第一話「卑劣!マスカレイド包囲作戦」
-前回までのあらすじ-
世界を恐怖に陥れた爆弾怪人の轢き逃げ事件から一ヶ月、マスカレイドの前に強盗怪人ヘルが立ちはだかった!
人間を洗脳し強盗事件を引き起こす能力を持つヘルに対し、かつてない苦戦を強いられるマスカレイド!
しかし市民の味方であるマスカレイドは、善意の銀行職員の力を借りて危機を脱出! 見事、強盗怪人ヘルを便所流しにするのであったっ!!
「クククッ! 知っていて尚この卑劣な罠にかかりに来るとは」
しかし、帰還した彼を待ち構えていたのは新たなる怪人の魔の手だった。
それは十人のA級怪人が待ち受ける死地。人気のない廃工場で繰り広げられるあまりにも非道な数の暴力の前に、マスカレイドの正義の心が燃え上がる!!
「如何に規格外のヒーローである貴様と言えど、十人のA級怪人による波状攻撃には耐えられまい!」
しかし、マスカレイドは諦めない。人類のため、正義のため、その身を奮い立たせ卑劣なる怪人THEマーに挑むのだっ!!
「このままジワジワと嬲り殺してくれ……って、えっ、ちょっ! そのバイクは反そ……」
頑張れ、卑劣怪人THEマー! 負けるな、卑劣怪人THEマー! 車裂きで胴体を真っ二つにされても諦めるな、卑劣怪人THEマー!
怪人たちの未来は、君の卑劣な罠にかかっているっ!!
「グエエエエッッ!!」
-1-
「お疲れっしたー」
『お疲れ様です』
包囲戦を仕掛けてきた卑劣怪人THEマーとの決闘を潜り抜け、自室へ帰還する。正確にいうとかみさまのガレージ経由での帰還だ。
乗り回すのは楽しいし、強いからいいのだが、< マスカレイド・ミラージュ >を使うのは少し面倒である。
「前もって時間指定してくれると助かるな、ほんと」
ついでに言うと、緊急出動の場合はそのタイムラグすら惜しい場合もある。その点、今回のように事前準備ができると一切のリスクなしに搭乗しての出撃が可能だ。
怪人から指定を受けての決闘は今回で二度目だが、通常の出動と違い相手側から指定された日時・場所で固定されている分楽である。加虐怪人ド・エースの頃は最初だったから良く分かっていなかったが、どうせなら全部これでもいいくらいだ。
『本来は怪人側に有利なシステムなんですけどね』
「……まあ、そうだよな」
何しろ、相手から指名を受けての挑戦だ。ヒーロー側には出撃するかどうかの選択肢があるとしても、相手は必勝の体制を整えてくる。無差別に暴れる事ができない分有利な場所を選ぶ事ができ、先に出現しているので奇襲も可能、罠だって用意できるかもしれない。その上、今回のように手下を連れてくる事もできるとなれば、並の実力差では打開困難だろう。
並の実力差でないマスカレイドさん相手では無謀極まる話ではあるが。
あの爆弾怪人以降久しぶりの出動となった強盗怪人戦の直後、俺……というか残虐ヒーローことマスカレイドさんに一通の手紙が届いた。電子メールでもミナミを通しての連絡でもなく、紙の果たし状が突然空中に転送されて来たのだ。
今更その手の超常現象に驚きはしないのだが、送られて来た手紙が何の意図かピンクの便箋であったために困惑。
中身を読んで理解はしたが、こういうものをピンクの便箋で送りつけてくるのはやめて欲しい。ラブレターかと思ってビビってしまったではないか。ちょっとドキドキしながらハートの封を開けて、中身が新聞の切り抜きを使用したと思われる果たし状だった時の落胆たるや、いますぐ飛んでいって絞め殺してやりたくなるほどだ。いや、実際こんな方法でラブレターが送られてきてもビビるわけだが。
果たし状というからにはやはり差出人は怪人で、内容もマスカレイドに対して決闘を申し込むというものだ。
この決闘という言葉を聞いて、潔い正々堂々とした怪人だなと思う人もいるかもしれない。しかし、内容はA級怪人十体引き連れていって囲んでやるという、違う意味で堂々としたリンチ宣言だったのだ。さすが卑劣怪人。これは卑怯な罠だとわざわざアピールしてくれているのである。
十体で囲めばなんとかなるかもしれないという思惑なのか、それともそうやって脅せば俺がビビって不戦勝に持ち込めると思ったのか……。
『決闘場は廃工場なので周囲の被害は気にする必要はありません。来なくてもこの人数差で貴方をビビりという人はいないでしょう。怪人やヒーローへの影響・風評などを良く考えた上で出撃を検討される事を切に願います』
という本文に比べ異様に丁寧になった追伸を見る限り、おそらくは後者なのだろう。十人いればなんとかなるかもしれないという考えもあるのだろうが、文面には頼むから来ないでくれという切実な思いが込められていたように感じた。
まあ、当たり前のように出撃して、真っ先に差出人から撃破してみたわけだが。ザマァ。
『今回の出動で四月、および年度別の怪人討伐ランキングの一位になりました。おめでとうございます』
「そりゃ一度にあれだけ倒せばそうだろうよ」
しかも、特例である爆弾怪人のS級を除けば、最高ランクのA級を十一体だ。
あ、この十一というのは前回出動した強盗怪人を含んでの数ではなく、例の果たし状の差出人を含めた数である。あいつ、十人で囲むとか言いつつ自分は人数に含んでいないのだ。
高見の見物を決め込むつもりだったのか、他の連中を生贄に自分は関係ないと言い張るつもりだったのか、そういう思惑が透けて見える話である。ちなみにトイレに流れていった強盗怪人ヘルはB級だった。
『一度の出撃での同時討伐数や歴代の月間討伐数でもぶっちぎりです。これ、誰か抜ける記録なんですかね?』
「さあ?」
今回の包囲作戦のような状況にでもならない限り、狙う事も難しいんじゃないだろうか。
まあ、システム上不可能な記録ではないから塗り替えられる可能性はあるだろう。今のところそれができそうなのは、マスカレイドっていうヒーローくらいだけど。
「記録はどうでもいいが、ボーナスは助かる。< マスカレイド・ミラージュ >のローン返せるかな」
『ボーナスの額にもよりますが、爆弾怪人のものと合わせれば届きそうですね。ただ支払いが翌月になっただけで、普通の買い物でした』
どうやらローン地獄に陥る事はなさそうである。
ぶっちゃけ、怪人よりもローンという言葉の響きのほうが怖い。世のお父さんたちは良く何十年ものローンを組んで家や車を購入するな。理解でき……なくもないが。
「討伐数が増える事自体はいいんだが、これ上限が決まってたりしないもんかな。際限なく投入されると、色々面倒なんだが」
いくらマスカレイドが強いからといって、こちらは一人である。今回のように一度に出てきてくれるならまだしも、五月雨式に投入されて寝る時間も取れないんじゃ、不機嫌になって手当たり次第怪人を殺してしまうかもしれない。
怪人がどのようにして生まれるかは知らないが、少なくとも評価試験に使われた訓練戦闘員イーはあっという間に補充されたのだから、有り得ない話ではない。あれが例外なのかもしれないが、もし同じように増えるのなら、地球上が怪人で溢れ返るだろう。
『ピンチヒッターのいないぼっちヒーローですからね。分かります』
「ぼっち言うな」
何も望んで孤高のヒーローやっているわけではない。俺が一人なのは神様の説明不足と、成り行きによるものが大きいのだ。……あとわずかながらも自業自得。
『ちなみに上限は無制限らしいですねー。今のところ、上限変更や制限が加えられる様子はありません。普通は複数人で担当したり、近い国同士でチーム組んだりするので問題にはならないんでしょう』
「さよけ」
今回の決闘のように指名を受けるなら別だが、一つの担当区画に怪人が出現するのは一、二週間に一回程度だ。それなら三人くらいいれば社会人のヒーローでも回せる範囲だし、深夜の時間帯なども上手くローテーションを組めば対応できなくもない。しかし、どうしたってリアルの生活に影響は出るだろう。
「一人で全部担当できるのは、無職の引き籠もりだけだな」
怪人が出現したという情報が分かっても、現場へ直行できるのは転送装置のある拠点だけだ。俺の場合、この部屋と神様ルームのガレージから出動できるが、どちらにしてもこの部屋にいる必要がある。つまり常に部屋で待機している引き籠もりヒーローは最強という事である。
……俺としては引き籠もり上等なのだが、それがマイノリティである事くらいは自覚しているぞ。
また、時間の問題だけでなく、体力や怪我の問題もある。治療可能だとしても、大怪我をした場合の精神的負荷は大きいはずだ。
みんながみんなマスカレイドのように強いわけじゃないのは爆弾怪人の時にあきらかになっている。彼らは極当たり前のように傷付き、それでも立ち上がって勝利を勝ち取っていたのだ。その姿はまさしくヒーローである。
『そんなマスカレイドさんに朗報です。なんと本日< マスカレイド安全基準法 >が制定されて、日本への怪人出現に制限がかかりました。具体的にはマスカレイドさんの国内月間討伐数が十体を超えた場合、以降その月は日本で怪人を出現させないというものです』
「なんで個人で指定されてんだよ」
いや、ありがたいんだが納得がいかない。あきらかに避けられているとしか思えないルールだ。
「広い担当区域なら十体くらい倒す事もあるだろ。なんで日本限定よ」
『本当の意味で怖いのはマスカレイドさんだけって事でしょうねー。神様権限による情報からすれば、どうも怪人からの要望らしいんで』
「どんだけ怖がられてるねん」
過去の怪人との戦闘を振り返ってみれば、ビビるのは分からないでもないが。ぶっちゃけ俺が怪人でもマスカレイドさんと戦うのは嫌だ。絶対にろくな死に方にならない。
神様権限で見る裏事情を知らなければ、このルールも個人を贔屓しているように見えるんだろうか。いや、俺や日本にとってプラスである事は確かなのだが。
「じゃあ、明日から一週間は完全にオフって事か」
四月も後半だ。世間ではそろそろゴールデンウィークである。
まさか引き籠もりの俺に、まさか世間様に合わせて長期休暇が訪れるなど思いもよらなかった。元々年中休みのはずなのに。
『そーですねー。爆弾怪人の時のような世界規模や地域規模イベントはその限りではないらしいですが、それでも事前告知はありますし。支援要請などでマスカレイドさんが他国の怪人を討伐しに行くのも自由ですよ』
俺が能動的に活動する分については制限は関係ないって事か。ローンが残りそうなら出稼ぎも考えていたが、必要なさそうだし、多分やらないだろうな。
まあ、久しぶりに出動要請に気を張らずに過ごせるというわけだ。……なるほど。このメリハリが社会人という事なのか。
-2-
『あと、マスカレイドさんのヒーローランク昇格の手続きが終わりました』
「ようやくか。長かったな」
『昇格条件は被虐怪人ド・エームを倒した時点で満たしてたんですけどね』
出動すらしてないのに条件を満たしてしまうとは、奇妙な事もあったものである。だいたい、善意のサラリーマンさんのおかげだ。
「ランクとは全然関係ないが、ド・エームの自爆に巻き込まれたサラリーマンさんが無事かどうかって確認できる?」
『無事ですよ。もう退院もしましたし、復職もしてます』
「調べてたのか」
『そりゃもう。マスカレイドさんが気にするかもしれないと、オペレーターに配属された直後には』
それは良かった。言ってみればあのサラリーマンさんは日本で初の怪人討伐者であり、犠牲者だからな。あんな善意の行動で死んだり仕事を退職する羽目になったら目も当てられない。
『ちなみに最近も仙台のSM倶楽部に出入りするところを確認しています』
「……無事ならいいんだ」
ドMになったとしても、決して彼の勇敢を忘れたりはしない。……いや、ひょっとしたら以前から通ってたのかもしれないし。
「そ、それで、ヒーローランクが上がると何ができるんだ?」
『お気に入りのS嬢はマチルダさんという源氏名の人で……』
「やめてっ!?」
せっかく話を逸らそうとしたのに、罪悪感で俺の心が削れてしまう。
くそ、あの時ノータイムで出撃していれば良かったとでもいうのか。あの時は知らなかったが、スーツもポイントもないから全裸出動だぞ。少ないとはいえ、人通りのある場所で全裸のマッチョが突然現れたら大惨事だ。その上、その全裸マッチョが謎のドMと戦い出したら絵ヅラ的に汚いなんてもんじゃない。つまり、これは社会風紀と通行人の心に被害を与えないための仕方のない被害なのである。
……よし、理由付け終わり。勝手に自滅したくせに、死したあとも俺を苦しめるとは、なんて恐ろしい奴なんだ。
「ある意味真のヒーローたる彼の事はもういい。ここは大人になって、事務報告をお願いしたい」
『はーい』
しかし、こいつは調べようと思えばそんな事まで調べられるのか。現地に行ったわけでもなく探偵を雇ったわけでもなく、ネットワークごしにそんな個人情報まで仕入れたって事になる。……オペレーターや移譲された神様権限を使っての結果なら分からなくもないが、素の能力のような気がするのは俺の思い込みだろうか。
『ヒーローランク昇格に伴う分かり易いメリットはカタログですね。以前話してた汎用的なスキルや能力が買えるようになります』
「ああ、もう覚えてるが《 影分身 》とかな」
『はい。カタログの商品同様拠点に転送されてくるそうなので、あとで受け取って下さい』
その他、< 転移収納ポーチ >とかもこのカタログだと聞いている。《 マスカレイド・縦裂きチョップ 》のような尖った必殺技ではない、汎用的で使い易いものが揃っているのだろう。一般品のラインナップも増えるらしいから、カタログを見ているだけで休日が潰れてしまうかもしれない。そして物欲に囚われるのだ。
『次に、ヒーローネットが使用可能になります。これについてはもう制限解除されていて使えるかと』
「といっても、ヒーローネットがなんなのかも良く分からんし、使い方も分からん」
『ようはヒーローやオペレーター用のインターネットです。パソコンからブラウザ開けば利用できますよ』
言われてPCを開いて見れば、ブラウザのホーム画面が変更されていた。
どうやら専用のブラウザがあるわけではなく、独自プロトコルでURLを指定すればアクセスできるらしい。ただ、アクセスしても権限を持っていなければ視界に映らず、操作もできないそうだ。謎の隠蔽技術だが、神様のやる事に疑問を持ってもキリがないだろう。
できる事は通常のインターネットと大差なく、ホームページ閲覧が主な用途になる。イベント告知、ヒーローや怪人の情報閲覧、ランキングの確認、掲示板やチャットなどもある。
公開されている動画もブラウザ上で見る事ができる。レイアウトが有名動画サイトとほぼ同一なのは気になるが、使い易いからいいだろう。
通販も可能だ。内容は現在利用可能なカタログと同内容のものだが、検索機能があっていちいちページを開く必要がないのは単純に便利である。
また、ブログを開設しているヒーローもいるらしい。内容は日記程度のものだが、ヒーローの生の声が聞ける貴重な機会だ。
そして、おそらく最も重要な機能が翻訳である。ヒーローネット上であれば、どんな言語でもネイティブ並みの精度で自動翻訳してくれる。翻訳不可能なスラングですら注釈が付けられているので、意思疎通で問題が起きる事はなさそうだ。
英語のサイトを使う時も上手く使うようにしよう。
『あとは、ヒーロー同士でチームを組めるようになりますね。マスカレイドさんには関係なさそうですが』
「うるさいわ」
まったくもってその通りだし誰かとチームを組むつもりもないが、ちゃんと事情あっての事である。
「で、次のランクに上がるにはどうすればいいんだ?」
『マスカレイドさんはすでにランク5までの条件を満たしているので、待ってれば自動的にランクが上がっていきます』
「もはやランク分けが意味をなしてないな」
-3-
『そういえば、この一週間で一度実家に顔見せに帰ろうと思ってます』
「ああ、そういえば前に外出チケットもらってたな。何日外出できるんだ?」
『チケットは七日分ありますが、とりあえず二日で。何かあった時のために残しておきたいですし』
「久しぶりに帰るわけだし、もう少しのんびりしてきてもいいんじゃね?」
定期的に連絡入れているとはいえ、高校生の娘がいきなり失踪して一人暮らしを始めたのだから、普通の親なら心配するだろう。
『実を言うと、あんまり帰りたくないんですよね』
「怒られるとか?」
『それは半分諦めてるんですが、妹が色々勘付いてるっぽいんですよ。失踪したタイミングからして、あの爆弾怪人の騒ぎに関わっているに違いないと。むしろ、黒幕と思われている可能性すら』
そんな状況証拠だけで真っ先に姉を疑うのもすごいな。そこまで的外れでもないというのがまた。やはりミナミさんちの遺伝なのだろうか。
『ひっどい妹ですよねー。人の事見て、いやらしい無駄ボディとか言うし』
「いやらしい云々も関係者なのも確かなんだがな」
『冷静に返されるとちょっと恥ずかしいんですが』
怪人はむしろ敵側だが、根っこが同じでもある。言ってみれば盛大なマッチポンプなのだから。
ミナミさんの場合、マジでいやらしい肉体なのでギャグにならないのは困ったものだ。……多分これも遺伝なんだろう。妹さんもナイスバディに違いない。恐るべしミナミ姉妹。
「ある程度説明しちゃえばいいんじゃね? 身バレが怖いから一応隠してるが、下手に嗅ぎ回って政府とか変な団体に目を付けられるよりはいいだろ」
『そろそろ出てきますよね。というか、海外にはもうその手の"ヒーロー支援団体様"がいますし』
俺たちヒーローにとって暴力含む直接の干渉は無駄に近いが、家族の存在は分かり易い弱点になり得る。
元から引き籠もりだった俺と違って、ある日突然失踪した高校生なんて目立つ事は避けられない。ミナミの場合弩級ハッカーである事は隠していたようだし、それだけでどうにかなるとは思えないが、身内が行動を起こせば話は別だ。それならちゃんと説明して大人しくしててもらったほうがいい。
「ミナミも、実は家に引き籠もっているって設定にすれば?」
『あー、それならいざって時は外出券で部屋に転送してもらうって事も……家族には説明必須ですね』
外出券が場所指定して転送するものだとは知らなかったが、それが可能ならとっさの事態にも対応できる。
近所の評判は悪くなるが、オペレーターやってなかったら殺されていた可能性もあるんだから、それよりはマシだろう。
「この状況が長引くようなら、折を見て一人暮らしを始めましたーって事にすればいい」
就職か、転校か、あるいは進学か。海外に留学っていう体なら問題はないし、時々帰省すれば疑問にも思われないだろう。
その場合、転居先の情報を捏造する必要はあるだろうが、ミナミなら普通にできそうだ。なんなら、現時点でさえ仮の顔をいくつも持っている可能性だってある。
『そういえば、これっていつまで続けるんですかね? ずっとなんて事ないですよね?』
「……さあな。ウチのかみさまだって、どうしたら終わりかなんて知らないだろ」
ラスボスであるジョン・ドゥがいつ表に出てくるのかも分からないし、そいつを倒せば終わりという保証もない。というか、終わる気がしない。
『怪人が現れてから今までの期間を考えるなら、近い内に終息するような見込みなんてありませんよね。絶対にもっと……最低でも年単位のスパンで考えられるはず……年間ランキングがあるくらいだし』
最悪は、このまま怪人とヒーローの存在が完全に定着してしまう事だ。それが当たり前になってしまったら、簡単に抜け出せない。
他のヒーローならいざ知らず、マスカレイドの代わりを用意できる気もしない。元の姿に戻るって目標をゴールにすると色々な面で不都合が出て来るだろう。口には出さないが、ミナミだってそれくらいは分かっているはずだ。
まあ、最悪の場合はミナミだけでも足を洗わせるべきだろう。有用な技能持ちとはいえ、マスカレイドに比べたら代替の利く立場だ。終身雇用契約を結んでいるわけでもないだろうし。
「とりあえず今は家族にどう説明するか考えるんだな。誤魔化すにせよはっきり言うにせよ、危害が及ばない方向で」
『気が重いなぁ。ここはなんでもないような体で帰宅して勢いで誤魔化すとか……』
「……ミナミがそれでいいならいいんじゃないか?」
無理だと思うけど。
-4-
というわけで、ミナミが一時的に帰郷してから二日。
結局、同居していない姉を除いて家族にはある程度説明をする事にしたそうだ。妹さんには詳しく説明する必要があったものの、最終的には後押ししてくれたらしい。ただ、説明と納得させるのに苦労したのか、滞在期間は一日延長して明日の帰還となるそうだ。
『それでですねー、ウチの妹ミナミがひどいんですよー。完全に私を黒幕扱いして。東京崩壊してないのは、マスカレイドさんのおかげやっちゅうねんって感じですよねー』
「……あのさ、ミナミさん」
『え、なんですか。やっぱり寂しくなっちゃいました? まったくもう、マスカレイドさんは寂しがり屋さんなんだから』
「いや、俺FPSで無双するのに忙しいからさ。報告は帰って来てからにしない?」
まったくもって寂しいという感情は湧いていない。むしろ、たまにはこんな静かな日が続くのもいいなと改めて感じていたくらいだ。
なのに、たかだか二日帰郷するだけで何故こんな長電話が始まるんだ。明日になれば嫌ってほど話す時間はあるだろうに。俺はヒーローの超反射神経をFPSに使って暴れまくるという崇高な目的があるのだ。今だって、ロビーにはたくさんのキルスコアが並んでいる。
……あと妹ミナミってなんだ。お前の名字『南』なんだから、そりゃ家族みんなミナミだろうが。
『ぶー。なんでですかー。そんな事言うならお土産買って行きませんよ』
「……東京土産ってなんだ」
パッと思いつかない。
ひよこか? それともバナナだろうか? 欲しけりゃカタログで買うわ。地方だろうが海外だろうが、即日ならぬ即時配送だ。大体、ここと東京はそこまで離れてないし、ありがたくもない。
『いやー、せっかくだから私のアルバムでも持っていこうかなーと。ほら、孤高のハッカーは過去を持たないって感じで処分ついでに』
「買ってねーじゃねーか」
それを東京土産と呼ぶには無理があるだろうに。
「……なんかお前、テンションおかしくね?」
『あー、やっぱり分かっちゃいますかね。……なんというか、そんなに時間経ってないのに自分の家って感じがしなくて。今も自分の部屋なのに、なんか落ち着かないんです』
「置かれた状況が状況だからな。それだけ環境の変化が激しかったって事だろ」
地下組織に狙われて家出して、追い詰められたと思ったら何故かヒーローのオペレーターになって、直接対峙してないとはいえ怪人退治のサポートをしている。こんな非日常の極みみたいな生活してたら、そう感じるのかもしれない。より非日常に近いところにいる俺には良く分からんが。
『そういえばそうそう、びっくりしましたよ。世間って狭いですねー。聞いた時はアレって感じだったんですけど、まさかマスカレイドさんの妹さんが…………あ、はーい。じゃ、お風呂入って来るのでまた明日』
「いやおい! 気になるところで切るなっ!! 明日香がなんだって!?」
……切られた。くそ、風呂入ってる間に、いたずらメール大量に送ってやるぞ。
俺が夜なべして加工した歴代怪人さんたちの遺影画像だ。ミナミならこの高度なセンスも理解してくれるに違いない。
「あ痛っ!!」
と、送りつける画像を用意しようとPCに向かったところで、なにやら室内に声と物音がした。
「…………」
……え、誰?
後ろを振り返っても誰もいない。いや、そもそもドア越し以外、この部屋の防音は完璧なはずだ。スピーカーはPCの前で、そもそも何も鳴らしていない。
ならばなんだ。怪奇現象か? まさか、心霊怪人が現れたとかそんなオチじゃないだろうな。
……というか、マジで怖いんだけど。くそ、なんでミナミはこんなタイミングで電話切るんだよ。これも仕込みとか……いやいやいや。
「え、えーと、誰かいますかー?」
反応を期待せずに尋ねてみた。心霊現象なら、まさか返事はないだろう。
しかし、予想に反して反応があった。返事ではなく、何故か普段物置として使っているクローゼットの中から物音がした。
中にしまってあった物が崩れたという可能性もあるが、それにしてはタイミングが良過ぎる。
そしてなにより、マスカレイドの超聴覚がそこに何かいる事を伝えている。……幽霊でないのはいいが、これはこれでどうしよう。
ちょっぴり怖いが、意を決してクローゼットを開ける事にした。……もし中にいるのがミナミだったら、一発死なない程度に小突いてやる。
「誰かいますかー……と」
「…………ど、どうも」
……目が合ってしまった。
中にいたのはミナミでも怪人でもなく、ましてや心霊現象でもない。……銀色の巨人を見上げつつ、困惑したウチの妹だった。
ここ、誰も入れないはずなんだけど、かみさま、一体どういう事なの?
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