第三話「加虐怪人ド・エース」




『ば、馬鹿なっ!? 私の攻撃が一切効かないだとっ!? ぐああああっ!! おのれっマスカレイドぉぉぉっ!!』

『……すまない』




-1-




「いやー、加虐怪人ド・エースさんは強敵でしたねー」

「瞬殺だったけどね」


 銀色のスーツを着こなした直後、同僚の仇討ちなのか仙台に再び怪人が出現した。

 奴の名前は加虐怪人ド・エース。ド・エームと並んで、欧州あたりに領地を持っていそうな名前だが、ただの変態だ。

 ド・エーム同様、ド・エースの姿形も人間に近く、一見しただけなら判断が付かないだろう。ボンテージファッションで、鞭を持った女王様風の……小太りの男が闊歩していれば違和感しかないが、そういう趣味的な部分を除けば人間っぽい。あと普通に喋るし。

 奴の特殊能力は《 ドSウィルス 》。相手にダメージを与えるほどに自身が強化されていくという、攻撃的な特性だ。

 しかし、スーツの力でパワーアップしたマスカレイドには一切のダメージが通らない。多分、スーツがなくても通らない。奴は登場時のパフォーマンス染みた演出で廃ビルを両断していたのだが、マスカレイドの測定不能な防御力の前にはその攻撃力でさえ無意味なのだ。

 何回か攻撃して相手があまりに無茶苦茶な存在である事に気付いたド・エースだったが、時はすでに遅し。最終的には、逃げ腰のまま半ばヤケクソ気味な鞭の嵐を正面から喰らいつつ、距離を詰めてきたマスカレイドに正面からパンチをお見舞いされて終了という、あまりにも呆気ない幕切れとなってしまったのである。

 ……いや、ほんと色々ごめんなさい。全部、ヒーロー十人分の超パワーが悪いんです。


『ど、どどどド・エースまでもがやられたようだな……』

『ククク……奴は特殊性癖四天王の中でも最弱……から二番目』

『マスカレイドごときに負けるとは変態の面汚しよ……』


 神様のテレビでは特殊性癖四天王を名乗る連中の寸劇が再び始まっていた。全員揃ったところは見ていないが、元々は定員オーバーの五人だったはずなのに、すでに三人。定員割れである。

 果たして、次にマスカレイドへリベンジ・マッチを挑んでくるのはどいつだろうか。多分どいつでも変わらないぞ。


『ていうか、えぇ……なにアレ』

『お、おい、次どうすんだよ』

『俺、ちょっと用事があって……』


 画面内では頭悪いキャラづけを放棄した四天王の連中が揉めていた。……そりゃ揉める。俺だって同じ立場だったら逃げるだろう。だって、相手は正真正銘の化物だ。一切攻撃が効かず、パンチ一発でバラバラにしてくるような相手にケンカ売りたくない。


「あのさ神様。実はこれ、生中継だったりするのか?」

「多分ね。怪人側の事情は知らないから、どこかは知らないけど」


 という事は、これはリアルタイムで起きている出来事だと。

 もう、直接本拠地に乗り込んでもいいんじゃないかな。転送してくれよ。転送ボタンはよ。


『え、嘘っ!? この中継、マスカレイドさん見てんの!?』

『やべえ、俺たち殺されちゃうよ……』

『面汚しでいいから逃げてもいいかな』


 画面脇にカンペのようなものが映った直後、怪人たちは見て不安になるほどに動揺し始めた。どうやら、俺が見ている事が伝わっているらしい。

 ……これ、どう考えてもヒーローと怪人の運営元一緒だよな。薄々分かってたけど、マッチポンプじゃねーか。一般への被害含めて、壮大な自作自演である。運営が神様などという超存在でなければ、世界中を敵に回す事になるだろう。


「なんなら、転送してもらうよう打診してみようか?」

「いや、このまま一人ずつ減っていくのを中継するほうが面白いかもしれない。上に打診できるなら、制限期間を設けて強制的に出撃させるルールを決めたりするといいんじゃないか?」


 番組の演出的に見てだが。


「君、思ったよりひどい奴だね」

「きっと、加虐怪人ド・エースの《 ドSウィルス 》のせいだ」

「君、一切ダメージ喰らってないけどね」


 いや、マジで当たった感触はあるんだけどまったく痛くないの。鞭が暴れて地面がエグレたりしてたから、あのパフォーマンスがまるっきり嘘ってわけでもないはずだ。普通の人間が喰らえば一瞬にして水風船のように弾けるだろう。


「……こいつら、コミカルな部分しか見てないからアレだけど、悪事働いてるんだよな」

「同情する要素は皆無だね」


 情報がないから判断はできないが、怪人は悪だ。そして、奴らも多分それを分かって実践しようとしている。

 やったのがこいつらかどうかはおいておくとして、怪人の被害は今も世界各地で発生しているのだ。それこそ、殺人、器物損壊、強盗、なんでもアリの極悪人で、二次被害だって大きい。そんな芽を潰せるなら潰したほうが世のため人のためだろう。

 いや、俺も極力怠けたい性分ではあるのだが、こうして真っ向からケンカ売られてるわけだし。


『ごめんなさい、マスカレイドさんっ! 次はこいつ行かせるんで、俺だけは』

『おいやめろよ! マスカレイドさん本気にしちゃうだろ。俺、今日付けで四天王やめるから』


 ケンカ売られてる………うん、ケンカ売られてるわけだし。……あれ、なんか一人少なくね?


『あ、あいつ逃げやがった!?』

『面汚し面汚し言ってた奴が真っ先に逃げるとは、まさしく面汚しよ』

『代わりに言わなくていいから。あー、とりあえず中継終わりだから。カメラさん早く! 早く止めてっ!!』


 中継が切れ、神様のテレビは画面に何も映さない灰色へと切り替わる。


「打診したら、面白そうな企画があれば持ち込んでくれってさ。ポイントもそれに応じて支払われるらしい」

「ア、ハイ」


 だんだんノリが分かってきたぞ。分かりたくなかったけど。




-2-




「それで、初の怪人退治はどうだったかな?」


 再びちゃぶ台を挟んで向かいに座る。

 風味だけの白湯になっていたのは、茶葉がないわけではなくただ面倒なだけだったようなので、俺がお茶を入れる事になった。茶請けはない。


「神様も見てただろうけど、歩いていってパンチしただけだぞ」

「それでも、命を奪うという行為に対しての葛藤とかね」

「え、そんな重い話になるの?」


 そりゃ、爆発したら死ぬのが怪人かもしれないが、殺したって実感は全然湧かない。

 そういう演出なのかもしれないが、実際どうだろう。こっちは紛うことなき正義であって、殺人を犯すとしたらあっちだ。もし命乞いとかされたら、良心の呵責は湧くのだろうか。……全然湧く気がしない。


「……なんか、俺気にしないかも」


 俺は基本的に平和主義者だと思っていたのだが、実はサイコパスだったのだろうか。

 正義の味方として悪を打つとか怪人を殺す事に快感を覚えているとか、そういうわけでは決してないのだが、善良な一市民としてどうなんだ?


「いいんじゃないかな。そういうのを気にして悩むヒーローもいるらしいけど、評判は良くないし。得てしてそういうヒーローほど被害を大きくしてしまうらしいからね」

「……ありそうな話だな」


 ヒーローの葛藤なんて、物語なら良くある話だ。メンタル回復までに二話くらいかかる展開である。


「そもそもの話、あいつらって結局なんなんだよ」


 正体不明、意味不明な連中かと思えば人間と見分け付かない奴もいるし、喋る奴もいる。だけど死んだら爆発して消滅する。悪事を行うが、それだって人間の倫理観に照らし合わせた悪事が多い。

 そんな奴らをヒーローの超パワーで仕留めたからといって実感など湧くはずがないのだ。戦ったという実感すら薄い。


「ヒーローも意味不明には違いないが、怪人はもっとだ。目的すら分からない」


 一応ヒーローは怪人を倒すという名目があるが、怪人は戦う相手がいなくても出現して暴れる。そこに共通した目的があるようには見えない。

 何も考えていないっていうのはないだろう。世間で騒がれている怪人はあまり喋ったりしないらしいが、俺がここまで見てきた怪人は曲りなりにも会話が成立する奴ばかりだ。しかし、共通の目的となるとさっぱりだ。……実は本人に聞けば答えてくれたりするのだろうか。


「怪人の正体って事かな」

「もっと言うなら、ヒーローを含めた全体の構図……かな」


 一番上で糸引いてるのは上位の神様なんだろうが、直接動かしているようには感じられない。


「えーと、それは< 最終回直前に暴露される設定集 >に載ってるみたいだね」

「何それ……最終回あるの?」

「いや、ただの様式美らしい。公開に必要な条件は担当の神様……この場合は私の許可と、現保有ヒーローポイントの九割。あとは一定以上の怪人討伐記録だね」

「……なるほど」


 つまり、なんらかの形で担当を納得させて、貯めている利益のほとんどを吐き出してでも知りたければ教えてやるぞと。

 担当にもよるんだろうが、いやらしいシステムだな。


「どうしようか。とりあえず無駄にするのも嫌だろうし、ヒーローポイントの消費からかな」


 あれ?


「……ちょっと待って。これって開示する流れなの? 許可とか出しちゃっていいの?」

「え? だって気になるじゃないか」


 そういう問題なのか? もう最終回間近って事なの?


「えーと……怪人の討伐記録ってのは?」

「A級二体以上だから、足りてるね」


 ……あいつら、最終回手前でハードルになるようなランクの怪人だったのかよ。一切見せ場なかったぞ。


「じゃあ、今使える分を消費しようか」


 なんで神様がカタログ開いてるんだろう。買うのは俺じゃねーのかな。




-3-




 というわけで、現保有ヒーローポイントで購入できるものの吟味を始める。

 被虐怪人ド・エームの分のポイントはスーツなどでほとんど使ってしまったため、実質的には加虐怪人ド・エースの一体分のみである。


「この高級安眠布団がいいな。しかし、洗濯不要のベッドシーツも捨て難い……悩むね」


 どうも、ヒーローポイントは担当にも支給されるらしく、神様もカタログを開いて吟味を始めている。支給額はヒーローの十分の一らしいが、その分なら自分のために使っていいそうだ。情報開示条件の九割にもこれは含まれるらしいので、担当の神様がポイント溜め込んでいたら更に開示させるのは困難になるという仕組みだ。最初に話した神の権能を取り戻す云々もこれで行うという話なので、後半になるほど条件は揃い辛いと言える。

 いきなり条件を満たしてしまった俺もアレだが、目の前の神様に関してはそもそも力を取り戻す気がなさそうなのでそれがハードルになる事はなさそうだ。いきなり生活用品を購入しようとしているあたり、力を取り戻す気が一切ないのが窺える。こいつ、ここで快適に引き籠もる気マンマンだ。


「低反発安眠枕ってのはいいモノなのかな?」

「好き嫌いあると思うけど」


 俺は堅めの枕が好みである。

 まあ、直接戦うわけでもないし、自分のポイントは好きに使えばいいんじゃないかな。


 しかし、俺の方は少し検討が必要だ。この引き籠もり神様と違って必要なものは多い。ポイントが十倍といえども、必要なものはそれ以上だ。普通なら装備や必殺技など戦闘関連に使うべきなのだろうが……そもそも必要なのかという話もある。

 また、俺の場合ヒーロー十人分だからなのか、スーツなどのパワーアップに必要なポイントに補正がかかっているらしい。十倍とはいわないが、かなり高い。A級であるはずの被虐怪人ド・エームのポイントが初期スーツ一式で吹っ飛んでしまったのは、そういう理由だそうだ。

 つまり、パワーアップするとしても単価が高いのである。


「《 マスカレイド・パンチ 》って普通のパンチと何が違うんだろうか」

「ヒーローパワーを上乗せする事で威力や速度が強化される。通常攻撃系の必殺技はお手軽だね」

「通常攻撃なのに必殺技とは一体……」


 うごごごこ……しかもマスカレイドの場合、あながち間違っていないのが悩ましいところだ。強化せずとも必殺である。

 できれば、必殺技と呼ぶからにはそれなりのビジュアル要素が欲しいところだ。もしくは利便性……いや、そっちのほうが本来重視される要素なのだが。……遠距離攻撃がいいな。近付かないでも攻撃できる系。


「光線系は……《 マスカレイド・ビーム 》って、これ名前どうにかならないのか? 適当過ぎるだろ」

「購入したあとにポイント使えば変えられるよ。記録にも残るから、センスが試されるね。購入してからでないと確認できないが、名前変更は十人分の補正がかかっていない……はず」

「マスカレイドってヒーローネームも変えられないかな?」

「それはもう無理だね」


 ……無理なのか。そうか。あからさまなネタネームでなくて良かった。


 自身の強化はおいておくとして、専用装備はどうだろうか。

 買えそうなのは……特に効果のない< ジェントル・シルクハット >、仕込み杖へと強化可能な< マスクド・ステッキ >、登場シーンに使える< マスカレイド・空中ブランコ >、必殺技発動時に演出がかかる< アタックエフェクト:薔薇吹雪 >は……なんかいらんモノを呼び寄せてしまいそうだ。

 全体的にシュールな笑いを提供できそうなものが多いように見られる。

 ちなみに、神様が気に入っていたバイク< マスカレイド・ミラージュ >は高くて手が出ない。


「このカタログに記載されてないものは、買えないか制限がかかってるって認識でOK?」

「いや、意見を出すためのハガキが購入できる。アイディアを書いて、認証されればカタログにも記載されて粗品が出る。意見は商品じゃなくてもいいよ」

「雑誌の懸賞かな」


 見ればハガキ自体の必要ポイントは5Pと安めだ。採用されるかは別として、なにか面白そうなアイテムを思いついたら言えって事だな。

 ちなみに、謎の週刊雑誌ヒーローマガジンにもこのハガキは付録として封入されているらしい。雑誌の値段は10Pだから内容次第ではお得感はあるといえる。定期購読の場合は更にお得だが、とりあえずハガキ含めてスルーで。

 ……あ、普通の雑誌の購読契約もある。これはチェックだな。


 これだけ揃っていると一般製品に関しても某通販サイト並みの品揃えを期待してしまうところだが、カタログという体裁をとっている以上、そこまでではないらしい。一通りは揃っている感じだが、微妙にマイナーなものになると対象外のようだ。ヒーロー側の商品のようにパーツ単位、オプション単位の販売もなく、ほとんどはフルセット。ゲームで言うならリメイク作品と各種店舗特典まですべて含めたものしか買えない。だから、バージョン違いやリメイク作品が大量に存在する作品は中身が大変な事になってしまうぞ。


 実在の武器も安価で売っているが、果たして購入する価値があるのだろうか。部隊運用するならともかく、アサルトライフル単体では怪人の足止めにも使えないだろうし、防弾着を買ってもスーツ以上の防御力は期待できない。

 ミサイルなどの広域へ影響が出る兵器はそもそも売っていない。範囲攻撃用の武器はグレネードや手榴弾程度が限界らしい。直接攻撃ではないガスや電磁パルスのグレネードもあるが、これらの範囲も精々数十メートル程度に抑えられているそうだ。

 だが、戦車やヘリも一応購入可能だ。めっちゃ高いが、値段が載っているという事は使ってもいいという事だろう。ただ、スペックでも値段でもヒーロー用として用意された兵器のほうが有用そうであるのは難点だ。

 少し気になるのはサポート用アンドロイドだ。オプションを付け替える事で戦闘補助から介護まで対応したお助けユニットらしい。高いが、将来的に考えるならアリかもしれない。


「オペレーターサービスを契約しないかい? 画面応対限定のなら安いよ」

「それ、神様がサボりたいだけじゃ……」

「当たり前じゃないか」


 当たり前らしい。しかし、俺のポイントで俺が楽をするのならともかく、神様に楽をさせるのはちょっと……。

 質問に答えてくれるし、雑談相手にも使え、目覚まし用のモーニングコールまで対応してくるというから検討はしよう。


 とはいえ、怪人一体分のポイントでは選択肢はそう多くない。色々検討したが、結局のところ購入したのは……。

・怪人の出現場所が光る地球儀、< 怪人・GPS >

・自分の部屋からでも出動要請を確認でき、そのまま転送可能になる< ヒーロー・TV >

・ヒーローポイントがもらえる特定の行動をまとめた冊子、< ヒーロー虎の巻 >

 の三つだ。

 それに加えて、名も知らないサラリーマンへのお見舞いとして、フルーツ詰め合わせと配送手数料を払って残りは1P。最後はどうでもいいので惣菜パンの詰め合わせを購入してフィニッシュとなった。ここから九割持って行かれても0Pである。端数を気にするまでもない。




-4-




「じゃあ、聞かせてくれ」

「はいはい。ちょっと待ってくれ。今読むから」


 と、早速怪人の正体についてのアレコレを聞こうとしたのだが、神様も把握していないらしく、どこからか現れた冊子を読み始めた。足元には早速購入したらしい布団のセットが敷かれている。

 読んでいる間手持ち無沙汰だったので後ろから覗き込んでみたが、謎の言語で書かれていて読めない。あるいは神様でないと読めないシステムなのかもしれない。


「…………」


 ……長いな。

 誤差程度だけど、ちょっと神様の顔が険しくなったように見える。ここは大人しくしておいたほうが良さそうだ。


「……なるほどね。……なんで正座してるんだい?」

「いや、なんか不機嫌になるような事でも書いてあったのかなーと」

「ああ、顔に出てたか……失敬。私を神の座から引きずり落とした奴の名前があったから少しね」


 なんにも考えてなさそうな神様だが、さすがに元凶には恨みを持っているのか。


「さて、じゃあ色々分かったところで説明しよう。……まず、怪人の正体についてだけど……彼らは生物ではないらしい」

「生物じゃないっていうと……ロボットとか?」


 特撮なら改造人間などが良くあるパターンだが、それだと生物の枠組みだろう。

 死んだら爆発するような存在だが、ここまで見た怪人に無機質な印象は受けない。どちらかというと感情豊かだ。


「抽象的なんだが、人の欲望など強い感情を具現化したものと書いてある。悪事を働くのは、その欲望を満たすための行動という事なんだろうね。当然、怨念や殺人衝動が主体となった怪人は暴力的になると」

「被虐、加虐なんかの変態嗜好に寄った怪人は、そういう欲望が集まったものって事か……」

「つまり、そういう趣味を持つ人間が多いって事かな」


 ……それはどうなんだろうか。そういう趣味を持つ奴は極端に欲望が強いとかそういう事のような……。


「つまり、実体を持った怨霊のようなもの?」

「定義は難しいだろうが、重要なのはそういう感情が実体化して本能のままに行動しているという部分なんだろうね」

「……それがヒーローの敵って事か」


 いまいち謎な存在なのはともかくとして、行動原理は分かった。殺しても問題なさそうだっていうのも含めて。


「出現場所のルールや傾向は? あと、出現間隔。欲望が集まりそうな場所に集中するとか」

「それは悪の組織がバランス調整しているらしく、基本的に短期間に大量の怪人が発生したり一極集中する事はないそうだ。ただ、ある程度の被害を許容すれば対応可能な程度には出現する事もあると。……例外は加虐怪人ド・エースのようなイベント先行パターン。宣戦布告のあとに一斉攻撃というケースも有り得ない話じゃないってさ」


 今から攻めるから迎撃準備しとけよ……って、話かな。すさまじい茶番臭はするが、被害を考えたらそうも言ってられない。

 ただ、そんな事よりも気になる単語が……。


「……悪の組織?」

「怪人を送り込んでくる組織だね。悪の親玉がいて、世界征服を企んでいる」

「…………は? え、ちょっと待って。あいつら所属組織があるの? というか、親玉がいるのかよ」

「いる。これが君たちが相対する親玉という事になる」


 ボスいたのか。てっきり謎存在相手に延々と戦い続ける羽目になると思ってた。


「名前はジョン・ドゥ。本名・国籍・人種・性別・年齢は非公開。悪として君臨し、正義の味方に討たれる事が最終目的らしい」

「色々待って……収拾がつかない」


 なんだそのツッコミどころ満載な一文は。頭が理解を拒否している。

 落ち着け。落ち着くんだ。疑問は一つずつ解消していけばいい。


「……え、相手人間なの?」

「うん」

「なんでやられる事が前提なの?」

「それが悪の様式美だそうだ」

「世界征服を企んでるっていうのは?」

「表向きの目標って事なんだろうね」


 どうしよう。……聞いてもやっぱり意味分かんねえ。

 じゃあ何か? そんな訳分からん奴の訳分からん目的のために世界各国は対応に追われてて、俺たちはヒーローにされたって事なのか?

 ……ふざけんなって感じだな。そいつも、そいつを放っておくどころか手を貸してそうな神々も。


「条件が揃ったら組織ごと表舞台に現れるらしいから、殴りに行くとしたらそのあとだね」

「そいつを殺せばこの茶番は終了ってわけか」

「そうなる」


 ラスボス気取りって事か。鼻っから茶番で神々の掌の上ってのは別にしても、呆れた話だ。


「まあ、俺が置かれてる舞台については分かった。とりあえずは元の姿に戻る事を考えないとな」

「おや、自分の手で親玉を倒そうって流れになるかと思ったけど」

「俺は引き籠もりだし」


 そんな面倒事に付き合う気はない。働かなくて済むならそれでいいのだ。

 いくらムカつく相手でも、積極的にそいつを倒しに行くようなら引き籠もりやってない。それに、俺がやらなくても正義感に溢れる奴は世界にごまんといるはずだ。なんせ文字通りヒーローを名乗っているのだから。

 さすがに目を覆うほどの被害が出たり親玉が直接乗り込んできたりするなら話は別だが、そうでないなら楽をさせてもらいたい。

 ……俺の場合は、ポイント稼ぎつつ元の姿に戻るっていうのが最終目標になりそうだな。必要ポイントは高そうだが、このインフレした戦闘力なら不可能ではないはずだ。


「まあ、ゆるゆる行こうじゃないか。まだ始まったばかりだし」

「ネタバレ感満載だけど、そうな」


 だけど、一つ懸念がある。どうしても、それで終わる気がしない。

 新たな親玉が出現して第二期開始とか、実は裏の目的がありました、とかいう展開も……あるかもしれないが、これが仮に本当の理由で終了条件がジョン・ドゥの殺害だとしても、そんな単純な流れになる気はしない。その理由は、俺が一番実感している事だ。


 ……ヒーローの万能感。この茶番に終止符を打つとしたら、おそらくはそれが最終的な障害になるだろう。そんな気がする。



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