第1章・Smile 4ー①

隣国のケンドーン国は、当初、先手必勝とばかりに攻め入って来たものの、ウルスラ王国の屈強な騎士団に遮られ、国境付近で足止めを食らう。

飢えた獣と化したケンドーンの兵士達の特攻を、黒の騎士団は迎え討つも、決して自分達から攻め込むような事をしなかった。


あくまでも自衛の為に戦っている。

自分達は、ケンドーン国のような野蛮人ではない。

だがそうした騎士道精神が、逆にこの戦争を長引かせてしまう。

この戦いは後に『十年戦争』と呼ばれる長きに渡る戦となり、どちらもが疲弊するだけの年月が流れた。


ヴィンスの元には、ラリーからの手紙が不定期に届いていた。

常に騎士の配置は移動していると聞き、ヴィンスからは手紙を書けなかった。

ラリーの手紙からは、いつも緊迫した戦況が知らされていたが、ヴィンスの住む都に近い城下町では、戦時下だという実感はない。


様々な資源に富む中央は、明日をも知れぬ前線の緊張感などまるでなく、ドレスのドレープがどれだけ他人より豪華であるかの方が話題になる。

その華やいだ都近くでは、成婚されたばかりのアレクサンダー王太子の妃である、元公爵令嬢のベアトリス・リディア・ゲイブリエル王太子妃に話題が集中していた。

麗しい王太子夫妻の一挙手一投足に、皆が夢中になっていた。

そのベアトリスが『私に似合うドレスを作って欲しい』と、若い服職人達から作品を募集した。

当然、ヴィンスもそれには応募した。


皆が、如何に大きく胸が開き、スカートが盛り上がるかと、その派手さを競う。

デザインの多くは、ベアトリスの髪の色の金か、またその華やかな美貌に引けを取らない、原色のゴテゴテとしたデコルテのドレスばかりだった。

だが、ヴィンスのそれは他の物とはまるで違っていた。


それは一から全て手作業で仕上げた、芸術作品だと言えた。

上半身の、ピッタリと体の線に沿った半透明のシフォン生地は、これまでにない新しいものであり。

腰から下は、ハードチュールの上に、淡い碧の柔らかなレースを何枚も重ね、動く度にヒラヒラと羽根が舞うような、軽いシルエットのドレスだった。


見た事もないようなデザインと、そのクオリティの高い職人技に、ベアトリスは迷う事なくそれを選んだ。

そして「このデザイナーは、神が遣わした天才である」といって、自らの専属デザイナーの一人として迎え入れたいと公言した。

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