鴨鍋ツーリング

 今日も美玖とツーリング。もう十二月に入ろうとしていて寒くなって来てるのだけど、寒さ対策のカスタマイズをしてみた。バイクは外気温に左右される乗り物だけど真冬でもツーリングをする猛者だっている。


 そこまでは頑張る気はないけど、やっぱり走りたいのがバイク乗りだ。とはいえ冬の寒さは半端じゃない。とにかくモロの寒風を浴び続けながら走るのがバイクだ。


「北海道のバイク乗りは真冬でも走ります」


 あれもどうやって防寒対策をやっているのかわからないところがあるけど、バイクだって防寒対策は進歩してる。ウェアもあれこれ良くなっているけど、最近のトレンドは電熱だ。


「グローブは基本ですが、ジャケット、パンツ、靴下まであります」


 なんか上から下まで電熱装備ってのもいるのはいる。この電熱だけどグローブぐらいなら電池でなんとかなるのだけど、これまた最近のトレンドはUSB電源なんだ。もっともUSB電源が標準装備のバイクなんて・・・あるのかな。あっても珍しいだろうから、カスタムで設置する。


「あれはスマホナビの電源にもなります」


 スマホナビの電源ぐらいなら大した負担じゃないと思うけど、電熱装備になると小型バイクの弱点が露呈する。USB電源と言ってもバッテリー依存になり、


「より正確にはオルタネーター依存です」


 もっと根源的にはエンジンの差だ。単純な話で、排気量が大きいバイクの方が発電量に余裕があるからUSB電源も使える範囲が大きくなる関係なんだ。小型バイクでどれぐらい電熱装備が付けられるかだけど、


「一か所程度が無難とされています」


 二五〇CCでもフル電熱装備もやるとトラブルが起こることがあるそうなんだ。下手すると電装系が吹っ飛ぶこともあるとか。そんな事になると目も当てられないから一か所にしてる。


「温かいです」


 装着したのはグリップヒーターだ。たしかに温かいし、付けて良かったと思ってるけどやはり限界はある。


「真冬は無理です。今日ぐらいでも指先が凍えます」


 これはバイクの運転姿勢が関係してる、バイクを運転する時にブレーキレバーとクラッチレバーに指をかけてる時間が多いんだよ。この辺は道路状況、交通状況によって変わって来るけど、


「小型は変速回数が多いです」


 グリップヒーターはグリップに当たっているところしか温まらないから、レバーにかけてる指は冷えるんだよな。そこまでカバーしようと思えば、


「グリップカバーは嫌です」


 グリップカバーは昔からあるバイクの防寒装備で、配達カブなんかは良く付けている。あれを電熱化した製品も出てるけど、美玖は見栄えが気に入らなかったし、ボクも操作性に難があると思ってパスしてる。そこまでして寒い時に走りたくないし、


「手だけを温めても他が寒すぎます」


 美玖はああ見えて寒がりだし、暑がりなんだ。


「どう見えてるのですか!」


 そう見えてるだけだ。


「剛紀もでしょうが!」


 はいそうです、オフィス勤めの現代人だからな。とはいえ美玖も今日は大乗り気でツーリングに出ている。


「たとえ雪が降っていても行きます」


 道は定番の新神戸トンネルを潜り、ネスタリゾートの前を過ぎ、豊地の交差点を右折して桃坂を登るルートだけど、桃坂を登りきったところで左折する。そこから少し登ると台地の上に出て、道なりに走り抜けると天神町の交差点に出る。


 この交差点で国道一七五号バイパスを横切り小野市内に入り、そのまま進んで行くと神鉄の小野駅に出る。駅前で道は右にカーブするのだけど、


「この信号を左です」


 道は下りながら線路を潜り、そのまま進めば大住橋で加古川を渡れる。


「渡ってすぐを右です」


 美玖も気合入ってるな。右折すると加古川のリバーサイドになるのだけど、


「あ、ありました。あそこです」


 店の案内看板が見えたら左折する。この道は加古川線を潜るのだけど、この辺は住宅街と言うより昔からの集落だろうな。さてこの辺にあるはずだけど、


「あそこを右に入るとなっています」


 案内看板が出てるな。この辺は集落の中の道というか農道みたいな感じだな。おっと、あそこを右だな。この店なんだけど場所は橋の辺りからでもわかるのはわかるんだよ。森の中の店だからね。


 ただしどうやって行くかは謎だったんだ。だってだぞ、ナビを見ても道が通じて無いんだ。それこそストリートビューで探したもの。道は森の中に入って行き、山水荘の看板がある門柱が見えてきた。


 コンクリート舗装になってるけど、かなり年季が入ってる。少し登ると第二駐車場の案内看板があり、その先に第一駐車場が見えてきた。駐車場は舗装していない土の広場になってる。駐車場から見上げると、


「立派な建物です」


 なんでも日露戦争の頃の日銀総裁の別荘として建てられたって話だ。


「その頃の日銀総裁ってお給料良かった事になります」


 そう見るか。今の日銀総裁のお給料だって良いはずだけど、これだけの別荘を建てられるかと言うと疑問だものな。バイクを停めて玄関に入ったけど、これは風格あるな。案内されて部屋に入っても、


「セレブの別荘です」


 そんな感じがする。ここは料理旅館になってるのだけど、おそらくだけど県内唯一の野鴨料理の専門店のはずなんだ。鴨料理の店は神戸にもあるけどどこも合鴨だ。他にも鴨を使った料理を出す店はあるだろうけど、


「確実に野鴨の鴨鍋を食べられるのはここだけのはずです」


 まずはお風呂を頂くことにした。冷えてるものな。お風呂を上がり浴衣と丹前に着替え、部屋に戻ると。


「これが野鴨なんだ・・・」


 見たって野鴨と合鴨がわかるはずがないけど、美玖の目が輝いてるよ。鴨好きの美玖も初めての野鴨だもの。今日はあの結婚式で頑張ってくれた美玖への御褒美の鴨鍋ツーリングなんだ。


 面白い盛り付けだな。真ん中に鴨肉をミンチにしたツクネがあって、それを取り囲むように鴨肉だ。ここは女将が鍋料理を作ってくれるのだけど、まずは鴨肉を入れるのか。これでダシにするそうだけど贅沢だな。そこに野菜を入れて、ツクネを入れて、


「美味しい・・・」


 肉は歯ごたえが強いし、軟骨入りのツクネもたまらないな。なるほど鴨鍋にはネギが合うってこのことか。


「合鴨も美味しいですが、野鴨をさらに上に置く理由がわかった気がします」


 野趣あふれるって感じがするよな。〆の雑炊も、


「これだけしか食べられないのが悲しいです」


 ボクも満足したし、美玖も御満悦だ。ちなみに今日は泊りにしてる。ボクも美玖も飲みたい方だし、飲んで帰るとなればこの店は遠すぎる。神鉄にしても、加古川線にしても便利とは言いにくいからな。これぐらいの贅沢はしても良いだろ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る