第五話「ミナミミナミ」




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 人間が生きていくために最低限必要なものは多い。良く挙げられるのは衣食住だが、その三つにしても環境によって条件は異なってくるものだ。引き籠もりの俺、穴熊英雄君の場合は置かれている環境が特殊な故に必要なものもまた変わってくる。


 まず衣。着るものだ。少し前までは着古した大量の部屋着をローテーションしていた。汚い話だが、洗濯は最小限だ。謙った内容の手紙とともに籠に入れて廊下に出しておけば、文句は言いつつも母親が対応してくれる。機嫌次第でしてくれない事もある。緊急時は誰もいない内に水洗いだ。長期間引き籠もりをやっているとこの速度は熟練の技へと達し、スピーディな洗濯が可能となる。特にパンツの場合は重要な技術である。時々、母親が買って来てくれる事もあった。

 現在は主に銀色のタイツを着用しているわけだが、これは洗濯不要、破損しても勝手に修復されるという超アイテムである。下にパンツすら着ない直の着用でも問題ない。尿漏れ如きは< マスカレイド・スーツ >の敵ではないのだ。スーツが汚れないだけで液体(もしくは固体)はそのままだから、漏らしてもいいという理屈にはならない。


 次に一つ飛んで住。引き籠もりである以上住む場所は必須なわけだが、これは自室なので問題ない。自分で部屋を借りれば良かったのかもしれないが、その事に気付いたのは引き籠もり始めたあとの事だったというのが悔やまれる。今から借りようとしても色々な障害があって不可能なのだ。保証人を用意する事もできず、保証会社の審査もおそらくは通らない。しかもネット越しでかつての友人に聞いたところ、近辺の不動産屋は軒並み情報が回っているらしく、新たに契約する事はできないという話だ。しかも、今の俺は穴熊英雄であって穴熊英雄ではない。銀髪イケメンマッチョのマスカレイドなのだ。誰も本人だと信じてはくれないだろう。

 ヒーローになってからの最大の問題として立ちはだかっていた排泄は、この度無事にクリアする事ができた。そのために俺の尿意の暴走と哀れな怪人の犠牲はあったが、今となっては些細な話である。現在は押入れが俺専用の万能トイレだ。

 そして、親はあまり認識していないが、電気とネットワーク環境は俺の生命線だ。特に後者はこれを止められたら引き籠もり生活そのものが瓦解しかねない最大の弱点である。また、地味に通販が使えないというのも不満の一つだったが、現在はそれすらも克服してしまった。


 最後に食。以前は定期的に母親が運んでくる食事が主な栄養源だった。部屋から引きずり出そうと画策する中でメシを抜かれたりもするが、その場合は以前大量購入した保存食に頼る事になる。あまり上手くいっていなかったが、押入れではキノコともやしも試験栽培していた。

 ヒーローになったあとは廊下に置かれた食事を回収できないという問題が発生していたが、それも< 簡易転送装置 >で対策済み。それどころか、ポイント消費すれば極めて安価に食料を入手できるようになった。これは以前よりも遥かにランクアップした引き籠もり環境と言えるだろう。

 最大の問題は水分で、これだけは外部に頼らざるを得なかった。この場合の外部とは部屋の外の事だ。

 基本的にはガロンサイズの容器で水を保管していたが、どうしても大量消費する資源故に安定した入手経路の確保は重要になる。以前、親に無断で部屋に水道を引いたのだが、その計画は頓挫している。最も入手し易い経路は使用頻度も合わせると二階のトイレになるのだが、あまりトイレの水を飲用したくないというささやかなプライドのせめぎ合いが展開されていたものだ。そこ、汚いとか言うな。


 現在の時点でこの問題に緊急性はないが、水分補給対策は必要だ。

 母親が運んでくる食事にはスープ類などを除けば、個別に水などが用意されているわけではない。部屋の外に出られない以上、台所から水を引くわけにもいかない。ヒーローポイントで購入する事もできるが、ペットボトル一本で1Pも必要とあまり安価とはいえない金額だ。A級怪人らしいド・エーム一体で5000本というのは効率的ではないだろう。購入の度にいちいちカタログを開くのも面倒だし、怪人もこちらの都合で襲撃してはくれない。

 というわけで、俺は次なる飛躍のため、恒久的に水分補給が可能な施設が欲しいと思ったわけだ。


「水道……水道……シンクが必要になると部屋面積の問題もあるし」


 押入れに設置させるという手もあるが、トイレと共用の洗面台であんまり水は飲みたくない。

 そんな中で目についたのは< ヒーロー自販機 >だ。中の商品は個別に登録料が発生するものの、一度登録してしまえば半永久的に中の商品を購入する事ができるというスグレモノだ。商品のラインナップはボトルか缶に入っているものであればいいので、水やジュースはもちろんコーンスープやおでんも追加する事ができる。引き籠もりになってから水ばかりの生活だった俺には、これは革命と呼ぶべき商品だった。

 引き籠もりには水以外は贅沢だという人がいるかもしれないが、水道設置に比べて本体が安価なのもまた悩ましい。商品一つの登録料とほとんど変わらないポイントで購入できてしまうというプリンター商売的な憎い方式なのだ。

 大きさは良く分からないが、自販機が小さいという事はないだろう。シンクの設置場所を気にしていたのに本末転倒な気もするが、一度目にしてしまったら欲しくなってしまうのが人間の……穴熊英雄の性なのである。

 六畳の部屋に自販機を置くという暴挙。購入したら絶対後悔する。しかし、買わなければもっと後悔するであろう事は明確だった。


「……買ってしまった」


 半ば勢いだけで購入してしまったが、やり切った感がある。清々しい気分だ。

 天井まで届きそうな巨大自販機。更に足の踏み場がなくなった部屋を見ても後悔なんてしない。もしもここが神様の手で拠点化されていなかったら床が抜けていたんじゃないかという超サイズだが、後悔だけはしないのだ。

 とりあえず一番安価な< 水 >と、ポイントの許す範囲でいくつかジュースを登録。早速無料購入してみたが、正直なところ冷えている飲み物というだけで少し感動してしまった。部屋に鎮座する巨大な存在感も許せてしまうというものだ。

 ……本当にそうだろうか。のちのち後悔する気が満々なんだが……いやいやいや、気のせいだ。気のせい。




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 さて、生活基盤はある程度整えられた。これで元の引き籠もりライフに戻れると思ったのだが、改めて考えてみるとこの部屋はマスカレイドにとって快適な空間とはいえなかった。

 元々の俺……穴熊英雄は身長一七〇センチほどの普通人である。一方、マスカレイドは一九〇センチ前後、しかも無駄に鍛えられた体格のせいで横にも太い。つまり、居住空間のサイズが合っていないのである。椅子は窮屈過ぎてアームレストが壊れそうだし、ベッドも足が飛び出てしまう有り様だ。ついでに言うなら指が太いのでPCキーボードも打ち辛い。長期間使っていれば慣れるのかもしれないが、この体に俺自身の感覚が馴染んでしまっている事で余計な違和感が発生している。いうなれば、いきなり家具含めた居住空間のすべてが小さくなったように感じるのだ。

 これはいけません。

 引き籠もりライフの真髄は快適に過ごしやすい自分だけの王国を作るところから始まるというのに、窮屈なままで過ごすわけにはいかない。

 ……最大のネックは巨大自販機のような気がしないでもないが、それはあえて無視する事にする。

 ヒーローポイントで家具を購入する事も考えたが、いちいち揃えていてはポイントが追いつかない。

 というわけで、引き籠もり開始以来……というか、下手したら十年ぶりくらいの模様替えを行う事にした。

 これまではギリギリに詰めていた本棚やベッド、PCデスクなどに余裕を持たせ、マスカレイドの巨体でも無理がない配置へと変更する。PCチェアはどうにもならないが、アームレストを一つ外す事で応急処置とした。家具を動かしたついでに掃除も行う。

 こういった作業は本来大変労力のかかるものなのだが、マスカレイドの超パワーと精密な力加減にかかれば楽勝である。ほら簡単でしょ、と言いたくなるほどにあっさりと模様替えは完了した。更に足の踏み場はなくなったが、前よりは窮屈感がなくなったので問題はない。

 そして、模様替えをしていて気付いたのがゴミだ。これまでは動かすのが億劫だとか、廃棄手続きが面倒とかの理由で放置していた物が片付けばもう少し快適になるはずである。あとトイレを設置した事で不要になった大量のボトル。

 怪人と戦う時に持って行っても良さそうだが、それでは不法投棄だ。善良なる一般市民である身としてそれは宜しくない。

 そこで取り出したるはヒーローカタログ。もうあまりポイントは残っていないが、どうしても必要なものが一つあった。< 無限ゴミ箱 >である。際限なくゴミを放り込めるこのゴミ箱は、部屋に置くようなサイズであれば残りポイントでも手が出る範囲だ。口が小さくて入らないようなものでもマスカレイドパワーならあら簡単、簡単に引き裂いて小さくなっちゃう。ちゃぶ台だって指で四分割できちゃうぞ。


「うむ、こんなものかな」


 やり遂げた感がある。これ以上の快適さを求めるなら何か物を買うか、部屋自体の拡張が必要だろう。

 カタログで確認した限り、謎の異空間に直結して拠点を拡大する事ができるのは分かっている。まだ手が出るようなポイントではないが、ゆくゆくはそういった贅沢もしたいものだ。まあ、そのために怪人を片っ端から仕留めるのは面倒なので、ゆくゆくでいいだろう。


 部屋も片付いたところで、やらなければいけない事はもう一つある。引き籠もりなのに働き過ぎかもしれないが、これはできるだけ早いほうがいい作業だ。そう、神様が料金を払ってくれるというオペレーターの契約書である。

 契約書といっても面倒なものではなく、どんなオペレーターに担当してもらいたいかのアンケートのようなものだ。本来は担当の神様が書くもので、場合によっては嫌がらせで怪人もどきを割り当てられる事もあるらしいが、怠け神様が担当であるウチには無縁である。自分の好みで選べるなら、可愛い女の子のオペレーターがいいに決まっている。


「人間、女性、十代~二十代、スタイルは……ボインちゃん。備考は、引き籠もりを馬鹿にしない、できればマスカレイドに憧れている子……と。あ、日本人的な美少女と書かないと俺みたいになるな、危ない危ない」


 他にも戦況報告や怪人能力の分析、ヒーローの成長方針の相談などの技能が必須であるかなどの欄もあるが、ここら辺はできればというレベルでいいだろう。……マスカレイドに本格的なサポートが必要かと言われるとかなり疑問だし。

 このオペレーター、実在の人物なのか、それとも画面上にだけ存在する電子的な存在なのか、はたまた神様パワーでそういう子を創るのかは知らないが、マジモノの神様が用意すると言っているのだから希望通りの子が配属されるのだろう。

 渡された書類に付属していたサンプルを見る限りネタに走っているという事もなさそうだが、怪人に小便かけるヒーローが人気者になるような世界だから、ネタになりそうな要素は排除しておきたい。


「……すべての希望が反映されるとは限りませんが、可能な限り配慮いたします、か」


 どうしても注意書きが気になってしまう。

 ここは、できる限り細かく書いたほうがいいのかもしれない。選択項目はそもそも大した量はなかったが、備考欄は自由記入だ。これを埋めるくらい……黒歴史になるような設定ノートのつもりでキャラクリエイトしてみるか。

 昔、ルールブックだけ買ったTRPGを使って設定を検討してみよう。オペレーターだから重要そうなのは……。


 使用武器……まったく意味がない。魔法や超能力も無意味だ。オペレーターに何させるっていうんだよ。

 性格……明るい子がいいかな。清楚な感じも捨て難いが……いや、表裏がない事が重要かな。裏で何か言われてるって不安はヒッキーの俺としては大変なストレス要素になってしまうから、そういう心配をしなくていい子がいい。

 頭脳……本来は必要なんだろうが、サポートするマスカレイドの能力を考えるなら最低限で妥協してもいい。報告が読めないとかは困るが、そこまで気にする要素ではないだろう。

 声質……はオペレーターなら当然重要だ。忘れてたが、いくら可愛い子でもダンディなおっさん声では悲惨な事になる。

 使用言語……そりゃ日本語である。英語もできたほうがいいんだろうが、おそらく必須にはならない。タガログ語は伐採怪人さんの哀れな末路を思い出してしまうから勘弁してあげて欲しい。いや、アレがタガログ語だったかどうかは知らんが。

 戦闘技能、鍵開けなどの特殊技術……当然いらん。

 扇動、人心掌握、カリスマ、洗脳、詐欺……オペレーターでも使える技能だが、むしろない子をお願いしたい。怖過ぎる。

 交渉、恐喝などの社交技能……はどっちでもいい。

 ハッキング……はどうだ?


「……どうだろう?」


 サイバーパンク系TRPGのルールブックで指が止まった。

 難しいところだ。どういう付き合いになるのかのスタンスで決まるんだろうが、通信を通してのサポート要員として考えるならコンピューター技術、情報処理技術はあって損はない。なくてもいいが、有用なのはそこら辺だろう。本来の役割である能力分析や戦況判断能力にも影響するが、それよりも戦闘外の情報収集能力を使えるなら……欲しい。

 頭の出来は気にしないつもりだったが、再考したほうがいいだろうか。一点特化でも技術さえあればいいが……。


 現時点で俺が最も警戒しているのは、怪人でもジョン・ドゥでも神様でもなく人間社会だ。いくら戦闘が強くても、この身が社会に属している以上何かしらの制限は受ける。それは引き籠もりでも変わらない。

 神様たちが暗躍する裏事情ではなく、表舞台……人間社会における怪人やヒーローの情報や世論、国家機関の方針が取得、分析できるなら、これ以上ない武器となるかもしれない。そして、それは俺如きのITリテラシーではできない事であり、今後大きな弱点となり得る部分である。

 怪人は当然としても、ヒーローだって国家から見たら正体不明の異物だ。表立って被害を出さず、むしろ被害を抑える側だとしても信用していい存在ではないし、できない。世論が許さない。そのあたりの防波堤を作れるなら、戦闘では無敵に近いマスカレイドにとっての重要なサポートになれるだろう。


「……駄目元で希望してみるか。ウィザード級のハッキング技術、及び高度な情報分析技術保持者……と」


 改めて最初から設定を見るとどんな完璧超人だって感じである。

 ただのオペレーターとして配属するにはオーバースペック過ぎるし、普通ならいるわきゃない。もはやお前がヒーローとして主役張れるだろって突っ込まれる事請け合いだ。神様が一から創るならワンチャンありそうだが、これでどんな子が配属されるやら……。

 確か神様の話によれば、申請して最短で翌日、遅くとも一週間以内には決まるって話だったはずだ。……長引きそうである。

 だが、予想に反してオペレーターは翌々日の着任となった。




-3-




『どーもー!! マスカレイドさん、はじめましてーー!! 私、この度マスカレイドさんの担当になりました南美波でっす!! 名字が南、名前も美波、ミナミとミナミってなんじゃそらって感じだから、気軽にミナミちゃんって呼んでね! どっちも同じですけどね』


 なんかうるさいのが来た。画面越しに会っているだけなのに、今にも飛び出して来そうなパワーを感じる。

 とりあえず顔合わせと自己紹介という話で軽く了解してしまったが、すでに後悔し始めている。引き籠もりは基本的に、押しの強い子が苦手なのだ。そりゃ指定はしなかったけどさ。


「えーと、オペレーターさん?」

『はい、オペですよ、オペレーター! 新人ヒーローでも注目株のマスカレイドさんの担当に抜擢されるなんて、なんか書類の手違いでもあったんじゃないかって思うくらい感激っす! あ、間違いじゃないですよね? ちょっと不安になってきちゃったぞー。他に打診ないらしいんで、クーリングオフは受け付けてません』

「こっちとしては要望に合致してればいいんだが」


 今のところアレな印象は否めないが、顔はかなりの美少女だ。加えて声の質もいい。うるさ過ぎる気もするが、好みの範疇だろう。しかも、日本語が使えるどころか、日本人名である。


「……まさか、日本人なのか?」

『そーですよ。ミナミだけど大阪出身じゃなくて、バリバリの江戸っ子です。てやんでえ、べらぼうめい、ちくしょうめい』


 なんだこいつ……。


「差し支えなければ聞きたいんだけど、実在の人?」

『へ? そりゃそうですよー。非実在美少女認定してセクハラとかしたら本部に訴えますよー』

「あ、いや……神様が創るとかそういう方向で考えてたからさ。……実在するならそれでいいんだ」

『あー、そういうオペさんもいますねー。同期のアイリーンとか半分怪人ですし』


 半分怪人ってなんだよ。改造でもされたのかよ。


『その点、私はすべて天然ですのでご心配なく。いやーでもそのために創られた子とか、すっごい美人で比べられると凹んじゃうかも。造形も然ることながらお肌ピチピチで皺とかシミとか何それって感じで、ちょっと太刀打ちできないレベルのキレイな子が多いんですよねー』


 十分以上にレベル高いと思うのだが、これ以上が闊歩してるのか? それはそれですごい光景だな。


『まーあれですよ。私も高校では可愛い可愛いってチヤホヤされてましたが、所詮はリアル。一から理想を追求して創られた超美少女には叶わないって話です。ギャルゲーヒロインは無敵って事ですねー。なんで、私としてはそれ以外の長所をアピールしていきたい所存です』

「それ以外っていうと?」

『えっとー…………』


 悩むなよ。


『……うるさいとか?』

「いやいやいや、どこが長所だよ!」

『あ、うるさいのはお嫌い? 困ったなー。私長時間黙ってると持病の発作が起きるんで』


 どんな持病だよ。


「うるさいのは短所だが、それは別にいい。こっちが出した要望に沿った技能をある程度持ってるって認識でオーケー?」

『あ、はい。大体希望に沿えてるかと。ほらー、ボインボインちゃんですよー』


 ミナミは画面の向こうで自らの乳を持ち上げてみせた。普通にしていても巨大だと思っていた塊がフェイクのそれでないと主張している。

 確かにでっかいが……でっかいな……うん、でっかいのはいい事だ。くそ、録画しておけば良かった。


『あははは、マスカレイドさんも男の人ですねー』

「うっさいわ」

『あ、やっててなんですけど、このキャラは恥ずかしいので以降はなしで。男性相手に乳アピールはアレですし』


 まあ、あまり開けっぴろげなのもどうかと思うしな。


『あ、でも一つだけ希望に沿えているが微妙なところがあってですねー。えーと、ハッキング?』

「ああ、あれは駄目元だからそこまで気にしなくていい」


 ある程度でも情報収集できれば御の字だ。まるっきりPC使えないのは勘弁だが、ニュース分析程度でも十分役に立つだろう。


『ハッキングも得意ですけど、どちらかというと専門はクラッキングでして……違い分かりますかね?』

「……分かるけど……専門?」

『はい。特技は大企業のデータベースにアクセスして無差別にデータを破壊する事です!』

「は?」

『いやー、この前ついドジっちゃって、外国の危ない人に狙われてたんですよねー。それで避難も兼ねてオペレーターになったという、聞くも涙、語るも涙の人情噺があったわけですよ。あ、でもでも安心して下さい。それは臨時パートナーのミスなんで、私一人ならそんなヘマはしません。どんなセキュリティだって突破しますよ』


 いや、ちょっと待って。想定していた方向性が違う。……いや、方向性は近いかもしれないが、突き抜け過ぎである。


「ぎ、技術はあるわけだよな? 要望には合致してるんじゃ……」

『それがですねー。データ抜くまではいいんですけど、重要そうなデータを見るとついクラッキングしたくなるという癖があるんで、無駄に被害を出してしまうかも……なーんて心配があったりなかったり? むしろ、破壊工作なら進んでします。依頼がなくてもします』

「いや、駄目だろ」


 こいつ、サイバーテロリストだ。しかもそれ自体が目的の無差別犯である。下手すりゃ怪人以上に被害を撒き散らしかねない。こんなのオペレーター採用するんじゃねーよ。


「……ちなみに、ヘマしたパートナーは?」

『死にましたっ!』


 とてもいい笑顔ですね。お兄さんドン引きだよ。……怖くて聞けないが、まさかお前が殺したとかじゃないよな。


『あ、履歴書はマスカレイドさんのPCに送っておいたんで、あとで見ておいて下さい』

「あ、はい……って待てっ!? なんで俺のアドレス知ってんだよ! アレか? 神様から情報もらったとかそういう事だよな? な? まさか個人情報抜いたとかじゃないよな!?」

『……じゃあ、何かありましたらご連絡下さーい』

「おまっ、ちょっと待ちなさいっ!!」


 逃げるように、テレビに映っていた顔が消えた。

 やべえ……なんだあいつ。希望した要望をすべて満たした上で更にスペック上乗せしてきたが、上乗せしてきた分がかっ飛び過ぎている。

 確かに俺が希望した条件は満たしているし、やって欲しい事もできるんだろう。できるんだろうが……それ以上に問題が発生する気がしてならない。あと、ついでに俺の聖域の中に鎮座する神域にまでハッキングかけられてる可能性すらあると……。あれ、これ逃げられなくね?


 ……とりあえず、送ったという履歴書を見るか。まさか、俺のエロフォルダ荒らされたりしてないよな。




-4-




 PCを開き、まず目に飛び込んできたのはさきほどまで話していたミナミのドアップだった。壁紙が変更されている。

 インパクトの強い出だしだが、覚悟は決めてたからこれくらいじゃ動揺しない。履歴書らしきファイルがメールではなくデスクトップのど真ん中にドンと置かれているのも……まあ、想定内だ。指が震えているが、想定内だ。


 履歴書の中身を見るよりも先に被害状況を確認するが、デスクトップ以外は特に弄られている様子は見られなかった。

 細かい設定部分も、記憶にあるものと同じである。変な常駐プロセスやユーザが増えているなんて事もない。かつてハッキングを覚えようとした杵柄を活かしてログを中心に痕跡の残りそうな部分を洗ってみるが、どこにも侵入の形跡は残っていなかった。

 一応、無意味と分かっていてもウィルスチェックを走らせる。しかし、常時使っているものを含めて複数のチェックソフト、個人で作った検査プログラムまで使用したが危ないものは検知されなかった。……超級ハッカーという肩書を信じるなら、そもそも検知できるような仕掛けはしないだろうが。


 もはや、抵抗は無意味だ。これ以上は俺の技術の範囲を飛び越えてしまう。あいつに害意はないと信じるしかない。

 別に俺を陥れる目的なんてないだろうし最悪の場合は神様に泣きつこうと、諦めて履歴書のファイルを開く。

 ファイルは極普通の画像ファイルだった。市販の履歴書に似たフォーマットで顔写真とプロフィールが記載されている。

 信頼できる内容かは分からないが、これは本人が記載したものでなく所属する組織が用意した情報らしい。


 南美波。日本人。血液型B型。本籍は東京都荒川区。現在はオペレーターの寮に在住。十七歳。……ウチの妹の二つ上だ。

 四月から高校三年生の予定だったが、数週間前から自主休学中。学業は中の上程度。生活態度に問題は見られず、大きな問題を起こした事はないらしい。……バレていないだけかもしれんが。

 部活は家庭科部に所属。幽霊部員だが、部活自体ほとんど活動していないのでただの名義貸しのようなものだと思われる。学校の友人には機械オンチという設定で通しているそうだ。

 家族構成は両親二人と姉、妹の五人。本人の裏の顔を知っているわけではないが、なにかやばい事に巻き込まれたというのは察しているようで、休学や親元を離れての一人暮らしも黙認しているらしい。条件として、定期的に電話はしているようだ。


 好きなものは甘味類全般。嫌いなものは辛いもの、臭いもの。

 趣味はクラッキング。息をするようにセキュリティの壁を突破し、痕跡すら残さずにデータを破壊する。半ば無意識でもついクラックしちゃう危険人物だ。

 表裏のない明るい性格。……って、いやいや、確かに希望したが、この設定で表裏ないって無理があるだろ。むしろ怖いわ。白衣着た偏屈な科学者のほうがまだ安心できるぞ。


 支援組織、あるいは運営元の本部に所属している事から、俺の情報は引き籠もりである事を含めて認識しているようだ。いきなり穴熊さんと言われても驚く必要はないという事である。

 オペレーターへ抜擢された経緯は俺の希望した条件が合致した事が根本にあるが、本人は極めて乗り気らしい。

 ヒーロー、というよりもマスカレイド個人に好感を持っていて、特に伐採怪人キキール戦の映像がお気に入りだそうだ。

 ……俺が言うのもなんだが、頭おかしいんじゃねーのか。


 と、ここまでが表の顔。ハッカーとしての経歴は履歴書の別紙として用意されていた。

 そこには一応、主だった活動経歴が記載されているのだが、詳細はあまり関係なさそうなので記憶の隅へと追いやった。決して、見覚えのある企業・組織名が羅列されていて怖くなったからではない。


 彼女がハッカーとして活動し始めたのはつい二、三年前。ターゲットの傾向からアメリカ人だと思われていたらしい。

 基本的に一匹狼で神出鬼没。愉快犯に見られるような自己顕示目的の痕跡すら残さない通り魔的なハッカーで、彼女の仕業だと断定されているのは手口の似た数件程度。関与した事件のすべては確認できないが、本人の自己申告から分かるだけでも累計数十~数百兆円規模の被害を発生させている模様。

 一匹狼ではあるが、場合によっては存在を悟らせずに同業者の仕事の手伝いをする事もあったらしい。それが原因かは書いてないが、つい数日前パートナーのミスで一部情報が流出し中東で活動する地下組織に狙われる事となる。目的が殺害か拉致かは分からないままだが、とにかく身バレしてしまったらしい。

 事前に察知した彼女は早急に身辺整理を済まし、家出。その後、国内を逃げ回っていたらしいが、俺が出した希望にマッチングする対象を探していたところで救助され、オペレーターになった……というのがここまでの経緯だ。……漫画の主人公かなにかかな?


 現在はどこにあるのか分からない謎空間で仕事をしているため、どう頑張っても捕まえる事はできない。そして、彼女を追っていた組織は大量の情報流出、及びデータ破壊という逆襲を受け、壊滅状態。流出していた情報も可能な限りは回収、消去したらしい。そんな経緯から、一部では決して敵対してはいけない存在として伝説化してるそうだ。家族も無事である。


「こんな奴いてたまるかって話だが……いたって事なんだよな。神様相手に経歴詐称できないだろうし」


 これって、良く考えたら俺が希望出した事で国際的なサイバーテロリストが野放しになってしまったという事ではなかろうか……。死んだほうが世のためだったんじゃね?




 だが、いつも通りポジティブに考えるならば、無敵の戦闘力を誇るマスカレイドに頼もしい味方が加わったという事だ。頼もし過ぎる気がしないでもないが、俺の手が届かない分野での活躍が期待できる。



 問題は俺に上手く手綱が握れるかだが……超不安である。全然自信がなかった。



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