舞台裏「切片怪人フェッチ」
どこかの街の郊外にある何の変哲もない廃ビルの前に立つ。
俺はこのビルで行われるという、ある怪人グループの面接へとやって来た。くたびれた背広を着た人間の男に見えるだろうが、その正体はれっきとした怪人である。
「ここが面接会場か……」
周りに人影はなく、このビル自体もすでにインフラは死んでいるだろう。
そもそも、ここが普通の場所でない可能性もある。転送というのは点と点を結びつける移動方法であって、必ずしも相互に結ばれている必要はないのだから。怪人の拠点など、隔絶しているくらいがちょうどいい。
ビルへと足を踏み入れる。面接会場は五階だが、エレベーターは動いていない。当然階段での移動だ。フロアも階段も長年掃除されていないのか埃だらけである。ただ、目的地の五階は意外にも片付いていた。拠点として機能しているのか、それとも面接のために掃除をしたのか。仮にも有名どころの怪人グループなのだから、臨時に用意した会場なのだろうと結論付けた。
面接会場と書かれた目的のドアを見つける。時間通りだったはずだが、他の怪人はおろか受付もいなかった。ひょっとして、今日面接受けるのは俺だけなのだろうか。
「どうぞ切片怪人フェッチ君」
とりあえずノックをすると、こちらの正体まで見破られていた。廃ビルに見えても実は監視装置は動いているという事なのだろう。
中に入るとそこは掃除の行き届いた広めの会議室。長机を挟んで反対側にローブ姿の男が二人座っていた。そして、部屋の隅には何故か全裸で亀甲縛りされた男が吊り上げられている。
「かけてくれたまえ」
吊り男が気になって仕方ないが、ここは特殊性癖四天王の用意した場所だ。気にしたら減点されてしまうかもしれない。
「怪人名は切片怪人フェッチ、ここに来たという事は最低限でも人間社会へ被害を出した上で生きて戻って来たという事だが、相違はないかな?」
「はい。出現経験は三回。実はヒーローとの戦闘は未経験ですが、評価はAを頂きました」
評価こそされているが、実戦経験がないのはマイナスポイントだろう。そこは自覚しているが、情熱で負けるつもりはない。
「ですが、どんなヒーローが相手でも負けるつもりはありません」
「勇ましい事だ。それは怪人なら当然の心構えだな」
つい口走ってしまったが、そんな事は歴戦の怪人からしてみたら当然なのだ。改めて熟練の凄味というものを感じさせる。
「我々は新たな特殊性癖四天王の募集を行っているわけだが、この面接はただの意思確認であって試験というわけではない。その辺は理解しているだろうか」
「はい。怪人である以上、実力で合否を決めると聞いています」
それは案内があった時点で告知されている事である。
つまり、ある程度加味される可能性はあるとはいえ、極端に失礼な真似をしない限りはこの面接で合否が決まる事はないという事だろう。
「本来ならそこに特殊性癖の強度……つまりどれだけ変態であるかを確認したいところなのだが……」
それは募集要項にあった項目だ。
俺は切片淫乱症……いわゆるフェティシズムの権化である。それ自体はあまり強力な性癖ではないが、フェティシズムは潜在的に抱えている人間が多く、世界的に見るならばその欲望は強大だ。局地的よりも幅広い性癖が俺の力となる。ちなみに、俺自身がフェティシズムを持っているのはくるぶしだ。今日はその熱意を存分に語るつもりだったのだが……。
「……そんな余裕はない。我々は強い同胞を求めている。早急に空いてしまった四天王の席を埋めないといけない」
「空いてしまった……。あ、失礼しました」
「構わん。そんな理由だから、自由に発言してくれて構わない」
もっと砕けた感じが求められているのかもしれない。吊り男もひょっとしたら、そういう意味で場を和ませるために用意されたと考えるべきだろうか。だとしたら無反応なのは失礼だったかもしれない。
「ふごーっ!! ぶこーっ!!」
吊り男が暴れているが、あれも演技だというのか。なんと業の深いグループなのだろうか。
「では質問なんですが、空席があるという事はすなわち……」
「そうだ。ヒーローに討伐された」
「馬鹿な……」
特殊性癖四天王はその異常性癖で有名だが、それ以上に確固とした実力を備えている集団だ。全員が怪人ランクA。加えて、非常に厄介で強力な能力を保持している。
ヒーローが怪人よりも強いというのは常識だ。しかし、それはあくまで平均を見ればという前提に基づくものである。なのにこんな強力なメンバーを揃えたグループが欠員が出るという事は、それほどまでに強いヒーローと戦ったという事になってしまう。
「という事は、相手のヒーローはアメリカあたりのエースでしょうか」
アメリカはヒーローの層が厚く、目下、最大の障害になるだろうと言われている。活動が活発なあの国のヒーローなら強力なのも頷ける。どんな相手だろうが臆するつもりはないが。
「……いや、日本だ。長らくヒーローが任命されていなかったあの国にヒーローが誕生した」
「新人……!?」
馬鹿な。任命されたばかりの新人ヒーローに、ランクAの怪人が倒せるものか。
いや、ただのランクAなら適性次第でなんとかなるかもしれない。しかし、その上澄みである四天王は無理がある。そんな新人がいてたまるか。
「冗談だと思っているな? しかし、冗談では済まないのだ。実際、すでに我々は二人もの同胞を失っている」
「二人も……」
四天王なのに椅子に座っているのが二人……という事は、やはりあの吊り男はオブジェクトか。
「そこで新たな同胞である君へ課す試験だが……このヒーロー、マスカレイドさ……こほっ、マスカレイドと戦ってもらいたい」
「なるほど。生意気な新人を叩きのめしてこそ、四天王にふさわしいという事ですね」
「そうだ。ぶっちゃけいけに……ごほっ。失礼……次の対戦相手として名乗りを上げてくれれば、我々はすぐにでも受け入れる準備がある。……やってくれるかな?」
「当然ですっ!! 見事、この切片怪人フェッチがマスカレイドとやらを仕留めてみせましょう!」
「すばらしい! ではここにサインを……あ、印鑑は拇印でいいから」
「はい」
差し出された書類に淀みなくサインを書き、拇印を押す。
狙った時期、場所を指定して出現できるこの出現予約エントリーシートは普段使われる事はないのだが、宿敵と評されるヒーローがいる場合ならその限りではない。利用用途は専ら報復……仇討ちだ。つまり、チームとして活動する証ともいえる。……ちょっと興奮してきた。
「よし、確かに受け取った。ローテーション的に出現は数日後になるから、連絡を待つように。……ああ、マスカレイドの戦力分析のために動画が用意してあるんだ。我々の同志ド・エームとフィリピンの怪人キキールのものなのだが、これで事前の戦力分析といこう」
わざわざそんな物まで手に入れているとは。さすがは特殊性癖四天王。これは、俺もますます気合を入れないといけないな。
「……いや待て。俺もまだ見ていないが、最新の動画を手に入れてある。つい先ほど行われたエジプトでの戦闘らしい。ほとんどリアルタイムだ」
フィリピンにエジプト……日本担当なのに妙にアグレッシブなヒーローだ。新人特有の正義感にでも突き動かされているのか、それとも怪人が憎いのか。どちらにせよ、そんな暴れ馬はちゃんと躾けてやらないといけない。
……まあ、この切片怪人フェッチ様にかかればあと数日の命だがな。くくく。
「そんな物を手に入れたのか……さすがだな。よし、それにしよう。最新映像のほうが戦力分析もし易いだろう」
「噂では必殺技を使ったという話もあるから、どちらにせよ見ておくべきだろうな」
……その言い方だと、これまで必殺技なしで戦って来たような印象を受けてしまうが、そんなはずはないだろう。おそらくは新必殺技という意味に違いない。
廃ビルには似つかわしくない真新しいスクリーンが天井から降りて来た。これで動画を見るのだろう。
「では、ムービーによる戦力チェックといこう。……もうオーダーは覆らないからな?」
「望むところです!」
わざわざ自分でサインをしたのだ。念を押さなくても分かっている。
「生き残ってくれれば大金星って感じもするんだが……」
不安になりそうな言葉も聞こえたが、気のせいだろう。
スクリーンにムービーが投映される。最初は対戦するヒーローと怪人のプロフィールからだ。
怪人は王墓怪人チタン・カーメン。名前を聞いた事はないが、ランクBというわりに能力評価が高い。
一方のマスカレイドは銀髪に銀タイツ、銀マント、銀仮面という趣味の悪いマッチョマンだ。
「あの……日本人なんですよね?」
「詳細は分からないがそうらしい。ハーフか、帰化人か、在日米人という可能性もあるが、とにかく日本に住んでいる事は確かだ」
アジア人というのはもう少し彫りの薄い顔立ちだと思っていたが、随分と濃い顔をしている。まるで、整形でもしたようだ。
いや、強靭な体格と合わせれば不自然ではないから、むしろ帰化人であると考えるべきだろう。元々の身体能力が高い者はヒーローになったあともその実力を発揮し易いと聞く。見るからに強敵だ。俺の実力を示すにはちょうどいい。
そして映像は舞台である砂漠へと切り替わり、対戦が始まった。二人はかなり距離をとって向かい合っている。
場所的に考えて、チタン・カーメンは発生したばかりの新怪人なのだろう。こんな人気のない場所に出現したのは最初故にランダムで場所指定してしまったに違いない。
「……マスカレイドの奴、ずいぶん落ち着いているな」
「おそらく、何度か戦闘を経た事で慣れてしまったんだろう。……くそ、やはり奴は危険だ。早く始末しないと」
……そうだろうか。画面に映るマスカレイドは普通に棒立ちに見えるのだが。すごく素人っぽい。
「王墓怪人の特性上、どうしても長期戦になりそうですね。あの金属の体にダメージを与えるのは至難なはずだ」
「「いや、それはない」」
口を揃えて断言されてしまった。……これは一体どういう事なのか。
不意に視線を移動させた先で吊り男と目が合った。……猿轡で発言はできないようだが、首を振っている。
『見えたっ!!』
すさまじいスピードで飛びかかるチタン・カーメンを迎撃するマスカレイド。……まさか、あんな速度を見切ったというのか。
そして次の瞬間、画面上では信じられない事が起きていた。迎撃を受けたチタン・カーメンの腕が爆散している。
「そんな……馬鹿な」
「……そうだ。奴に生半可な防御は無意味なのだ」
そういうレベルではない。あれでは直撃を受けた時点で終了ではないか。しかも、そんな相手があんな高速の動きを見切って迎撃してくる。
……身震いがした。いや、これはきっと強敵に対する武者震いだろう。そうに違いない。
『ん!? まちがったかな』
だが、そんなあり得ない結果を前にしてもマスカレイドは首を傾げていた。何が不満だというのか。
「……奴は一撃で仕留めるつもりだったのだろう。それが何かしらの要因……おそらくはチタン・カーメンの機転によって右腕だけを粉砕するに留まった。普通のパンチに見えたが、ひょっとしたら特殊な必殺技を使ったのかもしれないな」
そうか。いくら強くてもあの金属の体を一撃で粉砕するのがただのパンチであるはずがない。つまり、マスカレイドは乾坤一擲の一撃を外した。まだまだ新人。つけ入る隙はあるというわけだ。
戦闘は続く。もはや満身創痍もいいところだが、チタン・カーメンは諦めない。最後の切り札とばかりに何かの能力を使ったのか、周囲に蒸気が立ち込めた。
「あれは資料に載っていた《 カーメン・ドライブ 》だな。ファラオの呪いをその身に纏う事によって、爆発的に身体能力を高める技だ。使用後は反動でミイラになるらしいが、奴も勝負に出たな」
「後先考えない、真の意味での特攻というわけか。惜しい奴を亡くした」
四天王の二人は、すでにチタン・カーメンが死んだものとして扱っている。
いや、こんな面接を開いている以上マスカレイドは死んでいないのだろうが、怪人を応援する気持ちはないのだろうか。
そうこうしてるうちに戦闘も大詰めに入る。更に強化されたチタン・カーメンと、それを迎撃するマスカレイド。状況は違えど、最初とまったく同じ構図だ。……まさか、マスカレイドはこれほどまでに強化された状態でも動きを見切るというのか。
「今度こそ決まったな」
「……ああ、強化されたとはいえ、何かしら搦め手でも使わなければ最初と同じ事よ。……いや違う! これは!?」
[ ナレーション ]
説明しよう! マスカレイドの《 マスカレイド・インプロージョン 》は対象の防御を貫通し、体内の構成組織をズタズタに引き裂いて炸裂させる残虐非道な必殺技だっ!! 喰らったら最後、触れただけで粉々になるマスカレイドの超パワーが直接体内で爆発し、被害者に無残な生き地獄を与える事になるのであるっ!!
すぐに死ぬ事も許されず、ありとあらゆる穴から体液を噴出しつつ、内部からの苦痛に耐える事さえ許されない! その効果は正に極悪非道!!
誰がこんな必殺技を許したというのか!! おお神よっ!! これでは、次に戦う怪人も色々大変な事になってしまうではないですか!!
『グエエエエエエエエッ!!』
これまで見てきた中で、……いや想像できる中でもトップクラスに残虐なあまりの死に様に絶句していた。俺だけではなく部屋にいる全員が無言だった。
……え、俺アレと戦うの?
「さて、切片怪人フェッチよ。我らの代わりのいけに……急先鋒としてマスカレイドを撃滅するのだっ!!」
「いやいやいやいやいやいや……ちょ、ちょっと待って!? あんた今生贄って言ったよな? え、そこ! 書類持っていかないで!?」
「駄目だ。サインした以上、お前の次の対戦は決まった。あと、生贄とか言ってないから。誇り高い我々がそんな事言うはずないから」
「いや、絶対言った! くそー、まだだから。まだ処理はされてないから! おいこら! 部屋から出るな!!」
ローブの片割れが書類片手に無言で部屋から出ていった。これでは、あと数分もしないうちに次の対戦が決まってしまう!
しかし、もう一人のローブがなりふり構わず必死に押さえつけてくる。無駄に力強くて動けない!!
「っていうかやべえ……なんでアレから更にパワーアップするんだよ……」
そんな状況でも、さきほどの動画の影響が見られる。あきらかに動揺していた。
「ぷはっ! ……ようやく解けた。ふふふ、待っていろマスカレイド。面汚しのチタン・カーメンに代わり、切片怪人フェッチが貴様に引導を渡してくれる!!」
あいつ、天井から吊られたままで何言ってんだろう。
そして数分後。非情にも切片怪人フェッチの次回出現場所が日本に確定した。
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