第六話「訓練戦闘員イー」
-1-
ヒーローパワーという言葉がある。
これは、その名のままヒーローが持つ力の事で、どれくらいヒーローっぽい力を持っているかを値で示したものだ。基本的にこの数値が大きいほうがヒーローとして強く習熟しているという事になる。当然ヒーローにも個性や得手不得手はあるわけで、ヒーローパワー=強さにはならないのだが、大体の目安として扱われる。こうして聞くとあまりに適当な説明だが、実際適当に評価される謎パワーなのでどうしようもないのだ。というか、評価してる側が良く分かってないんじゃないかという気もする。
担当の神様にもよるらしいが、ヒーロー一人に対して最初に与えられるパワーは十万前後。これはある程度ヒーロー適性のある人間に対して効率の良い、目減りのし辛い基準値という事である。ここから本人の適性やらなんやらで目減りして、一般的なヒーローで一万パワー程度に落ち着き、ある程度熟練・習熟する事で、あるいは怪人を撃破する事でこのパワーが増加。三万パワーくらいになるとその地域でエース的な扱いになるらしい。
では、初期に十万パワーより多く注ぎ込んだらどうなるのか。
この場合、確かに強化はされるのだが、その強化の度合いは減衰する。本人の適性にもよるが、二十万パワーで一万五千パワー出せれば良いほうらしい。そして、ここから増やせば更に減衰する。
神様から見れば、二十万パワーを注ぎ込んで初期値一万五千のヒーローを一人創るよりも、一万のヒーローを二人創るほうが効率はいい。なので、最初に割り当てられる百万パワーを十人に十万ずつ分配、あるいは多少増減させて人数で調整するのが想定された方式なのである。
つまりウチの神様はそこら辺の常識をぶっ千切って俺一人に百万ヒーローパワーを注入してしまったわけで、これは当然効率の悪い運用方法となる。なんせ十倍だ。確かに十万パワーを注ぎ込むよりは強くなるだろうが、減衰率を考えれば十人分のパワーには到底ならない。
では、結局その十人前なマスカレイドさんのヒーローパワーはいくつなのかという話になるのだが、これは良く分かっていない。減衰率を考えるなら多くてもせいぜい三万パワー程度に落ち着きそうなものなのだが、これまでの戦闘から見るとどうもそんなレベルではあり得ないそうなのだ。
単純に測定していないという問題もあるが、暫定的に評価されているマスカレイドのヒーローパワーは"最低でも"十万以上。
……減衰率など考える以前に、どう考えてもバグっている。再現性もない意味不明な状況。想定外の運用で、誰も理解できない状況にあるというのが俺の状態らしい。
『マスカレイドさんへ、ヒーローパワー評価試験の依頼が届きましたー!』
ヒーロー生活四日目。押入れに設置したトイレを使い、自由に排泄できる事の喜びを噛み締めていると、突然目の前にウインドウが浮かび上がった。近未来的な映画などで見かける宙空ウインドウである。
満面の笑顔でそう伝えるミナミを、俺は便座に座りながら呆然と見返していた。
『って、うわわわわっ!? なんで裸なんですか! マスカレイドさん、部屋では全裸ですごす人なんですか?』
予告もなしに突然呼びかけてきたのに裸族扱いである。解せぬ。
「いやお前……、人がウンコしてる時にいきなり話しかけてこないで欲しいんだけど。びっくりして引っ込んじゃっただろ」
思わず、慌てるどころか冷静になってしまう始末だ。マスカレイドの場合、あまり気張ると排出速度が超速になってしまうので調整しつつ用を足していたというのに。
『と、トイレですか? すすすすす、すいません。あ、あれー? でも、トイレなら全裸になる必要はありませんよね? ひょっとして裸にならないと用を足せない人だったりするんですか? そういえば、伐採怪人キキールの時も……』
「いや、とりあえず通信切ってくれないか……」
『こ、これは失礼しました。ご、ごゅっくり~~……』
動揺と混乱を隠し切れないまま、ウインドウが消えた。
動揺してるのはこっちだっちゅうねん。伐採怪人相手にはあんな悲劇が起きてしまったわけだが、別に見られながら用を足す趣味はないのだ。
外敵を察知して完全に引っ込んでしまった排泄物を再び追い出す作業には数分の労力を費やす必要があった。
-2-
「あのな、ミナミさん。事故だし、決して怒っているわけではないが、今後は気をつけてくれたまえ」
『す、すいません。ミナミミナミ一生の不覚です。ひどい映像を見てしまいました』
トイレから出ると折り返すまでもなくテレビにミナミが映っていた。最初からそっちで話しかけてくれば良かったのに。あと、その評価はひどいと思うんだけどな。俺、一方的な被害者よ。
『初のお仕事で舞い上がってしまったもんで、つい張り切って直接通信を開いてしまいました』
オペレーターはこんな事もできますよーと驚かせるつもりが、よりにもよって最悪なタイミングで話しかけてしまったというわけだ。……狙ったとは思いたくはない。
『あ、あの、特にマスカレイドさんの排泄シーンを見たかったとか裸を見たかったとか、そういうんじゃないんで……か、勘違いしないでよね!』
「なぜツンデレになる」
『い、いやあ、あまりの展開に動揺してまして。さすがに口から生まれたと言われるミナミさんも何を言っていいのか、そもそも何を言っているのかも不明瞭な事態というか……そういえば、なんで裸だったんです?』
「< マスカレイド・スーツ >は首までのタイツだからな」
一体型のタイツで用を足すには、どうしても股下までは脱がないといけない。
排泄用の穴やファスナーがあるわけでもないのだ。
『あーなるほど。そういえば、キキール戦もそうでしたね。ミナミミナミもうっかりでした』
自分のした事とはいえ、そろそろ可哀想なんでキキールさんの事には触れてやらないで欲しいんだが。
「んで? 何の話だっけ?」
『あーはい。ヒーローパワー評価試験の依頼です。マスカレイドさんがどれくらい強いのかのテストですね。ぶっちゃけ今のところ意味不明な強さなんで、正式に評価テストをしたいと』
意味不明ってお前……。人をなんだと思ってんだ。
「えー、めんどいからパス」
『い、いきなり仕事拒否ですか? 最初の仕事からつまずくとは思ってなかったですよ……』
引き籠もり舐めんなよ。都市が丸ごとドMになる危機だとか、名指しで報復戦を挑まれたとか、決壊寸前のダムを開放するためとか、そういう止むを得ない事情があるなら出張るのも仕方ないと思うが、なんでそんな健康診断みたいな真似しないといかんのだ。
別に正確に評価されたところで、街が平和になるわけでもパワーアップするわけでもない。日本の担当が俺一人、出動すら任意の時点でローテーションを組む必要もない。パワーを正確に把握しようがしまいが、マスカレイドの運用方法は変わらないのである。
「大体、運営してるのは神様なんだから、それくらい把握してるもんじゃねーの?」
『してないみたいですよ。同じだけヒーローの力を与えても個人差があったりするらしいので。特にマスカレイドさんは十人分のヒーローパワーが与えられた事で意味不明な事になってるらしくて。ヒーローの評価担当者曰く、なんで破裂してないのか不思議だそうで』
「え、俺死んでて当然な状態だったの!?」
神様一言もそんな事言ってなかったぞ。知らなかったのかもしれないけど。
『なので、健康診断のようなものだと思ってもらえれば良いのではないかと。あ、ポイントは出ないらしいですが、ちゃんと評価してヒーローランクが上がればカタログが増えますよ。買えるものが増えちゃいます』
「ほう」
あのカタログ、一冊じゃなかったのか。戦車とか載ってるもんだから、あれだけで完結してるもんだと思ってた。
それならまあ……出向く理由にはなるな。カタログが増える事で更に無駄遣いしてしまう可能性もあるが、選択肢が広がる事はいい事である。それはマスカレイドのパワーアップにも繋がるだろう。
「それなら受けるのもやぶさかじゃないが……あんまり面倒なのはちょっと。そもそもどこでやるんだ? ミナミがいるところ?」
ミナミがいるのがどこかは知らんが、どこかのオフィスのように見える。ビルのような場所なら、そういう施設もあるんだろう。
『いえ、専用のエリアを用意するそうです。誰とも会わず、出現する怪人を殴り飛ばすだけの簡単な試験です。引き籠もりのマスカレイドさんに合わせて、通信のみのやり取りで終わるようにしてくれました』
もはや怪人と同一の運営元ですと公言しているに等しいが、今更といえば今更である。
「お前も分かってると思うが、俺は引き籠もりであってもコミュ障ではないぞ。アグレッシブな引き籠もりだ」
『いやー、ものすごいパワーワードですねー。常識外れと言われるミナミさんも初めて聞きました』
わざわざ評価する人と顔を合わせないで済むのは面倒がなくていいのだが、あまり引き籠もりに変なレッテルを貼らないで欲しい。
引き籠もりとは、もっとこう……優雅なものなのだ。生活に色々制限はあるが、高等遊民なのである。
-3-
そこは神様の住む六畳間と同様、真っ白い空間が広がっていた。
模様が一切ないので判断がし辛いが、神様の部屋と違って広さは軽く学校のグラウンド程度はあるようだ。
一応端のほうにベンチが用意されているが、構造物はそれくらいしかない。ここに人を閉じ込めていたら数日で発狂しそうである。
部屋からの移動時間はわずか一秒。今回評価テスト場として用意されたここは、マスカレイド用にわざわざ造らせた場所らしい。
『それじゃ、さっそく始めよう。君は何も考えず出現する怪人と戦ってくれればいい。測定はこっちで勝手にやるから』
「へーい」
試験の評価官という人物と会話をする。この空間にスピーカーらしきものはないが、そういうものなのだろう。
ちなみに、今回俺が相手をする怪人は訓練用の戦闘員イーというらしい。強さというか、用途によってA、B、C、D、E、Fが存在し、そのEである。決してどこぞのライダーが戦っていた組織の戦闘員ではない。
「イーッッ!!」
……ないったらないのだ。黒尽くめのタイツで変な白い模様があるが別モノである。
お前ら、まさか自分の名前がかけ声なんじゃないだろうな。
これは評価テストだ。基本的にやられ役っぽい戦闘員だが、いきなりワンパンで沈めるという事はせず、とりあえず攻撃を受けてみた。あまり乗り気ではないテストだが、マスカレイドさんは空気の読めるヒーローなのである。
戦闘員イーの動きはスーツアクターかと思うほどにキレがあり、無駄にバック転や側転をしつつ距離を詰めて来る。対するこちらは棒立ちだ。そして、攻撃可能な距離に達したのか、戦闘員イーによる殴る蹴るの暴行が始まった。絵面だけ見れば激しいラッシュだが、マスカレイドには一切ダメージがない。子供が暴れているようなもので、感触はあるがそれだけだ。
とりあえず戦闘員イーが疲れて息切れしたところで、反撃にケンカキックをお見舞いすると軽く数メートル飛んで爆発霧散。哀れ戦闘員は木っ端微塵である。
「汚え花火だ」
『じゃあ、こんな感じで連続して出していくから』
「はーい」
評価官の声色に戦闘員が爆発した事への感情は感じられない。まさしく使い捨てのコマ扱いだ。あんまりにあんまりな扱いだとは思うが、爆発させているのは俺本人なので何も言う気はなかった。
評価テストは続く。最初こそ適当に襲って来る戦闘員一体だけだったが、その後は趣向を変えて様々なパターンで戦いを挑んできた。どれだけ倒しても戦闘員イーである事に違いはないのだが、弱小怪人らしく複数人の連携プレイを行使し始める。倒す度に二人、三人、四人、五人と増え、なんかちゃんと司令塔のような奴が指示を出してチームとして襲ってくるのだ。その雰囲気には、決して打ち倒せぬ敵へわずかでもダメージを通そうという、戦闘員の意地のようなものを感じさせた。決死の特攻、カミカゼアタックである。
お返しと言ってはなんだが、俺も趣向を凝らして多彩な方法で戦闘を行う。ただ倒すだけではヒマだという事情もあり、すぐに倒さずに関節を砕いたり、無駄に派手なプロレス技の実験をしたり、どれだけ同時に倒せるかを検討したり、同士討ちを誘ったり、戦闘員を弾丸に見立て投げて攻撃したり、一人を人質を取ったらどう対応するのかを実験したりもした。
と、頭の悪い事をやっていたら、突然戦闘員の出現が途切れた。
『あー、すまないが在庫切れだ。補充と調整をするからしばらく待っててもらえるかな?』
「はーい」
戦闘員イー、まさかの在庫扱いである。彼らは自分たちの扱いに思うところはないのだろうか。……反乱したりしないのかな。
だが、特に興味もない俺は評価官に言われるまま、ベンチに座って待つ事にした。
……ヒマである。何もする事がない。引き籠もりな俺は自分の部屋ならやる事は色々あるのだが、こうして何もない場所に放置されると途端に手持ち無沙汰になってしまうのだ。
仕方ないので、暇つぶしにミナミを呼び出す事にした。実は< マスカレイド・マスク >に呼び出しボタンがあるのだ。
『はいはーい、ミナミちゃんですよー。只今諸事情につき音声のみの対応となっております』
呼び出しをかけるとミナミはすぐに応答して来たが、宙空スクリーンに浮かぶのはトイレの時と違って[ Sound Only ]の文字だった。
「……問題はないが、なんで音声のみ?」
『むうー。スルー推奨だったんですが、そこに説明を求められてしまうのか……えーと、ほ、ほら、見えないほうが妄想捗ったりしませんか? こうムラムラーっと』
……ふむ。分からないでもない。そういう妄想力が豊かなら如何にでも変換できてしまうのが健康な青少年というものだ。たとえばエロビデオを見ている際、モザイクがない無修正動画だったらと思う事はあるが、いざ無修正になるとちょっとガッカリな感じになってしまうパターンである。
そのバージョンアップ版で、音声のみでのエロもまた妄想を促進させる材料になり得る。しかし大抵の場合は、そこにビジュアルが付くと大変な事になってしまう。巨大化したモノも急激に縮小する危険を残した諸刃の剣だ。ただ、ミナミに関しては少なくともビジュアルは高水準だという事は分かっている。ここは俺の妄想力が試されている状況というわけだな。奥が深い。
「なるほど。……ところで、今どんなパンツ履いてるの?」
『ふぁえええっ!? そっち方向に転がりますか? まずい……想定してなかった』
「ほらほら、お嬢ちゃん。お兄さんに教えて御覧なさい。ちなみにこっちは全裸の上にタイツ」
『いやそれは知ってますけど……あぁうぅ~~。……は、履いてないです』
「…………え?」
困惑気味とはいえ答えたのも意外だが、その回答も想定外過ぎた。まさか、ノーパンとは……。
ひょっとして、オペレーターもヒーローと同様、専用のコスチュームを着ているとか……いや、前に画面で見た時は専用は専用でも制服っぽい感じだったよな。
となると、ミナミの趣味、あるいは健康法だというのか。すごい、なんてハイレベルなんだ。想定外の妄想プレイにお兄さんも大きくなってしまうぞ。
『あーーーー、いやいや、そーいうんでなくて。そう、全裸です! 何も着てないならそりゃパンツだって履いてませんよ。当然ですよね?』
「余計にすごい事になっちゃっているぞ」
俺の妄想の中のミナミがすさまじい事になってしまった。企画モノのAVばりの大惨事である。
以前見た感じでは、オペレーターが対応していたのはオフィスのような場所だったはず。周りに人がいるのか、あるいは個室なのかは知らないが、少なくとも職場ではあるわけだ。そんな場所で全裸。しかも応対をしていると。……高度過ぎる。
『ああああ、絶対誤解されてる!』
「いや、みなまで言うな。分かってる。俺は引き籠もりだが、そういう趣味には理解があるほうだ。以前、妹がいない時間帯を見計らって全裸で部屋に突入し、玄関の音が鳴ったら全力で戻るというチキンレースをしたものだ」
つまり同志である。
『いや、そんな頭悪い黒歴史みたいな話されても困るんですが。アレですか? 同類だとか言ってます? まさか、慰められてるんですか?』
「はっはっは」
『否定して下さいよっ!! 違いますってば! お風呂です。お風呂入ってるんですよ、今マスカレイドさんの担当は私だけなんで、基本二十四時間待機状態なんですってば! だから普通。ノーマルですっ!!』
事情は分かったが、あまり普通ではないと思う。
「しかし、それを鵜呑みにする事はできないんだ。すまない」
『なんでっ!?』
なんせ、この話を持続させる事に全力だからな。少しでも継続させる材料があるなら、その弱点を突くのが正しいヒーロー……いや、男の在り方というものだ。
あと、弱点っぽい部分を攻める事で今後の主導権を握りたい。
「どうしても信じて欲しかったら、実況画像を公開するのだ。そうすればきっと、動画サイトでもたくさんのコメントが……」
『いや無理ですから、マジで。そりゃ、やったらコメント数は稼げそうですけど』
「ちっ……使えねえオペレーターだな」
『そんな舌打ちされる謂れはまったくもってないんですけど。……アレですか。ひょっとしてヒマなんですか?』
ヒマはヒマだが、それはきっかけであって理由ではない。今はミナミの全裸を妄想し、テレクラもどきのプレイに興じる事が重要なのだ。
「く、話題を変更しようとしてもそうはいかないんだからねっ!?」
『なんでですかっ!?』
「今だけなんだ。こういう弄り方は、距離感を測りかねている今の時期しか通用しないんだ。分かってくれ」
少しでも慣れてしまうと、恥じらいが消えるか軽くあしらわれるようになってしまうだろう。
『有り体に言って最悪の理由ですね』
「ところでミナミはさー、体洗う時まずどこから洗う? 俺は右足からー」
『軽いノリで言ってもノリませんからね』
く、そろそろ限界なのか。このチキンレースはまだ踏み込めるんじゃないのか。ブレーキが故障した体で崖へと飛び出せば桃源郷への道が開かれるんじゃないのか? ミナミさんのワガママボディを妄想の中で留めておくわけにはいかない。……まだだ、また行ける! マスカレイドの限界はまだまだ先にあるのだ!!
『あんまりふざけるなら、マスカレイドさんのPCにある黒歴史フォルダをどこかの掲示板に公開しますよ』
「ごめんなさい」
それだけは勘弁して下さい。
-4-
『……で、なんですか』
「ヒマだったんです。ここ、椅子以外なんもないんで話相手になって下さい」
仕方ないので、妄想だけで我慢する事にした。だが、引き籠もりの妄想力を舐めてはいけない。もし、これが映像作品なら、俺の吹き出しの中にミナミの入浴シーンがホワンホワーンと克明に映し出されている事だろう。むしろ、画面上の比率は俺よりも大きいはずだ。
『本当にただの雑談目的だったなんて……。今、ヒーローパワー測定やってるはずですよね? 何かトラブルとか?』
「マスカレイドの戦闘力が高過ぎて、測定用の戦闘員がいなくなってしまったんだ」
『……申請時には通常の十倍を前提に測定するよう依頼したんですけどね』
「それでも足りなかったらしいんだよな」
薄々気付いてはいたんだが、怪人と戦った感触的にはやはり十倍程度で利きそうな気がしない。
いくら俺に適性があっても限度があるだろう。だって、小便で大木折れちゃんだぜ。気合入れたとはいえ、特に必殺技でもないただの排泄なのに。更にひどい絵面になるが、下手したら尿を出す本体で殴っても倒せてしまうんじゃないだろうか。
『そこまで強いなら、いっそ分身して戦闘力分散しますか?』
「アメーバみたいに分裂するって事か? ヒーロー的にその絵面はどうなんだ?」
それは、どちらかというと怪人の領域だろう。ミュータントヒーローなら有り得なくもないが、人気は出なそうだ。
『いえ、《 影分身 》という……いわゆる分身の術です。アメリカ所属でエセニンジャというヒーローがいるんですが、彼の得意技ですね』
「そいつはまたひどい名前だな」
アメリカ人なら知らなくてもおかしくないかもしれないが、自分は偽物のニンジャだぞって公言してるじゃねーか。
『どうも本人は似非の意味を知らなかったらしくて、担当からは甲賀の里に伝わる古い言葉で強いって意味だと騙されたとか』
担当って権能を奪われた元神様って事だよな。ひどい神様もいたもんだぜ。
その点、ウチの担当は引き籠もりの怠け者だが、そんなイタズラはしない。行動が明後日の方向に向かう事もあるし、モノは知らないが結構常識人だ。
『ちなみに彼の最も強力な必殺技は《 土遁ファイヤー 》です』
土遁なのか火遁なのか、もう分からんな。
『ヒーローネット上にある彼のブログでは、マスカレイドさんの事も書いてありましたよ』
「ほう……俺もすっかり有名人だな」
ヒーローネットがなんだか良く分からないが、とにかく他のヒーローにも知られているという事だろう。さすがに十倍パワーで衝撃のデビューを果たした新人は認知度も違う。
『あいつ俺と同じアメリカ人の癖に、日本担当になるなんて羨ましいって』
「アメリカ人じゃねーよ!」
濃い顔にされちゃったけど純正日本人だよ! くそ、変な誤解が広まってるんじゃないだろうな。
「というか、カタログに《 影分身 》なんてなかったぞ。マスカレイドには使えないんじゃないのか?」
『汎用スキルなので、人型のヒーローなら使えるはずです。次のランクでもらえるカタログにそういうスキルが載ってたかと』
「なるほど」
一つ目のカタログは主に専用スキルで将来的にどんな技が使えるようになるかを教えて、汎用的な奴は後回しにしているという事か。
『分身すると個々の戦闘力が激減する上に思考分割して制御しないといけないので、あまり使うヒーローはいないみたいですが』
「でも、おんなじ姿の奴がもう一人いるって気持ち悪くない?」
『アイデンティティが侵されて精神崩壊するかもしれませんが、試してみる価値はあるんじゃないですかね?』
「精神崩壊のリスク負ってまで分身したくないです」
と、ミナミの入浴シーンを妄想しながら雑談でヒマを潰した。時々聞こえる水の音がまた妄想を掻き立てられるのだ。
そして、ようやく評価試験再開である。
『戦闘員自体はこれ以上強化できないから武器を持たせてみた。とりあえずこれで戦ってみてくれ』
再開一発目の戦闘員イーは手にアサルトライフルを持って出現した。真っ黒な戦闘員スーツの上には防弾ジャケット、近接用にナイフも携帯しているようだ。……専用の武器じゃなく実在の装備かよ。特殊部隊みたいになってるぞ。
とはいえ、マスカレイドの超戦闘力の前には銃火器だろうがあまり意味はない。
集中する事で何倍にも引き伸ばされる時間感覚の中では、銃弾すら止まって見えるほどの速度にしか感じられない。これが神経だけの話なら避けるのは困難だろうが、ヒーローの身体能力なら発射されてからでも余裕で避けられる。試しに銃弾を摘む真似をしてみたが、弾丸を指で摘むのは予想以上に困難で失敗。そのまま顔面へと飛んできた。結果的に掌で受け止めるのは問題なく行える事は分かったが、摘んだほうが強キャラっぽいので練習したいものだ。
そして、最初こそライフルだったが、以降の戦闘員の装備は多彩だった。サブマシンガン、手榴弾、ロケットランチャー、グレネード、果ては持って歩けないような巨大兵器まで用意する有り様である。俺も実験とばかりにグレネードを投げ返したり、砲筒を折り曲げたりして遊ばせてもらった。
『とりあえず、試験はここまでにしよう。結果はオペレーターを通して後日送る』
「おつかれっした!」
結局、評価試験は数時間に渡った。当初予定していたスケジュールよりも大幅に長引いたため、申し訳程度だがポイントももらえた。ともあれ、これで俺のヒーローランクやらも上がる事だろう。
そして数日後、ミナミを通して結果が送られてきた。
気になる評価、マスカレイドのヒーローパワーは……。
『測定不能です』
やはり意味不明だという事を再確認する結果に終わったらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます