舞台裏「三下怪人サウザンド・バッグ」




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『と、というわけでして……如何にしたものかと』

「……はぁ」

『なんですかっ!? その、これだから恋愛弱者は的な反応はっ!』


 月が変わって一日開けた八月二日の事。リビングに備え付けられた超大型モニターの向こう側で、頭の茹だったサイバーテロリスト予備軍こと姉ミナミさんが喚いていた。

 いきなり電話で呼び出されたから、タイミング的に例の話の続きかと思いきや、ウチの馬鹿兄貴と海水浴行く事になったんですがどうしましょうと来たもんだ。そんなもの知るかって感じだ。


「あの……てっきり世界のルールがどうとか、そういう話だと思ったんですけど」

『そっちは特に問題ないです!』


 まるで、海水浴のほうが大事と言わんばかりである。絶対にそんなはずないと思うのだが、日本だけ見るなら案外そういう事もあるかもしれないのがまた困った話だ。

 ヒーロー基準でも異次元レベルに強い日本担当の銀タイツさんが手に負えないのなら、世界のどこを見渡したって無事では済まないだろうし、実際余裕があるからこそ海水浴なんて話が出るのだろう。


「えーと、何かの間違いで、実は何も変わらなかったとか?」

『いえ、特に問題起きてないというか、各国政府でも流れてきた情報に対して困惑してて動きがないというか。何日か経てば何かしら発表があるかもしれませんし、ないかもしれません。詳細についてはこちらで把握してるので、説明しようと思えばできるけど、どこまで言っていいのか決めてないのでまた後日って感じで』

「はあ」


 良くそんな長いセリフを噛まずに言えるもんだと感心する。

 ルールとやらが変わったのは変わったのか。何が変わったのかさっぱりだけど、怪人やヒーローが現れた日なども明確に把握している人は少ないだろうし、そういうものなのかもしれない。

 馬鹿兄貴に言われたように、詳細を聞かされたところで心構え以外の何ができるかという話ではあるのだが。当面の話だとしても、不安で夜眠れないなんて事は心配しなくて良さそうだ。


「それで、どこの海に行くかは知らないですけど、一体何が問題なんですか? 普通に行って楽しんでくればいいじゃないですか」


 嫌いだったり苦手な相手ならともかく、姉ミナミさんの好意はバレバレなのだ。別にどこに行こうが楽しめるはずだ。


『何がと言われても、何着て行けばいいのかとか』

「何って……水着以外の何があるのか」

『その水着が問題なんですってばよっ!』


 なんだろう。どんな水着着ても色々ハミ出してしまうとか、そういう自慢だろうか。姉ミナミさんと実際にご対面した事はないが、こうして画面越しでもやばいスタイルというのは分かる。

 私も体型の維持には結構気を使ってるほうだけど、クリスや妹ミナミさんくらいなら嫉妬は覚えても、姉ミナミさんくらいになると大変だろうなーとしか思わない。下着とかも選択肢少なそう。


「まさか水着持ってないって事はないですよね?」

『い、一応、スクール水着は』

「……それは犯罪なのでは?」

『え、そこまでっ!?』


 いや、そんなスクール水着とか着ちゃいけないスタイルだと思うんだけど。というか、そもそも入らないんじゃ……特注?


「馬鹿兄貴はそれで喜びそうですけど、それって物理的に入るんですかね?」

『特注ですが一応高校指定の奴で、実績はあるというか』


 やっぱり特注なんだ。すごいな、姉ミナミさんの同級生。こんなのが学校のプールサイドにいたら男女問わず災害みたいなもんじゃないかな。


「最悪はそれを着るとして、こうして相談するって事は、他にも選択肢はあるんですよね? なんかオペレーターもカタログがあるんでしたっけ?」

『ええまあ。別に普通の通販でも配送してくれるらしいですが、幸いマスカレイドさんのおかげでポイントには困ってないというか……水着くらい、片っ端から買っても屁でもねーって感じです』

「サイズ的な問題は? それで選択肢は絞られそうですけど」

『購入時にサイズ調整も付けられるので、そこら辺は問題ないです』


 何それ、うらやましい。店頭でいいなと思う事があっても、サイズがないなんて珍しい事じゃないのに。


「それなら、こっちにも相談料くらい欲しいんですけどー」

『ええ、ちゃんと相談に乗ってくれるなら水着でも服でもどんとこい! それとも現金ですか? それくらいこっちはテンパってるので』

「現金はちょっと……でも、ちょっとやる気になってきた」

『わーい、めっちゃ即物的!』


 これまでの話的に、姉ミナミさんから直接お金もらうととんでもない金額が出てきそうだし。金銭感覚壊れる。


「流行とかは追えてます?」

『元々流行を追いかけるタイプではありませんけど、一応それなりに。というかカタログでも今年流行りの水着特集とかページ割いてたりしますから、取り残されてるって事はないんじゃないかなーと』

「ああ、そういえばヒーローカタログのほうでもあったかも」


 あのカタログ、見る度に内容が変わるのだ。値段が大幅に変わったりとかはなかったはずだけど、特集ページは定期的に更新されていたはずだ。

 紙のカタログなのに意味不明だが、そもそも意味不明なモノは他にたくさんあるので気にしない事にしている。一番意味不明なのはウチの馬鹿兄貴かもしれないのが困ったところだ。


「試着は?」

『あー、カタログだし、できないですね。別に試着せずに買ったっていいんですが、あとで水着の山を見返したら黒歴史化しそう』


 洋服と違って、水着じゃそこまで着る機会ないだろうし、下手したら一夏しか使わないって事もありそうだ。いくらお金があっても無駄遣いには違いない。お金の問題を気にしないとしても、体型が変わって入らなくなったりしたら絶望しそう。


『……あ、そういえば、ビル内にあるプールで水着の貸し出ししてたような……ポイント追加すればラインナップも増やせたはず』

「プールあるんだ。それで色々試せばいいんじゃないですか? 写メ撮ってくれば、客観的な判断はしますし」

『私一人だとその……色々暴走してしまいそうな気が無きにしもあらず』

「試着なんですから、時間の許す限り片っ端から着てみればいいじゃないですか。で、その中で気に入ったのを買うと」

『確かに……どんなエロ写メでも、別にマスカレイドさんに見せるわけでもないと』

「いや、そもそも、そこまで攻める必要はないと思います」


 正直、姉ミナミさんの写メとか、普通の水着でも危険な感じになりそうだし。ダイバースーツでも、ボディラインが出るだけでエロくはなるはずだ。海女さんみたいな格好で出てきたらさすがに止めるけど。

 というわけで、一着二着ならともかく数をこなすとなると時間もかかるという事で、試着レビューはまた後日という事になった。私的にはそこまで興味があるわけでもない姉ミナミさんのファッションショーもどきである。

 本気で好みを攻めるなら、その写メの中から厳選して本人に選んでもらうのが一番だろうけど、そこまでは必要ないだろう。


「じゃあ、水着は適当に試着して写メ撮るとして、肝心の兄貴対策はどうします?」

『対策……というと? 最終的に勢いつけて当たって砕けろ的な事になると思ってたんですけど、何かあるんですか? なんかこうロマンス的な展開への近道とか、それとも懸念があるとか』

「懸念……かな? ぶっちゃけ正解があるのかなって感じの難題」

『ええ……』


 そんな顔されても、あの馬鹿兄貴相手に本格的な色恋沙汰に持ち込むなら……それこそ深い関係になるほどに問題があるんだよね。気付く様子もないし、そろそろ警告くらいはしないとまずいような気がする。


「真面目な話、姉ミナミさんはアレとどうなりたいんですかね? どこまで見据えてるかって話なんですが」

『そ、それは恋人とか結婚とか、そういう感じの……相手もある事で、まだ何も進んでない段階で考えられるような事では……』

「そういう嬉し恥ずかし恋バナ的な事じゃなくて、もっと深刻な話でして……」


 この様子だと気付いていないのか、あるいは気付いていて見ぬふりをしているのか。……多分、前者だよね。


「そもそも、アレ相手に恋愛が成立するのかってところからなんですが」

『え、そんな根本的なところからっ!?』

「考えてもみて下さい。普通姉ミナミさんのそんなバレバレな態度で伝わらないと思います?」

『え、ちょ……まさか、マスカレイドさんにバレてる? 割と必死に隠してるつもりなのに!? いや、マスカレイドさんなら把握した上で掌で転がそうとしているなんて事も……』


 隠してるつもりなのか。兄貴ならそういう事も平然とやりそうではあるけれど。


「いや、多分気付いてないです」

『って、気付いてないんかいっ! うわー! めっちゃ焦ったー!!』

「馬鹿兄貴以外にはバレバレだと思いますけど。私も話してすぐに気付きましたし」

『そ、そこまでですかねー? いくら恋愛経験皆無でも、まったくのノー知識ってわけでもないんですが。それは言ってみれば耳年増って事でもあるわけですが』


 気付くなというのが無理なレベルである。今どき、小学生だってもうちょっと上手く誤魔化すだろう。

 去年の今頃……海に行く前にはすでに確信していて、話はしていたくらいなのだから。そのせいで露骨に避けたりするあたり、子供かって話だ。


「その上で聞きますけど、なんで気付かないと思います? ウチの馬鹿兄貴ってアレで相当に勘がいいですし、人の精神状態にも敏感ですよ」

『い、言われてみればそうですよね。世論すらコロコロ転がしてて、怪人相手なんて絶望に陥れ続けてるくらいなのに』


 何やってるんだろう、馬鹿兄貴。あんまり詳細聞きたくないんだけど。


「恋愛限定で鈍感ってわけでもなくて、これが多分他人の話ならすぐに気付くんですよ。多分、姉ミナミさんに誰か好きな人がいるんだろうなーとは気付いてるはず」

『え、ちょっ……ちょっと待って下さい!? なんでそんな事になるんですか? 普通、目が合っただけでもなんの根拠もなく、あっ、この子俺の事好きなんだなとか考えちゃうのが男の人なのでは?』


 そういう人もいるかもしれないけど、いくらなんでも一般的な例では……いや、どうだろう、分かんない。


「はっきり言うと、アレの脳内には自分が恋愛の当事者になるという発想自体がありません。ましてや結婚とか、そういう制度もある程度の認識しかないかも」

『は?』


 知識はあるだろう。それこそ、無駄に結婚を控えたカップル並に詳しい可能性すらある。しかし、それはただの雑学であって、自分の人生において発生するイベントとは考えていない。


「今現在、世界で一番アレと会話する機会が多いだろう姉ミナミさんに聞きますが、馬鹿兄貴の目の前に引き籠もる事と女っていう選択肢があった場合、どっちを取ると思います?」

『え? ……そ、そりゃ……あれ?』

「賭けてもいいですが、引き籠もる事を取ります。当然、私のために働いてなんて言う女は論外で、むしろ敵扱いされかねません」

『た、確かに……すさまじい納得感がある。今更ながら、とんでもない人だ』


 アレの中の優先度はどこまでいっても引き籠もりなのだ。手段ではなく、それ自体が目的なのだからどうしようもない。その点、まだ普通の引き籠もりのほうが恋愛や社会復帰の可能性はあるだろう。

 実を言えば、学生時代の馬鹿兄貴は結構モテていたのだ。兄妹で年が離れてるから学校内の話は分からないが、わざわざ私を通してアプローチを仕掛けてる女がいたくらいだから間違いない。

 美少年とは言わないが、別にブサイクでもないし不潔でもない。話せば普通に面白い事を言うし、何かやらせれば勉強でもスポーツでも音楽でもあっという間に一流手前まで上達するような男は、スペックだけ見ればそりゃ目が眩むだろう。

 しかし、ある程度現実を知れば女のほうから離れていくし、誰かと付き合ったという話も聞かない。当時はなんでだろうと思いもしたけれど、アレはそんなものに関心がないのだ。最終的に抱く共通の評価は『残念な人』である。


『で、でもアレ、アレです! そう、ヒモとかどうですかね? 金ならありますよっ!? 私はそれでも一向に構わん!』

「いきなりすごいところに飛んだ」

『いやだって、現在進行形で世界救ってる英雄ですよ。すでに一生分の労働はしてるようなもんですから、やり遂げたあとなら別に引き籠もってたって構わないと思いますよ』


 まあ、確かに普通の人間には一生かかってもできない事はやってるな。事情を知らない人からすれば、ずっと引き籠もってるようにしか見えないけど。

 ヒモじゃ世間体悪いどころの騒ぎじゃないけど、早期リタイアして田舎でスローライフ送るのと似たようなものって言い張れなくもない。


「……普通、それならって感じになりそうなんですけど、それでも半々かな。一時的にならともかく、アレがヒモの立場に甘んじるとは思えない」

『え、えー、一体どこに問題が』


 アレのメンタルは女……というか他人に依存する事を前提としてない。今自分の部屋で引き籠もってるのだって、ここが実家だからだ。養ってくれる彼女探して部屋に転がり込むなんて発想すらしないだろう。それくらいなら自力で引き籠もる基盤を整えそうだ。


「無条件で肉親って前提がある実家とは違って、ヒモって相手の機嫌をとる必要のある立場ですし、気を使わないと維持できない環境に満足する気がしません。一時的には受け入れても、裏で独立する準備を整えそう」

『捨てられるっ!?』


 絶対じゃないけど、相手の機嫌次第で崩れる……他人に依存した基盤を良しとはしない。ある日突然いなくなる事は否定できない。


「今ならヒーローポイントで自分の拠点とか造れますよね? だから依存する相手も必要ないので、ヒモって選択肢はないと思います。少なくともメリットとしては弱い」

『あー、そりゃそうですよね。でも、今の環境なら改めて就職する必要はないわけで、逆に考えるなら基盤の維持は恋愛への障害にはならないんじゃ』

「障害にはならないけど、そこから恋愛関係に発展するかはまた別問題です」

『おぉ、もう……』


 世の中、余裕があれば異性に手を出す人ばかりではないだろう。生活基盤の安定と恋愛は直接結びついているわけじゃない。馬鹿兄貴は特にそれが顕著だ。


「ようするに、アレの優先順位はどこまでいっても引き籠もる事で、それ以外は二の次なんです。そして、最初からそんな自分が恋愛対象になると思ってない」

『だから気付かないと……また、難儀な』

「さすがに正面からはっきり言えば伝わるでしょうけど、それはそれで今言った優先度の問題が出てくるわけで……」


 どれくらい真剣に考えるのかは分からない。ミナミさんくらい近しい相手なら無下にはしないと思うけど、それがミナミさんの望んだ関係とは限らない。まともに関係を築こうと思ったらこれほど困難な相手はいない。

 我が兄ながら、なんて面倒臭い奴なんだ。


『うおおおー、どうしろっていうんじゃーっ!』

「……まあ、海水浴に関しては無難に乗り切ればいいと思いますけどね」


 下手に告白やら性的なアプローチは危険だろう。逆に体だけの関係なら簡単だろうけど、そんな関係を提案する気もない。

 そんなわけで、特に進展のないまま、この密談のような何かは終わる事となった。




-2-




「……その流れで、なんで私が呼ばれるのか分からないのだけど」

「まあまあ」


 数日後、姉ミナミさんと再度の密会を行う事になって、ピンチヒッターとして呼んだのは妹のほうのミナミさんである。

 別に私が東京の南家を訪れても良かったのだが、隣の家に住む阿古と遭遇したら話がややこしくなるだろうし、どうせならと呼ぶ事にしたのだ。呼んだ事なかったし。


「あ、それとも忙しかった? 前に電話で話した時も、部活の大会に出るとかなんとか」

「部活? ああ、枠に空きがあったから出てみないかって誘われた事はあるよ。その時の話かな」

「リアル部活の助っ人とか本当にいるんだ」

「助っ人というほど大層なもんじゃないよ。成績も大した事なかったし。やっぱり、本格的にやってる人たちとは勝負にならないね」


 そりゃそうだと言いたいところだが、身内に例外がいるのであまり同意できない。

 ちなみに、ミナミさんは個人競技は得意でも、チーム競技が苦手らしい。なんとなく分かるような、分からないような。


「何かしら所属する必要はあるから、一応裁縫部には所属してるけど、実質帰宅部みたいなものかな。文化祭前にちょっと活動するくらい」

「へー、意外……でもないか、なんかミナミさんってなんでもできそうだし」

「自分でも器用なほうだとは思うけどね。……あんまりコレといった得意分野もないし」


 基本的に万能で、人目を惹く美人でスタイルもいいって時点で謙遜にもほどがある気がするのだが、なんでだろう……似たようなウチの兄と違って劣等感や不快感は感じない。

 妹ミナミさん自身が姉ミナミさんに劣等感を持っているっぽいのが原因だろうか。方向性は違うけど、別世界に生きている才能を見上げる事に共感しているのかもしれない。


「バイトも?」

「うん。あの爆弾事件以降、あんまり積極的にスケジュールは入れないようにしてるんだ。外に出たからって遭遇の確率がそう上がるわけじゃないと思うけど、不測の事態には備え易いし」

「ひょっとして、何か怪人対策とかしてるの? 何すれば対策になるのか思いつかないんだけど」

「大した事はできてないかな。災害対策グッズや保存食を充実させてみたり、ネットで情報を集めたり。どうしても現地の情報がメインになりがちだから、語学学習には役に立ってるかも?」

「思った以上にしっかりしてて困惑してます」


 私自身は大した事やってないしな。というか、何ができるのかすら分からない有様だ。ネットに接続しても、海外のページとか手を出す気すらしない。


「英語メインだけど、最近だと日本語に対応した情報サイトもあるから、目は通しておいたほうがいいよ。特に、例の件の影響なのか、八月に入ってからキナ臭い動きが多い」

「姉ミナミさんから特に問題ないって聞いてたけど、やっぱり海外だと影響あるんだ?」

「現時点で動きがあるのは元々不安定だったところばかりだけどね。活発化してるのは中国南部、インド、アフリカ、南米あたり。国としてはっきり動きがあるのはブラジルと北アイルランド。動きどころか実質崩壊してるのが南スーダン。あとは国ってわけじゃないけど、南極」

「南極?」

「どうも、人口が少ないところが狙われてるっぽい話がチラホラ出てるんだけど、特に南極に変な構造物が建ってるとかそんな話が出てる。まあ、画像もない噂レベルだけど」


 そういえば、南極ってどういう扱いなんだっけ? 担当ヒーローとかいるのかな。


「あとは、アトランティスに引き続いて伝説の大陸が浮上するんじゃないかって予想してる人が多いね。ムー大陸とかレムリア大陸とか」

「実際に出現しちゃったしね、アトランティス」


 本当にアトランティスと呼んでいいのかは疑問だけど、世間ではその呼び名が浸透してしまっている。馬鹿兄貴やミナミさんも言ってたし、多分アトランティスなんだろう。伝説上の本物かはまた別としても。

 これが実際に本物のアトランティスで、原住民の痕跡が残ってたりしたら世界がまた変な方向に熱狂しそうだから、場所だけ合わせた偽物説を押したい。


「それで、あのクローゼットが?」


 一旦その話は区切りなのか、ミナミさんが視線を向けたのは私の部屋のクローゼットだ。今日用事があるのも、あのクローゼットの向こう側である。


「あ、うん。あの奥が馬鹿兄貴の部屋に繋がってる。でも今は姉ミナミさんの連絡待ち。相談内容がアレだから、馬鹿兄貴を追い出すって」

「件のお兄さんとも顔合わせくらいはしておきたいと思ったんだけど。むしろ、ウチの姉の話には興味ない」


 海水浴に着ていく水着の相談とか、妹ミナミさんには本気でどうでもいいだろうし、分からなくもない。でも、この数日で姉ミナミさんファッションショーが気になり始めてもいた。


「じゃあ、クローゼットの中を覗くのは?」

「問題ないよ」


 別に中身も変なモノはしまってないし、どうせ使うのだからと南京錠もすでに外したままだ。

 クローゼット戸を開けてみると、奥の壁にあたる部分には見慣れた真っ黒な穴。穴の向こうからはかすかに馬鹿兄貴の声が聞こえた。


「穴の向こうから声が聞こえるね」

「向こうの音は聞こえるけど、こっちの音は向こうに漏れてないみたい」

「なんというか……本当に超常現象だね。怪人やヒーローが跋扈してる状態で今更だけど。……というか、良くこんなブラックホールみたいな穴に足を踏み入れようと思ったね?」

「いや、なんだろうなーって疑問が先立って、危機感とか感じなかったな」


 今思うとかなり迂闊な行動だったと思う。超常現象なのだから変な場所に繋がってた可能性だってないわけじゃない。繋がってた先で怪人とこんにちは、なんて冗談じゃ済まない。


「見て思ったんだけど、鍵だけじゃなくて布とか張ったほうがいいんじゃないかな。暖簾みたいに」

「ああ、それもそうだね。考えてなかった」


 この穴を見た事あるのはこれまで私だけだったから、そんな発想もなかった。多分、こちらを見てない馬鹿兄貴や姉ミナミさんも失念してるだろう。

 言えば布くらい用意してくれるだろうしと、姉ミナミさんの連絡を待つ間、寸法を測る事にした。荷物が邪魔なのでガバガバな採寸だが、別に問題はないだろう。色も極力合わせたほうがいいだろうと、写真付きだ。

 そんな感じで時間を潰していると、姉ミナミさんから電話があった。どうやら引き籠もりを追い出すのに成功したらしい。


「いざ通るとなったら、急に怖くなったんだけど」

「大丈夫だとは思うけど、私以外の実績はないし、断言はできないかな」


 というか、私以外がここを通れるかどうかの確認も、今日ここにミナミさんを呼んだ理由の一つではあるのだ。

 私が先行したあと、さほど時間もかからずにミナミさんも抜けて来たので、この穴を通る条件はかなり緩いものであると判明した。むしろ、馬鹿兄貴だけが通れないとか、そちらのほうが有り得そうだ。

 私以外が部屋に入ると自動でこちらの鍵がかかるという仕様を忘れていたので一悶着あったものの、私たち二人は無事馬鹿兄貴の部屋へとやってきた。


「……思ったより片付いてるね。男性の部屋って、散らかってるイメージあったんだけど」

「あんまり気にしてなかったけど、確かに」


 多数の錠が付けられた入り口の扉や監視モニターなど、良く分からないモノを含めて雑然としてはいるが、整頓はされている感じだ。

 洗濯物やゴミ袋がないからかもしれない。いつも銀タイツだし。言われるまで気付かなかったが、寝具も妙に真新しい。新品同様……というか実は新品じゃないかな、コレ。いつの間にか買い替えてるのか。


「それで、あの扉の向こうにまだ部屋があると。本当に謎な構造だ」

「あの扉はシャワールーム。リビングに繋がってるのはこっちの襖」

「……普通、逆じゃないかな」

「私に言われても」


 馬鹿兄貴のやる事なんて、いちいち気にしてたらキリがない。あんまり妹ミナミさんを男臭い部屋に留めるのも悪いかなとリビングルームに繋がる襖を開く。


「ようこそいらっしゃいました、妹ども。メイドのプラタと申します」

「ど、ども?」


 同じ見た目だから見分けは付かないが、多分初めて会う三人目のメイドさんがそこにいた。


「なんかメイドさんがいる……」

「あれ、言ってなかったっけ?」

「ああ、そういえばアンドロイドだかなんだかを配置してるとか言ってたっけ。……すごいな。人間と見分けがつかない」

「有機体なので分類上はバイオロイドになります。……何か?」

「あ、いや、可愛いなーと」

「恐縮です」


 メイドに対して、妙にミナミさんの反応が良い。人間でないものに興味を惹かれるのか、その整った容姿に目がいったのか、はたまたメイド服に興味があるのか。

 そうして奥のソファまでやってくると、備え付けの大画面モニターではすでに姉のほうのミナミさんがスタンバイしていた。


『ふははははっ! よくぞ参った、我が精鋭たちよっ! って、アレ、ウチの妹は?』

「え?」


 巨大モニターに映る姉ミナミさんをよそに、妹のほうのミナミさんは例の自販機に釘付けになっていた。


「……本当に謎な商品しかない。なんだ、< 北の赤熊の生き血 >って。共産主義みたいな味がするんだろうか」


 共産主義がどんな味かは知らないが、それはラベルが特殊なだけでただのストレート・ティーである。飲んだ事あるから分かる。

 妹ミナミさんはあまりのインパクトに財布を取り出そうとしていたが、硬貨投入口がなくて困惑。タダと教えると満面の笑みで< 北の赤熊の生き血 >を購入していた。


『久しぶりに顔を合わせた妹が、姉よりも謎自販機に夢中な件について』

「あ、久しぶり」

『妹の対応が雑っ!? 画面越しとはいえ久しぶりに顔合わせたのに!』

「いいね、この自販機。あきらかに不味そうなの以外は全部試したい。この< 徳島県民の悪夢 >とか」


 肝心の姉に対してはすごく淡白な反応である。ちなみにそれは缶に入ってる讃岐うどんだ。缶詰みたいに開け口が広いタイプ。

 渇水で苦しむ徳島県民らしき人たちがラベルに描かれた、無駄に社会派な飲料?である。詳しい事は知らないが、県同士の諍いがあるらしいのはネットで見たから知ってる。


「それで妹ども、お飲み物は如何致しましょうか」

「あ、すいません。じゃあ、紅茶で」

「私もお願いします」

「あれ? ……今買ったそれは?」

「こんな面白飲料、持ち帰るに決まってるじゃないか」


 持ち出していいのかなと一応確認したら特に問題ないらしい。まあ、ラベルが変なだけで普通の飲み物だから当然といえば当然か。


「というかミナミさん、そういうの好きだったんだ」

「実はちょっと楽しみにしてた。趣味ってほどじゃないけど、ヘンテコなモノは手を出したくなるよね。スタンダードに可愛いモノはもっと好きだけど」

『部屋とかめっちゃ少女趣味ですしねー』

「そうなんだ」


 そういえば、南家にはお邪魔したけど、私室には行ってないな。という事は、このフリフリした普段着とかも趣味だったのか。


「……似合わないと思う?」

「いや、むしろ似合い過ぎるから困る。阿古からは何も聞いてなかったし」


 口調は変わってるけど、それ以外は極めて女の子らしいのが妹ミナミさんだ。普通の人が着たら、うわってなりそうな服でも当然のように似合ってしまう。高校の制服とか、どこのコスプレだって感じなのに。ミナミさん以外はきっと目を背けたくなる生徒でいっぱいのはずだ。


「阿古君は時々飾り付けて遊んでるんだけどね。あんまり趣味じゃないのかな」

「何それ、超見たい」

「あとで写メを送ってあげよう」


 フリフリの服着た阿古とか超興味ある。というか、私も着てみたい。写メは勘弁だけど。


「メイド服もいいよね。でも、このセンスはウチの姉だな」

「メイドとして恐縮です」


 なんかこのメイドさん、他の二人とちょっと違わないかな。いや、他の二人も変だけど。


『あーいいですねー。俗世から切り離された少女空間……って、そうじゃなくてっ! 今日の主題は水着ですからっ! 私が着ていく水着!』

「なんでもいいんじゃないかな。そこら辺の絆創膏貼っていくとか」

『やっぱり対応が雑っ!? そんなん大惨事でしょ!』


 さすがにウチの兄貴でも絶句すると思うな。初のリアル顔合わせがそれって、度肝抜かれるどころじゃないだろう。


『うぅ……ウチの妹が冷たい』

「当然じゃないですかね」

『穴熊妹も冷たかった』


 だって、ある程度冷静になった今でもわざわざ相談するような事でもないと思う。


「まあそういうわけだから、水着の件はさっさと終わらせたいんだけど」

『おのれ……。まあいいでしょう。実は着替えて写メ撮り始めたら楽しくなっちゃって、無駄に編集まで力をいれた南美波のファッションショーを見るといい!』


 やっぱり楽しくなっちゃったか。そうなるんじゃないかと予想はしてたけど。

 合図と共に巨大モニターの半分が切り替わり、そこにちょっと恥ずかしがりながらポーズをとった姉ミナミさんの水着姿が映る。映っているのが全身という事は、つまりカメラを持っての自撮りではなく、ちゃんと撮影機器まで用意したという事だ。

 というか、普段見る制服姿でも強調されてるけど、水着だと更にやばい。巨乳なのは覚悟していたものの、ウエストがやばい。つまり、カップ数がやばい。これは本当に同じ人間なのか。そりゃ妹ミナミさんもいやらしい体型とか言い出すよ。


『ど、どうですかね? ちょっと頑張ってビキニから決めてみたんですが』

「なんというか、相変わらずビンタしたくなる乳だな」

『ちょっとっ!?』


 確かに叩けば別の生物かといわんばかりに揺れて面白いだろうが、その反応はどうだろうか。


「もうこれでいいんじゃないですかね。決まりで」

「賛成」

『えっ!? ちょ、これで決まっちゃったら、散々着替えて撮影会した私の労力がっ!?』


 だって、実際これで十分だと思うし。水着の露出度的には大した事ないような気がしなくもないけど、中身が中身だけに十分にエロい。きっと馬鹿兄貴の妄想も捗る事だろう。むしろ下手に露出度を上げてしまうとエロ度が低下しそうだ。

 そんな感じで終わらせたかったのだが、撮影した分はダイジェストで全部鑑賞する羽目になってしまった。見ている最中の私たちの反応は大体『うわー』である。

 結局、最終的に最初に見せられたちょっと冒険心溢れるけど健康的なビキニに決まって、徒労感に襲われたりもした。


 その後、何故か私たちとメイドのプラタさんも巻き込んで水着の試着会が始まった。

 それで理解したのはやっぱり姉ミナミさんの体型がやばいという事だ。同じ水着を着たら泣きたくなるとか想像してなかった。私、そんなにコンプレックスないのに、メイド含めて周りのレベルが高過ぎる。


 ちょっと理不尽にムカついたので、相談料の洋服は多めにしてもらう事を決意した。




-3-




「それで、マスカレイド氏はいつ戻ってくるのかな。私としては、そっちのほうが本題なんだけど」


 謎の試着会を終わって一息と若干冷めた紅茶を飲む。いつの間にか妹ミナミさんの前にあるペットボトルが増えてる気がするけど、見ない事にした。


「なんか海水浴場の下見に行ってるんでしたっけ?」

『あーいえ、前回はそうでしたけど、飽きたと言い出したので出撃……じゃないな、なんだろ……ツーリングに行ってます?』


 何故に疑問形?


「そういえばあの写真でもバイクに乗ってたね。ツーリングが趣味とか? あまり引き籠もりらしくはないけど」

「いや、そんなわけないと思うけど……」


 ウチのお父さんが昔好きだったとは聞いた事あるけど、日光に当たると溶ける疑惑のある引き籠もりにそんな趣味が芽生えるはずないだろう。


『特に問題がなければあと数十分で戻ってくると思います。今のところ分身からも連絡はないし』

「ええ……と、分身とは?」

『ツーリングしに行ったところが通信制限のかかってるエリアなので、緊急時に対応できるように分身を一体エリア外に配置してるんです』

「いや、そういう答えを求めてるわけでは……」


 あまりに斜め上方向の答えに、妹ミナミさんが頭を抱えた。私も意味が分からなかった。……兄貴の分身ってなんだそれ。

 一から説明を受けてみれば、馬鹿兄貴ことマスカレイドは分身できるのだという。ついでに言うと、爆弾怪人の時も三体に分身していたのだとか。説明を聞いても脳が理解を拒否しそうだった。


『というわけで、先日怪人引廻しツアーをした南スーダンへ同じコースでツーリングしに行ってるわけですね。怪人たちがどんな反応をするかとか、更地にしたあと復旧してるのかとか』

「ごめん、前提情報が足りな過ぎて頭に入ってこない」


 色々衝撃的事実を含んだセリフだが、それどころではなかった。


『うーん、自覚はあるつもりだったけど、思った以上にマスカレイドさんに常識を汚染されてるかも。穴熊明日香も気をつけたほうがいいですよ』

「まあ、自覚はあります。姉ミナミさんの場合はそれどころじゃないと思いますけど」

「変だと思ってたウチの姉が輪をかけてひどい事になってる……」

『失礼な。……一応自覚はあるんで、否定はしませんけど』


 否定しないんだ。

 その後、私たちに明かしていい範囲でちゃんと説明してもらったが、それを聞いてもさっぱり意味が分からない。特に、妹ミナミさんはマスカレイドというヒーローの情報が足りていないがためちんぷんかんぷんらしい。


『仕方ないですね。じゃあ、説明がてら特別に先日南スーダンで行われたマスカレイドさん主催怪人引廻しツアーの映像をお見せしましょう』


 そんな感じで見せられた動画は余計に意味が分からなかった。何故銀タイツが十一人もいるのか、それを空中から撮影しているのも同じマスカレイドだから十二人と言われてどう反応しろというのか。私は知らない内に十三人兄妹の末っ子になってしまったというのか。この動画を見せられて、後ろで引き摺られている山がすべて怪人だと誰が信じるというのか。話に聞いていた以上にぶっ飛んだ活動に目眩がしそうだ。これまで私が見せられていたのは、すごく穏当な上澄みだけだったんだなと知る。


「脳が理解を拒むけれど、とりあえずやりたい事の方向性は理解できた……ような気がする。ようは有り余る力を使って怪人の行動に制限を付けていると」

『コレを見ただけで看破するとは、さすが理解が早い』

「そりゃ多少なりとも話は聞いてたから。……それにしたってって感じの手段ではあるけれど。いくらなんでも、最初に見るにはインパクトが強過ぎる」

『じゃあ、もっと分かり易いのにしましょうか。つい先日、日本に怪人が現れた時の動画があるので』


 これまで、なんで日本で怪人が被害を出せないのかいまいち不明瞭だったけど、これを見たあとだとなんで怪人が日本に来ようとするのかが分からなくなる。あんなのと対峙するとか怖くないんだろうか。


『どうも、他の怪人から無理やり生贄として出現させられたらしいんですが……』


 ……そういう強制力が働かないと行きたくない場所として認知されているわけか。馬鹿兄貴や姉ミナミさんが構築した恐怖という土台が機能していると。


『これが生贄として送られてきた三下怪人サウザンド・バッグです。名前からして弱そうですし、実際怪人の中では弱いんですけど、こんなんでも人間の手には負えない暴力装置です』

「こんな凶悪な見た目なのに、そんな冗談みたいな名前なのか……」


 画面に表示された怪人のプロフィール表は姿こそ厳つい怪物だが、相変わらずそれはギャグでやっているのかといわんばかりのネーミングである。

 どうも怪人の名前はその国の言葉によって表記が変わり、時には意味すら別物になる事さえあるというから、これは日本語特有の名前らしい。海外ではまともな名前でも、翻訳されるとこうなってしまうのか。


『そんな圧倒的暴力装置である三下怪人サウザンド・バッグがマスカレイドさんを前にしてとった行動は初手土下座!』

「ええ……」

『許して下さい、なんでもしますからと面白味に欠ける懇願を敢行するサウザンド・バッグに、ん? 今なんでもするって言ったよなと詰め寄り、マスカレイドさんは丁寧に全身の関節を破壊』


 一切の躊躇が見られない機械的な行為だ。最初から許す気など欠片も見当たらない。


『サウザンド・バッグどころかどんな怪人でも一撃なマスカレイドさんは、もちろん優しく一発で仕留めてあげるなんて事はしません。ここら辺の気を使った職人芸の如き繊細なタッチの関節破壊も、マスカレイドさんならではですね』

「……えっと、許す気は」

『もちろんありません』


 問題はないのだが、画面だけ見ていると本当にそれでいいのかと思ってしまいかねない。


『その後、《 影分身 》で増えたマスカレイドさんがサウザンド・バッグを吊るします。ここでポイントなのが、特に必要もないのに分身と内緒話をしているところですね。これ以上何をするつもりなのかと視聴者に無駄な謎を投げつける行動です』


 当たり前のように増えるな。


『おおっと、上辺だけの協議の結果が出たようですっ! サウザンド・バッグに科せられたのは無限メルトアウトの刑だーーっ! 最大ダメージ測定の的としての運命が決定したっ!』


――《 マスカレイド・インプロージョン・メルトアウト 》――

――《 マスカレイド・インプロージョン・メルトアウト 》――

――《 マスカレイド・インプロージョン・メルトアウト 》――

――《 マスカレイド・インプロージョン・メルトアウト 》――

――《 マスカレイド・インプロージョン・メルトアウト 》――

――《 マスカレイド・インプロージョン・メル……


『一発でも即爆散する威力をどれだけ叩き込めるかという実験! 作用点到達までのタイムラグを利用して、無駄なオーバーキルが怪人に炸裂するっっ!』

「何故そんなにノリノリなんだ……」


 妹ミナミさんのツッコミは、一体どっちに向けてのものなのか。


『測定不能をどれだけ重ねようが測定不能なのには変わりないんですが、より恐怖を煽るために四肢の先から認識できる速度で液状化し、サウザンド・バッグは断末魔の爆発すらせずにそのまま消滅しました』

「凄惨極まる映像だな。容赦の欠片も見当たらない」

「これはひどい」


 一方的とかそんな次元ではない。指先一つでも勝てる戦いを如何に効果的に使うかに苦心しているという悪辣さは、敵対してる者からすれば恐怖しかないだろう。そりゃ生贄扱いもされる。

 被害者が異なるので比較しようもないが、ちょっと前に見せてもらった動画の怪人よりよほど凄惨だろう。


『このように、どうすれば効果的に怪人に恐怖を与えられるか、日々マスカレイドさんが考えて行動した結果が今の日本の平和なわけですね』

「実に良く分かる動画と解説だ。妹として姉の精神状態が不安になる」

『大丈夫です。マスカレイドさん見てると、私なんて凡人だなーと思う事ばかりで』


 それで何が大丈夫なのか分からない。



『というわけで、そろそろツーリングが終わったようなのでマスカレイドさんが戻ってきます。どんな反応があったんでしょうねー。案外誰も近寄ってないなんて事も』

「正直、逃げ出したくなってきたんだけど……」

『まー怪人相手じゃなければただの銀タイツマッチョなので。中身だって穴熊明日香の兄ですよ』

「…………」


 何故、私をそんな目で見るのか。あの動画を見たあとだと、アレの妹という評価が甚だしく遺憾に思えてくる。


 会う前から強烈なイメージを植え付けられた妹ミナミさんと銀タイツの顔合わせだったが、実際に会ってみれば割と無難に終わってしまった。

 むしろ、語られる世界の変化とやらの内容が衝撃的過ぎて脳が働かなかったからかもしれない。私では複雑な支配権の問題は表面的な事しか分からなかったが、それでも衝撃なのだ。理解力のある妹ミナミさんの心中はそれどころではなかっただろう。


 そんな価値観を壊されるような体験のあと、後日開催される海水浴については姉ミナミさんが日和ったのか、私たちも参加する事になってしまった。

 ……いや、なんで?



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