第10話
「どこにいるか大体の見当はついてるんじゃないの?」
「知らんと言っておろうに、年寄りをいじめるでない」
「早く言えババア!」
「なんじゃその口の利き方は!そんな女に育てた覚えはないぞい!」
途中から口論になり、ヒートアップする両者を宥めるべく、行き場を失っていた右手を動かし、「まあまあ」と間に入る。
お互い一歩も退かない様子で、話はいつまでも平行線だった。
最初こそ話についていけず、呆気にとられているだけだったが、徐々に話の内容が掴めてきた。
一華が御伽噺に出てくる人魚姫の子孫で、魔法を使える魔女がどこにいるか知りたい。そして、会いに行きたいというのだ。
信じられない話だが、祖母と一華は至って真剣な様子である。
「一体何の話をしているんだ」と途中で言いそうになったが、話を中断させて自分のために時間を割かせると、一華のストレスになると思い、今まで一言も喋らなかった。
「一華ちゃん、魔女に会ってどうするの?」
自分で言っていて、なんだか気恥ずかしい。
魔女がいることを前提としているが、実際に会ったことはないし、存在するという話も聞いたことがない。
しかし、この場で話を進めるためにも、情報を得るためにも、必要な質問である。
「翔真が怪我をしたの、私のせいでしょう。もう歩けないのは、私のせいでしょう。何もしないでいるより、少しでも可能性があるのなら、魔女に会って翔真の足を治してもらいに行く」
涙ぐみながら話す一華は真っ直ぐと祖母を見つめる。
「だから、教えてよ。おばあちゃん知ってるんでしょ」
「自分のせいで怪我した友人を助けようとする気持ちは分かる。じゃが、わしは教えたくない。お前は大事な孫じゃ、宝じゃ。魔女に願いをするならば代償がつきもの。その代償が何なのかも分からないのに、教えることはできん」
「おばあちゃんは、私にこんな辛い思いをしながら生きろっていうの?翔真に負い目を持ちながらこの先何十年も生きろって?」
ついに瞳から一粒の涙が零れ落ちた。
祖母は寂しそうな顔をし、視線を下に落として息を吐いた。
一華の人生は、一華のものだ。そんなことは分かっている。自分のエゴで抑えつけてしまうことは簡単だが、大切な孫にそんなことはしたくない。しかし、老いぼれの気持ちも分かってほしい。どれだけ大切に育て、どれだけ愛しているか。
向日葵のような顔で、絵本を読んでと毎日せがんでいたあの頃の一華を思い出す。
もうあの頃のように、子どもではない。したいことも、思うことも、たくさんあって自分で選択ができる。
いつまでも小さな一華ではない。
「甲斐丁村、という」
「かいていむら?」
「魔女の場所を知りたいんじゃろう。甲斐丁村に居るという噂を聞いた」
一華には聞き覚えのない村だが、流星は覚えがあった。
数百年前に人魚の骨の化石が発掘された、と歴史の授業で学んだ。しかし、結局魚の骨だと結論付けられた、と。教員は興味がなかったようで、すぐに別の話題へと移った。暑い夏の、体育終わりに歴史の授業があったためほとんどのクラスメイトが寝ていた。きっとあの話を記憶しているのは自分一人だろう。あの時、教科書に書かれてあった地図の、この辺だと教員が示していた。その場所は、隣の県との境で山々に囲まれたところにある。
いくつかの集落を合併させ、強引に村としたのが数百年前の話。現在に至るまで都会に嫌気がさした者たちが集まり、集落と集落の間に家が建ち、今では立派に村として成り立っていると記事で読んだ。
「そこに、魔女がいるのね」
「甲斐丁村は、村と呼ぶが小さくはない。探すのは大変じゃ」
祖母の顔色に不安の色が付き始めた。すると、流星と視線が絡み、期待を込めた瞳で祖母は流星を見つめる。
「あ、俺も一緒に行きます」
ここまで関わっていて、一華を一人で送り出す気はなかった。
一華は流星がついてくるとは思わず、「一人で行けるからいいよ」と断った。
それを却下し、流星は村に行く予定を立て始めた。
幸いにも、明日から冬休みに入る。期間は一週間程度。もしかしたら探し出せるかもしれないが、探し出せなかった場合、次に訪れるのは春休みになる。
あの辺りは山に囲まれているため、春になると花が満開に咲くだろう。そうなると、花粉症を持つ一華には厳しい。できれば今回の旅で終わらせたい。
「旅の金はすべてわしが出そう。気張っても仕方がないさね、旅行を楽しむくらいの気持ちで行きな」
「お金は大丈夫ですよ。自分の分くらいは払えます」
「何を言うか。家を見れば分かろう、金ならある。その代わり、一華を頼んだからね」
これ以上遠慮するのは失礼かと思い、好意に甘えることにした。
一華は金銭的なことよりも、祖母の「楽しむくらいの気持ちで」という部分に引っかかり、眉を吊り上げる。
「楽しむために行くわけじゃないから」
「それが良くないと言っておる。怖い顔して魔女探しに村へ行く女なんぞ不審者でしかないじゃろう。旅行者らしく、楽しむくらいで行きなさい。楽しい中で魔女が探し出せたらそれでよし」
「翔真が辛い思いしてるのに、何言ってんの!」
「魔女がどんな輩かも分からんのに、感情的になって後戻りができんところまで行ってしまっても知らんぞ」
ため息を吐く祖母に、言葉を詰まらせる。
確かに、感情的になっている。
「ゆっくり探そう。今回駄目でもまた探しに行けばいいよ。焦っても仕方ないから、甲斐丁村がどんなところか、魔女の話は村で有名なのか、それを知れたら十分だよ」
「…でも翔真が」
「一華ちゃん、翔真はそんなに弱くないよ」
翔真とは幼馴染であるのに、高校で出会った流星の方がよく知っているようだ。
頷きながら「うん」と小さく返事をすると、祖母と流星は一華から見えないように安堵する。
気を取り直して、明日の何時にバスに乗るのか、宿泊はどうするのか、流星がまとめながら三人で計画を進めた。
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