【クイズ王】藤本くんは何でも知っている

YあおばY

ファイナル・アンサー

 角を曲がると、校門に向かって歩く藤本くんの姿が見えた。僕は藤本くんに駆け寄る。


「藤本くん、おはよう」

「ああ、おはよう、橋田くん」

「藤本くん、今日もクイズを出していい?」

「うん。いいよ」

「日本で初めてミリオンセラーを記録したアルバムは?」

「井上陽水の『氷の世界』だね」

「正解。では、二問目。日本初のスクランブル交差点はどこにつくられた?」

「熊本市の子飼こかい交差点」

「正解。三問目。将棋の初代名人は誰?」

「大橋宗桂そうけい

「さすがだよ、藤本くん。全問正解」


 藤本くんは、『クイズ界』では誰もが知る人で、大人も参加する全国のクイズ大会で史上最年少優勝の実績を持っていた。

 練習の一環として、藤本くんは色々な人に、時と場所を選ばずにクイズを出して欲しいと頼んでいた。僕もそんなお願いをされた一人で、もし藤本くんに『わからない』と言わせることができれば、人気の高いトレーディングカードのレアカードを貰える約束をしていた。


 校門前に立っている教師に挨拶をして、僕たちは校舎の中に入って行く。上履きを履いている時、藤本くんが寂しそうに言った。

「最近、橋田くん以外の人は、誰も僕にクイズを出してくれないんだ」

「……どんなに難しいクイズを出しても、簡単に答えられるから、みんな飽きちゃったんじゃないかな」

「それじゃ練習にならないよ。橋田くんは、これからもクイズを出し続けてね」

「わかった。もっと難しいクイズをネットで探してくるよ」

「ありがとう。楽しみにしてるよ」

 藤本くんはそう言い置き、教室に入って行った。



 翌日。

 今日も角を曲がると、校門に向かって歩いている藤本くんの背中が見えた。僕は駆け寄り、藤本くんの隣に並んで朝の挨拶を交わした。

「藤本くん、昨日言ったとおり、難しいクイズを持ってきたよ」

「楽しみだなあ。それじゃどうぞ」

「一問目。アメリカの第三十四代の大統領は誰?」

「ドワイト・デイヴィッド・アイゼンハワー」

「正解。二問目。南アフリカ共和国の第十代の大統領は誰?」

「カレマ・モトランテ」

「正解。三問目。インドネシア共和国の第五代大統領は誰?」

「メガワティ・スティアワティ・スカルノプトゥリ」

「さすがだね。今日も全問正解だよ」


 今僕が出した三つのクイズ、博識の人であれば、そこまで難しい問題ではないかもしれない。しかし、答えが頭に浮かぶまでには、多少なりとも時間がかかるはずだ。

 でも藤本くんは、まるでAIのように全て即答している。

 今までも十分凄かったけれど、先週の日曜日を境にして、藤本くんは凄みを増していた。僕がどんなクイズを出しても、AIと同じくらいのスピードで答えるようになっていた。


「最近の藤本くんは、僕がどんなクイズを出しても、全部即答してるよね」

 と、僕は言ってみた。

「うん。全部知ってる問題だからね」

「AIと同じくらい答えるの早いよね」

「ははは。さすがにそれはないよ。AIと同じだなんて」

「でも、先週の日曜日までは、ここまで早く答えてなかったよ。答えるまでに、十秒以上かかることもあったし」

「それは、最近の橋田くんが出すクイズが簡単だから即答できてるだけだよ」

「そう……。じゃあ、明日はもう本当に、コレを答えられる人間なんてこの世にはいないっていうくらいの難問を持ってくるよ。それでもいい?」

「望むところだよ。明日が楽しみだなあ」

 藤本くんは笑顔をつくって教室に入って行った。



 翌日。

 角を曲がると、藤本くんの背中。僕は駆け足で藤本くんに並ぶ。

「藤本くん、おはよう」

「おはよう、橋田くん」

「昨日言ったとおり、とびっきり難しい問題を持ってきたよ」

「いいね。わくわくするよ」

「じゃあ、一問目。アメリカのテネシー州メンフィスの、昨日の天気は?」

「昨日は快晴だったよ」

「正解。二問目。クラスメイトの田中くんの両親は、五年前からコンビニを経営しているけど、そのコンビニで最初の客が買った商品の合計金額は?」

「千二百九十円だよ」

「正解。三問目。僕が産まれた時の母親の第一声は?」

「これからよろしくねケンちゃん、だね」

「……それも、正解」


 明らかに不自然なことが起こっているのに、藤本くんの表情に変化はない。

「藤本くん、今日も全問即答だったね」

「うん」

「何かおかしいと思わない?」

「え、何が?」

「今の三つの質問は、クイズになってないんだよ。本来なら、誰も答えられない理不尽な問題だ。特に二問目と三問目は、AIにだって答えられない。人間が即答するなんて、不可能なんだよ」

 藤本くんは困惑した顔になっている。

「不可能って言われても困るよ。だって、僕は答えを知っていたわけだし」


 調べなければわからないはずなのに、その答えを知っていることに疑問を持たない藤本くん。

 僕はこの数日、藤本くんに難しいクイズや理不尽な問題を出すことで、異変に気付かせようとしていた。でもそれは無理なんだと、今理解した。

 もう、僕にはどうすることもできないのだろうか……。

 諦めかけた時、ふっと、ある方法が頭に浮かんできた。


「藤本くん、ちょっといいかな」

 そう言って僕は学校とは反対方向に歩き始めた。

「え、どこに行くの? もうすぐホームルーム始まるよ」

「大丈夫。そんなに時間はかからないから」

「わかったよ」

 藤本くんは困惑した顔のまま付いてくる。


 三分ほど歩いたあと、信号機のない横断歩道の前で僕は足を止めた。

「僕はレアカードが欲しくて、藤本くんと顔を合わせる度にクイズを出していた。でも、先週の日曜日を境に、僕が藤本くんにクイズを出す理由は変わったんだ」

「理由が変わった? どういうこと?」

「いきなり本当のことを話しても、藤本くんは受け入れないだろうなと僕は思った。だからまず、クイズを出して反応を見ることにしたんだ。今の藤本くんは、思考力が落ちていて、簡単なクイズも答えられないかもしれない。そうなったら、藤本くんは自分の身に起こっている異変に気付くんじゃないかって、そういう風に考えたんだ。でも、実際は逆だった。藤本くんは、以前よりも遥かにパワーアップしていた。きっと今の藤本くんは、どんなクイズも答えることができる。でも、そのことに対して、藤本くんは疑問を抱かない」

「何を言おうとしているのか、いまいちわからないけど、僕でも知らないことはあるよ」


 たぶん、今の藤本くんに問題を出すと、瞬時に答えが頭に浮かんでくるのだと思う。文字どおり、藤本くんはどんな問題にも答えられる。だけど、自分の身に何が起こったのかは、理解できていない。

 では、《真実》をクイズとして出したら、どうなるのだろう。藤本くんの頭に《答え》が浮かんでくるのだろうか。


 どんな結末を迎えるかはわからない。でも僕はこの方法に賭けることにした。

「藤本くん、僕、今から最後のクイズを出すね」

「え、最後ってどういうこと? 橋田くんも、他の人たちみたいに、もう僕の練習に付き合ってくれないの?」

「藤本くん、これが見える?」

 僕は歩道の隅を指差した。

 藤本くんは、僕が指し示す方に視線を向けた。

 そこには、たくさんの花やお菓子が置かれている。


「……うん。もちろん見えるよ」

「それじゃ、僕から藤本くんへの、最後のクイズ。先週の日曜日、ここで車に轢かれて亡くなった人は誰?」


 震える声でその言葉を発した瞬間、時間が止まったような感覚に包まれた。

 僕たちの、いや、僕の側を車が何台も通り過ぎているのに、今は早鐘を打つ心臓の鼓動だけしか聞こえなかった。

 藤本くんは、事故現場を凝視したまま動かなかった。何かを思い出すような目つきで、じっとそこを見つめていた。

 どのくらいの時間が流れただろう。藤本くんが、おもむろに顔を上げた。

「わからない」

 と、藤本くんは言った。

「ここで誰が亡くなったのか、僕わからないよ」


 初めて、藤本くんの口から『わからない』という言葉を聞いた。

 身も心も、どこまでも沈んでいくような悲しさに包まれる。

 僕は藤本くんの目をしっかりと見つめ、意を決した。

「ここで車に轢かれて亡くなったのは、藤本くんだよ」

「……え? 僕?」

「そう。藤本くんは、もう死んでるんだよ」

「何を言ってるの? だって僕は、こうして……」


 そこまで言ったところで、藤本くんは言葉を切った。

 クイズ研究会に所属する女の子がやって来て、新しい花とお菓子を道端に置いた。事故現場に手を合わせたあと、女の子は立ち上がって僕と向かい合った。

「おはよう、橋田くん」

「おはよう、上原さん」

「橋田くんも、お供え物したの?」

「うん」

「藤本くん、もう天国に着いたかな」

「……そうだね。天国で、頭の良い人たちとクイズを出し合ってるかもしれないね」

「藤本くんなら、天国でも優勝しそう」

「うん。きっと天国でも一番になってるよ」

 それから二、三の言葉を交わして、上原さんは学校へと向かった。


 再び藤本くんに視線を向けると、全てを理解した、という顔になっていた。

「そっか、僕、ここで死んだのか。いやあ、本当に気付いてなかったよ」

 そう言って藤本くんは笑い声を上げた。自身の死を理解した直後とは思えないくらい、明るい声と表情だった。

「ちなみに、橋田くんって僕以外の幽霊も見えるの?」

「ううん。こんなこと、初めてだよ」

「そうなんだ。ごめんね、橋田くん。僕に死んだことを気付かせるために、色々としてくれていたんだね。心配をかけちゃって、本当にごめんね」

「全然、そんなことないよ」

「それじゃ、僕は向こうの世界に行くね」

「え、もう?」

「うん。ここは僕のいるべき世界じゃないからね。あ、そうだ。最後のクイズに答えられなかったから、僕の負けだね。レアカードはあげるよ。橋田くんは長生きしてね。今までありがとう。それじゃ、バイバイ」

 次の瞬間、藤本くんは煙のようにぱっと消えた。

「藤本くん……」

 空を仰ぐ僕の頬を、一筋の涙が伝った。

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