第1章・Smile 1ー③

ヴィンスは八歳になって、父の店を少しずつ任されるようなった。

幼い頃から、縫製や刺繍などに関する知識は学ばされていたが、近頃ではドレスやフォーマルウェアのデザインもするようになり。

父からは、再現するのが不可能なデザインだと言われつつも、その斬新フォルムには「才能がある」と太鼓判を押された。


父は元より仕事人間だったが、母を亡くしてから、更に店に入り浸るようになった。

そんな父を支えたいと現れたのが、未亡人のマーガレットと、その娘のポリーだった。

マーガレットは、トリッシュ服飾店のお得意様だったが、同じ時期に夫を亡くして、互いに慰め合ううちに結婚を決意するようになる。


娘のトリッシュは、天真爛漫な少女だった。

明るいキャラメル色の髪は、ふわりと巻いていて、その愛らしさで周りの人間を翻弄する。

見開かれた大きな黒い瞳に、誰もが惹き付けられてしまう。

その快活さは、おっとりとしたヴィンスとは相反するものだった。


だから、義母のマーガレットには鬱陶しく思えたのかも知れない。

ヴィンスは、父がいる前ではポリーと同等に扱われていたが、日に日に父がいない間には辛く当たられるようになっていく。

それは徐々に、より苛烈に。


「ヴィンス!音を立てて食べない!もう一度、音を立てたら料理を取り上げますよ!」


「は、はい……お義母様……」


「お父様はこれからもっと、高位の貴族の方々のお洋服を作るようになるのです。それは、貴族社会で暮らすようになるのを意味するの。たとえ爵位はなかろうとも、最低限のマナーは守れるようにならなければ、お父様の顔に泥を塗る事になります」


「はい……」


そう威圧されて、更に恐怖感で縮み上がってしまい、スプーンを持つ手を震わせ、プレートにカチカチと音を鳴らしてしまう。


その瞬間、マーガレットはプレートを掴んで、仔牛のソテーをヴィンスの頭の上から振り掛けた。


仔牛は床に落ち、ポリーの足元にまで転がった。


「だから、音を立てるなと言っているでしょう!頭の悪い子ね!」


「ご、ごめんなさい」


「落ちた肉を食べなさい」


「え?」


「落ちた肉を、手を使わずに食べなさい。手を汚すのは許しません」


ヴィンスは、何を言われているのか理解出来なかった。

手を使うなと言われれば、落ちている肉を犬のようにかぶり付くしかなくなる。

どうすべきかと悩み、体を硬直させたまま動けなくなってしまう。


それに待ちかねたマーガレットが、ヴィンスへ手を振り上げようとするのを、ポリーが遮るようにして止めた。


「お母様、ヴィンスを許してあげて」


「ポリー、でもね」


「ポリーがお手伝いするから、ね?許してあげて」

 

そう言って、ポリーは落ちた仔牛を拾って、ヴィンスの口元へと運んだ。

そうして大きく目を見開き、愛らしく小首を傾げた。

その口の周りには、テリーヌのソースでベタベタに汚れていた。

ポリーはまだ幼いからといって、テーブルマナーを強いられない。

明らかに、ヴィンスとの扱いに差別があったが、解っていても文句は言えなかった。


「ヴィンス、はい、どうぞ」


「ポリー……あの……」


「ポリーからのご飯は食べれないの?そんな事はないわよね?」


「そうですよ!ヴィンス!ポリーがわざわざ手を汚してまで、拾ってくれた肉を食べれないとでも言うの?!恩知らずな子ね!」


「ポリー、ヴィンスのお手伝いをしたいのに……」


目を潤ませて同情を誘うポリーに、召使いの皆も「お嬢様はお優しいのに、お坊っちゃまは……」と非難の目を向けて来る。

そうして涙を流しながらも、ポリーは肉をヴィンスの口へと捩じ込んだ。

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