第四話「バージョン2」




 七月三十一日、激震が走った。バージョン2導入を目前にして、世界侵攻計画に集まっていた注目が一瞬にして切り替わるほどの衝撃。意識の間隙を縫うようにして前触れもなく発生した南スーダンエリアの虐殺は、あまりに鮮烈で生々しく怪人たちの記憶に刻み込まれたのだ。

 これは、むしろバージョン2導入や侵攻計画がどうでも良くなるくらい深刻な問題である。

 一切の前触れもなく発生したその災害に、一部の怪人は『これが人間たちの怪人に対する印象なのかもしれない』と思ったりもしたが、それにしても規模が大き過ぎる。

 あまりの事に被害規模すら掴めない。南スーダンに滞在している怪人のほとんどが出撃扱いでないため、滞在している人数すら把握していないのだ。一応、現地にも入国を管理している組織は存在するが、その管理組織自体が消滅した事で入出国の精査もできない。これがヒーロー側なら単に怪人を撃破したという扱いになるので問題ないのに。

 アップデート当日に向けて『くくく、怪人の恐ろしさを思い知らせてやる』などとテンションの上がっていた怪人たちは、頭から冷水をぶっかけられた気分だった。当日の作戦行動に組み込まれた怪人の中には直前までのバカンスという名目で南スーダンに行っていた者もいるのだ。予定が狂うどころの騒ぎではない。

 そこまで近々の問題がないにしても、友達の怪人という意味の友人や、反りが合わなくとも付き合いのあった怪人の行方が知れないというのは不安になるものだ。これがはっきりと死亡が告げられたのならまだマシなのにと、先のイベントで誘拐された人間の家族の心境はこんな感じだったのかと思い至る怪人もいた。特に反省はしないが。

 結局、正確な被害が発表されたのは数日経ってからの事だった。実被害としては強烈なインパクトほど大きなものではない。しかし、翌日に控えていたバージョン2導入どころではないのも確かだった。怪人側の侵攻計画とヒーロー側の防衛計画、それぞれに影響が出たのは間違いないだろう。


 後に< 731インパクト >、あるいは< 真昼の仮面舞踏会 >と呼ばれる事となるこの事件がもたらした影響は大きく、その全貌は誰にも把握できない。それを起こした当人ですらだ。


「……それで、一体何があったんだ」

「……言っておくが、俺に説明を求めるのは害しかないと思うぞ」


 現場でマスカレイドに接触し、またしても生き残ったという事で呼び出された八百長怪人ノーブックも、どう答えればいいのかが分からず途方に暮れていた。




-1-




『えらいこっちゃって感じですねー』


 南スーダン襲撃、昔親父の趣味だったらしいツーリングならぬマスカレイド引廻しを無事終わらせて戻ってきてからの反省会。集計された結果を前に、ミナミはちょっと引き気味だった。なんでやねん。


「ミナミ的にはもっと大人し目な結果を予想してたのか? 俺的には大体こんなもんじゃねーかなって感じなんだが」


 失敗してないが、極端に大成功というほどでもない。無難に終わったって感じだ。


『予想の範囲内ではありますが、ねーだろコレって予想まで含めてかなり上限に近い結果ですね。南スーダンに滞在している怪人の総数や分布が分かりませんでしたし、マスカレイドさんの撮影した映像を確認して、こんなにいるんだって驚いたくらいで』

「ああ、確かに。最終的には山みたいになってたからな」

『山でしたねー』


 思わず、まるでミナミさんの乳のようだという言葉が口から出そうになったが、かろうじて思い留まる。このタイミングでの直接的なセクハラはちょっと避けたい。


 作戦の結果に意識を戻すと、国境に多く怪人が分布していたのは知っていたが、内部にも思ったよりいたという感じだ。害虫駆除のために薬品を放り込んだら想像以上に虫が湧き出してきたみたいな話である。橋頭堡という扱いから、前線基地的なモノが建設されているかもしれないとは思っていても、本格的に入植するような街が……元の面影がなくなるレベルで出来上がっているとは思ってなかったのだ。

 なんか牧場みたいなところまで整備されていたが、元々南スーダンにあんな場所はない。怪人が牧場造ってどうしようというのかと疑問に感じもしたが、あとからその正体を知ってげんなりさせられたものだ。


「……しかし、恐ろしい奴だ。種馬怪人ダーティ・スタリオン」

『いやまあ、絵面的には恐ろしいかもしれませんけど』


 方向性はまるで違うが、思わず直前のセクハラ自制が揺らぐほどのインパクトである。

 なんせ特殊性癖四天王など霞むほどのド変態だ。名前そのままの意味で汚過ぎる。プロフィール情報に掲載された画像など、強烈過ぎて夢に出そうなくらい。まだまだ俺の想像を超えてくる怪人は多いという事なのだろう。

 これが被害に遭ったのが人間だったら怒りのほうが大きくなるだろうが、被害者が馬では困惑するしかない。極力轢き殺さないようにはしたが、何頭か巻き込んじゃったし。


『最終的な撃破数は千飛んで五十七体。大半は戦闘員イーですが、これまでの戦果と比較しても群を抜いています。獲得ポイント数も文字通り桁が違いました』

「最後のほうはさすがに逃げられたみたいだが、混乱してたのか緊急脱出できなかった奴も多かったみたいだしな。もう一回やったら、半分も稼げないだろうが」

『やっぱり、次からは警戒されますかね?』

「されるだろうな。前例ができて緊急時のマニュアルが確立したら、もっとスムーズに逃げられるだろう。それ以前に、数も分散するはずだ。やるなら手段を吟味する必要がある」

『今回の結果が次回の伏線になるわけですね、分かります』


 現地で俺が辿ったのは、南スーダンの南側から北へと駆け抜けたほぼ直線と言ってもいい経路だ。国土からしてみれば面積的に大した事はないというのはバレバレだし、これを基準として分散されたら被害は確実に減る。また、作戦時間は一時間以上もあったのだから、緊急脱出するにしても十分な時間だろう。これが橋頭堡ではなく本拠地ならまた別なのだが、同じ事をやっても今回以上の戦果は期待できない。

 実をいうと、引廻してた中にも緊急脱出で抜け出した奴はいるっぽいのだ。詳細は分からないがあきらかに数が合わない。奴らの緊急脱出システムが分からないから、どうしたら防げるのかも良く分からない。

 ここら辺の情報に関しては正直分かるような気がしない。怪人がヒーロー側の情報を制限されてるっぽいのと同様に、これらも制限されている気がするのだ。


「本来の目的である楔は打ち込んだ。戦果はオマケみたいなもんだが……まあ、今回は素直にボーナスと考えておこう。しばらくこんな巨大なポイント収入はないだろうな」

『そりゃそうでしょうけど、何に使いましょうかね。私のもらえるポイントってマスカレイドさんの十分の一なのに、額面がえらい事になってるんですが』


 怪人捕獲用の網をはじめ、結構な費用が必要になった今回の作戦だが、そんなものは鼻で笑えるほどのポイントが発生している。始末に困って怪人の山を網ごと溶かしても気にならないほどだ。


「かみさまからも使い道についての相談が来てるんだよな」

『自分の権能とか一切興味なさそうですね』


 当然の話だが、今回の件はかみさまにもポイントが発生している。とはいえ、やった事に対する反応はめっちゃ淡白で、むしろポイントの使い道についての話のほうが長かったのが印象的だ。

 ポイント的には元々持っていたらしい権能や名前などの大部分を買い戻せる量らしいのだが、一切手を出す気配がないのが恐ろしいところである。個人的にはずっとかみさま呼びもアレなので、できれば名前くらいは取り戻して欲しいのだが、そう単純な話でもないらしい。実際にアレな信者の末路を見ているので、分からなくもないが。


 一番最初に手を出しそうな寝具も、ある程度高級品を揃えた段階で満足してしまったようだし、今以上を求めて吟味するのもその労力を考慮すると気が進まないらしい。

 怠ける事に直結するモノ以外ではほとんど物欲は湧かなそうだし、必要なものはすでに手に入れてしまっていてポイントの使い道には困る状況だ。別に死蔵してても問題はないのだが、ただ寝てるだけよりは色々考えたほうがいいだろう。変わった趣味に目覚めるかもしれないし。

 ちなみに、気長で手がかからない趣味って事でマリモの飼育を勧めてみたら、過去を思い出すからと却下された。かみさまにとって、あの世界の人間はマリモと同類らしい。


「使い道は別途考えるとして、しばらくはポイントが原因で行動に制限がかかる事はなさそうだな」

『カタログがすべて解禁されているわけでもないから断言はできませんが、そうですね』


 今なら一括でマスカレイド・ミラージュを買ってもビクともしない。購入制限でどの道二台目は買えないのだが、もし似たような専用機……たとえばマスカレイド・ロボがラインナップされても問題ないという事だ。少なくとも、現在利用可能なカタログ商品の中で買えないものはない。

 とはいえ、青天井式で高額になっていく商品……拠点の拡張などは別枠だ。たとえば、拠点として使ってるこの部屋を物理的な制限を無視して拡張するとする。一段階目は安いものだが、拡張規模によって際限なく必要ポイントが増えていくのだ。上限がどこにあるかは知らないが、自分の部屋を面積一〇〇平方キロメートルにしたいはずもないので、そもそも必要かどうかと聞かれると疑問ではあるが。絶対落ち着かない。


「ミナミは買いたいものとかないのか? ほら、データセンターを自分で構築するとか」

『自分で構築したデータセンターをクラックするわけにも……』

「なんでクラッキング前提やねん」

『クラッキングは冗談にしても、特に使い道はないですねー。データセンターもいらないですし』


 本当に冗談ならいいんだが、判断に困る。いらないと言ってるのが、『巨大なデータは壊すために存在するのだ、ふははー』的な意味ともとれてしまうからだ。


『オペレーターフロアでお高いお菓子配ったりはしましたけど、実際悩ましいところですよね。普通に欲しいものならこれまでだって十分に足りてたわけですし、それは常識から一歩くらいはみ出したものでも似たようなモノなわけで、結局オペレーターの権限やサービス関連に行き着くんですよね。パソコンのスペックアップとか、回線の強化とか、あとはウインドウを増やしたり』

「こっちも似たようなもんだな。とりあえず、ヒーロー自販機の商品枠は追加したが」

『本当にとりあえずですねー』


 こういうのは、ない時は色々欲しいモノが思いつくのに、いざなんでも買えるとなると興味がなくなるものである。

 ヒーローカタログの場合、人間社会で販売されているモノに関してかなりの値引きがされているため、現行最高スペックのパソコンを購入したところで大したポイントは必要ない。部屋の中にある家具をすべて最高級品にしても保有ポイントからすれば誤差のようなものだ。パソコンのために全裸で氷河怪人を倒しに行った事を考えると、随分稼げるようになったなと思う。

 不自然にならない程度にライフラインのバックアップは用意しておくか。いきなり料金がゼロになったら不自然だから、あくまでバックアップとして。


「お前のところって、家賃光熱費食費はタダなんだったけ?」

『ええ、生活にはまったく困ってないんですよね。一応、このビルでも高級プライベートルームとか、専用のオペレータールームとか借りられたりしますが必要かどうかは……』


 詳しく聞いてみれば、ポイントを追加してサービスを増やしたりランクアップさせたりはできるものの、無料のものだけで十分な内容だ。選択肢が増える事はいい事だろうが、そもそもそんなに利用している感じもしないし。

 食堂の提供メニューを増やしたりはしているようだが、それも些細な額だ。でも、上を見たらキリがないらしい。当然の如く、コスパなんて存在しない世界の話である。


『無制限の外出権は確保しようと思いますけど、立場上あんまりここを離れるのも問題がありますよね』

「メイド連中がまだ修行中だからな。問題ないとは思うが、フルでミナミと同じ役目を果たせるかは不安がある」

『で、ですよねー。やっぱり、マスカレイドさんのサポートはミナミちゃんでないと』

「でも、マスカレイド安全基準法が適用されるような月の下旬とかなら別に……」

『い、いや、それ以外にも色々ありますし! 情報分析とか、クラッキングとか』

「そりゃ、お前の判断だから強制はしないが。あとクラッキングは止めろ」


 ミナミさんも出不精になったのだろうか。普通、ここまで同じ場所にいると外出したくなるのが普通の感性だろうに。俺はまったく共感できないが、共感できないだけで理解はできるのである。

 こうして画面越しでも対面しているほうが、無差別なサイバーテロを防ぐには良かったりするんだろうか。偶には一人孤独にオンラインで無双したいんだが。


『やっぱり、基本的には貯金ですかね。バージョンアップに伴って商品が増えたりもしそうですし』


 現在、マスカレイドのヒーローランクは5だ。しかし、カタログについては制約があるのかヒーローカタログⅢまでしか受け取っていない。そのラインナップの中でさえ不自然な隙間があるくらいなのだ。ランクについてもこれが上限とは思えないし、実績が運営の想定よりも先行しているというのは見てとれる。


「バージョン2絡みでどんなポイントが必要になるかも分からんが、とりあえずセカンドフォームは一括で購入したい」


 必要になった時にまたローンを組まされるのは、テンション下がるから避けたいところだ。言葉にするだけでも結構重圧がある。


『予告はされてても、値段とか条件とか非公開ですからねー。カタログ自体もまだまだありそうですし』


 たとえば、政府が保有するカタログ用はポイントの入手手段含めて謎ばかりだし、エリア占拠に関してもポイントが絡んでくる事が考えられる。

 なんなら、ヒーローによってスペックや値段が違うくらいは平気でやってきそうだ。


『アップデートは明日なので、今日の反省会をしつつそれを待ちましょうか』

「待つのはいいが、結局現地時間なのか標準時なのか、適当なところで急にアップデートされるのか分からんのがな」


 バージョン2公開直前の今になっても、その適用方法は明かされていない。運営が忘れているのか、それも演出なのか、理由は分からないがちゃんと公開してもらいたいものだ。


 結局、更新されたのは日本時間にして翌日の午前九時頃……協定世界時の日付変更とほぼ同時に専用ページの更新が行われた。


 ……その日、世界はまたその姿を大きく変えたのだ。




-2-




「……で、なんでこんなに静かなんだろうな?」

『さあ?』


 バージョン2が適用されてから数時間。日本の時刻的にはもうすぐ昼なのだが、世界情勢は大きな混乱もなく穏やかなものだった。専用のWebページも更新され、新しい仕様も把握して、さてどう動きがあるかなと注視していたのに、ある意味予想外である。


『スタートダッシュ的な大規模襲撃があるかと思ってたんですけどね。なんでこんなに散発的なんでしょう?』

「いつもよりちょっと多いくらいだよな」


 更新直後の混乱を狙って一斉に怪人が出現する事を想定していたのだが、そんな動きは見られない。怪人側が正確な更新時間を把握していたかは分からないが、今日である事は分かっていただろうし、そのつもりなら準備はすると思うんだが。

 実際、ヒーロー側はそれに備えて準備していたところがほとんどである。この時期に合わせて緊急時のヘルプを依頼するヒーローが多かったので間違いない。ヒーローブログで有休とったと発言している者もチラホラいたくらいだ。


『一応、エリア占拠率の稼ぎ易そうなところに多く出現してるみたいですが、たまたま重なっただけと言われても納得できる程度ですね、これは』

「今出撃してるのは中国にブラジル、あとは例の北アイルランド……って、元々動向が不安視されてたところだもんな。アップデート前から多いところだ」


 占拠率に変動があるのだから、動向としては間違っていないのだが、どうにも動きが鈍い。俺たちとしては、エリア単位、国単位の陥落はないにしても、日本でいうところの県単位の陥落はあると思っていたのだ。なのに、その下の最小単位ですら無事なままである。

 一方で、やんちゃなヒーローがアトランティスの一部エリアで支配率を稼いではいるから、バージョン2が適用されてないって事もなさそうだ。もっとも、ヒーロー側が同調して動いていないので、それも誤差の範疇だが。

 ちなみに、イベントで占拠率と読んでいたものは支配率に変わったらしい。名声値はそのままだ。


『タイミング的に、やっぱりマスカレイド引廻しの影響ですかね?』

「絶対ないとは思わんが、そんなに影響出るか?」


 確かに蹂躙はしたが、被害を出したのは俺が通過したところだけで、広い南スーダンからしてみれば線といってもいいような面積でしかない。そんな狭いところにたまたま主力の怪人が多数集結してて轢き殺してましたって線は薄いだろうし、俺のリザルトに表示されている中にそんな幹部っぽい奴はいなかった。


『あ、やっぱり変だと思ってる人はいるみたいですね。他所のヒーローチームから直接メールが来ました』

「俺たちだけが変に感じてるわけじゃないって分かったが、謎は解けないままだな」


 回答は出る気がしない。運営側でも把握しているか分からないし、問い合わせても回答に困るだろう。ネットゲームでサービスインしたのに、なんでログイン祭りになってないんですかと聞くようなものだ。

 ポイント使ってノーブックやカメラマンにメッセージを投げる事も可能ではあるが、奴らは基本的に敵だ。下手にこちらの情報を渡したくないし、何より情報制限に引っかかる可能性が高い。……保留。


「よし、動向は注視し続けるとしても様子見で」

『それでいいのかって感じですが』

「どうせ、ヒーロー側は後手に回らざるを得ないんだ。ただ待つよりは、それ以外の情報整理をしてたほうが有意義だな」


 というわけで、片手間に見ていたバージョン2の仕様変更に意識を集中させる事にする。


『じゃあ、長谷川さんを通して政府にも情報を渡す必要があるので、おさらいでも。これが主にメイドたちにまとめてもらったプレゼン資料です』

「なんでパワポやねん」

『初心者に教えやすかったので』


 唐突にオフィスソフトが起動したので、思わず吹き出しそうになった。ミナミがやる場合、なんのソフトを使ってるのか分からない事が多いだけに、すごく庶民的に見えてくる。大規模イベントとかでOS画面が見えてしまったような違和感だ。といっても内容に問題があるわけでもなく、専用ページに記載されていた装飾過多な情報がシンプルにまとめられている。

 ちなみに、こういうのはアルジェントが得意らしい。


『まずは目玉っぽいエリアシステムからですね。アップデート前の比較を添えておきました』



■ エリアシステム


既存のエリアシステム。

 国家、あるいは州、省、県など地域単位で一定のエリアを区切り、担当ヒーローを配属。このエリアは面積、人口などを基準として複数の国家に跨る事もある。

 同時出現可能な怪人は基本的にエリア全体で一体。出現インターバル、累計出現数に上限はない。ただし、イベント、決闘システムなど例外も多数。

 エリア担当ヒーローは出撃優先権を持ち、出現している怪人の付近に転送する事ができる。

 怪人出現後一定時間超過する事で担当外ヒーローの支援出撃が可能となる。この優先権は担当ヒーロー、担当オペレーター、担当神によって譲渡、破棄が可能。

 被害が出てもシステム的な変化はない。

 担当ヒーローが全滅した場合、支配権が怪人勢力に移行する。


更新後のエリアシステム(バージョン2)

 バージョン1のエリア分割に加え、更に細分化されたエリア管理が行われる。日本の場合は県、郡、市町村、島などで区切られ、個別に管理される。

 細分化されたエリアごとに支配率というステータスを持つ。これは人間支配率、ヒーロー支配率、怪人支配率それぞれの値が設定され、最も支配率を確保した勢力が優位な影響を受ける。

 怪人の同時出現数、最大出撃数、出撃インターバル、戦闘員の出撃数などは支配率に依存する。怪人支配率0%で現在と同等。

 この支配率はバージョン2リリース時点で一律人間支配率100%に設定される。(南スーダン、アトランティスを除く)

 支配率の更新は一日ごとに行われ、月末の最終評価では支配率に応じたポイントが発生。その時点で最も多く支配率を持つ勢力に支配権が移行する。

 担当ヒーローが全滅した場合、死因を問わずエリアのヒーロー支配率は怪人支配率に加算され、0%となる。

 10%以上の支配率を持つエリアの代表者へエリアカタログが提供される。発生したポイントを使用してカタログを利用可能になる。このカタログは支配権の移行が発生した際に消失、ポイントは失われる。

 エリア代表は支配権を持つ勢力の中から、そのエリアに対して実質的な影響を多く持つ者が選出される。人間の場合、その土地の有力者、行政指導者、法的な所有権を加味して自動選出される。

 10%以上の支配率を持つエリアに対し、ポイントを消費して優位な効果を持つ設定、施設・設備の配置が可能となる。支配率が高いほど実施可能な事が増加、消費ポイントが減少する。ヒーロー、怪人は個人所有のポイントで代用も可能。


人間支配率の変動要素

・人間の定住(人口)

・人工構造物の設置・破壊

・怪人による住人の殺害・負傷

・エリア住人・近隣住人の認識(誰がその土地の支配者なのか)


ヒーロー支配率の変動要素

・ヒーローの出撃/別エリアからの侵入

・エリア内での勝敗(撃破、撃退、敗北、撤退)

・ヒーロー施設・設備の設置・破壊

・担当ヒーローの死亡

・エリア住人・近隣住人の認識(誰がその土地の支配者なのか)


怪人支配率の変動要素

・怪人の出現/別エリアからの侵入

・エリア内での勝敗(撃破、撃退、敗北、撤退)

・怪人施設・設備の設置・破壊

・エリア住人・近隣住人の認識(誰がその土地の支配者なのか)



「簡単に言えば、システム的な保証がされた陣取り合戦だな」


 この場合、重要なポイントは……いや、どれも重要ではあるんだが、俺が重要視するのはヒーローが個別の勢力として扱われている事だ。ヒーローがそのエリアを支配する事が、必ずしも人間にとって優位に働くとは限らない。


『これはマスカレイド王国建国の布石……っ!』

「ねーよ」


 何故そんな面倒臭い事しないといかんのだ。

 だがまあ、担当ヒーローが支配権を持つというのはアリといえばアリだ。俺が支配権を持っていたところで人間にそこに住む事を拒む気はないのだから、ある意味これまでと同じだ。定期的なポイント収入が増えるだけである。……しかし、そのポイント収入が問題なのだ。


『しかし、ジャンル的にヒーローモノなんですかね、これ?』

「実際に戦うのはヒーローと怪人だから、そこは変わってないが……ゲームにたとえるならジャンル変わり過ぎって話になりそうだ」


 たとえるなら、アクションゲームから戦略SLGに変わった感じ。昨今ではなかなか見られない大胆なジャンル変更である。別タイトルでやれと言われそう。

 まあいい。どれだけ力を持ってようがプレイヤーどころか駒でしかない俺が口を挟むような話ではない。用意された舞台の上で如何に上手く行動するかがポイントなんだ。いくら悪辣だろうが、運営に逆らう気もないし。


『まあ、冗談は置いておいて、人間はこうやってポイントを手に入れるわけですね』

「……超面倒臭えな」

『まったくですねー』


 当たり前だが、ポイントを手に入れるための手段が回りくどいとか面倒だとか、そういう話ではない。……ポイントをエサにして人間を動かすように用意された盤面が面倒臭いのだ。


「人間のエリア代表が行政指導者に固定されるならまだマシなんだがな。もしくは総理大臣の一括管理」

「この定義だと、その地域を牛耳ってる名士とか地主が代表に選出される可能性がありますね。……マフィアとかも」


 日本はともかく、国によっては行政がまったく力を持たずに代表として認識されていない場所だってあるだろう。そういった連中がカタログを保有した場合、公表などしないだろうし、私利私欲のためにポイントを使う事ができる。結果、権力の一極集中が進むわけだ。そして、そんなエリアにヒーローが出撃するかと言われると判断が難しいところである。


 間違いなく地域ごとの権力闘争が過激化する。カタログには、欲を持つ者なら絶対に無視できない魅力がある。それは、癌を非活性化させる錠剤なんてものが出てくる時点で明白だ。こんなエサをチラつかせられて、正気でいられると期待するほうがおかしい。どんな高潔な人間でも容易に転びかねない劇物だ。

 たとえば、自身の若返りとエリアの防衛施設設置なんて二択があったとして、老人の権力者が前者に魅力を感じないとは思えない。これが支配者が行政指導者であるなら民意を通す事も不可能ではないのだろうが、それだってどれくらい期待していいものか。支配権失効時はカタログとポイントを失うとあるが、ポイントから現物化したモノが消失するとは記載されていないし、おそらくされないだろう。無数にあるルールの穴はおそらくわざと残されたものなのだ。

 現時点でほぼすべてのエリアが人間の支配領域である事を考慮するなら、それを当たり前の既得権益と認識する者も多いだろう。そんな中、たとえヒーローが支配してポイントが減収した場合、環境が維持されたとしても不満を持つのが人間というものだ。中にはパーセンテージが100%でないと納得しない者さえいるはずだ。発生するポイントは支配率に左右されるのだから。

 こんなもの、いくら力があったとしてもいちヒーローが制御できるものじゃない。よって、深く介入はしない事を決意した。


「基本的に支配権に関する権力闘争にはノータッチでいく。怪人に支配権を渡す気はないが、関わってられるかこんなもの」

『まー人間同士の権力闘争に関わらないとすれば、ウチとしてはそこまで問題はないですよね。日本に関しては怪人の支配率が増える要素が見当たりませんし』

「まーな」


 支配者が行政指導者だろうがマフィアだろうがテロリストだろうが、直接の被害がないなら気にしない。ましてや外国の事なら放置一択だ。行政指導者が支配権確保できた国がどれくらいあるか分かったものじゃない。

 そういう点を無視すれば、今回のアップデートで直接マスカレイドの不利に働く要素はほとんどない。対怪人だけを想定するなら、今までと大差ないはずだ。


「日本はある程度問題ないにしても、世界情勢が絡むと政治的に大変な事になりそうだ」

『今まで以上に日本の安全が魅力的に映る。移民や難民が押し寄せそうですね。東南アジアはともかく、中国はヒーロー間の派閥争いが激化してますし、今回のコレで加熱しそう』


 シャレになってないから困る。周りを囲んでいる海が障壁になるが、万能じゃない。怪人が出てくる前だって密入国者はいたのだ。治安の悪化が心配される。

 ……たとえそれで治安が悪化しても、怪人被害がない分遥かにマシってのが困った話である。マスカレイドの存在と、それによって安全が確保される日本は、間違いなく世界から見て垂涎の存在となるはずだ。


「ますます長谷川さんの舵取りが重要になるな」

『内臓強化できるサプリでも支給しましょうか。胃が溶けてなくならないウチに』


 マジでそれくらいシャレになってないから困る。内調の近藤さんもだが、絶対同じ立場になりたくない。……壁を維持するためにも、少しどころじゃない飴は用意してあげないと。




-3-




 もちろんアップデートはエリアの仕様変更だけではない。細かい部分も多く手が加わっている。


■ 戦闘員の追加

 怪人支配率が10%以上のエリアでは、怪人が戦闘員を引き連れて同時出撃する事ができる。

 同時出撃可能な戦闘員の人数、ランクはエリア支配率、設定の他、怪人の能力にも影響を受ける。


「ここら辺は想像通り。しいて挙げるなら、日本だと戦闘員の出番はなさそうだって事くらいだな」

『日本で支配率10%を維持するのって至難どころの問題じゃないですからね。ちょっと方法が思いつきません』



■ 新規ヒーローの任命

 ヒーローマップ完成時の人数を各担当エリアのヒーロー枠として、枠が空いている場合に限り担当神がヒーローを新規任命する事ができる。

 対象は人間、アンドロイド、バイオロイド、カスタムロイドなどの知性体。初期のヒーロー任命同様、担当神ポイントを使用しての任命となる。


『一応でもヒーローの補充が可能にはなりましたが、マスカレイドさんの一人体制はそのままって事ですね』

「担当神のポイントに一番余裕があるのはウチのはずなんだが、まったく機能してないな」


 これはつまり、いくら劣勢でもポイントが足りなければ人員は補充できず、ポイント移譲ができないからかみさまと同じ立場の存在が自腹を切らないといけないわけだ。

 他所がどんなスタンスかはいまいち分からないが、ヒーローの新規補充はかなりハードルが高いと考えたほうがいいだろう。

 任命する対象については人間でなくとも良さそうだが、どちらが良いのかの判断は難しい。


「これって、追加で南スーダンやアトランティスの支配権を確保した場合はどうなるんだろうな。枠追加?」

『確かに気になりますね。問い合わせしましょうか』



■ カタログの追加

 エリアカタログの他、多数のカタログが追加。ディスカウントカタログ、レンタルカタログなど、これまでにない用途のカタログも完備。

 また、ヒーローカタログⅢ以降で購入可能になる昇華技など、既存のカタログで購入可能な商品も適用範囲の拡大などでラインナップが追加されている。


「まだ自分に関係ありそうなものしか目は通せてないが、専用必殺技が強化できるっていう昇華技は微妙だな。特に必要かって言われると困る内容」

『マスカレイドさんの場合、そもそも必要あるのかってところから始まってますからね』


 インプロージョンが万能過ぎて困る。やろうと思えば遠距離攻撃すらできる防御不能技なので、大抵の事は代替できてしまうのだ。むしろ威力を通常攻撃以下にする必殺技が欲しいのに、それはできそうにない。

 普通ならそこに燃費や使い勝手の問題が絡んでくるのだろうが、マスカレイドさんの場合は無尽蔵のヒーローパワーがあるだけにどうにでもなってしまうのである。




 そして、ちょっと期待してたセカンドフォームについては……。


■ セカンドフォーム

 順次実装予定です。


「なんでやねん」

『必殺技同様、マスカレイドさんの場合はすぐに必要になる事はないかと思いますが』

「見た目変わるやろ。サンプルのマスクドコマーシャルさん変わってたし!」


 さすがにフォームチェンジまですれば見た目も少しマシになるのではないかと期待していたのだが、まさかの発表である。

 この憤りをどうしてくれようか。セカンドフォーム用に貯金するポイントだって、このままではヤケで使い込んでしまいかねない。というか、必要ポイントすら不明なのだ。


『だから引廻しの時に革ジャンを装備登録しましょうって言ったのに』

「狙い過ぎで絵面がネタになるだろ」


 ぶっちゃけた話、銀一色なのはアウターを着込めば誤魔化せるのだ。何を羽織ればマシになるかは要検討だが、装備登録すればいいのだから不可能ではない。

 それに加えて、こうも銀タイツと蝶マスクの出で立ちが広まってしまった以上、イメチェンするのにも影響が出かねない。迷彩として別の色に変色するという手もあるが、やはり怪人たちの恐怖のイメージは今の銀タイツなのである。その点、セカンドフォームは元の装備から変身する仕様って事だったので期待していたのに、このザマである。


「仕方ない。イメチェンも兼ねてなんか装備買うか」

『じゃあ私がコーディネートしましょう』

「ノーサンキューで」


 ミナミに任せると間違った方向にかっ飛んでいきそうで困る。別に本人のセンスを疑っているわけではないのだが、コーディネートする対象がマスカレイドになると変なイメージが先行してしまうかもしれない。肩から謎のトゲが生えてるとか、変な触手がくっついてるとか。


 というわけで、新規商品を含めて色々と物色してみる事にした。

 その結果、俺が手を出したのは既存装備、マスカレイドセットBの中に含まれる追加パーツ、< アドバンスド・プロテクター >だった。元のスーツはそのまま、関節部や局部に追加の硬質プロテクターを装着するという装備である。マスカレイドセットB自体、性能的には今の装備と大差ないので手を出していなかったが、そんな中で唯一ビジュアル的に分かり易いアクセントを加えられそうな装備がコレだ。元々セット用として含まれているのだから、追加パーツを付けると浮くだけじゃないかという心配も無用である。あと安い。


 実際に単品購入して装備してみると、それぞれのパーツが銀主体なのは変わらないが、のっぺりとした見た目にもアクセントがついた感じだ。元がアレだから贔屓目に見てしまうところもあるが、悪くない。

 元のイメージを上書きするほどではないし、プロテクターパーツはスーツに接着しているので使い勝手も変わらない。一応防御力向上の意味もあるらしいが、そこはあまり意味はない。元から無敵である。

 ひょっとしたら、これをセカンドフォームだと勘違いする怪人が出てくるかもしれない。


『なんか局部が主張され過ぎてて卑猥な感じが。そのパーツがパカッと開いて発射みたいな』

「ねーよ」


 でも、ミナミにはいまいち不評だった。

 そりゃパカっと開けば小便はし易くなるだろうが、これは上から追加しているだけなのだ。


『普段着とか買うのはどうですかね? ほら、どうせ出撃時には登録されたヒーロー装備になるわけですし』

「ああ、汚れないから気にしてなかったが、元々の普段着はサイズが合わないな」

『今さらかって感じですけど』


 このスーツ、汚れないから便利なのだ。別に自分の部屋なら人目を気にする必要もないし、替えの服を買うって発想が頭から抜けていた。良く考えてみれば、同じように汚れないタイプの普段着だって売っているだろう。

 というわけで、色々と衣類の物色も始める事にした。


『ほら、マスカレイドさんの体格に合うようにサイズ調整機能がついたメイド服が』

「お前、本当にそれ見たいのか? 面白いのは最初だけだぞ」

『居た堪れない気持ちになるマスカレイドさんを眺めるという目的が……』


 ひどい奴である。最近ちょっと慣れ進行して遠慮がなくなってきた感があるな。由々しき事態である。


 そんな風にミナミの衣替えも含めて色々物色していると、突然宙から何かが降ってきた。いつかの果たし状のようなものかと思ったが、降ってきたのはカタログだ。


「なんじゃこりゃ……」

『そういえばもう朝ですね。なにかの条件を満たしたとか? なんのカタログですか?』

「……エリアカタログだな」


 表紙を見れば、それがバージョン2でエリア支配者に配られるというエリアカタログだった。特に何もしてないのに何故送られてきたのだろうか。


『あれ? 南スーダンの複数エリアでヒーロー支配率が10%超えてますね。主に引廻ししたルートで』

「なんでだ? アップデート前の戦果は反映されないはずだろ?」


 だからこそ引廻しを決行したという部分もある。別に南スーダンなら支配率が増えたところで大して影響はないが……。


『支配率変動条件を見るに、怪人たちにあのエリアの支配者だと認識されてしまったのでは?』

「……マジかよ」


 どんだけ恐怖してんだ、怪人。いや、目論見としては正しいのだが。


「偶然ではあるが、エリアカタログの内容を確認する手間が省けたな」

『ラッキーといえばラッキーですね。権力者経由だと、実物でもない限り情報にフィルターかかるでしょうし』


 すべてのエリアカタログが同じである保証などないし、人間同士の要素などもあるかもしれないが、傾向を見るだけなら十分だ。


「とりあえず、エリアからの収入はまだないと。使う分には俺のポイントでもいいんだっけか」

『ポイントが付与されるのは月末みたいですしね。試すとしたらマスカレイドさん個人のポイントになるかと』


 商品ラインナップとしては、以前政府にも配られたカタログと似たような感じだ。例の抑制剤も掲載されている。


「なんか割高だな。同じものならヒーローカタログのほうがかなり安い」

『支配率によって値段変わるはずですけど』

「それを加味しても高いな。多分、これ元の値段からして違うだろ」


 ヒーローや怪人向けと人間向けのサービスは別モノという話なのだろう。エリア支配によるポイント収入がどれくらいになるかにもよるが、これじゃ抑制剤すら気軽に購入できない。

 ……そういう反応を折り込んでの設定なんだろうな。ますます長谷川さん経由のラインが重要になりそうだ。


「あとは、エリアに設置する施設とか……エリア設定は、そもそも購入不可が多い」

『支配率が足りないとかですかね? なんか嫌がらせに使えそうなお手頃施設とかありますか?』

「あんまり無駄使いする気はないんだが、嫌がらせか……確かにその方向ならアリだな。……これなんかどうだ?」

『看板ですか?』


 俺がミナミに見せたのは時計付きの看板だ。色々オプションを付けても大した値段ではない。


「カウントダウン付きで、その時間が来ても特に何も起きない設定をする」

『ああ、そういう意図で。でも、良く考えたら反応は見られないんですよね。支配率が増えたら中継や転送も使えるんでしょうか?』

「中継カメラも付けられるみたいだが、ちょっと高いな。……まあ、お試しだし、とりあえず設置してみよう」


 そんなわけで、適当に君たちの大好きなマスカレイドさんからのプレゼントだぞって分かるようなデザインにして、看板をいくつか設置してみた。

 一定以上のダメージを与えると爆発する、蝶マスクモチーフデザインのカウントダウン時計だ。設定時間は一ヶ月ほど。しかし、その時間が来ても何も起きずに消えるという本当の意味での嫌がらせである。

 これまで散々な目に遭わされてきた怪人諸君なら、きっと無駄に深読みしてくれる事だろう。もし、カメラマンやノーブック経由で説明したとしても、何も起きませんという言葉がまったく信用できないのがいい。




-4-




「……ん? 良し、お膳立ては整ったな」

『え? この看板になにか別の意味でも?』

「いや、別件だ。看板は関係ない」


 実を言うと、少し前からかみさまとメッセージツールでやり取りしていたのだ。PC上で動かしているので、ミナミが見ようとすれば見えてしまうのだが、まだ気付いていないっぽい。


「お前、去年した約束覚えてる?」

『えーと、すいません、いつ頃の話でしょうか』

「長谷川さん勧誘したあとくらい?」

『……すいません、約束なんてしましたっけ? メモ見ても特に……あれ?』


 どうやら忘れていたようだが、記憶を辿って思い出したらしい。


「かみさまがリゾート施設を造ってくれたらしいから、約束通り海水浴を実施したいと思います。できれば安全基準法で怪人出ない時のほうがいいから、今月の後半かな?」

『え? は? いや、ちょっと……』

「もうポイント使って設置しちゃったらしいからキャンセルは禁止です。なお、ミナミは強制的にエロ水着持参で」

『え、えーーーーっ!?』


 そこは譲れないのである。なので、完全に退路を絶った上で押し切る。


『ちょ、ちょちょちょ……タンマ! シンキングタイムを要求するっ!?』

「いやまあ、どの道下旬だろうからそれは構わんが、決行は確定だぞ」

『ぇ、えーと、その……まずい、思考がバグってる。エラーが口から出てきそう』


 どんな状況だ、それは。というか、そこまでテンパる内容か? 最悪、間違って持ち込んでしまったというスク水でも逆にアリなんだが。


「いやな、前も言ったが、妹が一回くらいお前と会っておけってうるさいんだよ。それともミナミはアレ? 画面越しじゃないとテンパるタイプ?」

『そんな事はないですし、そもそもメタ的には……』


 そういう危険な事はやめるんだ! 次元の壁を破壊しかねない!


「絶対に嫌っていうなら考慮するし、どうしても着ていく水着が決められませんっていうんだったら、全裸で妥協するから」

『なんの妥協ですかっ!? というか、行きたくないわけでもなくてですね』


 どっちやねん。まあ、嫌と言っても最終的にはこのイベントに行き着くよう調整するだけなんだが。


『……あぅ……ダメだ、この調子で話し続けるとドツボにハマる。ぐぬぬ……これがマスカレイドの罠』

「否定はせんが」


 ミナミさん、俺の手口は大体把握してるからな。それに対処できるかはまた別として。


『じゃあ……アレですっ!? 作戦タイムを要求しますっ!!』

「作戦タイムっていっても誰とだよ。……ああ、オペ仲間?」

『いえ、それもアリですが、妹さんをお借りします。ちょっと電話で呼び出すので、奥のリビングを専有します!』

「お、おお。……想像以上にテンパってて反応に困るんだが、やっぱなしはダメよ」

『大丈夫ですっ!! ここで穴熊明日香を召喚するっ!!』


 でも、何が大丈夫か言わないあたり、ちょっと冷静になってきてるな。一体ウチの妹相手に何を話すつもりか知らんが。


『マスカレイドさんはアレです! 席外して下さい』

「そもそもリビングに行く気はなかったが」

『いえ、どこか行ってて下さい! 怪人出たら呼び出ししますからっ! あとからメイドから聞き出すのもダメですからね!』

「お、おお……」

『キシャーっっ!!』


 なんだか分からないがとにかくすごい気迫だ。大人しく従っておこう。

 ……と言ってもどうしようか。緊急対応の準備は完備してるから、別にどこに行ったって問題ないんだが……どこに行けというのか。部屋から出れないし、必然的に転送って事になるが。


「……かみさまのところに行って、レジャー施設の下見でもするか」


 メッセージ送れば転送してもらえるかな。



[ 六畳間 ]



「それで追い出されてきたと」

「ええ、まあ。どうせならって感じで下見しておこうかなと」


 その数分後、俺はかみさまとちゃぶ台を囲んでお茶を飲んでいた。尚、淹れたのは俺だ。


「下見は構わないが、言われた通りただ設置しただけで何も手を付けてないよ? 君が言ってた福利厚生的な意味合いが強いから、私も利用する気はないし」


 かみさまにそういう労力的な気遣いは期待していない。追い出されたりしなければ下見にだって来る気はなかったのだ。


「そういえば、かみさま的には今後も権能や名前にはポイント使わない方針で?」

「その気はないね。大体、名前取り戻して元の神格に引っ張られたくない。君も嫌だろう? いきなり私の性格が変わって、アレコレ押し付けがましくなったりしたら」

「そんな感じになるんですか?」

「いや、分からないけど、そういう事もありそうだなって。詳細は分からないが、私の性格が元々こうだったとは思えないし。これはきっとあいつに色々奪われた結果に違いない」

「難儀な話ですね」


 しかし、どうだろうか。怠惰で放任主義な神様くらい、探せば地球上でもいそうだが。


「難儀といえば、君のほうがもっと難儀な気もするんだけど。いや、君だけじゃなくミナミ君も」

「まあ、極力面倒事は避けているんで。逃げ出したくならない程度には抑えておきます」


 その分、長谷川さんに負担がいく事になるわけだが、世界秩序が崩壊するよりマシだろう。人を増やしてもいいとは言ってるし。


「いや、そういう意味で言ってるわけじゃないんだけどね。……まったく、下手に理解できてしまうとこれだから困る。口も出しづらい」

「良く分かりませんが、かみさまも大変そうですね。寝てばっかなのに」

「……君もね」


 何言ってんだこいつという視線が妙に気になるが、かみさま的に今でも必要以上に背負い込み過ぎって認識らしいからな。人間には見えないものも色々見えてしまっているのだろう。

 ……そう考えると、必要ないものをあえて取り戻したくないというかみさまのスタンスも理解できなくはないから困る。



 結局、その後も緊急の呼び出しはないまま、俺はレジャー施設でぶらぶらと下見を続ける事になった。

 こういう開放的なところに出てくると部屋に戻りたくなるあたり、俺は生粋の引き籠もりだって改めて認識するな。……ここを外と言っていいのか分からんが。



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