第五話「個別会談」




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 企画段階ではあまり意識していなかったが、海水浴は本当の意味でバカンスだったといえる。

 ウチの妹はともかくミナミ姉妹のビジュアルは目の保養になったし、キレるのに実に一般人っぽい妹ミナミの反応も俺の周りではいなかったタイプで新鮮だった。

 一方で姉のほうの態度は良く分からんが、適当にハイテンションな無茶振りをしていたら元に戻ったので、マスカレイドの筋肉を直視して緊張したとか妹同伴が恥ずかしかったとかそういう事なんだろう。

 あと、個人的に姉ミナミのプロポーションが想像を超えていた事に驚いた。画面越しとはいえ、あんなスタイルの出易い制服をマスカレイド・アイで凝視し続けていたにも関わらず、脳内で想像していたものとサイズ差があったのだ。具体的にはアンダーのサイズがおかしい。妹のほうも似たようなもんだが、姉のほうは更に細く乳はでかいという異常事態である。そこまで気合入れた布面積でなかったとはいえ、ビキニを着ていたから分かった問題である。


「お前、肋骨何本かなかったりしない?」

『いきなりなんですかっ!? 普通ですよ! 手術した事もないし、健康診断で何か言われた事もないし』


 こうして画面越しだと普通の反応なのに、何故直接会うとテンパるのか。通信弁慶なのか。


「そりゃそうなんだろうが、おかしいやろ。この目で直に見るまでは想像すらしてなかったんだが、その制服でも実はスタイル隠れていたとか」

『やめろーっ!? そんな感想戦を始めるなーっ!』


 だってなあ。想像の元になるモデルが存在しないとか、そんな体型の奴おらんぞ。もう見た目重視でデザインされたアニメキャラの領域だ。基本デフォルメされる世界なら『お前、あきらかにメートル超えなのに88センチとかおかしいだろ! というかそれでCカップなわけがあるかっ!?』って感じで、公称スリーサイズと見た目が合致しないなんて事は良くあるし。


「でも、ぶっちゃけ自信はあるじゃろ?」

『ま、まあない事はないですねー。でも、それと恥ずかしいのとは別ですし』


 ミナミの場合、オペレーターとして着任した時点で、自分の容姿やスタイルには自信あったわけだしな。ネタと勢い以外でその武器を押し出してくる事が少ないのも普通に恥ずかしがってるだけだ。背が低いコンプレックスだって極端なわけでもないし、他のオペレーターと比べて云々な話も、紛うことなき神の創造物と比較できる時点でレベルがおかしいともいえる。微妙に学校で距離を置かれているらしい妹ミナミ曰く、学校ではかなりチヤホヤされてたらしいし。ひょっとしたら小動物的なチヤホヤかもしれんが。


「そこらのグラビアアイドルと比べて、『フッ、雑魚が』って内心ほくそ笑んだりとかするんでしょっ! 分かってるんだからねっ!」

『マスカレイドさんの中でのミナミミナミは一体どんなキャラクターになっているのか……。ウチの家系、基本パーツサイズが小さいらしいんですよね。全員もれなく親知らずで苦労すると言われてます』


 なんで親知らずの話に繋がるのかと思ったが、顔と顎のサイズが小さいが故に親知らずが収まるスペースがないって話か。程度は違うが俺も大変だった。現代人特有の病のようなものだが、まさか南家は更に人類の進化系だとでもいうのか。


『ま、まー、海水浴の話はもういいんで。どうしても話題を出したければ、別途感想でも書いて送付して下さい』

「分かった。お前が恥ずかしくなるようなポエムを添えて、赤裸々に書いて送ってやろう」

『やめろーーーーーっ!? 絶対悶絶する事になる!』


 自分で振った癖に。……あとで本当に書いて送りつけるわけだが。


『話題を変えますよ、いいですね? 無理な路線変更はなしですからねっ!?』

「分かった分かった。あまりにふざけられる要素がないからついからかってしまったのだ。許してくれたまえ」

『絶対嘘だ』


 嘘に決まっているだろ。ふざけられる要素がないというのは本当なのが困ったところなんだが。


 八月も下旬に差しかかりそうな今日。規模が大き過ぎてなかなか影響が見え難かったバージョン2についても情報や初期動向が出揃ってきた。これで月末にあるだろうポイント集計が出れば更にはっきりするのだろうが、そんな爆弾を待たずとも現時点ですでに大問題である。予想通り、俺たちだけで対応可能なラインを超えてきている。


『現実逃避したいのは分かります。まさか今どき国際会議で怒号と殴り合いの応酬が見られるとは思ってませんでしたし』

「そうな」


 先日、世界に向けて中継されている会議の場で乱闘が発生した。規模としてはせいぜい昭和中期の国会であったような暴力沙汰程度なんだが、色々お行儀の良くなった現代の国際会議という場でそんな事をしでかしたのが問題だ。発端となったのは国際的に見て影響の小さい発展途上国同士の口論だ。そこから派生して、その国の事実上の後ろ盾になっていた国も含めて事件が発生した。

 会議への直接的な影響はない。一時的に会議がストップして進行に遅延が出たものの、強制退出させられた代表も発言力は低かったし、そもそも会議の内容自体が何も決まらない討論大会にしかなっていなかったからだ。

 帰国後、発端となった者は解任されたらしいが、そこら辺はどうでもいい。問題は……。


「アレで怪人の影響皆無ってのがな」

『仮に介入してたらしてたでお粗末ですが、遠因すら影も形もないとは思いませんでした』


 ミナミに色々調べてもらったが、この問題の影に怪人の姿は一切存在しない。もちろん、国としては怪人に悩まされているのだが、その代表が接触した形跡や能力の影響下にある痕跡は発見できなかった。

 少しずつ世界のタガが外れ始めている。今回のように小規模な殴り合いなら勝手にやっててくれって思うんだが、こういったものは確実にエスカレートするのだ。一度起きてしまった事で、二度目を起こす心理的ハードルも下がってしまう。


「かといって何もできないんだよな」

『ある程度の世論操作なら可能ですが』

「分かって言ってるんだろうが、こんなところで手札を切る気はない」

『まあ、当然ですよね』


 ミナミの能力を使えば世論の誘導くらいできるのは分かる。しかし、その類の方法は何度も使えば効果が落ちる。バレるかどうかは別にしても、そういう手を使ってる奴がいるってのは気付く奴は出てくるだろう。

 反則技は極力使わず、ここぞという場面に投入してこそ意味があるのだ。俺の八百長プロレスのようなもので、アレも似たような事をやったところで効果は薄いはずだ。

 ついでに、別の奴が同じ手を使うかもしれないので、上手くタイミングを見計らう必要もある。


「どう考えても人間社会のみで怪人問題を解決する事はできないし、全体的な方向性すら決める事ができそうにない。ひょっとしたら劇的に改善するかもなんて楽観的に構えられる余裕もない」

『超同感です』


 創作物で良く見られる、人類の敵が現れた時に一致団結せず内ゲバを始めるような展開の初動にしか見えないのが笑えない。怪人の直接介入がなくとも、自然に世界大戦すら始まりかねないのが今だ。

 これが怪人でなく異星人でも似たような事になるのは目に見えていた。


「つまり、ヒーロー勢力が能動的に動く必要に迫られている」

『もう動いてる国もありますしね。どこも行動に移せないのならともかく、ウチだけ何もしないっていうのはナシでしょう』


 そう、もう動き出しているヒーローはいるのだ。水面下で政府と繋がって、という段階ではなく割と大々的に。比較的、対怪人の戦績が良くないエリアほどそういう傾向が見られる。

 ひょっとしたら対人間に特化したヒーローだっているかもしない。ヒーローネットでステータスは確認できるが、そこにはいくつもの制限はあるのだから隠蔽や偽装だって不可能じゃないのだ。俺には絶対にとれない方法だっていくつも思いつく。


『初動の最終的なリミットは月末ですかね?』

「相手が個人ならともかく、腰の重い相手だともう少し前倒しが必要だろうな……つまり、時間はないわけだ。もう中旬やぞ」

『セッティングはいつでもできます。マスカレイドさん相手なら、無理やりでもスケジュール調整するでしょうし』


 気が進まない。できる限り干渉したくない。だけど、このタイミングを逃すと余計に干渉せざるを得ない状況に追い込まれる。……それは引き籠もりの敗北だ。

 今後も引き籠もる事実に代わりはないんだが、背負いたくないものを背負わされるのは覚悟しないといけない。


「さて、どこで俺の境界を超えるかな。他人事に聞こえるだろうが、俺本人にも分からんぞ」

『そんな基準の曖昧なチキンレースはしたくないですねー。とりあえず今のところは片手間でなんとかなる範疇でしょうけど』

「今後は確実に規模が拡大するのが分かってるのがな」


 どの程度かは分からないが、このまま進めば放り出したくなるのが目に見えている。俺はそういう人間だという自覚があるから。


『まー、代わりにやれる事は極力やりますんで』

「本気で頼りにしてる」


 正直、ミナミの存在は大きい。問題の方向性と規模を見るに、もしいなかったらすでに放り投げていた可能性もあるな。悪臭怪人ワキノス・メルの時に解説した銀光仮面マスカレイドの末路のような展開は、そこら中に転がっているのだから。

 ちなみに、もし仮にミナミが悪堕ちして敵に回りでもしたら完全アウトだ。怪人全部を相手にするよりよっほど絶望的だし、そうなったら俺も進んで悪堕ちしかねない。世界滅亡まったなしだな。

 そう考えると、ミナミが絶対でないにしてもある程度ポジションが保証されているオペレーターになっているのはかなりの好条件だろう。もしミナミが在野にいたままで、ある日突然怪人勢力に取り込まれでもしていたらと考えると恐怖すら覚える。


『ふわはははーーっ! この超南怪人エロ・ボディが貴様らの黒歴史をあますことなく世界中に公開してくれるわー!』


 ……誰も気付いてないだろうが、世界平和は意外に危ういバランスの上にあるぞ。




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 そんなわけで、早々に決まってしまったスケジュールに合わせて面談のお時間だ。すでに先日の海水浴が懐かしくなってくるほどに気が進まない。俺が外に出た記憶を懐かしむとか相当だぞ。


「この場を設けてくれた事に感謝する、マスカレイド」


 かつて八百長怪人ノーブックと密談した時と同じような異空間の応接室に、俺ともう一人のヒーローの姿がある。どちらが上かは分からないが、お互い世界的な知名度を持つヒーロー同士。もしこの会談が知られれば憶測や邪推を含めて話題になる事だろう。


「……ああ」


 色々と返答を考えはしたが、口から出てくるのはそんな言葉だけだった。

 応接室で相対するのは、アメリカ合衆国のヒーローキャップマンである。嗜みなのか趣味なのか分からないがヒーローマスクは装着している一方で、首から下はフォーマルな出で立ちだから違和感がひどい。ヒーロースーツなどの装備は一切見当たらないのは俺に対するアピールなのだろう。一方で、俺はいつもの銀タイツだ。面倒臭さもあるが、マスカレイドとしてこちらのほうが通りがいい事が主な理由だ。彩色セットを使えるようになっても銀一色なままな理由と大体同じである。

 彼がリーダーを務めるアメリカ合衆国最大のヒーローチームは、名称こそ今でも東海岸同盟と言っているが、すでに北米のほとんどの地域に影響を持つようになった派閥であり、合衆国だけでなくカナダやメキシコを含む北米大陸全土を範囲として活動している団体だ。そしてそれは名実共に世界最大のヒーロー派閥である事も意味していた。

 世界中を見渡しても、現在のどころか発足当時の東海岸同盟の規模を超えるチームは存在しない。数人規模で協調してスケジュールや得意不得意の穴を埋め合う程度ならともかく、そこまで大規模な組織を作る意味は感じられず、維持も困難だと考えられていた……のが先日のアトランティス浮上まで。今は必要だと分かっていても取りまとめできない状況である。

 規模だけで見るなら次点にインドのヴァーストゥ・シャーストラがいるが、あそこは少しヒーローチームとしては異色で統一された意見はない。それだけ、スタンダートな組織を構築・維持するのは難しいという事なのだろう。……英国のラウンズとか。

 ……まあ、自国の担当ヒーローが一人で、海外と同調するのも問題がある俺にはあまり関係ない話ではあるんだが。


「いくら要望しても決して顔を出す事がなかった君がここに来たという事は、つまりそういう事なんだろう?」

「アトランティスまでならまだ許容範囲だったんだがな。バージョン2はまずいと判断した」


 こうして顔を合わせるのは初めてという事もあるし、普段のノリなら謙って丁寧に対応するところだが、この場ではあえて気さくに上下関係を感じさせない態度を貫くつもりだ。多分、向こうも似たような事は考えているだろう。

 あくまでプライベートな会談であり、ヒーローやチーム間の力関係、ましてや国家間の思惑など関係ない場であるのに、そういった配慮が必要なのだという事実に重苦しさを感じる。

 こういう場だとミナミがいると楽だし、なんなら転送してきて同席してもらってもいいくらいなんだが、トップ会談という事で参加は見送っている。何かあれば緊急で連絡は入れられるようにはしていても、外部連絡も基本不可だ。

 こちらだけでなくキャップマン側もそうだから、マッチョの大男二人の絵面が非常にむさ苦しい。


「こちらはアトランティスの時点で飽和しているんだがね。私も含めて。……コレに関しては大陸の隣という立地的な問題もあるが」


 そりゃ、北大西洋ってモロにアメリカの隣だからな。近くにあるのがアメリカだけじゃないっていうのも問題だ。

 人類側で騒動が起きないようにわざわざエリア開放を最小限にしたが、この状況でも領土戦争を始めるようなら丸ごとアメリカに確保してもらったほうが個人的には望ましく思う。別にこの場で口にする気はないが。


「それでも、あんたなら方向性は事前に予想できたはずだ。今の展開だってその延長線で、ただ時計が早く回ってるだけとも言えるだろ」

「ただ、というには早過ぎる気はするがね。超常の存在が人間の時間軸で動くとこうなるというだけかもしれないが」


 キャップマンの過去の動向や言動を見る限り、かなり早い時点で世界の行く先が見えていた感がある。東海岸同盟が膨張したのだって、それが理由だろう。彼の性格上、普通ならあまりに急激な組織拡張は避けるはずだ。どちらかというと内部統制に気を配り、連携の強化に目を向けるタイプに見える。


「私を含め、そういった展開を予想していた者は一定数いる……が、どうしても一定数の域を出ない。アメリカファーストを前提とした正義感で立っているほとんどのヒーローは、右往左往するだけで戦局など見えないものさ。それを利用して組織運営している私が言えた話じゃないがね」

「……ずいぶん突っ込んでくるな。色々曝け出し過ぎだろ」


 お互いに色々知っているとはいえ、初対面で話す内容じゃない。徐々に探りを入れていきたい俺としてはあまり望ましくはないんだが。


「それくらい追い詰められているという事だ。私のプライドなど大したものではないが、トップとしてそれを出せない以上、使える相手は限られる手だからな。……ひょっとしたら、ただの愚痴なのかもしれんが」


 俺もプライドの低さには自信があるぞ。悲しくなるから、この場で言い合いをするつもりはないが。


「ヒーローチームですら実状はこんな有様だ。一般社会で生きる人間は、政府を含めても立ち位置が定まらない。……大統領はかなり話の分かる方だったが、その周りの認識はひどいものだ。ここまで先例のない状況だとシンクタンクも一切機能しないらしい。政府中枢に『これを期にアメリカを主体として世界国家を成立すべきです』なんて真顔で言い放つ馬鹿がいるくらいだ」

「センスに欠けるコメディアンだな」

「ジョークでないから問題なのさ。信じられない事に、同盟内のヒーローや支援者の中にもこの手の発言は少なからず存在している」


 キャップマンはすでに合衆国大統領と直接接触しているし、直通ラインも確保している。それなりに情報通なヒーローなら知っている事実である。もちろん公の話ではなく、今のように移動すら必要ない密会の類でだが。

 多分に憶測が絡む話だが、国家の中枢と接触しているヒーローは他にもいるだろう。トーナメントの時は漠然と懸念しか抱いてなかったが、現状だと仕方ない事だと諦めるしかない。間接的なら俺も接触しているし。


「起きている事の本質を理解できる者がいない。理解ができても行動できる者がいない。行動できても周りをとりまとめる指導者がいない。そうやって流されて、いつの間にか私はこんな立場にいる。適性があるのは実感を伴って理解しているが、頼れる存在がいないというのは相当に堪えるよ」


 実は自分が最も頼りになる存在だったという事実は正直笑えない。……というか、あんまり愚痴の捌け口になりたくはないんだが。協力はしても、相談役になどなるつもりはないぞ。


「妻も強い私しか知らないからね。愚痴など吐いたら幻滅されそうだ」

「あまり個人情報は出して欲しくないんだが」

「君ならそれくらい調べがついてるだろ? 少なくともウチが抱えるエンジニアよりは上手だと確信している」

「…………」


 当然、キャップの個人情報は把握している。というか、まともに活動していてミナミの情報網から調べがつかない相手などそうはいない。世界中のヒーローの素性を調べるつもりはないが、それでも彼ほどの重要人物は別だ。

 といっても、ミナミだからできるのであって、普通は不可能だろう。合衆国政府の要人以上の情報迷彩を構築し、素性を偽装しているのだから。……それで良く表の立場を維持できると思うが、あえて個人的に人間の協力者を集めて組織的な隠蔽をしているのが大きいのかもしれない。木を隠すための森を作り上げているような感じだ。

 そんな事よりも、問題はキャップの話術についてだ。色々さらけ出しているのは一種の交渉術だろう。それが俺相手にしか成立しない事を見越した上で利用する、思った以上に強かな人間らしい。……それくらいでないと組織運営などできないのだろう。あるいは、俺がこの会談に乗り気でない事を察して、無理やり取っ掛かりを作ろうとしているのかもしれない。それ自体は別に良いも悪いもないんだが……。


「だからこそ君の存在は大きい。直接手を取れなくとも、庇護を願えなくとも、圧倒的格上が存在しているという事実だけで救われる。私も、東海岸同盟も、あるいはステイツも」

「アメリカの国民性って、ナンバーワン至上主義だと思ってたが」

「限度がある。それに、声を大きくしてUSAと叫ぶ者の大半は、一番の組織に所属している事実だけで満足してしまうものだ。その中で、自分がトップに立つという気概を持つ者は少なく、行動できる者は更に貴重だ。私がそうでないから余計に感じる」


 キャップマンが本来望んでいた立ち位置はせいぜい企業でいうところの重役であって代表ではない。問題は、そんな彼以上に代表の適性を持つ者がいなかったという悲劇である。もちろん深く考えずにリーダーになりたいという者はいるだろうが、なまじ状況と本質が理解できてしまうだけに任せられない。そうしている内に組織が巨大化し本格的なトップに据えられていたわけだ。

 手は抜けない。性格的に抜くつもりもないし限界まで奮闘するだろう。そういう生真面目さもあって理想的なリーダーとして上に立っている。勝手な推測だが、おそらくそこまで外れてはいないはずだ。

 尊敬できるが、まったく憧れない。自分がなりたくない立場というのを具現化したような存在だった。


「オーケー、そちらが把握させたいスタンスについては概ね理解した。本題に移ろう」


 回りくどくはあるが、キャップとしては頼りになる相手がいないから、同じような懸念を持つ俺と利害が一致したというだけの話なのだ。ある程度ならのってやろう。


「後手に回らざるを得ない現状、こちらとしても水面下で協力しようという話は正直助かる。知っての通り、日本の担当ヒーローは俺一人だから手数は足りないんだ」

「答えたくなかったら言わなくていいんだが、何故一人なんだ? ウチの担当に聞いたが、日本の規模だと十人前後のヒーロー枠が割り当てられるという話だったんだが」

「……手違い、かな。色々ミスした結果だ」


 キャップの顔にありありと後悔の表情が浮かんだ。


「あ、ああ……そういう事にしておこうという話か」

「ガチだ」


 ちょっとした意趣返しでしかないが、それはキャップのミスだ。できれば確認しておきたいと、本来知らなくてもいい事を踏み込み、余計な事情を暴いてしまった。俺は分かっていて曝け出した。

 俺的にはバレても構わない程度の情報でしかないが、できればマスカレイドに格上の存在であってほしいキャップとしては誰にも言えない秘密を一つ抱えてしまったわけだ。これが意趣返しである事も気付いているだろう。


「余計な好奇心は身を滅ぼすと確信したよ」


 この様子だと、思ったよりも冷静じゃないらしい。話術とその方向性と精神状態が噛み合っていない。今の彼だけ見れば、安心してトップを任せられる相手じゃないな。少なくとも俺にとっては。




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 そんな感じで嫌な感じのジャブを打ち合ったところで、本題に入る。この場でやるべき事は直接の顔合わせ。これに関してはすでに済んでいるから、残りの重要案件に移行する。


「まずは協力態勢を構築する事は前提として、お互い何ができるか、望むか、その対価を含めての確認から。これはあくまでマスカレイドとキャップマンという二名の間だけの話である事は認識して欲しい」

「承知した。実際のやり取りには、代理人や窓口など若干名は関与させてもらいたいが」

「それはこちらもだから問題ない。具体的にはこの口約束を広めない存在というのが前提だが、交渉自体は代理である事を証明できれば良しとする」


 実際にこうして顔を合わせる機会はほとんどないだろうから、今後は間接的なやり取りが主となる。オペレーターを通じて正体が割れているであろうミナミを主体にして、どうしても人の行き来が必要になる場合はメイド連中に頼む事になりそうだ。キャップマン側も基本的にはオペレーターか、ロイドを個人購入の上で配属するという話になった。

 あえて口にはしないが、どちらかが死んだり失脚したら即終了の関係である。


 協力内容は主にお互いの情報共有が主だ。範囲としてはヒーローネットに流れないヒーローや怪人の情報に限られ、国家の情報は当たり障りのない程度のみとする。また、情報の重要性やその他対価を天秤にかけた取引には応じない。単純に聞きたい事、伝えたい事だけのやり取りだ。

 他には、万が一に備えて対怪人戦闘においても最低限の連携をする事となった。極力手出しはしないが、本人か事前に代理として指定した者が依頼をかけた場合は優先的に出撃するというものだ。ウチの場合は手数、アメリカ側は最大戦力に不安が残るから、保険的として見るなら多少の意味はあるだろう。調べればすぐに分かるが、一見して俺だと分からない格好で出撃するのはアリかもしれない。

 そして、肝心のバージョン2対策についてだが……。


「すまんが、こちらは人口の少ない地域での地域支配率確保で精一杯になると思う。テロ対策にはとても手が回る状況ではないし、具体的な対処法も思いつかない。むしろ、案があるなら教えてほしいくらいだ」


 まあ、俺もちょっとアメリカで怪人が関与したテロ対策と言われても思いつかない。しょっちゅうテロ紛いな銃乱射事件が起きてるし。


「テロ対策はこちらも不確定な部分が多いから別に検討するとして、支配率に関しては最低限怪人にエリアを渡さなければ問題ないと思っている」


 俺は支配エリアを確保する気はないが、アメリカに関しては合衆国政府ではなく東海岸同盟が確保してもいいと思っている。というか、ある程度自前で確保したほうが組織として動きやすかったりするかもしれない。


「ウチに限らず、基本的に自国はその方針になると思うが、自国以外……南極などの所属が曖昧な場所に関しては?」

「施設などは極力破壊するとして、ずっとそのままってわけにもいかないよな。曖昧なままじゃなく、どこかが占拠しにいって欲しいっていうのが本音だ。帰属国家は別に考えるとして」

「君が確保するというのは?」

「俺は極力支配率に関与するつもりはない。日本国内も、怪人が支配するのでなければ政府以外が確保してもいいと思っている。南極も、可能なら東海岸同盟で支配してもいいんじゃないか?」


 手伝うつもりはないが、口を出すつもりもなかった。あえていうなら、支配域がまだら状になるよりどこかがまとめて支配してくれたほうがいいってくらいだ。実は北極付近も支配対象エリア扱いになっているのだが、そちらも同様だ。


「やるなら政府とも調整した上での事になるだろうが……現実的には厳しいだろうな。ウチのリソースは国内だけ見ても余裕はない」

「何が足りない? 人手もポイントも不足するとは思えないが」


 世界最大規模のチームでその辺が不足するようなら大問題だ。東海岸同盟に限らず、どこもリソースが不足するようなパワーバランスには至っていないと判断していたんだが。


「足りないのは主にヒーローパワーだ。支援用の施設や装備を使っても自然回復では追いついていない。戦闘でも各々が節約してようやく回しているような状況なんだ」

「あー」


 あまりに無縁な問題だから意識外にあったわ。

 ヒーローはその活動にヒーローパワーを必要とする。RPGでいうところのHPとMPを合わせたような概念で、必殺技も能力もサポートメカもヒーローパワーを消費するものがほとんどだ。加えて、ウチのメイドたち用に用意した転送ポッドのように、施設や設備でも必要とするケースがある。

 このヒーローパワーは自然回復するものだし、経験を詰めば上限値も増加するが、出撃の度にそれなりの期間インターバルが必要になる程度には回復に時間のかかるものらしい。俺はまったく実感がないが。


「三十分時間をもらえるか? ちょっと内々で協議してくる」

「それは構わないが……」


 俺一人で決めても問題はなさそうだが、どの程度の事ができるか調べる必要があるから、ついでにミナミにも話を通しておこう。

 そうして、予定の三十分には満たない程度の時間退出し、自室で検討したのちに再度戻ってきた。一応、ミナミ的にも問題ないという判断だった。


「少し取り扱いに困る案件だが、ヒーローパワーの譲渡ができる。コレはさすがに対価なしとはいかないが」


 俺たちが購入できるカタログ商品の中にはヒーローパワーを充鎮する施設や設備があるのだが、有り余っているというか上限すら見えない俺のヒーローパワーを提供しようという提案だ。


「……喉から手が出るほどありがたい提案だな。だが、ポイントは対価として使えないぞ」

「物納かな。専用に施設を用意して、そこに納品してもらう形になると思う。レートは別途交渉するとして、一つ条件があるんだが……」

「大抵の事なら飲むが」

「できる限り、広く売り出して欲しい。販売窓口は東海岸同盟で」

「…………」


 多少の難事なら飲み込む覚悟を見せていたキャップだったが、即答はできなかったらしい。辛うじて動揺を表に出さずにいるものの、内心はかなり葛藤しているだろう。


「……それはステイツ以外にもという話だな?」

「ああ、転売時のレートは任せるし口を出さない。流す量も相手もそちらで判断して構わない。ただ、売却するという告知はして欲しい」

「君はひどい奴だな、マスカレイド」


 それは、現時点でも負担の大きいキャップと東海岸同盟に更なる負担を押し付けるという宣言に他ならない。しかし、さっきも言った通り無尽蔵のヒーローパワーは喉から手が出るほど欲しいものだし、世界のヒーローたちにとってもプラス材料になるのは間違いない。レートが高かろうが、購入できる先があるというだけでも大きいはずだ。

 これによって東海岸同盟は他の追随を許さないほど巨大化するだろう。それこそがキャップの胃痛の元になるわけだが、妥協するつもりはないし、俺が表に出る気もない。キャップもそれは理解している。

 俺に対する対価を理由に、東海岸同盟内で回る程度にしか受け取らず、他には流さないという手はある。あるが、世界のヒーローの底上げにも繋がる手があるのに使わない選択をとれる性格ではない。俺が提供する量に不安があるならそれも杞憂に終わるが、体感的には自然回復分ですら余裕で東海岸同盟の必要分以上は提供できる自信がある。


「ちなみに、俺の存在は絶対に伏せてもらう。バレても協力関係自体は継続するが、ヒーローパワーの提供はその時点で終了だと思って欲しい」

「絶対に替えのきかない超重要資源を独占販売するシンジケートの出来上がりだな」

「別に提供価格ギリギリで配ったっていいんだが」

「愚痴くらい言わせてくれ」


 どう足掻いても世界のヒーローからの重要度は上がるし、おそらく名声も上がる。だが、そんな手がある事を知ってしまった以上、聞かなかった事にもできない。

 ヒーローパワーというのは、カタログで購入可能な物では代替できない戦略資源だ。俺にはあまり実感は湧かないが、自然回復が追いつかないヒーローは多いらしい。それをゲームの回復薬が如く利用できるなら、依存性は麻薬と変わりない。


「とても実りのある有意義な提案だった。感謝する、マスカレイド」

「どういたしまして」

「一応言っておくが、半分は皮肉だぞ」

「分かってる」


 うむ、有意義なのは間違いないと胸を張って言える案だったな。これで世界中の……特に東海岸同盟の戦力が向上する。常に全力戦闘が可能かは分からないが、リソースに余裕ができればやれる事だって増えるはずだ。

 想定していなかった展開だが、意外とアリな手じゃないか? 怪人も運営も想定してないといいんだが。




-4-




 ある意味では巨大な取引が成立したが、バージョン2対策などと同様、詳細は別途詰める事となる。ここで二人だけで検討してもすぐに案が出るはずもないのだから、予定していた内容を一通り済ませてしまおうと会談を続ける。

 お互い、話題にする内容は多くある。知りたかった事、伝えたかった事、細かい部分を挙げればキリがないほどに膨大な情報が共有された。

 そして、その中で一つ大きな問題があった。


「懸念材料の中で、存外に大きいのが宗教問題だ。社会問題としてかなり大きく表面化している」


 キャップが切り出したその話題は、俺としても当然懸念しているものだった。当然、彼もこちらが気付かないとは思っていないだろう。つまり、何か認識の漏れがあると考えているわけだ。


「ヒーローを神に見立てたカルト連中が出てきてるって話か? それなら日本にだっているが」

「それもあるが、今問題視されているのは既存の宗教基盤が揺らいでいる事だ。目に見えて求心力を失っている」

「予想はしてたが、日本にいると認識し辛い問題ではあるな」


 近代に成立した国家なのに、あるいはだからこそアメリカはかなり宗教が強い国家である。近年宗教離れが続いているとは聞くが、それでも社会基盤に宗教が組み込まれているのは変わりない。

 というか世界規模で見ればそれが普通で、対抗としての共産主義だって思考を根幹に置く意味では同質といえる。そんな中で日本はかなり特異な存在だろう。神道や仏教をはじめ、別に組み込まれていないわけでもないのに、おおらかというか大雑把なせいで宗教認識が極めて雑で薄いのだ。巨大な宗教団体はあっても、宗教色を前面に出してこないのがこの国である。

 ……だから、この騒動の裏側にある存在が神と知っても、俺はそうなのかと受け入れられる。しかし、宗教が深く根付いている国ではどう受け入れるのか。


「そういう心の隙間に付け込んできたのがヒーローの神格化、中には怪人の神格化もあるが、厄介な事に大多数がカルトでしかないこの分野にも一定数の本物がいる」

「本物といっても、直接救済を求めず信仰するだけなら勝手にどうぞって感じなんだが」


 心の中でマスカレイドさん応援してますって思うくらいなら誰も気にしないだろう。そういう話じゃないのはもちろん分かってる。


「そうもいかない。私の予想では、今後名実ともに神として君臨するヒーローも出てくるだろうと睨んでいる。無理やりではなく、自分の意思で」


 俺の認識が甘いのか? ヒーローを騙る偽物や一部の馬鹿が煽てられて教祖になる事態は考えていたが、そんなものは簡単に瓦解するしさせる。しかし、キャップの口調はまた違った懸念を抱いているようにも見える。


「そういう事があってもカルトの域は出ないと睨んでたんだが、何を懸念しているんだ?」

「ヒーロー自身が持つ信仰の死だ」

「…………」

「確信はないが、ヒーローは善性の強い者が選ばれている傾向がある。そして、そういった善人は傾向として強い信仰心を抱いていた者が多い。異世界の神を名乗る担当を素直に受け入れられない者もいる。そして、その担当を据えたのは地球の神……神々という話はヒーロー間では周知の事実として隠されてもいない」


 ……あれ、と思ったが、完全なマッチポンプって事は認識してないのか。そういえば、初期段階で色々明かされている俺のようなケースはレアだったな。

 しかし、容易に分かる部分だけ見ても相当だ。信仰を維持できない者だってそりゃいるだろうって感じだ。割合は……ちょっと分からないな。縁が遠過ぎる話だ。


「そうすると、ヒーローは自身の信仰する神に疑問を抱くわけだ。救済の気配はない。ただ見守るだけ。試験という見解もできない事はないが、裏で暗躍しているかもしれないという疑念はどうしても生まれる」

「だから、自分が神に成り代わろうと?」

「中にはそういう奴が出てきてもおかしくはないという話だ。神が救済してくれないのなら自分が救世主になろうという考えは否定できない。そして、それは確かに善性なんだ」


 どうも、空気が違うな。そういう事があるかもと理解しても、俺には真剣に受け止める土壌がない。……思った以上に宗教感がもたらす意識差が大きいのか? これはちょっとマズいかもしれない。


「俺に欠けていた視点だな。知ってはいても理解していなかった。どの程度影響があるのか予想できるのか?」

「……不可能だろう。私は専門家ではないし、仮に専門家だとしても文章一つの解釈すら曖昧なのが宗教だ。末端に至ってしまえば考え方などそれぞれで、都合の良いように教義さえ捻じ曲げる。ただ、大雑把な予想でいいのなら」

「それでもいい」

「世界の既存宗教勢力が大幅に衰退するのはほぼ間違いない。特に危険なのは一神教だな」


 世界の大半って事じゃねーか。


「その後は……さきほどの新興宗教やカルトを含めた小勢力の乱立。宗派の細分化が進み、細切れになるだろう……と思う。……暴力的になる勢力も多いだろうな」

「最悪だな……」


 意見だけ聞いて脳内で予想してみれば、そうなるんじゃねーかなって同意してしまうのが困ったところだ。俺の知見では自信が持てないが、キャップは割といい線突いてるんじゃないかと思う。


「最大の懸念は共産主義が息を吹き返す事だ。宗教勢力が衰退し、世界の混乱で貧困が広がれば、平等に拠り所を求める者は出る」

「……なんか嫌な予感がしてきたぞ、おい」


 これはおそらく既存の共産国家が力を持つとか、そういう話じゃない。もっとヤバい話だ。

 指導者として、組織の運営者として人間が上に立つ構造にするしかない以上、根本から思考が崩壊しているのが共産主義だ。しかし、その前提は崩れている。人間以外はすでにいるのだ。


「人間以外を上位に置き、人間を平等に管理する思考が台頭してくるかもしれない。それを共産主義とは呼ばない気もするが、状況によっては成立しかねないのが今の状況だ」

「怖過ぎるな。……何が怖いって、既存の体制よりマシなモノができる可能性を捨て切れない」


 俺は民主主義に幻想など抱いてはいない。欠点だらけだが、それでも他よりマシだから使われている制度だと思っている。

 明確な上位存在がいて、納得感のある平等が与えられるのなら極端な管理社会でもいいと思う人間は必ずいる。社会的に弱者と呼ばれる者は特に。

 そして、人間以上の存在を上として順調に回っている国家が誕生したら、既存の民主主義に疑問を持たずにいられるかという話だ。


「とりあえず、懸念は理解した。俺の意識が追いついていないって事もな。まだ懸念があるなら聞きたいところだが」

「メキシコやブラジルの麻薬問題やアフリカで頻発しているクーデター、中国で拡大しているヒーロー間の抗争など、懸念はいくらでもあるが、認識のズレはないだろうと思っている。むしろ、こちらの情報が少ない事も有り得るから、どこかで共有はしておきたいが、優先度としてはバージョン2対策のほうが上だろう」


 確かにそれらの問題は把握しているし、宗教問題のような意識のズレも生まれ難いはずだ。


「分かった。じゃあ、先に今後の連絡手段を決めておこう。とりあえず暫定案として……」


 思った以上に長く、実りのある内容になったと思われる会談は時間ギリギリまで続けられ、最終的にキャップのスケジュールに調整が効かなくなるところで終了した。

 予想外の不安も多く残ったが、俺の予想よりはマシな結果になったのではないかと思っている。

 ただ、俺には展開予想すら困難な宗教問題が厄介だな。誰かオブザーバーでもいないものか。




-5-




 さて、キャップは重過ぎるお土産を手に帰還したが、俺のほうはまだやる事がある。一応、会談結果の簡易報告はミナミに送信するとして、次の相手を待つ事にした。

 キャップとの会談が予想以上に長くなり過ぎて仕切り直すのが面倒になったという理由もある。


「失礼します。お時間ですが……」

「ああ、通していいぞ」

「はい。それとは別件なのですが、ミナミから伝言が」


 この部屋の入室権限を与えているプラタが、確認のために応接室にやって来た。そのまま次の会談に移るつもりだったが、別件があったらしい。

 伝言とやらを聞いて、しばし時間をもらって転送されてきた資料を読む。結果、会談は予定時刻ギリギリになってしまったが、遅れたわけじゃないので構わないだろう。


「どうもお久しぶりです、マスカレイドさん。こちら特殊対策室の近藤さんです」

「ど、どうも」

「はじめまして、近藤さん」


 迎え入れたのは長谷川さんと、先日正式に怪人対策本部特殊対策室の窓口となった近藤さんだ。今となっては疑ってはいないだろうが、真実味を強調するためにこうして顔合わせする事にした。

 事前に色々と情報は得ていたが、こうして実際に会ってみるとまた違った印象があるな。おそらく妹ミナミや大多数の一般人と同様、俺に強烈な威圧感を覚えるタイプだと思うのだが、それを押し殺せているように見える。まさか、俺が敬語だからって事はないだろう。

 肝が据わっているというかなんというか、聞いていた話だともう少し頼りない感じだったんだが、この土壇場にきて成長しているのだろうか。こちらとしては好材料だ。

 ……と思ったりもしたが、面談に合わせて用意されていた彼の資料を改めて読んで、そういえば色々吹っ切れてもおかしくないなと思い直す。


「結構な頻度で暴漢や誘拐未遂のターゲットにされてるみたいですが、こちらで防犯グッズの追加選定をしておきました。人間相手ならおおよそ対策できるかと」

「……ありがとうございます」


 この人、長谷川さんと顔合わせしてからすでに二桁近い犯罪に巻き込まれている。事前に渡したヒーロースーツを含め、対策グッズがなければ数回は死んでいただろう。

 実行犯含め、バックにいる黒幕まで洗えているのだが、政治的に表沙汰にするわけにいかない微妙な相手という事で、証拠までバッチリ揃えているのに有耶無耶になっているというひどい状況だ。簡単に言ってしまえば、お前殺せって命令した奴を告発すると大変な事になるから、実行犯の処分だけで勘弁してくれって事件が詳細を変えて頻発しているわけだ。職業上、政治的な問題なら多少は飲み込む必要がある立場でもさすがにキレる。

 今では四六時中ボディガードが張り付いている状態らしい。実質的には長谷川さんの環境と同じだ。


「長谷川さんもですが、ここのように転送を使って避難可能なセーフハウスを準備中です。使用には色々制限……主に転送回数と場所の制限がありますが、緊急用に使えるかと」


 実をいうと、緊急時に一時避難するための場所も準備中だ。これは長谷川さんたちだけでなく、将来的には関係者向けの避難所にする事を想定している。ただ、俺の潤沢なポイントを使用しても、まだまだ十分とは言い難い環境のため、しばらくは保険でしかないが。

 当面は科学で再現不可能なセキュリティグッズやそれらで守られた通常のセーフハウスの充実がメインになるだろう。


「現時点でも立場や縁故を利用して擦り寄ってくる者はいると思いますが、あまりにひどいようでしたら言って下さい。場合によっては失脚させます」

「……どうやってっていうのは聞かないほうがいいんでしょうね」


 もちろん教えないし、返事もしない。


「それと、お二人が会った時点では先行きが不透明だったため、最悪政権交代があっても対応可能なようにと窓口を近藤さんに限定しましたが、状況が変わりました」

「それは私が窓口から外れるという話ですか?」

「そこは変わりません」


 というか、今近藤さんを外したら本気で身柄が危うくなるから、そんな手はとれない。


「今後見込まれる騒動を考慮すると、政権交代などしようものなら日本そのものが揺らぐ。多少の問題には目を瞑っても政権を維持してもらう必要が出てきました。わずかな政治的空白期間すら危険です」

「すいません。……事前にある程度は話を聞いてましたが、この会談の前までは選択肢が用意されていたはずでは?」


 そのまま続けるのがまずいと思ったのか、長谷川さんがインターセプトしてきた。話の展開的にはちょっと助かるが、言う事は変わらない。


「先ほど、決定的な情報が入りました。そろそろ一部では騒ぎになってそうですが、アトランティスネットワークという名の特殊なネットワークがインターネットと接続され、とあるサイトが閲覧可能になってます。……誰でもブラウザで接続可能なサイトらしいので、そこのディスプレイに表示しましょうか」


 二人が来る前に接続して電源だけを切っていたディスプレイを点けると、そこには世界地図を主体とした簡素な情報サイトが表示された。

 良く見れば分かるのだが、これは最小エリアまで含めた支配率を表示するためのものだ。今現在では具体的な情報は表示されていないが、これが来月頭からリアルタイムで更新されるとの記載がある。


「まあ、これは一端で他にも理由はあるんですが、これだけでも間違いなく大騒ぎになる」


 展開が早いと思ってたが、実際には更にそれよりも早い。ちょっとなりふり構っていられる状況じゃなくなってきた。

 あっけにとられているのか、二人からは反論どころか言葉そのものが出てこない。



「こちらの手札を晒してでも、政府には協力してもらう」



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