社長

 家に帰ってから山名君の話だ。星雷社発展の原動力は社長の力だ。星雷社の経営とはごくシンプルには社長が開発した製品を如何に売り込むかがすべてみたいなものなんだよ。社長にはトンデモ発想力と、それを力づくでも実用化してしまう変態技術力がある。


「それ褒めてるように聞こえません」


 どう聞いたって褒めてるだろうが。たとえばパワーアシストはさみだ、


「あんなもの作ってどうするのか思いました」


 ボクもだ。だがな、あれの凄さはそこじゃない。あの時に作られた超小型のパワーアシストシステムは汎用性がこれでもかとあり、今や星雷社の主力商品の一つだ。


「はい。はさみも商品化されています」


 そういうのを思いつく人を天才と呼ぶ人もいるが、社長の場合は天才じゃなく鬼才だ。発明家ではあるけど、未知のものを生み出すと言うより、


「既知のものを改造と言うか、組み合わせると言うか・・・」


 わかりにくいと思うけど、社長は実用化できないものには意味が無いとしているで良いと思う。


「現代のエジソンとも呼ばれています」


 エジソン以上の気はしている。エジソンの発明は偉大だが、実用化と言う点ではまだ甘いと思っている。社長はその点を鬼のように追及するからな。見ようによっては趣味と実益が極限で一致してるような人で、製品の開発と研究をしていれば何もいらない人と言っても良いと思う。


「だから会社を乗っ取られそうになったのです」


 あの話か。この会社の大元の発足資金は社長が学生の時に取得した特許料なんだ。だから社長なんだけど、経営への関心は極めて低い。


「無能です」


 切って捨てるな! まあそうだけど。だから会社発足時には経営は友人に任せていた。その友人が会社乗っ取りをやらかそうとして失敗しただけの話だ。社長は会社こそ守ったものの経営に行き詰まり、


「今は専務の剛紀が経営を仕切っています」


 社長の頭の中には研究と開発しかないようなものだから、すべてがそれを中心に回っている。研究と言っても気分転換も必要なのだが、


「あれは徘徊老人よりタチが悪いです」


 気分転換に外の空気を吸いに行くのはわかるのだけど、そこでアイデアでも浮かぼうものなら何も見えなくなるで良いと思う。それだって歩くだけなら良いのだが、


「気が付けば名古屋とか東京にいて迎えに来てくれぐらいでは誰も驚きません」


 礼文島であろうか西表島でもだ。


「パナマやボツワナはさすがに迷惑過ぎます」


 どうやって行けたのが不思議だが、気が付けば身ぐるみ剥されて大使館なり領事館に保護されるなんてしょっちゅうだからな。よく殺されないものだ。


「あれは人徳だと思います。レバノンでもホンジェラスでも生き残っています」


 ああスーダンでも、ソマリアでもだ。日常生活も研究開発が中心だから、滅多に家には帰らない。会社の研究開発室に住んでいるようなものだ。食事だって店屋物しか食べない。


「あれは良くなったのです。その前はカップ麺しか食べていませんでした」


 秘書が必死になって監視して食事もさせてたからな。服装だってエエ加減も良いところだが、


「あれも秘書が懸命になって着替えさせ、洗濯して、繕いまくった結果です」


 社外で人に会う時だけは秘書の努力もあって、それなりの格好をしてくれるが、それ以外の時は二着ぐらいで延々と着回し、買い替えるのも絶対に許可しないんだよな。言っとくけどケチじゃないぞ。着慣れているのが好きなだけだ。だが異臭なんかしないからな。


「するはずないじゃないですか。一日に何回シャワーを浴びていると思ってるのですか!」


 五回じゃ済まないだろうな。だから研究室にはシャワールームまである。そんな社長だが社員は敬愛してる。これは社長が生み出す製品がメシのタネになっているのもあるけど、


「自分の責任から一歩たりとも逃げません」


 会社は組織であり、個人の責任も組織の責任に帰結するところがある。もっともこれは対外的なもので、対内的には個人の責任問題は問われるのはどこでも同じだ。星雷社とて例外じゃない。


「自分の言葉に本当の意味で責任を取られます」


 社長の創業以来のモットーはチャレンジ精神だ。これは社風として染み込んでいる。どんな社員でも失敗は犯す。ボクも例外ではないし、


「美玖もです」


 その失敗がチャレンジ精神に基づいたものであれば責任は問われない。


「凡百の経営者の上辺だけの綺麗ごととは質が違います」


 倒産まで覚悟するような大失敗を起こした社員でもチャレンジ精神の結果であれば責任はすべて社長が背負ってしまうんだよ。これは結果的にそうなっているとしか言いようが無いのだけど、そこまで自由にさせてくれる社長に対し、


「死に物狂いで責任を負わさないように働きます。剛紀もそうでしょう」


 美玖だってそうだろ。あれこそ社長の人徳そのものだと思う。


「だから必要です」


 社長はアイデアに熱中しだすと他人の話は頭を素通りするだけで、何にも覚えていない。だけどなぜか山名君の言葉だけは聞いてるし、頭に残るし、


「言われた事は必ず守ります」


 徘徊が神戸市内程度に留まるようになったのも、山名君が交通機関の利用をやめて欲しいと言ったからなんだ。


「GPSもです」


 あれで秘書は泣いて喜んでいたものな。それまでは持たせても、ポイポイ捨てまくっていたのに山名君の一言で持って歩くようになったもの。今だって社長の奇行はテンコモリあるけど、かつての奇行に比べれば穏やかになったのは、


「社長、いや星雷社には流花が必要です」


 社長にどうしても伝えたい用事、守って欲しいことがある時に山名君は必要不可欠なんだよな。


「根本的に不思議なのですが、流花は美人です。なのに社長はどうしてあの時に・・・」


 当たり前だろうが。まだ高校生だぞ。社長はたしかに奇行こそ多いけけど、あれでも常識を心得ている人間だ。いくら売りに出されても買う訳ないだろうが。社長をバカにするとボクが許さないぞ。


「そんなものは美玖だって良く知っています。ですが、あのままで行ってくれていたら・・・」


 だからまだ高校生だって。社長がどれだけ細心の注意を払って山名君との距離を保とうとしているのかわからないのか。


「わかっています。だから隠し子とか、養女の噂になっているではありませんか!」


 そうだよ。一つ間違えば愛人疑惑が出るのを完璧に封じてしまっている。あんな事が社長に出来るのが意外だったけど、


「とは言いますが社長は剛紀の下、美玖の上です。年恰好からして・・・」


 だからだ。社長は山名君にもう傷一つ付けたくないんだよ。山名君はもう十分すぎるほどの心の傷を背負っている。それに体だって無垢のままだ。処女である価値を論じ出したら話は迷走するだろうけど、美玖だって理想は一穴主義だろうが。


「もちろんです。心の底から愛し抜いた相手に初めてを捧げ、花開き、すべてを見せ、終生それしか知らない事です」


 理想と現実は相違するし、女だって男を味見をしたいのは少なからずいるだろう。


「美玖も理想は果たせませんでした。こればっかりは・・・」


 そんなものを負い目に思うな。たった一本入っただけじゃないか。男が処女を好きなのは否定しないし、ボクだってそうだ。だからと言って経験者を見下したりなどあり得ない。美玖は掛け替えのない最高の女だし、美玖の一穴はこの世の何より貴重なものだ。そんな美玖を妻にしている幸せがどれほどのものか。


 それでもだ。山名君はここまで来ているのだから、今までの苦しみの代償にせめて一穴主義を実現して欲しいじゃないか。


「それはもちろんです。ところでですが社長はもしかして・・・」


 それは知らないし聞いたことも無い。歳からして通常はあり得ないのだけど、


「ファイトが湧いてきました」


 なんのファイトだ?

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