第1章・Smile 1ー①
ウルスラ王国は、一年を通じて常春の気候であり、資源や農作物に恵まれた国だ。
末端の村まで飢える事なく、庶民はいつも幸福に満ち、何の不満もなく生活していた。
ヴィンス・トリッシュは、そんな平和なウルスラ王国の城下町にある、服飾店の息子として生まれた。
艷やかな黒髪と、愛嬌のある紫の大きな瞳が母親譲りの、生まれた時からよく乳を飲む、健康的な子だった。
ヴィンスの生家である『トリッシュ服飾店』は、城下町でも有名な店で、大通りの高級店だけではなく、量産品を扱う二号店や縫製工場も所有している。
貴族の礼服やドレスから、庶民でも気軽に手に取れるような洒落れた服まで、幅広く扱っていた。
そんな繁盛店の一人息子であるヴィンスは、庶民とはいえ、かなり裕福な家の子だった。
そして、本店『トリッシュ服飾店』があるブロックの一つ隣に、『ニコルソン・ベーカリー』という大きなパン屋があった。
そこは、開店時から閉店までいつも人で溢れかえっていて、『ニコルソンのパンは、並んででも買え』と街の皆が口を揃えて言う。
服屋の息子のヴィンスと、パン屋の三男のラリーは、同じ年に生まれた親友だった。
健康的なヴィンスとは真逆に、ラリーはとにかくひ弱で気弱だった。
フワフワとした黄金色の稲穂のような髪は、女の子のように長めで、澄んだ水色の瞳はいつも艶っぽく潤んでいる。
パン屋の息子のくせにパンを嫌い、食が細く、同年代の子供よりも貧弱だった。
その麗しい顔には右目下にある泣き黒子があり、子供らしからぬ色気があった。
ラリーが店頭に立つと、店の売上が三割増しになる。
ラリーは、ニコルソン・ベーカリーの看板娘ならぬ、看板息子だ。
二人がいつも会う場所は、大通りの噴水の向こうにある、平民の憩いの場である公園だった。
いつも同じベンチに座って、取り留めもない話をする。
ラリーが持ちきれない程のパンを持ち寄って、ヴィンスがそれを美味そうに頬張る。
ヴィンスは、その見た目の健康帝な体型からも判る、大食漢だった。
「ヴィンス、美味しい?」
「おいしーよ」
「そんなに食べて、お腹、壊さない?」
「壊さないよ。もっと食べれるよ。こんなに美味しいのに、ラリーは食べないの?」
「僕は、パンが嫌いだから」
「何でパン、嫌いなの?」
「口の中がカサカサするんだもん」
「カサカサするなら、一緒に飲み物、飲んだら?」
そう言って、齧り付いたパンは六つ目だ。
食べる事が大好きなヴィンスは、パンに囲まれているラリーが羨ましかった。
「ラリーが食べないなら、俺が全部食べちゃうよ?いーの?」
「良いけど……ヴィンス、本当に無理しないで」
ラリーは、流石に食べ過ぎではと心配になり、隣でソワソワとし始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます