第1章・Smile 3ー②

徐々にヴィンスのデザインは城下町で広まっていき、その手掛けた全ての服が売れ筋となっていった。

最初はハンカチなどの小物から、やがては一点物へ携わらせて貰えるようになり、試験的にウインドウに置かせて貰ったイブニングドレスは、何人もの客から『売って欲しい』『サイズ違いが欲しい』と言われた。

それは、これまでにない喜びだった。


だが、少しずつヴィンスのデザインに人気に火がつき始めると、その服をポリーが欲しがるようになり。

屋根裏部屋にも勝手に入って来て、作りかけのドレスまで自分の物にしようとした。


「ヴィンス、この服、私が欲しいの」


「ポリーは、まだ十三歳だからサイズが合わないよ。これは長身の女性の物だし」


「だったら私のサイズに合わせて縮めるとかして、作り直して欲しい」


「いや……多少なら縮められるだろうけど、流石に……」


「だったら同じ物を作って。だから、これは売って欲しくないの」


「それは……」


「これからは、私の為だけにデザインして、店では売らないで。可愛い妹のお願い、聞いてくれるわよね?」


幼い頃のポリーはただ愛らしく、ヴィンスに対して悪気はなかった。

ラリーの事を好きだと言っていた頃は、恋する乙女らしい健気さがあった。

だが、騎士団に入団してからは、もう会えないと諦めたのか、自らを着飾る事に躍起になり。


子供から少女へと成長し、媚びるような表情や、あざとさが垣間見えるようになった。

我儘を通そうとする拗ねた顔や、受け入れられなかった時の不貞腐れた顔には、悪意が滲み出ていて怖気立つ。

また、絶対に自分を有利に持っていく話術は年々巧みになり、朴訥なヴィンスにはとてもではないが太刀打ち出来なかった。

義母のマーガレットも、「我が娘は、トリッシュ服飾店のモデルだ」と言い張り、父もそれを認めてはいたので、ヴィンスはその願いを聞き入れるしかなかった。


だが、父へ「デザインするのを邪魔されたくない」と言うと、日頃の働きに報いるように、屋根裏部屋に鍵を付けてくれるようになり。

何とかマーガレットやポリーにから介入されない場所を、手に入れる事が出来た。

自分だけの場所を有するようになって、ヴィンスの才能は更に開花し、スケッチされたデザイン画が積み上がっていった。


忙しくしていれば、自然と成長している。

努力は、必ず報われる。

実力が伴えば、思うがままの服を作れる。

その自由の代償に、ポリーのドレスを作らねばならなかったが、男性用のフォーマルや、裏通りの店で売る量産用の服ならば、ポリーの目には留まらない。

そうやって、細々と義母と義妹の注視から逃れながら、ヴィンスはトリッシュ服飾店の顔になっていく。


『ポリーは正しい』という、トリッシュ家の呪いのようなしがらみからは脱せられなかったが、それでもヴィンスは僅かながらに心の自由を得る。

自分の才能が、人々に受け入れられるという喜びは、何ものにも変えられないヴィンスの生き甲斐となった。

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