舞台裏「最近噂のヒーロー」




-1-




 高校に進学して四ヶ月。ようやく高校生活にも慣れてきた今日のこの頃。春休みのあの日、私が体験した強烈な出来事も今では夢のようで、にも拘わらず今日も夢のような世界は続いている。

 喉元過ぎればなんとやらとでもいうのか、あんな未曾有の危機に直面しても日本はどこか日和見気味で、自分とは無関係な遠い世界の出来事と捉えている感が強く見られた。あの日、頭上に巨大爆弾という絶望を見上げた者でさえ、大半は以前と変わらぬ日常を過ごしている。

 世間では有り触れているのに、他人事。それは交通事故や軽犯罪に抱くそれと似ているのかもしれない。今日も世界のどこかで怪人は出現し、それをどこかのヒーローが退治しているのだろうけれど、ほとんどの人にとってそれは遠い世界の出来事なのだ。


「良く分からないけど、結局アレかな? なんか極々稀に怖い人たちと遭遇する可能性が上がったって事で。あ、そのミニハンバーグ一個頂戴。こっちの冷凍ハンバーグあげるから」


 世間の出来事に関心が薄いクリスがそんな認識をする程度には、怪人やヒーローの存在も世間に周知され始めているようだ。

 実際クラスでも話している人はいるし、高校の新生活を迎えるに当たってあの体験が友人を作るきっかけにもなったりした。あの時東京にいたクラスメイトもいて、その子たちとは結構仲良くなれた気がする。この学校は学食に弁当を持ち込むのは禁止されているので、基本的に昼は別行動ではあるが。


「ハンバーグとハンバーグの物々交換とは、なかなかに新しい」


 しかも、同じモノであるが故に劣化が丸分かりである。


「うちは共働きだから冷凍がメインで、手作りのハンバーグは貴重品なのだよ」

「まあ、いいけどね。……怪人に関しては、その認識でいいんじゃない? 海外のニュース見てると、あの巨大爆弾の規模が例外だったみたいだし」


 怪物には違いないが、出現しただけで都市が壊滅するような怪人は極めて稀で、実被害で比較すれば強盗犯と大差ないらしい。

 通常戦力での鎮圧は極めて困難という問題もあるが、時間が経てば消えるという点などを考慮すれば、総合的な脅威度は似たようなものに落ち着くらしい。


「そういうの調べてるんだ。やっぱり実体験が伴うと気になるもの? よーし、レートがあんまりだからアスパラもつけちゃうぞ」

「正直、死んだと思ったしね。走馬灯とかは見なかったけど」


 あんな体験をすれば気になって調べるくらいはするし、それが普通である。だから、この程度なら許容範囲なのだ。銀色になってしまった兄も文句は言わないだろう。


「最近は減ってきたけど、テレビも特集多いしねー。適当に点けたらやってる感じ」

「なんか良く分からない番組多いよね。コントのネタにもされてるし」


 過去に大きな被害をもたらした事件でも災害でも、ずっと話題に挙がり続けるような事はない。怪人に関してはその後も出現し続けているからそれなりに話題には挙がるが、それだけだ。

 特に被害が少ない日本ではそれが顕著だ。……実際の出現数に対して、目撃されている回数も少ない。

 海外で戦っているヒーローのように日本にもそういう存在がいるだろうとも言われているが、噂の域を出ていない。あの銀色タイツは存在すらまだロクに認知されていない状況だ。


「やっぱり、採石場で戦ってたりするのかな。前にやってた昔の特撮モノの特集だと、何故かそういう場所ばっかりで戦ってんだよね」

「それは撮影の都合だから」


 光の国から来た巨大ヒーローだって、都合よく周囲に建物がない場所が用意されていたりするのだ。

 現実的な話として、人類に敵対宣言している怪人がわざわざ人のいない場所に現れる理由がない。被害出せないし。


「その内、幼稚園の送迎バスが襲われたりとか」

「昭和か」


 あまりにも懐古的なテンプレではあるが、当事者によればそれも有り得るらしいというから困った話だ。

 そんな事件が発生しても、きっと無敵の引き籠もりヒーローが解決してくれる気もするが。


「そういえば、この前阿古から夏休みに泊まりで海に行こうって誘われたんだけど。……ああ、クリスは覚えてないかもしれないけど、伊ヶ谷阿古っていうクラスメイトがいてね……」

「あたしは鶏かなんかか。いくらなんでも一年経たずに友達の名前は忘れないよ」

「その阿古の友達が別荘に招待してくれたそうな」

「ブルジョワか」


 ミナミさんはブルジョワ……なんだろうか。


「部活とか考えてスケジュール組むつもりだけど、クリスは大丈夫かな? ちなみに盆前に二泊の予定」

「こっちの参加予定はあたしと明日香だけ?」

「週末にその別荘の主がこっちに来るらしいから、その時に人数決めかな。みんなに声かけるのはそのあとになりそう」

「ほほー、つまり事前に声がかかったあたしは阿古にとって特別だという事かね」

「いや、追試とか」

「あ、はい。何故赤点取る事前提なのか……いや、頑張るよ、うん。大丈夫だから」


 心配である。いや、最悪クリスいなくても決行するんだけど、どうせなら全員参加といきたいものだ。

 あたしたちの中で、一年の一学期からそんな不安を抱えてるのはクリスくらいだ。なんせ、中間の時点でやらかしてる。

 今の内に言っておけば、多少はやる気も出るだろう。やる気出してもやはり不安ではあるのだけれど。


 とはいえ、週末にミナミさんが来るのはその打ち合わせが目的ではない。誰に向けてというわけでもないのだが、旅行の打ち合わせ云々は表向きの口実である。




-2-




 女子高生のプチ旅行のために事前打ち合わせをする場所といえば、普通どんな場所を想像するだろうか。

 校内であれば放課後の教室や図書室、校外なら安いファミレスやファーストフード、あるいは誰かの自宅という線もあるだろうか。

 共通して言えるのは、女子高生……というよりも学生は基本的に金がない、もしあったとしても別の用途に使うのが常という事だ。

 だから、ミナミさんが用意したという打ち合わせ場所も似たようなものだと高をくくっていたのだが……。


「えーと、南か穴熊で予約をしているはずなんですが」

「確認致します」


 待ち合わせ場所に行けばタクシーが待っていて、それに乗せられて移動した先はあきらかに場違いな高級店。なんか偉い人が接待に使いそうなという月並みな感想しか湧いてこないような場所に、私は立っていた。

 入口で対応してくれた店員さんは私の制服を見ても一切反応を見せなかったが、そこは普通不思議に思うところではないだろうか。いや、気にしても口や顔に出さないくらいのプロだという事か。

 ……雰囲気に飲まれそう。何も取って食われるというわけでもないのだから問題はないのだが、馴染める気はしなかった。


 予約の確認が取れたという事で、案内をしてもらう。

 店は総個室制で利用客の秘密が保たれるようになっているようだが、たまたまタイミングがあって擦れ違った客は異様に高そうなスーツを来たおじさんだった。男性用スーツなどどれも同じだと考えていたが、間近で見るとあきらかに違うわ。お父さんごめんなさい。

 学校指定の制服にスポーツバッグの出で立ちが恥ずかしくなる。いくら場違いでもマジマジと見ないでください。コスプレとかじゃないですから。


 案内されたのはそんな場所から更に奥、ほとんど別館と呼んでもおかしくないほどに離れた個室だった。というか、接客や利便性考えたら不自然極まる配置である。なんだこれ。密会用か何かなの?

 そして、言われるまま中に入ればこれまた言葉を失う存在が中で待っていた。


「久しぶり。制服着ると印象違うね」

「ど、どうも。……ミナミさんも」


 外行きのために手入れして来たのか、以前会った時とは印象がまるで違う。

 長く腰まで伸ばされた黒髪は見て分かるほどに滑らかで、スレンダーながらもメリハリの効いた体……特に腰の細さが際立っている。日本人形のような美術品というよりも、現代技術の粋を集めて作られた工芸品という印象だ。男ならきっと目を離せない美であり、女性として求めて止まないほとんどの要素がそこにあった。

 なにより、私の微妙に野暮ったく田舎臭い制服とは違い、ミナミさんの着ているそれは高度に洗練されたものに見えた。何それ。


「それ、高校の制服なの?」

「ちょっと派手だよね。二年前からこれに変わって、いきなり入学志望者が増えたんだってさ。似合うかな?」

「あ、うん。……すごく」


 ミナミさんには似合っているが……これは普通の女子高生が着て似合うのだろうか。デザインが先鋭的過ぎて、大半の女子は衣装負けするのが容易に予想できる。憧れて入学しても、袖通したら後悔するパターンじゃなかろうか。


「早速本題といきたいけど。とりあえず、何か飲むものを頼もうか」


 言われるまで、喉がカラカラなのも忘れていた。

 渡されたメニュー表に書かれたラインナップは思ったよりも普通だったが、値段表記は0の数が普通ではなかった。『,』の区切りがなかったら視力検査が必要かと思ってしまうレベルだ。頼む気はないが、アルコール類は間違っても手を出したくない。


「えーと、一応聞きたいんだけどここの会計って……」

「そりゃ不安になるよね。話した通りこっち持ち……というか、姉持ち。何頼んでもいいってさ。我が姉ながら剛毅な話だ」

「ええ……」

「言っておくけど、ウチはこんな店を利用できるような経済力はないからね。姉ミナミがおかしいだけだから。……嫌がらせに端から端まで頼んでも気にしなそうなんだよね」


 どんだけだ、姉ミナミ。

 もはや気にしても仕方ないと、無難にソフトドリンクと軽食を頼む。注文はテーブルに備え付けのタブレットから行うらしく、妙なところだけハイテクだ。注文に関しても密会仕様なのかもしれない。


「ここってやっぱりその……そういう目的で使われる店なの?」

「多分ね。いや、その手の店の中ではさほどでもないらしいけど、多少は気を使ってくれって事なんだと思う」


 政治家が使う高級料亭ほどではないってだけで、場違いであるのには変わらない。

 注文の品が揃うまで、暫しのご歓談……表向きの本題である夏休みの旅行について詳細を話し合った。

 利用するのは南家の親戚が保有する別荘で、宿泊費は無用でも交通費や滞在中の食費は自腹と、親戚関係を利用する女子高生のプチ旅行の範疇と言えるだろう。ノートPCで見せてもらった限り別荘自体は普通のペンションで、今日のようなサプライズはないそうである。

 今回は払わないが、ホームページに記載された料金も良心的な金額だ。バイトに精を出している学生なら出せなくもない感じ。


「使うのはいいけど、ちゃんと掃除して帰れってさ」


 なんか、すごく普通っぽくてほっとした。

 ちなみに海のほうも普通の海水浴場だ。プライベートビーチだったり、島を借り切っていたりはしない。それなりに栄えている観光地で、シーズン中はほどほどに混雑するらしい。




-3-




「さて、本題に入ろうか」

「情報共有と認識のすり合わせだよね?」


 こんな場所まで用意しておいて、やる事は情報の整理と相互補完だけである。電話やSNSよりも、一度ちゃんと会って話したほうがいいだろうと姉ミナミさんが手配してくれたらしい。


「ウチの兄曰く、バレても直接的なペナルティはないけど、極力情報は漏らさないようにって」

「その極力っていうのが、私たちが使うような極力でないのは、この場所を用意した事で察しろと」

「多分、そういう事」


 実際、本当に力の及ぶ限りという意味なのだろう。情報流出のデメリットは直接私たちに関わってくるから、今回のように過剰なくらいでちょうどいいのかもしれない。


「それに加えて、足が残るような方法で調査はするなって事か」

「ニュースとか新聞とか、そういうメディアソースから得た情報を世間話程度に話すのは問題ないらしいけど……」

「事実上、手出し無用って事だね。好奇心で踏み込むんじゃないと」


 そういう事になる。私たちが注意すべきは、普段の会話の中で知らないはずの情報が漏れないようにする事だ。ただ、それだけ。


「兄的には、そこまで神経質になる必要はないけど、独自に調査するのは完全にNGって話だった」

「どんな些細な事から情報が流出するか分からないしね。影響を考えるなら賢明だろう。万が一関係者だとバレたら、最悪命の危険まで有り得る。そして、私たちにそこまでして踏み込む理由はない」

「そうだね」


 もし聞きたい事があっても、家に帰れば聞ける環境なわけだし、わざわざ独自に調査する意味はほとんどない。


「結局のところ、私たちは足手まといだからウロチョロするなというだけ。今日のこの場はただそれだけのために用意されたものって事なんだよね。わざわざ金かけてやるほどの事かとも思うけど、あの姉の事だから本当に経費程度にしか考えてなさそうだ」


 領収書切ったら怒られそうだ。そもそも私たちは会計しないみたいだけど。


「多分だけど、今日ここを利用した事や送迎のタクシーの記録も残らないんじゃないかな。ダミーのアリバイまでは用意しないと思うけど」

「何をどうすればそんな事ができるの?」

「さあ?」


 お金でどうにかなる問題ではないと思うんだけど。


「不完全燃焼もいいところだけど、まだ何か行動するつもりはあるかな?」

「私はそれでいいと思ってるけど、ミナミさんは?」


 元々、何か調べようとしていたわけでもない。ただ偶然が重なってここにいるのだから、何もするなと言われれば大人しくしているだけだ。


「姉が何かやらかさないかっていうのが根っこだから異論はない。大人しく高校生活を楽しむとするよ。つまり、我々はこれ以上関わらないというので話は終了だ。……今の状況が変わらない限りは」

「……状況が変わる事ってあるかな?」

「あまり思いつかないし能動的に何かするつもりもないけど、世の中何かあるか分からないしね……本当に」


 怪人やヒーローが現れたのだから、本当にそうだ。


「それに、私たちはあれだけの力が身近にあるという事を知ってしまった。そこに繋がるラインがある以上、いざという時に頭を掠めるのは避けられない。どうしたって頼りたくなる」

「……うん」


 よぎるのが銀タイツマッチョであり、加えて引き籠もりの兄という事実はアレだけど、非常識に対して正面から対抗できる存在なのは確かなのだ。どれくらい強いのかは知らないけど、少なくともあの爆弾を何とかしてしまった実績もある。


「たとえばの話だけど、家族や友人知人が窮地に陥ったとして、それでも助けを求めないと断言できるほど私は強くない。達観してるとは言われるが、これでも普通の女子高生だからね」

「ミナミさんが普通かどうかはともかく……うん。私もそうかも」


 そんな事があれば、大なり小なり変化は訪れる。兄はいずれそうなる事も想定しているように見えたけど、その変化を望んではいないはずだ。


「姉に比べれば、私はよっぽど普通だと思うんだけどね。いや、本当の話」

「姉ミナミさんはそんなになの? その……いやらしい体をしているという」

「スタイル云々はまあオプションだけど……口が裂けても普通とは言えないな。正直なところを言うと、私は今時点でも姉が何かやらかさないか懸念してるよ」

「やらかすって……何を?」

「分からない。何やってもおかしくないのがウチの姉なんだ」


 ……どういう事なの。世界規模で問題を起こす怪人の話をしていて、尚懸念される人って。


「君のほうは何か懸念はないのかな? 実の兄なんだろ」


 そりゃ不安の懸念もあるけど。


「私は……ウチの引き籠もりがヒーローなんて続けられるとは思えない」

「……お互い、身内の評価は厳しいね」


 だって、あの馬鹿兄貴だし。外見は似ても似つかないけれど、中身はほとんどそのままだから。

 そもそもの経緯が不明瞭だし、辞めて代わりをやる人がいるかも分からないけど、どこかで限界が来ると思う。というかそれが普通で、普通でない兄でもそこまでは逸脱した精神は持っていないはずだ。


「何もしないという結論は出ているんだ。時間は多分に余ってるわけだし、私たちを救ってくれたヒーローはどんな人間なのか聞いてみたいな」

「いいけど、どんなって言われても……」


 改めて考えると実に評価に困る存在である。一言で言ったら引き籠もりだし。


「じゃあ、代わりに姉ミナミさんの事を聞いてもいいかな」

「そうだね。世の中には冗談にしか聞こえない存在がいる事を教えてあげよう」


 ウチの兄も冗談みたいな存在なんですが……。




-4-




「馬鹿兄貴についてはどれくらい聞いてるの?」

「この前帰省した時に聞いたのは、日本担当のヒーローである事と姉がサポートをしている対象である事、例の爆弾怪人の際に東京の三つを含む計五体を仕留めている事くらいで、プライベートな事は何も。……あとは一応外見的な特徴だけなら、銀色のスーツを身に纏っているとか?」

「あ、外見は聞いてるんだ」

「外見については姉に聞いたわけじゃないんだが……実はあの日、東京で撮影された映像を極限まで引き伸ばしたものが世間に出回っているんだ」


 そう言いながらミナミさんはノートPCを操作して、画面をこちらに向ける。

 そこには、巨大な何かに跨った銀色の人型に見えない事もないものが映っていた。超高速である事とそれ自体が銀色に発光している事でかなりボケているが、良くここまで捉えたものだ。知っている人が見れば、ウチの兄だと判別できない事もない。

 世間一般の認識ではあの銀の光の正体は不明なままだけど、こんな映像も出回り始めていたのか。


「確かに今は銀髪の、銀スーツに身を包んだアメリカンな変態マッチョだよ」

「……実は欧米の血が混ざっているとか?」


 混ざっててもあの銀髪はおかしいだろう。造形だけなら探せばいるだろうが。


「少なくともお爺ちゃんの世代までは日本人だけかな。はっきりとは教えてくれなかったけど、ヒーローになる際に別人になっちゃったみたい。昔の写真なら……こんな感じ」


 スマホに入っている家族の集合写真を見せてみる。かなり古いものだが、兄は引き籠もりなので、これが最新の集合写真である。

 ……うわ、改めて見ると、お父さんの白髪が少ない。


「……なんというか、普通だね。素材は悪くなさそうだけど、身だしなみに気を使うタイプではなさそうだ」

「無頓着なのはそうだね」


 背も平均並み。特別太っても痩せてもない。容姿はどちらかといえば母似だろうか。平均よりは整った顔をしている……していたと思う。

 取り立てて美形ではないが、容姿で弄られる事はない程度。特徴に欠けるともいう。


「それで今は二メートル近い大男で、腕とか丸太みたいになってる。骨格からして違うし、正直容姿に関して元の要素は皆無かも」

「……なんでそんな事に」

「なんでだろうね。正体バレを警戒するにしても、もう少し選択肢はありそうなものだけど。別にマッチョ信仰でもなかったはずだし」


 元に戻る気はあるみたいだから、ひょっとしたら自分の意思で決めたわけではないのだろうか。


「名前は穴熊英雄で、ヒーローとしてはマスカレイドっていうみたい」

「仮面舞踏会?」

「蝶のマスク付けるみたいだから、多分そのマスカレイドだと思う」


 何を考えてあんな衣装なのかは分からないけど。

 いくら兄のセンスが壊滅的とはいえ自らアレを着るとは思えないので、何かしら理由があるのだとは思う。


「……性格は?」

「子供の頃から引き籠もる事だけ考えてて、それを実行してしまった変人……かなー。働きたくないからって言ってるけど、引き籠もるための努力は一切妥協しない。活力に満ち溢れた引き籠もり?」

「初めて聞いたよ、そんな引き籠もり」


 いじめに遭っていたわけでもなく、コミュ障でもない。引き籠もりに間違いはないんだけれど、少なくとも一般的な引き籠もりではない。

 普通、引き籠もりは逃避などを目的とした手段であるが、アレの場合は引き籠もりが目的なのだ。


「勉強も運動も趣味も、どれも片手間で人並み以上にこなす天才気質なのに、引き籠もる事にしか興味がないからどれもそこそこ。何か一つの事に情熱を燃やしてれば大成したかもしれない。時間的には今からでも遅くないと思うけど、あの性格が矯正される気はしないし」

「能力の面での評価は高いんだね」

「うん。子供の頃は良く分からなかったけど、今は……ちょっとコンプレックスかも」


 比較されがちな兄妹とはいえ性別は違うし、別の生命体と割り切ればそこまででもないが。

 神様はなんであんなのに才能を振り分けてしまったのか。それとも引き籠もり願望という巨大なデメリットがあるが故の才能なのだろうか。


「では、ヒーローとして見た場合は?」

「……さすがに分からないかな。根は善人だと思うけど結構ドライなところもあるし、正義の味方をやる事に対して積極的とも思えない。ただ、目に入る悪事を無視できるような性格じゃないはず。強さだけなら……多分、ヒーローの中でも強いほうなんだと思うよ」


 指標になるのはあの爆弾事件だけだが、ヒーローとしての実力は証明されている。

 細部は不明とはいえ、海外のヒーローが苦戦していた怪人を一蹴しているのだから。


「責任感はどうかな。自責の念で潰れたりする懸念とか」

「ないとは言わないけど、潰れる前に自分の中で折り合いつけるんじゃないかな。もしくは引き籠もりらしく逃げるか。そこまで鋼のメンタルは持ってないと思うよ」


 中身が兄のままなら、何がなんでも役目を果たそうとはしないはずだ。無理だと判断すれば、どこかで妥協する。

 ボロボロになっても人のために尽くすような事にはならないだろう。


「変人ではあるけどあくまで一般人の延長線にはいるから、妹としてはあんまり期待しないで欲しいっていうのが本音かな」

「それくらいのほうがいいのかもしれないね。一方的に守ってもらう側で身勝手とは思うが、責任感で潰れられても困るし、世界平和や一方的な正義を押し付けられても困る。むしろそんなテンプレ的な正義感溢れる熱血ヒーローのほうが脆いような気もするし」

「確かにそんな気はするかも」


 創作なら都合良く成長の機会が与えられるが、そんな不安定な存在に守られるのは不安だ。都合のいいイベントが起きるのがヒーローなのかもしれないけれど。


「こうして聞く限りでは、思ったよりまともそうだね。姉のパートナーという事で不安しかなかったが、良く考えてみれば君の兄でもあるわけだし、そこまで逸脱した性格なわけもないか」

「ま……とも?」

「引き籠もりという環境も含めて、ヒーローとしては理想的なんじゃないかな」


 引き籠もりの家族としては同意しかねる意見なんだけど。


「ひょっとして、姉ミナミさんを比較対象にしてるの? そんな強烈な人だったら、ウチの馬鹿兄貴も何か言いそうなものだけど」

「表向きは極めて常識人だよ。明るく真面目で模範的な女子高生さ。成績は可も不可もなく運動もそれなり、家庭科部に所属してるのはただの名義貸しだけど家事も得意、友達も多くて流行にも明るく社交的、でも機械は苦手って……いう設定らしいね」

「……せ、設定?」


 途中までは一体どこから問題が挙がってくるのかと思っていたけど、最後で全部引っくり返った。

 設定ってどういう事なの? 日常生活を偽装してるとでも?


「まさか、その真逆とか」

「いや、そういうわけでもない。表向きの顔にしても姉の一面ではあって、演技ってわけでもないからね。ただ、機械が苦手っていうのだけは真逆もいいところかな。ハッカーだし」

「ハッカーって……」


 なんて現実味のない肩書きだろうか。……というか、実在したんだ。


「詳細は知らないけど、相当な腕前みたいだね。お兄さんのオペレーターやってるのもそこら辺が関係してるんじゃないかなとも思ってたりする。例の電波ジャックも、方法なんて皆目見当もつかないけど姉ならもしかしたらって思ったから調べてたんだ。あんな超常現象できるわけないでしょって怒られたけど」


 実際にどうかは別としても、それができるかもと思わせるくらいではあると?


「まあ、それだけなら大した事じゃないんだ。ハッキングはただの技術であって、できるってだけで実行に移すほど普通の人間は単純でも愚かでもない。それが必要な事だとしても」

「その言い方だと……姉ミナミさんはやりかねないとか」

「…………」


 何故言い淀む。


「……ウチの姉は極めてデジタルな思考で物事を判断する傾向があるんだ。それが必要な事っていう言い訳があれば迷う事なく行動に移す。普通の人間なら感情が邪魔して割り切れない事でも境界線をあっさりと踏み越える。目の前に死刑囚の死刑執行ボタンがあって、さあどうぞと言われたら躊躇う事なく押すだろうね」

「…………」

「つまり、必要ならやる。その必要性に理由をつけてしまう。それで自分が納得すれば行動を起こしてしまう」


 言っている事は分かるが、それがどんな人間か想像できなかった。


「誤解しないでもらいたいのは、基本的にはまともな良い姉ではあるんだ。なんでもできて妹のコンプレックスを刺激し続けるという腹立たしい存在ではあるが。あと、腹立たしいといえばあのいやらしいスタイルも」

「そこが強調されるの!?」


 いやらしい云々は同列に語っていいのだろうか。


「ただ、女子高生という社会的立場を捨てて、物理的に手の出せない場所と制限のないネットワーク環境を手に入れてしまった今、何かの拍子でタガが外れてしまわないか不安でならない。知らなければ気にせずに済んだんだけど、妹という立場がそれを許してくれないし」

「前回といい、ミナミさんは狙って私を道連れにしてないかな」

「私の精神の安定のためには仕方ないんだ」


 それはわざとと言っているようなものだ。まあ、聞いたのは私からだから仕方ないかもしれないけど。


「穴熊英雄氏には上手く手綱を操ってもらいたいね。彼が最後の希望になるかもしれない」

「そんな映画のクライマックスみたいな……」


 引き籠もりに無茶言うなと言いたいが、直接的に何かできるのは兄しかいないのも確かだ。

 サポートといっても通信だけで直接会ったりはしないらしいが、四六時中会話しているようだし、兄がコントロールするのが筋かもしれない。

 ……そもそも、兄は姉ミナミさんの事についてちゃんと理解しているんだろうか。いやらしい体に目が眩んで、そこら辺スルーしてたりしたらどうしよう。……一度、どう認識しているか聞いてみたほうが良さそうだ。




-5-




「ミナミがどんな奴かって?」


 後日、ミナミさんと通信が繋がっていないか確認した上で兄に聞いてみた。


「うん。まだ話した事ないし、妹ミナミさんからは冗談みたいな話しか聞けなかったから」

「何聞いたのかは知らんが、実際冗談みたいな奴だぞ。エロボディ含めて」


 この際エロボディはいい。


「ぐ、具体的には?」

「そうだな。……一言で言えば、凶悪なサイバーテロリスト予備軍? 時々超物騒な事口走るし、下手に放置したら怪人より危険やぞ」




 ……とても正確に把握しているらしい事が分かった。



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