第十二話「爆弾怪人グランド・スラム」




-1-




 太平洋上で爆弾……いや、爆弾怪人グランド・スラムが爆発した。

 ただの宣言であり、位置的な条件もあって被害などないに等しいが、その一撃は正しく世界の常識を変えた。

 誤魔化しようのないほど明確で強烈な世界への宣戦布告。いくら人のいない海のど真ん中とはいえ、宣言通りに大爆発が起きたという事実は覆らない。さすがにまずいと思ったのか複数の国で情報規制がかかっているようだが、拡散し切るのは時間の問題だろう。


 怪人は何もない場所から突然出現する。

 それに事前告知まで加われば、むしろ出現しないほうが不自然である。つまり、これから百七体の爆弾怪人が出現する。それは俺たち関係者には分かり切っている事ではあるが、何も知らない市民からしてみれば、現実が引っ繰り返ったような印象を覚えるだろう。

 今日この時を持って常識は非常識によって書き換えられ、突然暴れ出した怪人をヒーローが討伐する世界と変貌したのだ。


『アメリカオレゴン州北部、ブラジル東部、アルジェリア、中央アフリカのブリア、コンゴとルワンダ国境線付近、ドイツのハンブルク、少し遅れて中国山西省、それと南極に一体、大西洋のど真ん中にも一体出現しました』


 一体目の爆弾怪人が爆発した直後、五分も経たない内に報告される怪人の出現。

 幸いというかなんというか日本には出現していないが、結構な数が同時に出現した。ミナミが報告がてら地図を表示してくれるが、知識にない地域がほとんどなため、どれくらい危険な位置かも分からない。特にアフリカは位置関係が複雑で良く分からん。


「……一応聞くが、出現方法は?」

『懸念通り、上空からの降下です。現時点で建物への直撃はありませんが、着弾地点は周囲の構造物を巻き込んで数十メートルのクレーターになってます』


 太平洋の一体目は空中での爆発だったが、それはあくまで合図としての特例らしい。

 ミナミが表示させた現場の映像は、爆撃を受けたような惨状を作り出していた。隕石が落ちて来たようなクレーターと、周囲にあったであろう構造物の残骸。現時点で爆発はしていないはずだが、着弾だけでこの結果である。

 現場の付近では担当と思しきヒーローが、クレーターの中心……地表部に残った怪人の上半身と戦っているのが見える。

 今回のイベントは予め日時指定がされていたから、スケジュールを合わせたヒーローが多いのだろう。担当地区が爆破目標になるかもしれない時間に、仕事や学校へ行くような肝が座った奴はなかなかいないと思う。

 ……やはり兼業ヒーローは大変だな。引き籠もり最高である。


『落下中の迎撃を試みたヒーローはいるものの、降下中の対処にはすべて失敗し着弾させてしまったようです。また、出撃したどの地域も複数人のヒーローで事に当たっているようですね。ぼっちはマスカレイドさんだけかもしれません』

「ぼっち言うな」


 日本担当が俺一人になってしまったのは自業自得だが、狙ってやったわけではないのだ。

 これはこれで気楽ではあるのだが、こうして共闘している場面を見ると少し羨ましいものがある。……いや、俺の場合は仲間いたら出撃しないって事もありそうだから、実はこれで良かったのかもしれない。実際、そういうヒーローもいそうだ。


『また、大西洋と南極に着弾した怪人に対してヒーローは出撃していません。幸い周りには何もないので、爆発時の威力が確認できそうです』

「実際、それ狙いで放置されてるのかもな」


 被害を出さずにもしもの際の被害を推測できる材料だ。現地担当の奴と示し合わせていた可能性はあるだろう。


「それと、爆弾怪人グランド・スラムの情報が公開されました」


 対応状況も気になるが、別のヒーローが担当しているものだ。それよりも俺にとって重要なのは怪人の情報だろう。

 顔写真は珍しく全身像だ。太平洋で爆発した姿が縮小されて掲載されている。


 怪人名:爆弾怪人グランド・スラム。怪人ランク:S。サイズ:不明。重量:不明。能力評価:不明。

 高高度の上空に出現し、その身を落下させて構造物を巻き込んで地表を貫通させる怪人。地中まで貫通する爆弾部分が下半身、地表に残りヒーローを迎撃するのが人型の上半身だ。当然移動はしない。

 能力名は《 カウントダウン・ボマー 》。予め宣言した時間が経過すると、地下に埋没した下半身部分が巨大爆弾として爆発する。爆発までの残時間は上半身の腹部分にあるタイマーで確認可能らしい。確かにかなり目立つ時計が腹に付いている。


「……え、S?」

『はい、このイベントが初になる新ランクです。Aの上って事でしょう』


 そりゃいつか出て来るとは思っていたが、このタイミングか。

 ……いや、脅威度から考えれば、世界全土を危険に晒すこいつが最上位であるのは当然ともいえる。

 だが、このランクが怪人単体のものであるのか、それとも投下される予定である百八体すべてで評価されたものなのかが分からない。

 現場の映像を見れば、戦況は芳しくない。決してヒーローが押されているわけではないが、時間はかかりそうだ。

 ……せめて、全体の評価であって欲しいところだ。全員S判定とかシャレになってないぞ。


「サイズと重量の不明ってのはなんだ?」


 能力が不明なのはまだ分かるが、もう出現しているのにサイズや重量が不明ってのは何か意味あっての事だろうか。これまでの怪人は、出現時点でそれらの情報が開示されていたはずだ。


『詳細は不明ですが、個体によって差異が見られます。最初に出現した個体はすべて同サイズですが、少し遅れて出現した山西省、大西洋、南極の個体は若干サイズが大きいみたいですね』

「……まさか、あとになるほどデカくなる?」

『まだはっきりとは分かりませんが、現時点の情報だとその可能性も……いえ、続報来ました。インド、オリッサ州南西部に怪人出現。……サイズはわずかですが巨大化、爆発までの時間も一分短縮、更に出現位置の高度が上がっています』

「…………」


 正にそれを分からせるためといわんばかりのタイミングだ。

 初期の段階でクレーターを残すような貫徹力を持つ巨体なのに、あとから出現する個体は巨大化すると。更には出現高度が上がる事で運動エネルギーの増加、更には爆発までの制限時間短縮まで加わる。まだ未確定だが、この分だと炸薬量や能力評価すら強化されていく事に……。


『ブラジルに出現した怪人が撃破されました。わずかに遅れてオレゴン州……山西省も撃破完了です』


 怪人撃破の報告があったのは出現からおよそ十分ほど。

 普段どんな怪人も一撃で倒しているからあまり早く感じないが、爆発までの時間から考えると余裕のある対処といえる。

 複数人で戦って長めというのも継続するイベントの最初だから様子を見ている可能性はあるが、ミナミに聞いてみれば平均的より少し長めだが常識的な戦闘時間らしい。……人が非常識みたいに言わないで欲しいものだ。


 そうして、特に俺の出番はないままイベントは進む。このまま出番なしでも問題はないが、そうはいかないだろう。

 怪人は少しずつ強くなる。出現高度は上がり、着弾時の被害も無視できない。討伐を終えたヒーローの中には近辺の救援に向かう者もいるが、そのほとんどは間に合っていない。それぞれの出現位置が遠過ぎるためだ。< マスカレイド・ミラージュ >のような移動方法を持つ者もいるが、それはヒーローの中でも圧倒的少数である。普段の戦闘で、そこまで長距離の移動を想定していないのだから当然だ。


 だが、このまま事が順調に進むとは思えない。統制の取れているチームが担当している地域はいい。現状そこまで問題はないし、これからもそうだろう。しかし個人で動いてるヒーロー、あるいはチーム内に問題でもあるのか共闘を避ける傾向のある地域は次第に綱渡りになっていく。討伐時間がかかり、中には負傷し戦線離脱を避けられないヒーローも出始めた。

 見る限り、爆弾怪人の上半身部分はそこまで強いというほどではない。俺が救援に行くなら簡単に沈められるだろう。しかし、一人しかいない俺が担当区域を離れて出撃するわけにもいかない。地味に重なっていく被害に歯がゆさともどかしさを感じる。

 そうして最初に投下された爆弾の内、対処を行わなかったものが炸裂した。


「……やべえ」


 現地の映像を見る。大西洋のほうは津波が発生しているものの規模感は掴めない。だが、南極のほうは一目瞭然だった。

 爆心地の地形が広範囲に渡って変わっている。爆発は人工的な地震を発生させ、地面に亀裂が走る。着弾時のクレーターなんて規模ではなく、地面ごとえぐれている部分も大きい。

 ……最初に投下されたものでコレかよ。

 こんなものが、都市部で爆発したらどれだけの被害になるというのか。もしもヒーローでも、近くにいれば無事では済まないはずだ。

 ここで開始からちょうど一時間。残り時間は五時間を切った。日本への出現報告はまだない。


『統制が効いている国ではなんとか機能していますが、一部地域でネットワークやサーバーのダウンが目立つようになって来ました。日本でもさすがに例外ではなく、遅延が目立っています』


 非常識が見えていなかった日本人も、ここに来てようやく状況が飲み込めてきたという事だ。

 携帯は繋がり難くなっている程度だが、これから時間を追うごとに……もしくは日本に怪人が出現すれば機能不全を起こすだろう。


「その他の影響は?」

『目立つのは交通規制です。一時的な運転見合わせがほとんどですが公共交通機関が運休に入っている国も多く、飛行機は完全に離陸を見合わせている状況です。また、どこから情報を得たのかは分かりませんが、怪人が出現した地域から離れようとする流れが出始めてますね』


 これから出現する地域が分からないのにどこへ避難するんだって話だが、そんな事を言っても納得できるはずがないよな。状況をある程度掴んでる俺たちなら、一度出現して討伐されたあたりは他に比べて再出現の可能性が低い事は分かるが。というか、飛行機飛ばしたほうが安全かもしれん。


「そういえば、ミナミは家族を避難させなくていいのか? 東京だろ?」

『私的な利用は推奨されてない上に、せいぜい家にいてって言うくらいですからね。……それに、マスカレイドさんなら大きな被害もなく終わらせてくれるって思いますから』

「プレッシャーかけるな」


 無駄な被害を出すつもりはないが、一人ではどうしようもない事は多々存在するのだ。それを盾に無駄な犠牲を許容するつもりはないが。


『……というわけで、出番です。着弾予測は北海道富良野市の西部……何もないとこですね』


 ……あれ?

 もう少し対応し辛い部分に投下されると思っていたが、杞憂だったのだろうか。とりあえず一体目は、だが。

 時間にして十秒も経たない内に地表へ着弾するだろうが、報告するミナミにも切羽詰った様子はない。


「着弾の影響範囲に構造物や人は?」

『道路はありますが、それ以外はこれといって……周囲に人の反応もありません。……"すぐに"出撃しますか?』


 転送は一瞬だ。上空での迎撃にはまだ間に合う。何も考えずに目の前の非常識と戦うなら、ただ目の前のボタンを押せばいい。

 しかし、ミナミが問いかけてきているのは単なる確認じゃない。これは俺が以前から言っている事の確認だ。現実の見えていない世界、特にほとんど被害の出ていない日本で、その現実を理解させるための絶好の手段になり得る。"すぐに"出撃せず、着弾を待ってから出撃すれば、被害も出さずに怪人の脅威を世間に知らしめる事ができる。これはそのチャンスだと言っているのだ。

 もちろん、自然や道路の被害はある。俺自身、空中からの落下物を迎撃するための経験にもなるだろう。二発目以降を考えるなら、これだって有用な経験だ。迎撃するつもりなら、逡巡している数秒で間に合わなくなる。……即断しろ、穴熊英雄。


「出撃はする……が、着弾後だ。本当に人はいないんだな?」

『はい』


 画面に映る着弾予測地点は本当に何もなかった。着弾時の影響範囲は広いといってもせいぜい数十メートルだから、こういう事も普通に有り得るって事だ。オペレーターが使うというセンサーでも人間の反応はない。……便利なもん使ってるな。これ、怪人も検知できるんだろうか。

 そして着弾を確認。画面上では土砂が巻き上がり、砂埃が舞う。これは、日本に刻み込まれた明確な爪痕になるだろう。


「出撃する」


 俺は< マスカレイド・ミラージュ >備え付けのモニターから出撃ボタンを押下した。




-2-



 転送された先は、一見して分かるほどにひどい有様だった。ここまで映像で各地の被害状況を見せられていたが、肉眼で確認ともなるとまた違う印象を受ける。

 木々は折れ、地面は抉れ、落下時の運動エネルギーによって作り出されたクレーターの中心に原因の怪人が待ち受けている。人型ではあるが金属製。サイズも《 グレーシャー・アーマー 》を纏った氷河魔神並み。また、腕を組みながらこちらに見せる表情は笑顔だ。何を考えているのか分からない、ボディビルダー的な笑顔である。

 着弾は許したが、当然爆発を許すつもりはない。そして、見逃すのはこれっきりだ。以降一発もこの国に落とさせるつもりはなかった。


「ドーモこんにちは! そして死ねっ!!」


 時間をかけるつもりもなかった。俺は< マスカレイド・ミラージュ >を発進させ、急激な加速で怪人へと迫る。

 ……大丈夫、操作は体が教えてくれる。この場で出しても問題ない限界速度が分かる。

 < マスカレイド・ミラージュ >は物理法則を無視し、空気の壁が存在しないといわんばかりの加速で銀光の矢と化した。

 そのまま接近する怪人の笑顔に向けて背後まで突き抜け、急停止。ほとんど衝撃も発生しない。突き抜けた先で後ろを振り返ると、そこには何も残っていない。


「説明しよう! 《 マスカレイド・轢殺 》とは< マスカレイド・ミラージュ >で怪人を轢き殺すだけの殺害行為だっ!! 特に必殺技でもなんでもないが、発生する運動エネルギーは物理的限界を超え、車体が相手に触れた瞬間バラバラになるどころか雲散霧消する!! 断末魔の爆発さえ許されず、現世に痕跡すら残さないその行為は正に完全犯罪と言えるだろうっ!!」

『そう、< マスカレイド・ミラージュ >を駆るマスカレイドにとって怪人はただの道と化すのだっ!! ……ってなんで唐突にナレーションのマネを!?』


 それに合わせるお前も大概だと思うが。


「いや、なんとなく? あ、ちゃんと死んだか分からないから、下半身部分も仕留めないと」


 < マスカレイド・ミラージュ >をバックさせ上半身があった場所まで移動し、そこでウィリーしてジャンプ。

 着地の瞬間、< マスカレイド・ミラージュ >の後輪を使って《 マスカレイド・インプロージョン 》を発動させた。

 そう、< マスカレイド・ミラージュ >はマスカレイドの武装であるが故に、本人の体の一部として必殺技を放つ事も可能なのだ。できるとは思っていたが、試してみたところ手応えはあった。埋没した下半身部分をバラバラに粉砕した感触がある。


「のおっ!?」


 その瞬間、地面が爆発し、沈み込んだ。

 爆弾怪人の《 カウントダウン・ボマー 》ではなく単に死んで爆発しただけっぽいが、その分の体積が地中から消えて軽い地盤沈下が発生したのだろう。


「あーびっくりした」

『少し考えれば分かりそうなもんですが……。ただ、確かに念のため上下半身とも個別にトドメを刺したほうがいいですね。各地の経過を見る限り上半身と下半身は完全に連動しているわけではなく、上半身を倒しても埋没した下半身が残る状況も伝えられています」


 爆弾だけが残る事もあると。その場合、防御担当がいないからどうとでもなるが、忘れた頃に爆発なんて事態になれば最悪だ。


『……とにかく討伐完了です。やっぱり、まったく問題なかったですね。どう考えても過剰戦力です』


 各地のヒーローはそれなりに苦戦していたが、やはりマスカレイドは規格外という事だ。

 まだ最大限に引き出せているわけでないが、おそらくヒーロー十人分でも足りない。やはりバグっている。


「悪の怪人と対峙するには過剰なくらいの戦力でいいんだよ。俺的にはマスカレイド百人で蹂躙するのでも構わないくらいだ。映像を見てる神様的にはつまらんだろうがな」

『それはそれで絶望に打ち拉がれて恐怖する怪人を見て楽しむんじゃないでしょうか』

「言われてみたらそんな気もするな」


 く、なんてひどい奴らだ。どこの神様だか分からないが改宗したくなってしまう。元々どの神様も信仰してないがな。


「しかし、こうして見るとひどい有様だな」


 一部範囲内に接触していた道路を除けば人間や構造物の被害はないようだが、自然は壊滅状態だ。周りに折れた木や巻き上げられた土砂が散らばっている。特に中心部分は本当に何も残っていない。航空写真を取れば、ここだけ不自然に円状の空白地帯が発生しているのが分かるだろう。着弾しただけでこの状況だ。爆発したらこの数倍、数十倍の被害があった可能性があったのだから、これだけで済んだと言うべきなのかもしれない。


「ミナミ、さりげなく政府各所にここの位置をリークできるか?」

『はい。関係ありそうなところに怪文書をバラ撒いておきます』


 せっかく着弾させても、地元住民が連絡するまで放置されるのはいただけない。

 インパクトはあるだろうがこれだけなら人間が時間をかければ作り出せる状況だから、ただの事故として扱われる可能性だって存在する。

 怪人の死体が残れば完璧なんだがな。


『マスカレイド参上とか地面に残しますか?』

「それは恥ずかしいから嫌だ。大昔の暴走族じゃないんだから」


 俺はバイクには乗っているが暴走したりはしないぞ。怪人を轢殺してるので、迷惑行為ではなくむしろ讃えられる行為といえる。


「じゃあ、本州の真ん中……岐阜あたりに移動する」

『地図出します。速度の計測でもしておきますか?』

「そうだな。何秒で目的地に着けるか調べてみよう」


 できれば最高速も確かめておきたいが、< マスカレイド・ミラージュ >の能力は搭乗者である俺に依存する。どこまでできるかを確かめている内に不意打ちで怪人が出てきても困るし、それはあとにしておこう。

 日本列島は端から端までおよそ3000キロメートルだ。中心辺りに陣取るつもりなので、今回必要になるのは最大約1500キロメールの移動となる。


『出現高度上昇、体積の増加による空気抵抗など、あとになるほど落下時間が長くなる要素がありますが、どうも怪人はそのまま落下するのではなく、空中で加速している様子が見られます。着弾まで一分はかからないと見たほうがいいでしょうね』


 つまり、分速1500キロメートルでも足りない。仮に十秒で到達を目標とするならその六倍、分速9000キロメートル、時速540000キロメートルの速度が必要となる。……自分で考えていてアレだが、こうして現実の単位に合わせると頭おかしい速度だな。

 加速時間は無視して構わないが、方向転換、移動開始までの判断時間などロスする時間も大きい。マスカレイドの飛行と同様、ソニックブームも無視していい。1500キロメートルはあくまで最大予測距離だと考える事もできるが、まともなスピードでは間に合わないのは確定だ。

 マスカレイド個人の飛行速度がせいぜい音速超えという事を考えると、< マスカレイド・ミラージュ >なしでの迎撃はほとんど不可能と言っていいだろう。これが複数人体制だったり、現場に直接転送されるなら迎撃も楽勝なんだがな。




-3-




 目的地の岐阜県上空。ここまでかかった時間は六十秒ほど。かなり余裕を持っての速度だが、ここから倍のスピードを出せるかと言われると厳しい気がする。進行方向の微調整を考えないならできるが、速度を維持したまま細かい調整は厳しいと言わざるを得ない。

 この速度になれば、わずかな方角の違いでかなりの差が出る。1500キロメートルを想定しているのだから、誤差で済まされないレベルの違いが生まれるだろう。


「方向調整はミナミに頼るしかねーな」

『はい、任されました。リアルタイムで高度や着弾位置の計測もやりますよ』


 確認して分かった事だが、< マスカレイド・ミラージュ >搭乗時は音速を超えた状態でも問題なく会話ができた。つまり、移動しつつもオペレーターを通して俯瞰状態での指示を受けられるという事だ。音速を超えても風圧も感じず、周りにソニックブームを発生させていない状況では今更だが、好材料には違いない。


「そういえばさっきは着弾位置の予測までしてたが、オペレーターのポイントでそういう機能も追加可能なのか?」

『これは自力計算です』


 ミナミはそれが極当然であるかのように答えた。

 高高度からの大質量投下だ。空気抵抗や重力、怪人自身の加速まで加味するとなると、相当高度な計算になるだろう。銃弾、砲弾の弾道予測よりは難易度は下がりそうだが、少なくとも俺はできない。


『あ、直接頭で弾き出してるわけじゃなく、自作のソフト使ってますよ?』

「いや、それでも十分すごいが」


 それを秒単位の時間で微調整できるのだから、人間業じゃない。いや、もっとおかしいレベルで人間やめてる俺が言う事じゃないのかもしれないが、ミナミはヒーローではなく素のままの人間だ。本来比較対象にすらなり得ないはずなのに、こんな事を思わせるだけで異常だろう。

 ハッキング能力といい、いろんな意味で在野に放っておいていい人材じゃない。




 それから数時間が経過した。上空の冷たい風に晒されつつではあるが、スーツのおかげで寒さは感じない。< マスカレイド・ミラージュ >自体も保温機能があったりするのかもしれない。

 俺は空に佇んでいるだけで何もない時間だが、この間も世界では怪人とヒーローが戦い、世間は混乱に陥っている。あまり良い状況とはいえない。これが一時間ほどで一気に投入されるならまだしも、下手に時間がある事で状況を理解できてしまっている人が出てきている。そのすべてが大人しくしている保証はないのだ。


 また中国で動き始めていたという軍隊だが、どうも怪人への対策や避難活動のための動員ではなく、混乱に乗じて反政府組織の鎮圧を行っているようだ。その反政府組織も混乱を利用している節があるから、どっちもどっちであるが。

 そして、その中国でとうとう都市部での爆発が確認された。


『爆発が確認されたのは中国の内モンゴル自治区・オルドス市です』

「……そこってゴーストタウン化してる都市じゃなかったか?」


 確かにでかいビルの立ち並ぶ都市ではあるが、中にほとんど住人はいなかったはずだ。


『そういう理由で対応の優先度が下げられたのかもしれませんが、まるっきり人がいないというわけではないでしょうし、建物の被害は目も当てられないような状態になっています。規模だけなら天津浜海新区の爆発事故以上かと』


 その被害を思ったより少ないと考えるべきか、判断がつかない。少なくとも映像で惨状を見て、この結果で問題ないと思えるような神経はしていなかった。何万、何十万と人口を抱える都市で爆発するよりはいいだろう。だが、それだけで捉えていい問題とも思えない。


「中国は現時点で十七体だっけか?」

『はい。他にも任命されている数に比べ、活動しているヒーローが少ないという問題もあります』


 別の国の事をとやかく言うつもりはないが、ヒーローレベルでも色々問題抱えてそうなイメージはある。

 それと、この惨状を見せつけられて思い至ってしまった事が一つある。

 ……もしも、この爆発が意図的なものであったとしたら。怪人の脅威を世間に知らしめるため、被害の少ない地域で爆発させる事をヒーローが画策した結果なのだとしたら。……規模が違うだけで、俺も同じ事をしているのだ。

 後悔はしてないし、これが故意だったとしても責める気はないが、胸中に苦いものを感じているのも確かである。


 ともあれ、市街地で爆発を許したらこうなるという惨状を突き付けられた。

 ……いや、時間を追うごとに怪人は巨大化しているのだから、これからは更に被害は増える事になる。最初から分かり切っている事ではあるが、ますますもって日本に落とさせるわけにはいかない。


 そうして高空に待機したまま、時間は過ぎていく。

 ミナミから伝えられる世界の状況は時間を追うごとに逼迫しているのが分かった。一般市民はパニックを起こし、軍隊は浮足立ったままロクな対応はできない。避難活動、投下された場所の救助活動は行われているが、それが限界だ。中には直接的な被害がないにも関わらず暴動を起こしている国もある。

 そして、肝心要のヒーローの状況も芳しくなかった。死人こそ出ていないものの、負傷者が多い。活動している人数も少しずつ減っていった。巨大になり、強化されていく怪人を相手にするための戦力が削られていく。縮まる制限時間の中で、怪人討伐までの時間があきらかに長くなっている。

 イベントの残り時間は少ない。怪人の数も少ない。しかし、このまま何事もなく終わるだろうか。爆発はしていないものの、投下された地点の被害は大きい。それぞれはテロや災害とは比較にならないほどに小規模な被害でも、全体を見れば大変な規模になるだろう。

 そして、それ以降も問題だ。たとえ、これ以降を最小規模まで被害を抑えて乗り切ったとしても、世論は動く。怪人もヒーローも人の目に触れ過ぎた。狙い通りなのだろうが、それは多かれ少なかれ注目を集める事に繋がる。

 この際怪人はどうでもいいが、活躍しているヒーローに集まる声が好意的なものだけであるはずがないのだ。断言してもいいが、この先潰れるヒーローは出る。怪人ではなく、人間社会がヒーローを殺すだろう。今回のイベントは、いずれ訪れる問題を極端に早回しにしている。


『あと十分でイベント終了時刻です』


 夕方になり、もうすぐ日が暮れるという時刻になった。出現した怪人の合計はちょうど百体。宣言されている残りは八体。最初こそ大量に投入されていた怪人だったが、中盤以降その数は激減した。おそらくは最後に一斉投入する布石なのだろう。

 俺としてはこのまま日本に二体目が出現せずに終わっても一向に構わないのだが、そうなる気はしない。出現がすべて確認されない限りは危険は残ったままなのだ。

 ……もし、俺が運営側なら。そう考えると、そろそろ俺の出番だ。


「ミナミ、気を引き締めろよ。最後の一体が出現するまで油断するな」

『はい。……早速来ました、百一体目は北アイルランド。着弾予測地点は……ベルファスト!?』


 首都狙いとはまた露骨である。もはや、ランダムと信じてる奴はいないだろう。


「そっちはいい。日本の観測に集中してくれ」


 大都市での対応も気にはなるが、対応するのは現地のヒーローだ。当然、俺たちが優先させるべきは日本である。

 そして、イベントの残り時間七分となった段階で、とうとう懸念していた事態が発生した。……二体目の出現である。




-4-




『来ました! 出現位置は熊本県……』


 ……やはり来たか。それも懸念ど真ん中近く。北海道からほぼ日本列島の逆側。まともなスピードじゃ落下を防げない距離だ。

 瞬時に< マスカレイド・ミラージュ >を南西方向に向け移動を開始する。


「落下予測地点はっ!?」


 直前に首都狙いなんてマネをして来た以上、熊本市への直接投下だってありえる。


『このままだと、落下位置は……阿蘇山!?』

「ざけんな!!」


 やべえ、シャレにならねえ。人や構造物は少ないだろうが、活火山にピンポイントで落ちてきたら最悪噴火を誘発する危険がある。爆発すればもちろん、ここまで段階的に巨大化して来たグランド・スラムのサイズを考えるなら着弾だけでも危険だろう。都市部に落下し周りへ被害が出る可能性は懸念していたが、これはさすがに想定外だ。

 こんなのがランダムなんて冗談じゃない。あきらかに狙っている。なら、落下地点がその中でも特に噴火を誘発し易い場所である事まで想定すべきだ。


「ミナミ!! 落下予測っ! 少しでも正確に位置を特定しろ!」

『やってます!』


 数秒で無茶言うなと言われそうだが、ミナミはすでに対応を始めていた。

 移動距離や速度を考えれば大した差はないが、目視できる範囲でなければ見逃す可能性だってある。わずかでもロスを減らすなら……。


『地図上にポイント表示します。以後、再計算に合わせて微調整!』

「さすがっ!!」


 思わず手放しで褒めたくなる早さで着弾予測地点が判明した。おおよそでも分かれば、コンマ数秒の余裕ができる。

 目標が判明しているから移動方向はそれほど間違ってはいなかったが、それを微調整。着弾まで数秒時間を残して目視できる位置まで到達した。


「見えたっ!」


 目に映るのは、北海道で対処した一体目よりも遥かに巨大な怪人。後半になるにつれより大きく、より高度を上げて出現した姿は、落下着弾時に発生する威力を想像させる。

 間に合う。これならば一撃で仕留められなくてもまだ余裕がある高度だ。

 高速で近づく怪人の姿。向こうも俺に気付いたのか、腕を組んで笑っている上半身部分がこちらを見てギョッとした表情を見せた。

 奴にしても想定外だったのかもしれない。なんせ、北海道に残っていたらもっとギリギリのタイミングになっていただろう。それ以前に、< マスカレイド・ミラージュ >がなければ間に合わないのが当然とも言える条件だ。だが――


「あんまり舐めたマネしてくれてんじゃねーぞッッ!!!!」


 ――読みは俺の勝ちだ。

 音速を遥かに超えて銀の光と化した俺と< マスカレイド・ミラージュ >が爆弾怪人グランド・スラムを捉え、その体へと体当たりを直撃させる。運動エネルギーを無視して、その巨大な質量の落下位置が大きくズレるほどの一撃だ。

 強化されているのか、一体目のように塵になったりはしない。撃破には十分なダメージかもしれないが、怪人が死んで爆発するまでには数秒のタイムロスがある。この状況でそんな悠長な事を言っていられない。

 ならば、もっとだ。確認する必要もないくらいバラバラにしてしまえばいい!

 高速移動中の< マスカレイド・ミラージュ >のシートから怪人の体へと乗り移り、すでに死に体の相手を追撃。そのタイミングで《 影分身 》を発動し、三体がかりで体表部分に拳撃を打つ。


「バラバラになれ!!」


 そして駄目押しとばかりに相手内部を粉砕すべく《 マスカレイド・インプロージョン 》を発動。確かな手応えを感じつつ、俺は速度を落とした< マスカレイド・ミラージュ >へと帰還した。


 振り返り、確認すると複数のマスカレイドの攻撃でバラバラになった怪人の欠片が落下していくのが見える。

 すでに爆弾としての機能は残っていない。……というか、アレで死んでなかったらむしろビビるわ。

 ちょっと不安になってしまったが、その直後に怪人の断末魔の代わりの爆発音が響いた。あの程度なら地表部への影響はないだろう。


『お疲れさまです』

「ほんと、マジでふざけんなって感じだよな」


 懸念してた通りと言えばそうだが、もしも何も対策せずに落下を許してしまったらと考えると悪態をつかずにはいられない。


『落下位置を考えると、出現位置がランダムと言っていたのはブラフの可能性が高いですね』

「ピンポイント極まりないからな」


 都市部を狙って来る事は考えたが、さすがに噴火誘発狙いは想定外だ。地中貫通爆弾による最大効率の被害を狙ったような位置である。


「つーか、これ以降は露骨に危険な位置を狙って出現する可能性が高いな。この数十秒での追加報告は?」

『ありません。変わらず、あと六体で百八です。他のヒーローにこの位置情報も伝わったでしょうから、どこも警戒を強めているかと』


 もう終了まで時間がない。この分だと、残りは最初のように同時投下って事もありそうだ。


「一応警戒して近畿地方辺りに戻っておくが、残りの怪人は出現ごとに報告くれ」

『了解です。これ以上日本に投入してきたら、マスカレイドさん狙いってのが露骨過ぎますけどね』

「話題狙いなんだろうが、これ以上は勘弁だな。やってみて分かったが、これ想像以上に焦る」

『……結果を考えるとそうですよね。ただ、他のヒーローも同じ事ができるかっていうと…………』


 そこでミナミの会話が止まった。

 ……やべえ、マジで三体目が来たのか? それとも、それほど被害が予想されるような場所に出現したとか。


『き、来ました! 同時に六体すべて出現。内三体が日本!! 落下位置は三体とも東京ですっ!』

「マジでざけんじゃねえっっ!!」


 叫びながら方角を東京に向け、全力で移動を開始する。

 露骨ってレベルじゃない。ほとんどなりふり構わず、俺を狙いに来た。

 くそ、さっきよりも距離が離れている。間に合うのか? いや、間に合いはするだろうが……三体だと? ランダムを謳うなら、少しは誤魔化しやがれ!!


「とにかく、同じように正確な位置情報をくれ!!」

『はいっ!! ……って、え? 何このサイズ……さっきの三倍近いんですけど!?』


 清々しいまでの反則っぷりだ。いくら後発になるにつれて徐々に巨大化するとはいっても、いきなり三倍はねーだろ。下手したら数百トンクラスじゃねーか!!


「くそっ!!」


 全力で< マスカレイド・ミラージュ >を駆る。あまり速度を上げると細かい軌道修正が困難になるが、そんな事は言ってられない。

 無茶だろうがなんだろうが、逆境を引っ繰り返すのがヒーローだ。この程度、軽く無傷で跳ね返してやる!!



 決戦の地は東京。

 そこに、爆発すれば壊滅……いや、落下だけでも被害予測不可能な規模の爆弾が三体待ち受けている。



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