序章・Surprise ③
「貴方の言い分は解るのよ、殿下。でもね、それならずっと戦地にいた『氷の大将』と呼ばれる冷血男なんかじゃなく、白の騎士団の有力な貴族子息でも良い訳でしょう?それか、婿を欲しがっているご令嬢とか」
「私は、白の騎士団の誰よりも、ローレンス・ランドルフ・ギルベルトの方が資産を持ってるよ。芸術家の伴侶としては、資産が多ければ多い方が良いと思うけど?」
「それは、そうだけど」
ベアトリスとしては、いくら資産家であろうとも、そんな野蛮な男の元へ向かわせる位なら、品のある貴族子息や令嬢の世話になる方が安心だと思ったのだ。
騎士団は主に二つに別れている。
王族や貴族など、中央の有力者を守る『白』と呼ばれる、貴族や資産家の息子で構成される騎士団と。
城下町を守り、一度戦争となれば敵国と戦う、平民で構成されている『黒』と呼ばれる騎士団と。
その二つは、同じ国を守る騎士でありながら、もう何十年もいがみあっていた。
尤もな夫の説得にも、ベアトリスは納得してはいなかった。
「ヴィンセントはどうなの?」
その瞳は、心の底から憂うものだった。
そんな一介の平民にまで親身になってくれる、情け深い王太子妃から聞かれても、ヴィンスには答えようがなかった。
そもそもが、庶民の自分が王太子の命令に逆らえる筈もなく。
結局は、「謹んでお受け致します」と返す以外にはなかった。
そして、今に至る。
王宮から、馬車でさほど遠くない場所に、ローレンス・ランドルフ・ギルベルト伯爵の城はあった。
貴族の所有する城としては破格の大きさで、王宮程でないにしても、どうやって維持をするのかと心配になるような、真新しい豪華な白亜の城だった。
ギルベルト家の爵位は、先月、亡くなったロベールを最後に途絶えた。
その宙に浮いたギルベルト伯爵の地位と、莫大な財産を継がせるべく、此度の終わりの見えなかった『十年戦争』を終わらせた英雄へ与えたのだ。
きらびやかな獅子を掲げた鉄門は、一つの曇りもなく輝いている。
そしてその開かれた先に、まるでそこでずっと待っていたかのようにして、男が立っていた。
騎士らしい鍛えられた上半身と比べて、細くすら感じるスラリと伸びた長い足は、まるで役者のようだ。
モデルとして男性用の服を着せたいと思う程のスタイルの良さで、遠目に見ても麗しい。
服飾デザイナーとしての食指が掻き立てられるその男の容貌には、見覚えがあった。
稲穂のようにたおやかで、柔らかそうな金髪に、目が線になる程に細められた満面の笑顔と、血色の良い薄桃色の頬。
右目下にある泣き黒子は印象的で、こんなにも心を許した笑顔を向けて来るのは、あの男しかいない。
「えっと、ラリー……なのか?!」
「ヴィンスー!会いたかったぁ!」
そう言って抱き着いて来た男は、ヴィンスよりも頭半分、上背があった。
昔は折れそうなまでに細く、自分よりも小柄だったのに。
少女のように愛らしく、可憐だったのに。
だが、その線のように目を細める満面の笑みだけは、昔から変わらない。
苦しい程に抱き締めて来るその男は、幼い頃から近所に住んでいたパン屋の三男である、幼馴染のラリー・ニコルソンだった。
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