第七話「氷河怪人メガトン・グレーシャー」




-1-




『というわけで、マスカレイドさんは意味不明なバグ的存在だという事が判明したわけですが……』

「概ね同感だが、オペレーターを名乗るなら、もう少し言葉を選ぶ努力が欲しいところだな」


 通信開始直後から人をバグ呼ばわりしないで欲しい。特に何かの技を使ったわけでもなく、素手でライフルの銃筒を縦裂きできるような奴が普通ではないのは認めるが。


『この結果を踏まえて、評価官からいくつか追加の依頼が出ています』

「まだなんかしろっていう話か? 今回も結構長時間拘束されたから、面倒なのはパス」

『解剖、または改造させて欲しいと』

「ふざけんなっ!!」


 順番おかしいだろうが。なんでヒーローになったあとに改造手術受けるんだよ。

 いや、ヒーローになる前ならいいって話じゃなくてだな。そんな悪の秘密結社みたいな事……そういや根っこは同じだ……ええい、理由関係なしにそんな事されたくない。


『まあ、そう言うとは思っていたので私から断っておきました。それで妥協案としてスーツ貸して下さいって話になったんですが、これならどうですか?』

「……なんでスーツよ?」

『ヒーローの装備には直接詳細なデータを収集する機能があるらしくて、それを確認・解析したいそうです。とりあえず一日ほど』

「……まあ、スーツくらいなら構わんが、それだけか? 他には?」

『何も分からない事も十分有り得るので、スーツの次はマント、その次はブーツという順番で調べたいという話です』

「なら全部持っていけよ。一つずつとか面倒でしょうがない。……その分、報酬はもちろん出るんだろ?」

『はい。怪人討伐と違いすぐにとはいきませんが、今回の評価分に合わせて支払われます。それと、一時的にでも代用装備を借りる事になるので、代替品をどうするかですね。予備として同じスーツを現物支給するか、その分のポイントを依頼料にプラスするか、どっちがいいですか?』

「そりゃポイントで」


 装備ない状態で出動があった場合の対策なんだろうが、マスカレイドさん別に専用装備なくても強いし、いちいち受け渡しするのは面倒だ。

 代替品を用意したところで、着替え用の予備としても無意味に近いだろう。このスーツは自動洗浄機能が付いてるから汚物まみれにでもならない限り洗濯の必要はないし、無闇矢鱈に頑丈だから擦り切れる事もない。ダメージを受けても自己修復するらしいし、同じデザインじゃファッション的な意味でも意味がない。その分ポイントがもらえるなら、そのほうがはるかに嬉しい。


『では、着替えて一箇所にまとめておいて下さい。あちらから転送するそうなので』

「じゃあ、着替えるけどあんまりジロジロ見ないでね」

『見ませんよっ!!』


 と言い残してミナミが映っていたテレビが消えた。まあ、露出狂ではないのだからわざわざ見せつけるつもりはない。

 というわけで、ここのところずっと着続けているスーツ一式を脱ぐ。普段着ならともかくタイツをこれだけ着続けていると蒸れて大変な臭いを発しそうだが、嗅いでみても無臭だ。汚れもないし、まったく不思議な話である。

 銀色のタイツに加え、ブーツや手袋、マントも一箇所にまとめる。全部同じ銀色だから、派手でセンスの欠片もないのは相変わらずだ。

 一方、久々に袖を通した部屋着は新品同様だったスーツと違ってヨレヨレである。……今までは気にしてなかったが、これひどいな。ポイントを使って、あとで何か服を買おう。


『プッ……なんでそんなピチピチなんですかー』

「仕方ねーだろ。サイズ合わないんだよ。これでも一番ゆったりしたサイズのスウェットなんだ」


 再度通信を繋ぎ、着替えた俺の姿を見たミナミが吹き出した。確かに異様に巨体なマッチョが普通サイズの服を着れば、ちょっと面白い事になってしまうのは必然だ。身長二十センチ差と筋肉のボリュームのせいで、絶望的なまでに丈が足りていない。

 これが女の子ならピチピチマイクロサイズな服も、『いやーん、下乳見えちゃうー』的な感じでアリかもしれないが、マッチョではそんな需要もないだろう。


『あ、マスクは提出しなくていいそうですよ。現時点ではただの通信機なので』

「そうなのか?」

『はい。それに拠点外でオペレーターや担当の神様と通信するのに必要ですから、緊急時にはあったほうがいいでしょう』

「あんまりこの状態で出動したくないな」


 戦闘力的には何も問題ないのは分かっていても、ピチピチのスウェットで戦いたくはない。マスカレイドのスーツもアレなのは変わらないが、それでも一応専用装備って事で自分を騙せる。


 というわけで、マスク以外はしばしお別れだ。




-2-




「ところで、ミナミ……っていうかオペレーターは服はどうしてるんだ? まだ裸?」

『まだってなんですか!? 着てるじゃないですか。お風呂入ってただけで、人を露出狂みたいに言わないで下さい』


 胸から上しか見えないが、画面上に映るミナミは以前とは違う格好をしている。コールセンターのお姉さんが着ているような制服ではなく、多分私服だ。


「オペがどこで仕事してるのかは知らないが、服や日用品買えるのかなーって思ってさ。給料とかどうなってんの?」

『あー。場所は私も良く分からないです。自室含めてなんかどこかのビルみたいなところで、外に出れないんですよね。当然買い物には行けませんけど、そこら辺はマスカレイドさんと同じでポイント制です』


 オペレーターの給料は固定額プラス歩合給という扱いで、担当したヒーローによって変わるらしい。俺が稼げばその分給料も増えるという神様と同じ方式である。ただ、額面はそれほどでもなさそうだ。

 一応円やドルにも換金できるらしいが、外に出るわけでもないので貯金か仕送り、あるいはネットを通しての投資くらいにしか使い道はない。実はこの換金システムは俺も利用できるらしいので、最近減り続けている引き籠もり資金を補填するために利用するかもしれない。


「俺は引き籠もりだから分からんが、外に出れないのって女子高生的に辛かったりしないのか?」

『まあ必要な物は買えますし、ビル内には色々娯楽施設ありますし、家賃や食費もタダですし、特に不自由はないです。元々あんまり出歩くほうじゃないですしね』


 なるほど、つまりミナミも引き籠もりというわけだな。神様含めて全員引き籠もりの同志だ。類は友を呼ぶを地で行っている。


『そもそもの話、殺されかかったところを助けられてるので、贅沢言える状況じゃないです。これでも感謝してるんですよー。マスカレイドさんが希望出さなければ、今頃は死んでてもおかしくないわけですし。もしくはどこかのアジトに監禁されて、無理やりサイバーテロさせられるとか』


 マフィアっぽい人たちでも無闇矢鱈にサイバーテロはさせんだろう。ハッキングで情報抜き出したりさせる程度じゃなかろうか。


「そうか。じゃあ感謝ついでに入浴シーンを公開するというのはいかがだろうか」

『あははー。……水着くらいにまけてもらえないですかね。あんまりひどいようならマスカレイドさんのPCのDドライブが大変な事に……』

「やめてっ!?」


 年頃の青少年には最大級の脅しだった。……少し脈はありそうだったのに、弱点を握られているというのは厳しい。

 日々のライフワークのためには回線抜いてスタンドアロンにするわけにもいかないし、ミナミ相手ではパスワードかけようが暗号化しようが関係なく突破してくるだろうし、ルーターやファイヤーウォールで制御しても機器自体を乗っ取られるのがオチだ。

 一番現実的なのは、回線接続しない専用の端末を購入する事だろうか。以前とは違いPCを購入する方法もあるわけだし、新調すべきか。……しかし、パソコンはそれなり高額だ。エロ専用PCのためだけに、ヒーローポイントを使うのは果たしてアリなのだろうか。

 今回の評価テストの報酬は支払いまでに時間がかかるらしいしな……働きたくないが、引き籠もりらしからぬ物欲が出てきてしまった。

 これはいけません。物欲はさっさと消化してしまうに限る。こういうのはあとに回せば回すほど肥大化するものなのだ。


「あのさ、ちょっとポイント稼ぎたいんだが、何かいい方法を知らないか? ……ほら、怪人倒すにしてもまず出現しないと始まらないわけで、能動的に稼げないだろ」

『怪人以外となると、私の知る限りではないですねー。稼ぐ方法自体はあっても、今回の評価のようなパターンか特殊なイベントだけなので。一応、定期的に各ランキングの上位者へ賞金は出たりしますけど、そういうのじゃ駄目ですか?』

「時間のかかりそうなものはちょっと……」


 人気ランキングにはすでに載ってるが、以前もらったランクインボーナスも初回ランクイン時のみのボーナスらしく、それ以外は一定期間ごとの評価になるらしい。それはそれでもらうが、今どうこうって話にはならない。

 もう少し長い目を見るべきなんだろうか。買う物買って、さっさと引き籠もり生活に戻りたいんだが。


「< 怪人・GPS >を見る限り、怪人自体は世界中に出現してるわけだが、勝手に出動して倒すのは駄目なのか?」


 設置した地球儀を見れば、怪人の出現を指し示す光点は結構ある。これを自由に倒していいのなら、必要な分だけ稼ぐのも余裕だろう。

 元々、相手の都合に合わせて出動するのは引き籠もりの性分には合っていないのだ。


『同盟を締結しているヒーロー同士ならそういう事もできますね。大抵は同じ国のヒーロー間で結ぶものですけど』

「……日本担当一人しかいねえ」


 ある意味自業自得だが、マスカレイドは孤独なのである。かといって、海外のヒーロー相手に交渉できる気もしない。いや、そもそもそんな長期的な観点はいらないんだ。今ちょっと稼ぎたいだけで。


『一応、支援要請の優先度を上げたり範囲を広げる事もできますが』

「ああ……じゃあそれで」


 それなら、一時的に稼ぐ目的にはちょうどいいだろう。それでも待ちにはなるが、何もしないよりはいいし現実的だ。


「実は都合良く要請来たりしてない?」

『さすがに今の今では……ありますね。ちょうど今、アラスカで支援要請が出てます』

「え、あるんだ」


 駄目元だったが、試してみるものだ。上手くいけば今日にもPCが買えるかもしれない。


「だけど、アラスカ州ってようはアメリカだろ? いくら優先度上げたからって、普通同じ国のヒーローが対応するんじゃないのか?」


 アメリカってヒーローいっぱいいそうだし、距離的にも日本からは遠い。いくらアラスカが飛び地だからって、カナダのほうが近いんじゃないだろうか。


『合衆国では州ごとに担当が別れてるらしいですね。アラスカ州の担当ヒーローはお腹を下してトイレから出れない状態。他のヒーローもたまたま出動できないようです』


 それは確かに止むを得ないピンチではあるが、なさけないヒーローだな。いや、俺も人の事は言えんが。


『ああ……出現位置がベーリング海の端のほうにある孤島なので、距離的に近いこちらが優先されたんですね。……先にロシアへも要請が出てますが、反応がありません。……どうしますか?』

「とりあえず怪人の情報をくれ」


 テレビの映像がミナミのバストアップから怪人のプロフィールへと切り替わる。顔写真は辛うじて人に見えなくもない氷の塊だ。


『氷河怪人メガトン・グレーシャー。怪人ランクはA。出現場所はアリューシャン列島。氷を纏って戦う自然派怪人で、物理攻撃を得意とする典型的なパワータイプ。……見た目は強そうですが、マスカレイドさんなら近づいて殴るだけで終わりそうですね』


 伐採怪人と同様、相変わらず何の欲望が元になっているのかは分からないが、戦力的には問題なさそうだ。むしろ、場所的に気温のほうがネックになりそうである。一応、暖房が使えない時のために防寒具は一通り用意してあるが、日本での使用が前提である装備で耐えられるかどうか。……すぐに片付ければ問題ないかな?


「じゃあ、準備したら出動する」

『はーい。通信のためにマスクは着けていって下さいね』


 あまり時間はかけられない。急いで防寒具のセットを取り出して着替える。元々大きめのサイズだからか、パッツンパッツンではあるものの着れないほどじゃない。現地はかなり寒いだろうと、ついでに追加で着られそうなものも上から羽織っておく。結果、マスク以外は雪山登山に行くような格好になってしまった。いくら対策しても寒いのは嫌なので、早めに終わらせたいところだ。


「よし、じゃあ行くか」


 準備に少し時間が経ってしまったが、出動要請は解かれていない。俺は画面の出動ボタンを押下した。





-3-




 視界が切り替わる。

 眼前に広がるのは絶景な海。周りに構造物はなく、雪と岸壁ばかりだ。あと、ちょっと吹雪いている。

 ……それはいい。そこまでなら想定通りだ。寒さもある程度なら覚悟していた。


「さささささささささ」


 問題は寒さの度合いだ。ちょっとあり得ないくらい寒い。防寒具など意味はないとはいわんばかりの寒気が全身に襲いかかってくる。まるで、服を着ていないような寒さだ。素肌に直接当たっているかのように、刃のような冷気の風が吹き付け……って服着てねえっ!?


「ななななななっ、なんじゃこりゃーーーーっ!!」


 着込んだはずの防寒具の一切が消失していた。簡単に言ってしまえば全裸である。

 ……いや、全裸ではない。マスクだけは残ってる。着込んだ防寒具だけがごっそりなくなっているのだ。

 一体、何が起きているんだ。これは何かの罠なのか。神よ、何故こんな試練を与えるのですか!? いやマジで神様どういう事なの?


『えーと、出現位置は海岸側ですね。マスカレイドさんから見て南側……あっ、ミナミと言っても私のことじゃないですよー。ミナミミナミはここにいますが方角的な事で……って、えええええええ~っ!! な、なななっ、なんで裸なんですかっ!?』


 ウインドウで顔を出したミナミが俺の惨状を見て絶叫する。


『何事ですかっ!? これは新手のギャグですか!? 準備するって着込むんじゃなくて全裸になるって事だったんですかっ!? ちょ、ちょっと、こっち向かないでくださいよっ!! マスカレイドさんのパオーンが、パオーンなアレが!!』

「みみみミナミさん、助けて!!」

『いやいやいや、そんな事言われても! 戦闘始まってるんですよ!! ほら、こっちに向かって氷の塊が……ってちょ、避けないと!!』


 海岸沿い。俺から少し距離の離れた場所に出現していたらしい怪人から巨大な氷塊が投擲された。

 ただでさえ寒いのにあんなもの直撃したら大ピンチだ。動け、動くんだマスカレイド!!


「んにゃーーーーっ!!」


 かけ声を上げて走り出す。あっという間にトップスピードへと達した俺は、氷塊の着弾位置から脱出した。

 しかし、走る事によって更に猛烈な冷気が襲ってくる。


「う、うひひひっ!! さむ、さむいっ!?」

『何がなんだか分かりませんが、とにかくメガトン・グレーシャーを倒すんです! そしたら戻れますから!!』


 そうだ。あいつを倒してしまえば終わる。ダッシュして行って殴るだけで終了だ。

 大丈夫。死ぬほど寒いのは確かだが、運動能力は大して低下していない。マスカレイドのヒーローボディは寒くともダメージにはならないのだ!! つまり寒いのは寒い。ついでに感覚も麻痺しないから、状況は悪化している感もある。


「うらああああああっ!!」


 気合で寒さをシャットアウトしつつ、怪人に向かってそのまま走り出す。足が超冷たい。

 マスカレイドの猛烈なダッシュは空気の壁を突き抜け、一気に怪人との距離を詰め……あれ、おかしくね? いくら走っても近付いた気がしない。あいつ、良く見ると縮尺が変だ。


「でかっ!?」


 顔写真では分からなかったが、メガトン・グレーシャーは遠近感がおかしくなるほどに巨大な体躯をしていた。近づけば近づくほどに氷山のような巨大さが実感できる。寒さのせいで冷静な判断力なんてないが、最低でも俺の数倍はあるだろう。

 だが、マスカレイドの超パワーの前では大きさなど関係ない。このまま突っ込んで粉砕してくれるわっ!!


『わわわわわ! ぶらんぶらんって……』

「ガン見するな!」


 ちょっと黙っててくれ、それどころじゃないんだ。


「ふんぬっ!!」


 メガトン・グレーシャーを射程内に捉え、そのまま跳躍。勢いのままに飛び蹴りを放つ。ただし全裸だ。

 中心を狙ったつもりだったが、少しズレて左半身部分へと着弾。腕から胸にかけてを粉々に粉砕した。

 しかし、手応えがおかしい。逆側へと突き抜けた俺が見たのは砕けた氷の塊だけだ。こいつ、まさか全身が氷でできてるとか……。


『マスカレイドさん!! そこはただの氷です! 真ん中に本体がいます!!』

「も、もっと早く言って」


 どうやら、巨大な体躯は氷の甲冑だったらしい。凝らせば、透明な体の中心部に人間のような形をした何かがいるのが分かる。アレが顔写真で映ってた奴だ。

 あいつだ。あいつのせいで俺はこんな目に遭っているんだ。絶対許さない!

 無駄に勢いをつけて突き抜けてしまった事で距離が開いている。距離を詰めるために逆方向へと再びダッシュ!

 しかし、対するメガトン・グレーシャーは俺から遠ざかるように宙へと跳躍した。

 なんだ? まさか逃げるつもりか? こんなところで鬼ごっこなんてやってられんぞ……え?


「うひぁああああああああっ!?」


 メガトン・グレーシャーが着地したのは海だ。衝撃と共に、波のようになった海水がこちらへと襲ってくる。

 ダッシュで勢いがついた俺に逃げ場はない。頭から海水をかぶり、常人ならショック死しかねない寒さの中で、それでも脚は止めずに走る。

 だって、止まったらきっともう動きたくなくなる。あいつを倒さないと終わらないのだから、死ぬ気で走れ!


 海に体を半分沈めたメガトン・グレーシャーとの距離は一瞬で詰まった。

 俺の意識は朦朧としているが、戦意は失っていない。とにかくあの諸悪の根源を叩き潰す事だけを考える。

 かつてない殺意が胸に灯る。怒りはもう振り切れている。逆ギレに近い上にあいつも混乱しているような気もするが、そんなの関係ない。俺がこんなに寒いのも、全裸をミナミに晒しているのも、世界が争いが満ちているのも、とにかくあいつが全部悪いのだっ!!

 今度こそ中心部に向けて跳躍。狙いは定まっているのだからもう間違えない。

 そう。今正に俺は音速の壁を突破し、怪人を倒すためだけに放たれた銀光の矢になるのだっ!!


「うらっしゃーっ!!」


 寒さと水飛沫で視界が定まらない。しかし、手応えはあった。確かに直撃した。悪の権化は討ったのだ。

 これで、あと数秒もすれば爆発して俺も部屋へ転送……数秒?


 ……現状を確認しよう。

 怪人は倒した。多分それは間違いない。

 俺、今フルチン。

 現在位置は海の真上。

 勢いがつき過ぎたのか、海岸は遥か遠くに見える。

 水面は猛烈な勢いで迫っている。

 このままだと転送前に着水するだろう。

 つまり大ピンチである。


 いや、そうだ。マスカレイドは空を飛べるんだ。空を飛べば……って、マントねーよっ!! マントどころか何もねーよ!!

 なんて事だ。面倒臭いからと丸ごと一式渡さなければこの状況は回避できたというのに。


 迫りつつある水面に抗う術はなく、俺は怪人の爆発音を遠くに聞きながら着水した。


「がぼぼぼぼぼぼぼっ!!」




-4-




 極寒の海中から無事部屋に転送された事でようやく人心地つく。

 当然、全身びしょ濡れだ。バスタオルで拭かないと床まで大変な事になってしまう。


「ひどい目にあった……」


 まさしくマスカレイド最大の危機だった。戦力的なアレではなく環境故のピンチだが、苦戦したのは間違いない。怪人がいてもいなくても関係なくピンチだ。やはり、大自然の前ではヒーローも人間も等しく矮小だという事なのだろう。つまり、部屋って素晴らしい。同じ全裸でも、風が吹いていないだけでこんなにも温度が違う。天国だ。やはり自分の部屋はやはり天国だな。


『あの……今だに状況が掴めないんですが。いや、そのまま寝ようとせずに説明を……』


 体を拭き終わり布団に包まってそのまま寝ようとする俺へ、ミナミが説明を求めて来た。

 仕方ないので毛布から顔だけ出してテレビに向ける。


「……俺も良く分からんが、着てた服は部屋に転がってる。中身だけ転移させられたって事なんじゃないか?」


 服は転がったままだが、パっと見、なくなった物はなさそうだ。


『ひょっとして、装備登録していないものを着て出撃したんですか?』

「……装備登録って?」


 初めて聞くワードである。いや、なんとなく字面だけで想像付くが。なんでそんな重要そうな事を教えられていないんだ。


『すいません。てっきり登録してあるものだと思ってて……えーとですね』


 ミナミの説明によれば、ヒーローが出撃する際、一緒に転移する物は専用装備だけらしい。

 スーツやマントは最初から装備として登録されているから身に着けていれば転送されるが、普通の衣類は装備品としての登録が別途必要になるのだとか。当然のごとく、登録は有償である。


『というか、最初に説明されるはずなんですけどね。むしろ、初戦はどうしたんですか……って、ああ、怪人が自滅したんでしたっけ』

「次の……加虐怪人の時はもうスーツ着てたな」


 つまり、ポイント入って専用装備を購入した故に気付かなかったと。

 ……いや、おかしい。被虐怪人が自滅したあとに見たポイントは、その時もらったポイントだけだったはずだ。これでは有償の装備登録ができるはずもなく、遅かれ早かれ裸で出撃する羽目になっていたはずだ。……解せぬ。


『えーーと、普通は担当からヒーローパワーを受け取る際に多少はポイントを余らせるものなんですが……。まさか、十人分全力投入ですか?』


 ……大体、神様の適当な仕事のせいだった。

 説明も受けてないし。おのれ……何故、俺がこんな目に遭うんだ。


『あ、神様からメッセージが来てますよ』

「今回の原因からか。直接声かければいいのに、また寝てるのかな」

『いえ、その神様ではなく、更に上の本物の神様です』


 ウチのぐうたら神様の上司って事だろうか。実は有名な神様だったりして……天照大神とか。


「なんだ、ここまでほとんどノータッチだったのに、神様みずから慰労の言葉でもかけてくれるのか?」


 それともボーナスだろうか。信仰心なんて欠片も持ち合わせていない日本人的な俺でも、それなら敬ってやろう。


『えーと、"全裸出撃とか意味フ過ぎてクソワロタwwww"と』

「よし、ケンカ売ってんだな」

『といっても、こちらからの連絡手段はないので一方的に言われるだけですね』


 なんて奴らだ。自分たちが作り出したマッチポンプで遊ぶばかりか、そこで戦っているヒーローをも馬鹿にするなんて。

 なにがクソワロタwwwwwだよ。神の癖に草生やすんじゃねーよ。どこのどいつだ。名を名乗れ。祀ってる神社か教会破壊してやるから。


『ま、まあ、黒歴史が追加されてしまったのは仕方ないとして、今回の反省は次以降に活かすという事で……』


 なんの慰めにもなっていなかった。


「つーか、俺ばっかり色々見られ過ぎじゃね? ここはやっぱりミナミも体張るべきじゃないのかな」


 神への報復は不可能だとしても、担当として苦楽を分かち合うべきだと思うんだ。


『見たくないものを見せられてる上に、そんなヨゴレみたいな仕事はお断りです』

「それは暗にマスカレイドをヨゴレ芸人と言っているのか」


 お前、中継切らずにガン見してたじゃねーか。

 くそ、狙ったわけでもないのに、アクシデントが多過ぎる。これが可愛い女の子ならエロコメディーとして成立するのに、マッチョの全裸とか誰得だよ。

 ……いや、俺がトランスセクシャルしたいわけではないし、元々女だとしても体験したくないぞ。外側が見てる分にはアリだが、本人はたまったもんじゃないんだからな。恥ずかしい以前の問題だ。


「くそー、ふて寝してやる。今要請があっても絶対出撃しないんだからね! 絶対だからね!」

『あーはい。お休みなさい』


 幸か不幸か、これから数日間は日本に怪人が出現する事はなかった。

 世界規模で見るなら頻発しているように見える怪人被害も、国単位なら週一、二回程度らしい。引き籠もりとしてはありがたい限りである。


 ちなみに、衣類の登録に関しては最初期の登録以外はかなりの高額である事が分かった。

 決して出せない額ではないが、ポイントに余裕があるわけでもない現状では現実的ではない。……PC買っちゃったし。

 ついでに、ヒーローの戦闘に通常の衣類では強度が保たない事も分かった。普通のヒーローでも数戦したらボロボロになるらしいので、マスカレイドなら高速移動しただけでもボロ切れになる事請け合いだ。誰も望んでいない、マッチョメンのいやーんな姿をお披露目してしまうだろう。……これから、しばらくはヒーロー用の装備での出撃が主になりそうだ。



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