第九話「王墓怪人チタン・カーメン」




-1-




 俺、穴熊英雄がなんの因果かヒーローになってしまってから一週間が経過した。ヒーローになる前後で変わった事は山ほどあるが、ここ数日は一応平穏無事な日常が戻って来たといえるような日々だ。

 悪臭怪人ワキノス・メル以降、担当地域……この場合日本に怪人は出現していない。あの事件も結局そこまで騒がれる事はなかった。

 一時はバイオテロかとニュース番組を騒がせたが、一切の毒ガス成分が検出されなかった事と直接的な犠牲者がいなかった事でただの悪臭事件として処理されたらしい。怪人は正体不明のまま、臭いおっさんが出現したという都市伝説染みた噂だけが残る事となった。ネット上では似たようなおっさんの写真をアップロードしてネタにされているくらいである。

 ……また、俺の懸念が現実になる事もなかった。ワキノス・メルが次に出現したのは何故か閉店後のサウナだったらしく、ヒーローが倒しても目撃者はいなかったらしい。

 というわけで、俺は相変わらず引き籠もっている。穴熊英雄は元々引き籠もりであったが、マスカレイドになっても引き籠もりなのである。引き籠もりヒーローだ。銀髪のマッチョボディになり、担当のオペレーターと対戦ゲームに明け暮れるようになっても根本的な部分は変わらない。労働嫌いで出不精、怠け者、動くくらいなら餓死を選択するコアラに共感を覚えるほどである。




『怪人出ませんねー』


 画面向こうからだらけた声が響く。ウチの専属オペレーターであるミナミさんだ。


「出ないなら出ないでいいんだが、はっきりして欲しいよな。こういう場合って、大抵気を抜いた直後に……ってのがパターンだからな」


 悪臭怪人の時も同じだったが、数日単位で出動がないと緊張感も長続きしない。

 だが、寝ている間に出動があったらと思うと安心して眠りにつけない。気にしないのが一番なのかもしれないが、寝起きに出動しろと言われれば明日にしてもらえないかという気分になってしまうのも確かなのだ。それはサーバートラブルを抱えたIT業界の技術者に良く似ている。……実態は知らんが、きっと遠隔でサーバ障害に対応して、そのまま出勤するのである。家はシャワー浴びに帰るだけの場所です的な?

 そんな妄想染みた例は置いておくとしても、タイムラグによって被害が拡大する可能性がある事も問題だ。悪臭怪人のようなキワモノではなく、人を殺して回るような怪人に対しては一分一秒が命取りになりかねない。実際に被害が出ても俺にペナルティはない。……ないが、死者が出てはいそうですかと流せそうもない。

 引き籠もりは暇人であるが故に考える時間も多い。穏やかな引き籠もりライフを続けるには心労を抱えるのは避けたいのである。小市民に命の価値は重過ぎるのだ。ただでさえ部屋の外から呼びかけてくる母親の声に心を痛ませているというのに、自分が対処しなかったせいで大量の死人が出ました、街が一つ崩壊しましたなんて事になれば、俺のようなガラスのハートは致命傷を受けてしまうだろう。


『そういえば、怪人の累計討伐数が千体を超えたらしいですよ』

「そんなに出現してたのか」


 ニュースだけ見ているとそんな気はしないが、俺がヒーローになる前から怪人は出現していたし人知れず討伐された奴も多いだろうから、累計ならそれくらい行くかもしれない。


「他のヒーローさんたちは頑張ってるのかね。なんかそれっぽく苦戦したりとか」

『基本的に怪人よりヒーローのほうが強いらしいですが、相性の差でピンチになる事もあるらしいですよ。一緒に被害者数も発表されたんですが、一般人は一〇〇二人、死亡したヒーローは三人とそれなりに被害も出てますし』

「そりゃゼロってわけにはいかんよな」


 ……むしろ少ない印象だが、次回以降は跳ね上がるんじゃないだろうか。その数もおそらく二次被害は含めていないだろう。


『バグってるのはマスカレイドさんだけですからねー。他のヒーローさんが怪人と戦う時なんて、ド派手な必殺技の応酬とか……マスカレイドさんも、そろそろ必殺技とか覚えませんか? ヒーローらしく』

「お前は何を言っているんだ。……マスカレイドに必殺技が必要だと思ってんのか?」


 走れば瞬時に相手との間合いを詰め、飛べば音速を超え、パンチはどんな硬い体でも粉砕し、キックは大地を割る。ビルを両断するような攻撃だって無傷で耐え、毒だって効かない。気合を入れれば放尿ですら怪人を倒す事ができる。一応、極端な温度は苦手だが、苦手なだけでダメージは通らない。絶対零度でも凍死はしないし、マグマの中だって泳ぐ事が可能だ。必要になるかどうか分からないが、怪我を負った場合の回復能力だって尋常じゃない。傷ができた瞬間から復元されていく不死身っぷりだ。

 今のところ俺を苦しめたのは尿意と大自然だけ、警戒しているのも世論である。必殺技など必要ないのは一目瞭然だろう。


『戦闘力的には必要ないでしょうけど、ほら、見栄えが地味じゃないですか。基本技だけですし。格ゲーでいうなら、移動キーと小パンチしか使ってないですよ。ゲージ溜めて超必使いましょうよ。スーパーウリアッ上的な』

「それは誤植であって技ではない」


 基本攻撃しかしてないのは確かだが、マスカレイド自身は派手だし怪人のやられっぷりも派手だぞ。パンチで爆散する怪人なんて、お子様には見せられない凄惨っぷりだ。汚え花火がたくさん打ち上げられてるじゃないか。


「まあ、必要がないってだけで別に覚えたくないってわけじゃないぞ。わざわざ言ってくるって事は、なんか理由でもあるのか? ロマンとか」

『大した話ではないんですが、必殺技を使ってトドメを刺したりするとボーナス出るんですよね。そういう実績解除ボーナスもありますし、一つくらいは覚えてもいいんじゃないかと思いまして』


 ロマンどころか、実利のみで考えた提案だった。

 そういえば、そういうボーナスポイントもあったな。実績解除系ボーナスは一度しかもらえないが、わりと高ポイントなので使用した分の回収も容易だ。忘れていたが、普通に考慮すべき話である。


「……安い奴ならアリかもな。といっても、まるっきり無駄なのは避けたいが」

『トドメ刺せないと意味がないので環境対策や隠形、身体能力強化系は外すとして……遠距離攻撃か範囲攻撃でしょうか』

「この際、トドメだけじゃなく必要なものは一通り検討しておこうか」


 序盤特有の慌ただしさもなくなって来た事だし、必殺技や装備について考える時期が来たという事なのかもしれない。実際は怪人相手に苦戦して必要に駆られて検討するのが普通だと思うが。

 というわけで、俺とミナミはカタログを確認する作業に入る。


『個人的には専用技にラインナップされた《 マスカレイド・縦裂きチョップ 》が気になるんですけど。主に字面が』

「現場が余計にグロくなるな」


 縦裂きにされるなら爆散するほうが絵ヅラ的も優しいだろう。

 というか、必殺技じゃなくても普通にできそうだ。口に手を突っ込んで、こう……横にがばっと。


『じゃあ、《 マスカレイド・カウントダウン 》なんてどうですかね? 発動条件は厳しいですが、刻一刻と迫る死の恐怖を味わわせる事ができますよ』

「お前は何故そんな残酷な技ばかりオススメするんだ。俺を残虐超人にでも仕立て上げたいのか」

『だって、相手は悪の権化ですよ。無残な死に方のほうが面白いじゃないですか』


 面白いとか。……そういえばこいつ、伐採怪人戦がお気に入りとかいう変な奴だったな。

 別に困るわけじゃないし血を見るのは駄目ってよりはいいが、どこか倫理観がぶっ飛んでいる気がする。怪人相手とはいえ、少しは可哀想とか思わないんだろうか。


「ちなみに、その感覚って怪人相手だけだよな。一般人爆殺して面白いとか言い出さないよな?」

『そんな事言うわけないじゃないですか』

「ならいいんだ」

『でも、邪魔なら少しくらい張り倒してもいいと思いますよ。野次る人とか』

「あ、はい」


 最低限の倫理観はあるが、かなりの過激派って事だな。野次る奴はお前が戦えっていうのは同感ではあるが。

 今後、そんな奴がいたら必要な犠牲を装いつつ怪人に向かって放り投げてやろう。


「そういえば、オペレーターのカタログってヒーローのやつと同じなのか?」

『マスカレイドさんが持っているやつも持ってますが、それとは別に専用のカタログがあります。私が使えるのはこっちだけですね』

「必要な技能や権限がポイントで買えたりとか?」

『ありますけど、今買えるものは必要なものはほとんど購入済みです。まだランク1というのもありますが、マスカレイドさんかなり稼いでいるので。……ああ、良く考えたら昇格したらカタログもらえるから、検討するにしてもそれからのほうがいいんですかね』

「そういやそうだったな。……まだ昇格してなかったのか」


 確か汎用的なスキルを含むカタログがもらえるって話だったはずだ。《 影分身 》とか。

 ……複数のマスカレイドとか、怪人からしてみたら絶望しかないな。


『例の測定不能絡みで評価が長引いてるらしいです。終わったら連絡来ますよ』


 測定できないのはあちらの問題なのに、こちらがその煽りを受けるのか。カタログだけでもくれよ。


『あ、そういえばマスカレイドさん、前に私の知らない話してましたよね? 悪の組織とか最終回とか。結局アレ調べても分からなかったんですが』

「……ああ、忘れてた」


 その説明も必要だし、神様にも会わせておいたほうがいいんだろうな。……ってあれ、どうやって呼び出せばいいんだ? 前は話しかけただけで反応したよな。


「ミナミ、神様と連絡取る方法知ってる?」

「そりゃ知ってますが……まさか、聞いてないんですか?」


 また伝達漏れかよ。緊急の用事があったらまずいだろうに。


 その後、ミナミから神様にアポを取ってもらい、あの六畳間へ呼び出してもらう事になった。

 待ち時間の間にジョン・ドゥや怪人についての話もしておいたが、予想通りなんだそりゃという反応だった。




-2-




 そして、久しぶりに来た六畳間は以前訪れた時から一切の変化がなかった。


「ふぁああああああ~~~~っ」


 違いといえば、布団が多少乱れているのと神様がでかいあくびをしている事くらいだろう。

 ……まさか、あれからずっと寝てたとかないよね?


「あー良く寝た。……やあ、久しぶり穴熊英雄君」

「はあ……神様も変わりなく」

「いやー、この安眠布団と枕はいいね。私の世界と地球との文明レベルの差というやつを感じさせるよ。このまま永眠してもいいかって思うくらい」

「いや、永眠はちょっと困るんで……」


 こんな神様でも一応俺の担当なのだ。尊敬できるかっていうと疑問は残るが、いなくなったり返事がなくなるのは困る。代わりが来ても自由にやらせてもらえるかは分からんし。


「それで今日は何かな? トラブルって感じじゃないけど」

「前に話したオペレーターが着任したんで、顔合わせって事で……ってあれ、そういえばいないな」


 わざわざアポとってここに来たのだからミナミも現れるのだと思っていたが、影も形もない。


「オペレーターはヒーロービルに常駐してて、外出できないからね。そりゃ通信越しになるよ」


 神様がテレビのリモコンを操作すると、見覚えのある顔が映った。


『いやーどうもどうも、オペレーターの南美波でっす!! 名字が南、名前も美波、ミナミとミナミってなんじゃそらって感じなんで、気軽にミナミちゃんって呼んでね! どっちも同じですけどね』


 画面に現れたミナミは俺の時と同じようにまくし立てる。


「……寝起きにはうるさい子だね」

『がーんっ!! 気さくな感じでいいって話でしたからこんなんなりましたけどー、天罰とか勘弁して下さーい!』

「天罰とかもう使えないけどね」

「お前は誰相手でもその口上なのか」


 事前の打ち合わせで気さくな感じでいいとは言ったが、そりゃうるさいって言われるわ。


『あーでもでも、これからは神様とも二人三脚ならぬ三人四脚でやっていくわけですのでー、マスカレイドさん共々よろしくです!!』

「私は基本ノータッチだから必須事項の連絡だけしてくれればいいよ」

『ええっ!? 他のところは色々口出ししてるって話だったんで、顔合わせした以上は命令系統もしっかりするべきなんじゃないかと、ほら、ほうれん草食べてマッチョになる感じで』

「ごめん、意味が分からない」


 セーラー服着たマッチョマンのネタどころか、ホウレンソウも通じないだろ。


「そこら辺は基本英雄君に一任してるから」

『えーと、でも神様の権限が必要な作業って結構ありますよ?』

「じゃあ、最低限だけ残して君に渡しておこう」

『は? ……ってええええっ!? おおおおおっ!! なんじゃこらーーっ!? これ、一オペレーターに渡す権限じゃないですよー!!』


 神様が何かしたのかミナミの姿が画面から消えた。多分、引っくり返ったのだろう。


「あの……神様、あんまりミナミを驚かせないでやってください」

「大丈夫、担当するのが君一人なら彼女だけでも問題ないはずだ。これで私もゆっくりできるというものだね」


 あんたさっきまで寝てたじゃないか。それ以上、どうやってゆっくりするというんだ。


「それに譲渡可能なものだから問題ないはずさ。大抵は行使するにもポイントが必要になる権限ばかりだし、私をいきなり消すような事もできない」


 それは、ポイントさえあればその手前くらいまでは自由にできるという事ではないだろうか。

 この神様放っておいていいんだろうか。なにか致命的な問題が起きそうな気がしないでもないんだが。


「……まあ神様がいいっていうなら、預かるだけ預かっておけよ。くれぐれも悪用するなよ」

『しませんよー!! だってこれ、下手したら地球が……』


 ……地球がなんだというのだ。変なところで言葉を止めるなよ。怖いだろ。


「そういえば、私も英雄君に用事があったんだ。……ああ、これこれ」

「は、はあ……なんですか? ……紙?」


 神様がさっきまで寝ていた布団の下を弄り、何かを取り出した。

 俺に向かって差し出したそれは数枚の紙だ。一見何かのチケットに見える。知り合いがライブでも開くのかな。


「先日、累計千体目の怪人が撃破されたそうでね、ヒーローに向けてプレゼントらしい。千体討伐おめでとう記念だってさ」

「新手のスマホゲームかな」


 ダウンロード○○達成記念みたいな。累計千体自体はミナミから聞いていたが、そんなプレゼントがあるとは。


「本来は担当してるヒーローに分配するらしいんだけど、私の場合は君だけだからね。全部持っていくといいよ」

「専用必殺技チケット、専用能力チケット、汎用必殺技チケット、汎用能力チケット、装備チケット、家具チケット、無限文房具チケット……ひょっとして、カタログで買えるものがもらえるとか?」

「ランダムらしいがね。聞いたところによると専用必殺技と能力が当たりらしくて、担当地域で討伐成績のいいヒーローに配布されるらしい。本当は複数枚あったんだけど、一人が使えるのは各種一枚って決まりらしいんだ」

「ほう……」


 必殺技の話をしていた直後に、なんともタイムリーな話である。……まるで狙って配布したかのようだ。

 神々がやる事だから俺たちの話を聞いていた可能性もあるが、操作したとしても賞品くらいかな。累計討伐数を誤魔化すのは難しそうだし。

 ちなみに、チケットの他にも全員配布のプレゼントとして、ヒーローカタログで使える図書券、記念カタログ、装備品染色セット、ヒーロー名リネーム券、面白ヒーロームービー集、ヒーローポイント100Pと、これまでに死亡したヒーローの告別式参列権が配布されるそうだ。

 ……いや、香典くらいは包んでもいいが、ヒーローの告別式とか行かないから。誰が喪主やるんだよ。神様か?


「ちなみにこのチケットの使用方法は……」

「手に持って"使う"って念じれば消費されるよ。ミナミ君には一日外出券の七枚セットを送っておこう」

『わーい、ありがとうございます!』


 生活環境は良さそうだが、ビルから出られないってのは監禁されているようなものだ。窮屈な面もあるだろうし、一日とはいえ外出できるのは気分転換にもいいだろう。報復完了済みとはいえ、少しくらいはほとぼりが覚めるのを待ったほうがいいと思うが。


「だから、できる限りこちらに仕事を回さないように」

『は、はい……』


 ちなみに家具は天蓋付きベッド、文房具は無限に使えるホチキスが出たので神様に進呈した。

 天蓋付きベッドとか邪魔以外の何物でもない。この場所は六畳間だが、場所をとる家具はテレビくらいなので問題はないだろう。神様も喜んでいたし。




-3-




 部屋に戻った俺は、並べた各種チケットを前に悩んでいた。


『何か悩む事あります? 当たりが出るかはともかく、ランダムなら適当に使えばいいのでは?』

「……いや、ここまでの流れを考えるとな」


 そのランダムというのがいけない。これがカタログから選んで取得したものであればいいが、運に委ねてしまうのは危険だ。警戒し過ぎかもしれないが、何かろくでもない能力が付与されてしまう気がする。


「たとえば、マスカレイドに《 ドM・ウィルス 》みたいな能力が追加されたら大変だろ?」

『あー、何が追加されるか分からないですもんね。怪人スキルを習得する方法もあるらしいですし、ないとは言えないかも』


 あるのかよ。そんなヒーローやだよ。


『でも装備品と必殺技は気にする必要ないんじゃないでしょうか。使わなければいいわけですし』


 必殺技というのはヒーローが能動的に発動するもの、能力は受動的に発動するものという分類なのだろう。

 ミナミの言う通り、危険視すべきは能力だ。……特に専用のほうは罠にしか見えない。


「……よし、使うか。能力チケット以外」


 とりあえずという事で装備品チケットを使用してみると、神様のところでベッドが出現したのと同様、何もなかったところにウエストポーチのようなものが現れた。ミナミの解説によればそれは< 転移収納ポーチ >といい、出撃などで転移した際に登録装備品以外の物を持ち運びできるものらしい。あまり容量はないが、500mlのペットボトルなら四本くらいは入りそうだ。

 大変無難な品で宜しいが、……もう少し早く欲しかったな。氷河怪人の前くらいに。


 そして、汎用必殺技チケット。これはヒーローであれば誰でも使える必殺技を習得するためのものだ。基本的に無難なものしか存在せず、効果もそれほどではない便利スキル的な位置づけになるらしい。これを使用して習得したのは、以前話した《 影分身 》だった。


「……まさかこれ、知ってるスキルしか習得できないってわけじゃないよな?」

『さ、さあ……もう一回試すというわけにもいかないですし』


 むしろ、それだったら助かるのだ。専用必殺技はカタログでいくつか目にしているが、そこまでおかしなものはなかったはず。

 ……一応もう一回確認しておこうか……うん、ないな。どれを習得しても致命的な事にはならない。この際、縦裂きチョップでもいいだろう。


「よし、じゃあ問題の専用必殺技だ」


 これで問題ないようなら、能力チケットのほうも使用を検討する。……あくまで検討だ。少しでもまずそうな臭いを感じたら封印決定である。しかし、チケットを使用して習得したのは、どうにも判別の付き難い代物だった。


「……《 マスカレイド・インプロージョン 》?」


 習得と同時に脳裏へと浮かび上がってきたのはそんな名前の必殺技だった。効果は、打撃ダメージを任意の箇所へと浸透・集中させ、内部から炸裂させる必殺技……らしい。いまいちどんな技か分からないが、字面だけならまともな技に見える。

 少なくとも《 マスカレイド・尿道爆砕拳 》のようなあきらかなネタ技には見えない。誤植もなさそうだ。


『インプロージョンだと内部炸裂か、爆縮か……そんな意味ですね。核分裂でも発生させるんでしょうか』

「それだと結果としてエクスプロージョンになりそうだがな。……とりあえず、頭に浮かんできた効果には核だとか放射能って言葉はない。普通に考えるなら、内部に衝撃を貫通させる技って事なんだろうが」


 なんか中国拳法にそんな技があった気もする……。

 実際に当てた場所ではなく、衝撃をずらす。筋肉や骨、外殻、鎧で守られた部位ではなく、内部を直接攻撃できるなら強力な必殺技だろう。

 ただ、マスカレイドに必要な技かと聞かれると疑問だ。普通のパンチだけですべてを粉砕するのだから、そんな小細工は必要ない。……絵ヅラ的にも地味なんじゃないだろうか。


『使い方も分かるんですか? 発動条件とか』

「ああ。攻撃のインパクト時に技の発生箇所を認識して発動。その攻撃の威力を基準として、力点から作用点までの距離が遠いほど減衰する。……一瞬の間に認識する必要があるから発動難度は高そうだが、多分マスカレイドの反応速度なら問題ない」


 集中すれば超スローになるマスカレイドの認識世界なら、コンマ秒のタイミングでも合わせられる自信はある。

 怪人との実力が拮抗した状態ならともかく、今のような力量差があれば問題ないだろう。


「威力が減衰するって事は手加減ができるって事にもなるのか?」


 それなら、伐採怪人の時のような超レアケースにも対応可能だ。殺さずに動きだけを止める事ができる。今後そんな状況があるかは微妙だが。


『必殺技としてはアレですが、それなら有用ですね。怪人を嬲り殺しにできます』


 ミナミさんは時々恐ろしい事を口走るから怖い。


『怪人相手に試し打ちしてみますか? 手頃そうな相手がいるかは分かりませんけど、条件を指定しておく事は可能ですし』

「そうだな。……周りに誰もいなくて、担当ヒーローに放置されてればどこでもいいぞ」


 スーツがあるならアラスカでも問題はない。視界が確保できないような場所だと試し打ちは厳しいが。


『内部ダメージの実験なら、硬い外皮を持った怪人のほうが良さそうですよね……』


 技の確認ができればいいから硬くなくてもいいが、マスカレイドのパンチに耐えられるくらいの防御力があったほうがベターだ。


『ちょうど、エジプトに王墓怪人チタン・カーメンという怪人が出現しています。砂漠のど真ん中だからか担当のヒーローも出動していないですね。チタン製なら少しは硬いんじゃないでしょうか』

「ああ、それでいいや」


 待つまでもなく、試し打ちにぴったりじゃないか。

 画面に映し出された怪人は、金属でできた外殻を持つツタンカーメン的なパチモノだ。名前もちょっと即席ラーメンっぽい。怪人ランクはBだが、正直これまで相手をしてきた怪人の中では強そうな部類に見える。


『まだ支援要請は出てませんが、現地の担当オペレーターに打診したところ許可が出ました。問題なく出動できます』

「よし、じゃあ一丁必殺技のお披露目といこうか」




-4-




 周囲は見渡す限りの砂漠。街どころか人影すら見当たらない。

 はっきりいって灼熱地獄だが、今回はスーツが温度調整してくれるのか少し暑いかなという程度だ。改めて氷河怪人の際の失敗が悔やまれる。

 そんな砂漠のど真ん中に怪人がポツンと立っていた。こんなところに出現しても被害を出す方法などない。制限時間まで待ちぼうけを喰らうくらいなら、いっそ引導を渡してやったほうが怪人のためだろう。


「■△○○△□~~ッッ!!」


 お国柄故か何を言ってるかは分からない。まあ、『良く来たな、ここがお前の墓場だ』とかそんな感じのセリフだろう。怪人が何を喋っているかなんて分からなくても問題はないのだ。


 理解できない口上もほどほどに戦闘が開始する。

 チタン・カーメンは早速こちらへ向かい猛烈なダッシュで距離を詰めて来た。立ち昇る噴水のような砂煙。クレーター状の足跡を残すほどの踏み込みは足場が砂地であるにも関わらずすさまじい加速を生んだ。正確な時間は分からないが、おそらくその間コンマ秒。人間の反応速度なら、消えたようにさえ映るかもしれない。

 しかし、超人を超えた超人であるマスカレイドには、その一瞬でさえ止まって見えるほどに体感速度を引き伸ばす事が可能だ。そして、その刹那で回避どころか迎撃体勢を取り、万全の状態で待ち受ける事さえ可能である。

 ヒーローとしての能力、そして必殺技は決して俺が鍛え上げ血肉としたものではないが、マスカレイドという存在の根幹に刻まれている。どう迎え撃てばいいか、どういったモーションが効率的かを教えてくれる。だから、つい先ほど習得した必殺技でも、それに最適な条件を作り出す事が可能なのだ!

 分かる。ただの一度ですら使った事のない技の発動方法が!


「見えたっ!!」


 俺に向かって振り下ろされたチタン製の腕に合わせ、拳を振るう。それは力任せではなく、必殺技を発動するための攻撃だ。

 インパクトの瞬間、怪人の腕が粉砕される感触が伝わってきた。スローになった世界で、チタン・カーメンは腕を爆散させつつ吹き飛ぶ。

 ……あれ?

 それはいつものパンチと変わらない感覚だった。普通に殴ったのと変わらず、ダメージを与えたのも殴った腕部分だ。……つまり失敗である。


「ん!? まちがったかな」


 別に新しい秘孔を試したわけでもないのだが。

 流れ込んで来た知識から考えるに、《 マスカレイド・インプロージョン 》はそこまで精密な動作を必要としない必殺技のはずだから、単純にタイミングの問題だろうか。それとも作用点の認識方法が違う?


『……何が見えたんですか?』

「ううううっさいわ」


 ミナミの冷んやりとしたツッコミが超恥ずかしかった。くそ、何が『見えたっ!!』だよ。失敗してんじゃねーか。

 おのれ、チタン・カーメンめ……。間違って当てたのが腕で良かった。これが胴体や頭だったら即死だったぜ。


「さあ、次だ。かかって来い! ヘイヘイ、カモーン!!」


 言葉の意味は伝わらないだろうが、砂に塗れてのたうち回るチタン・カーメンを挑発する。

 《 マスカレイド・インプロージョン 》は別にカウンターで使う必要のない打撃技だからこちらから向かって行ってもいいのだが、同じシチュエーションで使わないと負けた気になるのだ。

 フラフラと体液を流しつつも立ち上がるチタン・カーメン。挑発が効いたのかそれとも怪人に逃げるという作戦は存在しないのか、チタン・カーメンはこちらを睨みつけつつ雄叫びを上げた。ナイスファイトだ。お前はやればできる子だから頑張るんだ!


 片腕を失ったチタン・カーメンから、内部へ籠もった熱を排出するかのように大量の煙が噴出する。周囲の空気すら歪ませるほどの熱量を伴い、視覚的には強者のオーラを纏ったようにも見える。


――《 カーメン・ドライブ 》――


 いや、あきらかに雰囲気が変わった。そうか、これは怪人の必殺技。俺だけではなく、あいつも何かしらの技を発動したのだ。ビリビリと空気を通して伝わってくるプレッシャーはさきほどまでとは別モノだ。これがあいつの全力という事なのだろう。


「ガアアアアアァッ!!」


 言語がどうだとか関係ない獣のような咆哮を上げて再びチタン・カーメンが迫る。効果は分からないが初撃のそれとはまるで違う、怨念が籠もったかの一撃が左腕から放たれた。

 それに合わせ、俺は今度こそはと必殺技を放つ。二度も外すわけにはいかない。何故なら格好悪いからだ!


――《 マスカレイド・インプロージョン 》――


 インパクトの瞬間、確かに感じた。これがマスカレイドの必殺技。《 マスカレイド・インプロージョン 》だ。

 空中で受けたチタン・カーメンの動きが止まり、そのままの格好で砂へと倒れ込んだ。

 込めた力は先ほどの一撃と大差はない。なのに、命中した左腕は弾け飛んでいない。成功だ!


「ウガッ……グガ……」


 這いつくばり、苦しみ出すチタン・カーメン。その姿にすでに戦意はなく、迫り来る最後を覚悟したような雰囲気を感じさせる。


「グエエエエエエエエッ!!」


 左腕から伝わった衝撃は時間をかけて胴体へと貫通し、内部からチタン・カーメンの体を食い破るが如く炸裂した。金属製の外殻は一切意味を持たず、むしろそれ以外の肉体の構成要素を残らず破壊する。衝撃が全身の骨を粉々に粉砕し、体中の穴という穴からあらゆる体液を噴水のように撒き散らしつつ断末魔を上げるチタン・カーメン。


「グロッ!?」


 一瞬では死なない。もし、俺がやられるとしてもこんな死に方だけはしたくないというほどに、死の苦しみを凝縮したような光景だ。その姿はいっそ一撃で仕留めてあげれば良かったと思うほどに無残で哀れな姿といえる。

 数秒の間、チタン・カーメンは地獄でももう少しマシなんじゃねーかという惨状を晒しつつ絶命。その後、忘れていたかのように爆発した。

 砂漠に静寂が戻った。


『……あ、あの、マスカレイドさん?』

「よし、成功だ! いやー強敵だったなー」


 ……見なかった事にしよう。俺は新必殺技を発動し怪人を倒した。それでいいのだ。


 思った以上に凄惨な光景を演出してくれた《 マスカレイド・インプロージョン 》だが、特殊な効果故に使い所は限られるだろう。

 一瞬で死ねない分、爆散するよりよっほど悲惨である。必殺技としては……まあアリなんじゃないかな。怪人も、たまには違った演出でやられたい時もあるだろうし。……だが、決してトドメのボーナス狙いで安易に使っていい技ではない。

 当然、能力チケットは封印だ。怖過ぎるわ。


 ……この技も、どうしようもないほどに悪逆な怪人にだけおしおきとして使おうっと。



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