第十一話「マスカレイド・ミラージュ」




-1-




『二十四時間後、太平洋上空で一つ目の爆弾を起動させる。それをゲーム開始の合図としよう』


 その日唐突に行われた怪人を名乗る存在の世界的な電波ジャックとテロ宣言は、文字通り世界を震撼させた。

 これが民放一局のみのジャックだったり、もう少し広げて一ヶ国だけの問題だったら、単なる愉快犯の自滅ジョークとして扱われる可能性もあったかもしれない。あるいは過去に怪人被害が一切なく存在自体が広まっていなかった場合も現実味がなさ過ぎて無視されていたかもしれない。

 しかし現実には、詳細はまったく分からないとはいえすでに怪人は世界的に目撃されて、都市伝説程度には認知されている。少ないながらも軍隊との交戦記録もあり、その驚異的な能力もあきらかになっているのだ。

 正体不明、目的不明、怪人と呼ばれていても特徴はバラバラで、相互に関係があるかどうかも分からない謎の存在。そいつらは世界中の報道機関を同時にジャックする事ができる存在であり、人類の敵対存在であると明言している。これまで噂レベルでしかなく信憑性すら怪しかった怪人被害も、こうして宣言されてしまっては誤魔化しようがない。唐突に表へ現れた怪人の存在だが、少なくとも一部では信じられるだけの根拠を重ねているのだ。


『現時点では、どの国もパニックというほどの騒ぎにはなっていません』


 ミナミから怪人の声明を受けてからの世界情勢について報告を受ける。

 この状況で世界の反応を確認できるのは大きい。表向き、ネットだけではどうしたって確認できない国の情報も、裏口を経由すればある程度は得る事ができる。その裏口を当たり前のように使えるミナミは、ありがたい存在だった。


『インターネット上のトラフィックは現時点でも爆発的に増加してますね。一発目が爆発した時点で、パンクする回線やサーバーが出てくるでしょう。それ以降はしばらくネットを通したサービスは機能不全に陥りそうです』


 予め災害用として提供しているサービスや固定電話、テレビ、ラジオは機能するだろうが、メールや掲示板、携帯電話やSNSあたりは使えなくなると思ったほうがいい。爆発の被害を受けない場所でこれだから、直接の被害が出た地域は目も当てられない状況になるだろう。

 ……これらの問題は、少なくとも今回は対策できないと考えるべきだ。


「今の時点だと面白がって騒いでる連中がほとんどだろうがな」

『日本はそうですね。日本ほどでなくても過去に怪人被害を受けていない、あるいは軽微な被害しか出ていない国は軒並み反応は鈍いようです。……まあ、こんな突拍子もない話なら分からないでもないですけど』

「そりゃそうだ」


 世界の常識が突然変わったようなものだ。大した情報もなしに信じられるほうがどうかしてる。


『そんな中で変わった動きを見せているのはアメリカと中国ですね。すでに軍が動いている形跡があります』

「……まだ数時間だぞ。でかい国ほど対応が遅くなりそうなもんだが」

『どちらも過去の怪人被害の多い国ですからね。特にアメリカはある程度怪人やヒーローについて掴んでいて、暫定的とはいえ対応マニュアルも存在するらしいですよ』


 それが怪人に有効かどうかはともかくとして、この時点でそんなものを用意しているのは地味にすごい話だ。少なくともテロリスト程度には危険視しているって事だろうな。


『ただ、中国のほうはよく分からないんですよね。情報が錯綜している感があって、命令系統が統一されていないというか』

「どっちかというとそっちが普通だろう」


 混乱するのを見越して何か別の事をしようとしてる可能性もあるが、行動できるだけでも大したものだ。

 これまで被害がなかった弊害かそれとも国民の気質か、日本では真剣に捉えている人がいるかどうかってレベルだからな。一応ニュースや臨時的な特番で取り上げられているが、情報もバラバラで話題が明後日の方向へ向かっている番組も多い。ネットなんてもっと無茶苦茶だ。情報が氾濫し過ぎていて、どれが正確な情報かも分からない状態である。

 こんな盛大な電波ジャックのあとなのにただのイタズラと言い張る奴、映像に出た怪人がCGで作られたものであると主張する奴、そんなのは論外としても、真面目に討論しているっぽい連中ですら言っている事が見当違いだ。テロリストとしての要求を待つべきじゃないか、言葉が通じるなら話し合いでなんとかならないか? 一方的に殺すのは人道に云々……と、当事者としては頭が痛くなる内容ばかりだ。

 情報が少ないのは仕方ないにしても、外国で確認された怪人情報を調べようという奴はいないものだろうか。




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『それと先ほど、ヒーローネットを通じてイベント告知がされました。マスカレイドさんはまだ権限的に見れないので、内容をまとめたものをPCのデスクトップに置いてあります』

「堂々と人のPCに不正侵入するんじゃねーよ」


 緊急事態ではあるが、人のPCを勝手に乗っ取っていい理由にはならない。

 PCの画面を見れば自己紹介の時のように、いつの間にかファイルが置かれている。もはや諦めているし他の手段で送られるよりも早いのは分かるが、プライベートなものを見られて興奮するようになってしまったらどうするつもりなんだ、まったく。


 ファイルを開くと一番上に、[ ヒーローマップ完成記念イベント『爆弾怪人グランド・スラムを撃滅しようぜ!』 ]という、ふざけたイベントタイトルが書かれていた。タイトルもそうだが、内容もノリが軽過ぎて当事者たちと意識がまるで違う事を窺わせる。

 運営側としては正に他人事なのかもしれないが、実際に被害が出た地域の住人にこれを見せたら憤死するかもしれないぞ。俺ならキレる。そして、キレてもどうしようもないのがまたムカつく。


「ヒーローマップの完成ってのは、俺たちの担当地域が決まったって事かな」

『そうらしいですね。つまり、マスカレイドさんの着任で発生したイベントって事になります』


 いつかは発生したイベントのトリガーになっただけなのに、そういう言い方だと俺のせいで爆弾テロが起きたみたいに聞こえるじゃないか。


「事あるごとにこんな問題が引き起こされるのは勘弁して欲しいな。完全に世界規模じゃねーか」


 その下に続く詳細内容を確認する。イベントと呼ぶだけあって、普段の戦闘とはまったく別モノだ。

 太平洋上で爆発する一発目を合図として、そこから六時間がイベント期間。出現する爆弾怪人は合計百八体。これが世界各地にランダムにバラ撒かれ、一定時間内に討伐しないと周囲を巻き込んで爆発するらしい。撃破した場合も爆発はするが、それは普通の怪人基準だそうだ。つまり手加減の必要はない。

 出現から爆発までの時間は一時間。ただし、これはイベント開始に出現した個体に限るとの事。明言はされていないが、おそらく後半になるほどに時間的猶予がなくなっていくんじゃないだろうか。

 出現位置や撃破、爆発した場合、その情報はヒーローネットを通じて共有されるらしいので、どこにいるか分からない怪人を探す必要はないし、あと何体対応すればいいのかもリアルタイムで確認できる。ここら辺は好材料と言っていいだろう。少なくとも、いつ終わるか分からない状況で緊張を続ける必要はない。

 そして、これまでとは違う問題点が一つ。

 怪人が複数であるからなのか、一度出撃したヒーローの転送機能はイベント終了まで無効化されるとの事。つまり、出撃はいつでもできるが怪人を倒しても即時の帰還ができない。ヒーローとしての能力で移動、帰還する事は制限されていないが、最悪現地に六時間滞在する必要があるかもしれないという事だ。現時点で目立つつもりはないので、どこかに隠れるか空を飛んで逃げる事になるだろう。


「ここに書かれている以外に怪人の情報は?」

『通常時と同様、最初の個体が出現した段階でプロフィールは見られるそうですが……』

「……現時点では詳細不明か」


 イベント開始までに事前準備をしようにも、肝心な怪人の詳細情報がないというのは問題だ。

 姿形も能力も不明。移動するのか、攻撃したら抵抗してくるのか、それとも逃げるのか、爆発する怪人という事は分かるが能力がそれだけとも思えない。電波ジャックで声明を発表した怪人が爆弾怪人グランド・スラムの可能性もあるが、情報が公開されていないなら同じ事だ。イベントの性質上いつもよりは時間に余裕はあるが、情報がなければ有効活用し辛い。

 それと、どうしても気になる事がある。……警戒すべきは本当に爆発だけなのか。


「……なあ、過去の事例で怪人が特殊な方法で出現した事があるかどうかって調べられるか?」

『よっぽど変な場合なら備考に載りますけど、特殊な出現方法というと……』

「具体的には、空から降ってくるパターン」

『……あります。名前の元ネタ考えると、今回もそのパターンの可能性はありそうですね』


 多分、ミナミも俺と同じものを想像しているのだろう。

 第二次世界大戦時の地中貫通爆弾グランド・スラム。これが元ネタで似たような特性を持つ場合、問題は爆発までの時間だけじゃなくなる。

 爆発の威力も問題だが、この場合の被害は貫徹力による構造物破壊も含まれる。仮に怪人が同名の地中貫通爆弾と同じ重さだとするならば10トンオーバー。そんな大質量が降ってくれば、場所によってはそれだけで大被害だろう。爆発すればもっとだ。そんなモノが世界中に百八発。

 ……実はグランド・スラム違いって事でテニスプレイヤーが出現してくれたほうが助かるんだが。

 イベント開始の時間が指定されている事、ヒーローの総人数が爆弾怪人より多い事、出現位置や各地の対応状況が確認可能と好材料は多いから、担当地域のヒーローがちゃんと対応すれば爆発は防げるだろう。

 しかし、落下を防げるかというと難しいと言わざるを得ない。仮定の上の話ではあるが、当たっていた場合は相応の被害は覚悟する必要がありそうだ。


『もしも10トンの大質量が降ってきた場合、マスカレイドさんなら着弾前に対応可能でしょうか?』

「実際はやってみないと分からんが、間に合えば多分な」


 これまで活用した事はないがマントあれば飛べるし、一撃で粉砕するパワーもある。万が一壊せなくても、持ち運んでそのまま空中で爆発させるくらいはできるだろう。やりたくはないが、至近距離で爆発しても多分死なないし。


「ただ、俺基準はまずいだろ」

『ですよねー』


 ヒーロー全員が対応可能なら被害ゼロも可能だろうが、そんなわけにはいかないだろう。

 悪趣味な話ではあるが、これはおそらく被害を出す前提のイベントなのだ。怪人とヒーローを配置し終えて次は、というタイミングでこれだ。

 何故このタイミングなのかという話になれば、答えは宣伝だろう。表舞台に怪人とヒーローの存在を認知させる。世間にこれが現実の話だと知らしめる。あの電波ジャックもその一環だろうし、被害が出れば否が応でも理解させられる。

 出現位置がランダムというのだって、どこまで信用できるか分かったもんじゃない。ランダムに見せかけて、人間社会の致命傷にならない程度の被害を狙ってくる事も有り得る。……いや、その前提で動いたほうがいいかもしれない。

 そして、それを前提とした場合……日本を狙うのは演出としてアリだ。

 なんせ特別性がある。人口の集中した地域、怪人被害に慣れていない国民、最後の最後にヒーローが着任した地域、担当は十人分の力を集中させたヒーロー、ついでに本来十人で対応すべき広い国土を一人でカバーしているなんていう分かりやすい弱点もある。

 いくらマスカレイドがヒーロー基準ですら怪物染みているといっても限界はある。さすがに世界全土は対応できないし、日本全土だって怪しいだろう。助っ人が欲しくなるところだが、出動制限を考えるに他国へ出動してくれるとは思えない。

 ……極端な話、たとえば怪人が北海道と沖縄に二体出現したら俺だけで対応できるか。さっきの仮定のように、大質量が降ってきたら? 出現が同時だったら? 二体じゃなく三体ならどうだ? そこまで露骨にやるかどうかは分からないが、必要だと考えるなら躊躇わずにやるだろう。怪人は悪を体現した存在であり、親玉の匿名希望はそれを美学としている節がある。

 すべてが不可能だとしても、せめて手の届く範囲くらいは何があっても引っ繰り返してやりたいところだ。ただの杞憂で無駄になるかもしれないが、できる限りの準備はしておきたい。……とはいえ、何ができるか。


「ヒーローポイントの借金ってできないよな?」

『は?』


 ミナミはいきなり何言ってるんだ、という顔を見せた。


『えーと、現金ならどの通貨もある程度は貸せますけど、ポイントはちょっと……何でまた』


 つい最近まで高校生だった奴が何故世界中の通貨を貸せるのかは疑問にしたいところだが、心当たりがあり過ぎるので聞かない事にした。


「念のためにパワーアップしておこうかなって」

『それ以上、何をパワーアップするんですか』


 A級怪人だろうが関係なくワンパンで沈める奴がパワーアップとか、そりゃ何言ってるんだって話だよな。余裕のある中でなら分からないでもないが、借金してまでっていうのは理解できないだろう。


『イベントとはいえ、いくらなんでも爆弾怪人がそこまで強いとは思えないんですが。他のヒーローも対応するのにマスカレイドさん基準にはしないでしょう』

「あー、戦闘力はそうなんだが……機動力を中心に広範囲での対応力を高められないかと」


 とりあえず懸念を話してみる。簡単に言えば、日本内の離れた場所に連続して地中貫通爆弾が降ってきた場合だ。


『なんというか……悪臭怪人の時もそうでしたけど、マイナス方向に考え過ぎじゃないですかね』

「だが、ないって言い切れるか?」

『……確かに言い切れないですし、事前準備できるならしたほうがいいですけど……現状とれる方法は限られますよ』

「え、なんか方法あるの?」


 借金だってかなり駄目元だったんだが。


『まず、問題なくとれるパワーアップ方法が一つ。忘れてるみたいですが、能力チケットが二枚残ってます』

「ああ……」


 使うつもりがなかったから忘れてた。ランダム要素が不安だが、確かに問題なく使えるな。支出もない。

 ……ただ、この土壇場で変なデメリット能力を押し付けられるかもしれないという懸念もある。


『それと、借金はできないですがローンは組めます。現在購入可能な物、それも装備品などの実物がある物品に限りますが』

「ろ、ローンか……」


 意味合い的には大した違いはないんだが、あまりに現実的な言葉に気分が萎えてきた。念のために準備しようって心構えがなくなるくらい。


「つまり、月々の支払いと利息が発生するって事だよな。……滞納した場合は?」

『一時的に対象の物品と自由出動権を没収されます。この場合寝てても強制転送されますが、ようは滞納分怪人を倒せって事ですね。……マスカレイドさんの場合は、実験台になればチャラになるかもしれませんけど』


 強制転送も実験台も嫌だ。改造される事でパワーアップするかもしれないが、色々なものを失う気がする。


「チケットはともかく……まあ、そんな都合良くはないよな。今買える物の中で、更に必殺技や能力を除外されるんじゃ限定的過ぎる」

『ローンを推奨したいわけじゃないですが、あるじゃないですか。懸念している事態にうってつけのやつが』

「……あ」

『マスカレイドさん自身よりも高速な移動速度が出せて、それ自体に戦闘能力があって、ついでに高額な商品』


 思い出してしまった。確かにアレなら、瞬間移動とは言わないまでも更なる高速移動が可能である。それ自体が兵器のようなもので、体当たりでも怪人を殺せるだろう。


「< マスカレイド・ミラージュ >か……」


 ……そう、俺専用のバイクもどきだ。


 今回役に立つとは限らない。むしろ、ただの懸念で必要ない可能性のほうが高いだろう。

 しかし、わざわざ専用に用意された乗り物だ。今回でなくとも将来的に使う場面は出てくるはずだ。きっと、無駄にはならない。

 なんか、むしろこっちが罠なんじゃないかってほどに破滅への道をひた走っている気がしないでもないが……いかん、物欲が刺激されてきた。

 神様が気に入ってたわけだし、補助金とか出ないかな。……無理だよな。打診だけでもしてみるか?


『アレですね。これは後々拡張パーツが欲しくなって、更にローン漬けにされる未来が見えますね』

「そんなリアルな未来は嫌だ」


 次から次へと登場して来る新製品。旧パーツに比べて少しだけ公称スペックが上がっただけのマイナーチェンジ。挙句の果てにはデザイン的に統一感を出したいからとかそんな理由で増えていくパーツ群。目に浮かぶように、リアルな展開が頭をよぎる。


『……父さんな、昔はツーリングが趣味だったんだ。欲しいバイクのために貯めてた購入資金は、いつの間にかファミリーカーの頭金に化けたけどな』


 数年前、居間でバイク雑誌を眺めつつボヤいていた父親の姿が蘇る。

 ……く、何故だ。引き籠もりを目指していたあの頃は情けないとしか思わなかったのに、無駄に共感してしまう。やはり俺も同じ遺伝子を引いて……いや、今現在のこの体で遺伝子が同じかどうかは激しく疑問だが、とにかく息子だという事なのか。……しかし、これは少年の心を持ったオトナなら共感してしまうはずだ。そう、全国の大きなお子さんたちだって分かってくれるはず。今は< マスカレイド・ミラージュ >だけだが、今後もしも巨大ロボなんて出てきたら必要なくたって絶対買ってしまうだろう。


「……いや待て、冷静になって考えてみれば置く場所ねーよ」

『あ』


 ミナミも想定していなかったらしい。

 < マスカレイド・ミラージュ >の実物は見た事ないが、通常の大型バイクよりは遥かに巨大だ。自販機とマスカレイドという巨大なオブジェが追加されてしまったこの部屋に置けるようなものじゃない。部屋を拡張すればいいだろうが、それだってポイントが必要だ。キリがないだろう。


『か、神様のところなら……』

「部屋の半分以上をベッドで占拠されてる神様にそれを提案するのか?」


 無理じゃないだろうが、確実に足の踏み場はなくなる。……あの神様なら、本当に置いてるだけなら気にしないかもしれないが。

 どっちにせよ神様には今回の件を報告しないといけないだろうから、話くらいはしてみるか。




-3-




「いいんじゃないかな」


 話をしてみたら、あっさりとOKが出てしまった。


「ベッドが大き過ぎるから、ちょうど広げようと思ってたところだし」

「あ、やっぱり狭いと思ってたんですね」


 本来はベッドが出現した時点で気付いて欲しかったが、ようやく気付いたらしい。


「英雄君が色々稼いでくれてるけど、ポイントの使い道ないしね。君の拠点を弄るならともかく、この空間なら安いし」

「あ、あのー、ポイントに余裕があるなら補助金とか出ないですかね?」

「それは無理だ。収入の基準になるのは君のヒーローポイントだが、私やミナミ君が使っているのはそれぞれ別のポイントだし。物を買って渡すのはできるけど、ポイントそのものの移譲はできない。ヒーロー間でもね」


 ……通るとは思ってなかったが、そうなのか。ポイント移譲できてしまったらチーム内で揉め事起きたりするかもしれないしな。

 逆に、施設や乗り物を共有する事はできると。まとめてくれるリーダーか神様のいるチームなら上手く回りそうである。……ウチにはまったく関係なさそうだけど。


「というわけで、拡張した上でガレージを造ろうか。ついでに英雄君がこちらに来る際の入り口も兼ねておけば、毎回この部屋に来る必要もなくなるし」


 今は六畳間しかないが、拡張すればそんな事もできるのか。確かに玄関も通らずお互いの部屋を行き来するのはどうかと思っていたが。

 ……まさか、これは必要ない時は干渉するんじゃないという意思表示なのか?


 というわけで、カタログを開いて唸る神様を眺めつつしばらく待つ。

 何かあればミナミが報告をくれるらしいのだが、定時報告以外は特に何もないまま空間の拡張が始まった。……始まったというか、始まったら終わっていた。神様のベッドとテレビ、ちゃぶ台や保温ポットくらいしかなかった六畳間が……なんという事でしょう、こんな巨大ガレージ付きの六畳間に……。


「……って、ここは変わんないのかよ」


 作業は終わったらしいのに、部屋は何も変わっていなかった。


「隣に寝室を追加したけど、ベッド移動するのは面倒だからあとでいいや。私は非力だから、暇な時に手伝って欲しいな」

「はあ」


 確かに、部屋には扉が二つ追加されている。ガレージ用ともう一つが新しい寝室という事か。

 マスカレイドなら天蓋付きベッドだろうが片手間で移動できるが、神様がいいというならそれは後回しにしよう。扉の大きさからして一旦バラさないといけないし。


 扉を開けてガレージへと移動すると、そこは六畳間と比べるまでもなく広大な空間だった。

 何も置かれていないが、ガレージというよりは貨物倉庫と言ったほうが印象が近いかもしれない。変更したという俺の転送ポイントは入り口近くになったらしく、それっぽい枠のようなものが設置されている。


「いきなりぶっつけ本番もアレだし、少し練習するといい。速度は出せないけど、感覚を掴むくらいはできると思うよ」


 それを想定してこのサイズにしたらしい。不精なのに気が利く神様である。

 そして、いよいよ俺の出番である。ローンのための手続きはすでにミナミが済ませてある。あとはカタログで購入すれば終了だ。というか、手続きが終わっている以上すでに後戻りはできなかった。すでに俺はローン債務者なのである。……すごく不安になってきたぞ。ボタン押す手が震えている。


「おおおおお……」


 だが、その不安もいざ実物を見ると簡単に霧散した。

 巨大な重量感を伴い鎮座する< マスカレイド・ミラージュ >。基本色は銀ではあるが、マスカレイド本体のように全身が同じ色合いではなくちゃんと濃淡があり、それを栄えさせるように別色のパーツも使われている。SFチック過ぎて公道を走るのは恥ずかしいだろうが、そんな用途には使わないし搭乗者が銀タイツなのだから今更だ。

 なんというか、超サイバー。何故このデザインセンスをヒーロー本体に活かせなかったのか、激しく謎である。ロボットアニメでは量産機スキーな俺だが、専用機という響きもやはり心が躍る。

 とりあえずという事で、同梱されていたマニュアルを読む。……< マスカレイド・ミラージュ >のシートで。


「なんで、そんなところに跨って読むのかね」

「いやその……なんとなく」


 マニュアル読むなら六畳間に戻るか一旦自分の部屋に戻ったほうがいいんじゃないかという疑問だろうが、ここがいいのだ。一応、シート部分も座る場所には違いないし。

 出撃まではまだまだ余裕があるので完全読破するつもりでマニュアルを開いては見たものの、実際に見るべき箇所は少なかった。半分以上はこのマシンに使われている技術資料のようなもので、俺には不要と思われる内容だった。整備が必要なら覚える必要もあるのだろうが、完全に壊れない限りは自己修復するマシンに整備は不要だろう。多分、地球の技術者が見たら引っ繰り返るような内容が書かれているのだろうが、俺には分からんし。というか、専門家でもこんなトンデモ技術は手が出せないような気もする。

 というわけで、見る箇所は主に前半部分。一通りの機能やそのスペック、各種使用方法、あとは今後追加可能な拡張パーツ類の宣伝である。やはりこれは基本であって、ヒーロー本人と同様更なる強化が見込めるらしい。次以降のカタログではそのパーツも購入できるようになっている事だろう。


 カタログの時点で記載されていた情報ではあるが、使用エネルギーは搭乗者のヒーローパワーだ。速度、馬力、気圧変化や怪人の攻撃をガードするための障壁などすべてである。電気もガソリンも必要なく、俺が持つエネルギーを勝手に変換して使うらしい。実にエコだ。

 操作方法は単純で、基本的に念じただけで動く。ある程度は備え付けのレバーや物理スイッチを使って制御可能だが、これはあくまで緊急用らしい。変形するのも俺の意思一つである。

 ……そう、こいつは変形するのだ。現時点では地上走行用のベーシックフォーム、水上走行用のホバーフォーム、空中走行用のフライトフォームの三つで、それぞれの移動に適した形に変形する。これに加え搭載武器展開なども自由自在らしいが、それらを搭載するのは別料金である。今はまだ移動と体当たりしかできない。

 肝心の移動速度は搭乗者のヒーローパワー次第らしく、並みのヒーローパワーでもマスカレイドの飛行速度に肉薄できる。という事は、パワーを持て余しているマスカレイドさんなら光速にだって迫れるかもしれない。勢い余って宇宙に飛び出したら戻って来れないかもしれないから注意が必要だな。……太陽にでも突っ込まない限り帰って来れそうな気もするが。


 他に細かい部分もあるが、基本的な部分は分かったので早速起動させてみる。

 多少の駆動音はあるが、バイクのそれとは比べ物にならないほど静かなものだ。下手したら俺のPCのほうがうるさい。あと、光るパーツが多くて落ち着かないのはちょっとどうかと思う。

 起動して分かったが、感覚的にどうやって動かせばいいのかが理解できる。マニュアルいらずとまでは言わないが、乗るだけなら十分だろう。

 ガレージ内をゆっくりと移動させて操作感覚を掴む。加速、減速、旋回、ブレーキングと、搭乗者に合わせて負荷のない範囲で稼働する。直角への移動や零距離停止のような無茶はできないが、想像以上に物理法則を無視した動きができそうだ。ヒーローパワーが少ないとここら辺の制御はアバウトになるらしい。

 別フォームへの変形も試してみる。変形にかかる時間は一瞬だ。あまりに早いので、周りから見れば変身に見えるかもしれない。アニメや特撮ならバンクシーンが展開される事だろう。

 ホバーはただ浮くだけという感じで、悪路や水上を移動するためのフォームだ。基本スピードもベーシックフォームよりは落ちる。

 フライトは最もパワーを消費するフォームだ。俺にはわずかな違いでしか感じられないが、それでもあきらかに消費するパワーが違う。その代わりに移動制限はないも同様で、大気圏内であれば自由に飛び回れる。今回、必要になるとしたらこのフライトフォームになるだろう。


 本番までに慣れておこうと、ガレージ内でもできる操作を行ってみる。

 速度を出していないからという前提もあるだろうが、ウィリーだろうが逆さの状態での空中停止だろうが特に問題なく扱う事ができた。

 最初の内は感嘆の声を上げていた神様はいつの間にか消えていた。俺が夢中になっている内に飽きてしまったのだろう。

 そして、運転の訓練はミナミの定時報告まで続けられた。新しいおもちゃを手に入れた子供のようだという意見は否定する事ができない。




-4-




『さて、そろそろ時間ですね』


< マスカレイド・ミラージュ >に跨ったまま、俺はその時を待っていた。

 一発目はともかく、その以降に出現する怪人の場所はランダムなのだ。二発目が日本へ投入される可能性だって十分にある。できる限り即出撃できる状態でいたほうがいいだろう。担当エリア内に一体も出現せずに終わる可能性だってあるわけだが、おそらくそれはないだろう。

 俺が運営の立場で考えるなら、対応が困難なほどに連続してか、気を抜いた直後を狙ったものか、とにかく最低でも二発投入する。そういう演出を狙うだろう。もちろん杞憂の可能性は高いし予想以上の事をしてくる可能性だってあるが、用心するにこした事はない。

 この< マスカレイド・ミラージュ >を購入したのだって、それに対応するためなのだ。決して物欲に負けたからではない。ないったらないのだ。


『予告時間は日本時間にして正午ですから、あと十分も経たない内に一発目が爆発します』


 ミナミとの通信はいつもの宙空ウインドウではなく、< マスカレイド・ミラージュ >の備え付けのモニターだ。普段は時速や搭乗者のエネルギー残量、カーナビ的な情報を表示させる部分なのだが、こうやって通信用にも使えるらしい。また、ヒーローTVと同様に怪人の情報も出力できるし、出撃ボタンも使えるそうだ。つまり、< マスカレイド・ミラージュ >に乗ったまま出撃する場合は、このガレージに来ないといけない。拡張すれば現地から呼び出したりもできるようになるらしいが、それはローン地獄を超えたあとの話である。


「あれから世界的な状況に変化は?」

『表立ってはそれほど変化はありません。警戒している国も、一発目の爆発直後から動けるように交通規制や避難所の準備が主ですね』


 そりゃそうか。最初から警戒しているなら声明直後に動き出しているだろう。状況が変化するのは、やはり一発目以降と考えたほうがいい。

 ……まあ、パニックになるだけで決していい方向には転ばないと思うが。


『裏では太平洋に艦艇含む船舶を動かそうとしている国もありますけど、タイミング的に間に合わないでしょう。偵察機も発進準備はしてるようですが……そもそもどこに行けばいいのやらという段階ですからね』

「……太平洋広いしな」

『ただ、衛星や海岸からの監視は行われています。中には海岸に望遠鏡を設置したり、ドローンを飛ばしている民間人もいるようで……』


 監視っていうか、それじゃ見学だな。


「……航行中の船は?」

『当然太平洋を航行中の船もありますが、さすがにどうにもできないかと。警告を受けても強制力はないですからね。……範囲からして爆発に直撃する可能性は低いでしょうが、多少の被害ならありえるかもと言った状況です』


 バカンス目的のクルージングならともかく、それで飯を食ってる奴らに危ない"かもしれない"から海出るのをやめろっていうのも無理があるだろう。被害を受けても事故や災害と大差ない。


「……変わってないと思うけど、日本は?」

『びっくりするくらいのんきですよ。一部で面白がって騒いでる人たちと、無関心にいつもの生活を続ける人たちがほとんどです。一応、ニュースや特番はやってますが、避難を促したり外出を自粛するような呼びかけもありません』

「裏でも?」

『一応、外国から情報をもらっている政府関係者はいるようですが、それで何かする動きはありませんね』

「…………」


 情報があっても動かないか。これまで怪人被害がなかったのが、完全に裏目に出てるよな。

 こうなってくると、今後のために国内で一発くらい爆発させたほうがいいんじゃないかって感じもしてくるが、そんなわけにもいかない。いくら俺でも、それは見過ごせない。


『そろそろ予告まで一分を切ります』


 そして、いよいよその時が迫る。


『あと十秒……9、8……いえ、怪人出現しました!』


 予告時間ピッタリではなく、数秒前に怪人が出現した。

 ミナミの映っていた画面が切り替わり、出現位置の地図が映し出される。場所は……太平洋のど真ん中、赤道付近だ。


『キリバスから東へ500キロほど離れた場所です。幸い、周囲には何もないですが……怪人映像が出ます』


 映ったのはヒーローTVで映し出されるようなリアルタイムの映像だが、いつもよりも更に現実感のない光景だった。

 青空の下、鉄の塊が空から落ちて来ているのが見える。不気味な笑みを浮かべたロボットのような上半身と、それにぶら下がる爆弾本体らしき構造物。周りに比較対象がないため、正確な大きさが判別できない。

 その間わずか二、三秒。ロクに怪人の造形を確認する間もないまま、画面は光に包まれた。



 それは、世界の常識が変わった瞬間だったのかもしれない。日常の裏で胎動していた非日常が、表の世界へと侵食して来たのだ。



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