第二話「被虐怪人ド・エーム」
-1-
俺、穴熊英雄は引き籠もりである。そして、引き籠もりでありながらヒーローでもある。
ある……というか、正確にはこの度ヒーローになってしまった。今の状態で穴熊英雄を名乗っていいものかと不安になるほどに別人だ。
ヒーローなのに変身するまでもなく別人で、どう見ても外国人のマッチョメン。今の俺に元の穴熊英雄の要素はほとんど残っていない。
彫りの深い銀髪のロン毛で、ビルダーも真っ青なマッチョの大男。こんな容姿で名前は穴熊英雄である。……はは、笑えよ。
「ヒーローネームというものがあるらしい」
俺をヒーローにしてくれやがった神様は、そんな事を言い出した。その手にはヒーローマニュアル。俺をこんな状況にする前に熟読しろよという話だが、それを突っ込んでも仕方がない。俺は引き籠もりではあるが、オトナな男なのだ。
「それはアレか? なんとかマンとか、そういう奴?」
とりあえずマンをつけておけばソレっぽい名前に見えるアレだ。その伝統はアメリカから始まり、日本にも色々な形で受け継がれている。
むしろ、ヒーローでなくても付けられる事が多い。ビジネスマンとかラガーマンとかファイアーマンとか。
「そうだね。そう名乗っているヒーローは多いらしい。地球の……この大きな大陸の担当ヒーローに多いようだ」
神様が指すのはやはりアメリカだ。
なんとなくだが、そういうアメコミに触発された連中が名乗っているのだろう。ひょっとしたら電話ボックスで着替えるヒーローがいたりするのかもしれない。目からビーム出すヒーローも一応広義の意味ではマンだ。……複数形だからメンだけど。
……おかしいな。なんか俺とは違ってノリノリのヒーローライフをエンジョイしているような気がしてならない。これが民族性の違いというやつなのか?
「登録しない場合は本名がそのまま使われるらしいが、どうする?」
「本名はねーよ」
この容姿で本名名乗りたくない。しかも穴熊英雄なんて個性的な名前じゃ即身バレする。
どこでその名前を使うのかは知らんが、少なくとも名乗りを上げる事はできない。
『き、貴様、何者だっ!?』
『ふふふ、俺の名はヒデオ。穴熊英雄だっ!!』
……うん、超ダセエ。近くに人がいたら確実に晒されるね。
「おっと、すでに名前の候補が挙がっているね。今のところ、クマーとチャリオッツが多いようだ」
「いや、ちょっと待って。色々待って」
どういう事なの。誰が候補出してるっていうの。しかもその適当な名前は一体……。まさか、銀髪だからチャリオッツなの?
「その候補は一体誰が……」
「神だね。私のように権能を失っていない神々だ。この世界だけでなく、色々な世界の神が中継で君の事を見ている」
「え、何? 今この瞬間も見られてるわけ? 生放送なの?」
テレビ番組か何かかよ。見世物じゃねーんだぞ。……いや、いやいやいや、ちょっと待て。
「まさか……俺は見世物なのか?」
「そうだね。手を振ってあげたら喜ぶかもしれない」
そこは否定して欲しかった。何やってんだよ神様。
「まあ、こうして我々の事を神々は見ているだけだが、直接干渉してくる事は基本的にないから気にしなくていいよ」
「気にするわっ!?」
俺そんなに神経図太くねーよ。
絶対そいつら笑ってるぞ。慌てふためく様を見てゲラゲラ笑ってる光景しか浮かばない。俺たちはおもちゃ扱いだ。
「クソがっ!」
「まあまあ、彼らにしてみれば君も私も塵のようなもので、簡単に抹消できる存在に過ぎないんだ。穏やかな生活を送るために、少しばかり楽しませてやるって程度の認識でいいのさ。君だって、塵が吠えたところで気にしないだろう?」
塵が吠えたらむしろビビる。
あんたはそれでいいのかって感じだが……良さそうだな。マジで何も考えてなさそうだ。つーか、この神様も俺とほとんど同じ立場じゃねーか。もっと怒れよ。
「それに、彼らの注目を集める事は悪い事じゃない。先ほど説明したヒーローポイント。アレはその神々が発行しているものだ。人気が出れば多くポイントがもらえるさ。実際、君は十人分の規格外ヒーローとして注目されている。注目ランキングも上位だ」
ランキングとか……いや、いちいち突っ込んでられない。
「楽しませれば、その分リターンをやるって事なのか。だからたくさん怪人倒せって? それとも、番組盛り上げるために苦戦しろって意味か?」
「そこら辺のツボは分からないな。君の能力で苦戦するとは思えないし。ヒーロー十人分とは言ったが、凝縮した事で相乗効果があったのか、十人がかりでも手が出ないほどになってるよ」
え、そんな超人になってんの、俺。怪人ってアレだぞ。軍隊で足止めするような、物理法則を無視したような連中だぞ。
「とりあえず、君が思う面白い方法で戦うといいんじゃないかな。面白ければ視聴率も上がると思うし、その分ポイントも稼げる」
「ちょっと待って。え、視聴率? まんまテレビなの?」
「詳しい事は知らないけど、ヒーローの分だけチャンネルがあるんだってさ」
俺の中での神様のイメージが崩れていく。元々、ろくに信仰心なんて持ってないが、そんな奴らなのかよ。
いや、日本の神様……それどころか、この世界の神様とも限らないのか。とにかく、超常の存在が俺を見てると。
……具体的な名前は聞きたくないな。実のところ地球人はもう見放されてて、半ばヤケクソ気味に遊ばれてるんじゃないのか? 明確に被害出てるわけだし。
そんな信仰についての云々を真剣に考察していると、先ほどまで俺の部屋を映していたテレビの画面が切り替わった。
-2-
「おっと、というわけでさっそく怪人が現れたようだ。場所は……センダイというところらしい」
仙台……? 宮城県仙台市なら日本だ。つまり俺の担当区域という事で、本来なら出動しなければならない。
強制ではないというが、俺以外対応する奴がいないなら、少なくとも出動を検討するくらいはしないと寝覚めが悪過ぎる。
くそ、もっと無責任な性格なら……というか、これが日本ではなく一切関係のない異世界だったら無視できたのに。
「まさか、この画面に映ってる履歴書みたいなのが怪人?」
切り替わった画面に映っている顔写真は、一見ゲイっぽい小太りの兄ちゃんだ。露出度が高く、道を歩いていたらちょっと避けて通るイメージであるが、どう見ても人間である。怪人ってもっと化物っぽい奴らだと聞いてるんだが。
「こうやって、人間の形のまま潜伏する怪人もいるって事……じゃないのかな」
そこは断定して欲しいんだが。間違えたらシャレにならないし。
「見かけは人間でも、この被虐怪人ド・エームはフィリピンというところのヒーローを撃退した強者らしい」
「え、ヒーローやられてんの? というか、何そのギャグみたいな名前」
神様の発言はツッコミどころが多過ぎる。一文の中にどれだけ意味不明なネタを仕込んでくるんだ。
フィリピンのヒーローがどれくらい強いか知らないけど、俺も危ないんじゃ。十人分だから強いっていったって、俺ケンカの経験とかないし。
マゾですって言ってるような名は体を表すような奴相手じゃ、生半可な攻撃も効きそうにない。むしろ喜ばせてしまいそうだ。
しかも、プロフィールの内容を信じるならA級怪人。A級の基準は分からないが、ランクが低いって事はないだろう。
パワー:E、ガード:Sという適当な能力値表記も特化型っぽい。しかも、攻撃して興奮させるほど強くなるという特性まで備えているらしい。
きっと銃の一斉攻撃などは逆効果になるのだろう。ものすごい勢いでパワーアップしそうだ。
「放置しても特に害はなさそうだ。放っておいてもいいんじゃないかな」
「あんたはそれでいいかもしれんが……。ちなみにどんな怪人だとか、そういう詳細情報はないのか? こういう簡易な能力値表じゃなく、戦力分析みたいな」
「普通はないが、この怪人はフィリピンで暴れた前歴があるからね。そういう怪人はプロフィールの二枚目に詳細が載るらしい」
と、神様は画面を指でなぞり、スマホでいうスワイプのようにページを捲った。そんな機能あるのか。妙に現代的だな。
「えーと、この怪人は
「いや駄目だろっ!? 仙台がマゾだらけなっちまうだろ」
死なないだけで、色々なものが駄目になる。
市民全員マゾとか、どんな地獄だ。被害状況を伝えるニュースですら、公共の電波に乗せられない状況になってしまいそうだ。
放っておいたらマゾな伊達政宗が誕生してしまうだろう。それが日本という国なのだ。
「なら倒してくるといい。君ならパンチ一発さ」
「え……」
やっぱりそういう話になるのか。いや、そんな保証されても今の俺には一切実感などない。できるなら、戦うにしても弱い奴から順にとか、そういう段階を踏んで……。
「か、神様がバーンとやっつけるってのは……」
「自慢じゃないが、今の私はそこら辺の子供にだって負ける自信がある」
本当に自慢にならない。力を奪われたって、そんなに弱体化してるのかよ。
「最初の条件通り君に強制はしないから、好きにするといい。無視でもいいし、様子見でもいいし、すぐにそこの画面のボタンを触って転送されてもいい」
画面を見ると、タッチパネル式のようなボタンがこれ見よがしに映っている。これを押したら仙台に転送されて戦闘開始してしまうのか。
「……様子見ったって、状況が分からないんじゃどうしようも」
「見れるよ」
神様が再度スワイプすると履歴書は消え、どこか歩道橋のような場所の実況中継らしき映像に切り替わる。
異常が起きているような感じはしない。……ど真ん中に怪人がいる以外。その怪人も人間と見分けが付かないから、パッと見はただの中継映像だ。
俺がどうすればいいのか分からず画面を見ていると、怪人ド・エームは歩道橋を乗り越えようと身を乗り出した。その下には電車が迫っている。
「何やってんの、こいつ? 自殺する気か?」
「いや、怪人ならあの乗り物に轢かれた程度じゃ死なないはずだ。何してるんだろうね?」
はっ! ……まさか、痛みを受けて気持ち良くなろうと……もとい、《 ドMウィルス 》を大量分泌するつもりなのか。
攻撃を受けてダメージを受けた結果として分泌してしまうのではなく、自分からダメージを負いに行く。そんなアグレッシヴさを持ったマゾだというのかっ!?
まずい。今から転送したところで、あいつを止める事はできない。《 ドMウィルス 》がなくたって、人身事故扱いで大惨事だ。
くそ、どうしたらいいんだ! 行きたくない。ウィルス感染も超怖い。
『き、君っ!! 何をしているんだ!?』
そんな飛び降りる寸前のド・エームを止めようとするスーツ姿の男が一人。おそらくは一般人のサラリーマンだ。
ド・エームは怪人には見えないから、飛び降り自殺をする寸前にしか見えない。それを止めようとする善意の人なのだろう。
『は、放せっ!? 今オレは轢かれた時の痛みを想像してちょっと敏感肌になっているんだ!! うああああっ』
『なに言ってんだ。早まるんじゃないっ!?』
何故か寸劇が始まった。
『何があったのか知らないが、俺が相談にのろう。とにかくそこから降りるんだ、危ないから』
『や、やめろっ!? そんなに強く掴まれたらっ! う、ううおおおおおおっ!! ユニバァアアアッスっ!!』
[ ナレーション ]
被虐怪人ド・エームは、妄想だけで達する事のできる類稀なる資質を秘めたマゾヒストだっ!!
一度達してしまうと、触れただけで悶絶してしまう敏感肌になってしまい、あまりの快楽に悶絶死してしまうのだっ!!
いろんな意味で危険だから近づいてはいけない!! お子様たちの目に触れないよう注意するんだっ!!
『くそーっ!!!! こんなハズではっ!! おのれ、マスカレイドぉぉぉっっ!!』
『い、一体何を……ぐああああああっ!!』
怪人が爆発した。助けようとした善意の人を巻き込んで。
一見派手な爆発だが歩道橋が崩れるほどではなかったらしく、建物的な被害はなさそうだ。……さすがに至近距離で爆発に巻き込まれた男は無事ではなさそうだが。
「怪人が死ぬ際に起きる爆発は、演出重視のものだから周りにはあまり被害を及ぼさない。さすがに間近は危険だけどね」
「……え、どういう事なの? まさか、あの怪人は死んだとか……」
「死因は腹上死になっているね」
[ マスカレイドは5000Pのヒーローポイントを獲得した! ]
画面に、なにかリザルトのようなものが表示される。
「ああ、良かったじゃないか。目減りはしているようだが、担当区域の怪人撃破でヒーローポイントが加算されたよ」
「……え、俺なにもしてないんだけど」
あの怪人は電車に轢かれようとしたところを止められて死んだだけだぞ。倒したのはあのスーツの人だろ。
「というか、あの怪人も言ってたけど、マスカレイドってなんだ」
「……ふむ。どうやら君のヒーローネームらしい。最初の怪人が出現した時点で強制的に決まったようだ」
あ、やっぱり俺の事なんだ。
『ド・エームがやられたようだな……』
『ククク……奴は特殊性癖四天王の中でも最弱……』
『マスカレイドごときに負けるとは変態の面汚しよ……』
……なんか始まったぞ。
中継が終わったと思ったら、違う場所へと切り替わった。画面上からでは判別の付き辛い黒尽くめのローブが映っている。
『次はこのド・エースがマスカレイドを倒し、我ら四天王の誇りを取り戻してやろう』
え、四人いるんだけど。合わせたら五人じゃね? いや、それどころの話じゃないんだが、ツッコミどころが多過ぎて対応できない。
『待っていろマスカレイドっ!! 我らが宿敵よっ!!』
響く四人分の高笑い。カメラが引くようにフェードアウトし、画面右下には次回へ続くの文字が……。
「……あ、あの、神様。これは一体」
「変わった演出だね。次の相手はあの怪人という意味かな」
え、そんな認識でいいのか。なんで怪人側が撮影されているかとか、なんでカメラ目線だったのかとかは気にしちゃいけないの?
というか、なんであいつらマスカレイドって認識してんだよ。ついさっきまで俺本人ですら知らなかったヒーローネームだったのに。
そもそもの話、俺ド・エーム倒してねーよ。会ってもいないし、仇扱いされる謂れは一切ねーよ。一体なんなんだっ。
「……頭痛くなってきた」
「それはいかんな。ここに薬はないし、さっそくポイント使って頭痛薬でも取り寄せようか」
「使わなくていいから」
善意のサラリーマンさんが身を挺して稼いだポイントをそんな風に使ってはいけない。
-3-
「というわけで、被虐怪人ド・エームを倒した事によって、君はヒーローポイントを手に入れたわけだが……」
「ただ自爆したのを見てただけだがな」
実績云々はおいておくとしても、何か報酬がもらえるのならありがたくもらう。
「……確か5000ポイントだったな」
「ああ。その5000ポイントを使って、カタログから商品を買う事ができる」
「それって、宅配とかもできる?」
「別途料金はかかるが、現地の業者を経由して送れるはずだ」
「……そうか」
可能なら、あの爆発に巻き込まれたサラリーマンに果物詰め合わせでも送ろう。さすがに不憫過ぎる。
「ちなみに、買うとしたら何かオススメは?」
「ビギナーセットとかじゃないかな。いくら君が強いとはいえ、強化スーツがあるのとないのでは戦闘力も変わってくるだろうし」
「あ、やっぱりそういうスーツがあるんだ」
普段着のままで戦う事になると思ってた。
「ちなみに、B級以上の怪人の撃破経験があれば専用のヒーローセットも購入できるはずだ。君の場合はマスカレイドセット・一式だね」
どうやら、マスカレイドという名前はもう固定らしい。……クマーと呼ばれるよりはいいが、恥ずかしいのには変わりない。
「あのさ……さっきはいきなりだったからそんなヒマなかったけど、事前に戦闘訓練とかできないかな?」
「訓練場も購入できるが、高いんだよね。訓練用のカカシとか岩なら安いけど」
カカシは分かるが、……岩? ヒーローは岩を砕くようなパワーがあるって事なのか? ……怪人の能力から考えたらありそうだが。
「戦うにしても、いまいち自分の力が分からないままだと危険な気がするんだ。十人分ったって全然強くなった気がしないし」
ぶっちゃけ戦闘を躊躇しているのは、自信がない事から来るものが大きい。もう少し全能感があれば、躊躇せずに戦闘できたはずだ。
「ビギナーセットに握力計とかも含まれてるから、それで計ってみるのはどうかな? ここで暴れられても困るし」
「……そんなのもセットなのか」
ここは狭いし、訓練するにも筋トレやシャドーボクシングくらいしかできないだろう。俺の部屋は物が多いからもっとだ。
とりあえず、神様に言われるまま、ビギナーセットとマスカレイドセットAを購入した。B以降は高いので購入不可だ。きっと第二期とかで登場する上位変身的なアレなのだろう。転送先はここではなく俺の部屋なので、神様の力でそこから握力計だけを転送してもらう。
握力計は見た目普通の物だ。ヒーロー用で、かなり大きな握力まで対応しているのか目盛りは多いが、身体測定とかでも使う物と大差ないように見える。
「確か、引き籠もる前は四十五キロくらいだったと思うけど……」
「うん。私の握力は三十五キロだね。単位は良く分からないけど」
何故神様が計っているのかは分からないが、それは成人男性以下の値じゃないだろうか。
というわけで、俺の番である。穴熊英雄の……というかヒーローマスカレイドの握力は如何ほどか。……一〇〇キロくらいはあるんだろうか。
「ふんっ!!」
少しばかり気合入れて握力計を握る……と、持ち手の部分がバラバラに砕け散った。
「……え?」
「うん。さすが、十人分だね」
神様は感心しているが、俺は何が起きたのか理解できなかった。
え、どういう事? 俺、ヒーロー用の計測器でも計測不可能な握力になってるって事? あんまり力入れてないのに? リンゴ潰すとかそんな次元じゃないぞ。
「強化されてない新人ヒーロー向けの計測器だからね。そういう事もあるさ」
「いやいやいやいや! いくらなんでもおかしいだろ。人間辞めてるってレベルじゃねーぞ!」
これじゃうっかり部屋を壊しかねない。寝返り打ったら家が倒壊するとか勘弁してくれよ。
「大丈夫だよ。力加減を含めてヒーローパワーだから。……うっかりはあるかもしれないが」
「……ちなみに、ちなみにだ。もしも、俺が……さっき言った訓練用の岩を全力でパンチしたらどうなる?」
「そりゃ粉々になるだろうね」
「……被虐怪人ド・エームを全力でパンチしたらどうなる?」
「そりゃ粉々になるだろうね」
「…………」
考えるまでもなく即答である。つまり、それほどまで分かり切った話だという事だ。
被虐怪人が如何に打たれ強い性質ドMで、ダメージを受けるほどに強化される特性を持っていたとしても関係ない。
『なら倒してくるといい。君ならパンチ一発さ』
あの時言ったのは比喩でもなんでもなく、本当に一発で終わるからだったのだ。
やべえ。……母ちゃん、あんたの息子人間辞めちゃいましたよ。
「力加減を気にしているなら、ヒーロー用の強化スーツは着たほうがいいね。パワーアップと合わせて、そうした出力の調整機能もあるから」
「ア、ハイ」
選択肢はなかった。
-4-
「良く似合ってるじゃないか」
「ア、ハイ」
マスカレイドスーツは銀色のタイツだ。今の俺の銀髪とマッチして、ギンギラギンである。
マスカレイドマスクは蝶の模様と宝石が散りばめられた趣味の悪い銀色のマスクだ。他と合わせて超シルバー。ヒーローネームの由来である。
マスカレイドベルトは特に変身機能があるわけでもない。むしろ、力を調整し抑えるための拘束具である。ものすごい大事。
マスカレイドブーツは水の上も疾走できるらしい。普段はいらないかな。
マスカレイドマントは空を飛べる。普通にジャンプしてもマッハ超えの跳躍を実現する事が可能だが、これがあるとソニックブームを起こす事なく超音速の世界へと至れるらしい。高速移動するには必須だろう。周りの被害を考えるなら、むしろ地上でも必要だ。
マスカレイドグローブは銀色のグローブだ。『Masquerade』という刺繍が超イカス。
全身銀色である。あまりに銀色なので、直視が困難なんじゃないかと思わせるほどの銀色だ。配色コーディネーターに見せたら匙を投げるほどのド一色ぶりである。
……穴熊英雄的に正直な意見を言わせて頂きますと、超ダサい。ヒーローモノの主人公というよりもコントだ。
「ヒーローポイントを使えば、配色も自由にできるらしいよ」
「よし色塗ろう! もっと地味な感じのやつで……えーと、グローブの色変更は……なんでこんなに高いの?」
カタログに載っている配色変更に必要なポイントは本体よりも、というかセット全体よりも高い。
しかもグローブは最安値で、スーツに至っては目がくらむほどの大金……ポイントが必要になる。……具体的に言うならド・エーム百体分くらい? 100ド・エームと言うと、ファンタジーの通貨っぽい。
ちなみに、全身一括で金色にするセットはちょっと安かった。……嫌だよ、こんなの。
しかし、触れるモノすべてを粉砕するヒーローパワーを抑えるなら、これらの服を着ないという選択肢はない。
一応、普通に力加減はできる。今の俺なら掌の上で豆腐を調理する事だって余裕で可能だろう。しかし、できると言っても常時加減していられるかという自信を持てない。最低限の保険は必要だった。
「ちょっと高いが、このマスカレイド・ミラージュっていうバイクも格好いいね」
「そうね」
カタログに載っているマスカレイド専用らしいバイクは近未来的な銀色バイクだ。自立行動が可能で、バイクの免許を持っていない俺でも安心の代物らしい。配色も銀色のパーツばかりではあるが、単独で見るならサイバーな感じでそれなりに格好いいだろう。
しかし、搭乗者が全身銀色だと統一され過ぎてて逆に格好悪くなるだろう事は容易に想像がついた。
というか、この場合バイクは問題ないのだ。問題はマスカレイドさんだ。
「くっそー、俺はどうしたらいいんだ」
「え、何か問題があるのかい?」
問題だらけだった。神様にそれを提示してもまったく意味がないというところまで問題だ。そして神様は一切俺の苦悩を理解していない。
「あ、あのさ。このスーツの上からシャツとか着ても問題ないんだよな?」
「問題ないんじゃないかな。その下には専用の下着以外は何も着れないみたいだけど」
タイツ直履きでいろんな部分が自己主張してしまうが、それは諦めるしかない。普段はこの上にシャツなりなんなりを着るとしよう。
幸いというかなんというか、汚れたりしても勝手にキレイになる機能がついてるのは引き籠もり的にグッドだ。
母親へお願いの手紙を添えて洗濯物を出す機会が減る。いや、むしろ普段はずっとタイツなわけで、洗濯物は激減するんじゃないだろうか。
着替えなくてもいいというのは無精者には強力なアドバンテージになり得るのである。
そうだ。ポジティブに考えるんだ。俺の引き籠もりライフはこのスーツによって更に一段階上へと進化を遂げたのだと。
「あ、ヒーロー名鑑の情報が更新されたね。装備を買うと内容も反映されるらしい」
「……なにそれ」
「出動要請の時に表示されたような簡易情報さ。ポイントを支払う事で他のヒーローや怪人の情報を閲覧する事ができる。自分のはタダだけどね」
と言って、神様がテレビのリモコンを操作すると、画面には未だ見慣れない銀色仮面……マスカレイドさんの姿が……。
怪人の顔写真と違って、全身図。しかも、スーツや仮面までつけたフル装備である。うわ、超だせえ。
「情報の値段は任意で付けられるから、公開用の値段を設定しないとね」
「非売品でお願いします」
ちなみに非売品の設定はできなかったので、すべての情報に最高額の設定を行った。
……ここからの収入は期待できないが、代わりにマスカレイドの謎が深まるというわけだ。謎多き新人ヒーローの誕生である。
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