第二話「乱射怪人ハウリング・バレット」
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「……世界のルール?」
大仰な表現に、妹の表情が引き攣っていた。俺が口にする事が決して大げさでないというのはこれまでの体験から分かっているだろうし、周りの空気で冗談でない事も察してしまうのだろう。
自分の妹ながら、損な性分だなと思った。あまり表には出さないが、こいつは俺と同じで……それ以上に悲観的なところがある。だからこそ多少でも保険になればと情報を流そうと判断したわけだが、伝えられるのは基本的に当たり障りのない事だ。政府と同じような情報を渡しても、意味がないどころか明確に害悪にしかならない。
「この一年だって相当なものだったと思うけど……それより?」
「それより」
「これ……以上」
公開する情報は慎重に取捨選択する必要がある。主にこいつと妹ミナミ、長谷川さんの三人を対象に、そこからお互いで共有する可能性、クリスや政府に流れる事を想定して。正直、もう少し緩やかに状況が進行するならなんとでもなったのにと思う部分もなくはない。
「そんなの、私みたいな一般人は聞いちゃいけないような気が……」
「もちろんヤバい事は避ける。それでも世界規模で常識が変わる程度には影響が大きいから、明かせる相手には早めのほうがいいだろうって判断だ。……簡単に言えば、怪人と人間社会の距離が縮まるって話だな」
「距離って言われても」
まあ、それで分かったら察し良過ぎてむしろビビる。むしろ、放置できなくなる。その境界線を超えかねないくらい頭が回るのがミナミの妹だが、こちらの言う事を素直に聞く賢明さもあるので、今のところはまだ大丈夫だろう。ここからの情報開示はそのテストでもあるんだが、さてウチの妹はどんなもんだろうなと。
「これまで数年に渡って……俺はせいぜい一年ちょっとだが、ヒーローと怪人は戦ってきた。その中で人間が怪人から被害や干渉を受ける事はあっても、ヒーローからどうこうって例は極端に少ない」
『こんな感じの構図ですね』
[ 人間社会←怪人←→ヒーロー ]
ミナミが視覚的に分かり易いように、あるいは誤魔化すように直線的な構図をリビングの画面に表示させた。本来の構図だろう三竦みの図ではない。
ここで重要なのは怪人とヒーローは双方向、怪人と人間社会は一方通行、そして人間とヒーローは直接の干渉関係にない事だ。
「う、うん。私と馬鹿兄貴みたいな状況は例外って事だよね?」
これまでにある程度情報を得ているという事もあるが、妹が最初に触れたのは意外にも人間社会とヒーローの関係がない事だった。……ちょっと判断に困るな。
「他にも家族バレしてるケースはあるだろうけどな。基本的にヒーローは正体を隠すから当たり前ではあるんだが、そうする理由は想像つくだろ?」
「……そりゃ、ここまで色々知れば、不都合な事が起こる懸念があるのは分かるよ」
ヒーローは別に守秘義務があるわけじゃない。担当神や所属ヒーローチームによってはそういった決まりごともある可能性はあるが、根本的な強制力はない。なのに顔を隠すのは、知られたら問題が起こる事が容易に想像できるからだ。ABマンだって名前が恥ずかしいだけで顔を隠しているわけじゃないはずだ。
「とはいえ、本題はこっち……今回変わるのは、この人間社会と怪人の関係性だ。一方通行のほうな」
「でも、軍隊とかでも倒せないんだよね? そこが変わる気はしないんだけど」
「別にこれが双方向になるって話じゃない。前に話したように軍隊が総力を上げて戦ったり、あるいは特定の個人が怪人と対峙・撃退したケースもあるがそれは例外だな。……まあ、その数少ない例外の一人が美濃クリスっていう鼻垂れなんだが」
「うえっ!? って、熱っ!」
場を緊張が支配していたので、空気を変えるために爆弾発言を投下してみた。
「わー!」「大丈夫ですか?」
「あ、はい。すいません」
いきなりの新事実にお茶をこぼしてしまい、メイドたちがその後片付けを始める。慣れてないのか、あまり手際は良くないし役割分担もできていない。
「じょ、冗談だよね? 何も聞いてないんだけど」
「本人としては無自覚なんだろうが、マジなんだな。実はクリスマスの時に一体撃破……はしてないが、撃退はしてる。目の前で見たから間違いない」
「……頭痛くなってきた。あの子何やってんの」
「いやまあ、直接戦ったわけじゃないから」
多分、緊縛怪人はまだ宇宙空間のどこかを飛んでるんじゃないかな。行方不明なのはずっと変わらないが、まだ生きてるみたいだし。
日本における民間人の例はあと一件あるが、こちらはまったく関係ないので省略。仙台の善意のサラリーマンが自らの性的指向を犠牲に半裸のおっさんを撃破しましたと言われても反応に困るだろう。海外を見れば他にも例はあるんだろうが、そこまで詳しくは調べていない。
ちなみに、ド・エームの件はともかくエビゾーリのほうは映像を見せる事はできない。どうもあの宇宙ステーション自体がそういう強固な情報保護下にあるらしく、記録が残っていないのだ。記憶処理はされていないっぽいし、エビゾーリの射出もなかった事にはされていないのだが。
「それについてはどうでもいいとして」
「どうでもいい事で衝撃の事実を知らされてしまった」
「話を戻すと、変わるのは構図の形じゃなくその中身だ。怪人は人間社会に一方的な被害を出すが、これまでそれはあくまでも散発的なものに過ぎなかった。力の差はあっても、衝動的に暴れ出す人間とそう変わらない」
『倒されなくても時間が経つだけで消える分、普通の強盗のほうが厄介かもしれませんね』
「逮捕なりして鎮圧しないと終わらないもんね」
可能かどうかは別にして、逃げたり耐えたりすれば怪人という災害は去っていくのだ。長谷川さんが銀行強盗を嫌うのも分かろうというものである。
鎮圧手段に制限がかけられてる日本の場合、あるいは強盗のほうが対処は大変かもしれない。現場判断で発砲すらできないのだから。
「それが、より組織立って明確に侵略……国・地域を制圧してくるようになる」
「…………え?」
「そして完全制圧された地域は、常時怪人が闊歩する人間にとっての敵地に変わる」
これまでは被害が出ても侵略とは言い難いものだった。時間経過で消える怪人たちは制圧する歩兵のいない侵略軍のようなもの、あるいは海から砲弾だけ撃ち込まれているような状況だった。だから、いくら被害を受けても根本的に失地の危険性はなかったのだが……その前提が崩れる。
「え? ちょ、ちょっと待って……色々気になるんだけど、なんでそんな事分かるの?」
「詳細までは俺やミナミも知らないんだが、実はすでにそういう形になって実効支配されてる場所があるんだよな」
あまりに危険な情報なので、明確な情報源については渡せない。なので少しボカす。
連想して推測可能な情報として、そのシステムが導入されているアトランティスと南スーダンについて軽く触れておく。すでにそういう場所があるから、似たような形になるだろうという予測と言えば納得できない事もないからだ。
「み、南スーダン? ……って、どこだっけ?」
地理に詳しい奴でもない限り、南スーダンなんて把握してるはずがなかった。俺も地図を見て確認しなければ正確な位置は分からなかったし、そもそもスーダンから分離したのだって最近だ。
良く考えれば当たり前の事ではあるので、ミナミに世界地図を表示してもらった。画面に表示されるのは、怪人の現勢力圏が分かり易いように南スーダンとアトランティスの大部分が赤、それ以外が青く塗られた世界地図だ。……こうして見るとアトランティスでかいな。
「この赤い地域は怪人が無数に闊歩しているのが確認されている。言わば怪人の国と化しているわけだな」
「…………」
「別に人間が足を踏み入れられないわけじゃないが、そんなところで人間が暮らせるはずもないのは分かるだろ。ヒーローだって無事じゃ済まない」
妹は無言で頷いた。
今後はおそらく陣地取りの形になる。実効支配というだけでなく、明確にシステム保証された戦略ゲームだ。もちろん、一方的なものではなく逆に青が赤を侵略する事もできて、それはアトランティスの一部が青である事からもあきらかだ。これがすべて赤になり、人類の生存権が失われればゲームオーバー。全部青に……なってもゲームクリアにはならん気がするな。
とはいえ、赤が青に変わったところで、そこを誰が管理するのかという問題もある。元々その地域にあった国家……亡命政府なり難民なりを集めて再建するのが倫理的には真っ当だが、そんなスムーズにいくはずもない。いきなり行政を動かせるはずはないし、どこかの支援を受けられる保証もない。遠い過去の話を持ち出してその土地の権利を主張する国も現れるだろう。未回収のイタリアだけじゃなく、そんな国は山ほどあるのだ。回収したら現存の国が消滅するようなやつ。
「実はこの件に関して、世界各地の権力者には先行して通達されている。日本政府もすでに概要は把握済だ。そこからどういった形で国民へ発表されるかは分からんが」
「だ、大混乱になるんじゃない? こんな事発表したら。だって、乗っ取られるかもしれないんでしょ?」
だからってどうする? 無視しようにも、明確に侵略目標にされているのに。少なくとも、俺には無難な着地方法は思いつかない。
「混乱は避けられないだろうな。最強無敵のマスカレイドさんが守護してるから表面化し辛い日本は隠蔽するかもしれないが、政府が沈黙しても情報は拡散する。海外でそういう地域が出てくるのは避けられないだろうし、そこからの情報拡散も避けられない」
それを分かってるだろうから、日本政府も公表はするだろう。案外日和って無視する可能性もあるが、それはマイナスの印象しかもたらさない。それが原因で政権交代されても困るから、発表はしてもらいたいところだ。
「政府から発表があるならともかく、いくら怪人やヒーローの存在が認知されてても、そこまでは誰も信じない気が……たくさんあるジョークと同じで放置されるだけのような」
「二年前に戻って、怪人が暴れてヒーローが鎮圧する社会が訪れますって言って信じる奴がどれくらいいるって話だな」
「……いないね。でも、今じゃもう存在自体を疑ってる人はほとんどいない」
その情報に信憑性がなかろうが関係ない。実際に侵略された国が出てくれば、信じざるを得ないんだからな。
予想だが、開始早々数カ所は陥落する気がする。周知させる目的もあるだろうし、普通の対応をすれば大丈夫って難易度でも、それができないヒーローや国が存在する事は南スーダンが証明している。
俺が予想できるだけでも、危ういエリアは大量にあるのだ。というか、実際にミナミに危険度を含めた予想を出してもらったのだが、人類の駄目なところを直視させられる結果になってしまった。
「……えっと、じゃあ、姉ミナミさんに情報入ってくるのを止めてもらったりとか」
『できるかーいっ! できたとしてもせいぜい数%の遅延くらいしか……いや、ネットそのものをダウンさせていいならもうちょっと……』
「おいやめろっ!? シャレになってない!」
被害を止めようとして、更に被害を拡大させる事になる。世界規模でネットがダウンするほうがよっぽど大惨事だ。
「というか情報拡散だけ止めても意味ねーだろ。事実として事は動いてるんだから。ネットなかろうが、たとえ鎖国したって情報は入ってくる」
「そ、そうだよね。何言ってんだろ、私。……口コミを止められるわけないし」
『むしろ適当な憶測が入り混じった情報が拡散するほうが問題ですね。そういうのはどの道避けられそうにないですけど』
だったら政府という国民にとっての一次ソースは存在したほうが多少なりとも制御し易いだろう。そこまで制御に期待できないのは分かってるから、気休め程度のものだが。
「じゃ、じゃあ時期については? なんで八月頭なんて明確なスケジュールが……」
『禁則事項です』
「別に禁止されてるわけじゃないが、知ったら面倒な事になるから言わない」
「は、はあ。……そうなんだ」
そういう知らないほうがいい事があるのは理解しているので、妹は大人しく引き下がった。
「さて、予想はつくと思うが、今回こうして表面的な事だけでも伝えようと思ったのは、お前……だけじゃないが、関係者が巻き込まれる可能性は確実に上がるからだ」
「えっと……馬鹿兄貴はやたらめったら強いんだよね? それでも?」
「マスカレイドさんは一人しかいねーし」
別にどんな強い奴が相手だろうが、単体ならどうとでもなるのだ。加えて、日本の端から端まで数十秒で踏破できる速度もある。しかし、それが限界だ。
極端な話、いきなり日本全国バラバラに千体の怪人が出現すれば対応は間に合わない。これまでの感触で、おそらくそれはルールで禁じられているのは分かるが、とにかく限界はある。
どうやったって被害をゼロにはできない。……無傷で、という前提がなければ侵略自体は割とどうとでもなる気はするが、それはそれで別の問題が発生する。可能な限り被害……死傷者の数は抑えていきたい。
「お前がニアミスした爆弾怪人の一件。アレもマスカレイド・ミラージュがなければ絶対に間に合わなかった。マスカレイドさんは音速くらいなら生身で突破できても、日本列島を数秒で移動するのは不可能だしな」
『今のところはですねー』
「比喩じゃないマッハ超えの時点でどうかと思うけど、それも今のところはなんだ……否定すらしないし」
だって、良く分からんし。そもそも、俺が生身で全力飛行したケースがない。ミラージュはアトランティス突入時にかなり限界近くまで性能を引き出した気はするものの、それだってまだ上限というわけでもない。だが、そんな性能のバイクがあっても広い日本を無傷で守り続けるには足りない。というか、速度だけでどうにかなるものでもないから困る。
「別に脅すわけじゃないんだが、イレギュラーケースは有り得る。日本内でも怪しいのに、これが担当外となるとマジで何があるか分からんのはお前も知ってるだろ」
「そうだよね……クリスが攫われたのだって」
俺もミナミも限界はある。通常に比べて文字通り桁違いの戦力や情報網を持っていても、ああいう抜けは生まれるのだ。長谷川さんやカルロスだって、そこをカバーし切れるはずもない。メイドたちを追加したのは、そういった細かい漏れをなくすためでもあるのだ。
「距離や時間の問題だけじゃなく、どうにもできない事態はちょっと考えるだけでもたくさん思いつくし、実際あるぞ」
「ごめん、ちょっと思いつかないんだけど」
「マスカレイドを倒す事じゃなく単に人間に被害を出す事を考えるなら、怪人にはいくらでも手があるって事だ」
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「実はこんな事もあろうかと、ミナミさんとメイドたちが用意してくれた動画があるのだ。ちょうどいいから見ていけ」
「……こんな事ってどんな事?」
「まあ、お前だけじゃなく長谷川さんとか、あとはミナミの妹とか、他にも機会があるかもしれないから、説明用資料として色々作ってるんだ」
『メイドたちのスキルアップも兼ねています』
メイドたちの表情はあまり変わらないが、ちょっとだけ誇らしげだ。動画編集はメイドの仕事ではないと思うが、特に問題はない。
『今回はマスカレイドさんが被害なしで対応できない代表例って事で、まず最初は乱射怪人ハウリング・バレットから。これが今回のホシです』
「……顔写真があるのに、なんで棒人間なの?」
画面に表示されたのはいつものプロフィールと顔写真。ただし、全身図はローポリゴンの3Dモデルになっている。
『現場の空気は掴めませんが、ただの説明資料ですし、こうしてニュースの解説動画風にしたほうがいいかなーと。かなり修正したマイルドバージョンもありますが、はっきり言ってそれでさえグロ画像のオンパレードなんで』
「どれくらい? マンハッタンの通り魔事件なら、妹ミナミさんにノーカットで見せられた事あるんだけど」
『あの子はそんなもんを見せとるんかい。……まあ、修正は入れてるんで、それよりは遥かにマシですかね』
「じゃあ、そっちで」
「結構グロいし、無理する事はないと思うが。マスカレイドさんにも対処不能な事があるって、分かり易くするための素材だぞ」
「いいの!」
そう言うならこちらから断る必要はないんだが。現実に起きてる事なら、できる限り直視すべきとかそんな事を考えてるんだろうな。
……まあ、ミナミが用意したマイルド版ならグロめの映画くらいだから、よほど苦手でない限り映像的な問題はないだろう。
問題は、これが映画でなく実際に起きた事という認識だ。これだけで心理的なハードルはかなり上がる。
『じゃあ普通にマイルドバージョンにしましょうか。それでもキツイとは思いますが、これ以上マイルドにするとギャグになって笑いを誘ってしまうとマスカレイドさんから苦情が出たので、派手めなスプラッタ映画くらいは覚悟して下さい』
「だって、発禁部分が全部猫動画に差し替えられるのは反則だろ。猫だらけじゃねーか」
『でも、元が元なんでどうしようもないというか……』
「どんだけなの……」
いつかのキキール戦のように放送事故のような扱いで動画が差し替えられるのではなく、グロい箇所だけ絞って不自然に子猫が出現するという無駄に凝った演出なのである。尚、音声のほうもヤバめなのは猫の鳴き声になっていた。これじゃ本質的なものが伝わらないと苦言を挟むのはおかしな事ではないだろう。
『じゃあ、改めて乱射怪人ハウリング・バレットの紹介から。両腕が機関銃になっているB級怪人で、攻撃手段も主に銃を乱射するだけという弱小怪人です』
「弱……しょう?」
ローポリゴンモデルでなく、実際の画像で表示される乱射怪人の威容と、それに付随するミナミの解説を聞いて軽くパニックに陥る妹。両腕が重機関銃になった大男だから威圧感だけはあるのだ。
「あー、ヒーロー基準の弱小だからな。こいつの機関銃って特別強化されたものでもないし、ヒーローにはまず効かない」
「ああ、そういう基準になるんだ」
B級のランク付けだってヒーローを倒した結果ではなく、多分人間社会への被害が理由だろう。こいつがヒーローを倒した実績は存在しない。ごつい機関銃も、威力だけで見るなら伐採怪人の斧のほうが遥かに強力らしい。……これで拭い切れぬ汚名を背負わされたキキールさんの面目も立つだろう。
ただし、それはあくまでヒーロー基準での話だ。これが対人間となると、恐ろしく強力な存在となる。シンプルであるが故に対処も難しい。
『倒すだけなら、マスカレイドさんがデコピンすればそれで終わりですね。ひょっとしたら息吹きかけただけでも死ぬかもしれません』
「息だけは無理じゃねーかな」
画面が怪人のプロフィールから動画に切り替わった。さて、これが俺でも対応不可能な分かり易い例だ。その理由は動画開始数秒であきらかになる。
『乱射怪人は人の多い夕方の大型ショッピングモールに出現直後、両手の機関銃を乱射。突然襲われたお客さんはわけも分からず銃撃を受けて死傷しています。出現数秒で死傷者が出ているので、こんなパターンはマスカレイドさんでも被害なしで解決は不可能なわけですね』
「ええ……」
『ヒーローもかなり迅速に行動して鎮圧、撃破に至りましたが、結果的に五十人以上の死傷者が発生しています』
そりゃそうだって感じだろうが、怪人はルール上これができるのだ。ヒーローが怪人に先んじて出動できない以上、絶対に防ぐ事はできない。
言葉にするとそうでもないが、こうして見ると動画内は大惨事である。ちなみに超マイルド猫動画では画面が子猫で埋まるほどだった。猫が画面際まで寄って来たら全体的にヤバい状況だと思えばいい。
そこまではいかずとも、このかなりマイルドにした動画ですら妹は言葉を失っていた。
……ただ、この事件そのものは現地でそこまで大きく扱われていない。怪人が出した被害としては比較的規模が小さく、突然出現した事以外は人間が類似の事件を起こす事もあるからだ。
『この事件時に撃破されていますが、乱射怪人は過去に同様の事件を二件起こしており、直近の事件などは生き延びた男性に持参した機関銃を持たせて逃げるという卑劣極まる行動もとっています』
「卑劣……確かに卑劣だけど」
何かのコントかと思わせるような行動ではあるが、その実態は遥かに深刻だ。一人生き延びて機関銃を持たされた男性は、包囲した警察に向かって無実を主張し、銃殺されたのだ。監視カメラのほとんどが壊されていた事もあり、怪人の仕業という証拠も不十分と、この事件は男性が起こした銃乱射事件として処理されている。あるいは、証拠があっても同じだった可能性は高い。
とはいえ、そんな部分まで触れる気はなかった。乱射怪人ハウリング・バレットは急行したヒーロー、ヘヴィナックルの鉄拳によって撃破された。この話はそれで終了なのだ。
『もう一つの例は爆轟怪人ブラック・デトネイター。触れた生物を生きたまま爆弾に変化させる必殺技を持つA級怪人です。こちらはヒーロー基準でも強敵ですね』
「その時点でヤバいのが分かるんだけど……」
『起爆までかなりのタイムラグがあるという穴はありますが、爆弾化が完了すれば実質的に解除不可。対象の一部のみを爆弾化する事も可能という厄介な必殺技です』
「……ちょっと待って。この怪人を倒したら爆弾化が解除されたりは……」
『しません』
動画も始まってないのに妹は顔を手で覆った。すでにどうしようもない相手というのが分かるからだ。
「無機物やヒーローには効かないって穴はあるが、十分以上に凶悪だよな。やっぱり猫動画にするか?」
「いや、見る。なんか見なきゃいけない気がするし」
相変わらず難儀な性格をした妹である。無関係な事……それこそ不要なものまで背負い込むのは、俺への反発か何かなのだろうか。生来の気質かもしれんが。
『この時、爆轟怪人ブラック・デトネイターが出現したのは北アイルランドベルファスト。おそらく情勢不安定なところを狙って出現したものと思われます』
「えーと、なんか最近ニュースで見たような……」
『爆弾怪人が落下して、その後の対応に色々不備があった事で独立運動が再燃したところですね。実はイングランド、スコットランド、ウェールズと南北アイルランドがまとめて一エリアとして扱われているので、政治問題によって担当ヒーローの活動に縛りがかかってるような状態です。特にラウンズと呼ばれる同地のトップチームに所属しているヒーローは雁字搦めですね』
「うわあ……」
『チーム内のヒーロー同士で不倫問題が勃発してるのもあって、グダグダです。チーム名が良くないんじゃないかと思うんですけどね』
「うわあ……」
「不倫問題は関係ないやろ」
しょうもないところをピックアップしてマイルドにしようとするのは分かるが、彼らにとっては切実な問題なのだ。このままだとチームが崩壊しかねないほどに。あと、俺もやっぱりチーム名は変えたほうがいいと思う。
嫌がらせのような担当エリアの区分けだが、こうして担当エリアが複数の国家に跨っている場合、同一のエリア内で政治問題を抱えているところも多い。地図上だけ見れば理解できなくもないが、下手したら紛争中のところまであるのだ。ウチのように担当ヒーローが一人って事はないから、大抵は出身ごとに担当を細分化して対応しているらしい。良く考えたら外交上の問題が起き易いのなんて、大抵は隣接した国なんだから当然ともいえるが。
『そんなベルファストに爆轟怪人が出現。先ほど触れた問題でヒーローの対処が遅れた事もあって、ビルが一棟倒壊する大被害を出しています。遅れて出撃したウェールズのヒーローもビルの倒壊に巻き込まれて負傷し撤退。最終的に支援出撃したアメリカのヒーロー、ミサイルライダーによって撃破されました』
「……」
人間が周囲を巻き込んで爆発する惨状に、口を押さえる妹。結末こそ、なんの脈絡もなく突然出現した謎のミサイルに爆殺される怪人という不条理ギャグと化しているが、とても笑える内容ではない。
ミサイルライダーは特に支援要請もなく勝手に出撃し、周囲の建物まで被害を拡大させた事で現地の担当に苦情を投げられているらしいが、彼が出撃しなかった場合の被害を計算すると、むしろ規模は減っているのである。ミサイルで吹き飛ばされて被害者の死体が残らなかった事についても、そもそもまともな死体が残っていたかどうかは怪しい。表立っては口に出さないが、俺はミサイルライダー支持だ。
『この二つはマスカレイドさんが被害なしで対処が困難な例として挙げましたが、もちろんこの二つだけというわけでもありません』
「ようは、いくら戦闘力があっても、被害なしの前提じゃ対応不可能な状況はいくらでもあるって事だな」
「…………」
絶句したまま黙り込む妹を見て、ミナミの妹とか他の人に見せる時はもう少しマイルドにしたものを用意しようと思った。やっぱ慣れてないとキツイだろ、コレ。
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「つまり、大抵の事はなんとかする気だが、マスカレイドを盲信はするなって話だな。必要なのは認識と心構えだ」
「……でも、かといって何ができるの? こんな事言いふらすわけにもいかないし、心構えでどうにかできる気も……」
「むしろ、どうにかしようとせずに逃げるか耐えろ。一分でも一秒でも長く耐えれば、それで俺が間に合う確率が劇的に上がる。制限かかってない限りはその場に転送できるしな。そういう一分一秒の時間を稼ぐつもりなら、こういう心構えは大事だ」
「そっか……なるほど」
少しだけでも耐えれば助けが来るって認識は大きい。しかも、俺が間に合えばまず勝ち確定だ。集団の中で、一人でも動ける人間がいれば、場の硬直が解ける事もあるしな。
「脅したようでアレだが、さっきの動画もただの参考例だ。怪人の出自を考えるなら、出現していきなり虐殺を始める可能性はそう高くない」
「出自?」
「奴らはいろんな情念を元にしてるらしいからな。どうしてもその元になった情念に縛られる。人間に敵対的っていう前提はあるにせよ、自分の欲望を優先する以上は即虐殺を始めるとは限らない。日本でいうなら、たとえは……」
『マスカレイドさんへの恐怖っていう強烈なフィルターがかかっているので、あまり参考にならないような……』
言われてみれば、情念云々より俺から逃げる事を優先させたりしてるな。
『あえて挙げるなら占拠怪人とかですかね』
「ああ、あいつか。バスジャックを優先したから被害は出なかったが、人質を殺す時間はいくらでもあったな」
なのに死傷者はなかった。俺がバスの天井を壊したのと負傷者一名、あとは何故か少年がパンツを脱がされていた事だ。
『マスカレイドさんから逃げる事を優先した結果かもしれませんが、飛行機をハイジャックした際も直接的な殺害はしてないはずです』
「えーと、ハイジャックする事を優先したから?」
「多分な」
結果的に墜落したから被害は大きいものの、そういう行動パターンならどうにでもなる。
「危険なのは直接的な情念、殺人衝動とか人間への憎悪が元になって生まれた奴だ」
「でも、そういう奴らばかりってわけじゃないと」
「そういう事だ。だからいざって時の心構えだな。交通事故みたいな確率だから、そこまで気にする必要あるかって話なんだが、お前はニアミスしてるし」
「……確かに。本気で死んだと思ったし」
一度あったのだから、二度あると考えたほうが無難だ。間接的にとはいえクリスの件も無関係じゃないとするとなら、相当に運が悪いと言えるし。体験している以上、そこまで楽観的にはならないだろうとは思うが。
「とはいえ、忠告だけしてただ放り出す気もない。問題の性質上具体的な対策はないが、前みたいに保険はいくつか用意した」
「前の発信機みたいな?」
「ああ」
まあ、発信機に意味があったかと言われると正直微妙なところなんだが、何もしないよりはマシだろう。
「第一はそこにいるメイドたちだな。実はもう一人いるから三人チームなんだが、彼女たちはこの部屋から特定の指定ポイントに転送する事ができる」
「え? ……もしかしてヒーローくらい強いとか」
「そこまでじゃないが、自由に動かせる戦力としては破格だろうな。ハリウッド映画に出てくるマッチョ並みには戦える」
「そのたとえはどうなの……って、うわっ!? そんな重いものも持てるんだ……」
メイドたちの手に出現した重そうな武器に妹は目を剥いていた。
「メイドの嗜みです」「サメを解体します」
「……サメ?」
アルジェントは重機関銃、インはダブルチェーンソーと、あきらかにその細腕で持つもんじゃねーだろという重量物である。尚、もう一人のプラタは白兵戦装備がメインなので、威圧感としては少し劣る。
まだまだ経験不足だが、彼女たちの基本スペックは高い。映画の好みのようなものか、得意武器にも差はあるが、動画で見せたハウリング・バレットの真似事くらいは可能なのだ。
大抵の武器なら使えるし、格闘戦もそれなりのものだ。音速超えのライフル弾にも対応できなくはない。
「転送ポイントはお前の高校の近くも登録してある。最悪の事態でも避難誘導や時間稼ぎ程度ならこなせるはずだ」
「それで数分でも稼げば馬鹿兄貴が間に合うと」
「普通ならそのまま出撃するだけなんだがな。まあ、保険だ。怪人じゃなくても、唐突にテロリストに占拠されたりしたら救助に向かわせるぞ」
「漫画じゃないんだから……っていうのが通用しなくなるかもしれないか」
他にも、転送ポイントは無数に設置している。妹の高校だけでなく、関係者がいる可能性の高そうな場所、一般的な重要施設、あとは何故かミナミが保有しているらしい各地のセーフハウス。その分ポイントは嵩んだが、せっかくの機能なのだから有効活用したい。
とはいえ、無制限に転送可能というわけでもない。起動にはヒーローパワーの貯蔵が必要で……まあ、補充自体は俺がいるからなんとでもなるんだが、その上限はある。自動帰還分も含めれば大体三回が上限だろう。ついでに、この転送機能を使えるのはメイドたち……この施設に登録されたバイオロイドだけだ。俺は使えないし、ミナミも転送して来れない。妹が遅刻しそうだから転送したいと言っても使えない。
長谷川さんのところに送ったプラタも、この転送装置を使って送り込んだのだ。
「あと、頼みたい事があるんだが、コレを入れ替えてくれ」
「SIMカード?」
スマホなどに使用するSIMカードを複数枚渡す。ケースにはそれぞれ入れ替える対象が記載してある。こいつやウチの親などだ。
「基本的には入れ替えるだけで前のやつと同じように使えるようにしてある。機能としては前みたいな発信器と通信の防諜機能、緊急時に独自回線への自動切替なんかだな」
極力元のカードと同じ環境を維持するため、番号は変わらないし料金が発生するのもそのままだ。
実はもっと攻撃的な機能も搭載しているが、明日香たちが知る必要はない。
「ああ、アクセとかだと常に持ってるとは限らないし、渡しても使うかどうか分からないもんね」
「クリスも肝心なところで落としていったからな」
あの時はちょっとシャレになってなかった。いくらマスカレイドさんでも慌てるわ。
これでも落としたり紛失する可能性は残るが、謎のアクセサリーや文房具を使うよりは携帯している可能性が高い。
「防諜といってもミナミ相手だと内容バレするが、そこは諦めろ」
「うーん、まあしょうがないかな。……まったく知らない人に盗聴されるよりはいいし」
『悪用もしないですし、常時内容確認する気もないので。いざって時は遡って確認しますけど』
というか、電話やメールなどはこんなものを使わなくても傍受できてしまうのが、ミナミというサイバーの怪物なのだから今更である。俺はすでに諦めた。
「でも、隙をみて入れ替えるのは不可能じゃないにしても、時間かかると思うよ? お父さんとか家にいない事も多いし、練習も必要だろうし」
「そこは努力目標で八月頭だな」
「妹ミナミさんとか、クリスは?」
「そっちは対応済みだ。元のスマホなんてひどい事になってるしな」
「……やっぱり盗聴されてる?」
『されてますねー。入れ替えたあとも偽装のログ残さないと不自然になるくらいには』
当たり前だが、世界的な有名人になってしまったクリスはスパイからも大人気だ。あまりに影響がでか過ぎて学校にも行けない日々が続いている。
身元を偽装して海外で暮らすにも、世界的な知名度がある以上は嗅ぎつけられる可能性が残る。今の時代、ある程度文明的な環境を前提とするなら、社会と切り離された環境はほとんどないのだ。
「高校からも来ないでくれって言われるような状況なんだよね。友達って事で直接事件と関係なかった私にも記者の接触あるし」
「お前や妹ミナミも含めて、最悪の場合は社会からフェードアウトするって手はあるが、本人の意思もあるからな……」
生活保証自体はどうとでもなる。一切手の出せない場所に匿う手段もある。しかし、それをするには人間社会からの離脱を覚悟する必要がある。世の中ミナミみたいな奴ばかりではないのだ。
これが俺だったら、引き籠もれる環境を用意してくれるなら喜んでフェードアウトするんだが、ままならないものである。
「ともかく、世の中の動きが早過ぎる。……怪人事件と遭遇した場合の事も含めて色々覚悟はしておけよ」
「……分かった」
俺とミナミが最速と想定していた展開よりも遥かに早い。悠長に対応する余裕など与えないといわんばかりのスピードで常識が塗り替わっていく。
「あとは母ちゃんたちへの説明だな」
「そういえば、何か言ってたっけ。動画撮るとかなんとか」
「俺のアバターと部屋をバーチャルで用意したから、それとお前の会話を合成して誤魔化す」
『こんなんですね』
ミナミのウインドウが縮小され、代わりに俺……穴熊英雄の姿が写った。事前にVRで収録したものだ。
『拝啓、おふくろ様。怪人やらヒーローやらが跋扈して色々危険が危ない世の中ですが、いかがお過ごしでしょうか。あなたの息子は今日も元気に引き籠もりライフをエンジョイしております。というか、そんな危険な世情の中、わざわざ外に出るというのもちょっと危険な気がしているので、このまま引き籠もり続けたほうが安全なのではと思う所存です。当方といたしましては部屋から出るつもりはないので、できれば日々繰り返している無駄なかけ声は止めていただくか、せめて回数を減らしていただけるようお願い申しあげます。もちろんタダでとは言いません。毎月自動で振り込んでいる仕送りの増額も検討しますし、親父のほうは内緒で小遣いを送金して買収しました。つまり徒労だからやめてほしいかなという息子からの切実なお願いでして……』
「……いや、普通にお母さんキレそうなんだけど。え、というか、ちょっと前にお父さんから内緒で小遣いもらったのってコレ?」
多分それである。実をいうと、かつて目減りして不安があった財政状況はヒーロー活動のアレコレによって解決しているのだ。初期の頃はミナミに借りる事すら検討したが、今はリッチなものである。
日本円があったところでこういう送金くらいしか使い道がないので、ポイント変換は最低限だ。あんまり変換し過ぎるとレートが変わるので、注意も必要である。どっかのヒーローが日本円に手を出しているのか、今は結構レートが高くなっているのだ。リアルの為替もそうだが、怪人被害が大きい国の通貨が暴落しているのがまた露骨である。
「というか、久々に元の馬鹿兄貴見たけど、記憶のまんま過ぎる。その銀タイツマッチョに慣れてきたから、もう少し違和感あると思ったのに」
「いや、当たり前だろ」
むしろ俺自身のほうが違和感があって色々対策したんだが。今では状況次第で戦闘員相手にも勝ちを拾えるような屈強さを身に着けた。勝率は大体一割くらいだ。画面に映っている穴熊英雄は割と猛者なのである。
「コレはとりあえずの叩き台だから、お前の目から見て不自然なところはないかチェックした上で、音声を録音して合成してって流れになるな。で、状況を見計らって母ちゃんに見せると」
なんなら、妹の音声に合わせて再収録してもいい。
「パッと見、不自然さは……ないかな。すごく馬鹿兄貴っぽさが出てる。この適当な感じは正にって」
「そりゃ本人だからな」
「……ミナミさん的にはどうなの? 元の馬鹿兄貴は印象は。ほら、いろんな意味で」
『は? ……うえっ!? わーーっ! そういう唐突な切り返しは卑怯だぞ、穴熊明日香! そういう個人の主観的なアレは立場上の問題が色々とあるので明言は避けさせて頂きたいと表明するっ!!』
「なんか、似たもの同士だよね」
一対一ならまったく遠慮する事がなくなってきたミナミだが、こうして第三者を介して印象を探られるのはまた違ったものなのだろう。
俺としてはあんまり超級サイバーテロリストと似たもの扱いされたくないんだが、四六時中対面で話してると似てくるのかもな。俺も影響受けている感はあるし。主に残虐性の面で。
-4-
そんなわけで妹にいくつかペットボトルを渡して自分の部屋に戻ってもらって、俺はそのままリビングのソファで一服。
……落ち着かない。メイド二人の視線がある事もそうだが、開放された広い空間に慣れない。あと、ミナミがでか過ぎるのも落ち着かない。というか、これが一番の原因な気もする。
「……あいつにも言ったけど、展開が早過ぎるな」
『そうですね。お披露目的な世界同時爆弾テロまでは徐々に浸透って感じでしたけど、その後が急過ぎます。ひょっとしたらマスカレイドさんの着任が遅れてたせいで、元々スケジュールはもっと早回しだったんじゃ……』
「ありそうだから困るな」
もっとも、それが良い事なのか悪い事なのかは測りかねる。かみさまのサボタージュの結果でもあるから、良い事だとしても認めたくない。全体の進行を遅らせる意図があってヒーローの任命をサボっていたというのなら、目的次第では見直してもいいんだが、まったくそんな気がしないし。
「ただ、今の速度を基準で考えるとヤバいってレベルじゃねーぞ。十年後はもう原型を留めてないって事も有り得る」
『実際に世界地図が書き換わってますしね。というか、アレ一つで済むと思います?』
「…………」
アレとボカしてはいるが、ようするに大陸の事だ。……全然思えない。
「第二、第三の大陸浮上はあるだろうな。アトランティスだった事を考えれば、ムーやレムリアあたり」
『うわー、太平洋とインドまで戦争の種が』
マジでシャレになってない。インド洋はともかく、太平洋にムー大陸が出現したら、確実に日本は巻き込まれる。
今のところ、アトランティスのわずかな人類領域で何か大きな発見があったという話は聞かないが、その続報次第では更に荒れるだろう。
軌道ステーションの件もあるし、どこまで影響が広がるのか……内容の予想ができても、対応が間に合わない。ただでさえ後手に回るしかないのに。
「そういえば、大陸出現による気候変動ってどうなった? さすがにもう影響出るだろ?」
『それが、どうも変化がないそうで。普通なら影響ないはずないんですが、大陸周辺以外は海流や偏西風もそのままみたいですね。今年の冬にヨーロッパが凍りつく事はなさそうです。もちろん海路や空路の問題はありますけど』
「気候変動による混乱は狙ってないって事か。……話題には出ないが、海底ケーブルは?」
『実は大陸を貫通して残ってるそうです。破損時に復旧作業が困難な事以外はそのままですね』
「マジかよ」
アトランティスの地面を掘り進んだらケーブルが出てくるのか。利用されててもおかしくないんだが、寸断して混乱するよりマシ……なのか?
一体どうやってんだって感じだが、そもそも大陸出現からして超常的な何かだから今更だ。ヒーローも怪人も理論的に説明できる奴などいない。運営の配慮ってやつなのかね。直接的な被害は出さないとか。
「大陸が増えたり、そういう延長線上で予想できる展開は序の口なんだろうな。下手すりゃ三つ目の大規模イベントの目玉ですらない可能性すらある」
『バージョン3ですらなく、2.1とかですかね』
「あのシステムバージョンについても気になるんだよな。大規模イベントの度にバージョンアップするんだとしたら、本気で対応できない」
いくらマスカレイドが強かろうが、世界秩序は容易に崩壊する。今の時点ですらかなり暗雲が立ち込めているというのに。
「このまま展開したら、月とか火星……下手したら太陽系の圏内くらいは舞台になりそうなのが怖い」
『でも、いくら超科学を投入されても数年じゃ移住なんてできませんよ? 宇宙じゃ、行き場に困った難民を放り出せばいいってわけでもないですし』
「怪人の支配領域ならありそうだろ」
『それはまた……』
地球が人類の生存圏、それ以外はすべて怪人の生存圏なんて未来図だって有り得ないとまではいかない。宇宙空間に放り出された緊縛怪人が死んでないのなら、生活だってできるかもしれないし。実は、すでに月の裏側は怪人の拠点でしたと言われても驚かない。
「直近ならそこまでいかなくても、空中や地底、海底にいきなり都市が現れてもおかしくない」
『単純に要塞が鎮座しているだけだと、マスカレイドさんが強襲できますよね。となると、何か対策を用意しそうですが』
「対策として何をやってくるかは、ひょっとしたら南スーダン強襲が判断材料になるかもな」
逆にヒントを与える事になるかもしれないが、そこら辺は一長一短だ。
『あ、その件ですが、先ほど追加の回答が有りました』
なんだ、横ヤリか? 急に駄目とか言い出すなら補填よこせよ。
『といっても懸念するような内容ではなく……むしろ朗報? ですかね?』
「お前が判断に困るような内容なのか」
『バージョン2の地域支配率絡みの回答なんですが、リリース前……ようは七月いっぱいまでは発生した戦果による支配率変動は発生しませんと』
「ほう」
……なるほど。運営側も分かっているって事だ。
これは南スーダンを怪人の手から取り戻したいなら八月以降にやれという回答にも見えるが、逆に七月中なら俺が南スーダンでいくら暴れても支配率は変わりませんよという話でもある。もちろん都合がいいのはリリース前だ。
「じゃあ、遅くとも七月中に祭りを開催しないとな」
『手を出した事で国のゴタゴタに巻き込まれたくないですしね。あ、ヒーローネットで調べてたら、怪人捕獲用の網とか色々あったんで、マスカレイド・引廻しができそうです』
「絶対想定している用途と違うんだろうが、確かに頑丈そうだな」
『いやー、商品数が多いから確認漏れもありますね。まさか、漁網としてラインナップされてるなんて。単に、新しく追加されたって可能性もありますけど』
「本当にありそうだから困る」
ミナミさんのおかげで、南スーダン強襲も凄惨かつ派手なショーになりそうな感じだ。特に勢力図に影響がなく、怪人たちに恐怖を植え付けるという意味では最上だろう。ついでにポイント。
難民化した南スーダンの国民には悪いが、下手に一部の領域を取り戻して政治的なゴタゴタが発生するのは俺的にも世界的にもマイナスしかない。あそこで暴れる場合はそこら辺の配慮も必要だったのだが、今回の回答で懸念が一つ消えた。
同じように、アトランティスも強襲の対象としては外れる。どちらも俺の手で開放する気などこれっぽっちもないし、二番煎じになると対策とられて強襲直後に逃げられたりするからだ。やるとしても、ほとぼりが冷めた頃に突発的なイベントとしてになるだろう。
そうして、マスカレイド主催の個人イベント、南スーダン強襲作戦の決行日がやってきた。
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