第1章・Smile 4ー③

「ベアトリス妃殿下は、俺のデザインだけじゃなくて、レースや刺繍まで細部まで見て、選んでくれたんだ。だから、いくらポリーが譲ってくれと言われても、これは無理だよ」


「酷いわ!ヴィンス!私の才能が妬ましいからって、そんな事を言うなんて……」


「うん。ポリーはこの店で才能を発揮して、父さんを助けてあげて。俺は、独りで頑張るから」


「それなら、ここにあるものは全部置いていって。家族や家を捨てて行くって言うなら」


それは、ヴィンスが親から与えられた身の回り品だけではない。

愛用の裁縫道具から何から、全てを置いて行けと言っているのだと解っていた。

それは『体一つで家を出て、外の世界に揉まれて、そのまま落ちぶれろ』と言っているようにも思えた。


「全部置いていくよ」

 

「スケッチブックもね。あれは元より私がデザインしたものだし、ね?」


ヴィンスの寝泊まりしている屋根裏部屋には、大量のデザイン画があった。

ポリーは、それを自分のものにしてしまうつもりなのだろう。


それでも構わなかった。

ヴィンスにとっては全て『過去の作品もの』だ。

今の自分なら、それ以上の服を作れる自信があった。


「それでポリーが納得するなら」


「うふふ。これからは人の物を盗んじゃ駄目よ、ヴィンス。その手癖の悪さを、王太子妃殿下にバレないようにね」


その時の、ポリーの顔は一生、忘れられないと思う。

これまで、愛らしいでしかなかった表情が、歓喜によって不気味なまでに歪んでいた。

異様なまでに目尻が下がり、鼻の下が伸びて、口角だけは耳に届くまで吊り上がったそれは、醜悪の極みだった。

そのあまりの不気味さに、ヴィンスは震え上がった。


妹の中に、悪魔が住んでいる。

全てを自分のものにしなくては気が済まない、強欲な悪魔が。

ヴィンスは一刻も早く、この魔の巣食うこの家から逃げ出したかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る