第四話「伐採怪人キキール」
-1-
「うー、トイレトイレ」
今、トイレを求めて部屋から出ようしている俺は、引き籠もりなごく一般的な男の子。強いて違うところを上げるとすれば、実はヒーローってとこかナ──名前は穴熊英雄。そんなわけで部屋の出口にあるドアまでやって来たのだ。
ふと見るとドアには無数の鍵がかかっていた。
ウホッ! いいロック……。そう思っていると、突然英雄は俺の見ている目の前でドアのロックを外し始めたのだ……!
「あ、開かない……なんで?」
しかし、何故かドアが開かなかった。
母親が買い物に出かけている今、トイレに行くチャンスだというのに部屋から出られない。
最悪見つかってもなんとかなっていた今までと違い、俺の姿はいかしたマッチョメンだ。見つかったら、どこからどう見ても不法侵入者である。だから、細心の注意を払ってチャンスを窺っていたというのに……これは一体どういう事なんだ。
「は!? これは、まさか母ちゃんの罠なのか……」
あの手この手で俺を部屋から出そうとする母親だが、その方法は引き籠もり期間が長くなるにつれ巧妙になってきている。これはあえて外に出さずに苦しめれば自分から出てくるだろうと、そういう事だというのか。……計ったな!
……いや、おかしいだろ。百歩譲ってそういう手をとる事は有り得るとしても、それがイコール外に出られないというわけではない。なんせ今の俺は怪人も一撃で倒す超人だ。鍵がかかっていようが、ドアくらい開ける事はできる。しかし、今手にしているドアノブは一切動いていない。これ以上力を入れたらノブが千切れるくらい力を入れているにも関わらず、ビクともしない。
一応監視カメラを確認するが、ドアの外から見ても何か手が加えられている様子はなかった。いつも通りの光景である。
謎の怪奇現象……。しかし、すでに謎の事態に直面しっぱなしの俺にスキはなかった。これはつまり……神様の仕業である!
『拠点? ……ああ、そういう事なら君の部屋をそのまま拠点化しよう』
『そういう事もできるのか。ひょっとして、外から干渉できないようにもできる?』
……アレだ。
忘れてたが、ここは拠点扱いされている。しかも、俺の迂闊な一言で外から隔絶した状態にされているという事に……。
まさか、俺はここから外に出られない? 出動すれば出られるが、平時に部屋から出る事は許されないというのか。
「う……」
やばい、そろそろ尿意が限界だ。神様のところでお茶を飲んだせいもあって、猛烈な勢いでダムが決壊しかけている。
いくら怪人をワンパンで仕留める超ヒーローといえども、己の尿意には勝てないというのか。意外なところで弱点が見つかってしまった。
ボトルは……駄目だ。もう空いているものがない。くそ、こんな事なら余裕を持って処理しておけば良かった。
何か……何か他に使えそうな物はないのか……そうだ、食器。
「いやいやいや、いくら母ちゃんでもブチキレるだろ」
引き籠もりの息子のために用意した食事に尿を入れて返却してくるのは、さすがにケンカ売ってるってレベルじゃない。引き籠もり以前に人としてどうなのって問題だ。
しかし、だからってどうする? 窓は板を嵌め込んでいるし、そもそもここが拠点化して出れないようになっているなら窓だって開かないだろう。
ここは、この環境を造った本人になんとかしてもらうのが筋というものだ。
「神様! 神さまーっ!? ヘルプ!!」
しかし、返事はなかった。これは一体どういう事なのか。まさか声が届いていないとか……いや、そんなはずは。必要があれば声をかけていいって話だったし、担当も俺一人だから忙しいってのもないだろう。
……ひょっとして寝てる? やべえ、すげえありそう。買ったばっかりだし、新品の布団で夢の世界へと旅立ってしまったというのか。
どうする。最悪の場合、家庭菜園ならぬ部屋菜園のキノコともやしを犠牲にすれば……いや、それだって押入れなわけで、部屋でする事には違いないし、色々アウトだ。ボトラーな時点ですでにアウトという人もいるかもしれないが、こういうのは一歩足を踏み外したらズルズルと駄目なほうへと進んで行くものなのだ。これに際限はない。実体験に基づく教訓である。
く、ヒーローポイントが残っていればどうにでもなったというのに。オムツとか。
そんな絶望感と焦燥感、そして尿意を感じながら打開策を検討していると、突然けたたましい音が鳴り響いた。
「な、なんだ!?」
びっくりして漏れるかと思った。
一体何事かと部屋を見渡すと、点けた覚えのないテレビに怪人のプロフィールが映っていた。
さきほど購入したヒーローTVは神様の物と違い、元々のテレビに機能を付与するだけの廉価版サービスだからそれはいい。
いいんだが、……これは出動要請なのか? 怪人出過ぎじゃね? 今日だけでもう三回目……いや違う。これは……。
「……支援要請?」
通常の出動要請ではなく、タッチパネル部分は[ 支援要請 ]と書いてある。その下に表示された説明文を見ると、怪人出現から長時間対応されなかった事による要請らしい。場所は……フィリピン?
……ああ、そうか。ヒーローが被虐怪人ド・エームにやられたっていう話だったな。如何にフィリピンが日本より小さいとはいえ、ヒーローが一人だけとは考え難いが、とにかく何かしらの問題で放置されているという事だ。……ヒーロー不在のところは大変だね。
しかし、俺もそれどころではない。今は国外の怪人よりも尿意のほうが大きな問題なのだ。
……いや、待てよ。
出動すれば外には出れる。怪人を倒してしまったら再転送で戻って来る事になるが、外は外。この尿意を開放する手段があるはずだ。少なくとも部屋に閉じ込められた状態よりは可能性が高い。転送先でトイレを借りるか、最悪立ちションでも構わない。立ちションするヒーローとか最悪の絵面だが、部屋で漏らすよりは遥かにマシだろう。……マシだよね?
できれば地名検索して現地の状況を確認したいが、それどころではない。とりあえず出動するんだ!
-2-
転送先はどこかの森の中だった。フィリピンではあるのだろうが、地名を知らないから正確な場所は分からない。
トイレは……さすがにないか。それどころか、建物すらない見渡す限りの森だ。だが、怪人は……いた。こちらを見て叫んでいる。
これまでの変態どもとは違い、完全なる異形。辛うじて人型ではあるものの、両腕が斧のように変質し、肌も赤銅色だ。
名前確認するのは忘れたので何の怪人かは分からないが、周辺の木が倒れているのは、その腕の斧で斬り裂いたのだろう。
「■△○○△□ッ!」
怪人が何言ってるのかは分からなかった。早口だから自信はないが、少なくとも日本語ではないし英語でもないっぽい。場所的に考えるならタガログ語だろうか。これまでがそうだったから日本語でないのに驚いたが、良く考えたら当たり前だ。怪人だって出現する国の現地語を使うだろう。
しかし、そんな事はどうでもいい。あいつの話に興味などないし、別の脅威が体内から迫りつつあるのだ。障害として立ちはだかるなら排除させてもらう!
「■△○○△□~~ッッ!!」
「うるさいっ! 邪魔だっ!!」
不意に襲いかかって来た怪人の攻撃を払うと、それだけで怪人の腕は爆散し根本から千切れ飛んだ。
胴体を狙わなかったのはトドメを刺さないためだ。腕本体は爆散したが、狙い通り本体は残っている。奴が死ぬまでに目的を達成しないといけない。
「……悪いな。こっちもそう余裕がないんだ」
俺の膀胱の限界は近い。刻一刻と近づく尿意は今にもダムを決壊させそうだ。ちょっと気を抜くだけでも漏らしてしまうだろう。
そこで気がついたのだが、今の俺はヒーロースーツを纏っている。つまり一体型の銀タイツであるから、首から脱がないと用を足す事ができない。その場合、タイツの密着性を考えれば大惨事間違い無しだ。
「くそ、こんなところで半裸にならないといけないのか」
だが、背に腹は代えられない。周りに人の気配はないから、とりあえず目撃者は怪人くらいだ。あいつはあとで始末する予定だから無視していい。とりあえず、股下まで下ろせばなんとか……くそ、脱ぎ辛い。
「○△■△○■■■!!」
脱衣に悪戦苦闘していると、再び怪人が襲いかかってきた。腕を破壊された事で逆上しているのか、ヒアリング困難な叫び声を上げている。
さっさと排除してしまいたいが、まだ殺すわけにはいかない。邪魔過ぎる。
……焦るな。マスカレイドの頑丈な尿道なら、きっとまだ耐えられる。失敗は許されないのだから、まずはこいつをなんとかして黙らせる事が先決だ。しかし言語の壁がある以上、小便終わるまで待ってと言っても通じないだろう。ならば、力づくで黙らせるしかない!
「ふんぬらばっ!!」
怪人が飛びかかってきたところへ抜手による迎撃を行う。一撃で仕留めるためではなく、ピンポイントで一箇所に力が集中するように。
狙うのは残った手足の関節部分。一撃、二撃、三撃とコンマ数秒の内に突きを繰り出した。
こうして行動すると、如何にマスカレイドの反応速度の次元が違うかが実感できる。普段は感じないのに、こうして高速移動する物体へ針の穴を通すような攻撃も可能だ。加えて、力加減も少しだけ上手くなった気がする。
「ウゲッ!!」
超スピードの迎撃を喰らい、何が起こったのか理解できないまま怪人が吹き飛んだ。
攻撃した手足は千切れはしていないものの、その関節は完全に破壊した。奴はもう這いずる事しかできないだろう。
……いや、怪人である以上、トドメを刺すまではどんな行動をとってくるか分かったものじゃないか。用心にこした事はない。
ここは念のためと、< マスカレイドマント >を脱ぎ捨てて捕縛を行う。痛みと混乱で激しい抵抗を受けたが、手足が使えない状態でマスカレイドの超パワーに抗う事はできない。労せずして捕縛は完了した。でかくて頑丈そうな木に縛り付けるオマケ付きだ。
「ふー。手間どらせやがって、ちょっと待ってろよ」
ようやく用が足せる、と俺はタイツを脱ぎ始める。
脱ぐ途中で少し冷静になってしまったのか、ここが外であると実感して少し興奮してしまった。露出狂の気はないつもりだが、普段有り得ないシチュエーションに酔っているのだろう。く、少し大きくなってしまった。マスカレイドになって平常時ですらマグナムだというのに、これじゃミサイルを見せびらかしたいだけの変態じゃないか。誤って発射ボタンを押してしまったらどうしてくれる。
「ギエーッ!? ギョエーッ!!」
縛り付けられた怪人が、こちらを見て暴れる。相変わらず何を言っているのか分からないが、ただの叫び声にしか聞こえなかった。
だが、言いたい事はなんとなく分かる。分かってしまう。
「おい貴様! 何か勘違いしているな」
あいつ絶対に俺にレイプされるとかそういう意味合いで抵抗している。俺にそんな趣味はないのに、失礼な奴だ。
言語の壁があるとこんな基本的で重要な意思疎通さえ困難になってしまう。
「……よし、いい事思いついた」
「ッ!?」
「散々邪魔してくれた貴様には、屈辱的な最後を与えてやろう。……全力で小便かけてやる」
「ギエーッ!? ギョエーッ!!」
もはや抵抗は無意味だ。ヒーローに小便かけられた怪人という汚名を着てこの世から去るといい。
「喰らえーーーっ!!」
-3-
[ 番組の途中ですが、一部問題のある映像のため放送を中断しております ]
「…………」
神様がテレビの前で固まっていた。
「……つい調子に乗ってしまったんだ。今は反省している」
「いや……さすがにドン引きなんだけど」
尿意と戦闘時の興奮、そして野外であるという背徳的な状況で自分を失っていたが、良く考えたらあの戦いは外部に見られているのだ。
というわけで戦闘が終了して部屋に戻った俺は、途中から見ていたらしい神様に呼び出されてしまった。
「寝起きからなんてものを見せるんだ、君は……」
俺が部屋に戻ってから三十分も経過していなかったのだが、やはりあの時点で神様は寝ていたらしく、出動要請のアラームで目を覚ましたらしい。その頃には俺はフィリピンに旅立ったあとで、寝た直後に起こされ不機嫌だった神様は特に見たくもない無残な戦闘シーンを観戦する事になったそうだ。俺だって、寝起きであの光景を見せられたら間違いなく絶句するだろう。
「怪人を倒すのはヒーローの役目だから、その手段に口を出すつもりはないけど、アレはあんまりにあんまりじゃないかな。どれだけあの怪人が気に入らなかったんだね?」
「いや、特には」
「特に理由もなくあんな事をしたのか……」
いや、怪人がどうというのはないが理由はあるぞ。
「部屋に戻ったあと気がついたんだが、俺、自分の部屋から出れなくなってるんだ」
「そりゃ一切の干渉を受けないように拠点化したからね。ドアや窓なんかの空間は念入りに強化しておいた」
「つまり、トイレにも行けなくなったわけで、ああするのも仕方なかったんだ」
「いや、その理屈はおかしい」
分かってるが、どうしようもなかったのも事実である。
というか、神様がそこら辺考慮していなかったのも問題じゃないだろうか。ええ、責任転嫁なのは分かってますよ。
「まあ、なんで君がわざわざ他国の要請に応えたのかは分かった」
「……ひょっとして何かまずかったとか?」
「疑問だっただけで問題はないよ。ちょっとした裏事情になるんだが、あそこは被虐怪人にやられたヒーローの担当区画でね。その情報が近隣のヒーローに伝達されていなくて、半ば放置状態だったらしい。こういう場合、近場から順に支援要請が出るから珍しいパターンって事だね」
それで日本担当の俺まで要請が来たって事か。近いって言えば近いしな。
近場のヒーローも事情を知らずに?を浮かべてスルーしたのかもしれない。
「支援要請が出ても出動するのは良く考えたほうがいいかな?」
「問題が起きる事はまずないだろうが、影響は考えたほうがいいね」
まあ、こんな事態にでもならない限り、担当外に出動するつもりはないんだが。
「実際、幸か不幸かの判断は難しいが、あの戦闘での影響はあった。いろんな意味でマスカレイドへ注目が集まったみたいでね……あれを見たまえ」
「……あれ?」
神様が指すのはテレビだ。さきほどまで映っていた中断映像の爽やかな花畑から、見覚えのある部屋へと切り替わっている。
『やべえ……やべえよあいつ……なんで俺たちあんなのにケンカ売っちゃったんだろう』
『……どーすんだよ。お前リーダーだろ。四天王最強ならなんとかしろよ』
映っているのはお通夜のように沈んだ変態四天王の姿だ。逃げ出した奴は戻っていないらしく、二人のままである。
……そりゃ、自分からケンカ仕掛けた相手があんな狂った行動をしてれば危機感を覚えるだろう。突発的な戦闘だった今回の怪人がアレなら、自分はどんな目に遭ってしまうのだろうと考えてしまうのは当然だ。
怪人が悪の美学を持っているかは知らないが、やられるにしても最低限まともな方法のほうがいいに決まっている。ちなみに、俺もあんな死に方はごめんである。
「ま、まあ、怪人がどう思おうと問題はないんじゃないか?」
「怪人だけじゃない。実はああいう反応を見て爆笑する神から注目されて、君は一躍ヒーローの人気ランキング上位に食い込んでいる」
……神様たちも大概だな。下ネタ好きなんだろうか。
「まあ、おかげで臨時収入もあったけどね。神々の視聴によるポイントなんて本来は雀の涙ほどのはずなのに、ランキングボーナスと合わせて結構なポイントが加算された」
「へ、へー……」
ヒーローポイントが増える事自体は嬉しいが、その理由を考えると複雑な気分だ。
まさか、過去の面白映像とかで何度も紹介される羽目になるんだろうか。俺はヨゴレ芸人の道をひた走っているな。
「つまり、神様……上の神々にはこういうのが受けると」
「……私も良くは知らないし、好みだから一概には言えもしないが、好きな神はいるんだろうね」
「じゃあ、基本的にはこの路線で突き進むとしよう。時々面白い事やって受ければボーナスがあるって事で」
「君がいいなら、私は構わないがね」
人間世界に向けて公開されるならそりゃ嫌だが、どこで見ているか分からない超存在に向かって格好つけても仕方ないだろう。直接的な被害を受けるなら別だが、むしろ媚を売りに行ったほうが頭のいいヒーローというものだ。
「しかし、今回の反省も踏まえて、とりあえずトイレ対策はなんとかしたいな」
「あの部屋は拠点扱いだから、ある程度自由に改装できるはずだ。もちろんポイントは必要だが、トイレも……まあ問題なく設置できると思うよ」
つまり、家族の目を盗んでトイレに行く必要もない。今まで以上に外に出なくて済むという事だ。
よくよく考えてみたら、他にも問題はあるわけなんだが。
「部屋から出れないなら食事の対策も必要なんだよな……」
「それこそポイントで買えばいいじゃないか」
「いや、俺ってば引き籠もりなわけで、引き籠もりって普通食事は親に依存するものなわけで、つまり定期的に親が食事を持ってくるわけなんです」
「……なるほど。それに手をつけないと、君が何も食べていないように見えるわけか」
そう。実際には食べていても、親からしてみれば何も食べずに引き籠もっているように見える。
ここまでドアを破壊するような強硬策には出てない母親も、さすがに不審に思うだろう。餓死を疑われる可能性大だ。業者依頼コースである。
「もっと言うなら、ウチの母ちゃんドアの前から頻繁に呼びかけてくるんだよな……それに無反応ってのもまずい」
干渉を受けないって事はドアの外からの声もノックも聞こえないわけで、当然内側からも反応を返せない。
「君は元々の声からかけ離れているから、音をどうにかしても返事するのは無理があると思うけど」
「そうなんだよなー。胃が痛くなってきた……」
「怪人相手にあんな事する君が悩むような事とも思えないが」
こういう問題は化物相手にするのとはまた別なのである。引き籠もりとはいえ、曲がりなりにも家族をやっているのだから強硬策をとるわけにもいかない。完全にスルーしていたが、この問題はどうするべきか。
「じゃあ、とりあえず音は聞こえるように調整しよう。後付けの変更になるから制限はあるが、それくらいならできるはずだ」
「できれば内側からの音は漏れないよう一方通行で……」
「それだと、結局無反応になるような気がするけど」
「じゃあ、ノックだけ。ノックだけ伝わるように」
「また面倒な……変なところに影響出そうだけど、やってみるよ」
ノックだけでも、聞いているぞという意思表示にはなるだろう。少なくとも生きている事は分かる。
-4-
「それで、そんな感じで飯のほうもどうにかなりませんかね、神様」
「……そっちは厳しいな。最初に君の部屋のみを拠点として登録したから、廊下は範囲外なんだ」
改めて最初の迂闊さが悔やまれるな。
「ただ、どうにもできないわけじゃない。君がポイントを使って< 簡易転送装置 >を導入すればいい。……高いけどね」
「ほう……」
提案された< 簡易転送装置 >をカタログで確認する。
これは予め指定した場所とこの装置間で物質をやり取りするという科学を馬鹿にしたような超アイテムだ。確かにこれを設置すれば、廊下に置かれた食事を転送する事も可能だ。だが、これを使えば物の行き来はなんでも思いのまま……とはいかない。簡易と名が付いているだけあって登録できるのは一箇所のみ。つまり、廊下のお盆を回収する場合はそれしかできない。加えて、サイズはリンゴ程度から通販用のダンボール程度まで揃っていて、それぞれ値段が違うのだが……。
「……なんか高くありませんかね?」
極小サイズ用のものでもべらぼうに高い。具体的に言うと10ド・エームくらいだ。いつも食事を運んでくるお盆大になると三倍。30ド・エームくらいになってしまう。……いかん、あいつが三十体並んでいるのを想像してしまった。この単位は危険だ。
……これは、ポイント稼ぐために変態四天王を仕留めに行かないといけないかもしれないな。上申してもらわないと。
「ランキングに載ったから、そのボーナスで買えばいい。ほとんど全額だけど」
「そんなにもらえたのか……」
あまり嬉しくなかった人気ヒーローランキングだが、家庭崩壊の危機から救われたと思うと喜ばざるを得ない。
……しかし、それだけポイントがあると、他の商品にも目が移ってしまうのが人間の性というやつだ。元の姿に戻るには全然足りなそうだが、高いと思っていた上位版のスーツだって買えるし、更に上の装備だって手が届く。その他、引き籠もりライフを充実させるために使えそうなアイテムが山ほど射程圏内に入るのだ。そろそろPCも新調したいし。
転送装置を設置したからといってそれだけですべてなくなるという事はないが、残るのは極わずかだ。大したものは購入できない。
だが、ここで逃してしまったら、同じだけ貯めるのにどれだけの期間を要するというのか。しかも、その間襲われ続ける物欲の波に耐える事ができるのか。
……駄目だ。貯金のできない俺には厳しいものがある。引き籠もり資金として用意した軍資金だってもう底を尽きかけているくらいなのだ。
物欲というものは恐ろしいのである。
「仕方ない。これで転送装置を購入しよう」
下手に問題が露呈する危険を避けるのはもちろん、一応その分のメシ代も浮くと思えばいい。ポイント換算したら微々たるものだろうが。
「あとは、やっぱりオペレーターを契約しようか」
「オペレーター契約って月額だろ? そこまで高くないとはいえ、いきなり継続費用が発生するのは……」
「私が出すよ」
どういう風の吹き回しだろうか。そりゃ、怠ける事以外は欲の薄そうな神様ではあるが。
「いやね、伐採怪人キキールの件で気がついたんだが……」
「……伐採怪人?」
なんだその怪人。
「君が小便ぶちまけたフィリピンの怪人だよ」
「……そんな名前だったのか、あいつ」
そういえば腕が斧だったな。プロフィールに書いてあったんだろうが、読む余裕はなかったし仕方ない。
……しかし、一体どんな欲望が具現化したらそんな怪人になるんだろうか。どう見てもフィリピンの名前じゃないし。
「私が寝てると今回のような緊急事態に対応できないんだよね。その点、二十四時間対応してくれるオペレーターがいれば話は別だ。ついでに解説役まで対応してくれるらしいから、これはもう私はいらないんじゃないだろうか」
やっぱり怠けるためかよ。
「まあ、神様がそう言うなら」
「契約内容やらなんやらは任せるよ。君も自分好みの女の子のほうがいいだろう?」
「え、オペレーターって女の子なの?」
そういえば、受付やらコールセンターは女の人ばかりだし、戦争もののアニメとかでもオペレーターは女の子が多い気がするな。
ここまで対応してくれたのが神様だったから、あまり認識してなかった。
「画面に映るわけだから、そりゃね。いや、男性や怪人みたいなのもいるらしいけど」
「いやいやいや、女の子がいいです」
問題は引き籠もり故に対人スキルに自信がない事だが、それはなんとかなるだろう。人見知りってほどでもないし。
しかしそうか……画面越しとはいえ、モーニングコールから出動要請、悩み事相談まで対応してくれる美人のオペレーターさんか。
……これは捗るな。
「それなら、神様も存分に食っちゃ寝できそうだな」
「……君も現金だな」
俺は綺麗なお姉さんとの応対でウハウハ、神様は怠けられてウハウハ。
どちらにも損はないのだから、いいんじゃないだろうか。
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