第1章・Smile 2ー②

マーガレットが後妻となって二年、ヴィンスの日常で唯一和む時間は、学校からの行き帰りだけだった。

ラリーと一緒に帰り、実家のパン屋へ寄って、山のようにパンを貰ってから、公園へ行く。

朝食も夕食もほとんど食べられず、学校から支給されるランチ以外には、まともに食べれてはいない。

もしも、帰りにラリーからパンを貰っていなければ、ヴィンスは欠食児童になっていたかも知れない。


ベンチに座るなり、ヴィンスは餓鬼のようにパンに食らいついた。


「ヴィンス、前より食べるようになったね」


「う、うん」


ラリーには、義母から虐げられているとは言えない。

それには、ポリーがラリーに好意を寄せていたのにもあった。

もしもラリーへ愚痴を洩らしたと知れれば、二人に何をされるか分からない。


『ポリーは正しい』


それを刷り込むように言い続けられて、弁解する隙間も与えられない。

その環境は、ヴィンスの精神を削るように疲弊させていた。


今朝も遅刻しそうになったのは、ポリーがバケツを蹴り飛ばして、掃除をしていたヴィンスがずぶ濡れになったのが理由だとは言えなかった。

バケツを倒した方のポリーが、どういう訳か「ヴィンスは、どうしてそんなに意地悪するの?」と泣き崩れるものだから、召使いからも叱責されてしまい。

危うく待ち合わせしていたラリーまで、遅刻の道連れにしてしまうところだった。


「ヴィンスは最近、忙しそうだね。帰りの公園以外は、学校でも勉強してるし」


「う、うん。父さんから縫製の仕事を任されるようになったから、家で勉強する時間がなくて、宿題はすぐに片付けなきゃならなくて」


「昨日、ポリーがお使いでパンを買いに来たから、ヴィンスの好きなソーセージをサンドしたのを渡したけど、食べた?」


マーガレットに握り潰されたものは食べた。

ポリーが、「ラリーの婚約者は私なのに、ヴィンスが邪魔をする」と告げ口したからだ。


ラリーはこの辺りでは一番の美貌の持ち主だったので、とにかく綺麗な物が好きポリーはその麗しい顔にメロメロだった。

友人達には、自分はラリーの婚約者だと言い回っていて、ラリーの両親にもその話を持ち込んでいた。

だが、それには『息子は平民の子ですし、まだ十歳なので』と、やんわりと断られていた。


ヴィンスは、ポリーが結婚したいと躍起になるまでの美貌を、改めてじっと見る。

その瞳は澄んだ水色をしていて、被るように瞳を覆う睫毛も黄金色で、周りの皆が『子供にしては艶めかしい泣き黒子』と言うだけある、色っぽい風情があった。

ラリーは、小さい頃から何度も誘拐されかけたし、ドレスを着せたらそんじょそこらの貴族の令嬢よりも、目を瞠る麗しさだろう。

綺麗なもの好きのポリーが、欲しいと言って聞かないのにも頷けた。

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