第三話「撮影怪人カメラマン」





-1-




「オープニングっていっても、どこで使うんだよ」


 PVならまだ分からないでもない。自分の他にどんな奴がいるんだろうと気になるヒーローだっているだろうし、そんな時に実戦の動画だけ見ても判断のし難い面も存在する。マスカレイドなどは戦闘シーンだけ見たらどんな残虐ヒーローだと誤解されてしまう可能性が高いだろうから、端的に紹介したい、いわゆるアピールポイントを絞っての映像なら理解はできる。理解できたところで、やはり頭悪いとは思うが。

 しかし、オープニングとなると用途はかなり限られるだろう。当たり前だが、オープニングやエンディングは本編が存在しないと成立しない。その本編は何の動画だという疑問が生まれるのは当然だろう。


『ポイントで販売する動画の最初とかじゃないですかね。タイトルとか見ずにいきなり動画を始めると、誰の動画か判別し辛かったりしますし』


 ……思いつくのは確かにそれだが、どうなんだろうな。需要あるんだろうか。そもそも需要云々で考えるのは間違いなのか?

 そもそもあの手の動画を買う奴って主に研究目的で、娯楽としての要素は二の次だろう。一回ならともかく何回も繰り返して見る動画に同じ映像入れられても困るだけで、普通は飛ばす。制作スタッフの名前だって、よほど興味がなければ気にしないものだ。いや、今回の場合は制作スタッフもクソもないんだが。

 ……それとも、完全に娯楽として見ている神々の要望だろうか。それならまあ……笑われる側の心情はともかく、理解はできなくもないが。


「これまであんまり見た事なかったが、普通怪人との戦闘動画ってどの程度の尺なんだ?」


 研究目的で動画を見るヒーローは多いだろうが、俺の場合はほとんどノータッチだった。《 影分身 》の参考としてエセニンジャさんの動画を見せてもらった程度である。それだって自分で買ったものではないくらいだ。

 なんせ、参考にならない。どれだけ研究しようがマスカレイドのパワーアップに結び付く感じがしないし、その必要性も皆無だ。

 逆もそうで、好奇心、怖いもの見たさという意味なら分からないでもないが、俺の動画を見ても参考になるとは思えない。娯楽として見るには、背景もストーリーも分からないただの戦闘動画は中途半端過ぎるだろう。


『平均すれば大体三十分~一時間くらいでしょうか。二時間以上となると、怪人の制限時間超過で終わっているケースも多いです』

「他のヒーローの戦闘時間って、そんなに長かったのかよ」


 俺の場合、爆弾怪人のような特殊例を除けば、三十分を超える戦闘はほとんどない。十分だって怪しい。下手すれば一分かかっていないものもあるだろう。……つまり、俺だけが短いのか。


『マスカレイドさんの場合、これまでの最長出撃時間は爆弾怪人、次点で強盗怪人戦の一時間十二分です。その次になるともう切片怪人フェッチの十二分になってしまうので、上位二件だけが極端に長いという事になります。ちなみに、前回の卑劣怪人THE・マーは四十五秒でした』

「十一体を相手にして、一体あたり五秒もかかっていないのか」


 超音速で轢殺しただけだから、それくらいになってしまうのかもしれない。

 これを映像として見るから、時代劇の殺陣だけを超高速で見てるようなもんだろうか。娯楽動画としては絶対面白くないだろう。

 特撮でもアニメでもオープニングの尺は60秒~90秒くらいなわけだが、これじゃ本編のほうが短いという事態になりかねない。

 これだと、オープニングよりもアイキャッチ程度のほうがいい気もするんだが。


『一応、お手本なのか公式ページにはサンプル動画も用意されてるんですよ』

「どっかの特撮から持って来たもんじゃあるまいな」


 著作権とか気にしなそうだし。縛る法律もないだろう。


『いえ、ちゃんとオリジナルみたいです。番宣ヒーロー マスクド・コマーシャルという架空のヒーローを扱ったものになります』

「まんまやな」


 どこかのご当地ヒーローみたいだ。


 というわけで、そのサンプル動画とやらを見てみる事にした。

 構成としてはアバンタイトル代わりらしき怪人の名乗りとヒーローの登場からオープニング映像に入り、提供、本編である戦闘シーン、そしてエンディングと、ストーリーのない特撮モノといった感じだ。なんというか、思ったよりは普通である。……普通過ぎてコメントし辛い。


 普通じゃないのはその映像に付属したオマケ部分だ。コマーシャルと怪人が並んで、この動画撮影を主題にした座談会のようなものが始まった。ついさっき爆発した怪人が何事もなかったかのように座って意気込みなどを語るという超茶番である。どうやら本編中にこの怪人が殺されたのはただの演出であって、実際には死んでいないという事らしい。

 ついでに、俺たちが映像を作る際にも依頼すればこの怪人さんが出演してくれるとの事。スタントマン紛いどころか死ななければ問題ないというスタンスはさすがのプロだと思わせるが、言ってみれば堂々としたやらせ宣言である。

 ……あと、提供ってなんだよ。どこにスポンサーがいるんだよ。




-2-




 サンプル動画を見たあと……いや、見てる最中から俺は脱力感に襲われていた。


「率直な意見としてかなり面倒なんだが、パスしちゃ駄目かな」

『えー、やっつけでもいいから何か作りませんか。ほら、優勝者には特典もあるみたいですし、撮影環境や機材なんかも揃えてくれるらしいですよ』


 プロジェクトの詳細ページを見ればそこら辺の概要が書かれているが、いまいち惹かれない。

 内容が曖昧過ぎて裏がないか疑う面もあるが、それ以上に現状生活面で苦労していないというのがモチベーションを下げている。

 専用の巨大ロボでもくれるなら頑張るかもしれんが。いや、< マスカレイド・ミラージュ >のオプションパーツとかでも……。


「お前の事だから、詳細に関して問い合わせはしてるんだろ? とりあえずはそれ待ちだな」

『問い合わせはしてますけど、もうちょっとやる気出しましょうよー』

「何がお前をそこまで駆り立てるんだ」


 ここまでの流れでミナミがやる気になっている理由が思いつかない。普段からテンション高い奴ではあるが、自分が出演するわけでもない。無意味な労力を押し付けるタイプでもないと思っていたのだが。


『実はですね、私のほうで叩き台的なものを作ってあるんです。実家でも暇な時に編集してましたし』


 どうやらすでにかけた労力を惜しんでいるらしい。そういえば、そんな動画編集をしているみたいな事も言っていたな。

 趣味か。趣味でなんとなく作ったものを公開する場が欲しいのか。


「お前、実家で何してんだよ」

『大丈夫です。痕跡は残してませんから』


 いや、そういう話ではない。わざわざ外出券使って外出てるのに、なんで仕事してるんだって意味なんだが。


「……まあ、あんまり見たくないけど、とりあえず見せてみろ。場合によっちゃ、そのまま提出って手もあるし」


 それなら手間もかからないし、俺も反対する気はない。


『これまでの映像を切り貼りしたものなんで、あくまでも叩き台ですけどね。主題歌も特撮モノの曲を当ててあるだけなんで、公開する際はここら辺もなんとかしないといけません』

「MADか」


 最近廃れてきた感はあるが、個人でできる範囲の映像加工というわけだ。俺も昔手を出した事がある。


 というわけで、ミナミが作ったという映像を見る事になった。

 自分が出演している……というか出てるのはほとんどマスカレイドだけなんだが、そういった動画を見る際のような気恥ずかしさはあまり感じない。やはり、穴熊英雄とマスカレイドでは別人という認識が残っているのだろう。


『ど、どうですかね? ちょっと自信作だったりするんですが』

「……なるほど、良くできてる」


 ちゃんと見ればどこの場面から抜き出してきたものなのか分かるが、気を使っているのか使い回し的な印象はあまり受けない。

 曲こそどこかの特撮モノから持って来たもののようだが、ちゃんとそれに合わせて編集されている。若干素人臭さが感じられる部分はあっても、気にならないレベルだ。ぶっちゃけ、このままでも十分通用するだろう。いや、そもそも用途が分からないから何に通用するのかという問題もあるが。

 編集技術的には何も問題はない。


「良くできてるんだが……改めて、マスカレイドの戦闘のひどさが分かってしまったのはアレだな」


 こうして名場面を切り貼りしてみると、それが際立っている。怪人がひどい目に遭っている場面ばかりだ。残虐シーンしかない。実際のところ過去の映像素材にまともに戦っているシーンなど皆無なのだが、これはあまりにアレじゃなかろうか。

 何も知らない人にこれを見せて、マスカレイドが正義のヒーローだと思うのはかなり少数派だろう。メインで映っているから、この残虐非道な銀色が主人公的な何かなんだなとは思うかもしれないが。


『お気に入りのシーンばっかり集めてしまった点は問題ですね。もう少し緩急が必要かもしれません』

「いや、そういう意味ではない」


 何故ミナミさんはそんな残虐シーンばっかり好むのだろうか。人類の敵ではあるが別に親を殺されたというわけでもないのに、怪人に対して一切の情け容赦がない。以前から……というよりも最初からその傾向は見られたが、思考が極端に偏っている。現実が見えていないわけでも正義感が強いわけでもない、ただ単に悪であるという理由があれば何してもいいと考えているようにも見える。


「ミナミのセンスはこの際置いておくとしても、緩急が必要なのは確かだな。戦闘以外の映像も欲しいところだ」


 疾走感溢れる動画ではあるが、息のつきどころがない。


『映像として残ってるのって、出撃してから帰還までですからね。戦闘メインになるのは避けられないかと』

「新規に映像を撮る事って可能なのか? 出撃しないと駄目かな?」


 出撃した際に怪人そっちのけで撮影を始めるという手もあるが、それはそれで問題があるような気もする。放置された怪人も困惑するだろう。


『あー、たった今問い合わせの回答が返って来ました。申請が必要ですが、追加映像を撮影するなら以前評価試験に使ったような空間を用意してくれるそうです』

「ほう」


 特撮っぽい、崖とか工事現場的な場所を再現してくれたりするんだろうか。


『ちょっと待って下さいねー。……えーと、詳細ページの告知内容がふんわりしてるのは、ヒーローランクとこれまでの実績で受けられるサービスが違うからみたいですね』

「つまり、俺が利用できるのはランク2相当のサービスだけって事か」


 結構活躍してるつもりなんだが、ランク2という評価は揺るがない。

 申請が間に合ってないからって、サービスの質を下げられるのは納得できないな。抗議したほうがいいかもしれん。


『いえ、そこら辺どーなのかなーという質問も投げてたんですが、マスカレイドさんの場合は条件を満たしているので、ランク5相当……実質現在のトップと同様の扱いになるそうですね。専属のカメラマンややられ役の戦闘員も付けてくれるそうですよ』


 それは本当にランクで判定した結果なんだろうか。

 マスカレイドだったら面白い事をやりそうだとか、そういう期待が込められているとかじゃないだろうな。


『まだスケジュールはスカスカらしいので、申請出せばいつでも対応してくれると。さあ、やる気になるのです!』

「いや、いいんだけどさ」


 相変わらずやる気は出ないが、足りないものを補填しないとというマニアの焦燥感にも似た感情が湧いてきたのも確かだった。

 多分、ミナミの動画を見た影響だろう。もう少し手を加えればいいものができると分かったら魔改造……手を出さずにはいられない、日本人の性のようなものだ。

 最初はただ組み上げるだけのつもりだったプラモでも、いざ組み上がると墨入れや艶消しなど手を入れずにはいられなくなるアレだ。そうして深みにハマっていく事を俺は良く知っている。……実体験で。




-3-




 舞台セット……と言っていいのか分からないが、とにかくロケ地として用意された舞台は、昭和の特撮で良く見られる採掘場のような場所だった。

 ここがどこかは分からないし、そもそも実在する場所なのかどうかも分からないが、それはいい。特撮で派手な演出をしようとすればこういった場所が必要になるのは分かる。場所の名前が『いつもの採掘場』というふざけたものである事もいいだろう。

 場所は問題ないのだ。……問題は用意された人員である。


「いやー、どうもどうも。はじめまして、マスカレイドさん」

「…………」


 俺の目の前に現れたのは業務用カメラだった。業務用カメラに手足が生え、口もないのに挨拶をしてきた。間違っても人間ではないだろう。

 ぶっちゃけ不気味だ。


「あの……カメラマンさん?」

「あー失礼。日本人といえばまずは名刺交換ですよね。私、こういったものでして……」


 いや、お前が日本人を語っていいのかどうかはかなり疑問なのだが。

 とにかく、差し出されたそれをサラリーマンよろしく両手で受け取る。当たり前だが、俺は名刺を持っていないので一方通行だ。

 受け取った名刺の中央には、謎の業務用カメラさんの名前らしきものが記載されている。


「……撮影怪人カメラマン?」


 派遣されて来たカメラマンはカメラマンという名の怪人だった。もうちょっとこう……どうにかならないのかというネーミングは今更だろうか。

 詐欺のようなものではあるが、これならカメラマンを派遣するという話も嘘にはならない。元々人間のカメラマンを用意するとも書いてなかったし。……倒しちゃまずいんだよな?


「撮影技術なら任せて下さい。照明、集音、特殊効果、お客様のどんな要望にも応えて見せましょう。実は私が派遣されるのは、< 最終回直前に暴露される設定集 >を解除したヒーローさんだけの特典なんですがね」

「あ、はい」


 つまり運営元が同じだとバレている場合か。

 事情を知らなければ、怪人というだけで襲いかかるヒーローがいたりするかもしれない。特に近しい人に被害が出てるヒーローなどは、怪人というだけでも敵認定してしまうだろう。そんな事情を知っている者だけの特典という事だ。

 ……ひょっとしたら、あの評価試験も同じ条件の上で行われたものなのだろうか。


 気を取り直して説明を聞けば、彼一人で特撮に必要なあらゆる仕事をこなせるとの事。加えて、ここは元々撮影用に用意された場所であるから、天候や昼夜の環境変化も可能だとか。映像撮影するだけなら完璧な布陣である。

 ただ彼の役目は素材となる映像を用意するまでで、最終的な編集作業などはこちらでやる必要があるらしい。


『お待たせしましたー……って、何故怪人が?』


 遅れて回線を繋いだらしいミナミが撮影怪人さんを見て顔を顰めていた。


『ああ、やられ役の方ですか。大変ですねー』

「違いますよっ!? それは別に用意してあるんで問題ありません」


 問題ないのだろうか。……問題ないという事でもいいのかもしれない。


「あ、怪人だからって対話もなしに殺さないでくださいよ!? 私、敵じゃなくカメラマンですし」

「いや、無闇矢鱈に殺す気はないが」


 そもそも自己紹介は済んでるだろ。


「良かった。実は狂犬のように誰でも食い千切る残虐ヒーローと聞いていたので、内心ビクビクしてたんですよね」

「ほう……ちなみに誰から聞いたのか聞いてもいいだろうか」


 決して脅しているわけではない。脅しているわけでないが、自然と威圧感が漏れ出してしまっているかもしれない。


「こ、ここだけの話ですよ。実は緊縛怪人と露出怪人という特殊性癖四天王を名乗る連中がいまして……あ、オフレコですからね」

「心当たりはあるな。何も知らない新人ヒーロー相手に自分たちからケンカ売っておいて、相手が強いと分かった途端に仲間を切り捨てて掌返して来た連中だ」

「な、なんてひどい連中なんだ。怪人の風上に置けない」


 棒読みである。


「連中の悪行については、ある事ない事広めておきましょう! いえ、分かってるとは思いますが、保身じゃないですからね」

「当然分かっているさ。話の分かる怪人もいるって事はね。HAHAHA」

『……なんだこれ』


 ミナミがウインドウの向こうから呆れた顔を見せていたが、大人の世界には色々あるのである。

 俺だって怪人なら問答無用で滅ぼし尽くしたいとかそんな事は考えていないのだから、手を取り合える相手となら対話だって可能だ。

 しかし、出番もないのにヘイトを上げるのが上手い連中である。特殊性癖四天王め。




 そうして、ロケが開始された。

 撮影地は『いつもの採掘場』と言えば通用するようなベタな場所ではあるが、まずはブルースクリーンで覆われた場所での簡単なアクション撮影から始まった。今回撮影するのはあくまで素材であるため、こうした合成し易い映像も用意するという事なのだろう。

 なお、再現CGではあるものの、過去に戦闘を行った怪人たちのアクションデータも提供されるとの事。これは、実際に戦闘した怪人のデータのみが無償提供、パーソナルデータを保有している怪人については有償の提供となるらしい。ただ、爆弾怪人戦で電波ジャックをした幹部らしき怪人については無条件で提供されるそうだ。とりあえず、分かりやすい中ボスとして配置してもらいたいのかもしれない。


 開始時こそあまりやる気のなかった俺だったが、カメラマンのノリの良い巧みな話術で次第に積極的になっていく。

 彼のやり方は単純で、些細な事でもとにかく相手を褒めてその気にさせるというものだ。人間、褒められれば悪い気はしない。猜疑心を抱えていても、それがおべっかでも賞賛がマイナスに繋がる事は少ない。一つ一つは小さなプラスでも、それが積もれば山になる。そうして出来上がるのがノリにノッた俳優というわけである。

 今、『とりあえず全裸での戦闘シーンも撮っておきましょう』なんて囁かれたら、恥ずかしがりつつも脱いでしまうかもしれない。

 ……くって、なんて参考になる話術なんだ。この怪人にかかれば、清純派グラビアアイドルだって簡単に脱いでしまうだろう。


「よし、エンディングはミナミのいやらしいグラビア映像にしよう」

『嫌です』

「じゃあ秘蔵プロモーション映像という事で」

『嫌です』

「しかしだな、大佐」

『だれが大佐じゃ』


 取り付く島もなかった。

 勢いで押し切ろうとしたのに、ミナミさんは真顔である。どうやらカメラマンの話術も人によって効きが違うらしい。

 いや、撮影されている本人ではないからだろうか。それなら、なんとかして撮影まで持ち込めればなんとかなるかもしれない。……ハードル高いな、おい。まずビルから出さないと。


 なお、これも一応仕事扱いであるのか、ロケ弁が支給された。なんて事はない仕出し弁当だが、こういったものに縁がないと思っていただけに少し感動してしまった。ちなみにミナミの分はない。




「では次は< マスカレイド・ミラージュ >に乗っているシーンに行きましょう。スピード感は演出でなんとでもなるので、音速は超えないようにお願いします」

「はーい」

『バックに使う爆薬とかはどうしましょうか。合成より実物のほうが迫力ありますよね』

「古き良き昭和の特撮というやつですね。それも別に何パターンか撮りましょう」


 いつもの採掘場での本格的な撮影が始まる。

 出演者一名、カメラマン兼演出兼照明兼監督一名、遠隔から口を出す人一名という寂しい絵ヅラではあるが、その内容は通常なら何百人スタッフが集まっても不可能なものであった。

 撮影環境は自由自在に変更可能、出演者は本物のヒーロー、やられ役の怪人は無数に用意されていて実際に死ぬリアルな戦闘という好条件だ。スタッフが少ない分映像の確認作業に手間はかかるが、それもより良い映像を作るため、次に必要な映像を撮影するためのモチベーションとなる。

 しばらくすると、最初の俺はなんだったのかというほどにやる気と活力に満ちた現場となった。これもカメラマンの話術が成せる技である。


 ロケは難航しつつも精力的に続けられた。それは何かの目的のために映像を作るというよりも、映像作成自体に向けられた情熱であったのだろう。

 現場を見ずとも、撮影された< マスカレイド・ミラージュ >搭乗の映像だけで拘りが分かる。

 様々な走行パターン、無数の角度から撮影された銀色のバイクは、ただ走っている姿だけでも演出家を唸らせるような計算し尽くされたものだ。一体何が爆発しているのかは分からないが過剰な爆薬の演出さえも、その銀の体躯を映えさせるためのエッセンスとなっている。

 これまで実戦では発生した事がないはずの戦闘員との戦闘ですら説得力があった。

 多重に囲まれた状態で常にマスカレイドの姿を捉え続けるカメラ位置。戦闘員一体一体の倒し方は、倒れ方や爆発時の周囲への影響まで考慮してうるさくない画面構成になるよう配慮されている。かと思えば、爆煙を切り裂いて登場するマスカレイドなど、特殊な演出にまで利用しているのである。

 何よりもキレのあるスーツアクションは、本来音速を超えるヒーローからすれば異様に遅い動きであるにも関わらず、それを一切感じさせないほどに洗練されたものなのだ。それは緩やかに動作する太極拳のそれにも似ている。




Q『ちなみに、どのような点に一番注目欲しいと考えていますか?』

A『そうですね。やはり拘り抜いた演出面でしょうか。何気ない数秒のシーンでも、良く見ると多くのメッセージが込められていると分かるはずです』

Q『そのためにかなり撮影時間を使ったとか』

A『ええ、本来は数時間で済ませる予定だったんですが、いつもの採掘場にテントを張っての長期戦になりました。撮影がない時も編集用の機器とモニターがフル稼働しているような現場でしたね。仕出し弁当も何食食べたか分かりません。二つ以上食べた事もあったので』

Q『やはり、この映像を見せたい相手がいたりするのでしょうか。差し支えなければ教えて頂きたいのですが、たとえばご家族とか』

A『それはやはり腰抜けチキン野郎の特殊性癖四天王の連中ですね』

Q『チキン……ですか?』

A『マイノリティであるからこそ、同志は重要なはずなんです。このオープニング映像を見てそれを思い出してもらいたいですね』

Q『つまり、仲間が大切であるというメッセージが……』

A『いえ、お前らもすぐに同じ目に遭わせてやるぞという意味です』




-4-




 ついその場の勢いで使われる予定もないインタビュー映像まで作ってしまったが、作業は順調である。

 編集作業に入ると、今更ながらに撮っておけば良かったと思うようなアイデアが出たりもするが、なければないで工夫で補うのがプロというものだ。

 結果としてロケは延長に次ぐ延長となってしまったが、撮影怪人さんは良くやってくれた。延長が許可された背景には、彼が担当するヒーローが実質俺しかいないという事もあるのかもしれないが、別れ際は満足気な雰囲気だったので問題ないのだ。彼は映像美学を追求する同志なのである。

 ミナミの編集技術もあって、とりあえず映像に関してはかなり満足できるものになるだろう。

 そして、現在俺たちが直面しているのは次の課題だ。……そう、主題歌である。


『マスカレイドさんが作曲までできたというのは意外ですが、曲自体はなんとかなりそうですね』

「一時期DTMにハマっててな」


 素人レベルの域は脱していないが、それなりのものは作れるつもりだ。機材もそれなりのものが揃っている。若気の至りというか衝動買いというか、その時に購入したものだ。

 マスカレイドになる以前よりも機材が充実しているのは、つい散財してしまった結果なわけだが、プロジェクトの一環として割引されていたのでお買い得だったと言えるだろう。なにせ、いざ本格的に作業へ移行しようというタイミングで、撮影機材、音楽機材専門のカタログが送られて来たのだ。そんなものを開いてしまったら、欲しい機材が出てきてついつい購入してしまうのも無理はない。

 決して無駄使いではない。これは、より良い楽曲を作るための必要経費というやつなのだ。数ヶ月後には埃を被っている気がしないでもないが、必要経費なのである。

 ……ちくしょう、こっちの弱い部分を的確に突いてきやがって。



『それで、目下最大の課題である歌詞ですが』

「……どうするかな。俺も作詞は自信ないんだが、ミナミのもまた別の意味でひどいからな」

『そ、そんなにひどいですかー? ちょっと自信あったんですが』


 作るものがものだけに知人に頼むわけにもいかず二人でそれぞれ歌詞を作ってみたわけだが、結果は芳しくなかった。

 といっても、俺のものはともかくミナミの作った歌詞は出来が悪いというほどでもない。単純な出来だけでいうなら採用してもいいかなと思えるレベルのものではあった。異様に物騒な単語ばかりが羅列しているという事に目を瞑れば許容範囲ともいえる。


「どうしてお前は『爆殺』とか『鏖殺』とか『轢殺』とか、そういう物騒な単語ばかり使うんだよ」


 つまり、ロックである。ロック過ぎて引くレベル。少なくとも日曜朝の放送にはふさわしくない。

 せっかく残虐さをマイルドにするために追加映像を撮ったというのに、それに被せる歌がこれでは台無しである。


『ええー、だって事実そうじゃないですか。マスカレイドさんと対峙した怪人は大体無惨に死んでますし。必殺技だって一つしかありませんし』

「そりゃそうかもしれんが」


 死という結果だけに目を向ければ、どのヒーローでも一緒だろう。出動までして、博愛主義に目覚めて怪人を許してやろうなんてヒーローはいないはずだ。マスカレイドさんは、そんな中でちょっとばかし過激なだけである。主題歌として『殺』を連呼されるほどではないだろう。……ないよね?


『あと、誰が歌うのかって問題もありますよね。候補は何人か運営で用意してくるらしいですが』

「だが、それは減点対象だろうな」


 怪人なのかそれとも別の協力者なのか分からないが、楽曲を用意すれば運営側で歌手を手配してくれるらしい。

 実は楽曲自体も既存のもので応募しても構わないという話ではあるが、既存よりもそのために手をかけて作り上げたもののほうが点数は稼ぎ易いはずだ。……というか、もう曲作っちゃったし。


「作られる映像が一つ二つなら問題ないだろうが、百を超える映像のどれを見ても同じ人が歌ってるんじゃ審査員だって飽きるだろう」


 いくら歌詞や曲で個性を出しても、声が同じだと埋もれてしまう。

 ここまで気合入れて作ってるんだから、どうせなら上位入賞といきたいところだ。


「仕方ない……俺が歌おう」

『えっ、本気ですか?」


 なんでやねん。俺が歌っちゃいかんのか。

 声が変わってしまったから慣れる必要はあるかもしれんが、元々はそれなりに上手いほうだぞ。むしろ、マスカレイドの身体能力はこういった分野にも応用可能かもしれない。とりあえず、息継ぎなしでもフルコーラス歌う事は可能だ。


『……いや、音痴とかそういう事を疑っているわけではないですが、何故そんなやる気に。目立ちたいってわけでもないでしょうし、引き籠もりですし。というか妙に多才ですよね、マスカレイドさん』

「モノ作りに全力を尽くすのがクリエイターというものなんだ。引き籠もりは関係ない」

『いつの間にそんな高尚な精神を……』

「すまん……正直なところをいうと賞金が欲しい。作曲用の機材で散財してしまった事を今更ながらに後悔してるんだ」

『あ、はい』


 俺とミナミとカメラマンが作り上げた結晶を評価して欲しいという想いも嘘ではないが、実は結構痛い出費だったのである。

 そして、そろそろ情熱が冷めつつあるのがまた一層の不安を掻き立てていた。この情熱が消えない内に、全力を尽くして資金回収したいのだ。

 ……くそ、何故こんな事になっているんだ。最初はやる気なかったっていうのに。




 こうして、特に誰も力を入れていないはずのプロジェクトに、無駄に気合の入った作品が持ち込まれた。

 そもそも利用用途が不明である事すら忘れられている映像作品が陽の目を浴びる日は来るのか。


 ……決戦の日は近い。



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