第六話「八百長怪人ノーブック」




-1-




『名付けて超硬怪人メタル・ボディです!』


 目の前で対峙するのは装飾のない粘土人形。とりあえず素体をそのまま弄ってみましたという事情が透けて見えるデザインだ。

 ネーミングセンスはともかく、制限があるとはいえわざわざマスカレイド用に調整したという怪人が弱いとは思えない。かつてない強敵の可能性すらあり得る。


『さあ行くのだ、超硬怪人メタル・ボディ! マスカレイドを血祭りに上げろー!』


 自分がデザインした怪人のデビュー戦という事で、ミナミは楽しそうだ。

 俺は未知の存在を警戒しつつ、距離をとったまま身構える。……身構える。


「なあミナミ、あいつ動かないんだけど……」


 対するメタル・ボティは棒立ちのままだった。いや、それ以前に出現してからピクリとも動いていない。


『そりゃスピード下限ギリギリですからね。ガードに割り振るために犠牲になりました』

「…………」


 あ、動いた。ほんのちょっとだけ。亀なんて目じゃない遅さだ。生態観察のためにカメラを貼り付ける必要がありそうである。

 いくら防御力が高くてもこれじゃ何もできないだろう。というか、どうやって血祭りに上げるつもりだったのか。

 とりあえず警戒の必要性が皆無という事は分かった。どうせならスピードが最下限の怪人がどんな反応をするか試してみるかと、近くに寄ってみる。


 元々十メートルの距離があったのを半分の五メートルまで詰めてみる。……一切反応しない。こっちを見ようともしないぞ。

 四メートル、三メートル、二メートル……おい、本当にこいつ動くんだろうな。

 至近距離……五十センチくらいまで近付くと、ようやく目があった。動いたのは視線だけで、その他は微動だにしない。

 ……あ、ようやく二歩目だ。その二歩目にしてもすり足で、注意深く観察しなければ気付く事もないだろう。五十センチが四十九センチになったところで戦闘が成立するはずもない。

 視線を合わせたまま、怪人の側面に移動する。……お、視線が付いて来たぞ。目の動作だけで追えるギリギリの範囲までなら追ってくるようだ。

 そのまま背面へ移動。当然、メタル・ボディの視界からは消えているはずだ。だがしかし、彼は必死に俺を追おうとようやく体ごと横へと向きを変え始めた。もうそこに俺はいないから無駄な行動ではあるのだが、そのまま転んだりしないのは優秀だと言えるかもしれない。一応姿勢制御はできている。

 一周して元の位置まで戻り、彼の動向を見守る。現在怪人が向いている方向は俺から見て右側だ。つまり、ようやく最初の移動に追いついたのだ。


「おいミナミ、どーすんだよこの産廃」

『……正直ここまでとは、海のミナミの目をもってしても読めなかった』


 多分その目は節穴だぞ。美波だから海っぽい名前ではあるが。


『とりあえず、ガード"だけ"は本物ですから』

「その言い方だと、スピードだけじゃなく他の能力値も犠牲になってるって事か」

『ガード以外全部下限値です』


 極端過ぎる。MMOなんかで良くレベルアップ時のポイントを一点に極振りした特化型が持て囃されたりするが、そんなレベルじゃない。これでは日常生活を送るどころか、一日かけて百メートル移動する事さえ困難だ。


『あ、でも不意打ち気味に攻撃するとガードし切れないかもしれないので、攻撃するなら正面からお願いします』

「この遅さだと防御行動もとれないんじゃないか?」

『そ、そうですね』


 なんとガード手段を考慮していなかったらしい。

 今から攻撃するからガードしろよ、と言って腕を上げるまでに数分かかるのでは、サンドバッグとしても失敗作だ。何か硬い物質を用意して殴っていたほうが有意義だろう。いや、そもそもこいつ腕上がるんだろうか。パワーも下限って事はそれすらできない可能性も……。


「……攻撃の前に試してみたい事があるんだが」

『どうぞどうぞ』


 ようやく後ろを向いたメタル・ボディの後頭部を押してみると、一切の抵抗なく倒れ込んだ。そこまではある意味予想通りだからいいんだが、いくら待っても起き上がってこない。


「こいつ、自力で起き上がれないぞ」

『oh……』


 ゆったりだが、起き上がろうとはしている。しかし如何せんパワーがなく、わずかにしか持ち上がらない。……あ、諦めた。

 怪人には非道な行為を行ってきたという自覚はあるが、これほどまでに同情を誘われたのは初めてだ。電子の存在とはいえ、あまりにあまりである。こんな哀れな存在を作り出してしまうなんて。


『あのー、作り直すんでそれはトドメ刺してもらってもいいですかね』

「お前はこの哀れな存在に追い打ちをかけろというのか」

『いやその……倒さないとエディット枠空かないんですよ。まだ一枠のままなんで』


 システム上仕方ない処置とはいえ、ひどい話である。

 せめてもの手向けとして、自慢のガードが活かせるよう全力で攻撃してやろう。


「せいやっ!!」


 倒れているメタル・ボディに脚を掛けるように蹴り上げる。通常の怪人ならバラバラになる威力だが、ガード自慢のメタル・ボディの体はそのまま空中へと高く舞った。実はこれだけでも結構すごい。

 無抵抗のまま落ちてくるメタル・ボディに対し、正拳突きの構えをとる。これで粉々にならなければ、少なくともガードだけは過去最強の怪人と認めてもいいだろう。

 ……悲しそうな目と視線が合ってしまったが、ここはあえて無視する。どうしようもねーし。


「はあああっ!!」


 過去に例のない全力での攻撃。物理法則を完全に無視し、拳撃のダメージを極限まで追求した一撃がメタル・ボディの体へと打ち込まれる。

 その結果どうなってしまうのかは放った本人にも想像がつかない。その結果が今、あきらかに……ならなかった。

 メタル・ボディの肉体は、接触する以前に拳が巻き起こした衝撃だけでバラバラに崩れさってしまった。


「……おいミナミ、ガード最強はどうした。当たる前にバラバラになったぞ」

『あ、あれーって、えぇーー? いやいや、数値上はガード極振りですって。蹴りは耐えたじゃないですか』


 ……それもそうだな。結構強く蹴り上げたし。


「すると何か? 怪人に設定可能な限界までガードを強化しても、全力攻撃を耐えるどころか当てる事さえできないと?」

『そ、そうなっちゃいますね。……どこまでバグってるんですかー』

「いや、知らんがな」


 しかもこれただの正拳突きで、必殺技ですらないんだぞ。


『一応、現在設定可能な範囲でっていう前提ですけどね。実績解除を続ければ固有能力や必殺技も設定できるみたいですし。……とはいっても、この有様じゃあ……。マスカレイドさん、これまで本当に手加減してたんですね』

「まあな」


 となると、全力を出せるって意味なら《 マスカレイド・インプロージョン 》は実にマスカレイド向きの必殺技だったわけだ。一応、当たりはするし。


「……まあいいか。予想以上にバグってたのはアレだが、本来の目的はこの体に慣れる事だからな。次はもう少し訓練になりそうな怪人を作ってくれ」

『は、はい。……どうしよう、できるかな』


 自信なさ気である。お披露目した時はあんなに自信満々だったのに。




-2-




 というわけで、ミナミには怪人作成を頑張ってもらう事にして、俺はサバイバルモードの攻略を再開する。

 バーサスモードで一勝した事でも一部制限は解除されたようだし、攻略を進めていけば更なる機能開放が期待できるだろう。とりあえず、怪人に何か能力を追加できるところまでは進めたい。今のままだと多少能力値に差があっても戦闘員イーと大差ないからな。むしろ、何かフィードバックを受けているっぽい戦闘員のほうが強いかもしれない。


 怪人制作と相反するように、サバイバルモードの攻略は順調に進む。

 敵の強さとか数に関してはいくら難易度が上がろうが問題はないのだが、ステージ当たりの拘束時間が増えるのが地味に厳しい。本来ならこんな連続攻略するものではなく、一日1ステージとかそういうペースで攻略するものなのだろう。あるいは、チーム全体で交代しながら攻略を進めるのかもしれない。


「ミナミー、できたー?」

『コンパイル中でーす』


 ステージ11を攻略したところで声をかけてみたが、まだ次の怪人は準備できていないらしい。

 というかコンパイル? ……ミナミ独自の表現か何かだろうか。プログラムじゃないんだから。


 ただ待つのもアレなので続けてステージ12に挑戦する。もはや惰性のようになってきたが、実はこのステージから戦闘員シーが登場するらしい。ただ、ランクが上がったところでマスカレイド的には難易度の違いはないし、掛け声も相変わらず『イーッ』のままなので、そこをあえて描写する必要性もない。この分だと、まだ見ぬビーもエーも掛け声は同じなんだろう。それは果たして運営の手抜きなのか、それともパク……オマージュなのか。謎……という事にしておきたい問題……は深まるばかりである。

 そうして長いステージ12の攻略が終わり、次なるミナミ製怪人との戦闘が始まる。


『能力設定が可能になったので、《 衝撃吸収 》を付けてみました。マスカレイドさんのアホみたいな火力を真正面から弾き返すのではなく、受け止めて緩和するコンセプト。名付けて、超軟怪人ソフト・ボディです!』

「なんか名前的には弱体化してるな」


 地味に柔軟剤っぽい。


『能力追加にリソース取られたんで、実際、能力値的には弱体化してますね』


 それでいいのかって感じなんだが、完全に産廃だったメタル・ボディに比べればよほどの事がない限りはマシだろう。


『あ、できれば今回は段階的に力を加えていく感じでお願いします』

「……まあ、これまでのパターンだと、能力付けたところで一発でバラバラになるのは目に見えてるしな」


 もはや、大言壮語を吐くような段階ではないらしい。

 むしろ、手加減の訓練でもしてみようか。《 マスカレイド・インプロージョン 》を使わずとも上手く倒さないよう打撃を調整する感じで。

 良く考えたら次の決闘ではそういった手加減が必要になるかもしれない。きちんとブックの読み合わせをしてても不慮の事故が起きてしまうのがプロレスなのだ。ついうっかりバラバラにしてしまったら、嘘をついた事になってしまう。その時には文句を言う存在がいないわけだが、ヒーローとして嘘はいけない。


「よし、じゃあ来い!」

『わははは、さあ行け超軟怪人ソフト・ボディ! 宿敵マスカレイドを血祭りに上げるのだー!』

「お前は毎回そのノリで行くつもりなのか」


 前回同様出現のエフェクトと共に怪人が現れる。

 目の前で対峙するのは装飾のない粘土人形。とりあえず素体をそのまま弄ってみましたという事情が透けて見えるデザインだ……っておい。


「あの……ミナミさん、デザイン同じやがな」

『色は違いますから。それにほら、今回はちゃんと歩けてます』


 おお、確かに歩いてる。……そんなレベルでいいのか。本当にヨタヨタ歩いてるだけだぞ。


『それと、今回は新たに解禁された戦闘BGMも付けちゃいますよ。ミュージックスタート!』


 戦闘音楽か。……特撮ならアリっちゃアリなんだが、編集ではなく実際の現場で音楽かけて戦う事はそうそうないと思うぞ。

 スピーカーがあるわけでもないのに空間のどこからか音楽が流れ始めた。おそらく電子空間だから可能なシステムなのだろう。流れてきたそれはどこか聞き覚えのある曲調、それは最近嫌になるほど聞いたものに酷似して……いや、そのものだ。


「おいやめろっ!! マスカレイドのOP曲じゃねーか!」


 何が悲しくて自分の熱唱に合わせて戦わないといかんのだ。


『ええー、ぴったりじゃないですか』

「いや、確かにこれ以上なくぴったりではあるが、こういう場面で聞かされたくはない。いや、早くだから止めて」


 超恥ずい。収録やOPに合わせて聞くのは我慢できるが、これはちょっと。これでテンション上がるのはよほどのナルシストだけだ。

 あまりの恥ずかしさに悶絶しそうだ。怪人の攻撃なんかよりも遥かに大ダメージである。おのれミナミ。


『しょうがないですね。じゃあインストで』

「……まあ、それなら」


 同じ曲でも俺の声が入ってなければ随分マシだ。確か途中でこれまた俺のバックコーラスが入ってるけど、それくらいなら我慢しよう。

 そんなやり取りを長々と続けていたが、ソフト・ボディは未だこちらに向かってヨチヨチ歩きをしている途中だった。距離的には大体半分くらいである。生まれたての子鹿のようにプルプル震える脚を見てると不安になるが、頑張ってここまで来て欲しい。

 ふと、視線が合った。疲れ果てているのか、生気が感じられない瞳だ。なのに、愚直にもここまで辿り着こうとしている。

 おそらく、彼にとっては俺の立つここがゴールなのだろう。ゴールできるなら死んでも構わないと、そんな事を考えているのかもしれない。

 彼の頑張りを無駄にするわけにはいかない。ここは決して歩み寄ったりせず、後ろに下がるような外道な行為もせず、ただじっと彼がゴールするのを見守るのだ。まるで、ここが海岸沿いの砂浜であるかのような気さえしてきた。


――頑張ったから、もういいよね。休んでもいいよね――


 なんか幻聴が聞こえてきたぞ。お前、生まれてから数メートル歩いただけなのに、もう終わりにしたいのか。

 そんなはずないだろ。その先には本当の目的があったはずだ。辿りついただけでゴールなんて許されるはずがない。

 しかし、ゴールはゆっくりと着実に近付いている。それはまるで何かの感動巨編のラストシーンのようだ。


――ごーる――


「良く頑張ったな。引導を渡してやる」


 至近距離まで接近し、俺にもたれ掛かるように倒れ込んで来たソフト・ボディにカウンターの一発。

 並みの怪人ならそのまま爆発する威力を込めたのに、ソフト・ボディはその柔軟な体でダメージを吸収。遥か彼方まで飛んでいき、数回地面にバウンドしてから爆発した。ほう、あれを耐えるとはなかなか……。


『衝撃は吸収できてたみたいですが、訓練用の怪人としては失敗ですね』


 お前はあの感動のシーンを見て何も感じないのか。血も涙もない奴である。




-3-




 それからも怪人職人ミナミの受難と迷走は続く。


『柔軟性ではなく反発力で攻めてみたい。全身天然ゴムの超謨怪人ゴム・ボディ!』

 方向性はいいと思うぞ。


『ダメージを受けた部位をあえて破棄する事でダメコンを可能にした。超脆怪人エンブリットル・ボディです!』

 でも、脆いんだよね。


『ぬるぬるさせて掴ませない。上手くいけば打撃も滑らせられるぞ。超滑怪人スリップ・ボディです!』

 すっごい滑るよ。


『壊れたなら直せばいい。頑張って自己修復するぞ。超癒怪人リペア・ボディ!』

 一瞬でバラバラになるのに追いつくはずねーだろ。


『もう人の形に囚われない。それは人の進化が辿る未来の姿なのか。超粘怪人アメーバ・ボディ!』

 攻撃が通り難い上にバラバラになっても再生する。意外とこれまで一番強敵かもしれない。今後の発展を期待します。


『よっしゃ! ならばもう得体の知れないモノへの忌避感を利用した究極の形。超謎怪人モザイク・ボディ!』

 確かに触りたくねえっ!? なんか蠢いてるよっ!?


 ……正しく迷走していた。




『くぅ~疲れました。なんかやりきった感がありますね』


 迷走していた本人は満足そうだった。このまま座談会でも始めそうな勢いである。


「ねえよ。ほとんどネタじゃねーか」

『あ、あれ? ミナミ的には結構良い線いってたような気も。ほら、アメーバとか』

「アメーバ・ボディはなかなか良かったかな。あとは地味にモザイク・ボディも」


 どれもネタ扱いは避けられないが。


『ですよねー。いやー、多分他のヒーローさんなら苦戦間違いなしですよ』


 それはどうだろうか。

 ミナミはマスカレイド対策って点に拘り過ぎて、俺が持っていない攻撃方法を想定していない。モザイク・ボディに触りたくないのなら光学兵器などで遠距離攻撃してもいいし、燃やしてもいい。そういう攻撃を主体にしているヒーローもいるだろう。


『ちなみにこの空間じゃ再現しても意味ないですけど、攻撃した箇所から毒ガスや悪臭を撒き散らす案もありました』

「お前に任せるとすげえ嫌な怪人になりそうだな」


 あくまで戦闘用として考えているから微妙な感じになっているが、怪人として出現したらタチが悪い。自滅覚悟で攻撃を忌避させる方向性はヒーローにとっては鬼門になるだろう。街中で出現されたら爆弾なんかよりよっぽど対処が難しい。最終的に実際の怪人よりもよっぽど悪質なものが出来上がりそうだ。


「全部見た目同じなのはどういうわけよ。アメーバですら基本は一緒みたいだし」

『いやー、見た目を弄るとその分リソース喰うんですよね。途中時間かけて幼女型の超幼怪人ツルペタ・ボディっていうのも作ったんですが、大した能力も付けられませんでした。触るだけでドロドロに自壊するから最弱候補ですね』

「それと対戦したヒーローはPTSD発症間違いなしだな」


 たとえば、『お兄ちゃん助けて』って叫びつつ、ヒーローが怪人反応に困惑しつつも触れたらドロドロに溶解する。システム上討伐に成功するわけだが、その後のフォローもない。能力的に最弱だとしても、精神攻撃としては最悪の怪人である。

 あと、何故ミナミが作る怪人は~ボディで統一されているんだろうか。何か拘りでもあるんだろうか。


「とにかくアレだ。今のところ、バーサスモードは戦闘訓練的にはあまり意味がない」

『えー、工夫次第でなんとかなりますよー』

「なるかもしれんが、良く考えたらサバイバルモードだけでも元々の目的は果たせてるからな。現時点だと体動かすのが優先だし」

『むむむ、じゃあいつかのためにアイディア練っておきます』

「そうしてくれ」


 あまり言いたくはないが、ひょっとしたらこれ怪人作成用のデータとしてフィードバックされている可能性もあるからな。ミナミ製の外道怪人が参考にされてしまうかもしれない事を考えると自重すべきだろう。

 戦闘員もその節はあるが、元がただの戦闘員なだけにそこまで強くなりようもない。しばらくはサバイバルモード安定だな。


 そして、サバイバルモードに籠もる日々が始まる。部屋に引き籠もった中で電子世界に引き籠もって、その中のサバイバルモードに引き籠もるというもはや意味の分からない状況だ。

 数が多いとはいえ単調な戦闘員との連戦は退屈ではあるが、体を動かす訓練としては有用だった。


『確かに比較してみると違いますね。加虐怪人戦の頃と占拠怪人の頃でもそうですが、今もかなり違います』


 と、ミナミも唸るほどである。もっとも、肉眼では把握できないような単位での違いしか分からないらしいが。

 戦っている本人としては見た目以上に違いを実感している。動作の鋭さ、反応速度、神経の伝達速度など上方への効果が見られるのもそうだが、力加減が上手くなっているのが分かり易い。次回の八百長試合を成功させるためには必須の技能と言えるだろう。


 また良く考えれば分かる事ではあるのだが、力加減云々以前に相手をバラバラにせずダメージを与えるのには投げ技が良いという事にも気付いた。直にではなく床や移動エネルギーで衝撃を与える分、物理的な限界に左右され易い。関節技でもいいんだが、こちらは結構シビアな加減をしないと関節ごと骨を破壊してしまうのがネックだ。

 次回の戦闘はプロレスになるから、手加減し易いこの二つをメインに使用する事になりそうだ。


『決闘の予定は明日ですけど、まだサバイバルモード続けるんですか?』

「ん? ……ああ、もうそんな時間か。つい夢中になってた」


 気付けば日付が変わっていたらしい。


『傍から見てると、ただ無言で戦闘員しばき続けているだけに見えるんですけどね。しかも不眠不休で』

「記憶の整理のために休憩は入れてるぞ。まあアレだ、サバイバルモードが楽しいんじゃなくて、自分の体を上手く動かせるようになるのが楽しんだな。RPGのレベル上げと同じだ」

『そういうもんですか』

「次でキリのいいステージ30だから、ここで一旦ストップするか」


 キリがいいといっても、数字上の話でしかないわけだが。

 ステージをいくらクリアしようが、出て来るのは戦闘員イーと色違いのディー、シーの三種類。一度の出現数や出現間隔に差はあるものの、それだけだ。正直、マスカレイドの体に慣れるっていう目的がなければ放り投げている。ゲームならクソゲーといってもいいだろう。某雑誌なら掟破りのオール2さえ有り得るかもしれない。


[ サバイバルモード ステージ30を攻略しました ]


「……あれ?」


 しかし、ステージ30のクリアメッセージはこれまでと違うものだった。次のステージがアンロックされない。

 ……まさか、これで完全クリアなのか? そんな馬鹿な。

 ロビーモードに戻り、ウインドウを起動。サバイバルモードのステージセレクトを確認すると、やはりステージ30までしか存在しない。そして、その下に表示されている『Coming soon...』の文字。

 ……え、リリース待ちって事なの?

 あっけに取られながらも、何かないかとその『Coming soon...』部分をタッチすると、画面が切り替わった。


『Next Character 戦闘員ビー』


 次のステージから登場する敵がシルエット付きで紹介されている。

 というか、シルエットを見ても戦闘員イーやディーとまったく同じだ。まったくリリースに期待できない告知である。

 なんかちょっと格好つけてるポーズなのが地味にムカつく。


「……明日の決闘に備えて寝るか」


 このまま行けるところまで攻略する気マンマンだったのが、一気に冷めてしまった。

 この鬱憤をどうしてくれよう。次の戦いは八百長だから怪人殴ってストレス解消ともいかないぞ。






-???-




 時は少し遡る。


 広い空間の中心にポツンと置かれたソファとテーブル。最低限の機能だけが用意された奇妙な応接室に向かい合うように座る二つの影があった。

 片方は銀色のタイツを身に纏った大男。この場では名前を伏せている設定のため、とりあえずシルバーと呼称する。決してマスなんとかさんではない。

 そしてもう一方は更に巨大な体躯を持ち、全身に派手なペイントを施した四本腕の怪人だ。二人の間には極端な身長差があるのだが、怪人の方が極端に萎縮しているためかそう差は感じられない。むしろ、第三者がこの光景を見ればふてぶてしくソファに座るマス……シルバーのほうが大きく見えるような錯覚さえ覚えるかもしれない。


「ほ、本当にこの台本通りにやれば見逃してもらえるんですね?」

「ああ、海外で出現した際にも俺は出動しないと誓おう。残念ながら他のヒーローがどう動くかまでは分からないが」


 やけに怯えた丁寧口調で話す怪人の手にあるのは薄っぺらい紙の冊子である。

 内容は八百長の要請。事もあろうか、ヒーローは怪人にプロレスを演出しろと脅迫しているのである。なんて非道なんだ。


「支援要請で突然現れたりしなければ、ええ。構わない」


 しかし、この要請は怪人側にとってもありがたい申し出だった。銀色の方のメリットはいまいち伝わってこないが、お互いの損のない取り引きである。

 なにしろ、怪人側が得られるメリットは命だ。


 怪人はヒーローを恐れない。

 基本的なスペックでヒーローに劣る怪人ではあるが、相手のほうが強いからといって尻込んだりはしない。

 創造された時に与えられた在り方……自身の悪を体現するためならば、結果死ぬ事になっても構わないと考えている。それが格好良い死に様であれば尚良い。

 しかし、唯一目の前の銀タイツだけは、例外としてほぼすべての怪人に恐れられている。

 この銀タイツと怪人の間にある実力差は、もはや相手の方が強いとかそういう尺度で測れるものではない。そして、過去このヒーローと対峙した怪人は例外なく無惨な目に遭わされている。まともな死を許してはくれない。ただ残虐なだけならば抗う事もできるが、その圧倒的暴力の前にはそれすらも許されない。

 いくら定められた天敵同士とはいえ、どうしてそこまで非道になれるのか理解できない。怪人だって生きているんですよと叫びたい気持ちだった。


「だからその……何度も言って申し訳ないんですが……」

「分かった分かった、見逃すから。ヒーロー嘘付かない」


 今持ち掛けている八百長は、広義の意味では嘘なのではないだろうか。そう突っ込みたくなるが、それで不興を買うのは馬鹿らしい。せっかく絶死の窮地に蜘蛛の糸が垂らされたのだ。このチャンスは活かしたい。


 事の始まりは怪人のランダムマッチだった。

 誰もが自分からの志願を避ける魔の大地、日本。定期的な自動マッチシステムによって選出される怪人は生贄と呼ばれるほどに、誰からも避けられる地域だ。ある日、その日本への出現が決まってしまった。

 出現位置、時間などはある程度の裁量が許されているとはいえ、出現自体を無効にする事はできない。用意された猶予期間は一週間。その間、恐怖に怯えながら過ごすか、それとも万が一の可能性に賭けて対策を練るか、選択肢はないも同然であった。

 過去、出動させないように時間を調整した怪人は体内から爆発させられた。ダミーまで用意して制限時間を逃げ切ろうとした怪人はゴミのように崖から投げ捨てられた。他の怪人を生贄として用意し、手加減を願った怪人はバラバラになるまで轢き殺された。噂ではトイレに流された怪人もいる。放尿でトドメを刺された怪人などは伝説になっているほどだ。

 小細工が利かない上、何も悪事を働かなくても関係なく無惨な死を迎える。悪事を働いた実績があれば尚更無惨な死が演出される。ならばわずかでも活路を求めて足掻くしかない。

 そう考えて果たし状を用意した。それが出現前にヒーローと能動的に対話可能な唯一の手段だからだ。卑劣怪人THEマーは失敗したが、この対話手段を確立した事は賞賛したい。しかし、内容については参考になりそうもなかった。


 これは果たし状で、あなたに決闘を申し込みますが、許して下さい。


 今回の果たし状は簡略すればこんな内容になる。意味が分からないにもほどがあるが、そうとしか言い様がないのも事実なのだ。直筆だというのに文字数制限も厳しい。無駄に長いと怪人ポイントが足りなくなってしまう。

 こんな馬鹿げた手紙に本来返事などあるわけがない。何か他にコンタクトを取る方法がないかと案を練る。

 しかし、どういうわけか果たし状への返信があった。


『当方は本決闘に対し貴方が生き残るための八百長を仕掛ける準備があります』


 意味が分からなかった。新たな残虐シーンを演出するための罠かと疑いもしたが、無視はできない。そもそもこちらから願い出たのだ。八方塞がりの状態で相手からもたらされた活路でもある。他に道はなかった。


 なけなしの怪人ポイントをほぼフル投入して事前会談の場を用意する。おそらくは使われた事がないであろう、両者合意の元にのみ成立する対ヒーロー用会議室だ。

 そうして、銀色の悪魔から持ち掛けられた八百長試合の依頼。渡されたブックには決闘の条件に関する取り決めと演出方法、制限事項などが盛り込まれていた。内容も決して不可能ではない。むしろ、こんな簡単に許してもらえるのかと不安になるほどだ。

 プロレスラーに台本は必要ない。そんなプライドは捨てる。いっそ八百長怪人と改名しても構わない。




 とあるテレビ番組の収録を行われるスタジオ。そこが八百長怪人ノーブックの生死を分かつ岐路となる。



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