ヴァージンロードの決戦

 ついに迎えた結婚式。身寄りのない山名君のために営業部上げてサポートする事にした。


「会社を上げてです」


 そうなった。政略結婚らしく盛大な式になり、両社の取引先も来賓にゴッソリ招いているからな。出席者の最終的なバランスも必要だ。チャペル式か。ボクも美玖も苦い思いをした古戦場だ。でも本当にそこまでやらかすのか。


「あれは最大期待値であって、そこまでやらかしたら・・・」


 参列者が着席し待っていたらチャペルの扉が開き新郎入場となったのだけど、式場にドヨメキが広がった。本当にやりやがった。ボクも目を剥いたもの。新郎入場は一人でするのが常識だけど、なんとなんと新郎と母親が腕を組んで入場して来たんだよ。


 あれ見て驚かないやつなんているものか。それもだぞ、ウェディングステップを踏んでヴァージンロードを進みやがるんだ。そこまでの、


「ええ、マザコンです。その点を少し焚きつけたら・・・」


 どんだけ焚きつけたのかと思ったけど、いくら焚きつけられたってそこまでやらかす母親はこの世で一人じゃないかな。ドヨメキの中でヴァージンロードを歩き終えた二人は参列者の前に向き直るのだけど、この時に新郎はヴァージンロードのやや右側に立つものだ。


 そこで後から入って来る新婦をそこで迎え入れるためだけど、二人で入場しやがったから、腕を組んだままヴァージンロードを塞ぐ状態になってるんだ。式場内は次に何が起こるのだろうの不安と妙な期待感が溢れてきてる。


 ドヨメキとざわめきが静まらない中に新婦が入場してきた。社長が父親役になっている。入ってきた二人の顔はギョとしていた。そりゃ、そうなるよ。だってヴァージンロードの先で待ち受けているのは母親と腕を組んだ新郎だ。これを見て驚かない方が不思議だ。


 しばらく迷っていたようだけど、山名君はヴァージンロードを進みだした。もう平穏に式が終わるはずがあるものか。山名君がヴァージンロードの半ばあたりに来た時に、新郎の母親が懐から何かを取り出した。なんでマイクなんて持ってるんだよ。


「ここで新婦に申し渡しておくことがあります」


 はぁ、ここで母親がスピーチをやらかすのか。牧師さんも慌ててる。


「この新婦は驚くべきことに高卒です。母親も死んで片親であります。さらに父親にも捨てられ孤児同然の卑しい者です。言うまでもありませんが恥知らずの躾も礼儀もなっていない女です。こんな程度のクズ女を嫁に迎えて上げる事を死ぬまで感謝しなさい」


 耳障りな声なのはともかく、そこまで言うか。猛烈に腹が立った。お前ら何様のつもりなんだよ。


「まずはそこに土下座しなさい。そして嫁にしてもらう感謝の言葉を述べなさい。そして這いつくばってここまで来なさい。あなたのような高卒のアバズレ女が同格で歩いて来るのもおこがましい」


 牧師さんが慌てまくってなんとか止めようとしてるけど新郎も、


「これは高卒のハズレ女を嫁にするのに必要なものです」


 いろんな期待をしていたけど最大マックスだぞこれ、


「それさえも越えています」


 見ると社長の顔が怒りに震えてる。これで怒らない人間はいないだろ。だけどここからも不確定要素だ。社長は口下手だから上手い切り返しは苦手どころか無理なんだ。すると美玖はすくっと立ち上がり、


「高木先生、よろしくお願いします」


 高木先生は星雷社の顧問弁護士。なるほど、その手があったか。


「新郎の母親の振舞並びに発言は明らかに社会的常識を逸脱したものであり、信頼関係を築くのは困難と見なされます。またこの発言を新郎も容認支持しております。よってこの婚約は新郎側の責任で破棄となります」


 これを聞いた新郎の母親は逆上。


「高卒の親無し子にこれぐらい言って何が悪い。婚約は破棄だ。責任はそっちだ」


 高木先生は冷やかに。


「この式の様子は録画録音されており、これだけの証人もいます。新郎及び新郎の母親の言動は花嫁の名誉を著しく毀損しております。そちらにも言い分があるのなら法廷でお会いしましょう」


 新郎と母親は口々に、


「覚えてろ。吠え面かかせてやる」

「こんなクズ女、誰がいるか」


 捨て台詞を吐いて退場。続いて下黒家側の親族や友人参列者もゾロゾロと出て行った。しっかし、あの母親はどんな式にするつもりだったのだろう。あの調子だったら息子と腕を組んだままで花嫁を土下座させたままだった気がするよ。



 なんとか計算通りに婚約破棄まで来たけど、ここからが今日の結婚式の第二部の幕開けになる。ここも不確定要素が多々あるけど、美玖は祭壇の前に進み、


「下黒家との婚約は破棄され結婚式も無くなりました。ここで改めて山名君に尋ねます。誰と結婚したいですか?」


 さあ、答えるんだ。


「しゃ、社長です。ずっとお慕い申し上げていました。両親から見捨てられ、高卒のわたしをここまでにして頂いたのは社長です。わたし如きが社長の嫁になるのは身分不相応なのは百も承知です。それでも、それでも・・・」


 社長、どうか応えてくれ。山名君の命がけの想いに応えてくれ。社長は思わぬ事態の進展に呆然としていたけど、突然式場に響き渡るような声で、


「流花の想いは受け止めた」


 山名君は社長に抱き着いて大号泣。美玖は、


「参列者の皆様、式場のスタッフの皆様、さらに牧師様、大変ご迷惑をおかけしますが、これより山名君と社長の結婚式に切り替えますが、ご異議のある方がおられましたらどうぞ」


 一呼吸置いて、


「異議なし」

「オレも無いぞ」

「おめでとう流花」

「ここから二人の結婚式だ」


 牧師もあまりの展開に動転していたけど、さすがは結婚式場でバイトやってるだけの事はあって、そこからねじ伏せるように結婚式を進行してくれた。美玖は美玖で営業部の精鋭連中を引き連れて披露宴会場の再設定に奔走してくれた。


 退場した下黒家以外の参列者も思いもよらない展開に動揺はしてたけど、新郎と新郎母親の非常識すぎる行動と言動には呆れかえり、


「下黒さんとのお付き合いは考え直す」

「いや、もう手を切る」


 さらに、


「この際ですから星雷社さんともお付き合いを」

「うちもよろしく」


 披露宴会場は下黒家側の欠席者を星雷社が動員した社員で埋め、山名君の晴れの日を精いっぱい祝ってあげた。

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