第4話 言ってたんだ

登場人物


山西やまにし太希たいき

性別:男

年齢:25

身長:176


四条しじょう七海ななみ

性別:女

年齢:25

身長:147


中星なかぼし圭吾けいご

性別:男

年齢:25

身長:182





夜の病院は気持ちが悪いほど静かで、その静かさが寂しさを強くする。


太希たいきは動かなくなった水樹みずきをただ無言で何時間も見つめていた。


今、太希の心には水樹との9年間の思い出が映画のように流れている。


{私達の運命は幸せな運命だね。

きっと、この運命はずっと長く続くよね?}


水樹の言葉を思い出して太希の身体は崩れる。


水樹の冷たくなった手を強く握って太希は大粒の涙をボロボロと流す。


続くと信じていた幸せな運命は…簡単に壊れた。



太希が部屋から出ると七海ななみが椅子に座って、太希を待っていた。


「水樹の両親は?」


そう太希は七海に尋ねる。


「帰ったよ。水樹の死体の側に居るのはまだ、辛いんだって。」


そう七海は静かな声で答える。


「…そうか。」


そう小さく呟くと太希は七海の隣に腰を落とす。


「…今、こんな事を伝えるのが正しいか分からないけどさ、前に水樹が言ってた言葉があるんだ。」


「言葉?」


そう太希は目線を七海に向けて聞き返す。


「自分は今日、死んでも幸せだって想ってけるって。それぐらい幸せな日々を山西やまにし君から貰ったって。自分は…世界で1番幸せな女だって。本当に幸せいっぱいな…そんな顔で…言ってたんだ。」


そう七海は少し声を震わせて話す。


そんな七海の眼にはその時の幸せいっぱいな水樹の表情がよみがえる。


七海は1度、自分の気持ちを抑えるために間を作ると顔を太希に向ける。


「だからさ…山西君は誇ってもいいと思うよ?1人の女をそこまで幸せにしたんだって。」


そう伝えると七海は立ち上がって1人、帰って行く。


残された太希は先ほどの七海の言葉をグルグルと自分の頭の中でかき回す。


「…世界で1番幸せだったのは…オレだよ…水樹…。」


そう太希は顔を沈めて小さく呟く。



家に帰った太希の心はずっと何かモヤがかかった様に晴れないままだ。


太希は部屋の電気もつけずにソファーに倒れこむ。


3日前には自分はこのソファーに座って水樹と話していたのだ。


楽しい…時間だった…。

そんな想いが太希の心のモヤを強く広げる。そして、そのモヤは太希の心を黒く塗りつぶす様に苦しめる。

その苦しみはどんどんと強くなり、太希に吐きを感じさせる。


太希はその黒い吐き気を吐き出すためにトイレに駆け込む。


「おぇ。おぇ。おぇぇぇぇ。」


便器に吐き出しながら太希の心は黒から白へと変わる。


完全に白に変わった時…太希はもう何も考える事ができなくなった。


それから時は3ヶ月ほど流れる。



太希にこの3ヶ月間の記憶はない。

ただ…仕事にも行かず、家にこもって何もせずに過ごしていた。


今日も目を覚ました太希は何もする気がせずにただボーッとソファーに座っている。


そんな時、家の呼び鈴が鳴る。


太希はその呼び鈴を無視する。

だが、呼び鈴を鳴らしている相手はしつこく鳴らし続ける。


さすがにイラッとした太希はソファーから立ち上がり、インターホンの画面を確認する。


呼び鈴を鳴らしていた犯人は圭吾けいごだった。



「お前なぁ、スマホの充電してなかったろ?何回も電話かけたんぞ?!」


そう家に上げられた圭吾は怒った声で文句を言う。


「悪い。何もする気が起きなかったんだよ。」


そう太希が答える。


そんな暗い様子の太希に圭吾は少し軽いため息をこぼす。


「まだ…神川かみがわさんの死を乗り越えられないのか?」


そう圭吾が声を落として尋ねる。


「なんだ?説教でもしに来たのか?」


そう太希は圭吾に目線を向けないまま聞き返す。


「そんなつもりはねぇよ。

オレにはお前の気持ちを100%理解はできないからな。ただ…生きてるなら…それでいいよ。」


そう圭吾は優しい声で答える。


「…死ぬ気になるのにも…やる気ってもんがいるんだよ…意外にもな。」


そう太希は目線を天井に上げて伝える。


「たまには外に出ろよ。

この3ヶ月、ほとんど出てねぇだろ?」


そう言い残すと圭吾は太希の家を出て行く。


1人になった部屋で太希は考える。

これからの自分の人生を…。


そんな太希の心によみがえったのは水樹のある言葉だった。


{今度の休みの日。あの海で夕陽を見ようよ。私達が出会った日も見たでしょ?

あの海で綺麗な夕陽。}


「…海…行くか…。」


そう呟くと太希は重たい身体を立たせる。

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