第五話「超硬怪人メタル・ボディ」
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バスジャック事件を引き起こした怪人と、それを討伐した謎のヒーローの登場は日本中に波紋を呼んだ。
元々ヒーローの情報が極端に少ない日本ではメディアで扱われる事は少なく、あえて海外の情報を調査した上で取り扱うのは一部のバラエティ番組程度だったのだが、さすがにこうはっきりと姿を現せばちゃんとニュースになるらしい。
このたった一件の事件で、テレビでもネットでも紙媒体でもヒーローや怪人の話題が激増した。
ちなみにこの現象は日本だけの極地的なものであって、海外ではせいぜい微増程度だ。良くある怪人事件が一件追加されたというだけの扱いといえる。
『予想通り、いきなり増えましたね。地方紙の中には一面を飾っているところも多いです』
「これまでとは状況が違うからな」
事実上、日本で確認された最初のヒーローとその対怪人戦だ。
銀行強盗の時も人前に姿を現してはいるが、あの事件は表向き人間の強盗事件という印象が強いのか大々的に扱われる事はなく、マスカレイドの映像も流出していない。監視カメラも細工したので銀タイツの大男という目撃証言のみだし、世間的にも警察が解決した事になっている。怪人の姿を見たのも俺が話をしたのも長谷川さんだけというのも大きいだろう。聴取内容を確認すれば、俺との会話で出た情報についてはほとんど触れていないそうだ。
更に遡って爆弾怪人戦に関しては、実は盛大な自爆ギャグだったのではないかという意見が見られるほどにマスカレイドの存在は認識されておらず、ミナミが超高感度カメラで撮影されたという謎の引き伸ばし画像をバラ撒いてようやく認知され始めたくらいだ。いや、あまりに認知されていなくて悔しいから画像を流出させたわけじゃなく、広告戦略だから。ちょっと格好良く見える角度での描写も宣伝なら仕方ないのだ。
それらに比べて、今回はれっきとした怪人事件である。ボルテック・ジャッカーは見た目からして怪人だし、死人こそ出ていないとはいえ被害も発生した。……今思うと暴行された男性はともかく、少年がパンツ脱がされていた理由は良く分からないのだが。どんな展開になればバス内で下半身を露出させる状況になるというのか。あの怪人の特殊性癖なのか?
被害の詳細については疑問も残るが、今回はマスカレイドが戦っているのを複数の乗客がはっきりと目撃している上に、どこにそんな余裕があったのか写メを撮っていた奴もいたらしい。
あきらかに人間で太刀打ちできない存在を目の前で討伐しておいて、ヒーローではなく通りすがりの銀タイツです、という言い訳は通じないだろう。正体を隠すためにバスごと木っ端微塵にしていいのなら話は別だが、人質を無視するわけにもいかないし、狭い車内で常時見えないほどの高速移動を続けるのも無理がある。
まあ、そもそもずっと存在を隠蔽し続けるのは不可能だし、それによる弊害もあるわけで、どこかでは表に出る必要はあった。それが今回だったと割り切るのが無難なのだろう。とはいえ、色々小細工はしてみたわけだが。
駄目押しに、警察に救助される以前にスマホで情報拡散している奴もいたので、強盗怪人のような情報規制は間に合わなかっただろう。
『事前にハイジャック事件の真相を噂としてバラ撒いておいたのは地味に効果があったみたいですね。マスカレイドさんの苛烈な処刑も非難する人はほとんどいません』
「むしろ穏便に済ませたほうだと思うんだが」
『崖から投げ捨てるのは、世間一般では穏便と言わないかと』
確かにその通りではあるんだが、ミナミに言われるのは解せぬ。
やはり赤い通り魔をリスペクトしたマスカレイド・フォールがいけないのか。……元ネタが凄惨だから仕方ないか。
「相手が怪人とはいえ、見える部分は多少でも隠蔽するべきか。……やっぱりアレ? ミナミって敵対してる女子グループを〆る時、『顔はやめておきな』って指示するタイプ?」
『そんなバイオレンスな学生生活は送ってないですよ! なんで昭和のレディースみたいにされてるんですか』
でもお前、人前でなければ怪人がどんなひどい目に遭ってもいいってスタンスじゃん。というか、むしろ推奨してるし。いや、スケ番的なイメージはまったくないが。
「喋らない演技は余計だったかな」
『どうでしょう? 今のところ、あの写メやニュースを見てマスカレイドさんが日本人と言っている人はほとんどいませんし、目的は果たせていると言っていいのでは? 中には宇宙人説を挙げている人もいますし』
「目的は果たせているな。……正体バレなければ、別に宇宙人扱いでもいいんだが」
今回まったく喋らなかったのは、何も怪人をビビらせるためにホラー的な演出をしたからではなく、日本人離れしたマスカレイドの容姿なら日本語喋らないだけでも外国人だと思われて正体がバレ難くなるだろうという思惑である。英語か、もしくはもっとマイナーな言語……いっそナメック語のような架空言語だったら尚ベターだったのだが、それで会話するとボロが出そうだったのでやむなく無言になったのだ。
今後ずっと無言というわけにもいかないので実際のところあまり意味のない偽装工作だが、やらないよりはマシだろう。
「で、どうせ出てるんだろ? ネガティブな意見も」
『思っていたよりは遥かに少ないですけど、やっぱり出ますよねー。あ、集計済みのデータは送ってあるんで』
過剰過ぎる賞賛もタチが悪いが、当面対応すべきはどちらかと言えばのネガティブな印象操作への対応である。
どうしようもない話ではあるのだが、すでにネット上ではそういった声も多い。俺が軽く確認しただけでも――
『やり過ぎだろ』
『あんなのに助けられたくないんだけど』
『どっちが悪役か分からんな』
『あんな危険物放置するなよ。どっちもだよ』
『バスの修理代出さないで逃げたの、あいつ』
『クソダサい格好で戦わないといけないなんてヒーローって大変なんだな。俺、ヒーロー目指すのやめるわ』
『正義の味方なら、刑務所に行って囚人皆殺しにしてこいよ』
『実はあの蝶マスクが本体』
『あの筋肉、あいつ絶対ホモだよ』
――などと、第一印象だけで語ってる奴や言いがかりでしかない声が多く、ミナミに集計してもらったものも同じような内容が大半だった。多数の意見に紛れての反応ではあるが、こういう声はとにかく目立つのである。
しかし、一つ一つはなんて事はない内容なのだが、自分の事だと思うと気が滅入るな、おい。というかホモじゃねーよ。この筋肉も自前じゃねーし。
『対策として、以前から検討していたように虚実織り交ぜた情報をバラ撒き始めています。この結果が出るのはしばらく時間を置く必要がありますが、状況を見ながら内容も軌道修正するべきですね。放流している情報の一覧を送ってあるので、今後の対応を検討しましょう』
「分かった」
ヒーローという言葉が正義の味方とイコールで結び付き、悪人がいれば無条件で戦う者という認識が根底にあるのだろう。こちらは利益を得ているわけでもないのに、何を言っても戦ってくれると無責任な事を思っている。あるいは自分は関係ないから適当な事を言っても問題ないと考えている。
東京で爆弾が爆発してたらこんな意見など出なかっただろうが、そんな事を許容できるはずもないし、それはそれで救世主のような扱いになっていたかもしれないと考えるとこれはマシな部類なのかもしれないが。
『これらは規定路線なので予定通りともいえますけど、問題はアレですよね』
「そうな」
ここまでの動向はある程度予想できていたし対応も検討していたが、予想していた以上の動きを見せた分野も当然存在する。
社会的・政治的に声の大きい者の批判。政治家、著名人、芸能人がメディアを通してヒーローの存在を否定する行為は大衆への影響力が強い分浸透速度が桁外れで放置ができない。いずれ出てくる問題ではあったのだろうが、こんな初期段階ではっきりと口にするアホがいたのだ。テレビで一人の政治評論家が口にした意見は状況の見えていない政治家の同調を呼び、極小といえどヒーロー不要を唱える派閥を作り出している。
その政治評論家曰く、
ヒーローなどという得体のしれないモノに頼る必要はない。
怪人は当然としても、ヒーローを名乗るテロリストも犯罪者として裁くべきだ。
実は怪人もヒーローを名乗る連中もグルなんじゃないか。
これがマッチポンプではないという証明をするなら、ちゃんと国がヒーローを管理・制御すべきだ。
警察や自衛隊が即応できていないのは税金の無駄遣いではないか。海外では軍隊が鎮圧したケースがあるというではないか。
つまり、現政権は無能である。
……要約するとこんな感じらしい。なんか、立場上目立つ発言が必要で言わされている感が強いが、公衆の電波に乗ってしまった以上、本人の主張として捉えるしかない。
いや、これだけならヒーローをダシにして政権批判したいだけに見えなくもないが、これに野党の政治家が反応してしまった。加えて、この意見は地方局とはいえ事件翌日に放送された生放送のテレビ番組であった事で、必要以上の関心を呼んでしまったらしい。
あれから数日、今ではその評論家はテレビに多く出演し、過激な対ヒーロー路線の発言を繰り返している。ここまでくるとどこまでが本人の意見なのかも分からないが、壊れたスピーカーでも悪影響は広がるのだ。
……ついでに言うと、マッチポンプ云々は強ち的外れでもないというのが困った話である。
「……どうすんべ」
『とりあえず、例の評論家と彼に関与している野党政治家のスキャンダルネタは準備してますけど』
「いや、それは根本的な解決にならんだろ」
一応時の人ではあるから、そういうネタをバラ撒けば食いつくメディアはあるだろう。
しかしこのタイミングでそういう手を使うのは、あからさま過ぎて火消しをしたいという意思が丸見えである。
それに、壊れたスピーカーが表舞台から消えたとしても火種は残る。一度過激な意見が受けてしまった以上、それを後追いする奴が出て来るのは明白だ。あまり対策に時間をかけるわけにもいかない。この手の対策は初動が肝心だろう。
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そうして数日が経過した。
世間は相変わらずヒーローの話題が上がっているし、勝手な事を言う連中の声も変わらない。鬱になりそうなネット上の声も大まかには把握できた。
この手の問題は推移を見守るにも時間が必要だし、"例の問題もすでに対策は予定している"が、今すぐどうこうという話じゃない。というか、連日これでは気が滅入りそうなので、世間一般の評価は一旦置いておく。
「というわけでだな」
『どういうわけですか』
と、微妙に重い空気に一石を投じるため、露骨に話題を変えてみた。
「次、決闘の予約入ってるじゃん?」
『ああはい。あのプロレスラーもどきですね。ちゃんと日程決まっているのはいいですよね。脅迫したかいがありました』
「そうな」
ヒーロー側から怪人を脅迫するのはどうなのって感じなんだが、今更常識に縛られていても仕方ない。
そもそもヒーローといっても現実に現れたのはつい最近なわけで、むしろスタンダードはこれから決めていく段階だから、俺が常識を切り開いていくといっても過言ではない。つまり、怪人を脅迫するヒーローがいてもいいだろうって事さ。
相手にしても渡りに船だったみたいだし。
「つまり、ルール上それまでは時間が空く。支援要請でもない限り出動はないってわけだ」
『今更ですけど、そうですね。……空き時間でまた何かしようって話ですか? 映画でも撮ります?』
「なんで映画やねん」
いや、この前のOP/ED撮影の延長線と考えてるんだろうしカメラマンも誘えば来るだろうが、それとはまったく関係ない。というか、前回のアレでお腹いっぱいです。
「いや、実は結構真面目な問題でな。……そろそろマスカレイドの強化について限界が見えてきたんだ」
『…………は?』
そんな何言ってんだこいつみたいな顔するんじゃありません。
『いやいや、意味分かんないです』
「結論を急がずに良く考えてみるんだ、ミナミ君」
『えぇ………………いや、やっぱり意味分かんないです』
考えても答えは変わらなかったらしい。
「残念だ。いつもマスカレイドを見ているミナミだったら理解してくれると思ったんだがな」
『いや、そんな事言われてもマスカレイドさんに強化の必要なんてないでしょう。ポイント消費して購入する必殺技や能力だってほとんど手を出してないですし……って、いつも見ている?』
戦闘ごとに違いがあると言っているようなものだから、当然その部分には気付いたらしい。
「ああ。……これまでマスカレイドはどの戦闘でも基本的に圧勝だっただろ?」
『圧勝っていうか、それ以前に戦闘と呼べるか怪しい何かなような気もしますが……まあそうですね』
なんでや、ちゃんと戦ってるやろ。
「実は、これまで密かに行っていた修行によって少しずつパワーアップしてたんだ」
『いやその……一体いつ修行シーンが? そもそも必要ないと思いますし、いくら昨今地道な修行シーンが敬遠されがちとはいえ、四六時中話しててそんな素振りすら見かけなかったんですけど。私が寝ているスキを窺ってとか……あ、ギャグ?』
「ギャグじゃねーよ」
失礼な奴である。こう見えても俺は努力の人なんだぞ。平穏な引き籠もりライフという目標のためなら何にだって全力投球である。でも、仕事と母ちゃんの説得は勘弁な。
「前にも言ったと思うが、俺はマスカレイドの能力を数%程度しか引き出せていない」
『言ってましたね。正直、今でも眉唾ものですが』
人間の感覚に照らし合わせると意味分からんのは同感だ。しかし、現時点ですら物理法則を超越しているような状態だが、本人としては体感で理解できるのである。まだまだ先があると。
「元の体をそのまま使ってる他のヒーローの場合は良く分からんが、マスカレイドの体は穴熊英雄のものと感覚にかなり差異がある。それでも普通に動かせるのはひとえに超絶ハイスペックな能力によるものなわけで、体動かす能力にも下駄履かせてもらってるわけだな」
身体スペックにものをいわせて補助輪つけてもらっている状態というわけだ。余計な事にリソースを割いている分、当然本来のスペックは発揮できない。ヒーローパワーへの慣熟、最適化はヒーローなら誰でも必要な事だが、マスカレイドの場合はその幅が極端に大きいのだと思う。
『はあ。確かにまるっきり違う体ならリハビリとか必要そうですよね』
「たとえば、俺がある日突然ミナミになってしまったら乳が重くてまともに歩けないだろう。そういう事なんだ」
『乳は関係ないでしょう、乳は』
いや、そこまで的外れでもないと思うんだけどな。絶対前傾姿勢になるぞ。
「つまり加虐怪人と戦った頃のマスカレイドは赤ん坊とはいわないがヨチヨチ歩きを始めた幼児のようなもので、最近はようやく小学校入学したくらいになったわけだ。判別可能かどうかは別としても、戦闘動画を比較してみれば違いはあるはず」
『編集なんかで何度も見直したんですけど、まったく気付きませんでしたね。……それを念頭に置いてもう一回見返してみます』
フットワークや格闘どころか足の動かし方一つとっても違うのだから、見る人が見れば少しずつ動作が洗練されているのが分かるはずだ。スロー再生すれば尚更だろう。
もっと言うなら、この違いは通常制御できるはずのない体内器官の効率化も含まれている。今の俺なら肋骨が折れたらそれが何番かも分かるし、内臓が傷付いたらどの臓器もはっきり認識できる……と思う。ダメージ喰らってないから、実際のところは知らんが。このまま成長すれば、血流や脳内麻薬すら制御できるようになるんじゃなかろうか。
『しかし、一体どこでそんな成長を……こうして会話している際も実は足元で筋トレしてたとか? アヒルみたいですね』
「せめて白鳥って……いやいや、筋トレじゃなくてだな」
むしろどうやれば負荷かけられるのか知りたい。何千回腕立てしようが一切疲れないのだから。
「修行っていっても、別に大した事はしていない。日常で行っている動作一つ一つを意識して行う事で鍛えてるんだ」
『ほうほう。……つまり、素人の私を蹂躙した格闘ゲームやFPS無双もその一環だったと』
「趣味のついでではあるが、それも一応そうだな」
マスカレイドになって以降、どうすればこれ以上強くなれるのかという課題に対して俺が出した答えの一つがこれだった。
外部刺激に対する反応、動体視力、動作の最適化、本来なら負荷を与えて行わなければ成長の見込めないそれでも、ここまで身体スペックが違えば日常を生きるだけでも向上が見込める。普通の人間なら当たり前に行っている事でも、意識的に肉体の各部位を知覚・操作・制御できるなら訓練になり得るのだ。むしろ激しい動作に適応するような段階ではない。
そして、マスカレイドの能力を極わずかにしか発揮できていない今、これが最も高効率な強化方法である……と考えてこれまでやって来た。
『それが頭打ちになって来たと?』
「ああ。まあ、劇的な向上が見込めないだけでまだまだ成長の余地はあるんだろうけどな。そろそろトレーニング方法を検討する段階に入ってきたってわけだ」
『えっと……そもそも論として必要あります? 現時点ですでに無敵ってレベルじゃないんですけど。またいつものような懸念でも?』
そりゃこのままずっと無敵のままでいられるなら問題はないがな。
「パワーアップが必要あるかないかでいうなら、あると思う」
『その心は?』
「Sランクが怪人の最上位とはとても思えない。マスカレイドがバグっぽい強さなのは間違いないが、それは現時点でのアドバンテージだ。こんなバグが全体の指針になるとは思わないが、ヒーローが成長する以上全体の底上げは必ずある」
それまで最上位だったAを飛び越えて、特殊なイベント用にSを出しました。なるほど、特別性がある。きっとSってランクは特別なもので、こういうイベントにしか使われないものだろうと考える。マスカレイドが簡単に倒しているから勘違いしそうだが、アレは間違いなく強敵なのだから余計にそう考えるだろう。
だが、誰もアレが最上位ランクだとは言っていない。明言していないのなら更に上があると考えるべきだ。そして、俺が運営の立場ならより強い敵を用意するだろう。
『……それはあると思ってましたけど、それでも追いつかれるとはとても思えないんですが。ぶっちぎりで他のヒーローを周回遅れにしてるってレベルじゃないですよ』
「俺もそんな気はしてるが、どうせなら最初から最後まで楽勝ムードといきたいんだよな」
ヒーロー全体を見てマスカレイドは群を抜いているというレベルじゃない。文字通りバグのような扱いだ。そんなバグに基準を合わせて、それ以外を無視するのは考え難いが、叩ける時に石橋を叩かない理由にもならない。鉄筋とコンクリで補強するくらいやっても構わないだろう。周回単位で先行してるなら、更に先行すべきだ。
『それを怪人に聞かせたら慢心しろよ、チャンスくれよって言われそうですが』
「無駄に油断してピンチになるつもりはないな。怪人はノーチャンスでフィニッシュです」
『次のプロレスラーみたいに時事的な事情があるならともかく、こちらが譲歩する理由もないですしね』
……ただ、実のところ俺が一番気にしているのは、マスカレイドが存在している事そのものだ。
バグ染みた強さはいい。それが運営やかみさまの想定外ってのも多分間違いない。だけど、実物として存在している以上、それはシステム上の許容範囲に収まるという事でもある。もしも、すべてのヒーローが最終的にこの強さに至れる可能性を持っているのだとしたら……。そんな最悪の可能性だってないとは言い切れないのである。
少なくとも上限は見えていないのだから。
「そんなわけで、俺が注目しているのはコレだ」
『……< ヒーローVR >。確かに購入条件満たしてますね』
戦闘訓練を行うための仮想現実没入用ヘッドセットである。
これは購入に条件付けがされていて、Aランク怪人五体の討伐、一定以上のヒーローポイント獲得、そして一定額以上のヒーローポイント消費実績が必要になるらしい。俺も爆弾怪人五体討伐してようやく条件クリアしたくらいなので、他の購入者はまだほとんどいないはずだ。
ちなみに購入条件は厳しくとも< ヒーローVR >自体はそう高くはないから、失敗してもそうリスクはない。
「これで戦闘訓練ならぬ肉体稼働訓練を行う。各モードのクリア実績で色々システムが開放されるらしいから、とりあえずはそこら辺のロックを全解除するのが目標だな」
『ついでに部屋から出る必要もないと。……あの、ひょっとして修行云々は関係なく、現在の科学で実現困難なVRが体験してみたかったとかそういう理由では。ゲームみたいだって』
「そうとも言う」
トレーニング環境が欲しかったのも本音ではあるが。
……いや、普通興味持つだろ。完全没入型のVRとかSFやぞ。
-3-
というわけでさっそく購入し、マニュアル熟読の上で起動してみた。
……と言っても、用意されていたマニュアルは起動までの手順が大半で、詳細については内部に用意したマニュアルを参照してくれとの事らしい。
< ヒーローVR >はヘルメット型のHMDであり、特撮ヒーローようなデザインをしている。被る本人が本物のヒーローなわけだが、本人よりもヒーローっぽいという問題も抱えていた。いっそこれを着けて出動してもいいような気もするが、ヒーロー装備として登録はできないらしい。
[ ヒーローVR ロビーモード ]
それを被って起動してみると、いつもの転送のように別の場所にいた。ヘッドセットも消えており、身につけているものはいつもの格好のまま。登録されたヒーロー装備しか持ち込めないようだ。俺の場合は普段からスーツを着ているからあまり変わらない。
実際にはベッドに寝たままなのだろうが、まったく違和感がない。そこら辺は神々の超技術すげえという事なのだろう。
「しかし、何故デフォルトのステージがいつもの採石場なのか……」
周りの風景は以前OP撮影に使った採石場とまったく同じ場所だ。昭和の特撮に拘りを持った担当者があるのか、それともただの様式美なのかもしれないが、利用する側として新鮮味はない。
ただ、風景は同じでも色々差異はあるようだ。まず、風が吹いていない。採石場独特の乾いた空気でもない。石なども映像としてはそこにあるが、触る事はできない。つまりこの背景もただ投影されているだけの映像であり、ここは本当の意味で仮想空間というわけである。
試しに軽く体を動かしてみるが違和感はない。VRだからといって何かの制限をかけられている様子はないようだ。この分ならいつも通りに動かす事が可能だろう。訓練にも使えそうだ。
『初期状態だと色々制限かかってるみたいですね。見た目は一緒ですけど』
いつもの出動時と同様、宙空ウインドウが浮かびミナミの顔が表示される。
「そっちから見てもいつもと同じように見えるのか?」
『大体一緒です。実はVRでもなんでもなくマスカレイドさんが転送されただけかもとも思ったんですが、普通に部屋で寝てますね』
「目覚ましみたいな外部刺激があれば普通にログアウトするみたいだしな。あ、一応怪人出現のアラームに連動して自動ログアウトするように設定しておいてくれ」
『了解です』
決闘までは出現しないはずだが、それ以降の事もあるし支援要請の可能性もある。設定するの忘れてましたって状況は避けたい。
『とりあえず私は一通りマニュアル読みますね、マスカレイドさんはどうしますか?』
「俺も読む。……けど、地べたってのはアレだな」
『椅子とか出せるみたいですよ。ソファとかの家具は内部の実績が必要ですが、ただの椅子なら初期状態で用意されてるみたいです』
と、ミナミが操作をしたのか目の前に椅子が現れた。無駄に電子空間っぽいエフェクトに乗って出現したが、多分これは演出だろう。
椅子は本当にパイプすら使っていないただの木製椅子だ。お父さんの日曜大工でももう少しマシなものが作れるんじゃないかってくらいの適当な作りである。とはいえ、ないよりはマシと黙ってそれに座る。
「……そういえばこれ、どうやってマニュアル見るんだ?」
ステータス・オープンとか言えばウインドウが表示されたりするんだろうか。それ、一回リアルで失敗してるんだけど。
『ロビーモードなら意識すれば出てくるみたいですよ。こちらからでも出せるみたいですが』
「意識って言われてもな……あ、出た」
ウインドウ出ろーと軽く考えただけで、ミナミの宙空ウインドウと同じようなものが空中に表示された。
各種モードの開始やマニュアル、実績確認など、このウインドウに直接触れる事で操作ができるらしい。近未来やな。
マニュアルは通常このウインドウ上で閲覧するらしいのだが、この空間内であれば本にする事もできるそうだ。文字検索などはできないらしいが、落ち着かないので本を出現させる。
いつもの採石場にポツンと置いてある椅子に座って本を読む銀タイツ。ミナミは特に何も言わないが、なんとツッコミどころの多い絵ヅラだろうか。
さて、軽く読み流してみたところ、< ヒーローVR >は思っていたより簡素なシステムである事が分かった。
現在利用中のロビーモード。それに加えてサバイバルモード、バーサスモード、エディットモードの合計四種類である。
ロビーモードは没入時の入口であり、各種モードの起動や設定を行う場所だ。サバイバルモードなどで実績を解除する事によって背景や家具などのオブジェクト、環境音などを変更できるらしい。チームを組んでいるヒーロー同士であればここで会う事も可能らしいが、ソロプレイヤーの俺には無縁な機能である。
サバイバルモードは連続して出現する戦闘員と戦うモード、バーサスモードは過去に討伐実績のある怪人との一体一の戦闘が体験できるモードであり、この二つがメインの機能といえるだろう。
『爆弾怪人とも戦えるみたいですね』
「空中から落ちてくるのを迎撃できるか挑戦してみるか」
ぶっつけ本番ではリスクの大きい戦術もここでなら試せそうである。
戦闘訓練として使える怪人データは加虐怪人、伐採怪人、氷河怪人、王墓怪人、爆弾怪人あたりが無難だろう。戦闘ではなく特殊能力で被害を拡大するタイプ……たとえば被虐怪人と戦っても得られるものは少なそうだ。というか戦いたくない。
尚、戦闘可能な怪人の中には戦ったわけでもない撮影怪人カメラマンも含まれているが、彼のステータスは戦闘員イー以下らしいのであえて対戦する事はないだろう。
最後に、エディットモードはバーサスモードで戦うオリジナル怪人を作成するためのモードだ。
ある程度自由に作成できるが、決められた枠内で能力、必殺技などにリソースを割り振る形式のようで、他モードでの実績、過去の対戦怪人の履歴によって制限がかかるらしい。作成できる怪人も初期状態では一体のみだ。
「とりあえずサバイバルモードをやってみるか」
戦闘員を百体くらい倒せば実績もある程度解除されるだろう。
『じゃあ、その間私はエディットモードで怪人作ってみます』
「ネタ怪人はやめろよ」
『善処します』
超不安である。
まさかないとは思うが、ハッキングしてチートコード仕込んで超強力な怪人作ってみましたーとか言われても困るのだ。やるなら事前に言って欲しい。
-4-
[ ヒーローVR サバイバルモード ]
「ちょいや」
「イーッ!」
出現した戦闘員イーを軽く殴りつける。
「せいや」
「イーッ!」
しばし待機して、次に現れた戦闘員イーをしばく。
「お前ら出て来るの遅えよ」
「イーッ!」
序盤ステージでは仕方ないのかもしれないが、戦闘員が出現する間隔が長い。こちらは一秒あれば倒せるのに、次が出て来るまで十秒以上も待つのは面倒臭い。かといって、複数体溜めて一気に倒すという事もできないらしい。
仕方ないので倒した戦闘員イーを椅子代わりに、ひたすら次の戦闘員を待つ事にした。サバイバルモードの仕様なのか、何故か爆発せずに死体が残るので辺りは死屍累々といった感じだ。
後半になると一度に出現する戦闘員の数も増える。つまり死体も増える。仕方ないので待ち時間を利用して戦闘員を積み上げていく。
「イ、イーッ!?」
新たに出現した戦闘員が、仲間の死体で造られたオブジェクトを見て困惑していた。
名付けて< 戦闘員の塔 >である。貴様もすぐに建材として利用してやろう、ふはははは。
[ サバイバルモード ステージ1を攻略しました。ステージ2がアンロックされます ]
と、妙なテンションで奇怪な物を造り上げてしまったが、特に問題もなくサバイバルモードが終了した。
どうやら、こうやって一つずつステージをアンロックしていく仕組みらしい。
『そっちはどんな感じですかー……って、うわあああっ!! なんじゃそりゃ! 気持ちわるっ!』
様子を見に来たらしいミナミの絶叫が響いた。
確かに造ってる時は気にならなかったが、良く考えなくても不気味である。悪趣味極まりない造形だ。呪われそう。
「いや、待ち時間が暇でな……ってうおっ! 爆発したっ!?」
ミナミに説明しようとしたところで、< 戦闘員の塔 >が盛大に爆発した。どうやらステージをクリアする事で通常の撃破時同様に爆発するらしい。死体投げつけての爆発ダメージ狙いを避けるためだろうか。……いや、元々大した威力じゃないしな……演出だろうか。
『不気味過ぎてビビりましたよ。どんなセンスですか』
「一応昔囓った華道の要領で見栄えのする形にはしてみたんだが……イメージとしては逆効果だったみたいだな」
あとから作ったものを見返してみると、制作中に見えなかったアラが見えるのと同じだ。
「で、怪人はできたのか?」
『できたにはできたんですが、作ってる最中に実績解除されて追加できる要素が増えてしまって……もう少しかかりそうなんです。マニュアルの追記事項も増えますし』
「ああ、確かに戦闘中ピコンピコン鳴ってたな」
こういう実績解除系のシステムは序盤に簡単なものが集中しているのが普通だ。サバイバルモードを1ステージクリアしただけでも結構な要素が開放されているらしい。ロビーも豪華になりそうだ。
『とりあえず今の段階でも戦えはしますけど、どうします?』
「どうせなら納得のいくモノを作ってからにしようぜ。俺、サバイバルモード続けるから」
『それでまた実績解除して要素が増えると』
そうかもしれんが、要素追加も徐々にペースダウンするだろう。
というわけで、引き続き戦闘員叩きに励む事にした。
サバイバルモードのステージ1は評価試験の際に戦った戦闘員イーだけだったが、説明書きによれば、ここからはより上位の戦闘員も出て来るらしい。とりあえずステージ2でもイーがメインなのは変わらないが、それに混じって一つ上位の戦闘員ディーが出現するそうだ。
あまりにも適当なネーミングだが、戦闘員如きに捻った名前は不要という事なのだろうか。
……いや、まてよ。戦闘員イーはその名前故か発する言葉も『イー』だけだった。これはあくまで名前由来の設定だろう事を強調しておくが、戦闘員ディーはまさか掛け声が『ディー』なのだろうか。
まさかそんな掛け声にし辛い設定なんて事は……。くそ、気になって仕方ない。一体何体目でディーが出て来るんだ。
しかし、倒せど倒せど戦闘員イー以外が出現しない。ステージが上がった事による違いなのか、ステージ1の時よりも多くイーを倒してもクリアメッセージは出ない。
この分ならディーが出て来るのは最後か、百や二百といった区切りの部分になるだろう。そう予想して戦闘員イーの死体を積み上げていく。
そして百体目。ついにカラーリングの少し違う戦闘員が出現した。
……一目で分かる。こいつが戦闘員ディーだ。果たしてこいつはどんな掛け声を上げるのか。……無駄に緊張して来た。
「イーッ!!」
「同じかよっ!!」
思わず全力で殴ってしまった。これまで適当に手加減して来たのに見事なまでにバラバラである。オブジェクトにも使えない。
ちくしょう、名前由来じゃないって言ってるようなもんじゃねーか。……この分だと、更に上位の戦闘員連中も同じ掛け声なんだろうな。
別に不都合があるわけでもないんだが、なんとなくモヤモヤした気分を抱えつつそのままサバイバルモードの攻略を進めていき、キリのいいステージ10まで攻略完了したところで一旦休憩に入る。
ここまではどの敵も一発で終了だが、ステージが上がるごとに一度に出現する戦闘員も増えるし、出現間隔も短くなっている。戦闘訓練には足りないが、軽い運動用のシステムとして見るならアリだろう。
そして、戦闘中は気にしなかったのだが思い返してみると一つ気になる点が存在した。
戦闘員イーは弱い。下っ端戦闘員という設定なのだろうが、普通のヒーローどころか普通の人間でも頑張れば対処できない事はないという程度の強さしか持たない。それは以前戦った際にも感じていた事だが、評価試験の時の……特に最初のほうのあいつらはもっと弱かったはずだ。
そして、あまりに弱くて見落としかけたが、ステージ1の段階でもある程度戦闘に則した動きをしていなかっただろうか。……ひょっとして、すべての戦闘員に過去の戦闘データが反映されているのだろうか?
『できましたー』
戦闘員の生態について思考していたところで、ミナミの声に阻害された。
「なんか自信あり気だな」
『マスカレイドさんの戦闘訓練用ってコンセプトは満たせたと思いますよ。ワンパンKOをクリアするためにとにかく防御力特化してみました。全力で殴ったら分かりませんけど、一発は耐えられるはずです』
「ほう」
平均的な能力で戦闘訓練を行う事はスパッと諦めて、サンドバッグに特化したという事か。
ちょうどこっちのステージ10までクリアして休憩してたところだし、気分転換に挑戦してみよう。
[ ヒーローVR バーサスモード ]
モード変更に合わせて風景が切り替わる。といっても場所そのものが変わったわけではなく、採石場の色調が変化しただけだ。どうやらバーサスモードは怪人とヒーローがピックアップされるように風景の彩度が落とされるらしい。夜とも違う灰色の世界だ。
十メートルほど離れた場所に光の粒子が集まるのが見える。怪人が出現する演出なのだろう。
そして光の粒子は一点に収束し、弾ける。閃光のあとには一体の怪人の姿が残った。
全体的に丸っこく、装飾のない粘土人形のような風体。小学生が適当に作りましたというデザインだ。
『名付けて超硬怪人メタル・ボディです!』
デザインもそうだが、名前も捻りがなかった。
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