第二話「騎馬怪人コサック・ダンサー」




-1-




 有り得ないはずの存在が、目の前で俺を見上げている。

 ある日突然ヒーローにされているような、こんな状況に至って有り得ないもクソもないんだが、それくらい混乱していた。

 落ち着くんだ、穴熊英雄。無敵のヒーローならどんなピンチでも切り抜けられるはずだ。


 まずは状況把握だ。極限まで加速した思考回路で思案する。これは一体どういう状況なのか。

 この部屋はヒーローの拠点になった際に、外部からの干渉を受けないよう設定された。一部干渉を許しているのは、母親対策としてドアを挟んでの音のやり取りのみ。それも内部からはノック音だけという超限定的な仕様である。ドアが開かないのは俺自身が試した事で、そのせいでえらい目に遭ったのだから間違えようもない。もちろんあんな切羽詰まった状況だけでなく、その後にも色々試した上での結論だ。

 現在、ドアは石か何かでできているかの如くノブすら回らず、マスカレイドのパワーでも破壊不可能。その他の壁だって同様だ。試してはいないが、この分なら床や天井も同じだろう。というよりも、あんな巨大な自販機が設置できている時点で、床の強度がそのままのはずがないのだ。抜けるわ。窓もそうだ。手前にはめ込んだ板は取り外せても、窓ガラスはビクともしない。

 だから、ある意味ここは完全に近い密室と化しているのだと思っていた。……思っていたのだが、これはなんだ。

 明日香が現れたクローゼットは元々この部屋に備え付けられていたもので、壁に埋め込まれているタイプのものだ。ここだけ調べていなかったというわけでもなく、当然その奥も破壊不可能である事は確認済みである。


「あ……あの……」

「ちょっと待って、今考えてるから」

「は、はあ……」


 この様子だと、本人も状況を理解していないように思える。

 ……まさか、中に直接転送されて来た? なんのために? グータラで面倒くさがりなあのかみさまがやるとは思えない。上の神々なら面白そうだからという理由でやりかねないし、実際やろうと思えばできるのだろうが、いたずらにしても方向性が違う。

 いや、まさかドッキリなのか。何かの特集でマスカレイドのリアクション芸人化を目論んでいると……いやいやいや、ありそうだけど脈絡なさ過ぎるし意味分かんねーよ。

 情報が足りない。状況が飲み込めないんじゃ対策も立てられない。こうなったら聞くか? 聞いちゃうか?


「……どうやってここに?」

「え、えーと、私の部屋のクローゼットの奥が変な空間に続いてて……中に入ったらここに」

「…………」


 壁を貫通して繋がってる? クローゼットの中で?

 ……やべえ、コレかみさまの設定ミスっぽい。


『じゃあ、ノックだけ。ノックだけ伝わるように』

『また面倒な……変なところに影響出そうだけど、やってみるよ』


 ……多分、アレだ。あの時ドアの設定を変更して、変なところに影響出た結果がコレだ。俺は出れないが、外からは入れるという妙な事になっているのだろう。明日香が行き来できるどうかは試してみる必要はあるが、最悪の場合、かみさまに頼んで転送してもらわないと。

 よし、状況が掴めてきたぞ。多分に勘だが、これまでの経験からして多分合ってる。大体全部こんなノリだったし。


「それでその……ここはどこなんでしょうか?」

「……ん?」


 まさか、気付いてないのか? ここが俺の部屋だと思ってない? ……隣から来たんだよな?

 そういえば明日香は、以前から滅多に俺の部屋へ足を踏み入れようとはしなかった。呼びに来る事はあってもドアの前までで、せいぜい中を見る事くらいしかしていないはずだ。もちろん入った事くらいはあるが、引き籠もり期間を含めたら数年前の話になる。

 窓は板をはめ込んだ上に遮光カーテンで外が見えない。家具の配置にしても最近変えたばかりだ。そしてなにより部屋の主は似ても似つかない銀髪銀タイツのマッチョメンになっている。位置的にクローゼットの先にあるのは俺の部屋でも、変な空間経由という事であれば関係ない場所に転送されたと誤魔化せるかもしれない。

 なら、このまま誤魔化して引き返してもらえば穏便に済ませられるか。……一方通行で物理的に引き返せなかったら、別の案が必要になるが。


「すまないが、ここは私の拠点だ。何かの手違いで空間が繋がってしまったらしい。一般人に正体がバレると困るから、このまま引き返して見なかった事にしてもらえると助かるな」

「は、はあ……拠点」


 いつもよりダンディな声を演出して、お前のお兄ちゃんじゃありませんよアピールをする。

 さりげなく一般人でないアピールをすれば、こんな頭の悪い格好もスルーしてくれるかもしれない。明日香がどの程度見識を持っているかは分からないが、時期的にヒーローだと思い当たる可能性は高いだろう。


「でも、その……さっき私の名前を……」


 なんか聞かれてた。おのれミナミ、変なところで足を引っ張りやがって。

 どうする。しらを切って切れない事はないはずだ。何か別の言葉と聞き間違えたと言い張れる範疇ではあるだろう。

 明日香……あすか……あす……アスホール? それ、昔明日香に言って張り倒された渾名じゃないか。バレるわ。そもそもアスホールって叫ぶ状況が思い当たらねーよ。


「それと……ん?」


 明日香が何かに気付いてしまったのか、部屋の奥に視線が向けられた。

 くそ、わざわざこの巨体で視界をガードしていたというのに、何に気付いたというのだ。背後を振り返ったら疑念を持たれかねない。ここから俺の体に遮られずに確認可能なものといえばなんだ。

 ……やばい、監視カメラ! バッチリ家の中が映ってる。明日香が監視カメラの存在に気付いているかは知らないが、どっちにしてもまずい。


「さ、さあ、もう戻りたまえ。穴は何かの超パワーで塞ぐように言っておくから!」

「……ここ、ウチの馬鹿兄貴の部屋じゃ」


 簡単に見破られてしまった。

 ここから強引に追い出して誤魔化す事はできるだろう。紳士としてはアレだが、マスカレイドのパワーなら持ち上げて放り投げてしまえばいい。


「……ウチの兄はどこですか?」


 正体はバレていない。当たり前だ。こんな変化に気付けるはずがない。明日香にしてみれば、引き籠もりの兄の部屋に居座る変なマッチョメンという認識でしかないだろう。

 しかし、こいつは疑念を持った。ここが俺の部屋だと確信を持ってしまったのだから、穴を塞いでも何らかの形で探り始めるだろう。

 親に相談する可能性は100%。業者を呼んで壁を破壊しようとし始めるかもしれない。どうやったって破壊はできないが、最低でも、壊れないドアという情報が拡散してしまうのは避けられない。それだけでどうこうなるとは思えないが、わずかでもリスクは避けたい。

 ダメだ。もう境界線は超えている。それこそ、さっきミナミに言った事と同じだ。下手に嗅ぎ回られてわずかでも情報が流出するのなら、事情を話してこちら側に引き込むべきだ。別に、バレる事自体はそう問題ではないのだから。


「あー、いきなりだがギブアップ。どう考えても誤魔化すのは悪手だ」


 今ならまだ強引に誤魔化せない事はないだろうが、その場合のデメリットがでか過ぎる。


「え……と、どういう意味ですか?」

「別に信じなくてもいいんだが、俺が穴熊英雄だ。お前の兄ちゃん本人」

「…………は?」




-2-




「とりあえず、なんか飲むか? あんま種類ないけど。ちなみにオススメは水」


 冗談ではなく、今現在のマイブームは水だ。ジュースやアルコール類に比べて登録料が安価な上に、世界各地のおいしい天然水がラインナップされている。飲み比べてみると意外と特徴があって面白いのだ。一般人だと、ものによっては腹を壊すかもしれないが。


「いやその……え?」

「ちゃんと順を追って説明してやるから、どっか座れ」

「あ、はい」


 いきなり態度が変わったマッチョメンに困惑しているのか、明日香は素直に従った。

 リクエストはないようなので、そこら辺でも売っている紅茶を出す事にする。


「……その、ウチの兄はあなたみたいに大きくないんですが」

「実は鍛えたんだ。今なら素手でビルを粉砕できる」


 鍛えたところで背は伸びないし、ビルも粉砕できないが。


「ウチの兄は日本人なんですけど」

「整形したんだ。銀髪とかいるはずないのに、アメリカ人って言われるんだぜ。超クールだろ」


 声や骨格まで変わってるけどな。


「ウチの馬鹿がセンスないのは知ってますけど、それにしたってそんなタイツは着ないと思うんですが」

「それは同感だ」


 ダサいとは常々思っている。


「……どうしよう、すごく本物っぽい。顔も声も違うのに」


 この会話で分かってしまうのか。さすが妹だな。


「実は兄ちゃん、数ヶ月前からヒーロー始めたんや。今テレビでもやってるナウでヤングなアレや。知っとるかな。ほら、最近東京にもごっついのが降って来たやろ」

「知ってるけど……というか、あの時東京にいたし」

「……マジで?」


 関西人のノリと勢いで押し切ろうと思ったのだが、驚愕の新事実が判明した。

 え、という事はアレが落ちてたら明日香死んでたかもしれないって事? ……ゾっとする話だな、おい。


「なんでそんなピンポイントで怪人の目標地点に遭遇してんだよ。漫画の主人公か何かか」

「いや、ヒーローやってる人に言われたくないんだけど」


 ……それもそうだな。


「母ちゃんが叫んでた、親父が入院したってのも関係あるのか? 被害は出してないはずなんだが」

「アレは私が東京にいたから卒倒したってだけ」


 元々行く気はなかったしそもそもここから出られないのだが、お見舞いの必要性自体が皆無だった。

 ウチの父親は相変わらずのようだ。家族の中で一番肝が細い。


「……じゃあまさか、あの時の銀の光は」

「光? ……ああ、多分それ俺。直前まで阿蘇山にいたんだけど、なんとか間に合ったんだ」


 時間的には多少余裕はあったのでギリギリというほどではなかったのだが、問題は数だった。

 東京に三体といっても全部が固まって落ちてきたわけではなく範囲内でバラけていたから、三箇所を行き来して間に合うかどうかというと微妙。加速し切った< マスカレイド・ミラージュ >をこの距離間で上手く方向転換して捌き切れるという自信もない。なので《 影分身 》で< マスカレイド・ミラージュ >ごと分身して、そのまま突っ込んだのだ。< マスカレイド・ミラージュ >は武装扱いだから《 影分身 》に含める事は可能だと知っていたが、問題は制御で、ミナミが外部制御してくれなければスカっていた可能性もある。結果だけ見れば圧勝でも、意外と薄氷の上での勝利だったと言えるだろう。

 ……妹よ、なんで顔を覆うねん。


「知らなかったとはいえ、命助けたんだから少しくらい感謝しろよ。兄ちゃん、結構頑張ったんだぞ」

「……そりゃそうなんだろうだけど……何この……何?」


 知らんがな。


「まさか、これまで出現した怪人の時にも近くにいたとかそんな事はないよな」


 こいつがそんなイベント体質とは思わんが、確認せねばなるまい。見られてたら恥ずかしいシーンも多いし。


「ないと思うけど……そんなに出てるの? 日本じゃあの爆弾が最初だって聞いたんだけど、アレからニュースもないし」

「日本でもアレが初めてってわけじゃないし、アレからも出てる」


 件数としては少ないから単に捕捉できていないだけだろうが、確かに日本の出現報告はニュースでは放送されてないな。海外ではそこそこあるんだが。


「日本だとアレの前に四体、アレのあとに十二体出現した。爆弾怪人と合わせれば二十一体だな。世界規模で見るならもっとたくさん出てる。……そこに地球儀があるだろ? それの光ってる場所に今現在怪人が出現してる」

「……今現在?」

「今現在。リアルタイムで」

「……光ってる場所、たくさんあるよ。インドと……国名分からないけどアフリカに二つ。……あ、今光ったのはロシアかな」


 アフリカは俺も良く分からん。地球儀に国名や地名も書いてないしな。あと、そこはロシアじゃなくウクライナだ。


「そんな風にいっぱい怪人が出現してるって事だな。いつもどこかが光ってる」

「……放っておいていいの?」

「現地のヒーローがなんとかするだろうし、なんとかしなくても消える。俺の担当は日本だから、海外に行く事はあんまりない。勝手に行くと怒られるかもしれないし」

「そ、そうなんだ」


 マスカレイドさんの実力を知っていて尚文句を言う奴は少ないだろうし、実はフィリピンとかエジプトに行ったりしてるが、そこら辺を説明する必要はないだろう。


「……つまり、ミナミさんが言ってたのは大体合ってるんだ」

「ミナミ?」


 なんか、とても聞き覚えのある名前である。まさか、ご本人って事は……ないな。


「あ……と、東京に行った時に知り合った人で、ちょうど怪人について調べてたの。マンハッタンの通り魔とか」


 ……ゴースト・リッパーか。

 エセニンジャさんが倒した怪人だ。あの時は悪役らしい悪役だなとしか感じなかったが、調べてみると結構な大事件として扱われていた。表でも有名な事件故か動画も結構な数がアップロードされているから、調べる取っ掛かりにはし易いだろう。

 つまり、それを討伐したエセニンジャさんの知名度は高い。なのでそろそろ、誰かエセに突っ込んであげて欲しい。

 爆弾怪人以前で怪人の代表例として扱われるのは、大抵がこれかホワイトハウス襲撃事件だ。どちらもアメリカである。アメリカに問題があるというわけではなく、単に広くてニュースになりやすいというだけだろうが。


「何か分かったら連絡するって話になってるんだけど、黙ってたほうがいいよね?」


 そりゃ、本来なら黙ってて欲しいんだが。


「……ちなみに、その子のフルネームは?」

「南奈美」

「……ミナミミナミ?」

「ミが多い」

「ミナミミミナミミ?」

「増えてるし。南さんちの奈美さんでミナミナミ。新聞紙みたいって言うとすごく嫌そうな顔するの」

「新聞紙って……」


 ……間違いない。それ、ミナミの妹だ。姉妹揃って変な名前である。……ミナミ"ナミ"だから妹ミナミなのか。この分だと、お姉さんも変な名前なんだろうか。


「……その子については別件で対処中だから保留で」

「知ってるの?」

「知り合いの知り合い……かな。多分、お前が連絡するまでもなく色々知る事になると思う。そのあとだったら、お互いの情報補完程度ならやり取りしても問題はない」

「そうなんだ」


 世間って狭いな。ミナミに同感だわ。


「それ以外は基本オフレコで。ここにヒーローがいるって事はあんまり言いふらすなよ。母ちゃんとかにも」

「正体がバレると何かペナルティがあるとか」

「んなものはない。……ないが、色々面倒な事になるからな。こんなアクシデントがなければ、お前にだって説明する予定はなかった」

「うん……そうだね。その格好のままだとちょっとまずいかも。……その変身は解けないの?」

「変身じゃねーよ」


 変身だったらどれだけ良かったか。このベルトだって別に変身用ではないし。


「諸事情で戻れなくなってんだよ。戻るつもりではいるが、まだまだヒーローポイントが足りない」

「戻れはするんだね。……ポイント?」

「怪人倒すとポイントもらえるんだよ。それで色々買える。日用品やそこにある自販機とか、トイレとか」

「……トイレ?」

「この部屋から出られなくなったんで、押入れをトイレにしたんだよ。引き戸だが、中は最新式のトイレだぞ。良く分からない仕組みで排水もバッチリだ」


 そのせいで大変な事になってしまったんだぞ。俺も怪人も。


「……最近二階のトイレを使ってる様子なかったと思ったら、そういう事なの」


 そりゃ使ってないのは気付くか。二階のトイレ使ってたの、俺と明日香だけだし。俺が使ったあとは大体便座上がってるから、女なら気付きそうだ。


「でも押入れがトイレって……」


 ペットボトルよりは遥かに文明的だと思うのだが……。それがなかなか理解してもらえない事は分かる。


「謎の超科学で動いてるからなかなか便利なんだぞ。紙は自動で補充されるし、掃除しなくても勝手に綺麗になるし、出口が襖でも匂い残らないし……」


 と、その時だった。室内に怪人出現のアラームが鳴り響き始める。




-3-




「な、ななな、何この音?」


 少し落ち着いてきたかに見えた明日香は大混乱だ。ちょうどトイレの話をしていた関係もあって、まるでキキール戦の時の俺を見ているようである。


「あー、出撃要請だ。……今月はもう出ないって話だったんだがな」


 運営側から言った事なんだからちゃんと守って欲しい。実は罠でしたってなると、情報の信頼性がなくなってしまう。

 テレビに映っている怪人は騎馬怪人コサック・ダンサー。出現位置は……ウクライナだ。


「ああ、支援要請か。さっき光ったウクライナの怪人だな」

「……怪人? 馬だけど」

「……まあ、怪馬って呼んでもいいかもしれないが、こいつら必ずしも人型ってわけじゃないらしいしな」


 明日香の言うように、プロフィールに映っているのは馬だった。コサックは騎馬民族であって馬そのものではないはずなのだが、上に乗っている人はいないらしい。

 馬の被り物とか、頭部分だけが馬というわけでもない。上半身しか映ってないが、プロフィールの写真を見る限りでは完全な馬だ。


「行かなくていいの?」

「基本的に海外の話だしな。この支援要請だって多分自動的に発信してるもので……ちょっと待ってろ」


 ミナミがいれば一瞬で詳細がもらえるのだが、今は俺一人だ。PCを開き、ヒーローネットに繋いで現在出現中の怪人情報を検索する。UI自体はインターネット上で慣れ親しんだものだから、そう苦労する事もなく目的の情報が見つかった。


「……ウクライナのヒーローが重傷を負って、緊急処置で撤退したらしい」


 緊急処置にしても戦闘中に撤退する方法があるというのが意外だが、俺が知らないだけでそういう手段もあるのだろう。

 ひょっとしたら単に戦闘区域から逃げ出したってだけの話なのかもしれないが、それだと緊急処置とか書かないだろうし。


「そいつは担当区域のエースらしいから、他のヒーローが尻込みしてる内に支援要請の範囲が広がったって事か。日本まで結構離れてるんだが、随分放置されてるんだな」

「あの……そのパソコン、何も映ってないんだけど」

「これは一般人には見えない仕様だ」


 後ろから覗かれると落ち着かないからやめてくれ。


「怪人ランクはBだが、多分戦闘力が高いタイプなんだろう。こんなナリでもそこそこは強いんだろ。周りの担当ヒーローが尻込みするくらいには」


 見た目は二足歩行する馬でそこまで強そうには見えないが、俺の感覚は当てにならないだろう。現状どれだけ戦闘力特化だろうが、マスカレイドの相手になるとは思えない。怖いのはどちらかと言えば特殊な能力を持ってたり、周りの被害拡大を優先するタイプだ。ド・エームとか。


「すごい筋肉だしね……あ、消えた」


 と話している内に支援出撃要請が解除されたのか、テレビのプロフィール表示が消えた。


「モルドバのヒーローが出撃したっぽい」

「モルドバ? ……国?」


 どうやら女子中……高校生はモルドバを知らないらしい。……地図でも見なきゃ分からないよな。

 隣のルーマニアだったら某串刺し公さんが有名だが、モルドバは俺もパッとは特徴が出てこない。パッとじゃなくても思いつかないかもしれない。創作でも扱われる事はまずないし。まさか、今回も目立とうとして支援出動を……いやいや、それは穿ち過ぎだろう。


 出撃後の映像は見れないが、記録としてはそれから十分後に騎馬怪人コサック・ダンサーは討伐された。時間制限ギリギリだ。

 ウクライナのヒーローがどうなったかは分からないが、死亡記録に載っていない事から死んでないという事だけは分かる。ミナミなら詳しく調べられる権限を持っているのかもしれないが、俺が分かるのはこれくらいだ。あまり興味もないし。


「とまあ、そんな感じでニュースにならなくても、世界中のそこらで怪人は出現してる。今回は馬だったが」


 今回も出現位置が穀倉地帯のド真ん中だから目撃者がいたかどうかは怪しいだろう。衛星写真でその場所を見れば戦闘跡は残っているかもしれない。


「う、うん」

「結論として言いたい事はだな、あまり怪人やヒーローに関わるなって事だ。偶然とか事故で遭遇してしまうのならともかく、自分から首を突っ込むような真似はやめておけ。ニュースとか以外で詳しく調べるのもできれば避けて欲しい」

「危ないから?」

「ああ。怪人は平然と殺しに来るし、下手に情報を持っていると知られれば人間社会だって敵みたいなもんだ。どうなるかは少し考えれば予想がつくだろ?」

「……うん、分かった」


 最近は良く知らないが、こいつは頭の出来は良かったはずだから考えれば俺と似たような結論に至るだろう。子供の時に会った……名前忘れたが、鼻垂らして『あぃ~~』とか言ってたこいつの友達だと分からんが。


「そういえば進学したんだろ? どこの高校よ。実は俺の後輩だったりする?」

「違うとこ。えーと、隣街の女子校で……」


 明日香は終始慣れない様子だったが、結局ドア向こうから母親の声が聞こえるまで話をしていった。

 同じ家、しかも隣の部屋に住んでいるのに久しぶりに会った親戚のような会話なのはアレだが、社会から逸脱した孤高の引き籠もりならそういう事もあるだろう。




 結局クローゼットの通路は一方通行ではなく、行き来が可能だと分かった。ときどき様子を見にこちらへやって来るつもりらしい。

 通れるのがあいつだけかどうかは分からないが、少なくとも俺は通れない。……バレないようにするとは言っていたからあいつ以外が通る事はまずないが、可能性があるとしたらミナミの妹あたりだろうか。あんまりここに人を入れたくないんだがな。




-4-




『はー、そんな事になってたんですか』


 結局、ミナミが復帰したのは翌々日の夜だった。学校の手続き絡みで少し揉めて、再度の延長となったらしい。これで予備の外出券は三枚のはずだ。


「穴も塞げてないんだよな。かみさまに言っても上手く直せるか自信がないみたいだし」

『妹さんがバラさなければ大した問題にはならなそうですけどね。本人は事情知ったわけですし』


 あのクローゼットの穴の事をかみさまに伝えたところ、返って来た反応は予想通りのものだった。

 あとから設定を微調整したせいで発生した歪み……言ってみればバグのようなもので、設定者本人にも良く分かっていない現象らしい。

 元請けと営業の都合で何度も仕様変更されたプログラムのようなものだ。

 これを修正するには再度かみさまのポイントが必要になる上、また別なところに問題が発生する可能性もあるという。なら、このままにしておいたほうが無難だろうという結論に達した。明日香にはなんとか説明が付いているわけだから、不測の事態は発生し難いだろう。


「お前のほうはどうよ」

『学校のほうはとりあえず休学扱いのままで。この生活が長引くようなら、偽装留学して海外で卒業した経歴をでっち上げます』


 お前なら何の問題もなくやりそうだな。


『家出と一人暮らしに関しては怒られはしましたが、どうしようもなさそうだというのは分かってくれたのでとりあえずは解決です』

「実際どうしようもないしな」


 納得できるかどうかは別にして。外出券が切れたら強制帰還になるだろうし。


『妹にはある程度事情を話したんですが、結果として怪人側だったり黒幕だったりしなければいいと』

「その割り切り方は家族としてどうなんだ?」


 心配する焦点が違うだろう。ヒーローと違ってオペレーターは危ない仕事じゃないが、それでも心配になるもんじゃないだろうか。


『まー、変な子ですからね。大人しいというか物分りがいいというか冷めているというか、どれも違うような気もしますが。……クールビューティ?』

「お前の妹でクールとか言われても」


 初登場の時は意図してやってたみたいだが、そうでなくとも普段から煩いし。女三人寄らなくても一人で十分姦しい。

 大体、お前より変な子はそうそういないと思うぞ。サイバーテロリスト。


『いやいやいや、ウチの妹ミナミは本当にそんな感じなんですって。あ、妹さんなら知ってますから聞いてみるといいですよ』

「あいつから聞いたのは、新聞紙って言うと機嫌が悪くなるって事くらいだな。両親は何を思ってそんな名前付けてるんだよ」

『あー、名前だけなら普通なんですけどね。姉みたいに結婚して名字変われば普通です』


 それは、名字変わる前は普通じゃなかったって言ってるようなもんなんだが。


『そういえば、妹さん来る時は通信切ったほうがいいですかね? 来るにしてもあんまり頻繁じゃなそうですけど』


 むしろ、妹関係なく通信は減らしたい。別にミナミと話すのが苦というわけではないが、四六時中通信してる今の状況はプライベートの確保すら困難だ。しかし、こいつをフリーにするのは怖いという事情もある。暇なのでどこかの企業崩壊させましたとか事後報告受けたら、自責の念で潰されそうだ。いや、俺の責任でもなんでもない事は分かっているのだが。


「宙空ウインドウのほうなら見えないっぽいから、隠し事とか報告関連ならそっちで」

『あれ、そうなんですか? ヒーローネットみたいに?』

「それと同じで一般人には見えないようになってるっぽい。銀行の時、長谷川さんも見えてなかった感じだったし」


 テレビに映った怪人プロフィールなんかは見えていたから全部が全部ってわけじゃないが、特殊なものは一般人には見えてないと思ったほうがいいだろう。よくよく考えてみたら俺と違ってミナミは素顔なわけだし、そのまま見えていたら問題も多そうだ。代わりに、俺が独り言を話しているような光景になってしまうデメリットもあるが。


「まあ、ウチの妹に関しては気にしなくていい。この部屋で話すにしても、俺の悪口合戦とか始めなければいいし」


 まったく関係ないところで陰口叩かれるよりはいい。でも、恥ずかしい話題は勘弁な。


『やだなー、むしろ褒めちゃいますよ。これまでの怪人戦で見せてきた数々の勇姿を解説してあげたいほどです。なんなら名場面集を動画にまとめて……』

「やめて!」


 過去の怪人戦を振り返ってもロクな場面がない。勇姿どころか痴態か残虐シーンばっかりだ。そもそも悪役にしか見えない気もする。

 ミナミの場合本気で言っている可能性があるから怖いが、その感覚は間違いなく一般人とはかけ離れてるからな。大抵の奴はキキール戦の時点でドン引きだ。多分、俺が見てもドン引きだ。以降の怪人戦で手加減してしまうかもしれない。


『そういえば動画とはまた違うんですが、妙な告知が来てましたね。ヒーローネットにも書いてありましたけど、見ました?』

「……いや、見てない」


 またどうせロクでもない話だろうが。


『なんかヒーローごとにOP/EDを作ろうっていうプロジェクトが始まったとか。……特撮的なアレですかね?』


 ……どこで使うんだよ、そんなもん。



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