第9話
空が暗くなると、一華は落ち着きを取り戻し、時折しゃくりあげながらハンカチで目を押さえていた。
公園内にはランドセルを地面に置いて遊びまわる小学生たちの姿があり、その様子を見る余裕ができた。
一華が声を上げなくなると流星は右手を一華の背中から退けた。
二人は暫く追いかけっこや遊具で遊ぶ小学生を眺めていた。
そろそろ小学生は帰らなければ親に怒られるのではないのだろうかと思った頃、一人が「もう帰ろうぜ」とランドセルを背負い始めた。
「えー、やだよぉ、もうちょっと遊びたーい」
「次はかくれんぼにしようよー」
「駄目だよ、もう暗いから帰らないと。不審者が出るんだって」
帰りたくない派と帰りたい派に分かれ、小さな喧嘩が始まった。
男子が帰りたい派で、女子が帰りたくない派であることに、流星は意外に思っていた。
この小学生たちが帰る頃には自分たちも帰ろうと、ぼんやりと決めた。
「るんるららーるんるららー!魔法少女チェリー!時間よ止まれー!!」
「あー!チエちゃんいいなー!あたしも魔法使うー!時間よ止まれー!!」
ごっこ遊びだろうか。木の枝を振り回し、魔法少女に成りきって時間を止めようとする小学生に、平和だなと感じる。
自分もこれくらいの頃は麗奈とごっこ遊びをしていたな、と昔を懐かしく思う。
この光景を見て、もしかしたら一華も昔を思い出しているのかもしれない。気分が一気に沈まなければいいが、と不安になりながら隣に視線をやると、大きく目を見開いて小学生を凝視していた。
「魔法少女チェリーにお任せ!」
「チエちゃん似てる!」
魔法少女ごっこを続ける小学生たちを見て、一華も遠い昔のことを思い出していた。
翔真が歩けない。サッカーができない。そう聞いて絶望していたが、一筋の光が見えた。
藁にも縋る思いだった。
「魔法少女、魔法、魔法」
「一華ちゃん?」
「もしかしたら」
小学生から視線を外さず、ぶつぶつと小声で何かを言う一華は流星の存在など忘れたかのように勢いよく立ち上がり、走り出した。
急なことで驚いた流星は、ベンチに置いたままになっている一華の鞄を持ち、後を追いかけた。
あの事故があったばかりなので、走る一華をなんとか止めようと声をかけたが、車の音にかき消された。
仕方がないので一華のすぐ真後ろをキープし、周囲を、特に車両と信号を警戒しながら走っていると一華の家に到着した。
もう辺りは暗闇で、街灯がなければ走ることはできなかっただろう。
屋敷を守るように構えている門を通り抜け、扉が開くと温かい光が出迎えた。
一華は靴を脱ぎ散らかし、どたどたと走りながら祖母を呼ぶ。
鞄を置いて帰ろうかと思った流星だが、黙って去るのは気が引け、「お邪魔します」と呟いて靴を脱いだ。自分の靴を揃えるついでに一華のローファーも整えた。
祖母と孫の二人暮らしにしては広々とした家だ。
初めて来たのでどこに何の部屋があるのか分からないが、一華の「おばあちゃーん」と呼ぶ大きな声を目指して廊下を歩いた。
女性二人の声がする方へ行くと、台所だった。
鍋から煙が出ており、丁度夕飯の支度をしていた祖母は手を拭きながら一華と喋っている。
「だからおばあちゃん、昔言ってた話なんだけど」
「一華、お客さんがいるじゃないか。客間に通しなさい」
「そんなことどうだっていいでしょ!」
「一華」
諭すように名前を呼ばれ、一華は背後に立っている流星を連れて渋々客間へ案内した。
藍色の座布団が用意されており、一華はそのうちの一つを叩いて流星に座らせた。その隣の座布団の上で一華は正座し、祖母を待った。
五分もしないうちに祖母は盆に湯飲みを乗せて客間へ入った。
三人分の湯飲みをテーブルに置くと、祖母は二人の前に着席した。
「初めて見る顔だね。一華のクラスメイトかい」
「そう、流星よ。そんなことより、おばあちゃん魔女って本当にいるの?」
流星の紹介は二秒で終わり、次の瞬間には「魔女」という単語が出た。
湯飲みに触ろうとしていた流星の右手は止まり、魔女の意味を頭の中から取り出す。
超人的な力を持つ女。他に、どういう意味があったか。
何故急に、そんな単語が出てきたのか。
「そりゃあ、居るさね。その血が途絶えたとは聞いとらん」
「じゃあ、今どこにいるの?」
「知らん」
「嘘つき!知ってるでしょ!?」
「そんなもん教えて、あんたどうすんのや」
「会いに行くの!」
「馬鹿ちんが。それに、本当に知らん。いくら人魚の血筋とはいえ、魔女の居場所なんぞ知らん」
「居るって前に言ってたのは、何か知ってるからでしょ?教えてよ」
「じゃから、知らんと言うておろう」
一人だけ話に置いて行かれている流星は混乱した。
宙を掴んでいる右手を引っ込めることすら忘れ、眼球だけを動かして二人の顔を交互に見やる。
人魚、魔女、居場所。
一体何の話をしているのだろうか。御伽噺の復習だろうか。それにしては二人とも真剣で、冗談に聞こえない。
微動だにせず、静観した。
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