第九話「触手怪人タコデナイカ」




-1-




 とある日本の海水浴場。今、ここに怪人の脅威が迫っていた。


「クククッ、世界では海岸地域は危険地帯として認識され始めているのに、日本では平和なものよ」


 ブチブチと自らの足を切り取ると、その足がウネウネと意思を持ったように蠢く。切り離した側の足があっという間に再生していく様を見れば、無限に増殖し始めるのではないかという恐怖に駆られるだろう。

 海水浴場の沖合数キロという離島。その洞窟内に潜伏しているこの怪人の名は触手怪人タコデナイカ。触腕があるため足が十本あるように見えるが、イカではなくタコの怪人である。

 洞窟の出口からは砂浜で遊ぶ家族連れやカップルが見えるが、彼らは目の前に迫る脅威に気付いていない。

 モーリタニアで誕生して以降、多数の被害を出し続けている彼からしてみれば、日和見した日本人など赤子同然である。

 担当ヒーローであるマスカレイドが怖いので洞窟に潜伏しているが、制限時間が極わずかとなった今まで出撃が確認されていない。ヒーローが怪人の出現をどう探知しているかは知らないが、満潮時には入口すら見えない洞窟、外部から目視困難である事が功を奏したのかもしれない。これは意外な盲点といえるだろう。帰還して、この情報をバラ撒けば怪人界隈では英雄と呼ばれるに違いない。

 尚、触手怪人タコデナイカの勘違いである。


「準備は整った」


 あとは実行に移すのみ。

 用意した手駒は自らの肉体と、体から切り離しても自在に動かせる触手群。これだけで、海岸の観光客共を阿鼻叫喚させる事ができるだろう。


「クククッ! ワシの触手をタコ焼き屋台に混入させて、海水浴客をすべて下痢にしてくれるわ!!」


 それは高らかな宣言。怪人として、人間に仇なす者としての高潔なる宣戦布告なのだ!


「……おい」

「海水浴に来たからには不味い屋台を利用せずにはいられない、日本人の集団心理を突いた巧妙な罠だ。待っていろよ!!」

「おいっ!!」

「……さーて、行くか」


 さっきから後ろで呼び声がしていたのは気付いていた。気付いていたが振り返りたくなかったのだ。

 できればこのまま洞窟から出ていきたい。現実逃避と言われても、現状に目を向けたくなかったのだ。触手怪人タコデナイカは過去ではなく未来に向かって進みたいと考えている。


「ちょいやっ!!」

「ぐへぇっ!!」


 何をされたのか分からないが、足が数本まとめて吹き飛んだ。


「おいコラ、無視するな。タコ焼きじゃなく姿焼きにしちまうぞ」


 相手しようがしまいが関係なく殺される気がしないでもない。背後に迫った銀色はそういう理不尽な存在なのだ。


「あ、あの……マスカレイドさん。ここは盛大にスルーして頂く事はできないでしょうか。あっしは自分の体を切り売りして腹を下させる程度しかできないケチな怪人なもんでして」


 出会い頭の命乞いである。これまでなみいる強者を鎧袖一触の元に仕留めて来た化物相手に、自分のような弱小怪人が何かできるはずもない。分かっているからこそ、ここは戦闘ではなく逃走でもなく許しを請うのである。逃げられるわけないし。


「いや、お前が屋台のタコ焼きをどうにかしようとしていたのはこの際どうでもいいんだ。モーリタニアで輸出用の真蛸に自分の体を混入させた事も、その主な輸出先が日本である事もこの際どうでもいい」


 だったら何が問題なのか。戦闘ができない自分には、これくらいしか人間に対する攻撃方法がない。

 海ならともかく、陸上に上がれば人間の通常戦力にすらやられてしまいかねないほどに弱く、怪人の面汚しとまで言わているのに。Eランク怪人という評価は伊達ではないのだ。

 悪い事をするなというのは無理だ。それは怪人の本能に刻まれた使命のようなものであり、行動原理である。それをやめる事は死ぬ事と同義なのだから。


「いいか……今の季節はなんだ?」

「な、夏……?」


 何を言いたいのか分からないが、日本ならこの答えで合っているはずだ。暑くジメジメした季節。すぐ近くには海水浴をしている人間も多い。


「そう夏だ。ではここは何処だ?」

「ど、洞窟」

「もう少し広げて」

「う、海?」

「そう海だっ!!」


 質問の意図がさっぱり分からない。何故マスカレイドは声を荒げているのか。


「ではお前はなんだ」

「か、怪人です」

「何怪人よ」

「触手怪人です」

「だよなっ!!」


 正解らしい。正解らしいが、このあとの展開が予想できない。


「海、触手怪人、外には海水浴客がたくさんいて無数の触手まで揃っている。この状況で! なんで! タコ焼き屋台にイタズラする事を選択するんだよっ!! これだけ要素が揃えば、エロエロな展開になるのがお約束だろうがっ!! 触手に水着を絡めとられてイヤーンな状況になった女の子を颯爽と助け出す謎のヒーロー! 全裸に囲まれて怪人を討伐する展開がすべて台無しだ!!」

「そ、そんな事言われましても」


 どの道討伐されてしまうのでは同じではないか。


「貴様には触手の使命というものが分からないのか。これはロマンなんだっ!!」

「ロマンと言われても……あの、人間を普通に襲えば良かったんですかね?」

「違うっ!! 可愛い水着女子をエロエロな展開に巻き込むのがお前の使命だったはずだ」


 ヒーローに怪人の使命を語られても正直困る。


「……あの、そもそもワシタコの怪人なんで人間に性的な興味はないというか、むしろタコのほうが」

「ガッデムッ!! くそ、期待してギリギリまで出動を粘った俺に対する仕打ちがこれなのか。青少年の夢は潰えてしまったというのか。そもそもお前タコなのかイカなのかはっきりしろよ! タコデナイカって紛らわしいんだよ」

「た、タコであります。タコデナイカっていう名前も日本独自のもので、勝手に付けられるというかなんというか」

「あ、そうなんだ。……そりゃ、日本以外で生まれた怪人が日本語のダジャレみたいなのは変だと思ってたけどさ」


 ここだけ素の反応だった。やはりヒーローは基本的に怪人の事を知らないのだと理解した。


「まあいい。お前は俺の、ひいては青少年の夢を尽く踏み躙った。よって死刑!!」

「え、ちょっ……なんですかその唐突な流れ!?」

「うるさいわい。どの道ヒーローと怪人は戦う流れなんだよバーカ!!」

「……ええ」


 有耶無耶にしたまま制限時間オーバーになるという展開も消えた。ここまで熱く語っていたのは一体なんだったのか。

 あと、何故ちょっと涙目なのか。


「貴様が再生能力に長けている事は調べがついている。ちゃんと爆発するまでミンチにしてやるからな」

「ひーっっっ!!」


 そうして触手怪人タコデナイカは謎の説教を喰らった挙句、原型が分からなくなるまでミンチにされた。

 誰にも語る事はできないが、やられている間触手怪人タコデナイカは自分はミキサーにでもかけられているかのような錯覚を覚えたという。

 死して爆発する頃にはタコでもイカでもない謎の肉塊と化していた。




-2-




「また、汚らわしいモノを始末してしまった」

『お疲れ様です』


 怪人を討伐して帰還。部屋ではいつも通りミナミが画面向こうから迎えてくれた。

 そこまではいつも通りというか前回と同じ。少し違うのは、その声が呆れ声だったという事だ。まあ、向こうでの俺を客観的に見れば分からないでもないが。


『散々出撃を渋った挙句にアレとは……』

「ちゃんと悪い怪人は討伐しただろ。結果的に被害はないから問題はない」


 そう、問題はないのだ。問題があるのは男のロマンである。


『輸出業者が突然爆発するタコの被害に遭ったのは、被害といえば被害ですがね』

「あ、前の出撃で切り離された部分も爆発するんだ」


 周囲の真蛸も被害を受けたかもしれないが、むしろ変なものが混入したまま輸出されないのは良かったんじゃないだろうか。

 ただ、その仕様だと体の一部を残しつつ転戦を続ける怪人がいたら、勝っても大爆発が発生してしまうな。爆発自体は極小だからどうあがいても大した被害にはなさそうだが。


『というかですねマスカレイドさん、触手触手って、別にそこまで強くエロ展開望んでるわけじゃないでしょうに』

「……えっ?」


 あまりに突然の発言に思考が追いつかなかった。あと、ミナミが触手とか言い出すのがちょっとエロい。


『そんな何言ってんのこいつみたいな顔されても、大体分かって来たんで大丈夫です』

「そ、そんな事はないんじゃないかなーって。だって触手だぞ」

『誤魔化したいなら、誤魔化されてあげます。わー、マスカレイドさんエローい』


 く、なんだそれは。私は分かってるんですよー的な顔しやがって。

 俺だって年頃……よりは少々年喰った青少年だぞ。それなりに性欲も肉欲もあるっちゅうねん。俺のPCの中身知ってるだろうが。そりゃ間違っても肉食系男子ではないが。


「くそ、そんな事言い出す悪い子は今度妄想のネタに使ってやるからな」

『はいはい』


 ……やばい、何言ってもスルーしそうな表情してる。くそ、ちょっと会話に慣れてくるとこれだ。だから、慣れる前に弄りたかったのに。

 これではミナミの勘違いが……いや、勘違いなのか? 実は気付いてないだけで、俺はあんまり性欲がないタイプとか? 馬鹿な。確かに他の奴と比べた事はないが、みんなこれくらいのはず。それともまさかミナミの基準があまりに高いとか。……南家のお父さんが、歩けば精液が漏れるような超肉食系だったとか。馬鹿な。そんな化物と比べられても……。


『まー、そういう頭悪い話は置いておいて、例の長谷川さんをマークしてた人たちの件を報告します』

「あ、はい」


 なんだろう、この負けた感じ。


「ミナミが調べるのに時間かかるって言ってたアレだよな? 思ったより時間かかったけど調べついたんだ」


 二、三日とか言ってたからミナミなら三十分くらいで終わらせてくるかと思ったのに、本当に三日かかっている。


『はい。……はいって言っていいのか良く分かりませんがね』

「あー、全然分からなかったとか?」

『いえ、それなりには調べられましたよ。結果から言うと、彼らは組織上存在しない者たちです』


 どうしよう。何言ってるのか分かんねーや。


「それはアレか? 世間の影に隠れて生きる忍者的な。忍とは人に非ず」


 ちょっと間違えると妖怪人間になってしまう、アメリカにも偽物がいるアレだ。現代に本物がいたとは驚きだが。

 いや、いねーだろ。


『あんまり離れてないかもしれないですね。私が言った存在しないというのは、あくまで組織上の事ですが』

「警察かなんだか分からんが、どの部署にも所属してないとか?」

『それで大体合ってます。何かしらの所属組織はあるんでしょうけど、公式には存在していない、ひょっとしたら本人たちも知らないかもしれないってところから命令を受けて行動してるようです』


 つまり大元は調べられていないと。現代社会で、本腰入れたミナミが調べられない事が存在するのがまず驚きだ。


「……なんかマンガみたいな世界だな。やっぱり張ってる連中は凄腕のエージェントだったりするわけ?」

『依頼元はマンガみたいですが、個人は名前や家族構成まで割り出せてますよ。確認できたのは自衛隊と機動隊、あとは刑事の人たちです。現職だけじゃなくて、元の人もいますが』


 個人バレてちゃ秘密組織の意味がないのでは?


『意図してそういう形にしたわけじゃなく、なんらかの事情で公式な組織を作らなかったパターンじゃないですかね。で、そういう人たちに繋がりのある誰かが、水面下で指揮を取って動いていると』

「そこまでは調べられなかったのか?」

『私も万能ってわけじゃないですしね』


 あら、珍しく控え目な反応。


『結局のところ、ネットワークが繋がっていない場所には目が届きません。ネット上のセキュリティならどんなものでも突破する自信はありますが、完全なスタンドアロンで動いてる端末には侵入できないですし、アナログな……口頭でのやり取りや紙文書を追うのも無理です』


 そりゃそうだ。ハッカーってのはネットワークが存在する事前提の存在なんだから。


「つまり、今回の相手はネットも電話も使ってないって事か。……まさか、お前の存在が勘付かれてるとか?」

『これまでの活動記録は念入りに消去してますし、存在が表に出た事すらないんで、私個人を特定するのは不可能なはずです。今回もそこら辺は念入りに調べましたが露見はしてないかと。でも、そういう高度なハッキング技術を持った存在がいると判断した上で、警戒し対策しているのは確かですね。多分、爆弾怪人の時にバラ撒いた怪奇文書が原因で気付いたんじゃないかと。そんな曖昧な情報だけで行動に移せるあたり、結構なやり手ですね』

「つまりヒーロー絡み……下手したらマスカレイドの近くにそういう奴がいるのはバレてる臭いと」

『そうですね。特定の組織が存在しないのもそれが原因じゃないかと思ってます』


 本来どうやっても突破できないような経路で情報をバラ撒いている奴がいるって事に気付いたか。その上で対策までしてくるとは。……普通にすげえな。


『なので、かみさま権限とオペレーターポイント使って割り出した結果がコレです。テレビ局乗っ取りの時みたいに直接怪人絡みってわけでもないのに、赤字もいいところですよ。慣れてない事もあってそれでも全部が分かったわけじゃないのもアレですし』

「お前の反則技は留まるところを知らんな」


 真正面からのハッキング能力ですら反則なのに、それが通用しないなら即違う反則技へと移行する。

 どれだけ警戒しても超常的な力には対応し切れない。同じ土俵にすら立っていない状況では対策できるはずもない。


「……しかし、それでも全容は分からないって事か」

『報告書が上がってるわけでもないし、情報を直接やり取りしてるわけでもない。見張ってる人員も目的が分かった上でやってるわけじゃない上に直の命令系統はバラバラ。実際に裏で行動しているのはおそらく個人。多くても数人といった規模でしょう』


 確かに大人数を動かせる方法じゃないよな。公式で動こうにもそんな対策を理解してくれるとも限らない。


『一応、条件に該当しそうな人物はリストアップしましたが、見ます?』

「俺が見ても分からんだろう」

『そうですよね。まー完全に特定したら報告します。というわけで、本題はこの動きに対してどうするかですね。何かアクション起こします?』

「最終的な目的はマスカレイドとの交渉。できれば首に縄付けておきたいってところだろうな」


 順当に考えれば、だが。個人的にマスカレイドを利用して権力を手に入れたいと目論んでいる……なんて想像もできるが、現時点での判断は難しい。

 ミナミを使って逆に脅しをかける事もできるが、それはあまり意味がない。むしろ能動的に行動する事で向こうさんに情報を渡す結果になる。正体不明の相手が情報をくれるなら、それが敵対意思だとしても喜んでしまうかもしれない。どんな時だって、怖いのは完全なる未知なのだから。


『何かメリットがあるなら交渉してもいいですけどね。長谷川さんを窓口にして』


 頼めばやってくれそうな気もするが、今のところそれをするメリットが俺たちにないな。

 現状怪人対策は俺たちだけで完結しているし、国に何かやってもらう必要もない。窓口を一本化して明確にする事で変なちょっかいかけられる可能性は減るかもしれないが、それくらいだ。国民に対して正式な通達を出せるというのもメリットにはなり難い。

 根本的な話として、対怪人を考えた場合、国家や公的組織は構造的に対応が遅過ぎるのだ。こちらが望むのは邪魔しないでくれという一点だけなのだから交渉にならない。事実困ってないし。

 悩んでいるのはいつもどうやって手加減しようか、など普通に考えたら明後日の方向ばかりだ。


「放っておいて、俺まで辿られる可能性は?」

『まず有り得ないです。長谷川さんと今後何度もやり取りするならともかく、それも必要ないですし。アナログ以外の方法を使い始めたら私が対処できます』

「なら、放置の方向で。情報収集は継続してくれ」

『ラジャー』


 だから、これが最良の手なのだろう。放っといたら長谷川さんが誘拐されたり監禁されたりするかもしれんが、その時はまた別に対応を検討しよう

 むしろ、この手の話は俺たちじゃなく他のヒーローのほうが問題だ。

 俺たちだとメリットになり得ないものでも、戦力が不足している、情報が不足している、正体を明かしたほうが身動きを取りやすい、表向きの権力や金が欲しいなどの考えを持ったヒーローだっているだろうし。




-3-




「ちなみに他のヒーローは何かそういう表向きの行動してるか分かるか?」

『大多数はマスカレイドさんと同様に何も行動してませんね。一部、掲示板に降臨したりしてる人もいますが』


 ヒーローやってるけど何か質問ある? ……って感じか。馬鹿なのかな。


「だが、俺みたいに完全な引き籠もりってわけでもないんだろ?」

『ええ。外出頻度は減った人が多いとは聞きますが、家から出ないというのは聞いた事がありません。むしろ普通に暮らしてた人がいきなり姿を現さなくなったらそっちのほうが怪しいですしね。ヒーロー始める遥か以前から引き籠もりだったマスカレイドさんしか使えない手じゃないでしょうか』

「そりゃそうだよな」


 新天地に引っ越せばそういう手が使えない事もないだろうが、そのタイミングで引っ越したという事実は残る。

 家族がいれば余計に面倒な事になるだろう。その点、俺は引き籠もってても家族に不審がられないし、近所の人だってそう認識してるだろう。

 今でも連絡を取り合っている友人だって、誰も不思議に思っていない。穴熊英雄は最初からそういう人間だからだ。

 ある意味、鉄壁の情報迷彩が成立している。不安があるとすれば明日香やミナミの家族だが、それだってあえて挙げるならって程度だ。


『特に大人数のヒーローが所属しているチームでは、はっきりと情報統制しているみたいですね』

「人数多いと、方針合わない奴も出てきそうなもんだがな」

『実際問題視されてます。制御し切れない部分は、ヒーロー同士やオペレーターが監視したりとか。早々にチームを分けてしまうとか』


 いずれ内部で粛清されるヒーローが出て来るような気がしないでもない。

 誰もが認める絶対的なリーダーがいるとも思えない。……これだけ万能な力を手にしていれば、どこかでタガが外れてしまうのが人間だ。むしろ、今の今まで致命的な問題が起きていないのが不思議である。


『あと多分マスカレイドさんは忘れてますが、本来は担当の神様いますしね。野放しって事はないでしょう』

「……マジで忘れてたよ」


 ウチのかみさまはアレだが、本来異界の神様たちは直属の上司なわけだ。上から睨みを利かせていればある程度は自浄作用も期待できる。最悪、力を返還させられるとかそういった脅しで歯止めを利かせる事も可能か。

 ……尚、ウチは一切機能していないが。


『まあ、動向が怪しいところもありますけどね。国内情勢が不安定なところにそういう傾向があります』

「中国とか?」

『現状は大丈夫っぽいです。あそこはまた違う意味で問題を抱えてて、細かーいチームが乱立して牽制し合ってる感じですね。ヤクザの縄張り争い的な』


 ……らしいといえばらしいが。


『今ホットなのはソマリアですかね。アフリカはどこも統制が効かない感じですが、あそこはソマリア、ソマリランド、プントランドで一区域扱いなので。あとはコンゴとDRコンゴとか、エチオピアとエリトリアとか』

「アフリカばっかやな」

『中東や南米も結構同エリアの担当ヒーロー同士が仲悪い事が多いらしくて、オペレーターの子が頭抱えてるらしいです。北米でもメキシコがアメリカのヒーローと険悪だったり』


 世界情勢がそのままヒーロー同士の問題にもなってるのか。


『まあ、私はあまり交流ないんですけどね。ここら辺も大体同期のアイリーンに聞いた話ですし』

「そういや、そうだっけか」


 経歴やこれまでの言動を見る限り、ミナミは対外的な顔を取り繕うのは得意そうだが、本質的な付き合いは苦手としている節がある。

 最初に指定した表裏のない性格というのは合っているのだろうが、隠し事はするしすべてを曝け出したりもしない。必要な相手と必要なだけ交流する、ある意味広くて狭い世界を作るのが南美波という人間なのだろう。

 ……こうしてミナミを分析している以上当然向こうも俺を分析しているのだろうが、怖くて聞けない。マスカレイドさんは潜在的なホモですよねーとか言われたら立ち直れそうにないぞ。


「お前も俺も日本も世界から隔離されてるな」


 なんかみんなポーカーやってるのに俺たちだけ麻雀やってるような、そんな意識の違いがありそうだ。


『接触しようと思えばできますよ。ヒーロー主催のパーティに出席するとか、複数チームの合同訓練に参加するとか。参加依頼だけならたくさん来てますし』

「その手の話はスルーだ。どこから情報漏れるか分からない状態じゃ自殺行為もいいところだし」

『容姿に関してはバレようもないですし、あとは……強盗怪人の時みたいにしゃべらないとか』

「なんのパーティやねん」


 一切喋らず、飲み食いしてビンゴの景品だけ掻っ攫っていく謎の招待客とか印象悪過ぎるだろう。いや、ビンゴしてるかなんて知らんが。

 訓練にしたところで、お互い得るものは少ないだろう。何せ実力が違い過ぎる。マスカレイドは孤独なヒーローなのだ。ヒーローなんだから同業者相手にも正体不明でかまわんだろう。




-4-




 というわけで、全貌が分かったわけではないが現状分かっている事だけでも伝えておこうと長谷川さんへ再度電話をしてみた。


『なるほど……日本は平和ボケし過ぎだと思ってましたが、そういう人もいるって事ですかね』


 監視されていた事に対して憤りなどはなく、むしろ感心していたのは意外である。


「面倒臭い事に巻き込まれたなーとか、思わないんですか?」

『それはあまり。……これまで、私の人生は面倒な事ばかりだったので』


 謎の組織から監視される事が面倒だと感じないほどに、波乱の人生を送って来たというのか。普通の銀行マンさんかと思ったが、意外と強者らしい。


『しかし、となるとマスカレイドさんについての調査を続けるのも問題ですかね。……今度福岡にも行こうと思っていたんですが……あ、いやそれはむしろ不自然なのか。……可能な限りこれまでと同じ行動をとるのがベストと』


 察しのいい事である。できる限り同じ生活をして下さいと言う前に気付いてくれたらしい。


『むこうさんから接触して来た場合、どこまで話していいのかとか、そういう基準はありますか? もしくはどういった事を探りたいとか』

「……なんかやけに協力的ですね」


 確かにそういった行動は望むところではあるし、打診しようと思っていた。しかし、ここまですんなり事が進むと不安になる。


『あー、不自然に感じるなら、多分それは視点の違いですよ』

「……視点の違い? 一般人とヒーローの違いって事ですか」

『助けた側と助けられた側の違いです。……私はマスカレイドさんがどこの方か、何歳くらいの方か、そもそも人間なのかも知りません。あなたの事を調べても大した情報なんてないし、こうして話していてもヒーローがどんな存在であるかなんてさっぱりです。なんのために戦うのか、そこに利益はあるのか、目的はなんなのか、そういう事すら知らずに一方的に助けられている側なんです』

「まあ……そう感じるでしょうね」


 言えない事は多い。意図的に隠している事も多い。俺個人の事はもちろん、運営側の話なんて爆弾もいいところだろう。

 一切が謎の未知の存在と感じるのも当然だ。


『理不尽な事件に巻き込まれた。自分ではどうする事もできない。それを自分ではない誰かが解決してくれた。それをただラッキーだと捉える人もいるでしょう。だけど、一方的に助けられたまま何も返礼する事なく過ごす事ができない人間もいるって事です。何かを返せるなら、できる限り力になりたいと思う人だっているんですよ』

「……それは」


 なんでもできる超人がいるんだから、巻き込まれた人は大人しく助けられていればいい。

 そういう事を一切考えてなかったといえば嘘になる。しかし、立場が違い過ぎて助けられた側が何を思うのか理解していなかったのも確かだ。

 長谷川さんの言葉は、被害者を馬鹿にするな、とそう言っているようにも聞こえた。ただ一方的に助けられるだけの弱者ばかりではないと。

 俺自身、ヒーローの万能性に酔っていたところがあるのかもしれない。単純なのに、そう思わされるほどに突き刺さる言葉だった。


『私の人生は理不尽に塗れて来ました。そのほとんどは偶然で原因があるわけでもない、あとから何かしようとしてもどうしようもない理不尽ばかりです。だけど、今回の件に関しては違う。助けてくれたヒーローが確かに存在するのなら、力の及ぶ限り助けになりたい。そう考えています。……少しは納得してもらえましたか?』

「あ、はい」


 俺は気圧されていたのかもしれない。視界に入るミナミも呆然としていたように見える。


『なので、できる限りの事はします。どこまでやっても借りを返せる気はしませんが、よっぽどひどい事でない限りは』


 自殺しろとか、家族を殺せとか、そういった事でないなら本当になんでもやりそうだ。


「分かりました。開示していい情報、踏み込まれたくない部分などを文書にまとめて送付します」

『えーと、送付先はどうしましょうか』

「それはどうにでもなるので……そうですね、長谷川さん側からコンタクトを取りたい場合の方法も検討しておきます」

『よろしくお願いします』


 そうして通話を切った。

 ……正直、会話でまともに伝えられない。整理ができないから。いや、あるいは逃げたのかもしれない。


「……ミナミ、ちゃんとした大人ってすげえな。俺、引き籠もり選んで正解だったわ」

『いや、その判断はどうかと思いますけど。……そうですね。あそこまではっきり言えるのはあの人だけのような気もしますけど、ああいう人もいるって事ですね』

「俺が一般人のままで、ヒーローに助けられたらラッキーって済ませる側だからな。正直舐めてたわ」


 何か特殊な人生を歩んで来たような言葉だったが、どういう体験をすればああなるのか。


『……長谷川さんだけじゃないと思いますよ。大小こそあれ、助けられた人の中にはそう考えている人も多いはずです』

「掲示板で文句言う奴や、こないだの評論家みたいな奴の事しか頭になかったからな」

『マスカレイドさんはちょっと性悪説でものを考え過ぎですね。ほら、意外と近くにもそういう人がいるかもしれませんよーなんて。チラッ』

「……明日香とかも似たような事考えてたりするのかな」

『おいこら』


 ミナミの声のトーンがはっきり下がった。……分かってるわい。


「悪いな。ちゃんと分かってるよ。まあ、お前の場合はほとんど偶然みたいなもんだけど」

『偶然でもなんでもです。殺されそうなところを助けられたら感謝しますって』


 ……あるいは、ミナミも表に出さないだけで結構な覚悟を決めてここにいるのだろうか。


 最悪のケースばかり想定しているから、こういった事に考えが向かないんだな。もう少し柔軟に思考を働かせないと。

 でないと、いつか取り返しの付かない事になりかねない。そういう世界にいるのだから。

 ……引き籠もりに何させてんだって感じがしないわけでもないが。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る