第1章・Smile 2ー③

「ラリーの目、綺麗な色だなぁ」


「僕からしたら、ヴィンスの紫の瞳の方が綺麗だよ。クラスの誰よりも体ががっちりしてて男らしいし、僕なんか未だに女の子に間違えられるのに」


「でも、ラリーが店に立ったら、パンも沢山売れるんだろ。将来、有望な後継ぎだな」


「パン屋は兄さん二人が継ぐから、僕は継がないよ。それに、僕は騎士になるから」


「き、騎士に?!」


ラリーは平民の子だったので、王家を守る上級騎士にはなれないが、この城下町や国境を守る下級騎士にはなれる。

だが、その下級騎士が集まる黒の騎士団は、腕っぷしを誇る荒くれ者も多く、とても華奢で貧弱なラリーが務められるとは思えなかった。


「ラリー、大丈夫なの?……その、騎士になるのって、凄く厳しいんじゃ」


「騎士の養成学校に入る全員は、みんなそれを覚悟の上だよ。僕は強くなりたいんだ。大切な人を守れるようになる為に」


『大切な人』と聞いて、ヴィンスは一瞬、ポリーの事かと思った。

マーガレットとポリーは、欲しいものを必ず手に入れる。

だから、ラリーもいつかはポリーのものになる。

ならない筈がない。

自分の恋は、絶対に成就する事はない。


他人ポリーのものになるなら、この想いは封印した方が良い。

叶えられない希望ゆめは、持たない方が良い。

ヴィンスは、虐げられていた時間が長いあまりに、諦めるくせがついてしまっていた。


「ラリーが遠くに行っちゃったら、ポリーが悲しむよ」


「ヴィンスは悲しくないの?」


「お、俺は……」


「僕は悲しいよ。ヴィンスと離れるのは。だけど、僕は絶対に強くならなきゃなんだ。うんと強くなって、必ず帰って来るから」


「……うん」


「だから、ヴィンスも強くなって欲しい。誰よりも凄い服を作る職人になって、僕の服を作って」


「うん……うん……」


「大きくなったら、絶対に……」


ヴィンスの瞳から、涙が止めどなく溢れ返った。

ラリーがその後、何と言ったのか、泣き崩れたヴィンスには聞き取れなかった。

パンを頬張りながら、嗚咽を堪えるヴィンスの背中を、ラリーは優しく撫でる。


この愛しい人が、いなくなってしまう。

誰よりも優しい人が。

ラリーはヴィンスの、唯一の心の拠り所だった。

そのラリーがいなくなる現実を、今のヴィンスには受け止めきれなかった。

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