第十話「殺戮怪人ゴースト・リッパー」




-1-




 深夜、すでに人気のなくなった公営の運動場。

 俺、切片怪人フェッチにとって決死の戦場となる事が予想されたこの舞台だったが、そこで待っていたのは予想以上の悪夢であった。


「く、くそ、なんでこんな事に……」


 思い返されるのは、出撃前までの悪足掻き。生き残るために必死で考えた作戦が尽く空振ってしまった。一体何が間違っていたのだろうか。

 すでに勝利は諦めている。あんな化物のようなヒーローを相手にしては勝つ事はおろか、ダメージを与える事も困難だろう。

 ならば、生き残る手段は制限時間を生き延びる事。そのために入念な作戦を立てた。だというのにこのザマだ。




 走馬灯のように蘇えるここ数日の記憶。誕生して間もない怪人にとって、あの面接からここまでの経験はあまりにも濃密過ぎた。

 対策といっても、俺にできる事は限られている。なにせ、すでに申請は受理されている。今から変更できるのは大雑把な出現場所と時間程度だ。

 特殊性癖四天王の連中は当てにならない。アドバイスをもらおうにも、あいつらは自分を生贄程度にしか考えていない。とりあえず少しでも自分の出番を遅らせられればと、目の前の問題に対して逃避するだけの連中になにができるというのか。


 基本に立ち返る。相手の事も知らずに特攻するなど、誕生直後の怪人くらいのものである。俺は複数の出撃歴を持つベテランなのだ。

 というわけで、まずマスカレイドの過去の戦歴を洗い出す。怪人に許された権限は少ないが、出現経験のあるランクAともなれば過去の戦闘動画程度なら閲覧可能だ。……しかし、見て後悔した。マスカレイドの戦闘経験は四回。そのどれもが悪夢としか言い様のないものだった。


 一切の攻撃が効かず、ただ一撃で粉砕される加虐怪人ド・エース。

 まるで能力を測るかの如く嬲るようにダメージを負わされ、まさかの放尿でトドメを刺された伐採怪人キキール。

 極寒のアラスカという好条件を抱えて尚、全裸のマスカレイドの飛び蹴りによってバラバラにされた氷河怪人メガトン・グレーシャー。

 そして、再度確認したエジプトのチタン・カーメンの死に様は、閲覧するだけで夢に見そうなほどに壮絶なものだった。


 そのすべてでマスカレイドは一切のダメージを負っていない。命中させるのも困難だが、当たっても効かないというのは絶望しかない。一応公開されているヒーローステータスもすべての欄が測定不能と意味不明な事になっている。非公開ではなく測定不能だ。対策を立てるどころではなかった。


 開幕土下座で許しを乞う、あるいはせめて苦しまずに殺して下さいと懇願する事も考えたが、あの血も涙もない怪物が許してくれる気がしない。

 しかも、特殊性癖四天王は何故か奴の恨みを買っている。いくら新人未満の怪人とはいえ、その枠で戦う以上は仲間に見られてしまうだろう。


「フェッチ君、フェッチ君、あのさー、対戦する時、マスカレイドさんに菓子折りと謝罪の手紙持って行ってくれないかなー」

「黙れ!! 殺すぞ!!」


 決戦の前日、唐突に訪ねて来た特殊性癖四天王の一人を殴り飛ばした。

 こいつらは自己保身しか考えていない。何故こんな奴らに憧れていたのか。過去の自分を呪ってやりたい。

 時間がない。見る度に絶望が深くなっていく気がするが、わずかでも突破口がないかと情報を探す。しかし、相手は恐るべき事に新人だ。情報も少ない。日本は最近までヒーロー不在のために怪人が出現していなかった特殊な地域だ。そもそも、この国では怪人が出現した履歴自体が……。


「……待てよ?」


 日本では、どういうわけかマスカレイド以外のヒーローが出撃したという記録がない。

 指名してしまった以上、今回マスカレイドではない新たなヒーローとの対戦になる事はない。それはいい。……いや、良くはないのだが、諦めるしかない。ここで注目すべきは、マスカレイドが出撃しなかった怪人だ。

 被虐怪人ド・エーム……の場合は自滅したのでこの際無視するにしても、つい最近出現した悪臭怪人ワキノス・メル……この怪人に違和感を感じた。マスカレイドは何故、ワキノス・メルと戦わなかったのか。

 東京という都市は世界的に見ても人口の集中した場所な上に、怪人の出現場所である東西線は通勤時人が溢れる事で有名らしい。

 ……人目に触れる事を嫌った? いや、無駄に全裸になったり、放尿で怪人を倒す奴がそんな事を気にするとも思えない。わざわざ担当外地域まで出撃するようなヒーローだ。担当地域に出現した怪人をわざわざ避けたからにはそれなりの理由があるはず。

 場所でないなら、出動間隔……でもない。メガトン・グレーシャー戦からはかなり時間が経っている。では、時間帯……そうか。


「通勤時間だ」


 これまで正体があきらかにされた事例はないが、ヒーローは怪人と異なり人間だ。わずかな例外こそあれ、ほぼそうだと聞いている。

 どれだけ隠していようが、これまでの生活を大きく変える事は難しい。特に社会人であれば尚更だろう。あの銀色タイツが仕事をしているというのには違和感しか覚えないが、あいつだってどこかで働いているはずなのだ。

 確実ではない。社会人である保証もない。しかし、ワキノス・メル戦に出現しなかったという事実はその予想を強く補強してくれる。ヒーローの出動方法の詳細は知らないが、正体を隠している以上、通勤時の人混みの前で出動する事は躊躇われるだろう。

 ならば俺もその時間帯を狙えば制限時間を逃げ切る事が可能かもしれない。

 ……いや、駄目だ。指定された明日は日曜日。もう変更する事はできない。マスカレイドが休日出勤している可能性もあるが、そんなか細い可能性に賭けるのは博打が過ぎる。

 ならば、曜日の関係ない時間帯。……深夜。それも三時~四時くらいなら休日とはいえ、さすがに寝ているはずだ。寝ていなくても反応は遅れる。寝起きならば準備にも時間がかかるだろう。ついでに、被害の出なそうな場所なら、スルーしてくれる可能性だって上がるかもしれない。現在は深夜零時前。申請も余裕で間に合う。……よし、生き残る目が見えて来たぞ。




-2-




 しかし、そんな深夜であるにも関わらず、マスカレイドは極当たり前のように出撃して来た。出現からタイムラグもほとんどない。まるで、その時間は通常の活動時間ですとでも言いそうな雰囲気だ。夜勤という可能性はあった。思い当たってはいたが、それでも注意力が散漫になる時間だというのに。まさか、ニートだとでもいうのか。……その姿で? ねーよ。


「くそおおぉぉああっ!!」


 脇目も振らずに逃げ出した。

 被害を出し難いと判断してくれそうな場所という事で、公営の運動競技場を指定した事が仇になった。何もない荒野や砂漠、遮蔽物の少ない平地は論外にしても、地下道や複雑な建物内部ならもう少し逃げ易かったものを。

 だが最悪ではない。競技場の建物内に入れば多少は隠れる場所もあるし、逃走経路も選択可能だ。マスカレイドが構造物を破壊しつつ追いかけて来る可能性もあるが、正義のヒーローが必要もないのに公共物を無視した戦いをするとは考えたくなかった。

 最大の問題は、お互いの身体能力。俺はランクAの判定こそもらっているが、測定不能扱いされる奴を相手にしてスピード勝負を挑む事が無謀であるのは理解している。


 逃げる。とにかく、開けた場所から離れようと全力疾走した。

 幸い何事もなく建物までは辿り着いたが……その時、俺の胸中にあったのは安心ではなく不安だ。あまりにも何事もなさ過ぎる。

 恐怖に耐えつつ通路の角から来た方向を覗くと、マスカレイドはゆっくりと歩いてこちらへと向かっている。

 ……舐められているのか? お前など急いで追いかけるまでもないという事だと。おのれ……。

 この扱いに黙っているのか、ここまで馬鹿にされてただ逃げるのかと、怪人としてのプライドが刺激される。

 ……いや、駄目だ。今はプライドよりも生き残る事が先決だ。生き残って、強化の上でリベンジマッチを挑む。屈辱でも今は飲み込むしかない。俺は弱い。どうしようもなく弱い。捨て駒にされるほどに情けない奴だと認める。その上で這い上がるんだ。ついでに四天王の連中も殺す。


 逃げた。プライドを自らへし折りつつ、生き残るためだけに逃げた。

 マスカレイドが足を早める様子はない。後ろから追ってくる気配は遠ざかっていく。幸い競技場の通路は長い。このまま走り続ければ距離が稼げる……。


「っ!?」


 目を疑った。俺が走り抜けている長い通路の先に銀タイツに身を包んだ憎き姿がある。

 馬鹿な。何故そこにいる。競技場の通路は環状になっているが、まだ半周も走っていないはずだ。瞬間移動でもしたというのか。


「くそっ!!」


 来た道を少しだけ戻り、階段を上がる。階段を視認できる位置にいた以上、通り過ぎてくれるという期待もできない。

 問題は何階まで上がるか。チラっと案内版を見た限り四階までの構造だが、最上階まで上るのは愚策だ。いや、建物内に拘る理由はない。遮蔽物はなくなるにしても、窓から建物外へ逃げるという方法も……。


「っ!?」


 大声を上げそうになった。

 二階に上がった瞬間、そこにマスカレイドがいた。階段から離れているものの、こちらを視認している。

 一体どうやって移動したというのだ。一階から天井を突き破ったなら、それなりの音がするはずなのに。


「おっと、こっちも通行止めだ」


 そのまま三階へ駆け上がろうとしたら、その先にもマスカレイドがいた。

 理解不能だった。まるで、マスカレイドが複数人いるような……いや、実際いるのだ。階下を見れば、俺を逃がさないように階段を上ってくる二人のマスカレイド。二階通路を見れば、両方向からそれぞれマスカレイドが歩いて来ている。


「ひ、ひいぃぃぃっ!!」


 悪夢だ。ただでさえ歯が立たない化物であるマスカレイドが、増殖してこちらへと迫っている。

 意味が分からない。目の前で起きている現象が飲み込めない。妙な精神攻撃を受けていると言われたほうがマシな状況だ。

 逃げ場はない。窓を破って外へ逃げる事もできない。……何故なら、窓の外にも銀タイツを見てしまったからだ。


「種明かしをしよう」「なんて事はない」「ただの《 影分身 》だ」「実体のある複製」「その実践テストと言ったところか」


 集まって来たマスカレイドがバラバラに解説を始めた。怖過ぎる。


「か、かか《 影分身 》だと。そんなはずがあるか!」


 《 影分身 》はそんな悪夢のような必殺技ではない。


「能力は分散しているがな」


 なんの気休めにもならなかった。すべてにおいて測定不能なマスカレイドの能力をたとえ十分割しようが、俺に勝ち目はない。むしろ視覚的な恐怖で気が狂いそうだった。


「俺たちは一体一体が独立したマスカレイドとして行動できる」「つまり、それぞれが個別に必殺技を放つ事も可能だ」「宣言しよう」「これから、俺たちは」「貴様に《 マスカレイド・インプロージョン 》を放つ」「七体同時にだ」

「や、やめろおおおおおっっ!!」

「喰らえーーーっ!!」


――《 マスカレイド・インプロージョン 》――


 もはや躱す術もない七方向からの同時必殺技。一発ですらあの惨劇を生み出したというのに、それが七発。能力が落ちているのも慰めにはならない。俺は死を覚悟した。

 技の特性上、ただちに死ぬ事はない。しかし、攻撃を受けた部位から這いずるように移動する凶悪なエネルギーは、目標に到達したが最後俺の体をバラバラの肉片へと変えるだろう。


「いやだ、死にたくない!! お、おれは……ただ……フェティシズムを広めたかっただけなのに……」

「いや、そんな性癖押し付けられても」


 マスカレイドはここに至って素の反応だ。


「た、頼む。マスカレイド。あいつらを……俺を捨て駒にした特殊性癖四天王を、もっとひどい方法で殺してくれ!」


 ああ、体がバラバラになる。もう何秒も生きられない。この怨嗟を託すのは、目の前の化物しかいない。


「……分かった。必ず」


 最後にもらった回答だけが、この悪夢での唯一の救いだった。




-3-




「いやー、《 影分身 》きっついわ。自分が何人もいるってアイデンティティ崩壊しそう」


 切片怪人を葬り部屋に戻って来た俺は、これまでにない疲労感を味わっていた。

 実践テストとしてちょうどいいとほとんどぶっつけ本番で《 影分身 》を使用してみたのだが、思った以上に負荷が大きかった。それは、日々の戦闘や《 マスカレイド・インプロージョン 》を使用した時など比べ物にならない。練習がてら部屋で発動した時点でその難易度には気付いていたが、戦闘に使う際はまた違う負担がかかるのだ。


 まず、第一の前提として自分が複数いるという状況を受け入れなければならない。ドッペルゲンガーのそれと同様、人間は同じ存在を受け入れ難いものなのだろう。ただ、俺の場合はマスカレイドという別人になっている事が大きいのか、これはそこまで問題にならなかった。向かい合っていると消し飛ばしたくなるか、その程度である。

 問題は動作だ。ある程度は独立して動作してくれるのだが、少しでもちゃんとした動作をさせようとしたら、本体側でそう動かさないといけないのだ。バックダンサーのように立ち位置をずらしてまったく同じ動作をさせるならまだしも、別の動きをさせるとなると途端に難易度が上がる。多少補助があるからといって腕や足などが増えてもまともに動かせるわけがなく、ぶっちゃけ歩くだけでも大変だ。

 フェッチが逃げた時に走って追いかけなかったのは、余裕をかましていたわけではなく単に走れなかったからである。


『普通そんな風に使えないですから』


 ミナミが画面向こうから呆れた声で言う。


「なんでそんな呆れてるんだ?」

『いや、マスカレイドさんがあまりにあんまりなんでちょっと……。部屋で練習してる時からおかしいとは思ってたんですよ。なんかどっちも喋ってましたし』

「え、そこからなの?」


 部屋で練習していた際に出していた分身は一体だけだ。その分身を使って同時動作の練習をしていたのだが、その時点で変だというのか。


『あきらかに変だったんですけど画面越しですし、腹話術でもして私をからかってるんだろうと思うようにしてました』

「いや、ちゃんと分身に喋らせてたぞ。口使ってるだけで、俺が喋ってるのには違いないが」


 同じ姿の奴に腹話術をさせても、視覚的にはまったく同じである。メリットは本体がどちらか判別し辛くなるくらいだろう。


『まず大前提として、《 影分身 》は継続して使う必殺技ではないです。発動するのは一瞬、それも自立動作に任せた行動を取らせるのが基本です。……と、エセニンジャさんのブログに書いてありました』


 忍術系必殺技の第一人者であるエセニンジャさんの解説か。それなら信憑性はあるが……。

 とはいえ一瞬で消えるんじゃ、必殺技としてあんまり意味ないような気もするんだが。


『あー、絶対誤解してます。……これは、エセニンジャさんの動画を見たほうが話は早いですね。私がポイント出すんで購入しましょう。ちょっと待ってて下さい』


 他のヒーローの動画を見るにはポイントが必要だったのか。それくらい俺が出してもいいんだが、ミナミが出してくれるというのをわざわざ俺がと出しゃばるつもりはない。


 数分経ち、再び現れたミナミは宙空ウインドウへ。それまで表示に使っていたテレビ画面にエセニンジャさんのプロフィールが出力された。

 顔写真は思ったよりまともだ。配色は派手で全然忍んでいない感じだが、忍者っぽくは見える。普通に格好いい。どこかの銀色タイツとはえらい違いである。


「……なあ、ひょっとしてこんなダサい衣装なのって俺だけなのか?」

『……だけ、ではないと思いますよ』


 ミナミはダサいという部分を否定してくれなかった。いや、俺自身ダサいと思ってはいるんだが、改めて人から突き付けられるのはショックである。


『動画は、殺戮怪人ゴースト・リッパー戦です。マンハッタンに出現した黒尽くめのコートを着た怪人で、犠牲者は二十二名。内、死亡者は五名となっています』

「え、ちょっと待って……なんでそっちはすごくヒーローっぽいの?」

『ニュースでは怪人被害ではなく、通り魔的な扱いで報道されました』


 答えろよ、おい。こっちは変な怪人ばっかり相手してるのに、なんでアメリカはシリアス風味なんだよ。

 被害者を出したいわけじゃないが、俺はお笑い担当と言われているようでどうにも納得がいかない。……解せぬ。


『とりあえず戦闘開始から通して見ましょうか。怪人が出現してから十五分後、六人目の死亡者が出る寸前にエセニンジャの出動が間に合いました。ほどなくして戦闘開始。無数にナイフを出現させるゴースト・リッパーの前に追加の怪我人を出しつつも、エセニンジャは互角以上の戦闘を続けます』

「……すげえ。超特撮っぽい」


 ゴーストの名の如く本体以外の場所からもナイフを投擲しつつ距離をとろうとする怪人と、それを星型手裏剣で撃ち落としつつ格闘戦に持ち込もうというエセニンジャ。市民を庇っているのか何度か被弾はするものの、致命傷には至らない。


『《 スイトン・ファイア 》ッッ!!』


 何もなかったところから吹き上げるように炎が巻き上がる。起死回生として放たれた《 水遁ファイア 》は切り札の《 土遁ファイア 》とは別の必殺技らしい。違いは良く分からないが、ミナミの話によれば他にも《 雷迅ファイア 》と《 木ノ葉ファイア 》があるらしい。肝心の《 火遁ファイア 》はないそうだ。


 《 水遁ファイア 》によって右腕に重傷を負ったゴースト・リッパーの動きが鈍る。チャンスとばかりに距離を詰めるエセニンジャ。

 そのタイミングに合わせて手に出現した武器は< ジャスティス・クナイブレード >というらしいが、苦無の要素もなければ日本刀でもない普通の西洋刀だ。


『それで、ここですね。エセニンジャが《 影分身 》を使います』


 ミナミが操作したのか、動画の再生速度が落ちた。

 画面上のエセニンジャは怪人へ深く剣を突き刺した体勢。その背後へ、怪人の遠隔操作でナイフが数本投擲される。直撃コースだ。

 しかし、それは残像だと言わんばかりに剣だけを残してエセニンジャの姿は消える。本人は怪人の更に背後へと忍び寄っていた。忍者か。


『< ジャスティス・クナイブレード >を出現させる直前、《 隠れ身の術 》で本体を消し、《 影分身 》で作り出した影に剣を持たせて特攻。分身が消えるまでの時間はわずか二秒足らずです』


 直後、自分のナイフをその身に喰らった怪人に《 土遁ファイア 》が炸裂して決着だ。マンハッタンを騒がせた悪逆非道な通り魔はニンジャヒーローによって闇へと葬られたのだ。




-4-




「ふむ。流れるような動作だったな。言われないと《 隠れ身の術 》がいつ発動したのかも分からなかった。さすがはベテラン」

『そこはまあ、どうでもいいんですが』


 どうでもいいのかよ。


『ようは、それを得意としているエセニンジャでも《 影分身 》の発動時間は数秒、予め決めた剣を持って前進するといったような単純動作しか行う事ができませんって話です。本人曰く、同時に出すとしても二体が限界だと』

「なるほど。つまり、マスカレイドが使った《 影分身 》は発動時間も発現数も異常だって事だな」

『もはや別の必殺技かと思うレベルですね』


 知らなかったからとはいえ、頭おかしい精度で使用していたという事だ。

 歩くのもやっとだし、同時に喋る事もできないし、感覚も途切れがち、視界も本体ともう一体分を確保するのがせいぜいと、自分ではまだまだだと思っていたんだが、そもそもの使用方法からして違ったという事だ。俺の認識では、最終的に大量のマスカレイドがお互い感覚を共有し合う、群体生物のような形になると思っていたんだが。


『人間の感覚だと、複数の自分を同時に操る時点で無理がある気がするんですけどね』

「そこら辺は、ヒーローとして強化されてるんじゃなかろうか」


 かつて、無駄に両手で別の文字を書く訓練をした事はあるが、穴熊英雄ではそれが限界だったはずだ。

 マスカレイドになって強化されたのは筋力だけではない。ならば、そういった神経も別物になっていると考えるべきだろう。《 影分身 》もヒーローパワーで単純に考えるなら十人分……九体なら出せるんだろうか。 頑張ればいけそうな気もする。


「まあ、今回は攻撃して来ない怪人だったから調子に乗って六体も出したが、実戦で使うには訓練が必要だな」


 特に増やすタイミングだ。エセニンジャは上手くタイミングを合わせていたが、この必殺技の発動準備時間はかなりシビアだ。戦闘状態のまま分身を増やすのは、今の俺ではちょっと無理があるっぽい。その点ではまだまだベテランに劣っていると言わざるを得ない。


「だけど、無茶な使い方とはいえ使えるなら別にいいんじゃないか? 人手が足りない時とか便利じゃね」


 何人も銀タイツがいたら不気味だろうが、実用性はあるだろう。


『マスカレイドさんがそれでいいならいいですけど、怪人にとっては悪夢ですね。今回の切片怪人を追い詰めるシーンは軽くホラーでしたよ』

「ホラー言うな」


 こっちは挑戦状叩きつけられて、真正面から討伐しただけだぞ。なんでこっちがお化け扱いなんだよ。


『しかし、アレを超える無残な死に様となると……』


 ミナミが言っているのはフェッチが断末魔代わりに言っていた話の事だろう。あいつを捨て駒にした特殊性癖四天王を無残に殺してくれという。

 無残さでは群を抜く《 マスカレイド・インプロージョン 》。その七体同時発動の更にそれ以上ともなるとかなりハードルが高い。何かしら事前に検討しておく必要があるだろう。……しかし、特殊性癖四天王め。許せない奴らだ。まさか、仲間を捨て駒扱いするなんて。


「無残に散ったあいつのためにも、奴らを追い詰める手段を考えないとな」

『無残に散らせたのはマスカレイドさんですけどね』

「いや、だって怪人だし。あいつ、放っておいたら体の部位にしか興味持てない青少年だらけになっちゃうんだぞ」


 別にあいつ自身に恨みはないが、怪人である以上見逃してやる理由もない。

 あいつの能力は《 フェティシズム・ハーモナイザー 》といい、奴を含む広域でフェティシズムを開花・同調させるというものだ。

 《 ドMウィルス 》のような爆発的な感染力はないが常時発動し、加えて範囲内でフェティシズム嗜好を持つ者……フェティシストがいれば、その性的嗜好の強度によって怪人の対象部位が強化され、ついでに美しくなるという効果を持つ。

 俺自身、フェティシズムに理解はあるほうだと自覚しているが、それを他人に押し付けるのは違うだろう。


「ミナミだって、クラスの男子が鎖骨とかツムジ見て性的にハアハアしてるのは嫌だろ?」

『害はなさそうですけど、気付きたくはないですね』


 普通に露出する部分だから、見るなとも言えない。そいつ以外はエロいと思っていないというのも問題だ。咎めようにもそもそも理解できないのだから。寄せて上げるまでもなく激しく強調されているミナミの乳を無視して、別の場所を視姦するというのも失礼な話だろう。


『……マスカレイドさんもそういう趣味が? インストールされているゲームの傾向はどちらかといえば……』

「やめたまえ、ミナミ君」


 俺は年頃の女の子とエロゲーのジャンル談義するようなハートは持ち合わせていないんだ。そういうのは大っぴらに披露するものではない。


「まあ、どうせだからミナミも考えておいてくれ。特殊性癖四天王を無残に倒す方法。それっぽい新必殺技でもいいぞ」

『了解です。……とはいえ、あとはもう寸刻みとか尊厳破壊的な方面しかないような気も……』


 寸刻みとかパッと出て来るあたり、ミナミさんは普通ではないと思います。




-5-




 そして、相変わらず出撃のない日々が戻ってくる。俺は一向に構わんのだが、ミナミが暇だ暇だとうるさい。


「俺、そろそろ積んでたエ……ゲームの消化に入りたいんだけど」


 せっかく専用PCを手に入れたというのに、有効活用できていない。


『仮にも乙女に向かってエロゲーとか言わないで下さい』

「ちゃんと濁しただろうが」


 何故わざわざ言い直すのだ。


「そこってビルなんだろ。なんかそういう娯楽施設ないのか? 他のオペレーターも息詰まるだろ」

『一通りはあるんですけどねー。プールにサウナに映画館、ゲーセンやパチンコ、無人ですけどカジノもあります』


 それだけあれば暇潰しできそうだが。


『だけど、一人であんな大きな公共施設使うのはちょっと……』


 そういえば、他のオペレーターは忙しいんだっけ。


『食堂も大抵のものは出してくれるんですが、料理してるのロボットなんですよね』

「……メイドロボ?」

『いや、すごくロボットロボットしたロボットです。工場みたいに』


 ロボットロボットしたロボットでなんとなく伝わってしまうところに、現代における日本語の乱れを感じるな。


『アレですね。あくまで私たちはサポーターなわけで、そこに力は入れていないって事なんでしょう』


 快適な住環境は整えるが、それは万全なサポート体制のためって事か。


『チーム内だったらそれなりの交流もあるみたいなんですけどねー。あとは以前から交流があるオペ同士とか。接点もなく、すでに出来上がったグループに入っていくのはなかなか……同期のアイリーンは廊下で擦れ違ったら挨拶くらいはするんですけど』

「じゃあ、これから入ってくる新人に声かけてみるとか。先輩オペレーターとして色々教えてあげましょうとか」

『私たち以降の人員追加はまだないんですよね。……あー。そういえばですね、どうも私たち最後発らしいんですよ』

「追加ないならそりゃ最後発だろう」


 学年でいうなら一年生だ。新入生が入って来ない限り後輩ができるはずもない。


『いえ、そうではなく。……どうも、ヒーローが登録されたのって日本が一番最後らしいんです。エリア内での担当変更や補充もあったらしいですが、日本以外はすでに担当が着任していたって話なんですよ』


 それは俺が着任した事で世界における最後の空白地帯が埋まったという事だ。

 神様がギリギリまで任命をサボってたのか? ……すごくありそう。


「……ひょっとして、日本の怪人被害や目撃が少ないのって担当のヒーローが不在だったからとか?」

『多分そうですね。つまり、ヒーロー対怪人という構図が完成して、ここからが本番って事なのかもしれません』


 俺が着任した事で日本に被害が出始めたって考えるとアレだが、それが避けられない話でギリギリまで遅らせていたって考えると、それは神様のファインプレーなのかもしれない。何も考えてないような気もするが。


『つまり新人が入ってくるにしても、すでにあるチームや担当区域ってわけでして……となるとますます私が孤立しそうな……』

「私立マスカレイド学園に新入生は入って来ずにミナミは最下級生のままだと。……どうした?」


 愚痴を零していたミナミの表情が固まっていた。


『マスカレイドさん、テレビ! テレビ点けて下さい!!』

「なんだ、怪人……じゃないよな。アラーム鳴ってないし」

『ヒーローTVじゃなくて、普通の民放! どこでもいいです。怪人が声明を出してます』

「……は?」


 民放って……それは一般人に向けて放送してるって事なのか? ……え、マジで?

 とりあえずテレビを点ける。チャンネルは……どこでも同じだ。いくつか切り替えてみたが、どれも同じ画面を映していた。……電波ジャックされている。


『親愛なる人類諸君。我々は君たちが怪人と呼んでいる存在だ』


 画面に映っているのはあきらかに人間の造形をしていない怪物。それが流暢に画面から語りかけて来ている。テロップなどもないただの中継だ。


「……ちょっと待て。この言い方はまさか、国内だけの放送じゃないのか」


 良く見れば声と口の動きが合っていない。怪人だから発声構造自体が異なるのかもしれないが、翻訳されてると考えるほうが自然だろう。


『公営、民営問わず世界各国のテレビ、ラジオのおおよそが同時にジャックされているみたいです。全部は確認できてませんが、ネット上のメディアも……』


 ここまで噂レベル、あるいは秘匿されていた怪人が自ら名乗りを上げた。


『我々怪人は人類の絶対的敵対者である。人類社会に害のみをもたらす者である。お互いに相容れず、理解の及ばない存在である。それを最初に断言しておこう』


 明確な敵対の意思表示。それは、人類社会すべてにおける宣戦布告。


『我々怪人は人類を超越する者であるが、一方的に滅ぼすつもりはない。諸君らは同様に超越者であるヒーローに縋り、我々を滅ぼす事もできる。その舞台は整った』


 埋まっていない最後のピースが揃った事で、舞台が完成した。


『これを冗談と捉える者もいるだろう。そこで、証明というほどではないがビッグイベント開催だ。今から二十四時間後より、世界各所に爆弾を放ち一定時間ごとにこれを爆破させる。このために爆弾怪人グランド・スラムという怪人を用意した。場所の指定はしないが、"ヒーローの諸君であれば"おおよその位置は掴める事だろう』


 世界規模のテロ宣言。目的は明確だが、交渉の成立しない一方的な破壊行為だ。


『二十四時間後、太平洋上空で一つ目の爆弾を起動させる。それをゲーム開始の合図としよう』



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