるとこういう手も取れるって例だな。


「どう考えても日本……どころか世界を動かす中心にいるわけだけど、何か感想とかある?」

「全然実感が湧かんが、確かにそうなんだよな。直接関わっているわけじゃなく、基本的に引き籠もって時々怪人シバいてるだけだから余計に」


 実務どころか詳細な計画だって俺は関わっていない。色々支援はするし名前も貸すし、ついでに口も出すが、実際に計画を動かしているのは政府だったり近藤さんたち官僚だったりミナミだったりするわけだ。だからこそ大胆に動けるって面はあると思う。

 というか近藤さん異様に有能なんだけど、どんだけ枷から解き放たれてしまったんだろうか。間違っても真似できる気はしないんだが。


「……正直、俺が一番世界の変化を実感するのは、母ちゃんが部屋出ろって言う頻度が減った事かな」

「あー、確かに」


 今の世情で部屋から出して就職してもどうなるかは未知なところが大きい。それが分かっているから、息子が引き籠もってるのは許容できなくとも様子見で済ませているんだろう。精神ダメージが減ったので実に助かる。

 とはいえ、自分が中心にいて世界が動いているのも理解はしているつもりだ。




 ……さて、色々と戦略にも影響しそうな行動は起こしてみたが、どこまでが運営の既定路線かな。




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