第40話

 一華が車に轢かれそうになっていたのを咄嗟に助け、自分の足が動かなくなってしまった。入院した当初は誰にも知られず涙を流していたが、麗奈に見られてしまってからは、麗奈にだけ隠すことがなかった。恰好悪いところを知られたので、隠す必要がなくなった。あれから何度か麗奈の前で涙を流し、二人の仲は以前よりも近くなっていた。


「麗奈、毎日来なくていいぞ」


 毎日のように見舞いにやってきた。

 ある日は花を持って、ある日は漫画を持って、ある日はお菓子を持って来た。


「冬休みなんだから、遊びに行けよ」

「外は寒いじゃん。病室は暖かいし、いいよね」


 そう言ってベッド横の机で冬休みの宿題を始めた。


「ここで宿題やるのかよ」

「翔真くんもやろうよ。どうせやってないんでしょ」

「俺、病人だからそういうの免除になるんじゃないのか?」

「馬鹿だねー、なるわけないよ」

「馬鹿って言う方が馬鹿なんだぞ」


 冬休みになる前、麗奈が届けた宿題を取り出して翔真もシャーペンを動かす。

 かりかりと芯を紙に滑らせる音が偶に響く。


「あー、分かんねえ。こんなの習ったか?」

「さっきからシャーペンずっと止まってるよね、わたしたち」

「馬鹿だからな。俺なんて、自分の病状すらよく分かってねえし」

「それは馬鹿だね」

「医者が難しいこと言うんだよ。神経ってなんだよ神経って。説明されても全然分かんねえから、医者がすげえ困ってた」

「じゃあ、わたしが聞いても分かんないね」

「流星だったら理解するだろうけどな」


 シャーペンを手から離し、宿題を諦めた。

 頭の悪い二人が一緒に悩んでも問題は解けない。ならば解かれた問題を写すしかない。冬休みの最終日にでも流星に頼もう。


「一華と流星はお見舞いに来ないの?」


 麗奈は姿を見ない二人を気にする。流星は数回来ていたようだが、一華は見舞いに来たことがないという。事故に遭った時の一華は放心状態だった。落ち込むのも無理はない。


「二人で御守り買いに行ってるんだと」

「御守り?」

「そう、なんか特別な物みたいで、結構遠くまで行ってるらしいぜ。どんな御守りか楽しみだな」


 御守りなんて買ったところで、翔真の足が元通りになるわけじゃないのに。

 何かしなくてはとの思いは理解できるので、口には出さない。

 一華と翔真は幼馴染だから一華のそういう思いは理解しているようで、翔真は御守りを素直に楽しみにしているようだった。

 見舞いに来ない幼馴染と、見舞いに来る女友達。これはチャンスだと、不謹慎なことを悪魔が囁く。


「前から気になってたんだけど、翔真くんって一華のこと好きなの?」

「は?」

「その、幼馴染って恋が芽生えたりしないのかなって」


 上目遣いで機嫌を窺う。一華はしないその表情に、翔真はどきっとした。


「いや、その、っていうか、それを言うなら麗奈と流星だって幼馴染だろ」

「…昔、流星のこと好きだったもん」

「マジか!」

「翔真くんはどうなの!?」

「いやぁ、まあ、俺も小さい頃一華が好きだったけど」

「けど!?」

「い、今は別にただの幼馴染だから」


 初恋であったことは確かだが、一華にはまったくその気がなかった。ただの幼馴染としてしか見られていない。この関係を崩したくない。だから告白はしなかった。時間が経つと芽生えた恋は萎んでいき、今ではただの幼馴染だ。


「…一華はどう思ってるのかな」

「何が?」

「一華は恋バナとかしないから、好きな人がいるのか誰なのか、そういう話をしないの。もしかして、翔真くんのことが好きだったりするのかな?」

「あいつが?ないだろ」


 お前なんて眼中にないと態度で示している。あれを見て「こいつ、俺のこと好きなのかも」と勘違いする阿保はいないし、百人が見て百人が否定するだろう。


「麗奈と恋愛の話するの初めてじゃね?」

「まあ、ちょっと、参考までに」

「ふうん、好きな人でもいるのか?」


 流星を好きだったなら、きっと麗奈の中で男の基準が高い。今まで関わった男の中で、流星が一番恰好いいと思う。女子に対してスマートで、気が利く上に頭も顔も良い。生まれ変わるなら流星がいいな、と密かに思っている。


「好きな人っていうかぁ」

「あ、別に無理に聞き出そうとは思ってないからな」

「…わたし、ただの男友達のために毎日お見舞いに来たりしないんだけどな」


 両手で髪を触りながら、ぽつりと呟く。

 何のことか理解できないでいる翔真に、そういえば馬鹿だったなと、麗奈は言い直す。


「一華よりもわたしの方が翔真くんを愛してるって言ったの」


 断言した麗奈に驚く。

 生まれて初めてされた告白により、体温が急激に上がる。

 生まれて初めてした告白により、体温が急激に上がる。


「な、なんか暑くない?暖房効きすぎてるんじゃないの?」

「お、俺もそう思う」


 一華への想いが消えてから、一華を家族と思うようになった。恋人がすることを、一華とはできない。それは一華も同じだろう。憎まれ口を叩いたり、冗談を言い合う仲が心地よいし落ち着く。妹のようなものだ。

 けれど、麗奈は違う。一華とは違って、女を感じることが多かった。隣にいるときには良い匂いがする。休日に会うと学校では見せない綺麗な姿をしている。艶のある長い髪は男の自分にはないものだった。

 休みの日に四人で会う日は麗奈の姿を楽しみにしていた自分がいる。サッカーをしている時、「あの可愛い子誰?」「めっちゃ可愛い」と言われると誇らしかったし、自慢したことだって数えきれない程ある。

 自分の友達というよりは一華の友達だから、適度な距離を守ってきた。

 本気になって玉砕してしまうと、自分と麗奈の関係だけでなく、一華と麗奈の関係も崩れると思ったからだ。玉砕しない場合はどうだろう。何か問題があるのか。

 というか、こんなことを考えているということは。


「….俺も好き」


 と、いうことだ。

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