第13話
バスや電車を乗り継ぎ、昼過ぎになると「甲斐丁村」と書かれた看板を目にすることができた。想像していた田舎そのもので、瓦屋根の家ばかりが並んでおり、今時の洒落た洋風の家は見当たらなかった。
昼過ぎとはいえ、山脈に囲まれた土地では太陽があっても、地元より寒い。夜は更に冷え込むのだと思うと、厚着をしてきて正解だ。
最初に向かった先は、旅館だった。
前日の夜に予約をしたにも関わらず、旅館は一週間程の滞在を受け入れてくれた。どうやら観光客はこの村では珍しく、冬休みの間一華と流星以外、外からの予約はないとのことだった。この村へ来る前にインターネットで調べたが、観光名所は特になかったので、旅行先に選ばれないのだろう。
村を見渡しながら歩くが、やはり旅行客らしき人はいない。
店や屋台で買っているのは村の住人のようで、ラフな服装で出歩いている。
黒いコートに身を包んだスタイリッシュな流星と、少し大きめの香色のコートと赤いマフラーを着用している一華は、村にいると目立ってしまう。
転がしているキャリーバッグが余計に余所者感を出し、通りすがりの人々にじろじろと頭の先からつま先まで見られてしまう。
居心地の悪さを感じながらもお互いそのことに触れないのは、人の目があるからだった。住人がいる傍でどうこう言える根性はない。
金額的に宿泊料は高くも低くもなかったが、宿泊する旅館を目にするととても立派で一華と流星は気後れしながら荷物を預けた。
身軽になった二人は早速魔女を探すべく、旅館の受付に人気の店を聞き、昼食を兼ねてその店に向かった。
「一華ちゃんは何食べる?」
「うどんにする」
「じゃあ俺は定食にしよう」
漆を塗ったかのような店内で、向かい合って座る。
地元の人々で繁盛しており、両隣の席では独特な方言で喋っている。
魔女探しに来たはいいが、ここからどうやって情報を得たら良いのだろうか。
二人は各々これからのことを考えるが、いきなり「魔女ってどこにいますか?」と聞くわけにもいかない。「魔女を知っていますか?」と聞くのも、相手が魔女の存在を知らなかったら不審がられてしまう。一週間近く滞在するのに、「観光客がおかしなことを言う」と噂になれば警戒されて魔女探しはできない。
店員がうどんと定食を運んできたので、無言のまま食べる。
流星は両耳を澄まして周囲の会話を盗み聞きする。
「先週大橋さんが始めた店に行ったんだけんど、三色団子がうまかに、子どもが毎日行く行く言うてな」
「大橋さんってどの大橋さんね」
「久子ちゃんの従姉の旦那さんや」
「あー、その大橋さんね。てっきり相良さんの浮気相手の大橋さんかと思ったがで」
「あはは、そっちの大橋さんは三日前に結婚して沢田さんっちゅう苗字になったが」
村自体は小さくない。しかし、田舎の特徴はどこも変わらないようで、個人情報が筒抜けである。
やはり目立ったことはしたくない。噂が立つのは思ったよりも早そうだ。
一華は両隣に座る住民の会話を耳に入れながら、魔女探しは難航しそうだと肩を落とした。
順調にいくとは思っていない。
けれど、この店に来るまでに周囲を観察したが、魔女を仄めかすものなど一切なかった。魔女がいるならば村起こしに使うなりするだろう。村起こしをする気がないのか、魔女の存在を村人も知らないのか。後者であるならば手がかりを探し出すことすら難しい。
「一華ちゃん、行きたいところある?」
「えっ?」
「ほら、旅館にパンフレットがあったから貰ったんだけど、この揚げ饅頭とか美味しそうじゃない?」
人が多く、騒がしいからか普段よりも声を張って流星は一華に尋ねた。
観光する気分ではないけれど、流星がにこやかに尋ねるのでパンフレットを眺めながら「そうだね」と肯定した。
うどんを食べている最中に揚げ饅頭の話をされても、食べたいという気持ちにはならない。観光よりも食べ物よりも、とにかく魔女を見つけたい。
どうやら流星と自分の間には温度差があるようだ。祖母が言ったように、旅行を楽しむ気でいるのかもしれない。
「あんれ、もしかして観光かい?」
隣の席で食事をしていた中年の女性が流星に声をかけた。
まさか声をかけられるとは思っていなかったので、一華は黙ったまま中年女性たちと流星のやり取りを見守る。
「はい、旅行で来ました。この後何処に行こうかと話をしていたところです」
「はー、何年ぶりに見たかね観光客は。おばちゃんが教えたるがな」
二人の女性は流星の持つパンフレットを見ながら、ここがいいあそこがいいと楽しそうに言い合っている。
「二人はもしかして恋人だ?」
「はい、そうです。冬休みなので行ったことないところへ行こうと思いまして」
「おぉー、良か!いつから付き合っとんや?」
「つい最近です。彼女とは初めての旅行なので、良い思い出をつくれたらなと」
「青春やねー。おばちゃんたちにもそんな時代があったなー」
流星が息をするように嘘を吐くので、思わず「違います!」と言いそうになり、慌てて唇をぎゅっと閉める。
頭の良い流星のことだから、理由があるのだろう。
友達よりも恋人の方が無難にやり過ごせるのかもしれない。
一華は流星と店を出るまで愛想笑いを浮かべていた。
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