第1章・Smile 4ー②
ベアトリス王太子妃からの破格の待遇は、これに留まらなかった。
ヴィンスを自分のお抱えデザイナーにするだけではなく、王宮に程近い貴族などが通う高級商店が集う一角に、店を出すなら出資するとまで言われ、ヴィンスはそれに迷わずサインした。
実家では、ほぼ奉仕のようにして働いていたので、自立する為の資金はまるで貯めれてはいなかった。
故に、自分で店を出すのには半ば諦めていた。
これでやっと、あの家と決別出来る。
何にも縛られる事なく、自由を手に入れられると思っていたヴィンスだっだが、実際はそう簡単に許しを得られなかった。
「酷いわ、ヴィンス。あれは、私がデザインしたドレスだったのに。泥棒するなんて……」
「ヴィンス、兄でありながら、妹のデザインを盗んで、それで賞を獲るなんて、恥ずかしくはないの?」
「私のスケッチが、いくつかなくなっていたの。まさか、敬愛するお兄様が盗むなんて……そんな……酷い」
これまで一度として「お兄様」などと、呼ばれた事はない。
それをいけしゃあしゃあと、いつものように虚言を真実であるかのように宣う。
ポリーは、自分達は被害者であると言って店の中で大騒ぎし、ヴィンスを非難した。
まだ開店前ではあったが、針子などの職人達はこの光景に唖然となっていた。
マーガレットとポリーは、経営者一族でありがら、店の商品を我が物顔で奪い取っていく。
また、新しいドレスが出ると、ポリーに合わせたサイズの物を作らされるので、口にはしなくとも職人達からは煙たがれていた。
それに対して、ヴィンスは幼い頃から自分の事を置いても、店員や職人の手伝いも自ら買って出て、店に貢献している。
この度の賞を獲ったドレスも、店の仕事をこなしながら、その合間の時間で仕上げたもので、誰の手をも煩わせなかった。
一方のポリーは、店の商品を奪いはしても、デザインをしていると聞いた事もなかったし、縫製などもしているとは思えない。
「自分は、この店のモデルだ」と言って、太客には率先して話し掛けてはいたが、裏通りの一般客には見向きもしなかった。
だが、マーガレットとポリーの絶対的な権力の前に、誰もそれを口にはしない。
トリッシュ服飾店は、縫製工場をも持つこの辺りで一番の店だったし、将来務める職場として、ここ以上の店はなかった。
ここで逆らえばクビになるかも知れないと思うと、ヴィンスの味方をする訳にはいかなかった。
マーガレットとポリーを何とか宥めようとする父も、この度の功績をヴィンスの手柄だとは言わない。
自分が日頃から仕事ばかりで、家族の事を蔑ろにしているという自責の念があったからだ。
「ヴィンス、ポリーの言う事はいつも正しいのよ。謝りなさい。そして、ベアトリス王太子妃に、ポリーがデザイナーとして行くとお伝えするのよ」
これまでのヴィンスならば、恐ろしさに震え上がり、それに無言で頷くしか出来なかった。
何もかもを、ポリーに譲って来た。
だがもう、ここで縁が切れても良い。
この地獄で暮らさなくても良い。
そう割り切ると、それを振り切る勇気が湧いて来た。
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